恋するバレンタイン
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/02/27 18:48



■オープニング本文

「ああ〜、会いたいなあ」
 究極の遠距離恋愛だと、美波は思っていた。
 ジルべリアと天儀。
 ジルべリアに留学した恋人との儀を股にかける文通はかれこれ3年にも及び、七夕のごとく、一年に何度しか会えない日がずっと続いているのである。
 彼からの近況を伝える手紙は途切れることはないし、気持ちはちゃんと繋がっていると信じている。
 それでも、やはり寂しいなと思うのは仕方ないことで、店番の途中。
 ため息をつくくらいは許してもらおうと思っていた。
 天儀、貸衣装の店「孤栖符礼屋」は冬の客が少ない、比較的暇なシーズンなのだから。


 そんなある日、ジルべリアから一通の封書が届いた。
 恋人からの手紙ではない、封蝋付きの正式書簡である。
「あれ? 辺境伯から?」
 何度か仕事を依頼された南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスからの手紙を彼女は慎重に開いてみる。
 そして…
 数刻後、孤栖符礼屋を訪れた者達は
「暫くお休みします」
 の札と一枚のチラシを見ることになるのだった。


【特別企画 バレンタインパーティ開催!
 お茶とお菓子とダンスと歌、仮装で楽しいひと時を!

 バレンタインデーは大切な人に思いを込めたチョコレートを贈って、その気持ちを伝える日です。
 大事な人を招待して、美味しいお菓子をプレゼントしませんか?

 冬のお祭りの一つとして、リーガ城の一角が解放され、バレンタインの仮装パーティが行われます。

 参加費 一人1000文、
 貸衣装代と食事代ですが、事前に行われるバレンタインのチョコレート作りで作ったお菓子をパーティや一般に一部提供していただける場合には半額になります。
 基本的な材料は当方負担。
 お菓子はお持ち帰りも可です。

 大好きな人と、甘い素敵な一時を一緒に過ごしませんか?】


「バレンタインデー。
 恋人達の祭り 皆が楽しんでくれるといいのですが…ね」
 ポスターの原案を見ながら南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスはそっと微笑む。
 今までやったことのないイベントを今年、急遽企画したのには理由がいくつかある。

 冬のジルべリアは寒く厳しいから、それを明るい祭りで少しは紛らわせる為。
 戦乱で焼きだされた人達の気分転換の為。
 新しい祭りの開発と、それに伴う集客効果の実験。
 近々始まる予定の学舎建設のPRなどなと。

 しかし、一番と二番の理由を結婚式を3月に控えた彼はまだ口にするつもりはなかった。


 とにもかくにも開拓者ギルドや各地に明るい色合いのチラシが張り出され、恋人達の祭りが始まろうとしていた。
 


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 龍牙・流陰(ia0556) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / シャルル・エヴァンス(ib0102) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ニクス・ソル(ib0444) / 尾花 朔(ib1268


■リプレイ本文

●バレンタインパーティ
 少年の元に一通の手紙が届く。
 懐かしい人からの優しい、思いやりの籠った手紙であった。
「冬蓮。行っておいて」
 そっと肩に乗せられた手と、自分を呼ぶ声に
「はい…叔父上」
 彼は静かにそう答えていた。

 冬晴れの、少し空気は冷たいが晴れたある日。
 その日、リーガ城の門は大きく解放され、賑やかな人で溢れていた。
「いらっしゃいませ。
 受付とご記帳を済ませましたらどうぞご自由にお入り下さい。
 お菓子作りの講習会の方もすでに始まっておりますので、興味のある方は奥の方へどうぞ」
 真紅の薔薇を縫い付けたゴスロリドレス。
 髪にも同じ薔薇を編み込んだ華やかなジルべリア風の衣装を着た少女達が来客達を案内する。
 次にやってきたのは穏やかで優しい笑顔の夫婦であった。
「本日はお世話になります」
「お菓子作りの方に参加したいのですが…」
 尾花 朔(ib1268)、尾花 紫乃(ia9951)と記帳した二人に受付の少女は頷くと横にいたもう一人に声をかける。 
「はい、わかりました。ご案内します
 シャルルさん、こちらの方はお願いしてもいいでしょうか?」
「了解です。美波ちゃん。任せて下さい」
 シャルル・エヴァンス(ib0102)の頼もしい笑顔に頷いて、美波と呼ばれた少女は
「こちらです。さあ、どうぞ」
 二人の前を進んでいった。

 リーガ城の中庭には実は厨房に繋がる扉がある。
 中庭でパーティなどがある場合、料理を運びやすいようにする為であるのだろう。
 テーブルや椅子が並べられた中庭を通り過ぎた彼らは、開かれた扉の先に甘い匂いを感じることになる。
「もう始まっているようですね」
「本当。いい匂いです」
「あら、やっぱり来たのね」
 親しい気配に気づいたのだろう。
 ユリア・ソル(ia9996)が鍋を持ったまま振り向いた。
「ユリアさん…はい。いい機会ですので二人で、と…。ニクスさんはご一緒ではないんですか?」
 紫乃の言葉にええ、とユリアは頷き返す。
「後で、かくれんぼをする予定なの。せっかくの恋人達の日ですもの」
「かくれんぼ、ですか?」
「ええ。彼はちゃんと私を見つけてくれるかしら」
 悪戯っぽく片目を閉じるユリアの自信に満ちた笑顔に
「大丈夫ですよ」
 と紫乃は頷き微笑んだ。そして
「ユリアさんは何を作っておられるのですか?」
「ホットチョコレートよ。甘さ控えめにするか、濃厚にするか…ちょっと考えているんだけどね」
「それなら…」
 紫乃がユリアと寄り添うのを見て、朔は小さく肩を竦めてから自分の服の袖を捲る。
「さて、あちらが終わるまで準備をしておきましょうか?」
 材料を貰い、持ち込んだチーズなどを台に並べる中、彼はふと既に作業を始めているある人物と目が合った。
 彼もまた朔の視線に気づいたのだろう。
 口の前にそっと、一本、指を立てる。
 朔はそれを見て小さく微笑むと静かに頷いたのだった。

●心を込めて…
「えっ? せっかく来たのに警護?」
 大きな籠を片手に、そして片手に子供を抱いてやってきた女性は、厨房の入り口で見つけた開拓者にそう問いかけた。
「ええ、まあ…。ティアラさんはチョコレートを作りに?」
 問われて彼、龍牙・流陰(ia0556)は頭を掻きながらそう答えると、目の前の女性を見た。
 初めて出会った時とは想像もつかない母親の顔をしたティアラはええと頷くと少し、肩を竦めて見せた。
「誘いたい人くらいいたんじゃないの? …まあ、いいわ。そういうことならはい。お願い」
 抱いていた子供をはい、と流陰に渡した。
「ルーウィン。お兄ちゃんと遊んで貰っていて。お母さんは少し忙しいの」
「えっ? あの…ティアラさん? 僕は警護で…その、子守では…」
「もう1歳になるのよ。大きくなったでしょう? チョコレートを作る間、見ていてもらえると助かるわ」
 そう言ってニッコリ笑うと安心しきった顔で、厨房の方へと行ってしまった。
「でも、本当に大きくなったねえ。るーくん。最初はこの子、こんなに小さかったんだよ。籠に入るくらい」
 人妖瑠々那はつんつんと、流陰の手の中の子供のほっぺをつつく。
 子供ルーウィンはその小さな手のひらを精一杯伸ばして、流陰の顔をペタペタと触っていた。
 その重さとぬくもりを感じながら流陰は、甘い香りに包まれた部屋と、そこでそれぞれに料理に向かい合う人々に目をと向けるのだった。

 子供を膝に乗せながら流陰はその光景を見つめていた。
 料理教室も兼ねたお菓子作りはなかなか好評で、狭くないリーガ城の厨房は既に人でいっぱいだった。
 一番多いのは一人で料理を作る女性。
 後はカップルの男女が数組いる。
「相変わらず紫乃ちゃんは器用ね」
「チョコパイ、チョコチップマフィン、ココアクッキー。
 色々作ってみました。ラッピングしてお茶会のお土産用にできればと思っています。
 朔さんの方はどうですか?」
「今、チョコチーズケーキが焼けたところです。
 クラシックショコラはできれば焼きたてを召し上がって頂きたいですね。
 後はチョコレートケーキを…」
「あら? 紫乃。チョコレートが余ってるわよ」
「あ、それは…」
 楽しげな笑い声とと共にお菓子は次々と作られて、並べられていく。
 丁寧に作られたそれらはラッピングのリボンなどに飾られて花のようである。
 予想外に男性の姿も見られることに流陰は少し意外さを感じていた。
 大事な人に思いを伝えたい、という気持ちは男女を問わずのものであるのかもしれない。
 この中にもし、自分と彼女も入っていたら、そんな思いがふと頭を過った。
(一緒に過ごしたいと思える人はいるけど、彼女の邪魔もしたくない…我ながら複雑な心境だな…)
 いい機会だったかもしれないと思いながらも、流陰は今回の時間を彼なりに静かに楽しむ。
「ほら、お母さんが頑張っているよ」
 子供を抱いて指をさす。
 前に比べたら多少はスムーズになった手さばきで、ティアラはチョコレートを刻んでいた。
 湯煎で溶かして丁寧に型に注ぎ込む。
 料理名人たちに比べればそれは拙いものであるかもしれないけれど、思いと優しさは同様に込められている。
「人は、変わっていけるんだ。自分自身で変わろうとすれば…。ねえ、ルーウィン」
 呼びかけられたルーウィンは小首をかしげるように流陰を見る。
 その小さな頭を撫でながら流陰は静かに彼の頭を撫でるのだった。

●暖かい時
 今年は雪が思いの外少なくて、暖かい日が続いている。
 今日も、朝のうちこそ寒かったが日が昇るに従って暖かくなってきたので、
「パーティ会場は外にしましょう。中庭でのガーデンティーパーティということで」
 そう提案した辺境伯の言葉に従い、バレンタインティーパーティは大きなかがり火を中央に誰もが入りやすい中庭で行われることになった。
 貸衣裳屋の衣装貸し出しを受けて、中庭は色とりどりの服を身を纏った人々の楽しそうな笑顔で溢れている。
「なンかジルベリア童話の主人公の格好をしろとか…言われたんだけど、ホントにこれでいいのか?」
「オッケー。上出来だぜ。黯羽」
「はい、お似合いですわ。あ、スカートがめくれていますのでちょっと動かないで下さいね」
 シャルルにドレスを整えて貰った北條 黯羽(ia0072)がふわりとしたスカートを手で押さえながら同行者であるヘスティア・V・D(ib0161)に問う。
「確か、その童話は少女が不思議な国へと迷い込むお話です。少女のかわいらしさが物語の中心ですから。
 自信をもって着こなして下さいな」
「でも、…俺の予想した以上にフリフリの可愛い系で、メッチャ恥ずかしいンだが…」
 真っ白な膝丈ドレスに、膨らんだパスフリーブ。
 パニエを何重にも重ねたスカートは空気を含んでふんわりと膨らむ。
 白と赤のフリルと刺繍で彩られたエプロンと相まってどこまでも愛らしい。
 シャルルが完璧にヘア&メイクまでしてくれたので、鏡の向こうには今まで見たことのない自分がいる。
「いや、大丈夫。似合ってるぞ、そういう格好も。なあ? リューリャ?」
「お、なかなか似合ってるじゃないか?」
 やってきたリューリャ・ドラッケン(ia8037)にヘスティアが悪戯っぽく片目を閉じて見せる。
 一方の黯羽は
「おい、ホントにこれでいいのか? 胸が締め付けられて苦しいし、動き辛いし…ジルべリアの連中はこんな服を日常に着てるのか?」
 詰め寄るように声をかけた。
 燕尾服に帽子。ステッキに懐中時計。
 帽子に取り付けられたウサギの耳さえなければ普通の服装に見えるリューリャ。
 一方のヘスティアも男装だ。
 固めのスーツにシルクハット、モノクル。
「帽子屋でございます。お嬢様」
 優雅にお辞儀をして見せるヘスティアも様になっている。
 豊満な胸部分が男装にはキツそうだが…。
「何、ちょっとした異文化気分という事だよ」
「いや、将来のコトも考えてジルベリアの格好をするのに異論はないンだけどな。
 なんだか、色々間違っているような気がするのは気のせいか?」
「気のせい。気のせい。それに、ほらお茶の用意も整い始めたみたいだ。
 …お嬢様。お手をどうぞ、兎のお茶会へご案内いたしましょう」
「エスコート、致しましょう」
 両方から差し伸べられた手をどこか戸惑いながらも黯羽はとって歩き始めた。

 お茶の作法は野外ティーパーティーとは思えない程本式で、
「まあ、これも勉強…だよな」
 黯羽は教えられたとおりの仕草でティーカップをそっと口元に運んだ。
「いい機会だから覚えておけよ。
 よく出来たら後でご褒美をやる」
 作法に沿って正しく入れられたお茶は香り高く、気持ちよく鼻孔を擽る。
「あ、美味しい」
「そりゃよかった。ヘスもこの際した方が良いぜ? 復習。
これから先、使う事も増えるかも? だからな」
 美味しそうにお茶を飲む黯羽に笑みを向けてからリューリャはヘスティアの方を見た。
「誰に向けて言ってるんだ」
 言われたヘスティアの方は、そう口元を上げるとリューリャの入れたカップに手を運ぶ。
 人の動きというのは、どんなものであれ極めると見ているだけで美しさを感じさせる。
 ヘスティアのそれもまた、同じ美しさを湛えていた。
「仕事柄、こっち系も必須でな…王女様レベルまで仕込まれたぞ、身代わりにな?」
 負けた、というように笑いながら両手を上げるリューリャ。
 そこに柔らかい声と、甘い香りが届いた。
「皆さま。どうぞお好きなお菓子をお取り下さい」
 籠いっぱいにリボンのついた袋を入れた少女達が客席にお菓子を届けているのだ。
 大よそはメイド服姿のリーガの使用人達なのだろうが、リューリャ達のテーブルにやってきたのは一際目立つ娘、いやカップルであった。
「よっ! 紫乃!」
 手を上げるヘスティアの視線の先には籠をもって歩く紫乃がいる。
 黒薔薇のドレスにハイヒール。虹色のショールを纏った姿はメイドではなくプリンセスと言って通るだろう。
 だが、籠を持たない手は、横に立つ朔の腕をしっかりと掴んでいる。
「それではお手を、ヒールは慣れていないでしょう?」
 歩き始めた時から、朔の腕に彼女はずっとしがみついているのだ。
「紫乃も可愛いな、…でも、もう少しヒールなれねぇとな? それじゃあ、朔と離れられねえだろ?」
「…はい」
「姉さん!」
 義姉のからかうような優しい言葉に紫乃は頬を赤らめながら頷く。
「…あの、これは、私達が作ったお菓子なんです。良ければ召し上がって下さい」
「ありがとな。そういやユリアは?」
 お菓子の小袋や皿を受け取ってからヘスティアは、ここにもう一組来ている筈の幼馴染の名を呼ぶ。
「お二人なら、かくれんぼをするとかおっしゃっていました。
 どこにいらっしゃるかは解らないですけど、きっとパーティを楽しまれていると思います」
「そうだな」
 くすり、そう小さく笑うとヘスティアは
「お菓子ありがとな。こっちはいいから二人で楽しみな。朔〜遊びすぎるなよ?」
「解っていますよ。では、どうぞごゆっくり」
 意味ありげな笑みでそう言った朔は紫乃の手を取り、歩いていく。
 それを見送ったヘスティアは二人の残していった袋を開け、お菓子を取り出しながら。
「さて、ご褒美の時間だ。なあ、黯羽」
 黯羽と顔を見合わせ笑って、リューリャを見るのだった。

 一通り、渡したい人々にお菓子を渡し終えて、
「これで終わりです。ありがとうございました」
 紫乃は安堵の息を吐き出しながら朔を見た。
「お疲れ様です。紫乃さん」
 そういうと朔は
「キャッ」
 紫乃の身体をそっと横抱きに抱き上げた。
 いわゆるお姫様だっこ、である。
「あ、あの…朔さん?」
「靴擦れで、足が痛いでしょう? テーブルまで、少し我慢して下さいね」
 そっと、大事なものを運ぶように朔は紫乃を近くの空きテーブルまで運び、その椅子に座らせた。
 乱れたドレスの裾を直し、肩にショールをかけ直す。
 あまりにも近い、近すぎる距離に真っ赤になりながら紫乃は、朔をそれでも見つめていた。
「お茶にしましょうか? 紫乃さんが作って下さったお菓子を私も頂きたいですからね…」
「あ、はい…」
 紫乃は自分の向かい側に座った朔の為に皿にお菓子を並べて、お茶を入れる。
 一方で朔の方も自分が作ったお菓子を紫乃の方に差し出した。
 紅茶の暖かい湯気が二人の間に立ち上る。
「「いただきます」」
 二人、意図したわけではなく重なった言葉に二人は顔を見合わせてくすっと同時に笑い、そしてお菓子を口に運んだ。
「このチョコレートチーズケーキ、美味しいです。
 チョコとチーズって合うんですね」
「紫乃さんのクッキーも優しい味です。幸せになれますね」
 そう言うと朔はじっ、と紫乃を見つめた。
 真っ直ぐに、紫色の視線が彼女から離れない。
「あ、あの…?」
「紫乃さん、にあっていますよ、そういった服装も。
 できれば人に見せたくないぐらいに」
 ただでさえ赤くなっていた紫乃の頬が、かあっとさらに赤みを帯びた。
「私も知らない紫乃さんの姿がまだまだあるのだと思うと嬉しくなりますね。
 これからも、一緒に色々な紫乃さんを見せて貰えるといいな、と思います」
「は、はい…」
 火照った顔を冷やす優しい夕風。
 聞こえてくる優しいハープの音色。
 そうして二人は、互いを、互いだけを見つめて甘い時を過ごすのだった。

 借りた衣装を身に着け終わったタイミングを待っていたかのように
「ニクス様、お手紙をお預かりしております」
 声をかけてきた侍従はカードをニクスに差し出した。
 星模様のカードにはただ一言。

「私を探して」

 の文字。
 カードの裏にあるのは

「空に近い場所に私はいます」

「一年に一度しか会えない二人なのでしょう?
 当然、旦那様の方が会いに来るものよね♪」
 そんなユリアの声が聞こえるようで、ニクスは苦笑しながらもそのカードを畳んでポケットに入れた。
 身に纏う衣装は季節外れであるが、七夕の彦星、だ。
 ちなみにこの衣装を着るように指示したのもユリアである。
 物語に合わせたかくれんぼであることは簡単に想像がつく。
 肩を竦めてニクスは笑う。
「いいさ、必ず見付けるとも」
 彼女とのかくれんぼには負けた事がないんだ。
「決められた運命などない。諦められないなら手を伸ばす。それだけさ」
 そうして彼は隠れている妻を歩き回り始めた。

 城の一番高い、星に一番近い場所でユリアはエンジェルハープを奏でていた。
(地上にいるわけ無いでしょう? 星は空にあるものだもの)
 衣装は七夕の織姫をモチーフにしている。
 機織りの音の代わりに、愛しい人の顔を思い浮かべながら彼女はそっと竪琴を奏でていた。
 ランプを一つだけ灯し、奏でる天上の調べ。
 旦那様が恋しくて待ちわびる妻の様に。周囲が薄紫に染まり始め、ランプの明かりが星のように輝き始めた頃。
 静かな音と共に背後の扉が開き、彼女のハープの音が止まった。
「見つけた…ユリア」
 振り返ったそこにいた、待っていた人物に彼女は幸せそうな笑顔をその顔満面に浮かべ、振り返った」 
「今回は大サービスで待ってあげたのに、何時だって遅いのよ。ホットチョコレートが冷めちゃったじゃないの」
 頬を膨らませ、近づく頬をむににーと引っ張る。
「すまなかっ…」
 謝りかけたニクスの唇をユリアの唇がそっと塞ぐ。
「仕方の無い旦那様ね。愛してるわ」
「ああ、俺もだ」
 もう一度、今度は自分から彼女の唇に自分のそれを重ねた。
 重ねた唇はチョコレートよりも甘い。
 ユリアの服の領巾が自分の服と重なってさらさらと絹ずれの音を立てる。
 それを聞きながらニクスは思い、そして誓っていた。
「会えるのは1年に1度というのではおかしくなってしまう。だから必ず見つけるさ」
 俺は決して彼女を離さない様に、と…。

●それぞれの宵
 楽しい時、忙しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうもので、気が付けば日は傾き、周囲も薄紫に染まってきていた。

「あら大変、そろそろ魔法をかけないと?」
「何ですか?」
 慌てたようなシャルルの声に、片付けの準備を始めていた美波は小首を傾げる。
「美波ちゃん、ちょっとここに座って?」
「?」
 訳が分からないと言った顔の美波を物陰に連れ込んだシャルルは
「うわっ! な、なんですか? ちょ、ちょっとやめて下さい!!」
 美波を見事な素早さで剥くと、用意しておいたドレスに着替えさせた。
 ヘアメイクを施し、髪は夜会巻き。
 メイクもほんの少し大人っぽくして最後に薔薇を一輪髪に挿す。
「はい、できあがり♪ ちょうど王子様が迎えに来たわ」
「えっ? な、なに…って、冬蓮!?」
 まるでおとぎ話の主人公のようなドレスを身に纏った自分に美波が驚く間もなく、そこには白い正装に身を包んだ王子様が、立っていた。
「美波…」
 少し目を見開いた美波の王子様、冬蓮はゆっくりと微笑すると美波の前に膝をついた。
「姫君、踊って頂けますか?」
「えっと、あの、その…シャルルさん?」
「店の方は任せて…。せっかくだから楽しんできて」
 そして美波の背を押し、ぽん、と前へと押し出した。
 倒れるようによろめいた美波は、そのまますっぽりと冬蓮の腕の中に。
「12時になっても解けない魔法だから、ゆっくりしてきてね」
 手を振るシャルルの優しさに涙ぐみながら、
「ありがとうございます…」
 美波はずっと、会いたかった恋人の顔を、にじむ目で心からの幸せと共に見つめるのだった。

 夕刻、広場の炎は赤々と燃え上がり、辺境伯が手配した楽団が奏でる音楽に合わせダンスパーティが始まっていた。

「ほら、リューリャ。ご褒美だ。あーん、して」
「ご褒美やる方が違うだろ? オイ、ヘス!」
「じゃ、あたしも。ほら、たつにー。あーん、ってな」

「服の形の…チョコレート? ですか?」
「はい。朔さん。
 ヘスさん達にチョコで衣装を作ると喜んでもらえる、と聞いて、作ってみたんですが…。
 喜んで、頂けましたか? それともお気に召しませんか?」
「それは、たぶん意味が…いいえ…ありがとうございます」

「少し早いがバレンタインのお返しだよ」
「食べさせて…。
 うん、美味しい♪ 味見…してみる?」


 幸せそうな恋人達の光景を見ながら、流陰は
「春になったらしばらく旅に出ようか、瑠々那」
 横に立つ人妖にそう声をかけた。
 手にはティアラから貰ったばかりの手作りチョコがある。
「いつも、本当にありがとう…。大好きよ」
 ティアラとルーウィン。
 二人から頬へのキスと一緒に贈られた少し、不格好で、でも優しさと感謝のいっぱいに詰まった…。
「あなたが幸せでいてくれることが、僕にとっての何よりの幸せです」
 彼女に告げた思いに偽りはない。けれど…
「自分なりに出せた答えを師匠に伝えてみたい…と言っても、あの人は何処で何しているか分からないし、探し出すのが一番の難関だろうけど。
 それと天儀でお世話になった人たちに挨拶もしておきたい。
 そして色んなことに整理をつけてきたら…またここに戻ってこよう」

『貴方は南部辺境の友。
 もし叶うなら、この地があなたにとって故郷となりますように…』
 
 辺境伯から贈られたその言葉を胸に、彼は幸せな祭りを、一時の夢を、そしてその輝きを胸に焼き付けるように見つめるのだった。


「今頃、美波ちゃんは聞いてるかしらね?」
 シャルルは店の片づけをしながら思っていた。
 冬蓮から聞いていた彼の「帰国」の話。
「近いうちに、天儀に戻ることが許されそうなんです。
 そしたら、彼女と一緒に店をやりたいと思います。
 ジルべリアと天儀を繋ぐような服を、いつか一緒に作りませんか?」
「今回は予行練習ってことね。
 早く、本番を見せて貰えるといいんだけど…」
 優しい願いは、ジルべリアの夜にそっと溶けて消えていった。

 こうして恋人達の一日は楽しく、そして静かに幕を閉じる。

 間もなく近づくジルべリアの春に向けて…。