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■オープニング本文 その日、彼らはそれぞれに自分達の過ごしてきた時と向かい合っていた。 朱雀寮の一年が、間もなく終わろうとしている。 昨年の一月、卒業生達を送り出して、もう一年が過ぎた。 今月の終わりには二年生は三年生となり、三年生は卒業し、この朱雀寮を後にする。 そんな節目を前に彼らは、一年間の纏めとなる論文の作成を指示されていた。 術の研究、アヤカシの研究。 護大について。 慌ただしく、目まぐるしい戦いの続いた一年。 「もっと時間をかけたかった。 もっと色々調べて、試してみたかった。 そんな思いはそれぞれの中にあるでしょう。 でも、それでいいのです」 朱雀寮長 各務 紫郎は寮生達に告げていた。 朱雀寮生の研究というのは精度を求められるものではない。 現在の術式への疑問や提案、問題提起。 若い視点から見た観察点など。 次代へと続く可能性が求められるのだ。と。 寮長は言っていた。 「強制ではありません。 でも、可能であるならできるだけ、作成、提出して下さい。 皆さんの意見と思いが、次代へ受け継がれ、続いていくからです」 卒業まで、あと僅か。 二年生達の作る進級記念の人形は少女型人形と形が決まり、現在調整に入っている。 あとは名前を定めるようにと指示されていた。 三年生たちの希望者に対して知望院、封陣院の試験も実施される予定だ。 委員会の仕事の区切り、引継ぎも進められている。 後、一番大事なのは心の準備を行う事だろうか。 図書室に新しい書架が用意される。 寮生達の論文を収める為のもの。 未来へ繋がる思いがここに収められる日は、もうすぐである。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / サラターシャ(ib0373) / 雅楽川 陽向(ib3352) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655) |
■リプレイ本文 ●向かい合う時 机に向かい、筆をとる。 考え、綴り、また考える。 論文というのは誰と競うものでもない。 あえて言うなら自分自身との対話であり、勝負である。 朱雀寮で進級して一年。 ここまでやらなくてはならない事、やるべき事はほぼやり終えた。 「さあ、がんばろう。最後の試練だよ」 ユイス(ib9655)は自分自身と、きっと今、それぞれに同じように課題に向かっているであろう仲間にそう語り掛けた。 「う〜ん」 机の前で雅楽川 陽向(ib3352)は唸り声に似た声を上げていた。 「なんだか纏まらへん。それに…これ、見方によっては、火炎獣の上位術を作ろうとしとることになるんやろうか」 彼女もまた、進級の為の研究論文に向かい合っている最中であった。 「元々の考え方の起点は人が近付きにくい魔の森を燃やすこと。 その為に障害物をすり抜けて、術者の任意の所で術を吐ける式にしたかったんやけど…」 色々学び、あるいは実践してきた結果、その辺がどうも上手くいかない気がする。 「瘴気、っていうのは形のないものや。 それを式に陰陽術という形で象った時点で方向性と形が生まれる。 そうなると思い通りに家屋ををすり抜けさせることが難しくなるんやろうなあ〜」 陽向は自分の手を見ながらそう呟く。 今まで実践で試した結果は、どうも芳しくない。 「まあ、簡単に完成させられるものではないことは解っていたけど…。…よしっっ!」 陽向は資料のいくつかを纏め鞄に入れると立ち上がった。 「気分転換と、寮長センセへの質問に行こう。急ぐ必要はないもんな」 大きく伸びをして歩き出す。 二月の陰陽寮はまだ冷たいながらも晴れて透き通った空気の中、いつも通り静かに呼吸していた。 ●護大とは 閉じられた部屋。厚いカーテンだけが僅かに光を運ぶ部屋の中で、薄暗がりの中、芦屋 璃凛(ia0303)は一人考えていた。 最初の予定とは違っていることは自覚している。 巴の応用研究。 進級時、考えた研究課題は幾多の実験や練習を重ねても形にはならなかった。 完成された術の応用が難しいことは理解していたけけれど…。 「とにかく…何かを残せたら…」 色々と考えて璃凛は…もしかしたら注意を受けるかもしれないと解った上で…提出したものとはまったく違うテーマで論文を書くことにしたのだ。 テーマは同級生も研究していた、そして朱雀寮生として開拓者として関わりを持った存在。 『護大について』 護大とは一体どの様なもので有ったのか。 主観や、実体験などから護大とは何だったのかを考察することにしたのだ。 とはいえ、璃凛には今もって護大とはなんだったかは理解しきれていない。 大アヤカシを形造る瘴気の塊。 しかし、それはいずれも人の身体の形をしていた。 『あれが、一体何で在ったのか解りません ただ、過去を、垣間見た者として伝えたい事は護大は太古の文明が残した負の遺産。 もしくは、贈り物で在ったのかも知れません。 けれど、余りにも古い事柄で在ったために地上世界の事を知らない。 忘れてしまったせいで護大を恐れ理解できないモノとして遠ざけてしまいました。 それを、うちら、いえ、私たち陰陽師が解析や研究をした結果護大を知る事が出来、過去を知り乗り越える事を出来たのだろうと考えます』 卒業論文を書くにあたりカミール リリス(ib7039)は璃凛から話を受けていた。 「護大についての考察にしたいと思うんや。 最初からそう決めてたリリスに悪いんやけど…」 リリスはそれについて悪いとは思わなかった。 同じテーマを選んだとしても、書く内容は決して同じにはならない筈であるからだ。 「ボクは、僕なりに一年間、考えてきたことを纏めるだけ」 そして書き始めたのだ。 横には一年間、集めてきた護大の情報。 護大がどの様なものとして扱われどの様な対処をされていたのか。 三年になり、研究出来るようになってからなどを思い起こし纏めることにしたのだ。 各地の護大の欠片、その性質などについて記述し、それらを考察して後、彼女はこう纏めた。 『この世界にとって護大とは、アヤカシの活動や大アヤカシへと、再構成するだけでは無かったと考えます。 結果的に、護大派という人々が管理していました。 実際の所は彼らですら手に余り監視していたのかも知れません。 きっと、ボクらは、過去を知り乗り越えられたのだと考えます。 それを成すための課題として、護大は有ったのではないでしょうか』 「今後の事は、解りませんが、後進の人たちのためになれば良いのですが…」 なんとか文章を纏めてのち、リリスはふと思い出した。 仲間であり、友である護大派の少年を。 彼に話を聞けたら、何か別に見えたことがあったのだろうか…と。 『瘴気と護大について』 ずっと眼を閉じていた彼方は、思い、考える。 「記憶が封じられていた頃、卒業研究の素材として「瘴気」を選んだのは、本当の自分を、心のどこかで感じていたから、なのかな?」 これを書くことは彼にとって一つの義務といえた。 護大派として陰陽寮に潜入していたことを黙認される代わりのいわば情報提供である。 しかし、それ以上に残しておくべきだと思ったのだ。 裏切り者と呼ばれても仕方なかったのに、皆は自分に手を差し伸べてくれた。 だから、彼らの為にも自分に、許される限りの事を記そう。 無論、書けない事もある。 けれど… 「それが、きっと僕達のこれからに繋がる筈だから…」 『護大とはこの世界そのものであり、世界の全ては護大によって作られたものである。 護大は全ての母。その意思に逆らうべきではないと我々、護大派は信じていた。 古き御代。護大はその意思によって世に瘴気を生み出した。 それは結果として世界を滅亡へと導くことであったからそれを受け入れるべきという我らの祖と、抗う者達との間で争いが発生し、護大はその身を失い眠りについた。 そして長い時を経て、戻った護大はしかし、開拓者の力により、その存在を消した。 失われた訳ではないと信じるが、もはやその意思が世界を動かすことはないだろう。 人は自然と、瘴気と、護大と調和し、共に歩んでいく。 それが、世の変わらぬ、変わってはならぬ真理であると…我々は信じている』 ●歩んできた道 「この研究を選んで、役にたったことの数少ない一つは、普通の虫などが大して怖くなくなったことかもしれぬな」 比良坂 魅緒(ib7222)はくくと、思いだし笑いしながら思う。思う。 今まで戦ってきた数多くの蟲アヤカシ達。 それらに比べれば本当に大した事はないのだ。 (今後、少しでも妾のような者の役に立つとよいの) くすりと笑いながら彼女はもう一度、記憶の中の虫達と戦い始めた。 筆と紙という武器を持って。 『蜘蛛型のアヤカシ、虫の中でも特に不気味であり、恐怖の対象とするには充分な種であろう。 糸を発し、敵を捕らえ、補食を行う虫の中のハンターとも言える種のアヤカシというのは、それこそ単にでかい蜘蛛であるものから、アヤカシ特有の凶悪な特殊能力をもつものまで幅広くあり、その多様性汎用性こそが、逆に蜘蛛というアヤカシの個性であるとも考えられる。 他の虫アヤカシの例にもれず生命力が強くしぶとい面も持ち特に危険な種。 しかし、実践の中、特徴などを調べるにつけ対応策はいくつも確認できた。 以下にそれを記載する。 それらを踏まえ、今後の開拓者、あとに続く寮生が少しでも有利に戦うことができ、人々を守れることを祈り、願う」 修羅にとっては鬼アヤカシというのはあまり気分のいい相手ではない。 『二足歩行、人に良く似た種。 外見の特徴の最たるものとして頭より角を生やしている』 ユイスが論文の冒頭に書いたとおり、その類似性から同一視されることも多いからだ。 だからこそユイスは鬼アヤカシの研究に挑んだ。 『特筆すべき特殊能力こそ無いものの、力の強さが際立っており人型の最大の特性とも言うべき道具の使用も相まって戦闘に優れている。 大概が上位種に従い群を成している事が多いため、率いる者次第では非常に危険な種といえる。 だが…』 ふと、深呼吸して手を止めた。 陰陽寮での実習の中、判明したことがあった。 獣人は、強く世にある為自身を改造した者の末裔である、と。 明確な証拠があるわけではないが護大派もいわばその一体系であろう。 ユイスは二年間、歩み学んできた道を振り返り、それらを書き比較提示しながら、思う。 (ならば、もしかしたら修羅というのは…、鬼というのは…) 『頭に角、というのは生き物の進化体系として類似するものも多く、そのあり方には関連性があるのでは無いかと推測される』 まだ彼にはあと一年の時が残されている。 地上世界と護大派との道が繋がった今、この疑問にも答えが見つかるときがあるかもしれない。 『その関連性を今後とも調べていきたいと思う』 彼は論文の終わりを、そう纏めていた。 「あら、陽向さん」 調べ物を終えた陽向に柔らかく、優しい声がかかる。 「あ、サラターシャ(ib0373)先輩」 「丁度良かった。皆さんに差し入れをしようと思っていたのです。 このお菓子、良ければ持っていかれませんか?」 「うわっ、おおきに! 美味しそうやね」 籠に入った焼き菓子を嬉しそうな笑顔で受け取った陽向はさっそく、それを一つ頬張ると 「先輩は、卒業研究と進路、決まったん?」 そうと言いかけた。 「ええ。近いうちに知望院の試験を受けることになると思います。 卒業研究の方も、まあなんとか。 今は今後の進路に向けての準備をしているところです」 「それはええなあ。 うちはなんだか、今一、形にならなくてなあ」 しょぼんと肩を落とす陽向にサラターシャは慰めるようにそっと触れる。 「大丈夫です。 皆さんはまだ2年じゃないですか。 それに寮長もおっしゃっていましたよ。 卒業研究は成果を出すためのものではなく、自分が進みたい道、歩んできた道を再確認する為のものである、と。 陽向さんはやりたいことがあって、その為に研究してきたこと、であるのですよね」 「そうや」 「だったら、諦めずに頑張って下さい。 大丈夫です。いつか道は開けます」 「…そうやね。おおきに」 陽向は先輩からの暖かい思いと、エールを受けて研究に再び向かい合う。 タイトルは「炎の可能性」 『式の目的は、人が近付きにくい魔の森を燃やすこと。それを主眼にした式の構築を考える。 召喚構築するのは火炎獣だが、爆式拳の攻撃の瞬間炸裂させる性質を利用し、術者の任意の所で炎を吐ける式にする。 火炎獣本体には、砕魂符の盾をすりぬける性質を持たし、倒壊した家屋をすり抜けて魔の森に到達できるようにする。 よって取得に必要な陰陽術は、火炎獣、砕魂符、爆式拳の三種と考えられる。 ただ、その術式変換にはまだ課題も多く、現在の所はまだ実現の目途はたっていない。 しかし、陰陽術には今後もまだ伸びしろがあり、変化、応用が可能であると考える。 それらを今後とも研究していければと思う』 研究はここで終わりではない。 まだまだ歩んでいく道とどうように続いていくのだと思いながら…。 ●道しるべ 羅刹 祐里(ib7964)は進級論文の提出を放棄した。 「いいのか?」 用具委員会の委員長、清心が問いかけるが 「俺は…進級課題の人形の方を、重視したいと思っています」 彼は作業の手を止めずそう答えた。 ちなみに清心の方は憑依アヤカシや、吸血鬼についての論文を纏め提出している。 「あんまり目新しいことは書けなかったけどな。で、どんな人形にする予定なんだい?」 「少女タイプと話は決まっています。 人形の作りとしては木目込み人形か人形浄瑠璃で使われるような人形。 できれば手間をかけてじっくりと仕上げたいと…」 既存の呪術人形などを並べ、検討し、彼は案を纏めていく。 知覚重視で、なるべく軽めに。 衣装外見はそれぞれ違ったものになるだろうけれど、可能なら目の色か髪の色は統一した方がいいのではないだろうか? 「できれば陰陽術のための道具としてだけではなく、人形として愛でる、または使用にも耐えうる人形としたいな」 「名前は、どうするんだ?」 最初の案であった「朱夏」は既に卒業生の作った呪術鳥人形に使用されている。 ならば 「朱の華…シュカと。仲間との絆の品」 名前にこだわりはないが可能であるなら赤が関係する文字を入れたい。 寮長に相談し、そう提案した。 自らの胸元に咲く校章にそっと触れながら祐里は、目を閉じるのだった。 そしてサラターシャは自らの論文に取り組む。 「難しいことは解ってはいましたが…」 目指してきたのは 『残留瘴気から、特定瘴気の追跡をしたり、アヤカシの特徴を把握できるかどうか』 転じて 『瘴気の分類、確認』 でもある。 用具などに使われる瘴気はそれに適したものが選ばれるという。 故にアヤカシそれぞれの持つ固有の瘴気を感じ取りったり、確認することはできないか。 それができれば色々な応用が可能ではないかと思い、幾度も実践してきたのだが正直、はっきりと体系出来る程には明確な差を彼女は感じとることはできなかったのだ。 あくまで感覚的には違いを感じることはできてもそれは、瘴気に還る前のアヤカシを知っているからではないかと思える。 だから、その点を実例と共に上げ、その上で、彼女は現時点では結論が出ず、難しいということを正直に記した。 そして…終わりをこう結んだ。 『陰陽師を取り巻く環境は大きな節目を迎えました。 瘴気と精霊の交わりである空の発見は既存の概念に変革をもたらすことでしょう。 また、護大派という瘴気の先駆者が編み出した数々の技術は天儀を凌ぐ叡智と言わざるを得ません。 しかしながら、連綿と蓄積された知識が無為に帰したわけではありません。 最古の研究ですらも、新たなる側面から光を当てる機会に恵まれるのです』 そう、今はできないことでもこれからは解らない。 この世界は護大の意思を離れ、自らの足で歩みだした。 世界は変わり、今までできなかったことができるようになり、またその逆もあるかもしれない。 けれど、ただ一つ、確かな事がある。 この世界を作っていくのは「これから」を生きていく自分たちなのだということ。 『今後の研究がどの様に変化して行くのか、楽しみでなりません。 私の研究がその一助となれば幸いです』 彼女は心からの思いと共に文章をつづり、そっと筆をおいた。 そして彼らの思いは朱雀寮に贈られた。 書庫の中に場を用意され、大切に保管される。 終わりの時は間もなく。 けれど、それはまた新たなる路の始まりでもある。 彼らの論文と思いは次に歩む者達への道しるべになることだろう。 |