【彼方】少年と護衛
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/21 20:02



■オープニング本文

 その少年は、ずっと山に住んでいた。
 ほんの少し前まで見たことのある人間は、育ての親と食料を持ってくる商人だけと言う日々。
 外の世界に憧れた彼は、師匠の反対を押し切って、開拓者や友人の力を借りて街に住む事になった。
 生まれたての少年には、多くのものが輝いて見えていた。
 勿論、全てではなかったのだけれど‥‥。

「し、失礼します!!」
 バタン!!
 開拓者ギルドの扉が開き、二人の少年が飛び込むと、直ぐに閉められた。
「どうしたんだ? 一体??」
 係員の言葉に答えず、飛び込んで来た少年の一人はキョロキョロと様子を探る。
「‥‥よし、いないな。ふう〜。まったく。彼方は加減ってもんを知らないんだから!」
「なんだよ。清心。その言い方‥‥。そもそもなんで手加減する必要があるんだよ。悪いのはあいつらだろ?」
 呆れたように、諌めるように言った少年は友人の反論を無視して、カウンターに向かい依頼書を差し出す。
「すみません。依頼の手伝いをお願いできますか? あるご婦人の護衛です」
「清心!」
 とりあえず係員は依頼書を確認する。
 五行の街に住んでいる一人暮らしの老婦人の、護衛であるという。
「この人は、僕の実家の店のお客さんで、いくつか長屋のようなものを持っているちょっとした資産家なんですけど、最近体調を崩していて‥‥そこを狙ってゴロツキたちが地上げまがいの事をして彼女を困らせているんです」
 長屋の住人に嫌がらせをしたり、買い物に出た彼女に付きまとい圧力をかけたり。
「今は、家にこいつが住み込んでいるんで、少し落ち着いていますけど、このままだといずれどんどん酷くなっていくかもしれません」
 こいつと指差された少年は、少し膨れてみせる。
 本当は一人でも大丈夫、と言いたいが、そこまで自分の力を過信してはいない、というところらしい。
「今のままだと彼女‥‥春奈さんは大好きな夏祭りも見にいけません。なので彼女の護衛と、ゴロツキたちを諦めさせるのに手を貸して欲しいんです」
「なるほど‥‥」
「月の半ばには彼女のお孫さんという方が、一人暮らしの彼女を心配して来るそうなので、それまで側について下されば‥‥」
 依頼を断る要因は無い。無いのだが‥‥
「僕は陰陽寮の授業が本格化してきているんで、あんまり顔を出せません。だから、依頼で主に一緒になるのはこいつです。世間知らずなんでいろいろ教えてやって下さい。って、いうかそっちも依頼の一部です」
「世間知らずとは何だよ。世間知らずとは‥‥」
「世間知らずだから、世間知らずだって言ったんだよ。買い物の仕方も、相場も未だに覚えないくせに! 桃一個、家に持ってきてくれって言ったり、冗談で店の人が言ったソバ一杯五千文に泣きながら払えません言ったの誰だ!」
「だ、だって食べ物って家まで持ってきて貰うものだろう? それに始めて外で食事したんだ‥‥。どのくらいの値段かなんてわかんないよ」
「そんなことで、自力で一年で二万文なんて貯まるのか?」
「煩い!」
 まるで漫才のような二人の掛け合いが面白くて見惚れてしまう。
「こいつ、山育ちで街に下りてきてまだ一ヶ月も経ってないんです。基本的な生活の仕方ってのが解ってなくて。さっきも因縁つけてきたゴロツキにいきなり毒蟲放って‥‥」
「あれは、アイツが悪いんだ。女の子の売り物ダメにしたあげくケンカ売って来たんだから。悪い奴に遠慮する必要は一切無いってお師匠も言ってたし」
「はあ〜〜。ほんっとに解ってないんだから‥‥。そんなことだから春奈さんに絡んできたゴロツキが余計に怒って手荒な真似してきたんだろう? ひょっとしてそんなことも解ってなかったのか?」
 清心はわざとらしく大きくため息をつくと、係員に肩をすくめて見せた。
「ね? 危なっかしいでしょ? 何とかしてやってくださいお願いします」
「清心!」
 膨れる少年と肩を竦める少年。
 最初は敵同士に近かった彼らの不思議な関係に微笑みながら、係員はその依頼を受理したのだった。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
慄罹(ia3634
31歳・男・志
紗々良(ia5542
15歳・女・弓
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
プレシア・ベルティーニ(ib3541
18歳・女・陰


■リプレイ本文

●傷だらけの開拓者
 この依頼を友人である清心に出された時、正直な話、彼は開拓者達からのお説教を覚悟していた。
 街に住むようになって数か月。
 彼自身が否応なく感じる自分のもの知らず。
 きっと開拓者達はそれを注意するであろうと、彼は思っていた。
 だが、開拓者達が少年に見せたものは
「‥‥頑張って‥‥るの‥‥ね。少しずつ、‥‥覚えていき‥‥ましょ」
 優しい笑顔であった。

 街中の日中。
 目的地へ向かおうと歩く開拓者達。
 その途中
「うっ‥‥」
 梢・飛鈴(ia0034)はふと、顔を顰めた。
「大丈‥‥夫?」
 駆け寄った紗々良(ia5542)が心配そうに問いかける。彼女だけではない。
 アッピン(ib0840)の顔は青ざめているし、いつも軽快な笑みを浮かべている八十神 蔵人(ia1422)でさえ、不調の色を隠せない。
「大丈夫〜、といいたいとこアルが大戦でちょっと瘴気を吸いすぎたアル。無理はしない狐鈴に働かせるから大丈夫アルよ」
「後でスシー♪」
 くるくると楽しげに笑う人妖をぽかっと叩いて黙らせると飛鈴は笑顔を作って見せた。
「わいもあいつを連れて来ればよかったな。ぼんやりしとうたわ。あいつやったらいろいろこきつかえたのに」
 精一杯の明るい軽口にくすっと小さく笑いながら紗々良は足元に寄ってきた忍犬光陰の頭を撫でた。
 他の仲間、何人かも本調子ではあるまい。
 無理はさせないように気を付けようと思いながら。
「ねえねえ、彼方ちゃんってどんな子? お師匠さんと二人暮らしだったんでしょ? 友達になれるかな?」
 わくわくした顔で問うプレシア・ベルティーニ(ib3541)に
「いい子ですよ。素直で、優しい子です」
 宿奈 芳純(ia9695)は答えた。
「依頼人の清心さんが心配していたように、少し世間知らずなところはありますが、それは生まれてこのかた一度も山を下りたことがなく、人との付き合い方を知らない以上まあ、仕方のなきことでしょう」
「確かにソバ一杯五千文ってのは‥‥ま、知らなかったなら仕方ないが、それにしても‥‥」
 クククと忍び笑いを我慢している様子の慄罹(ia3634)に彼を知る開拓者達は小さく苦笑し肩を竦めた。
 反論や弁護をしないのは、彼の笑い声が決して暗いものではなく、むしろ暖かいものであったからだ。
「さて、ああいう輩には少し頭を使わねぇ〜となっ。下手に手を出すとかえって本気にさせちまうときはままある」
 慄罹の呟きに大蔵南洋(ia1246)も同感というように首を動かす。
 特に開拓者は恒久的についていてやれるわけではない。
「長屋と夫人に手出しを出すのが得策ではないと知らせてやらねばならない、というところだな」
「それでね! ちょっと面白い考えがあるんだけど、どうかな!!」
 プレシアが皆を手招いてひそひそと囁く。
「面白そうだなっ」
「私に異論はありません」
「やってみてもいいんじゃないか?」
「やった!」
 仲間達の肯定にプレシアは笑みを咲かせる。
 そうして歩いて行った彼らの前にやがて一人の少年と婦人、そして‥‥目的地の長屋と
「なあ? いい加減にここを出て行ってくれないか?」
 敵が現れたのだった。

●現れた壁
 開拓者が到着した時、丁度その男達は彼方と、玄関前に現れた婦人を取り囲んでいるところであった。
「なあなあ、婆さんよ。あんたはたくさん家を持ってるんだろう? 一軒くらい売りに出した方が老後をゆっくりと暮らせるんじゃないかい?」
「大家さんに手を出すな!」
 必死に近い顔をして女性を庇おうとする少年の肩を軽く叩くとその婦人は緩やかに男達に微笑んだ。
「そうですね。ですが、他の家はともかく、この家は売れませんの。あの人や家族と共に暮らした大事な場所ですから」
 丁寧な言葉、柔らかい物腰。見る人が見れば品を感じさせるその行動も
「ふん! だが、悪いが俺達はその家の場所こそが欲しいんだよ!」
 男達には通用しない。
「止めろ! 今度は手加減しないぞ!」
 彼方が精いっぱいで威嚇する。だが、相手は少年。
「お前は術師だったな。だが、術師なんか術を使わせなきゃいいことなんだよ!」
 にやりと笑った男達は少年をぐるり取り囲もうとしている。
 彼方は唇を噛んだ。一人、二人は倒せる。
 だがその間に他の男達が襲い掛かってきたら、彼女を守りきれない。
 一触即発。
 その瞬間。
「! なんだ?」
 飛んできた石つぶてに男達は振り返った。
 そこには数人の人物が彼らの行動を見張るように立っていたのだ。弓を構えている者もいる。
「我々はそこの住人だ。我々の家と大家殿に無体は止めてもらおう」
 見るからに、自分よりがらの悪そうな南洋の脅しに加え、飛鈴が苦無を手元でひるがえした。
「なんなら痛い目見るアルか?」
 明らかに自分達より各上の開拓者。男達の顔がチッ! そんな呟きと共に歪んだ。
「お帰りなさい。待っていましたよ」
 優しく笑う婦人に、男達の一人が引き上げ時だと判断する。
「覚えてやがれ!!」
 解り易い悪役の帰り際。一つの術が空に舞う。それから気を引くように
「町で見かけて『見えた』から気になってんけどやっぱりか‥‥」
 さりげなく。だが、おそらくわざと聞こえるように蔵人は囁いた。
「なんだ!」
 振り返る男に蔵人はにたりと笑って答える。
「商売柄、わし見えてまうねんけどな? 悪い事して人から恨み買ってる奴やその家は、まあ溜まり易いもんや‥‥瘴気が憑りついとる。お前さんら、近いうちよくないことが起きるで」
「う、うるさい!!」
 怒鳴って去っていく男達を苦笑交じりで見送ってすぐ、開拓者達は彼方の方に駆け寄った。
 今まで気丈に立っていた婦人が、崩れるようによろめいたからだ。
「典膳。ご婦人を中へ」
 もふらに婦人を寄りかからせて芳純は長屋の中へと運ばせる。
 その慌ただしさの中で彼方は、開拓者達に頭を下げた。
「来てくれて、ありがとうございます」
 肩に力が入っている。おそらく怒られることを覚悟しているであろう少年の頭に蔵人の手が乗り‥‥
 くしゃくしゃ。
 優しく撫でたのだった。
「えっ?」
「よう、がんばったっとったな」
 彼方は顔を上げる。そこには
「だが、ちーっとばっかり詰めが甘いな。‥‥ああゆう無法者への仕返しは要領良くやり」
「やることは間違ってなかったガ、ちと詰めが甘すぎたアルな。ああいう場合は最初の一手で完膚なきまでにやっちまうのが一番いいからナ。最初に格付けをする。これ重要ナ。
 また今度連中がやってきたら加減なしでやるといいアルぜ」
「喧嘩は無闇と売る物では無い、相手に上手に売らせるのだ」
「‥‥頑張って‥‥るの‥‥ね。少しずつ、‥‥覚えていき‥‥ましょ」
 開拓者達の優しい笑顔があった。張りつめていた緊張が解けたのだろう。
 少年の瞳から滴がこぼれる。それを見守る者達。
 彼らの心もまた笑顔のように優しかった。

 そして家の中。
 開拓者達は、情報交換の後、彼方と大家春奈に自分達の提案を話したのだった。
「‥‥と、いうわけですがご協力頂けますか?」
「面白そうですわね。喜んで」
「でも、体調を崩しておられるのでは?」
 心配する開拓者達に春奈は大丈夫、とニッコリ笑った。
 かつては開拓者もしたことがある志体の持ち主であると彼方から聞いて開拓者達は安堵し、作戦を改めて打ち合わせた。
 幸い、この長屋は大家と彼方しか住んでいなくて部屋に空きはあるという。ほかの住人もいない。
「よーし。行動開始や。彼方も明日から忙しくなるで」
 頷きあう開拓者達に、彼方はホッと胸を撫で下ろす。
 誰よりも強い、頼れる壁、仲間がやってきてくれたのだと。

●開拓者の戦い方
 開拓者達は今回主に三つの班に分かれることにした。
 一班は長屋と春奈の護衛+ある仕掛けを施す。
 一班はゴロツキ達からの護衛と情報収集。
 そしてもう一班は‥‥。

「お加減は大丈夫ですか?」
 薬湯を差し出すアッピンに春奈は大丈夫と優しく笑った。
「彼方君は?」
「蔵人さん達と昨夜からでかけていますよ」
 今までだったら離れられなかったが、今は開拓者達がたくさんいる。
 護衛には
「春奈おばあちゃん。大好き。こうしてるとぉ、ホントのお母さんみたいなんだよぅ」
 側に控えて護衛をするプレシアはごろごろと、猫のように彼女に甘えて見せた。
 実際、アッピンもそれを感じる。
 春奈はその名の通り、春の笑顔を纏う優しい人物だ。
 だがその底に一本揺ぎ無い何かを持っているような気がする。
 彼女を守りたい、と心から思う。
 だが、そんな思いを嘲笑うように、外でガシャン! 何かが倒れるような音がした。
 障子戸が倒れる音だ。
「ボク見てくる!!」
 長屋から飛び出したプレシアは玄関の前で立ち止まり、身構えた。
 やってきた男達は七〜八人。この間逃げ出した男に、数名別の男達が加わっている。
 屈強な外見。手に持った刀。解り易い悪役達だ。
「今日は、いつものガキがいないのは解ってる。昨日の男どもも今日は留守だろう? 今日こそ、この家、頂いていくぞ!」
 凄む男達にプレシアは大声を上げた。
「うわぁぁぁん、変なおっちゃんが来たのぉ〜!」
 男達の間を素早くすり抜け外に逃げていく。
 勝利を確信したように笑った男達は土足のまま、部屋の中へと入って行った。
 家の中を荒らしながら探していくが、中には誰もいない。最後の部屋にもさっきまで誰かいた気配があるのに、誰もいなかったのだ。
「中庭だ!」
 男達は障子戸を蹴破った。
 そこには彼らが想像した通り、大家の春奈が立っていた。
 護衛のアッピンと狐鈴もいるが、彼らには目に入っていないだろう。
「さあ、婦人。もう逃げ場はないぞ。簡単なことだ。この長屋を我々に譲ると書面を書いてくれればいい。そうでないと、さっきの子供やその女達が傷つくことになるぞ」
 だが、彼女の返事はきっぱりとしていた。
「お断りします」
 男達は当然、それに怒りをあらわにした。
「なら、今日こそは腕ずくで!!」
 襲い掛からんとするその時!
 一人の男がズベッとこけた。
「何!」
 見れば足元に草が罠のように結んである。それに足を取られたのだ。
 驚き油断しているところに今度は矢が飛んできた。
 それを合図にするように木の陰から犬が飛び出してきた。
 尻にかみつかれた男がバランスを崩すと、足元の土が抜け
「うわあっ!!」
 落とし穴に見事に落下した。
「くっそお! 馬鹿にしやがって!!」
 残った男達が罠に引っかかった仲間を見捨て、春奈に肉薄しようとする。
 だがそれを
「お待ちなさい!!」
 アッピンが遮った。
「何をしやがる。怪我したくなかったらどけ!」
「怪我をするのはあなた達の方ですわ。春奈様」
 アッピンの合図とともに春奈が手を上げると
『ギャアース!』
 轟くような轟音と共に長屋の陰から上空に四頭の龍が現れたのだ。
 南洋の八ツ目。慄罹の興覇、プレシアのイストリア。アッピンの駿龍もいる。
 近くに隠れ控えさせてあった龍達。
 それらが、上空から一気に襲い掛かってきた!
「うわああ!!」
 男達は目を閉じる。
 だが、いつまでも思っていた衝撃は来なかった。
 代わりに
「ぐあっ!」
 彼らを襲ったのは明らかな鈍器の衝撃。
「何でも正面からぶつかればいいって事でもないんだぜ」
「この長屋に、手出しは許さん!!」
 背後に南洋と慄罹。
 前方にプレシアと飛鈴が加わった護衛陣。
 そして空には四頭の龍。
「くそっ! 引き上げだ!! お前ら、そこをどけ!」
「逃がすか!!」
 不利に逃げ出そうとする男達を南洋と慄罹が中心になって取り押さえた。
 ゴロツキの情報ややりくちは芳純達が集めた情報で分かっている。
 まして志体持ちの開拓者とただのゴロツキでは実力が違っていた。
「そんなムキになるなって〜の」
 受け流し、六尺棍で相手をあしらう慄罹。酒瓶を振り回し、脅し方々敵を峰打つ南洋。
 上空からにらみを利かせる朋友達や、アッピン達術者の援護もあって数名の逃亡者は出したものの、半分以上のゴロツキを彼らは取り押さえ、縛り上げることに成功した。
「このご婦人は術師様なのですよ。龍を従える。今度手出しすればただではすみませんよ」
「あの子だけでない。我々敵に回す覚悟があるか?」
 アッピンと南洋の脅しに男達は返す言葉もない。体力もない。
「まー今度同じようなことやったら‥‥今度はあの坊ちゃんにもっと酷い目に遭わされると思うヨロシ。まあ、こいつらは番所に突き出しておくとしてでも逃がした連中はどうするカ?」
 飛鈴の言葉に愛犬の活躍を労うように撫でていた紗々羅は小さく笑った。
「たぶん‥‥大丈夫だと‥‥思う」
 と。
 空には小さな小鳥が勝利を告げるようにくるくると回っていた。

 命からがら長屋を逃げ出した男達は、自分達の住処に戻って唖然とする。
 家が何やら暗雲を漂わせていたからだ。
「留守番がいた筈なのに、奴はどうした?」
 もちろんそんな疑問に誰も答えられはしない。
 ふと、昨日の開拓者の言葉が脳裏をよぎる。
『瘴気が憑りついとる。お前さんら、近いうちよくないことが起きるで』
 とはいえ、他に帰る場所はない。
 だが、それでも勇気をもって中に入った男達は
「ギャアアア!」
 悲鳴を上げて逃げ出すこととなった。

 彼らは知らない。
 芳純によって男達の拠点と留守を知った開拓者達の一班と彼方のこんな会話を。
「ええか? これからあいつらんとこにちょこっと嫌がらせしたろ。あいつらがやってきたのとおんなじことしたるんや。黒害虫撒いたり、ネズミ放ったりな?」
「えっ?」
「あとな。瘴気の霧や幻影符で怖がらせたり、錆壊符で床下の柱腐らせたりするんや。ほれ、真っ向からより効果的やろ? 陰陽師はこういう嫌がらせ向きやで♪」
「でも‥‥」
「証拠も目撃者も無いなら罪にはならん。やった相手も分らなければ仕返しもできん。カタギには迷惑かけとらんしな。相手がルールを破るのに、こっちが正々堂々しても損、阿呆のする事や。小狐丸で家つぶすのとどっちが穏便やと思う?」

 かくしてボロボロに傷ついたあげく拠点を失ったゴロツキ達は開拓者を敵に回す恐怖を思い知り、いずこかに消えていったのだった。

●目指すもの、願う未来
 正直な話、開拓者達はゴロツキ達を脅して、捕えてそれで終わり、であるとは思っていなかった。
 悪事の証拠をつかみ、番所に突き出して、脅しをかけた。
 長屋への不法侵入や嫌がらせは蔵人達が取ってきた証拠と合わせ、十分な被害として認められたし、他の長屋へも迷惑をかけ始めていたので、男達は油を搾られ、当分動くことはできないだろう。
 それで事が終わるとは思っていなかったのである。
「あいつらの手紙によると、あの家を奪えと誰かに命令されたようや。でも、奴らはその正体は知らん。金で動くチンピラやからな。奴らはもう切り捨てられとるやろ」
 でも敵はきっとあきらめてはいない。
 だから、大家である女性を術師として恐れさせ、家にも仕掛けを施した。
 開拓者や南洋が住人として出歩き、印象付けもした。
 その上で、彼らは暫くの間警戒を続けた。
 ゴロツキ達は誰かの命で動いていたようであるが、それが誰で、どんな理由を持っていたのかは飛鈴達の調査でも判明はしなかった。
 しかし幸いなことに約束の日、大家の孫がやってくるまで新たなゴロツキがやってくることはなく、また長屋が新たに脅かされることもなかったのだ。
 春奈は長屋の部屋は今後も開拓者達が自由に使っていいと言ってくれた。
 今後もひょっとしたら世話になることがあるかもしれないと思い、開拓者達はそれに甘えることにしたのだ。
 そして‥‥
「いい‥‥? 買った物は‥‥自分で持って帰る‥‥の。買いすぎは‥‥ダメ。必要なものは、その都度、買いに行って」
「同じものでも、それぞれ、店ごとに少しずつ値段は違ってきます。余裕があるなら何店か回って、一番安い店を見つけるのが賢い買い物と言えるでしょう。何せ目標は一年で二万文でしょう? 節約するに越したことはありませんよ」
「はい。アッピンさんにも、出費を記録して節約するようにと言われました」
 紗々良と芳純の言葉に、彼方は真面目な顔で頷いた。
 そして今日は仕事の終わりと、春奈の孫が来たお祝い。
「皆さんにはいろいろお世話になりましたから」
 そういってくれた春奈の元、食事会を開くことになって、その買い出しに彼らは出てきたのだ。もちろん、彼方の社会勉強も兼ねている。
 買い物は塩と野菜と米。
「ほら。青菜はこっちの方が安いよ。あ! そんなに買いすぎない。一人暮らしなんだから一把で充分だよ」
 一人で四束も青菜を抱える彼方からプレシアは青菜を取り上げた。
「あっ‥‥」
 少し寂しげな声を上げた彼方に開拓者達は怪訝そうな顔をする。
「どうしたの?」
 顔を覗き込んだプレシアに彼方は何でもなくはない顔で、なんでもない。と首を振った。
「お師匠様、青菜の炒め物が好きだったんだ。だから、つい‥‥ちゃんと‥‥食べてるかなあって、思ってさ」
「彼方君‥‥」
 どう声をかけたものかと悩む紗々良よりも早く、
「お師匠様ってすごいよね〜。何でも知ってるんだよ〜! ボクもいつかそうなりたいんだ〜♪」
「えっ?」
 瞬きする彼方の耳に囁く様にプレシアは声をかけた。
「一緒に、がんばろ? ね? 目指せ! お師匠様!!」
「うん!」
 元気よく頷く少年の笑顔。
 ホッと胸をなでおろして紗々良は二人に言う。
「‥‥本当は、もう少しそぞろ歩きしたいけど、帰ろう‥‥? おばあちゃんが待ってるよ。西瓜もぬるくなっちゃう」
 アッピンが用意してくれた西瓜を思い出し、開拓者達は買い物を思い出す。
「知っていますか? 西瓜にほんの少し、塩をかけると甘くなるのだそうですよ」
「あ、でも‥‥開拓者は、「志体」を持ってる、から、普通の人より、力がとても、強い、の。力仕事、とかで、役に立つ、こともできる‥‥けど、ケンカは、出来るだけ、しちゃ、だめ。
 ケンカは‥‥腕じゃなくて、頭を使って、する‥‥のよ?」
「はい」
 明るく笑いながら長屋へと戻っていく彼らは気付かなかった。
 彼らの後を暗い眼差しで見つめる者がいたことを。

「よろしいのですか?」
「仕方あるまい。開拓者を敵に回すと後の仕事がやりにくくなる。それに、あの人はやはり、簡単には覆せない、ということだろう。
 まあ今回は脅しだ。急ぐことはない。いつか‥‥手に入れる。必ずな」
 そう告げた声は小さく笑って自分を待つ人々の所へと歩いて行ったのだった。