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■オープニング本文 ジルべリアは現在、皇帝ガラドルフの元、国家がある程度一つにまとまり安定の時期を迎えている。 平和な今は、国として最盛期にあるとさえ言えるかもしれない。 だがここを最盛期にしてしまえば、あとは落ちるだけ。 だから、だろうか? ガラドルフは例えば南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスが提案した民の自由を謳う自治区構想のように若い意見を取り入れつつ国の様々な点に対し見直しを行っていた。 そんな折ジルべリア皇帝ガラドルフにこう提言した開拓者がいた。 『皇よ、畏れながら提言したき事がございます』 南部辺境がアヤカシによって襲撃を受け、その脅威から脱してすぐのことだ。 彼は皇帝を前に臆することなくこう告げた。 『この度の南部の乱の顛末を思うに、今後平等を謡う南部においてはその謳い文句を隠れ蓑に誤った思想を広げ、乱を企む事すら出来てしまうという事が考えられます。 かつての神教会の狂信者のように。 誤った思想を広げる輩は駆除するにしても、それを刷り込まれる民を思えば、かつての過去を繰り返すべきではございません。 私は、南部辺境に国と南部で共同した学び舎の作成と、南部をジルベリアと他儀との交流の試験場として扱う事を提言いたします。 学び舎は正しくジルベリアの国風、制度を民や他儀のものに理解させるものとなり、歴史においても交流の実験場となる事を対価に南部は陛下に権限を戴いた特殊な環境である事を教えるのです。 辺境伯の理想を邪魔するのではございません。 ただ平等とは何もかもではなく、責を果たした上で得るものである事を幼き時より学び、民に分別を持たせるのです。 本来であれば陛下が認められた南部の権限に、こちらから干渉する事は異な事かも知れません。 だがしかし、平等と言う言葉は国を食い潰す甘き毒となり得えます。 どうか、御一考を』 民の教育という分野はもしかしたらガラドルフが皇帝として、必要性を理解したうえであえて切り捨てていたものであったのかもしれない。 今までのジルべリアにおいてまず優先すべきはバラバラであった国の統一。 その為には時に力で上から人々をねじ伏せる必要もある。 だからあえて民の教育は後回しにし国力の増加と統一を優先したのかもしれないと開拓者の幾人かは考えていた。 その証拠、というわけではないが提言は取り入れられ、南部辺境に学舎が開かれることとなった。 今は、場所の選定とどのような形の学舎を建設するかの検討が始まっている。 この計画が進み、成功すれば天儀との交易に特化した新港の建設と共に南部辺境、ひいてはジルべリアの未来に新たな光がさすと大きな期待が寄せられていたのだ。 だが…、ことはもちろん、そう簡単には進まない。 「…まったく、この歳になって自分の無知を思い知るとはな…」 いくつかの書類を前に彼は大きくため息を吐き出していた。 彼の名はロレイス卿。 今回の学舎建設の財政面での責任者ということになっている。 最終的な統括責任者は南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスであるが、彼は領主としても皇帝から指示された新港建設の責任者としても多忙であり、計画の全てに関わることはできない。 加えて学舎建設は、ロレイス卿にとってはアヤカシと通じて乱を起こした息子の罪を償う意味も込められている。 ある程度は彼が責任をもって進めなければならないのだ。 しかし、若いころから今まで皇妃の弟の立場にあぐらをかき、領地の統治はおろかまともな仕事をしてこなかった彼にとっては解らないことだらけであり、加えて南部辺境の地理や現状にも理解が薄いため、どこにどんな学舎を立てればいいのか? まったく見当もつかないのである。 何度目かわからないため息がこぼれたその時、トントンとドアがノックされた。 「お父様」 入ってきたのは赤ん坊を抱いた娘であった。 「ティアラ! おお、ルーウィンも元気か? おじいちゃんだぞ」 途端にロレイスの目尻が下がった。 娘の元に駆け寄り孫に手を伸ばす。 孫にメロメロの祖父は世の中に別に珍しくもないが… 「ホントに変われば変わるものね」 娘はあきれ顔である。 家名を高める為という名目で志体持ちにこだわり、志体を持たぬ我が子を見下し続けてきた傲慢な父親はいったいどこに行ったのだろうか。 「ん…それで、どうした? 何の用だ? 私は忙しいのだが…」 慌てて咳ばらいをしたロレイスは娘に向かって鷹揚に問う。 「別に? 仕事がちゃんと進んでいるか見に来ただけよ。 お父様、こんな仕事なんかしたことないでしょ? ついでに少し手伝ってあげようと思って」 だが、幾分か世の荒波にもまれてきた娘は父親の強がりなどお見通しという顔だ。 「…失礼なことを言うな。これくらいなんでことはない。娘の手を借りるなど…」 言いながら頬を引きつらせる父親にさらにくつくつと笑いながら 「いうと思った。なら、私じゃなくて開拓者に力を借りたら?」 来た本題を告げる。 「開拓者?」 そう、ティアラは困っているのなら開拓者に頼んでみたらいい、というアドバイスを伝えに来たのだ。 「開拓者なら南部辺境の地理や、現状に詳しいし、知恵と力を貸してくれると思うわよ。 学校建設の提案者でもあるし、天儀とかの実例も教えてくれるんじゃないかしら…」 「なるほど…、そういう手もあるか…」 宮廷に上がる貴族としての身分を無くし、財産も学舎建設の為に没収に近い形で失っている。 今更、プライドを気にしても仕方がない。 ロレイスはそう考えたようだった。 「解った。そうしてみよう。ありがとう。ティアラ」 依頼書に向かい合った彼は気が付かなかった。 娘が初めて父に言われた言葉に驚き、目を見開いていたことに…。 というわけで開拓者ギルドに依頼が出された。 依頼人はロレイス卿。ジルべリアの新学舎建設の財政責任者。 内容は新学舎建設の為の相談役の募集であった。 南部辺境の地理や状況に疎い彼に学舎建設の為の適地や、どのような学舎をどう建設したらいいか、指導や意見をしてほしいということらしい。 今まであった貴族や、技術者育成の為ではない学舎の建設。 今までジルべリアでは例がないことであるが故に幅広い知識を持つ開拓者は確かに絶好の教師役であるといえた。 南部辺境伯の公認も得ている正式な依頼。 それは南部辺境の未来を創る第一歩になりそうであった。 さて、ロレイスの館から出てきたティアラはふと、後ろを振り向いた。 「今…誰かに見られていたような気がしたのだけれど…気のせい?」 「…偽善者め」 そして暗闇から呟きの声が聞こえる。 「あいつの息子のせいで、俺は何もかも失ったのに…学舎だ? 孫だ? ふざけるな!」 ギラリと光る白刃の影と共に…。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●教育の始まり 場所はリーガの領主館。 その一室で子供より若い開拓者達を前に 「いいですか? ロレイス卿。まず要点を掴む事を覚えてください。この辺は慣れになってしまいますが」 ジルべリア貴族 ロレイスは講義を受けていた。 内容にあえて題をつけるなら 「南部辺境、ならびにジルべリアの問題点と教育の意味と可能性」 そして 「ジルべリア貴族、領主としての教育」 というところだろうか? 「解った。ならばここで重要なのはこちら、ということか…?」 「そうです。失礼ながら筋は悪くない。あとは経験と訓練を繰り返すしかありません」 ニクス・ソル(ib0444)の褒め言葉に小さく頷いて、さらに重ねられた書類に向かうロレイス卿。 彼の様子を薄く開かれた扉の向こうから見つめるいくつかの影があった。 「ロレイス卿の様子はどうですか?」 「まあ、思った程は悪くない、というところかな?」 問いかける南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスにリューリャ・ドラッケン(ia8037)は小さく肩を竦めて見せた。 「以前のような傲慢さはずいぶんなりを潜めたと私は感じます。我々の話も真剣に聞いてくださっていますし…子息を亡くしいろいろと心境の変化はあったのかもしれません」 龍牙・流陰(ia0556)も同意するように頷く。 以前会った時とは別人のようだ。 「それに、きっとユリアが渡したアレも効いたんだと思うわ」 「そうですね」 寄り添うように立つ婚約者フレイ(ia6688)の言葉にグレイスは頷く。 常にロレイス卿の机の目のつくところに置かれたそれはフェルアナ領主代行 ユリア・ソル(ia9996)が渡したものだ。 「よく見て、そして噛みしめなさい」 彼女が渡したのは書類の束である。 文書の内容を開拓者達は知らない。でも何が書いてあるかは知っていた。 グレイスも作成に協力したからだ。 それは、今回の乱における犠牲者と行方不明者のリストである。 ジルべリアにおいて他に例が少ないほどの大規模なアヤカシ襲撃だったことを考えれば死者は少ないと言えた。 しかし、フェルアナを中心に南部辺境全体の死者は3桁に及び行方不明者も出ている。 行方不明者の中には村がアヤカシに占拠された際などに、餌として喰われた者がいるかもしれない。 乱から数か月が経過している今、生存はほぼ絶望と見られていた。 家や村を追われた避難者はその数十倍。 これを為したのは勿論アヤカシではあるが、元はたった一人の『想い』だった。 「…そして、それを作り上げてしまったのは…私、なのだな」 絞り尽くすような声でそう告げたロレイス卿は 「開拓者諸兄、改めてお願いする。過ちを少しでも償う為に、南部辺境、ひいてはジルべリアの未来を作り上げる為に助力を願いたい」 そう深く、深く頭を下げた。 「顔を上げなさいな。そうやって謝る時間さえ惜しいんだから」 ユリアはそう言って顔を上げたロレイス卿の手の中にいくつもの書類を落としていく。 「その覚悟があるのなら、手加減はしないわよ。領主として覚えてもらうべき事がたくさんあるんだから」 そうして依頼である「南部辺境学舎設立への意見」を超えた「教育」がロレイス卿に行われることになったのだ。 「意外にロレイス卿が一番分かってそうではある…かな」 マックス・ボードマン(ib5426)は小さく呟いた。 「知らない事に関しては、誰しも反抗のしようがない。 真実を知ってしまったが故に、溜まっていく不満も世の中あるって事をね」 要は匙加減…。 ぱたんと扉を閉めたのち、リューリャはグレイスを見た。 「午後からは予定通り学舎建設への意見交換会を行う。あんたは…参加できるのか?」 「無論。南部辺境の未来に関する重要な事です。他人任せにするつもりはありませんからね」 頷くグレイスの姿を見つめたフレイは 「…それじゃあ私も午前の授業が終わったら、フェルアナへ行ってくるわね。ニクスと一緒にユリアと交換してくるわ。 璃凛にもこっちで意見を出してもらう必要があるでしょ?」 歩き出した。 「フレイさん?」 「あ、誤解しないでね」 心配したのか後を追ってきたグレイスと視線を合わせてニッコリと彼女は笑って見せる。 「私も学舎建設にはビジョンと意見があるわ。でも、その前に確かめておきたいことや考えておきたいことがあるの。 すぐ戻ってくるから♪」 そして手を強く引くと廊下の角を曲がり、近づいた首に 「いってくるわね」 抱き付いた。 「…お帰りを待っていますよ」 やがて一人で戻ってきたグレイス。 そんな二人のやり取りを知ってか知らずか、寂しげな彼を、ある者は背を叩き、ある者は肩を竦め、ある者は無言で見つめていた。 ●学舎の意味と力 「…つまり…私は学舎と聞き、話に聞く五行国の術者の学び舎のように資質ある者に高等教育を行う場と考えていたのですが、違うのですか?」 昼食を挟んで開始された南部辺境の学舎建設計画の検討会。 「皆さんの意見が全て採用されるとは限りません、ですが色々な意見を出して頂き、それをたたき台にしてより良いものにできるように皆様のご協力をお願いします」 そう挨拶したグレイスは、提案者として最初に意見を求められたリューリャが提出した概案を見てさっそく質問する。 南部辺境伯として問いかけだ。 リューリャが用意した資料にはこう書かれてあった。 『基礎学(5〜10歳程度) 読み書き算盤とジルべリアの歴史。 応用学(11歳〜、希望者のみ) 各職場関連の人を招いての職業に関する知識・実戦訓練』 「…? なんか、変なところあるんか? どういう事やろか?」 小首を傾げる芦屋 璃凛(ia0303)に横で流陰が補足説明をする。 「基礎学5〜10歳、応用学希望者。 つまりリューリャさんが提案したいのは、勉学を望む者が先に進む為の学舎ではなく、子供の誰もが通う事ができる…天儀で言うなら寺子屋か、私塾のようなものということなのではないでしょうか?」 流陰の問いにリューリャは頷いた。 「提案するのは「今現在南部に存在する寺子屋や道場の主」を雇い入れ「南部公認塾」として、各領主館の敷地内に作る事です。 彼らもまた、今のジルべリアの人材を支えている立役者ですから」 普段はグレイスにも敬語を使う事のないリューリャであるが、今回は年長者であるロレイスに説明する為か丁寧に語る。 「ただ、学び舎の中には優れた才能を持ちながらも経営難に喘いでいる所も多いと聞きます。 そこで、彼らを雇い入れて有効利用するのです。 民が求めている知識等は、彼らこそが良く理解しているでしょうから」 リューリャの意図を聞いて璃凛は納得したように頷き、そして手を上げた。 「うちからもいいでしょうか?」 グレイスの頷きに促され、璃凛はフェルアナ初め各町々で聞いてきたことを思い出し、語る。 「学舎に関して、何を欲しているのか。何を求めているのか。 フェルアナなどで聞いてみました」 彼女は今回の乱とその事後処理において、民の中に混じり、共に働いていた。相棒遠雷と共に彼らの気持ちに寄り添おうと努力してきた。 なるべく近い視線でこれからを担う子供達や学生に成るであろう者達の声を出来るだけ聞き、自分のみでは思い描く事の出来ない考えを見つけ出したいと思ったのだ。 「その結果、読み書きや計算、というのが一番多かったです。 商人だろうと、農業だろうとそういう知識は生活していく為に必要、という事でしょう。 でも、大人達、特に厳しい生活をしている者達からしてみれば子供も重要な労働力。 最低限の学問はあってもいいけれど、勉強するよりは働いて家の助けになってほしいという思いも読み取れました」 「ああ、それはあるだろうね」 マックスが肩を竦めて見せた。相棒、レディ・アンが運んできたお茶を啜りながら 「貧富の差というのはどんな国であろうと必ず存在する。 為政者の努力で減らすことはできても決して無くなりはしないものなんだ。 勉強して知識を高めれば、よりよい生活ができることは解っている。 しかし、日々を生きるのが精いっぱいで自分も子供も勉強できない。 結果、自分に本当は何ができるか知ることもできず、何か、別のものになれると考えもせずに一生を終える。 そんな者達がきっとたくさんいるのだろうさ。ジルべリアに限ったことではないが。 ただ…」 真剣な顔で話を聞くグレイスとロレイスにマックスは続けて話す。 「開拓者としてあっちこっち見てきて感じたんだが、帝国の人材登用のシステムは、かなり歪なんじゃないか?」 と。 ある意味、帝国批判と言える問いかけに場の半分を占めるジルべリア出身者から否定の声は上がらない。 「貴族有利は勿論だが、生まれが貴族でなくても、武官・技官としての才に恵まれていたなら騎士なり親方なり、偉くなる道はあるように思う。 まあ、相当に難しいのだろうがね。 では、それ以外はどうだろう? よその儀でなら文官や…ジルべリアでは御法度だが聖職者・術師として身が立つ者達を、活用しきれずにいる可能性があるのではないかな。 例えば、農家の息子に優れた軍略を持つ子が生まれる。しかし適正な教育を受ける機会に恵まれず、結果として才能の片鱗をうかがわせる事もなく、野に埋もれる。 そんなことは多分、少なからずあるだろう。 だから、リューリャ君のいう高等学舎建設前の初期教育の必要性というのは確かにあると思う。 特に今後行われるであろう、新港及びそれに伴う新都市の建設、移民、他儀との交流を考えると、行政処理案件の増大に伴う文官不足が予想される。 そうなった時にも対応できるよう、人材の育成に努めるべき。その為にはまず教育の裾野を広げることが必要だ」 「なるほど、まず優先するのは初期教育の場の整備ということですね」 流陰は少し考えるように呟いた。 「僕も最初は高等学舎の建設のようなものをイメージしていました。 南部のどこからでも志を持った者が集えるように出来るだけ交通の便の良い場所に。 欲を言うなら、災害等で避難民が出たときに、その受け入れ先として開放できるぐらいの規模の施設があると良い、と…」 「高等学舎の建設は元々、私自身も南部辺境の事業として計画していたことの一つですからそちらはリーガに建設するというのが妥当でしょう。 こちらは三年以内を目途に流陰さんの意見を取り入れた形で開設したいですね。 そして基礎学を学ぶ初等教育については、場と教師の確保ができればとりあえずすぐにでも試験的実施を目指したい。 …ある意味不謹慎ではありますが、乱によっての避難という形で小村の人々が集まっている今は好機です。 長年の慣習などから考えを切り替え、新しい試みを行うには今が絶好の時なのかもしれません」 議論や意見交換は活発に、時に激しく展開される。 その話を聞き、時に混ざりながらユリアはふと、ロレイス卿を見る。 (やっぱり、少しは変わってくれたのかしらね) 彼は真剣な顔をしていた。 おそらく、全てを理解はしていまい。けれど理解しようと努力している。 「今の彼なら、任せられるかもしれないわね」 ユリアはあの書類を渡した時、ロレイス卿の反応を見た時から考えていた事があるのだ。 「彼に…フェルアナを」 その呟きは小さく、傍に立つシン以外には聞こえなかったろうけれど…。 ●複雑な思い 調査結果は芳しくない。 「やれやれ」 書類を机の上に投げおいて領主館でフェルアナ領主代行代行、ニクスは息を吐き出した。 ここの所、彼はリーガとフェルアナの往復が続いている。 ユリアと彼、領主代行二人ともがこの場を離れることを避けているのだ。 相棒アンネローゼにも無理をさせているが、フェルアナの情勢はこの時期になって予断を許さないものになっていて目を離せないのだ。 周辺のアヤカシの出現は落ち着いてきている。 この冬の間はリーガから派遣された辺境軍の者達が補助をしてくれている事もありニクスが直接アヤカシ退治に出なくても大丈夫になってきているのだ。 しかし 「アヤカシより人間の方がやっかい、とはな…」 書類の一枚を机から取り上げる。 そこにはここ一か月でフェルアナから消えた者達の名前が記されていた。 全て今回の乱で家族を失った遺族である。 その数、約10名。 数名がフェルアナ領主館で働いていた者であった為、情報の一部は漏えいしていると見るべきだろう。 関所を密かに抜けて村を離れた彼らの目的はおそらく…。 「人が減るのが一番痛いんだ。こんなことで誰も失いたくはないんだが…」 彼は手を強く握りしめると、リーガの妻と、仲間達へ連絡を取るべく動き始めた。 久しぶりに会った少女は前よりも明るい笑顔をしていた。 「開拓者の皆さんにはいつもとても良くしていただいています」 「そう、それはよかった」 「物資も過不足なく行きわたるようになり、仮設住居も完成、全員が屋根の下で眠れるようになったのはとてもありがたいことです」 「カリーナは何をしているの?」 「ユリア様とニクス様のお手伝いを。でも近いうちにお暇を頂き、フレイ様にお仕えさせて頂くつもりです。 その時はどうぞよろしくお願いします 「敬語やそういう口調は別にいいのに…」 フレイはゼファーの背を撫でながら横に立つ少女に照れたように微笑む。 彼女はカリーナ。前領主ラスリールに仕えていた少女である。 「そういえば、今度南部辺境に学舎ができるんですって」 「学舎? ですか?」 「カリーナはどう? そういうのがあったら行ってみたいと思った?」 フレイの問いにカリーナは少し考えて頷いた。 「私、小さい頃、騎士様に憧れた事があるんです。アーマーで戦うお姿がとても美しくて…。 でも志体を持たないから騎士にはなれなくて、せめてアーマーで戦う方のお側にいたいなって思いました」 「そう…、でもアーマーに興味があるのなら志体が無くても技術者とか整備者になることはできるんじゃ…」 「そういう道があることさえ、解らなかったんです」 ああ、と寂しげに笑うカリーナにフレイは理解した。 解らなければそれを欲する事さえできないのだ、と。 「フレイ様。私、今だから思うんです。 私達は愚かで、自分の中に志体以上の価値を見つけられなかった。 だから、志体持ち以上に何かができるのだと、証明したかったんだと思います」 私ではなく、私達とカリーナは言った。 それが誰を意味するか解ったからフレイはカリーナの肩をぎゅっと強く抱きしめる。 「これから南部辺境は、いいえジルべリアは変わるわ。 変えて見せる。 貴女も、貴女の子供達も好きな事、やりたい事が見つけられるようにきっとなる。 だから、一緒に頑張りましょう」 「ありがとう…ございます」 腕の中に身を任せた少女のぬくもりを感じながら、フレイは心に決意した。 (頑張ろう。 この子達の未来を守っていけるように。やるのであれば憂いなく、有意義にする為に) ●昏い眼差し 学舎建設に向けた意見が一通り出終わった後、開拓者とグレイス。そしてロレイス卿はリーガの街へと出た。 「やはり、そう簡単にいい空き家などは見つからないですね。 基礎学の学舎には当面は領主館の一角を貸し出す、というのが妥当でしょうか?」 流陰の言葉にリューリャは頷く。 「寺子屋の建物を領主館の近隣に置くのは、子供達が領主を見て学ぶ事で領主が雲の上の存在ではない事を実感させるのと、領主自身が学ぶ子を身近に置く事で、己を律する助けにする為。 目があると思えば、人は間違いを犯しにくいものだからな」 「南部辺境の領主はその辺、話が分かるのが多いからいいが、この試みが成功してより広範囲で行うとなると難しいかもしれないぞ。 貴族と平民が一緒に学ぶという思想も、受け入れられない者がいるかもしれない」 「それから誰がどうやって教えるかも重要でしょうね。 教える者が自分の考えだけを教え込む、というのではどうしても考えが偏ってしまいますから。 教師の人選、授業内容についても精査が必要です。 自分で考える能力を育てていけるような、そういう内容に出来ると良いかもしれませんね」 「それについてはフレイさんも言っていました。 政は貴族だけがやるものじゃない。 優秀な人材を募り、必要な事を学び力を合わせてこそだと」 『そしてこれに一番大切なのはやっぱり人員よね。 一からモノを教えられる教師。 今まで教育が重視されなかったのは他の優先以外にも理由があると思う。 教育っていうのはある意味、マインドコントロールに近い。 知らない事を教える、ものの考え方を教えるっていうのは大事ではあるけれど、逆に教える方が生徒の思想を統一する事ができてしまう側面もあるわ。 だから教える方に思想が片寄らない人を選別しないと危険。 帝国万歳過ぎるのは怖いわ』 「うちは陰陽寮におったけど、同じ目的を持つもんが固まり過ぎるのにもメリット、デメリットがある。 考えが偏る。そこの固有の考えが出来上がってしまう。 仲間意識や家族意識などからくる。馴れ合いとかも、な。 けれども先輩などへ、相談をする事も経験を聞くことや知ることが出来る、などの得られる物も多い」 より理想に近づける為の意見は、留まるところを知らず広がっていく。 「考え方は人それぞれですし、色んな意見が生まれて当然だと思います。意見の対立もあるかもしれません。そういった人々を対話させる機会を用意するのも良いかも知れません。 意見の対立を解決する手段として『力』を用いるということがないように、話し合いをすることを指導していくべきだと思います」 当面、学舎についてはなるべく早く、雪が解ける前に基礎学を学ぶ初等教育学舎の試験運用を行う。 今は農業にしても林業、その他の産業にしても比較的暇な時期であり子供を集めても反発が出にくいだろうという考えからだ。 その後1年かけてその理念やメリットを周知して来年からの本格運用を目指す。 と、同時に基礎学を学んだあとより学びたい子供の為の応用学舎。 更にはそこで自分の天性や希望に応じてより高度な知識を学べる専門学舎も建設し、国を支える柱となれる人材を育てていく。 と方向性は決まった。 場所は領主館を提供し、教師を集め…。 そんなやるべきことを考えていた時だ。ふと路地裏で鈍い光が煌めいた。 「危ない! シン! 行って!」 走り寄るユリアの声に 「鶴祇!」 リューリャの命令と二筋の線が弾けた。 ほぼ同時、 「うっ…」 小さな唸り声と共にからん、と音を立ててナイフが地面に落ちた。 「貴方達は…」 我が身を盾にするようにロレイスとグレイスを守った開拓者はそこにいた者に目を見開いた。 それは少年と、母親らしき女性だったのだ。 「父さんの敵!」「人殺しがのうのうと!!」 「…敵?」 「まさか、彼らは…」 ロレイスの声はどこか震えていた。 自分に向けられた明確な敵意と殺意。 その意味を理解できない程には彼も愚かではないのだろう。 「フェルアナの犠牲者の遺族よ。貴方達、なんてことを…」 ユリアは答えに母親を見る。 「…ラスリールの、父親が来ていると。フェルアナを受け継ぐかもしれないと聞いて…許せなかったのです。私達の家族を奪った者を…」 「気持ちは解らないでもない。だが…過ちに、償いすら認めないのは傲慢が過ぎるぜ」 リューリャの言葉に二人は唇を噛みしめ、沈黙している。 「ニクスの報告だと、他にも来ている筈ね。どこ?」 ユリアがそう問いかけた時、 『やっと見つけた! りゅうくん!』 全力疾走、駈けてきた少女が流陰に呼びかけた。 「瑠々那? 一体何が?」 『変な奴らが、ティアラさん達を!!』 「何!!?」 南部辺境を狙う闇の呪縛は、まだ消えてはいなかった。 |