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■オープニング本文 陰陽寮 朱雀の在寮生は卒業論文、進級論文の提出も終え、卒業式までの穏やかな時間を過ごしていた。 それぞれが委員会活動の引継ぎや提案の提示をしたりする。 卒業後、五行の施設に就職する者達は就職試験が行われることにもなっており、その準備を行う様にという指示もされていた。 とはいえ、特に何をしなければならないでもない穏やかな日々。 そんな中、二年生たちは寮長から講堂へと集められていた。 しなやかな柳の木に筋彫りされた頭と手足、そして胴を丁寧に寮長は組み立てていく。 宝珠を組み込んだ胴に手足をはめ込み、着物を着せ付ける。 丁寧にやすってなめらかにした身体を整え、頭を差し込み髪をつけ、綺麗に梳る。 そして白塗りした顔に目と唇を描き入れる。 黒髪、長髪が美しい少女型人形が出来上がった。 それに最後に宝珠を通じて瘴気を送り込む。 宝珠から放たれた瘴気が人形にまとわりつき、吸い込まれ…そして微かな音共に定着した。 「これが皆さんの人形になります。『陰陽人形 朱華』 いかがですか?」 寮長の手元から立ち上がり、優雅にお辞儀をする少女型の人形に寮生達は目を見張る。 傀儡操術で操られていると解っていても普通の人形より軽量型に作られたその動きは、まるでダンスを踊っているかのように軽やかだった。 自分達が意見を出し合った人形が形になるのはやはり、どこか不思議で、どこか心が躍る気がした。 「陰陽人形というのは本来それを専門にした職人などが作ることが多いので作り方はも職人ごとに様々。 宝珠を組み込まないやり方で作る人や、作り終わった後、さらに特殊な術式を加える人もいなす。 これはあくまで朱雀寮のやり方であると覚えておいて下さい」 そう言うと寮長は既に箱を一人一人に手渡す。 中に入っているのは設計図。おおよそ胴や手足の大きさに切りそろえられた木材と、彫刻刀、やすり、筆絵の具などの人形作りの道具。そして大小二つの宝珠であった。 「基本的な材料は用意してあります。 これを使って皆さんの人形を完成させて下さい。 今回は少女型と決まっていますので、どんな外見の少女にするか。髪型、目の色、手足の長さなどをそれぞれ考えて設計図を基に自分の考えた通り、形にして下さい。 講堂は解放しますので自由に製作に使用して構いません。 服用の古裂や髪の素材も用意しておきますので必要ならここに取りに来るといいでしょう。 期間は1週間。 その間に自分達の人形仕上げ、提出する事」 「なあ、センセ? これ一人でやらんとあかん?」 「仲間同士相談して、一緒に作ってもかまいません。 その辺は自由です。 それから、材料は全て特別な加工を施してありますので慎重に製作して下さい。 失敗したからと言って軽々しく交換はできませんよ」 「どんな形でもいいんですか? 例えば黒髪じゃなくしたりとか」 「それも大丈夫です。 設計図のバランスさえ崩さなければ基本骨子は同じですので、どんな外見をしていても同じ『朱華』として起動します』 そして寮長は、寮生達を見つめ微笑む。 「今回は試験ではありませんし、一年時のような皆さんを試す課題はありません。ですから、人形制作に集中して下さい。 完成したら人形に込めた思いや願いを、用紙に書いて提出して下さい。勿論、後で人形は返却しますから心配はいりません。 毎年、朱雀寮の二年生が人形製作を行うのは、式という瘴気での疑似生命を作り出す陰陽師としての心の在り方、目指す道を再確認する為です。 皆さんの意思と願いを人形つくりで見せてくれることを願っています」 朱雀寮での一年の終わり。 それぞれが、それぞれに未来へ繋ぐ思いを纏め、表そうとしていた。 |
■参加者一覧 / サラターシャ(ib0373) / 雅楽川 陽向(ib3352) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655) |
■リプレイ本文 ●人形製作 手で、組み立て、紡ぐ。 丁寧に、一年間の思いを込めて。 毎年、朱雀寮に属する寮生が続けてきた事。 自分がこの手で組み上げるそれは、どんな形で目を開き、そして動き出すのだろうか。 彼らはそれぞれの思いと願いを込めて作業を続けている。 「今日も、集まったね」 朱雀寮 講堂。 作業に集まってきた二年寮生達を前に、二年生主席ユイス(ib9655)はそう告げた。 二年生の進級課題であり記念となる陰陽人形製作。 それぞれに自由に作っていいということになってはいたが、寮生達の多くは一人で作ることはせず、講堂での作業を行っていた。 「うん、ここの方が材料揃って作りやすいよってな」 明るく笑い告げる雅楽川 陽向(ib3352)の言葉は事実でもあるが、無論それが理由ばかりでもない。 「では、疾く始めるとするか。皆、もう全員概要は決まったのであろう?」 ひらひらと手で設計図をちらつかせる比良坂 魅緒(ib7222)に羅刹 祐里(ib7964)も頷いてみせる。 「そうだね。残り時間も少ないから…。…あ、あとサラターシャ(ib0373)さんが後で用事が終わったら一緒に作業させて欲しいって言ってた。 いいよね?」 「勿論」 頷き返す三つの頭に微笑んで告げた 「よし、みんな。人形製作、頑張ろう」 ユイスの言葉が合図となって、二年寮生達はそれぞれに自分の作業を開始したのだった。 ●それぞれの思い 設計図を見ながら木を削り、形を組み立てていく。 「なんだか、夢中になってしまうな」 小さく笑いながら祐里は彫刻刀を持つ手を止めて息を吐き出した。 ただの切り出した木片が少しずつ形を取り人形らしくなっていくのは楽しいものだ。 手の中の小さな頭はようやく目鼻立ちが整い、少女らしい形をとり始めている。 頭部は角が生えており修羅の特徴を持った人形…。 「あ〜、祐里さんも修羅っぽく作るんやね?」 明るい声に祐里はハッとして後ろを振り返った。 通りすがり、なのだろうか? 自分の手元を覗き込んだ陽向が声と同じ色で明るく笑う。 「…も、ってことは陽向も、なのか?」 問いかける祐里に陽向はうん、ではなくう〜んと考えるような仕草と共に答えた。 「ちょっと、違う、かな。修羅だけやのうて…あ〜、なんて言うたらええんやろ」 腕組みしながら頭を捻る陽向であったが 「陽向! 一緒に服生地を見るのではなかったのか?」 後ろから自分を呼ぶ声にはーいと、返事をして 「後で完成したら見せるよって。ほな、頑張ってな!」 笑顔だけを残して去って行ってしまった。 くすっ。 思わず零れた小さな笑みと共に祐里はもう一度人形を見つめる。 顔は強さの中にも優しさを秘めた顔つきと眼差しを持っている。 昔…自分に影響を与えた彼女や、所属している小隊の小隊長の面影があることに自分でも気づいていた。 「服装は、動きやすいようなのがいいよな。…色とかはどうするか…。 女性、いや…女傑の服…だからな」 丁度、衣装用の端切れ箱を陽向と魅緒が楽しそうに覗いている。 少し、相談にのって貰おうか。 そんなことを思いながら、祐里は静かに立ち上がった。 女三人よれば姦しいというが、女性は二人でも十分に楽しい会話ができるようだ。 「やはり、着物が良いかの。朱華という名前も和風じゃし。色は…黒がよいか…」 「そうやね。でもうちはね、色々着せ替えできるようにしたいん。 だから身体に張り付けるのは黒子、っちゅうか下着っぽくしてあとは色々な服を…」 「ほう…」 箱の中からがさごそと、服の切地を探す陽向の言葉に一緒に布地を見ていた魅緒は少し目を見開く。 「戦いに使うのであれば服はあまり、動いたり、はためいたりしない方がいいのではないか?」 「そうやけど、うちは戦いに使うよりも別な事に使いたいん…っと、あった。アル=カマルっぽい布地」 薄いチュール風の布地を箱から取り出して、ふう、と陽向は息を吐き出す。 彼女が言う通り陽向の周りには天儀風の和柄から、神威風、秦国風、地上風のものまで色々な布が並んでいた。 「陰陽人形を戦いに使わずに何とする?」 二年近い時を共にしてきた友の問いに 「これ? 神威の里の勉強道具にするねん」 陽向は明るく答えを返す。 胸に抱く一つの決意と共に…。 「…うちは卒業したら、神威の里に帰る。神威は閉鎖的な環境やからな、外の世界知らん人も多い。 世界にはこんな人達がおるって、陰陽術で教えてあげるんや♪」 「なるほど。だから木片の欠片で色々やっておったのか?」 納得したように頷く魅緒にそうや、ともう一度頷く。 カチューシャ風の頭の飾りは獣耳、修羅角、エルフ耳風と色々作られ苦心の跡が見られる。 「そういう魅緒さんはそれでええの?」 小首を傾げながら陽向は魅緒の手に取った布地を見る。 色は黒。艶やかで美しいが和風、という感じではない。 「うむ、これにしようと思う。少々派手になってしまうが、そこは押さえぎみにして…な」 「魅緒さんの服と似た色あいやね?」 「まあ…な…。ん? 祐里、どうした? 服の布地選びか?」 「ああ、女傑が好みそうな動きやすい服というのは、どんな感じだと思う?」 「それなら、少し明るめの服がいいのではないか? のう? 陽向?」 「そやね。たすき掛けして袖を動かないようにしておくとええんやないかな?」 「ユイスはどうするのだ? 一緒に選ばぬか?」 「ありがとう。紫の布地はないかな。できれば蝶々の模様がいいんだけど」 級友の相談を理由に魅緒はそっと話題を反らして、肩を小さく竦めていた。 別に隠す意図があるわけではない。 ただ少し気恥ずかしかっただけである。 「ここで過ごしたという証を自身の似姿に込める。 やれやれ。劫光になんと言われるかな」 魅緒は『朱華』を、自分の移し身たる人形として作ろうと思っていた。 少しずつ顔らしきものができかけている頭。 「ふっ…」 思わず零れた笑みを浮かべながら魅緒は今までの自分を思い出していた。 家から出て、陰陽寮に連れ出されるまでのこと。 そして朱雀寮での生活のこと…。 「いろいろな事があったのお〜」 思い出し、胸に抱きしめた。 人形に自分の姿を描くのは、自戒の意味も込められていると気付くものはきっといないだろうが…。 「さて、あと少しじゃ」 魅緒大きく深呼吸をして彫刻刀を握り直すのだった。 ●込められた願い 「サラターシャ先輩!」 そっと、静かに、周囲に気遣う様に入室してきた三年生。 それに気づいたユイスは作業の手を止め、笑顔で出迎えた。 「試験の方は終わられたのですか?」 「ええ。なんとか」 「試験? なんかあったんかいな?」 やはり作業の手を止め集まってきた二年生達にサラターシャは 「はい。知望院の試験を受けてきたのです」 そう、そっと微笑み返す。 試験内容については他言禁止を徹底されているので、いう事はできない。 勿論、二年生達も無理にそれ以上の事は聞こうとはしなかった。 「先輩はあれ? 猫人形作るん?」 「はい。事情があって作れなかったので今回一緒に作業して作るようにと許可を頂きました。 卒業前に機会が頂けて良かった」 腕の中の箱をサラターシャはぎゅと抱きしめる。 そして、二年生達の方を見た。 「隅の方で作業させて頂いていいでしょうか?」 無論、反対する者などだれもいない。それぞれが笑顔で頷いている。 ユイスもまた笑顔でそれを見つめ 「それじゃあ、時間もあんまりないしあと少し、頑張ろう!」 仲間達を促す。 主席の言葉に従う様に二年生達はそれぞれ作業に戻って行ったのである。 残り時間もあと僅か。 サラターシャも端の方の小テーブルを借りて材料を並べている。 試験についてはもう考えても仕方ないことだと思う。 できる限りの事はしてきた。 そして伝えたい事は伝えてきたのだから。 『知識とは蓄えられるだけでは役に立ちません。 然るべき次代に引き継いでこそ真価となります。 新たな知識を学び、そして未来の担い手たちへ繋げる為に、非才の身ではありますが、僅かなりともお役立ち出来ればと思い、知望院を希望致します』 後はどう判断するかは上層部が決める事。 そう思い、サラターシャは静かに目を閉じて自分の作業に集中する。 人形製作はいよいよ大詰めだ。 それぞれ、二年寮生達は自分の目指した人形の仕上げに入っている。 受験勉強の傍ら自分が作ってきた人形も仕上げの段階だ。 陰陽猫人形 『昴流』 サラターシャが作るそれは両の手サイズの白子猫。 からくりレオにも協力してもらって、関節部を工夫して組み立て可動性をUPさせた。 なめした皮と兎の毛で表面を覆い手触りも良くしてある。 人形にガラス玉の目を入れると、まるで自分を見つめているように澄んだ瞳が向けられた。 それを白虎寮の廃材で作った首輪をつけて、そっと頭を撫でる。 「命の暖かさと大切さを忘れぬよう…、思いを込めて…」 祈りと願いを込めて作った人形が、今、最後の形をとって動き出そうとしていた。 「こんな感じかな?」 ほぼ完成形に近づいた人形を前にユイスはふうと、息を吐き出した。 「見てごらん。雫」 手伝ってくれた相棒、からくりの雫に向けてユイスは人形を指し示す。 ユイスがつくったのは基本の和風人形だ。 造型は雫を参考にやや面立ちを幼くして作った。 イメージは 『彼女に妹がいたらこんな感じかな』というところから始まっている。 一生懸命頑張ったので、ほぼイメージ通りにできたのではないかと思いながらユイスは仕上げの宝珠を手に取った。 「ちょっと無表情にみえるのは雫を参考にしすぎたかな?」 でも、直すつもりはない。 雫とはここに来てからだけでなく、長い付き合いだしこれからも続いていくだろうパートナーだから。 ここでの日々を思い出し自身に刻み込める思い入れのある姿はやはり相棒たるからくり、雫だと思うからだ。 周囲を見回せば、周りの仲間達の進度もほぼ同じくらいのようだ。 皆、最後の仕上げに入っている。 小さく微笑み、彼は宝珠をそっと人形の胸に置くのだった。 自分自身を象る。 作るからにはなるべく正確に忠実に作っていこう、とそう思う。 朱雀寮で学んだこと、変わった自分。子細に込められる様に…。 「一緒に進んでいこう。今までも、これからも…な」 真っ直ぐに立つ人形を見つめ、魅緒はそう語り掛けた。 過去の後悔は今も胸にある。 しかし、その過去が無ければ自分は今、ここにはいないのだと思う。 人形と目を合わせながら祐里は、自分自身をも見つめる。 影響を受けた人物への感謝の気持ち、責任を取れる覚悟、揺るがない心を持ちたい思いの現れでこの人形は在った。 「俺を見つめていてくれ」 迷わないように、逃げないように…。 そんなことを思いながら祐里は人形に静かに瘴気を込めるのだった。 「よしっ!! 踊る世界人形「朱華」ちゃん、完成や!」 瘴気が定着したのを確かめて、陽向は人形をそっと胸に抱きしめた。 …この寮から自分が去るまでにはあとまだ一年ある。 しかし、まもなく三年生が学び舎を後にし、自分達もいつかここを巣立っていく。 同じ時は、二度とないのだという事をこの一年で身に染みて理解した。 「でも、…ずっと一緒や」 人形を優しく、強く抱きしめながら陽向はそっと囁きかけた。 朱雀寮での日々を思いだし刻み付ける意味と想いを込めて瘴気を送る。 静かに吸い込まれた瘴気が音を立てて定着し、人形に『命』を与える。 「誕生日、おめでとう。 どんな名前にしようか? 後で一緒に考えようね。雫」 微笑むユイスと横に立つ雫の前で、無表情で操っていない人形が微笑んだように見えたのは気のせいだったかもしれない。 でも「彼女」も生まれてきたことをきっと喜んでくれている。 ユイスはそう思い、信じるのだった。 ●紡がれる思い 提出された四体+一体の人形を暫く見つめて後、朱雀寮長 各務 紫郎はそっと目を閉じる。 添えられた文章を見るまでもなく、人形を見れば製作者たちの思いが解る。 伝わってくる。 ここで、学び、成長していく寮生達を彼はずっと見守り続けてきた。 とはいえ彼が見れるのは、たった三年間の学び舎での生活でしかない。 それが終われば彼らはそれぞれに羽ばたいていく。 自分の選んだ未来に向けて。 だから、願いを、思いを人形に託すのだ。 「彼らの未来が、輝かしいものになりますように…」 と、心を込めて…。 窓の外、朱雀寮の木に白い梅の花が見える。 春はもう間もなく。 別れの時は…もうすぐそこまで迫っていた。 |