【黎明】地上世界の初日の出
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/13 14:29



■オープニング本文

●夢のあと
 護大を巡る戦いは終わった。
 夢見るものは他者を知り、護大であることをやめた。
 世界は変わった――そう感じた者たちは多くは無い。それは当然だろう。目に見える変化は小さなものだからだ。
 アヤカシや魔の森が消えた訳ではないし、街をうろつく悪党が一掃されるでもない。お祭り騒ぎをしていたギルドも、業務を放って遊んではいられないし、事件も知らずに過ごしていた人々には、変わらぬ普段どおりの日常が続くのだ。
 それでも、世界は変わった。
 かつて護大と呼ばれた存在、護大派が神と呼んだ存在の占有物であった世界は、人の――いや、人だけではない。この世に存在するあらゆる者たちの手へと移ったのだから。
 神話の時代は終わり、英雄の時代は過ぎ行き、それらはやがて伝説となる。伝説を越えて命は繋がり、記憶は語り継がれて物語を紡ぐだろう。それがどこへ向かっているのかはわからない。だがそれでも、物語は幸福な結末によって締めくくられるものと相場が決まっている。
 夢が終わっても冒険は続く。
 さあ、物語を始めよう。

●本当の初日の出
「初日の出を見に行きませんか?」

 そんな書き込みがされた依頼書に開拓者達は首を傾げる。
 もうすぐ新年というある日の事だ。
「初日の出、なんてどこででも見れるだろうに一体どこに行くっていうんだ?」
 そう問われた係員は依頼書を差し出しながらこう答えた。
「地上世界、です」
 と。

 護大が消失し全てが終わったあの日から早2カ月が過ぎようとしている。
 地上世界に生きる護大派と天儀各国が不可侵条約ともいえる和平を締結して後、個人レベルの行き来や捕虜の解放その他はあったが、互いに目立つ交流はなく両者は表向き、静かな関係を保っていた。
「そんな中、護大派側から始めてと言える要請があったのです。
 戦闘で破壊された首都の回復に力を貸して貰えないか、と」
 今まで地上世界は分厚い雲で覆われていて瘴気の雨や、嵐などの天候の変化はあったが基本的に一定の機構を保っていた。
 昼夜の区別も無かったのだ。
 それが護大の消失に伴い雲が晴れ、天候の変化が生まれるようになった。
 その結果、開拓者との戦闘で破壊された墓所。首都の生活機能の再生が急務となったのだ。
 加え、最長老や兵士…いわゆる働き手の多く失った生き残りの護大派達は都市機能の回復に苦慮しているらしい。
 無明の現在の住人は多くなく、捕えられ、解放された捕虜を加えても千人を切る程に減少している。
 その多くは老人と女子供だ。
 当面は防寒具、衣服など生活必需品と破壊された建物、ドームの修復建築の資材とその為の人手を貸して貰えないかと依頼が来たのだと係員は語った。
「幸いなことに衣服などの生活必需品、建築資材などについては提供に応じてくれる商人さんがいたのでそちらの方はなんとかなりそうです。ただ、場所が場所だけに普通の商人や、大工さんなどを派遣するわけにはいかず、輸送の方法も難しい。
 開拓者ギルドからも数人出しますが、開拓者さんにもお願いできないかという依頼なんです」
 報酬は少な目。
「相手は護大派とはいえ、ある意味被災者とも言えるわけでおそらくこちらが提供する物資に対する十分な対価は期待できません。新しい市場になりうると品物を提供して下さった商人さんは見ているようですけど、将来的にはともかく今は、まだ産業なども期待できませんからね。…でも」
 係員は静かに語る。
「護大派って本当に制限された生活をしてきたらしいです。
 食もただ生きる為の手段。歌とか楽しみも殆ど感じたことがないって。
 そういうのって、なんだっか悲しいと思うんです。
 私は仕事で何度か護大派の人を見る機会もありましたけど、思想や外見を除けば同じ人だと思うんですよ。
 接触した開拓者の方も言ってました。
 笑いも、泣きもする。美味しいものを食べれば喜び、唄に耳を傾ける「ヒト」だって。
 そんな彼らが初めて、天儀に力を貸してほしいと言ってきた。他所の世界を認め、受け入れ始めた。
 だから彼らにもいろんな楽しいことを知って欲しいと思うんです。
 お力をお借りできないでしょうか?」
 つまり、今回の依頼に求められているのは建築などを手伝う男手だけではないのだ。
 例えば料理をして美味しいものを食べさせるとか歌を聞かせるとか、物語を語るとか踊りを見せるとか、単純に触れ合って遊ぶとか。
 必需品を届けつつ、お互いを理解していく為の橋渡しなのだろう。
 精神的支柱を失い、迷い悩む彼らを理解し、急激に変えるのではなく寄り添って。
 良くも悪くもこれから彼らとも共に生きていかなければならないのだから。

「食材や調理道具とかも、事前に申し出て頂ければ、超高いのでなければ多分用意できます。
 ただ、肉魚類は止めておいた方がいいかも。
 護大派の人は厳格な菜食主義者だそうですしね。
 あと、一つだけ、報酬があります。
 今、この時でないと得られない報酬」
 思い出したように係員は笑って告げる。
「初日の出を見ることができます。それも地上世界の、本当の初日の出。
 今まで地上世界は分厚い雲に覆われていて何千年も太陽が覗かなかったそうです。
 護大が消えて、昼夜が戻って、そして初めての新年。
 この新年の初日の出を見られるのは今だけかもしれませんよ」

 そして開拓者達は旅立つ。
 新しい年。
 新しい世界を照らす太陽を見る為に。



■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 浄炎(ib0347) / サラターシャ(ib0373) / 无(ib1198) / 十野間 修(ib3415) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596


■リプレイ本文

●再訪
 飛空船が空を行く。
 空、と言っても見慣れた空とは違う、不思議な色合いの始めて行く空、だ。
 空と地上を見つめながら
「この地を訪れるのは、合戦依頼でしょうか…。地上…世界」
 静かに、噛みしめるように十野間 月与(ib0343)は呟く。
 その白い手は胸の前で祈るように合わせられている。
「月与さん、そろそろ到着しますよ」
「解りました。気をつけて」
 愛する夫、十野間 修(ib3415)の操縦する船は徐々に地上に向けて降下していく。
「何はともあれまずは地上世界の方々を理解し、お手伝いをすることが先決でしょう」
「係員も言っていたが同じ人間だ。心は通じ合える筈」
 父、明王院 浄炎(ib0347)の言葉に頷いて月与は近づいていく大地を見つめるのだった。

 月与の飛空船が地上に到着して暫し。
「わたくしはお料理はあまり得意ではありませんから、建物や墓所の修理をさせていただきますわ。工作は割と得意ですので」
「今、地上世界の天候はどんな感じなのでしょうか? 資料はありますか?」
 墓所の入り口付近に艇を止め、彼らが無明にたどり着いた頃には先行していた開拓者ギルドの船と職員が忙しく働いている姿を見ることができた。
「今回は、お世話になります」
 三人に気付いたのだろう。
 開拓者達との話を休止し、駆け寄り頭を下げたのは銀白色の髪をした少年であった。
 額に人としての目とは違う、第三の目が開いている。
「僕は、彼方といいます。何か、困ったことや解らないことがあったらお声かけ下さい」
 思いの外、丁寧な口調と態度を見せる少年に三人は少し目を見開いた。
 だが、同時にそれは少年 彼方以外の古代人たちの姿が見えないことを表す。
 姿を見せ、働いている古代人は力仕事を黙々とこなす僅かな男達だけだ。
 現場を指揮する者もいなければ、野次馬などもいない。
「他の人は、いらっしゃらないのですか? 女性の方や、お子さんは…」
「上層部にあたる司祭様達は別の方で指示を。
 …一般の女子供は殆どが家の中にいます。多分、中からこちらを伺っていると思うのですが…」
 月与の問いに彼方はそう、困ったような苦笑いをする。
「外出が禁止されている訳ではないのですが、仲間…古代人以外と接する機会が少なくて、皆、少し怯えているんです」
 確かに廃墟のような静かな家々に人の気配はする。
 注意深く見れば窓やドアの陰から顔も覗いているようだ。
「後ほど彼らに声をかけ、話をしてもよろしいか?」
「はい、それは勿論」
「感謝する」
 浄炎に頷くと
「彼方さん、これは防寒具なのですがどちらに運べばいいでしょうか?」
 彼方は箱に入った荷物を抱えるサラターシャ(ib0373)に声をかけられ、
「ちょっと待って下さい。今行きます。では…皆さんもどうかよろしくお願いします」
 走って行ってしまった。
「では、始めるとするか。月与」
「はい。お父様。修さん。荷物を降ろして頂けますか?」
 頷きあう彼らの前に広がる古代人の街はまだ静かなままだった。

 灰色の町、無明はその名の通り明りのない街であった。
 空からの光は街を囲うドームの天井に遮られ、きっと今まであまり届いてはいなかったのだろう。
 所々、壊れたドームの隙間からさす光が、本当に僅かな街の明かりであった。
「どこか、皮肉なものですね」
 始まった修理の手を止めてマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は街を見る。
 閉じられた家々の扉や窓もまるで人々の心を表しているようだとマルカは思う。
 人々と話をしてみたい。
 だが、無理に扉をこじ開けても心を開くことはできないだろう。
 こういう時に力を発揮するのは食べ物と
「やはり、これでしょうか?」
 フルートを取り出し、そっと撫でる。
 そして街の中心部にある少し広いスペースに木箱を置き、座った。
「音楽という文化もあまり無いと聞いています。でも、きっと音を楽しむ心は万国共通…」
 道具を置き、マルカは笛にそっと口を当てる。
 柔らかな調べが昏い街に、静かに緩やかに流れていった。

「ふむ」
 聞こえてくるフルートの調べに无(ib1198)はふと作業の手を止め、聞き入った。
「なかなか、いいアイデアかな」
 固く閉ざされた古代人達の心をどう開くかと彼も思案していたのだ。
 見れば、家々の扉が、窓が細く開かれ始めている。
「あと、もうひと押しかな…ナイ」
 足元に戯れていた玉狐天に无は声をかけた。
 主の意図を察したかのようにふわふわの狐は駆け出すと、一軒の家の窓枠にぴょんと飛び乗った。
「わああっ!」
 初めてそんな歓声が響いた。子供の声だろう。
 愛嬌のある目で玉狐天 ナイは窓の中の人々を見るとぴょこんと飛び降り走り出していく。
「待って!」
 カシャリと音がして扉が開いた。
「こら、待ちなさい!!」
 止める声も気にせずナイを追って外に出てきたのは5〜6歳くらいの子供であった。
 額から角のようなものが生えている。修羅に似ているだろうか。
 一つの扉が開いたのをきっかけに、次々と扉が開き、子供達が顔を出してくる。
 翼のある子供。第三の手を持つ子供。
 
 ある者はおそるおそる。あるものは興味津々といった顔で広場に集まる子供達はやがてマルカの音楽に身体を揺らし始めた。
 生まれて初めて聞く「音楽」に彼らなりの思いで応えているのだとマルカは感じて、さらに楽しい調べを奏でる。
「子らよ」
 その時、突然現れた身長210mの巨漢に子供達は一瞬、怯えたように動きを止めるが
「共に遊ばぬか?」
 浄炎がもふらのぬいぐるみを操り差し出して見せるとぱあっと、まるで咲いたような笑顔を見せ始めたのだ。
 やがて、広場には小隊【緑生樹】の炊き出しの旗が翻り、柔らかい香りが漂い始める。
 それは野菜を煮る香りであったり、ハーブの匂いであったりする。
 音楽と、香り。
 多くの古代人達にとってはどれをとっても初めての体験で、心と体の本能に訴えるそれに抗うことはできなかったのだろう。
 子供達はもう、
「楽しかったら手拍子してみて、こういう風に、そう、そう♪」
 マルカのフルートに合わせて踊り始めている。
 一人、一人とまた集まってくる古代人達。
 彼らに浄炎は
「この笑顔こそ、復興の足掛り。
 子らを思う親の心に違いは無かろう。
 この子らの笑顔を絶やさぬ為に、手を取り合って復興を目指そうではないか」
 その大きな手を差し出すのだった。

●はじめての幸せ
「さあさあ、良ければ遠慮なく召し上がって下さい。
 いろいろ、おいしいものがありますよ」
 月与が差し出す盆にはクッキーやパイ、月餅などの甘味が並ぶ。
 色とりどりの「食べ物」は古代人達の多くにとって初めてのものだ。
 何人か、以前に無明を訪れた開拓者と接触し、食べ物を振舞われた者もいる。
 彼らは満面の笑みでそれらを頬張っている。
「大丈夫、おいしいよ」
 古代人の仲間である彼方が食べて見せたことによって、他の者達も興味から手を伸ばし、口に運ぶ。
 サクッと、音を立てて口元でクッキーが砕けた。口の中でパイの生地がほどける。
「うわあっ!」
「な、なにこれ?」
 彼らは一様に声を上げた。
 口の中に広がる「甘さ」は彼らにとって初めて経験するものだった。
 そもそも古代人の食事に「おいしい」という言葉は存在しない。
 瘴気の森で育つ植物を食するのは身体にエネルギーを補給する以上の意味を持たず、最低限の加工で味もなにもないのが現状であった。
 だから、彼らは生まれて初めて感じる「味」に驚愕する。
 脳を貫くような甘さは彼らに今まで感じたことのない快感と共に彼らの身体に染み込んでいく。
 古代人達は半ば夢中でそれらを頬張っていた。
 次に、炊かれた火によって沸かされた湯によって「暖かい飲み物」も提供された。
 甘酒は甘く優しく、彼らの心に染みわたり、桜湯や手作りのハーブティは優しい「香り」を彼らに体感させる。
「そろそろ、こっちの料理もできるで」
 一生懸命調理に励んでいた芦屋 璃凛(ia0303)は手作りの竈にかけた二つの鍋のふたを開ける。
 一つの鍋からはふんわりと炊き上がった白いコメが顔を出す。
 もう一つの鍋には野菜がどっさりと煮られていた。
 煮られた野菜の甘い香りが広場に立ち上る。
「これ…なあに?」
「おっと、ちょっと待ってな。熱いからな」
 手を伸ばしてくる子供を慌てて璃凛は止めた。
「このままスープとして食べても美味いんやけど、せっかくなのでもう一工夫して、な。
 彼方。手伝ってくれるか?」
「勿論」
 鍋ごと璃凛からご飯を渡された彼方はそれを棒で突き潰して、より細い棒、串のようなものに平たく貼り付けていった。
 それを炎で炙るとこんがりと香ばしい香りが広がっていく。
「きりたんぽ風鍋ってところやろか? ほい、どうぞ」
 器に盛られたアツアツの汁物を古代人達は躊躇いながらも受け取っていく。
「こちらは雑炊、こっちはラーメンです。温まりますよ」
 同じように月与が差し出した椀を手に取り、口に運んだ者の何人かが俯き、肩を震わせている。
 その多くは大人達であった。
「どうしたね?」
 无は声をかけてみる。
 顔を上げた者達の多くは目元に滴をいっぱい溜めていた。
 見まごうことない、それは涙だった。
「…これが…天儀世界、なのですか?」
「その一欠けら。『料理』というものだ」
「そう…ですか」
 彼らの多くはその後、口をつぐんでしまった。
「ねえ、これ、お仕事しているお兄ちゃんに持っていってあげてもいい?」
「はい、いいですよ。お手伝いしますね」
「狐さん? こっちにおいで」
「ほら、このボールはこうやって遊ぶんだ。そーれ!!」
 菓子や料理にはしゃぎ、喜ぶ子供達を止める事もなく、大人達は口をつぐんで静かに料理を咀嚼する。
 何かをゆっくりと噛みしめるように。

 サラターシャはマルカに地図のような図面を指し示す。
「マルカさん。大きな破損個所は男性の方にお任せして、ここと、ここの修復を急いで頂けないでしょうか?」
「急ぐ理由はなんでしょう?」
「ドームの気温調整に重要なところだからです。
 瘴気の雲が晴れたことで、気象状況などの影響を大きく受ける可能性が高くなります。
 気温変化や環境変化は人々の健康に大きな影響を与えますから、少しでも負担を減らしたいと思うのです」
「解りました」
「さて、何はともあれ、まずは雨風を防げるようにせねばなるまいよ」
 広場での炊き出しと並行し、戦乱で崩れた無明の修復工事もかなりの急スピードで行われていた。
「すみません。あそこは俺達には届かないところなので、お願いできますか?」
 修に差し出された板を受け取り古代人の一人が地面を蹴った。
 翼をもつ彼はそのままドームの天井部分へと浮かびあがる。
 高いところの修復もこうして古代人の中で飛行が可能な者が受け持って問題なく行われている。
 ただ、あっという間に開拓者や、天儀の料理になじみ笑顔を見せるようになってきた子供達と違い、大人達の表情はやはり硬い。
 開拓者とも最低限の会話しかしない者も多く、無明の上層部という司祭なども殆ど顔も見せてはいなかった。
「嫌われている訳ではない、と思うのですけどね」
 修は義父である浄炎にそう肩を竦めて見せた。
 士道を使っている、ということを差し引いても彼らから、敵意を感じるわけではないのだ。
 戸惑い、迷い、そして…
「今まで自分達が信じ、過ごしてきた世界が崩壊することへの恐怖、というところか…」
 浄炎は古代人達を見ながら呟く。
 自分達には何かができると信じ、その為に命と、心と、身体。
 全てを捧げてきた。
 色のない世界で、護大の復活だけを願い生きてきた彼らである。
 いきなり「護大は無くなりました」と言われても直ぐに生き方を変えることはできないだろう。
 それは容易に想像ができた。
「だが…どうしたらいいか…」
「お姉ちゃん!」
 ふと街の方からやってくる声と気配に開拓者は顔を向ける。
 そこには盆に並べた汁椀をこぼさないようにと運んでくる古代人達と月与の姿があった。
「皆様、休憩になさいませんか?」
 その声に作業は一度中断され、全員が集まり食事に舌鼓を打った。
 差し出された雑炊に、古代人達の多くはその目に、顔に驚愕を浮かべていたが、彼らの多くは元兵士だからであろうか。
 広場の女子供程、はっきりとした驚きを表す事はしなかった。
 黙々と食事を続ける彼らにマルカはふと何かを思いついたようにサラターシャの方を見た。
「サラターシャさん。天候の記録をとっていらっしゃると伺いました。
 今日の夜から、明日の朝にかけての天気はどうなりそうでしょうか?」
「えーっと、ちょっと待って下さい」
 サラターシャは書類をめくり
「多分、雲の晴れ間が大きく広がって晴れ間が大きくなるのではないでしょうか?」
 と答える。
「良かった。天も味方してくれているのかもしれませんね」
 微笑んでマルカは開拓者達に向かって声を潜めた。
「明日の朝、皆で外に行きませんか? もちろんできるだけたくさん古代人の人も誘って…」
 一瞬、瞬きした者が数人。
 しかし、彼らはすぐに理由を理解して頷きあう。
「今日は、12月31日ですからね」
 マルカはそう楽しそうに微笑んだ。

●地上世界の初日の出
 思ったほど寒くなかったのが幸いだった。
 無明の外で開拓者達は空を見上げながら思っていた。
 敷物を敷いて、大地に腰を下ろす彼らの周りには古代人の子供達がいた。
「初日の出を見に行きましょう」
 開拓者と少年、彼方の誘いに子供達のほぼ全員と古代人の何人かが従ったのだ。
 その子供達の半分はすやすやと寝息を立て、残りの半分は目元を擦っている。
 まだ深夜から未明に差し掛かった頃合い。
 子供が眠いのは当然だ。
「まだ寝ていてもいいんですよ」
 そう声をかけられても起きていようとする子供達にマルカは
「じゃあこれでも食べましょうか?」
 水飴を差し出した。
「こうするのですわ」
 と箸に巻き付けてくるくると回して見せる。
「色が白く変わったら食べごろですわね」
 マルカの言葉に子供達は夢中になって飴を練っている。
 白くなっても延々、延々練り続ける様子が可愛らしく、くすくすと小さな笑みが開拓者からも、そしてそれを見守る古代人の大人達からも零れてくる。
 ギルドから提供された防寒具などを身に纏う古代人達。
 彼らはみんな、空にこれから現れるであろう太陽を待っていた。
「あの時まで、この地上で僕達は太陽を見たことがありませんでした。
 分厚い雲で覆われた空は日の光を遮り、夜も朝もない同じ灰色の日が続く。
 それが、地上世界の毎日です」
 少年 彼方は静かに語る。
「『その日』からの皆の思いを、僕は知りません。
 ですが、時折、表れる太陽は僕達を祝福してくれる存在では無かった事は確かです」
 彼は偵察員として天儀に派遣されていた者であると、開拓者達は本人の口からきいていた。
 五行の陰陽寮に所属していたことから、璃凛やサラターシャ、无など数名の開拓者とは知己であり、それ故に今回の開拓者への要請の現場を任されているらしかった。
「雲が晴れ、地上世界にも昼夜が生まれました。
 同時に、太陽もその姿を現すようになった。
 数年ぶりに戻った大地で見上げた空は天儀の輝かしさとはまるで違って見えました。
 眩しい太陽の光は僕達の愚かさを照らすように眩しく、沈んだ後の漆黒の闇は護大という支えを失った皆の心を昏く闇に染めていくように僕には思えてならなかったんです」
 見上げた空は闇。
 ただ、空には小さな星が見える。よく見ればいくつかの儀界も見つけることができた。
「僕は、天儀で出会った仲間によって光を見つけることができました。
 だから、皆にもそれを知って欲しかったんです」
 地上世界は指導者である最長老と主戦派を失い、遺された司祭達が合議制でなんとか運営している。
 でも、幼い頃からこの世界のみで生きてきた者であればあるほど、世界の変化を受け入れることは難しい事であったのだ。
「皆が、特に大人達が信じてきたものを亡くした喪失感から立ち直るにはもう少し時間がかかるでしょう…でも」
 そこで彼方は言葉を閉じて空を見上げた。
 気が付けば奇跡のように広く雲が晴れ、開拓者の眼前には天儀の空より高い空が広がっていた。

 漆黒の闇であった空が、気が付けば紫に染まり始めていた。
 初めは紫紺、そして少しずつ青を溶かし混ぜたように空は藍へ、そして瑠璃へと色を変えていく。
 まだ太陽は顔を出してはいない。
 しかしすでに橙色の光を広げ、空を二色に染めていた。
 眠っていた子供達も徐々に目を覚まし、開拓者に寄り添いながら空を見つめていた。
 やがて、地平線の彼方に金色の光が顔を出した。
 初めは本当に小さな出現であったのに、それだけで空はまるで違う生き物のように色を変える。
 空は青さを増して太陽を迎え抱きしめ、太陽は朱の衣を大地の裾野に脱ぎ捨て高く、空に昇って行った。

 上りゆく太陽を見つめ
「彼方、はっ、はっ、初日の出や」
「うん、綺麗だね」
 言葉にできたのはそのくらい。
 思いを言葉にも出来ないほどに開拓者も古代人達も空を見つめていた。
 地上から見上げる初日の出はるそれは荘厳で涙が零れる程美しく。
「…ごめんなさい」
 子供達の手を繋いだまま、服の袖でマルカは目元をぬぐった。
 その輝かしさが目に染みた。
 太陽の前ではどんな悩みもちっぽけなものに思える程に…。
「太陽がなぜ沈むか知っていますか?」
 サラターシャは両腕に抱きしめた子供達にそっと囁きかける。
「新しく生まれ変わる為です。…新しく生きても良いんですよ」
 それは、子供達へ贈ると同時に背後で空を見つめる、あるいはここにはいない古代人達へのメッセージでもあった。
 そして同時に開拓者自身への…。
(私は生涯、この光景を忘れません)
 マルカは心にそう深く誓って、子供達と、仲間と地上世界の初日の出を見つめていた。

●行く先
「さあさあ、今日はお正月や。景気よく行くで!! そーれっ!!」
 広場では璃凛がそういって高く杵を掲げ、そして打ち下ろした。
 ポーン! と気持ちのいい音が場に広がっていく。
「皆も手伝ってな。やってみたい人、手を挙げて!」
 広場ではまた北面風のおせちや餅をはじめとする料理が次々と振舞われ、古代人達を喜ばせていた。
 やはり甘味は大人気。
 一方で雑炊やラーメンなども人気で
「天儀には医食同源という言葉があります。
 食べるということは身体や心も健康にするのです。もし、良ければ作り方を覚えてみて下さい。
 お教えします」
「お塩・胡椒・砂糖などの調味料が役に立つと思います。
 複数の野菜をお塩で煮込むだけも美味しいですよ 」
 月与やサラターシャは興味を示した古代人達に相棒を助手に料理の作り方も教えている。
 また璃凛は地上世界の植物も料理に使用していた。
「彼方が居らんかったら、思いつかんかった発想や」
 素材があまりにも違いすぎて困難を極めたが、『少しはマシ』なものができたのではないかと思うことができた。
 子供達は開拓者にすっかりなじんで、一緒に遊んだり、踊ったり、よじ登ったりしている。
 浄炎などはすっかり子供達になつかれてじゃれつかれていた。木登りのように登っているいる子もいる。
 マルカの笛で踊る子供達。
 修は大人、特に男性達と様々なことを語り合っていた。
 少し、年長の子供達が无の所に集まってきた。
「お兄ちゃん、おはなししてくれる?」
「てんぎって、どんなところ? こわいところだってせんせい言ってたけど、彼方兄ちゃんはきれいなところだって」
「ああ、かまわないよ。さて何から話しましょうかね」
 无は頷くと身振り手振りを交えながらいろいろな事を話して聞かせる。
 儀世界の伝承、御伽噺、見聞録。
 どの話にも子供達は目を輝かせ聞き入っていた。
 一区切り、話し終えた无はふと視線の先にいた人物に気付き、顔を上げる。
「ナイ。向こうで子供達と遊んでやってくれ。
 後で、君たちの知ってることも教えてくれると嬉しいな」
「はーい!」
 玉狐天と子供達を送って後、无はその人物の前に立ち頭を下げる。
 彼女は確か、彼方の師匠と聞いた。
 おそらく、現在の地上世界を纏める『上層部』の一人なのだろうということが周囲の態度から見て取れたからだ。
「ご迷惑でしたか? 儀界の話を子供達に聞かせるのは」
 苦しげな顔が喜んでいないのは一目見て解ったので无は深く頭を下げながら問いかけた。
 しかし、彼女は首を横に降る
「構わぬ。所詮、このままではいられぬ事は自明。
 特に子供らはもはや地上に縛り付けることはできぬと…解ってる」
 言葉に秘められた深い思いを无は察する。
「解っている」と「そうしたい」は同義では無論ないのだから。
「急ぐ必要はないでしょう。数千年間の生き方を簡単に変えられない事くらい解っていますから。
 それぞれ、目指す道、行く先も違う。それは古代人と天儀人に限らないことです。
 ですが…」
 无は瘴気回収の術を発動させる。瘴気を纏い身に取り込んで見せる。
 目の前で。
「天儀での経験がおありという貴女ならお解りになるでしょう。地上世界にも陰陽師のように瘴気と共に生きる者もいます。
 共存、理解は可能であると信じます」
「姿形、命の理、寿命もなにもかも違っても、か?」
「…同じ、人ですから」
 无の答えに彼女は何も答えなかった。
 でも、无は彼女の頬に小さな笑みが浮かんだのを見逃しはしなかったのである。

 首都の応急処置がとりあえず形になり、彼らは一旦地上を離れることになった。
「本当に、ありがとうございました」
 頭を下げる彼方の周りには多くの古代人の子供達が見送りにやってきて、
「また来てね!」
 そう手を振ってくれていた。その背後には大人達もいる。
 彼らも静かに頭を下げてくれていた。
 施設の修理が終わり、古代人達はまた地上世界で静かに暮らしていくのだろう。
 子供達が天儀を目指したり、古代人達が天儀と通商を開始するとしてもそれはまだ少し先の話だ。
 だが開拓者はたくさんのものを地上世界に残していった。
 目に見える物資だけではない、本当にたくさんの輝かしいものを…。

 飛空船が空に舞い上がる。
 天儀に向けて戻りゆく開拓者達。
 彼らを見送るように金色の太陽がその行く先をどこまで照らしていた。