【結晶】雪と希望の大地
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/09 03:39



■オープニング本文

 元は開拓者のこんなつぶやきから始まった。
「聖夜に何もないのは寂しいわね」
 聖夜、クリスマスと呼ばれるこの祭りはジルベリアを起源とする。
 冬至の季節に行われ、元々は神教会が主体の精霊へ祈りを奉げる祭りだったと言われていた。
 サンタクロースと言う精霊が人々、特に子供に贈り物をしてくれるのだとか。
 とはいえ、ジルベリアで教会信仰が禁じられて後はサンタクロースを信じる者は少なくなった。
 ただ冬の年越しと合わせ、チキンに腸詰、暖かいシチューに甘いケーキ、シュトーレン。
 火を囲んでの賑やかなパーティは雪で村や家に閉じ込められる人々の数少ない楽しみとなったのだ。
 天儀本島や各国でも趣向を凝らしたジルべリア風のクリスマスが催されている。
 ならばジルベリア本国でもやってもいいのではないかと南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスは考えたのだ。
 加えて今年、南部辺境ではアヤカシとのかなり大きな乱が発生した。
 アヤカシとの戦闘に苦しめられ、その復興に今なお汗を流す人々に憩いと楽しみを。
 そして手助けしてくれた開拓者に感謝の宴を。
 そう各領主に呼びかけた所、昨年と同じようなものであればなんとか用意できるとの返事が届いた。
 かくして南部辺境から民と、開拓者に祭りが贈られることになったのである。

 開拓者ギルドを始めとする各地にこんなチラシが貼りだされた。

『南部辺境 冬祭り

 新年を純白のジルベリアで過ごしてみませんか?
 南部辺境各地で独自の祭りが行われています。
 
 リーガ城下町 料理食べ放題の大パーティ。
        肉、魚、野菜の料理が盛りだくさんです。
        併設イベントとして料理大会を開催。
        作られた料理は観客に振る舞われます。
        自慢の腕をふるって人々を喜ばせて下さい。
        大広場に飾られた巨大ツリーも見ものです。

 メーメル 春花劇場  歌と踊り、夢のファンタジー。
        南部辺境自慢の春花劇場 
        現在は休演中ですが 人々を励ます意味でヒカリノニワの出演者達が歌や踊りを披露します。
        特設ステージでは飛び入り参加も自由です。
        皆で、歌って、踊って、楽しみましょう。

 フェルアナ  コスプレ大パーティ。
        フェルアナは染色が盛んで織物や編み物も人気があり、その服の品質には定評があります。
        様々なドレスや、衣装の他、天儀から取り寄せた着ぐるみなども貸し出します。
        現在大規模な乱の復興途中ですが、だからこそ辛い日々を忘れる一時の夢を。
        今までとは違う自分になって新しい年を迎えましょう。

 ラスカーニア 雪像コンテスト
        雪に負けず雪を楽しむ。がコンセプトです。
        街のあちらこちらに雪像が飾ってありますのでご覧になって下さい。
        夜はライトアップされて幻想的な光景を見せてくれます。
        またお客様もぜひ、ご自由に雪像を作って下さい。
        完成した雪像は祭り期間終了まで会場に飾らせて頂きます。

 参加費は無料。
 どのパーティにもご自由に参加頂けます。
 各地共、メインのパーティは12月31日の夜から翌日1時の朝まで。
 前夜祭は25日の夜。小さな宴を開きます。
 子供達には菓子などプレゼントをふるまう予定です。
 その後、年越しの日に向けて本格的な準備を始めますので、ご希望の方は祭りの準備から手伝って頂けると幸いです。
 今まで南部辺境にいらしたことのなかった皆さんもお誘いあわせの上、ぜひおいで下さい。
 お待ちしています』

 慌ただしく過ぎた今年ももう終わり。
 大切な人との幸せな一時を雪で純白に包まれたジルベリアで。
 
 祭りのチラシは冬祭りでありながら鮮やかな色に彩られ、開拓者達を誘うのであった。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 龍牙・流陰(ia0556) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / フレイ(ia6688) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / カジャ・ハイダル(ia9018) / 劫光(ia9510) / 霧先 時雨(ia9845) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / デニム・ベルマン(ib0113) / ヘスティア・V・D(ib0161) / サラターシャ(ib0373) / ニクス・ソル(ib0444) / 尾花 朔(ib1268


■リプレイ本文

●冬の祭り
 雪や冬、というのは基本的にありがたいものでは無い。
 行動は制限されるし、何より寒くて辛い。
 だが、それが避けられないものであるなら、共存し楽しむのが冬と共に生きる国の住民の知恵であり心意気である。
 妹、アーニャ・ベルマン(ia5465)の楽しげな声が聞こえてくる。
「体力勝負なら私達開拓者に任せてください! デニム(ib0113)〜! 落っこちちゃダメですよ〜〜!」
「大丈夫ですよ。楽しい祭りだからこそしっかりと準備しないといけませんからね」
 大広場の巨大なツリーは徐々に飾り付けられ一刻ごとにその輝かしさを増していくようだ。
 そして周囲では人々の思いと、彼らが作る料理の炎が暖かい熱を放っていた。
「重い荷物があるなら遠慮なく言って下さい。手伝いますよ」
 龍牙・流陰(ia0556)は大きな鍋を運び、芦屋 璃凛(ia0303)は商工会などの者達と今夜の打ち合わせをしているようだ。
 街全体がお祭り気分に浮かれている。
「こういうの、嫌いじゃないのよね」
 活気の溢れる街と、仲間達。住民達を嬉しそうに見つめながら、フレイ(ia6688)は隣に立つ愛しい人を見つめ微笑む。
 南部辺境の冬祭りがもうすぐ始まろうとしていた。
 
 南部辺境 フェルアナの町。その門では
「はい、可愛いお嬢さん。クリスマスのお菓子をどうぞ」
 サンタクロースが子供にお菓子を配っていた。
 美しい女性で、最近天儀に現れた怪しい三連星とは当然別人である。
 南部辺境で、少し前に戦乱が起こったらしいことはカジャ・ハイダル(ia9018)の耳にも入っていた。
 なるほどよく見れば確かによく見ればあちらこちらに壊れた家などが見えなくもない。
 しかし…、町は祭りムードが盛り上がり、賑やかで華やか。
 貸衣装の業者が入っていると聞く。だからだろうか。
 さっきのサンタクロースだけではなくあちらこちらで仮装をした人物も見かけていた。
「復興、頑張ってるみたいだな〜」
 人々の笑みにそんな言葉が気持ちと一緒に思わず零れた。
「なあ、そう思わないか? 時雨。チビ」
 賑やかな様子が楽しいのだろうかきゃっきゃきゃっきゃと頭の上の我が子ははしゃいでいる。
 手に持った飴細工が嬉しいというのもあるのかもしれないが。
「そうね。ステキだわ」
 それを見ながら寄り添う霧先 時雨(ia9845)が頷いた。
「はい。はーい」
「何? 空? くれるの? ありがとう」
「回し食いができるのは家族の特権だな」
 カジャの頭上から自分に向けて指しだされた飴を受け取って食べようとする時雨は
「あー! あーあん!!」
 泣き出しそうな顔で違う違うと首を振る娘に小首を傾げる。
「どうした? 空?」
 地上に降ろされた娘は飴を時雨に、ではなく、時雨のお腹に向けてさしだしている。
「あ、お腹の赤ちゃんにって意味なのかしら?」
 母の直感で気付いた時雨が苦笑する。
「あーん、あーん!」
「解った、わかった。いい子だな。空は」
 そう言ってカジャが抱き上げた隙に時雨はそっと服に飴を隠す。
 せっかくの御好意だ。後で頂くことにしよう。
「ねえ、仮装衣装、領主館で貸し出してくれるそうね。何か面白そうなの着てみない?」
「ああ。いいな。行ってみようか」
「空にも似合うのがあるといいのだけれど」
「屋台の料理もいろいろ美味そうだ。チビ、何が食いたい?」
 彼らは笑いながら人ごみに紛れて行った。

 さて、そんな、楽しげな観光客の様子を見ながら
「なかなかいい手ごたえね」
 ユリア・ソル(ia9996)は微笑んだ。
 現在のフェルアナ領主代行。
 今回の祭りを仕切るのは彼女である。
「あ、ユリア様。ニクス様がお見えです」
「遅くなってすまない…ってユリア!」
 夫であるニクス・ソル(ib0444)は、門の前で客を出迎えていた筈の妻の姿を見て絶句、のけ反った。
 自分と同じサンタクロースの衣装を身に着ける、と言う話は聞いていた。
 しかし…
「どう? 似合うでしょ?」
 くるりと回って見せたユリアの衣装は勿論、文句なしに似合っている。似合ってはいるが…。
「それは…、その…あまりにもきわどすぎないか…」
 膝上8センチのミニスカートサンタクロース。
 おそらく計算された絶対領域。
 そして美脚は息を呑むほどに美しく…同時に夫としての自分を悩ませるものであった。
「大丈夫よ。あなたも一緒ですもの♪」
 動揺するニクスの腕にしがみ付くとユリアは
「それじゃあ、ここはよろしく。私達は警邏に出て来るわ。
 プレゼントの方もよろしくね」
 と門の係員たちに片目を閉じた。
 頷く係員たちに美しい微笑を向けた後、その笑顔は夫の方へ籠と共に。
「はい、ニクス。この籠の中のお菓子は子供達にあげてね」
 籠を受け取るとニクスは諦めたように息を吐き出し…
「了解、だ。奥方」
 そっと妻の肩を抱き寄せる。
 そのぬくもりに小さく微笑んだユリアは
「今頃、みんな、楽しんでいるかしらね?」
 薄紫に染まり始めた空を見上げるのだった。

●笑顔の人々
 南部辺境は広いがその中でも四つの町に住民の殆どが住んでいる。
 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスが治め、名実ともに南部辺境の中心であるリーガ。
 劇場都市 メーメル。
 小さいが水利に恵まれ染色の町としてファッションをリードしてきたフェルアナ。
 そして南部辺境の玄関口とも言えるラスカーニアである。

 ここは南部辺境 ラスカーニア。
 南部辺境は今日から始まる冬祭り期間であり、首都や他の地方からの観光客も増加している。
 そんな中ラスカーニアの広場では
「うわ〜!!」
「キレ〜〜イ♪」
 人々がそれぞれに歓声を上げていた。
 街の住人達が作ったと言う雪像や氷像が美しく観光客達を出迎えていたからだ。
「今年は去年よりも大きくて綺麗なのが多いなあ」
 花や妖精、建築物や動物などが光を浴びてキラキラと輝く中、一際目を引く氷像の前で多くの人が立ち止まる。
 それは巨大で美しい火の鳥であった。
「凄くキレイ…」
「こんな大きいの、どうやって作ったんだろう?」
 首を傾げながらも魅入る人々に
「寒いでしょう? 甘酒をどうぞ。天儀の飲み物ですが暖まりますよ」
 優しい笑顔の女性が微笑みながらカップを差し出した。
「ジンジャーの…匂い?」
 くんと鼻を動かして口を付けた人々は
「甘い!」「美味しい」
 と笑顔を弾けさせる。
 そんな様子を見ながら
「雪像も甘酒も好評なようですね。朔さん」
 空のお盆を抱えた尾花 紫乃(ia9951)は鍋から甘酒を掬う夫に声をかけた。
「ええ、良かったです。紫乃さん」
 尾花 朔(ib1268)は妻の言葉に頷く。
 出品された雪や氷像の多くは最近徐々に積もり始めた雪や、池の氷などを使用したものだ。
 だが、二人が製作したものは少し作りが違う。
「ちょっと、反則ですけどね」
 彼らは陰陽術を使ってこの像を作ったのだ。
 氷霊結で作った氷をブロック状に積んで土台に少量の水を付け凍らせて接着する。
 この時、真ん中は空洞にしておくのは後での細工の為だ。
 形作られた氷を大まかに削り、その上から雪をかぶせ形作る。
 胴体部分は多めに、翼部分は少なめに。
 均整のとれた鳥は美しく、今にも大空に羽ばたきそうに見える。
「夜には雪像に蝋燭などを入れてもっと綺麗になりますからね」
 案内人の言葉に
「じゃあ、夜を見てから他の町に行こうか」
 そんな声も聞こえてくる。
 図らずもラスカーニアの観光客増加に貢献した二人は
「夜が楽しみですね」
 肩を寄せ合い人々と自分達の作った雪像を見つめるのだった。

 そんな芸術品の並ぶ場所から少し離れた子供用自由広場。
「随分、たくさんになったな?」
 劫光(ia9510)の言葉にハッと我に返ったサラターシャ(ib0373)は周囲の様子を見て赤面する。
 子供達が雪うさぎを作っていたのを見て、自分も一緒になって作っていたのだが気が付けば周囲はうさぎだらけである。
 勿論、自分が作った者だけでは無く、子供やそれを見ていた大人などが通りすがりに作っていたものもあるだろうが、半分くらいは自分が作ったような気がする。
「す、すみません。お呼びして来て頂いたのに、お待たせしてしまって。うさぎが好きで…楽しくて。つい…」
「ああ、別に俺の事はきにしなくていいぞ? 双樹もけっこう楽しんでいるようだ」
 子供達と一緒に雪遊びを楽しんでいる相棒を見ながら肩を竦める劫光にサラターシャは、それでも、と立ち上がり服に着いた雪を払うと
「来て下さってありがとうございます。お祭りの事を聞いて、お誘いしたくなってしまったんです…。あと、お願いもあって…」
 頭を下げた。
「祭りは楽しんでいるからいい。でも、お願いってなんだ?」
「それは…」
 少し考えてサラターシャは微笑んだ。
「夜にでも改めて。先にお祭りを楽しみませんか」
 後輩の誘いに、劫光は
「そうだな。色々面白そうだ。行こうか、サラターシャ」
 小さく笑い返して
「行くぞ、双樹」
 歩き出した。

 一方、メーメル。
「だんだん人も多くなってきた。早めに来たのは正解だった。なかなかいい宿がとれて良かったな」
 リューリャ・ドラッケン(ia8037)は賑やかになってきた街中を歩きながら横を歩くヘスティア・V・D(ib0161)に笑いかける。
「俺は…あれならシングル一つでもよかったんだけどな?」
 どこか残念そうに身を伸ばしたヘスティアは、しかし街の様子や人々の笑顔を眩しそうに見つめる。
 中心地、春花劇場 ヒカリノニワに近付くにつれ活気は一層増していく。
「戦乱があったとは思えない復興ぶりだよな」
「人っていうのは逞しいもんさ」
 南部辺境を、いやジルベリアを見続けて来た二人はそう言って微笑み合った。
 かつてこの地を襲った戦火、ヴァイツァウの乱から五年になるだろうか?
 一度は廃墟としか見えなかったメーメルに今、その影は殆ど無い。
 先のアヤカシの襲撃で避難してきた人々の姿も見られるが、彼らの表情も、帰還の目途がついたというだけに明るいものだ。
 時々発生する酔っぱらいのケンカや小さなトラブルを治めたり仲裁しながら歩く二人を邪魔するモノは少し冷えた空気以外は何もない。
「リューリャ」
「ヘス?」
 ふと、身体を寄せて来たヘスティアをリューリャは見つめる。
「たまには…、いいだろ?」
 少し頬を赤らめたヘスティアが腕を絡め身体を押し当てる。
「…ああ」
 頷きながら、リューリャは大事なパートナーと共に
「夜にはダンスパーティがあるらしい。後で着替えに戻るか?」
 二人でデートを楽しむことにした。
 復興の手伝いに力を惜しむつもりは無いが、今日はとにかく楽しむこともこの土地を支えることになるだろうから。

●祭りの夜 
 周囲が薄紫に染まりかけた夕暮れ。
 祭りの始まりの宵。
 リーガ城の執務室で南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスは正装の騎士の謁見を受けていた。
 伴っているのは婚約者 フレイだけ。
 相手もまたパートナーと二人での面会だった。
「グレイス。私の妹アーニャとその婚約者デニムよ」
 フレイに紹介されデニムは辺境伯の前に一歩、進み出た。
「正式な御挨拶は始めてだと思います。南部辺境伯。
 デニムと申します。
 お会いできて光栄です」
「丁寧な御挨拶いたみいります。私は陛下より南部辺境を預かるグレイス・ミハウ・グレフスカス。
 こちらは我が婚約者。
 私の留守中、貴殿にも南部辺境の治安維持にお力をお借りしたと聞いています。心から感謝しています」
 辺境伯の返礼に頭を下げる若騎士は横に立つ少女を一度だけ見つめ、前を向いた。
 微笑む南部辺境伯の婚約者、自らが義姉と仰ぐ女性の頷きにデニムは勇気を出し、言葉を続けた。
「僕は、ここにいるアーニャと婚約した事をここにご報告致します。
 アーニャは辺境伯の婚約者 フレイさんの妹。
 つまり辺境伯の義理の妹となる女性です。
 …未熟者ではありますが、僕がアーニャを幸せにするのを、許してもらえれば嬉しいです」
「そして、貴方は私の弟となるわけですね」
 優しい、包み込む様な暖かな口調にデニムは顔を上げた。
「反対する理由など有りません。むしろ私の方が請い、感謝するべきでしょう。
 私と家族になって下さり、ありがとうございます」
 差し出された手がデニムの両手をしっかりと包み込む。
(うわー、おっきい手ですね。しかもけっこう見かけによらずごつごつ。
 デニムにも負けてないです。
 剣を持つ騎士の手ですね)
 横に立つアーニャはそんな素直な感想を胸に抱きながら挨拶するデニムを見つめた。
 挨拶をするデニムがいつもの数倍、かっこよく見え、…少し照れくさくなる。
「私の弟。どんな道をこれからあなたが進んでも、私は貴方を、いえ貴方達を誇りに思います。
 家族としてこれからもこの国を共に護り、支えて行きましょう」
「はい!!」
 背筋を伸ばして答えたデニムの横でアーニャはもう一度目の前のグレイスを見つめる。
 その横に寄り添い、幸せそうに微笑む義姉も。
 彼女も誇らしげに婚約者を見つめている。
(はう〜、スゴイ人がお義兄さんになるのですね〜)
 互いが姉妹であることを実感しながらアーニャは新しい家族が生まれたこの時を、幸せに噛みしめていた。

 彼らが城を辞し街に繰り出した頃には日は疾うに姿を消し、空を漆黒のベールが覆っていた。
「少し緊張しました」
 息を吐き出すデニムにお疲れ様とアーニャは笑いかけた。
 静かだった城と違いリーガの街は昼とは違う姿、賑やかな祭りが始まっている。
「うわー、夜になるとまた綺麗ですね〜」
 美しく飾られ、ろうそくが灯されたツリーは本当に美しく、楽しく見ているだけで心が弾むようであった。
「本当に綺麗ですね」
 ツリーを見上げるデニムを見ていたアーニャはふと何かを思いついたように微笑み
「デニム♪」
 その腕を強く引くとバランスを崩した彼の頬に
 ちゅっ♪
 軽くキスをした。
「アーニャ!」
 慌てた様子のデニムに微笑んでアーニャは腕にもたれかかる。
「ねえ、デニム。結婚してもクリスマスデートしようね」
 愛しい人のおねだりに
「ええ…必ず」
 デニムは頷いて、
「それじゃあ、お祭り見に行こう! 料理大会が開かれるんだって! あ、みてあっちのお料理美味しそう」
 はしゃぐアーニャの手を取って祭りの輪の中に入って行った。

 リーガの今年の祭りのメインはジルベリアの材料を使った料理大会らしい。
 大会と言っても票を取るわけでもない。
 ただ、たくさんの人達の美味しい笑顔を作る為だけのイベントだ。
 テーブルの上にたくさんの料理が並び、屋台にも人が集まるそんな中で
「璃凛さん。テーブルの分、料理の追加、できてますか?」
「できとるよ。運んで」
 一際人が集まる料理を作る開拓者は相棒や、助手と共に忙しそうに作業を続けていた。
「珍しい料理で、しかも美味しいって評判ですよ。今回の大会の一位は決まりじゃないですか?」
 助手の一人が運びながら璃凛に微笑んだ。
 ジルベリアの材料で作る北面の正月料理。
 雑煮用の米以外の食材は国外のものだが思ったより上手くできたと自分でもまあ思う。
 しかし
「うちは、勝つ気は、ないで主役は町の皆やから」
 璃凛はあくまでストイックだった。
「分かち合える相手や親友も、居らんけど」
 …料理の手をふと止めて広場を見る。
 親子連れ、幸せそうな恋人達。
 広間の中央では辺境伯が恋人を連れて祭りに参加しているらしい。
 賑やかで幸せな人々の笑顔溢れる祭り。それを支えるのが自分の役目と思えば、今の場所も悪くないかもしれない。
「楽しむで」
 また火に向かう。
「時々は休憩して下さいね」
「ジルベリアのクリスマスプティング、美味しいんですよ」
 人々から差し出された味を楽しみつつ、璃凛はまた料理に向かうのだった。

 
 ラスカーニアの雪像に蝋燭が灯された。
 透き通った氷に内側から光が通り、あるいは雪に光が反射して、本当に幻想的な風景が広がっている。
 そんな中、朔と紫乃は二人でゆったりと雪像を見て歩いていた。
「どれも綺麗ですね…」
 たくさんの雪像が集まる広場でやはり一際、美しく輝いているのは朱雀像であった。
 これは自分達が作ったというひいき目を抜きにしてのこと。
「すごくキレイ…」
「本当に飛んでいきそう」
「これを見ただけでも来たかいがあったね」
 そう口々に言ってくれる人の感想と思いがこの像を輝かせているのだと素直に思えるのだ。
「お疲れ様でした、冷たくなってしまいましたね」
 ふと、紫乃は自分の手を取り、そっと息を吹きかけ暖めてくれる朔に気が付いた。
 途中で雪像作りで濡れた手袋を外している事に気づかれたのだろう。
「あ、あの、申し訳ないです」
 暖めてくれる申し訳なさにおろおろする紫乃は…
「こうすれば暖かいですから」
 と朔の手を片手ずつ握ったまま自分のコートのポケットに両手をいれた。
 しかし、直ぐに失敗に気付く。
 このままでは動けない。
 さらには互いの距離が、顔があまりに近い。
 思わず硬直してしまう。
 真っ直ぐに自分を見つめる緑の瞳に顔を真っ赤になるのを押さえることはできなかった。
「ど、どうしましょう…?」
 おろおろと尋ねる紫乃ににっこり微笑んで、朔は雪像の正面から少しそれると
「なら抱きしめますから、少し温まりましょうか」
 ギュッと抱きしめる。
 ボッと音がしそうな程に紫乃の顔が上気するのを朔は感じていた。
 ジルベリアの冬。気温はきっと氷点下だろう。
 けれど、二人は寒さをまったく感じてはいなかった。

 劫光とサラターシャはラスカーニアの雪像群の中に見慣れたものを見つけ、足を止めた。
「これは、朱雀ですね」
「ああ、見事なものだな」
 中の蝋燭の光を通し、朱色に輝く鳥を見ながら
「先輩」
 サラターシャは劫光を見つめた。
「私は、もうすぐ朱雀寮を卒業します。
 そしたら、子供達が生きる術を学べる場所を作ろうと思っています。
 今後、アヤカシの被害や戦乱は減って行くかもしれませんが、そんな子はいつの世、どこの世界にも悲しいですが生まれるもの。
 彼らがもし悪しき親によって導かれた場合、どんな悲劇を生むかを見て来ましたから、それを少しでも止めたいと思っているのです」
 彼女の言葉に劫光は幾人かの顔を思い出す。
 もし、違う運命の導きがあったら、と思わずにはいられなかったいくつかの出会いが、彼にも確かにあった。
 サラターシャはそんな運命と立ち向かい、悲劇を少しでも減らそうと思っているのだろう。
 彼女の気持ちが、思いが劫光にも痛い程解った。
「それでもし旅先で身寄りの無い子に出会ったら、養育させて頂けませんか?
 本来なら私自身が迎えに行くのが礼儀だとは思います。
 ですが、この目では長旅は困難でしょう。
 協力して頂けませんか?」
「むしろ願ったり叶ったりさ、まかせておけよ」
 だから、即答した。
 それは劫光の本心からの思いだったのだ。
「そして私にも劫光先輩のお手伝いをさせて下さい」
 だが、その言葉にははたと思考が止まる。
「俺の、手伝い?」
「はい、して欲しい事、力を貸してほしい事、なんでもかまいません」
「してほしいこと、ねえ」
 劫光は思案する。そして
「思いつかねえなあ」
 思いつかないことに気付く。
「…お手伝いさせて頂けるまで諦めません!」
 真っ直ぐな視線に頭を掻く。
「どういわれても思いつかないしとりあえず保留ってことでいいか?
 もし、力を貸してほしいことがあれば必ず知らせる」
「解りました。でも、必ずお手伝いさせて下さいね!」
 視線よりも強い、真っ直ぐな思いに劫光は、ああ、と頷いた。
 年上の筈だけど危なっかしくてなんかほっておけない後輩を見つめながら。
「とりあえずはこの祭りを一緒に楽しむことかな」
「それは勿論ですが、それで終わりにしないで下さいね」
「ああ、解ってる」
 そんな二人を朱い鳥は優しく照らし見守っていた。


 メーメルの広場は賑やかな音楽と、リズムに乗って楽しげな人々のステップで溢れている。
「お、今度は宮廷舞踊曲じゃないか」
 リューリャは耳をそばだて感心したように零した。
 宮廷舞踏から里謡までメーメルの楽団のレパートリーは相当に広いようだ。
「ヘス、踊らないか?」
 カップを手近なテーブルに置き、リューリャはパートナーに手を差し出した。
 正規の社交ダンス。
 いつもの姿ではなく真紅のドレスに着替えたヘスティアを誘うには里謡よりも相応しいだろう。
「去年も踊ったが、今年はどれだけ成長しているかな?」
 悪戯っぽく笑うリューリャの手を、ヘスティアは小さく息を吐き出しながらとって歩き出す。
 踊りの輪の中央。
 一人は白く染まったジルベリアの大地のように美しいスーツ。
 燃える様な真紅と橙のパラージドレス。
 背の高い二人の姿は正に、この祭りそのもののように篝火に美しく映え、周囲の賞賛と羨望を集めた。
「男性パートの方が得意なんだって知ってるだろう」
 拗ねてわざと足を踏むヘスティア。
 リューリャは小さく顔を顰めるが、動きは止めない。
 美しくパートナーをリードしていく。
「でも少しは上手になってるだろ?」
 甘えるようにキス一つしてヘスティアは美しいステップを披露する。
「ああ、そうだな」
 そのキスに応えて、
「ありがとう、そしてこれからもよろしくな」
「こちらこそ」
 リューリャのステップもいっそう軽やかに楽しげだ。
 誰も邪魔はできないし、させない。
 例え怪しい聖夜の精霊、三連星だろうと…。
 その様子が人々を巻き込み和を作る。
 メーメルの祭りの輪は、どんどん、どこまでも広がって行く。


「もうなに! この可愛い生き物。さすが私の娘。ああもう可愛い」
 我が子を抱きしめ頬ずりし続ける時雨を
「おいおい、周りに引かれるぞ」
 カジャは軽く諌めるように声をかけた。
 とはいえ、我が子が可愛いと言う点にはカジャも異論はない。
 子供用のふかふかもこもこライオンのきぐるみを着ている姿は、本当に可愛い。
「がおー」
 と本人も乗り気で声をあげる姿はさらに可愛い。親バカと言う言葉は聞こえない。
 業者から無料貸し出しを受けて三人は仮装衣装に身を包んでいた。
 カジャは海賊。時雨は羽妖精。そして娘 空はきぐるみライオンである。
「さて、行くか」
 ひょいと娘を横抱きにすると、カジャは時雨に手を差し出した。
「冷えたり、転んだりするなよ」
「ありがとう、大丈夫」
 素直に時雨もカジャの手を取って身を寄せる。
 その頭上にふわりと柔らかい、透き通るようなストールが乗せられた。
「えっ?」
 驚く隙に唇を奪われた。
「俺は海賊。そしてお前は俺の運命の女(ファムファタル)だからな。
 誰にも渡さない」
 ニヤリと笑うカジャを見つめながら時雨は頬が上気するのを感じていた。
(仮装って人の気持ちを解き放つ力があるのかしら)
 ふと、そんな事も思う。
(だったら…いつもと違う自分なら、いっそ素直になるのもアリかしら。今夜はつんけんせず甘々に行きましょう)
 カジャと腕を絡めた時雨は、空を頭に移したカジャに身を寄せる。
「月並みだけれど、愛してるわよ、うん」
「なんだ、いきなり?」
 空を落さないように片手で支えながら、だが、カジャはもう片方の手で時雨を抱き寄せた。
「ああ、俺もだ」
 家族と共に同じ時間を共有する。
 二人は、いや四人はその幸せを感じていただろう。…きっと。

 フェルアナは南部辺境の最奥で交通の便もあまり良くない。
 しかし、観光客もけっこう訪れてくれた。
 聖夜の祭りは大成功と言えるだろう。
 ユリアの提案で行ったプレゼント交換もなかなか好評であったようだ。
 祭りと言うのは自分が楽しいだけでは無い。
 きっとたくさんの人と同じ時間を分け合うからこそ楽しいのだとユリアは思った。
 人々の笑顔を見ているだけで無いのに胸が弾むのをユリアは感じていたのだ。
「フェルアナは、きっと復興するわね」
 どんな時でも笑うことができれば人はきっと大丈夫。
「そうだな」
 一時は絶望の淵に沈んだフェルアナを知っているからこそ、彼女は人々の笑顔にそう確信する。
 そんな彼女に
「ああ、いうのをわすれていたな…綺麗だよ。ユリア」
 ふと優しい声が贈られた。
 振り返った先には顔を紅くしたニクスがいる。
「たとえコスプレでも綺麗だと思ったらそれは口にしないと…な」
 そして抱きしめられた。想いのこもったニクスの抱擁。
 ぬくもりと思いが伝わってくるようだ。
「ありがとう…」
 ユリアは目を閉じてその暖かさを、心を全身で感じる。
 そして思った。
 祭りと言うのは自分が楽しいだけでは無い。
 たくさんの人と、何より大切な人と、同じ時間、同じ思いを分け合うからこそ楽しいのだ。と。
「ちょっと待って。ニクス」
 ユリアはニクスの腕から離れ籠から小さな木の束を取出し、ニクスに差し出した。
「これは?」
「宿り木よ。この飾りの下では女性はキスを拒めないって言われているの」
「そうか…」
 ニクスは黙って宿り木を受け取ると近くの木にかけた。そして
「旦那様に世界一幸せなキスを…」
 目を閉じるユリアの唇と自分のそれをそっと重ねた。
 祭りの幸せを、共に有る喜びを、誰よりも強く、感じながら…。


「やっと見つけた!」
「えっ?」
 道を歩いていた流陰は突然かけられた声と、横から引かれた手によろめいて膝をついた。
 慌てて顔を横に向けるとそこには片手で赤ん坊を抱きながら腰に手を当てる女性がいた。
「ティアラさん…」
「もう! 昼は祭りの準備で忙しいかと思って、夜に誘いに言ったのに城にいるかと思えば街の警邏に出ている、って言われて。
 けっこう探したのよ!」
 自分を呼び止めた旧知の女性のふくれっ面に流陰は
「すみません」
 と苦笑するように頭を掻いた。
「せっかくの聖夜なのに、一人?
 祭りを楽しまないの?」
「いや、瑠々那も一緒ですし、それに…」
 口調はいつも通りだが自分を心配してくれているのだろうと解るティアラの言葉に流陰は目の前に流れる人々の笑顔を見ながら答える。
「これが僕なりの楽しみ方ですから。
 こうやって人々が笑顔でいてくれるのを眺めてるのが、何より嬉しく感じるので…」
「…相変わらずね。そういうところがステキなんだと思うけど…!」
「えっ?」
 流陰は思わず瞬きした。今、微かに唇に触れたものは?
「…貴方のお陰で、今、私は幸せです。
 ありがとう」
 照れたように頬を染めたティアラが少女のように微笑んだのはほんの一瞬の事であった。
「今日は聖夜なんだから。あんまり無理しちゃだめよ! これでも食べて少しはゆっくりしなさい!」
 彼女はいつものように怒鳴ると路地裏に走り去っていく。
 小さなクッキーの包みと不思議なぬくもりを心に残して
『るーくん、どうしたの? 大丈夫?』
 先を歩いていた相棒が、自分がいないのに気付いたのだろう。
 顔を覗き込むのと一緒に流陰は気付いた。
 軒下に飾られた宿り木と、自分の思いに…。
 立ち上がり、路地からリーガの賑やかな祭りを見つめる。
「師匠…」
 記憶の彼方。忘れえぬ言葉が彼の心に浮かんできた。
『陰になれ』
「師匠の言葉の意味…僕なりに答えは出せた気がします」
(陰はそれだけでは成り立たない。必ず光と共に有り、光に寄り添うことで存在できる。
 陰になるとは、その光となる『何か』を…あるいは『誰か』を見つけること。
 進む道が輝かしいものでなくても良い。
 ただその『誰か』から、「君のお陰で」「あなたのお陰で」…そう言ってもらえるような存在になることが、「陰になる」ということなのだと…)
 流陰の目の前で、彼が陰となり守り続けたきっと光の一つ。
 南部辺境の人々の笑顔が美しく輝いていた。

 祭りはまだ続いている。
 賑やかに華やかに。
 そんな聖なる宵を
「楽しかったわね」
 愛しげに見つめる姿があった。
「ええ、そうですね」
 真紅のドレスでバルコニーに立つ婚約者の肩に南部辺境伯 グレイスはそっとショールを羽織らせた。
「私のパートナーとして人々の前に立つのは疲れたでしょう」
「なんてことはないわ。貴方が今までずっとやってきたことで、これからもやっていくことですもの」
 フレイはそう言って、愛しい人の顔を見上げる。
「妹さん夫婦からもご挨拶を頂きましたし、私も近いうちに貴女の実家にも直接、ご挨拶に伺わないといけませんね」
 そう言って後ろからグレイスはフレイを包み込む様に抱きしめた。
「ええ、正式に決まったし、改めて御父様たちにも挨拶しないと、ね」
 フレイは頬が緩むのを実感していた。
 父はどんな顔で応じてくれるだろう。
 謁見の際から自分が浮き足立ってる気がする。嬉しいのをこらえきれない…。
 心が躍り出しそうだった。
 耳を澄ませば、ここまで祭りの音楽が聞こえてくる。
「踊らない? 旦那さま」
 グレイスの手からくるりと回転し、向かい合ったフレイはグレイスを見つめた。
「観客はいないけれど…月明かりだけで十分よね?」
「喜んで。我が奥方」
 グレイスのエスコートは貴族の殿方らしく、軽く優雅でフレイを美しく躍らせる。
 聖なる夜、月明かりの下で二人はいつまでも踊り続けていた。

●新しい年
 新年最初の日が昇る。
 それは聖夜から新年に続く祭りが終わる時であった。
「新しい年の始まり…か」
 眩しい太陽を見つめながら、カジャは前を向いた。
 そこには愛しい家族達が待っている。
「来年も、また来れるといいな」
「そうね。その時はもう一人増えているわね」
 時雨はそう頷き、空は時雨のお腹に向けて手を伸ばしている。
 そんな我が子をひょいと肩に乗せ
「よし、じゃあ、帰るとするか」
 彼らは歩き出す。
 明日からまた続く、日常に向けて。

 新年も、聖夜も人が作った区切りのほんの一日に過ぎない。
 けれど、人はその区切りに志を新たにするのだ。
「見てみて! お母さん。プレゼント交換でこれもらったの!」
 レッドハートを誇らしげに胸につける子に母親。
 それを眩しげに見つめる領主代行と伴侶。
 新しい特産品の相談を受ける開拓者に、人々を見守り続ける陰。
 目標に向かい歩き出す開拓者にそれを支える戦士。
 愛し合う夫婦や恋人達も…。
「戦乱の復興に、学校の建設、新港の最初の船も春には飛ぶ予定です。
 今年も忙しくなりますよ」
 南部辺境伯もそう婚約者に微笑んだという。

 南部辺境、ジルベリア、いや全ての人々の頭上に、新しい太陽の輝きが降り注いでいた。