【朱雀】進路と未来
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/29 13:13



■オープニング本文

【これは陰陽寮朱雀 合格者優先シナリオです】

 年の瀬も押し迫ったある日、陰陽寮朱雀の寮生達は久しぶりに穏やかな時間を過ごしていた。
「もおう、一年が過ぎようとしているのですね」
 思い返すように空を見上げる。
 思えば、昨年の一月。卒業する当時の三年生を見送ってから本当にもう一年が過ぎようとしているのだ。

 現三年生のうち五名は卒業試験をやり遂げ、卒業が決定した。
(残り二名は卒業試験不参加による保留扱いである)
 卒業式は例年通りの一月末か、護大や地上世界対応などに手が取られた場合二月にずれ込むかもしれないが実施すると連絡が来ている。
 と、同時に寮長 各務 紫郎に呼び出された彼らは卒業までに、卒業研究と進路の希望を提出する様に言われていた。
 どちらも卒業には必須、強制ではない。
 特に進路希望の方が五行国に就職を希望する場合のみ影響するという程度だ。
 ただ、
「三年間、ここで学んできたことの集大成として、未来に繋がる意見、提言などでも構いません。
 まとめてみて下さい」
 そう寮長は告げていた。
「それから、卒業試験不参加の寮生にも対応を考えたいと思います。
 もし卒業の意思があるのなら、その旨を言いに来て下さい」
 とも。

 現二年生も進級が決定している。
 本来であるなら、朱雀寮の進級試験は例年呪術人形製作と研究発表であるが、今年に関しては研究発表会を五行国が開催している時間がなく、何より三年生にとっては卒業試験である難しい試練を共に乗り越えた実力が認められ免除されることになったのだ。
「ただ、できるなら皆さんにも自分の研究について纏めて提出して貰えると嬉しいですね。
 それが今後、変化していくであろう陰陽術の未来に一石を投じるものになるかもしれませんから。
 それから、皆さんが希望するのであれば進級試験用の呪術人形作成は行いたいと思います。
 皆さんで相談して、どんな人形を作るかを決めて報告して下さい。
 準備をして製作を行いましょう」
 寮長に問われ二年生達は考える。
 呪術人形の製作。
 そこから生まれるのは他にない、自分達だけの人形だ。
 昨年卒業した三年生の鳥人形、現三年生の猫人形。
 どれも彼らの意思と絆を表すものとなっている。
 自分達が人形を作るとしたら、どんな形になるのだろう。
 それは考えただけで楽しくなる作業でもあった。

 一年予備生に関しては試験を今年は実施しないとしている。
 二年生、三年生を助けての努力は十分に評価に値するものであるし、来年度以降の入学生の予定も定かではない。
 二年生待遇として三年生と共にその時々に課題に取り組んでいくことになるだろう。


 丁度年度末であるので大掃除もしなければならないし、委員会の仕事も溜まってはいる。
 しかし、特に切羽詰まった課題も無い穏やかな陰陽寮の一日。
 それは間もなく来る変化への思いと心を定める一日になるだろう。

 


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / サラターシャ(ib0373) / 雅楽川 陽向(ib3352) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●朱雀寮の平和な一日
 冬の寒さが肌を刺すようだ。
 でも、空は青く澄んでいる。
 地上世界とは違う眩しい青さ。
「今日も一日が始まるんやな」
 ぱしんと頬を叩き、気合を入れる。
 尻尾を振り、高く手を上げて雅楽川 陽向(ib3352)は元気に朱雀の門を潜るのだった。

 陰陽寮は年末を迎え、あちらこちらで大掃除が行われている。
 朱雀寮には専門職員もいるのでそれほど大掃除などに寮生が手を出す必要は無いのだ。
「なんだか、ちょっと申し訳ない気がしますね」
 資料を抱え歩くユイス(ib9655)は少し肩を竦めた。
 図書館の簡単な整理を終えた後、ユイスはある人物を探していた。
 その人物はいつもならこの辺にいる筈だ…。
 と、目的の場所の側に来た時にユイスは明るい笑い声を聞いた。
 そして楽しげな会話も。
「じゃあ、頼んだよ」
「まったく、この年末の忙しい上に稼ぎ時な時に余計な手間を増やしやがって…」
「ははは…悪いね」
「いいさ。その代り報酬は夕食三日分な」
「了解。期待してていいよ」
「じゃあな…あれ? ユイス? 久しぶりだな」
「あ、清心先輩。お久しぶりです」
 裏口から出て来た三年生にユイスは頭を下げる。
「食堂に用事か? 今、大掃除しているから昼飯は弁当を食べてだって言ってたぞ」
「あ、そうじゃなくて…彼方先輩、いますか?」
「ああ、いる。おーい、彼方! お客だぞ〜〜!」
 そう問われて清心は頷き食堂の中に声をかける。
「お客? 誰??」
 寒空に腕まくりして出て来た少年の姿を見て、ユイスは無意識に息を呑み込んだ。
「あ、ユイス君。久しぶり」
 銀の髪を鉢巻で纏めた紫の瞳の少年が笑う。
「彼方先輩…ですよね?」
「ああ…うん。そうだよ」
 自分の様子に気付いたのだろう。彼の瞳が少し寂しげな光を帯びた。
 話には聞いていたが目の前で見るとやはり違う。
 古代人、護大派 彼方。
 二年間を共に過ごしていた先輩が護大派であったことユイスは最近知った。
「あの、先輩。後でお聞きしたいことがあるんです。寮長に進級論文について相談に行ったら先輩に聞くのがいいのではないか? と言われて」
「僕に答えられることなら答えるけど…、今、ちょっと散らかっているんだよね。
 それに二年生達、何か予定があったんじゃないの?」
 考えるように彼方が答える。
「ええ、進級記念の人形について相談することにはなってます」
「うん、確かそんなことを魅緒君が言ってたからね。彼女は図書室に蜘蛛アヤカシの事を調べに行くって言ってたけど擦れ違いになった?」
 同じ調理委員会の後輩、比良坂 魅緒(ib7222)の名を告げた後、額の鉢巻を解いた。
 その下に細く開いた目が見える。エルフに似た尖った耳。
 それは目の当たりにする現実であった。
「聞きたい事、っていうのは古代人としての僕に…ってことなんだよね?」
「…はい」
 ユイスはそれを受け止め答える。
「じゃあ、大掃除が終ってからにしよう。夕食は作るからその時にでも」
「お願いします」
 お辞儀をして彼は背を向けた。
 考えなければならない。
 いろいろなことを…。

●卒業後の進路
「解りました。…失礼します」
 小さく一礼して芦屋 璃凛(ia0303)は寮長の部屋を出た。
 息を吐き出した後歩き出す。
 その背後でがらりと扉が開いて出て来た人物が
「おい、ちょっと待て」
 背後から璃凛の肩を掴む。
「三郎…先生」
 振り返り見上げた璃凛の瞳と陰陽寮講師、西浦三郎の眼が合う。
「ちょっと…話さないか?」
「…はい。お願いします」
 頭を下げた璃凛の背を押して三郎は彼女と一緒に歩き出した。

 中庭の花壇。
 その縁石に腰かけ、璃凛を座らせ三郎は璃凛に問いかけた。
「そんなに落ち込むことなのか…?」
「落ち込むと言うか…やっぱりって思っただけです」
 そう言ってもう一度息を吐き出す璃凛を見る三郎は頭を掻きながら困ったような表情を浮かべている。
 先ほどの進路指導。
 璃凛が告げた「陰陽寮の教師になりたい」
 その希望は、事実上却下に近い形で再考を告げられた。

「まず、第一に陰陽寮の講師、教師は簡単になれるものではないということです。
 ましてや陰陽寮で教えると言う事は国の最高学府で、国の幹部になるかもしれない人物を教えるということ。
 陰陽寮を卒業してすぐの人物に担えることではありません」
「でも、三郎先輩は卒業してすぐに講師になった聞きました…。
 うちは確かに三郎先輩にはおよばんでしょうし…主席として、支えもできませんでしたから、期待も歓迎もされもしないかも知れない、ただの自分の望みでしかないですけど…」
「そういうことではないでのですよ。
 …貴方方に言う事ではありませんが、三郎の採用については五行と西域に関する政治上の深い思惑がありました。
 簡単に言ってしまえば半敵対状態にあった西域への牽制の為に採用と言う名目で三郎は陰陽寮に留められたのです」
「…でも、うちは…」
「加えて次年度陰陽寮朱雀の寮生は三年生五名と一年生は二名のみです。
 他の寮も度重なるアヤカシとの戦闘などの影響で休寮状態。今年度も入寮試験は見送られる予定です。
 地上世界との関係構築など他に優先することも多く、陰陽寮は存在そのものを見直される可能性があります。
 勿論、現在の在寮生の進路を見届けてからのことになりますが。
 そのような状態で講師、教師を増やす選択は簡単にはできないのが実情なのです」
 璃凛は項垂れた。反論はできない。
「もし、陰陽寮の講師を希望するのであればまず、五行への就職と言う形で国への所属を勧めます。
 その後陰陽寮の再編などが行われた時の募集に応じるというのはどうでしょうか?」
「でも…それじゃあ…」 
 そこから先の言葉は告げられなかった。
 逃げるように璃凛は部屋を出て来てしまい、だからそれを心配して三郎は追って来てくれたのだろう。

 自分の思いが、願いが否定された訳では無いことは解っている。
 寮長の言う理由も理解できない訳では無い。
 だが…
「うちは、ただもう少し桃音を見ていたい。
 …此処を目指す子供為に何かがしたい。それだけなんや。うちにはそんな資格は無い。解ってる」
 絶望的な自己嫌悪が璃凛を包む。
「仲間を信じられない以上に、自分自身を信じ切れなく成ってしもうた。
 恐れとあきらめで、自信を持って動けなくなった。
 我を、張りすぎて信頼を失ったけど…。
 往生際が悪いだろうけれど、でも…師匠のように誰かの成長に一喜一憂したいと何度か思った夢やから」
 握り締めた拳に涙が落ちる。
 三郎の前で吐露したそれは璃凛の思いであった。
「そもそも、なんでお前はそんな恐れと諦めを持つようになったんだ?」
 射抜く様に三郎が問う。
「報告は受けてる。何度も…。入寮した頃のお前はそうじゃなかった。
 でも、いつしか自分の殻に閉じこもってしまっている。
 お前を励ます者達の声は、聞こえないのか?」
「……」
 璃凛は下を向き押し黙ってしまった。
「…お前の事だ。断られたらもう国にいないどころか卒業式も出ないつもりでいるだろう?
 だが、それは嫌な事から逃げ出すだけのことだ。そんなこと、解っているだろう?」
 心の内を見透かされたような気持ちになり璃凛は顔を背ける。
「俺はそれが間違っていると知っている。だから、それを許すつもりは無い」
 下を向いていた璃凛は気付かなかったかもしれない。
 厳しい口調と言葉。だが彼の表情は驚く程にそれとは違っていたことを。
「もう一度、良く考えろ。今、自分がすべきことは何か。やるべきことは何か、をな。
 桃音を呼んで来てやる。
 身体を動かして汗と一緒に悩みも流してしまえ」
 そう言い残して三郎は去っていく。
 一人残された璃凛は彼の言葉を何度も何度も噛みしめていた。

「それで、サラさんも陰陽寮教師の希望は再考を、と言われた訳ですか?」
「ええ。リリスさん。一年間だけでも、と願ったのですが逆に短期間だけというのは難しいと。
 ただ、護大派に関する提言に関する対応や、研究に対する支援はして下さるとのことでした。
 私の最終目的は別にありますから…もう一度その為の道筋を考えた方がいいのかもしれません」
 図書室でサラターシャ(ib0373)はカミール リリス(ib7039)からの問いに小さく笑って視線を外した。
 目の前には論文の素案。
 リリスの前にも同じようなものがある。
 考え事と調べものをするには絶好の場所。
 そこで出会い、居合わせた二人は互いの会話と言う中で自分の考えを整理しようとする。
 それは卒業論文であり、自らの進路への道筋であった。
「そういうリリスさんはどうなさるおつもりですか?」
「ボクがやりたいことは決まってますからね。アル=カマルでの遺跡調査。
 その為に研究機関に入りしっかりとした調査研究が行えるように専門的な事を学習したい。
 問題はどこに入るか、知望院かいっそ他国の研究機関か…悩む所ですね。今までしてきたことを応用していけば
それなりの事は、できると思います。だけれど…」
 書きものの手を止めてリリスは窓の外を見る。
 眩しいまでの青い空がそこにはあった。
「ボクの卒業研究の課題でもあり、今も興味がある護大について。
 護大が消失したとしても瘴気が消えてなくなるわけでは無いですし、アル=カマルの調査を行うにしても地上世界の調査によって得られる事も大いにあると思うので、そのアドバンテージからするとやはり五行に就職、なんでしょうかね」
 地上世界、その言葉に彼女らが浮かべたものは多分同じものだったかもしれない。
 勿論、違うかもしれない。
「瘴気の扱いにおいて護大派に勝る方はいらっしゃいません。教えを請い瘴気の特性を正しく理解して私の目的の一つについての方法を模索したいですね。
 その為にもリリスさんのおっしゃるとおり五行、研究機関への所属もありでしょうか?」
 サラターシャも窓からの空を見る。
 この窓の空を見上げるのもあと僅かだ。
「もう一度考えた方がいいのでしょう。進路の頃、その先の事を…」
 そう、自分自身に言い聞かせるように呟きながら…。

●絆と願い
 そこに集まったのは二年生三人。
「全員がおらんと話し合いできんなあ。勝手に決めるのも悪いし保留にせえへん?」
「だが、準備も有る。希望があるならある程度は纏めておけとの寮長からの達しだ」
 開いた席と仲間を気遣う陽向に魅緒はそう告げた。
「できれば皆で相談して決めたかったけど、決まらない時や票が別れた時は寮長が決めるって言ってたから一応、希望だけは出しておこうよ」
 まとめ役である学年主席 ユイスの言葉に二人は頷く。
「記念にもなるし、作らない、と言う選択は避けたいところだしのお。
 どうじゃろうのぅ」
「強いて言うなら、多様性があるんは犬系やとは思う…かな?
 前の先輩らが作ったんも、猫に鳥。やったし」
 魅緒の言葉に答えた陽向がハッと顔を上げる。
「…うちは犬ちゃうよ、狼やからな! 狼やで!」
 大事な事なので二回言った。という風情の陽向に残る二人は顔を見合わせ破顔した。
「解っておる、わかっておる」
 陽向の頭を優しく撫でながら魅緒はどうすると、ユイスに目で問う。
 そうだね、と頷きながらユイスは目の前の二人を見て、答えた。
「基本に立ち返って人型の人形はどうかな? なんて思ってる。
 人形なんだしね。少女型の天儀人形とか。
 ふつうすぎるかな?」
「ふむ。少女の人形か。
 基本だのぅ。
 悪くない」
「女の子も、いろいろやからね。金髪やったり黒髪やったり、眼の色変えたりいろいろ多様性はあるかいな…」
「うん、一応犬と、少女型両方で出しておこう。後は寮長の判断と、次の機会に皆揃ったら細かく纏めるってことで」
 とりあえずの会話の纏めが終わり、そこからは三人の会話は雑談になった。
 話題の主は主に研究論文の事。
「発表せんでよくなったのはええけど、あんまり成果は上がっとる気がせんねん。
 まとめなあかんけどな。二人の方はどうなん?」
 陽向は手に持った草案をひらひらと仰いでみせる。
『炎の可能性』
 と題された草案は言葉以上に丁寧に纏められていた。

「砕魂符と瘴欠片の技術を応用できないか考える。
 砕魂符の盾をすりぬける特徴、および、瘴欠片のアヤカシ以外には効果が無い特性を利用。
 アヤカシのような瘴気の塊にだけ反応する式を構築、瘴気をおびていない家屋をすり抜け、瘴気感染した木々を燃やす。
 瘴気に侵されたものを攻撃対象とし、汚染していないものを障害物として認識できれば、可能はあるように感じられる」

「後はここからどう発展させていくか、やけどね」
「妾の方はだいぶ纏まってきている。
 合戦での経験がやはり重要であったがな」
 魅緒もまた研究論文の草稿を手に取る。
「やはり思い起こすのはかの蜘蛛の大アヤカシじゃ。
 彼方へと消え去りもはや記憶にもとどまらぬあのアヤカシやもう一体の大アヤカシ「山喰」等を思い起こすに蟲種族の特性の最たるは王がいる点ではないだろうか。
 生命力に溢れ、長生きする者も多数ある蟲共の王は意思を伝達し無数の配下を操る。
 故に一見して知性があるのかも疑わしい虫どもは他のアヤカシにも増して連携する怖ろしい敵じゃ。
 今は王を失っているが今後、新たな蟲共の統括が現われた場合、それは無視できぬものとなろう。
 だが逆にその連携こそ弱点たりえる。
 つまり奴らには個性が一つしかないとも言える。一体さえ騙してしまえば罠にかける事も容易じゃ。
 種として注意は必要であるが脅威では無い。
 それをさらなる研究と共に広く伝え、広めて行きたいものじゃの」
「新たなる統括、アヤカシの誕生…か」
 ユイスが独り言のように呟いた言葉に魅緒と陽向は顔を向ける。
 一瞬浮かんだ何とも言えないユイスの表情は、直ぐにいつもの笑顔に変わっていた。
「まあ、大アヤカシの多くが消え、護大が消失した今、前ほどのペースではアヤカシも生まれないだろうって意見が有力らしいしね。
 今後はだいぶ、人間有利で暮らせるのかな」
「…そうやとええな。誰もが辛い思いせんと、ありのままで幸せに暮らせたら…」
 陽向は優しく微笑む。
 彼女は地上世界で一つの真実を見つけた。
 獣人は「自らの意志で身体を作り変えた人々」の末裔。
 困難にあっても生き続けようと言う意思の継承者なのだと知ってから前にも増して前向きになった気がする。
「御先祖様に負けてられへんものな」
「そうだね」
 ユイスは静かに答えると、立ち上がった。
「そろそろ夕飯に行かないか? 彼方先輩が夕食を作ってくれるって言ってたから」
「そうやね。おなかすいたわ」
「…彼方、か」
 それぞれに思いを抱いて立ち上がる友に頷き、ユイスはもう一度微笑んで見せた。

●未来へ繋ぐ
 今日の夕食は天ぷらだった。
 ユリ根のかきあげに南瓜にきのこがキレイに籠に盛られている。
 なめこと大根おろしの雪中蒸しは冬の風情を感じさせる。
 あげの入った手打ちそば。
 暖かい味噌汁は丁寧な昆布だしと豆腐。
 山芋の細切りの梅あえという和食はホッとさせる暖かい味わいである。
「野菜尽くしだけどごめんね」
「ううん。やっぱ先輩の料理は美味しいって思うん」
 調理を終え、食事をする仲間達を幸せそうな顔をしてみている彼方とふとユイスは目があった。
 あちらも気付いたのだろう。
 彼はユイスと視線を合わせた。
「美味しい?」
「美味しいですよ」
「そう。良かった。暫くちゃんとした調理をしてなかったら。天儀の食材はいいよね。
 手間暇かければちゃんと返してくれるからね」
 ふわりと笑い遠くを見る様な目をする彼方を見つめ、ユイスはソバの汁を飲み干すと
「先輩。さっきの相談の話をしてもいいでしょうか?」
 問いかけた。
「もちろん、構わないよ。外に行こうか」
 彼方は頷き、外に出る、
 ユイスはその後を追って出た。
 外は真っ暗で夜風が身に沁みるようだった。
 そんな中、彼は立っていた。
 風に流れる銀の髪。纏う瘴気。
 顔や体格が変わった訳では無いけれど別人のように見える。
「先輩。…その姿は生まれた時のからのものでしょうか?」
 そんな彼にユイスは疑問を投げかける。
「どういう意味かな?」
 首を傾げる彼方にユイスは深呼吸して言葉を紡ぐ。
「護大派はアヤカシを作り出す術を持ち、時に肉体を作り変えて来た…と聞きました。
 僕は先輩や、合戦などで出会った護大派の、時に人とは思えない姿は過酷な環境を生き抜く為の肉体改造である様に見受けられるのですが…」
「うん、そうだよ」
 あっさりと彼方は頷いてみせる。
「僕達は使命などに応じて身体を作り変えたりする。
 勿論いろんな意味で簡単にできることじゃないけど、そうしないと瘴気に満ちた地上世界で生きていけなかったから。
 護大が作り上げた世界こそが自然であり真実。
 世界を変えるべきでは無く、変わるべきは自分達だと僕達は教えられた」
 彼方の、護大派の言葉にユイスは手を握り締める。
「僕は、修羅です。…そして研究課題に『鬼』を選んできました。
 それを選んだ理由はいろいろありますが、鬼と似た角を持つが故に混同され、時に迫害されてきた。
 一番、嫌いなアヤカシでもあります」
 研究と、護大派との接触、そして卒業課題の地上世界捜索で、陽向が見つけた宝珠のメッセージから生まれ、導き出されたあまり愉快ではない憶測がユイスの心に暗雲を広げる。
「護大派には鬼のような角や、腕とかを付けている人もけっこういるけどね」
「それです。それを踏まえると鬼だけでなくアヤカシそのものが一種実験体、どれだけ自分達の身体に応用できるか試した結果ではないのですか?
 特に鬼や天狗といった人型の種はそう捉えられてしまう。
 …もしかすると修羅という種すらも同様なのでは?
 或いは鬼と似てるのはどちらかがどちらかを参照した結果であるとしたら…」
 獣人は自分達の意思で獣の力を得て強く生きようとした者の末裔であるという。
 だとしたら、自分達の先祖が選んだ道と言うのは…。
 憎んできたアヤカシと言うのは…。
 俯くユイスに彼方は答える。
「ゴメン。僕はそれに答えることはできない。
 記憶を取り戻しても教えられた事以上の護大派の秘密を知っている訳ではないし、言えないこともあるから。
 …ただ、君の気持ち、僕は解る気がする」
 申し訳なさげに微笑むと、彼方は自分の額に手を当てた。
「陰陽寮だと皆、何も無かったかのように普通に接してくれる。
 だけど、社会一般からの風当たりは…強いね。
 僕が皆を騙していた事が悪いんだけど、瘴気やアヤカシを操る護大派の忌避は相当だから」
 陰陽師ですら五行以外の国では忌避する者も多いのだ。
「アヤカシと言う存在はそれだけ人を苦しめ続けてきた。
 だから、自分の血もまたアヤカシに連なるものではないかと思うのが苦しい気持ちも解るよ。
 アヤカシも等しく「護大の子」同じ世界に生きる者だなんて言われても納得はできないと思う。
 でも…」
 彼はユイスをまっすぐ見つめた。自分を晒すように何も隠さず、真っ直ぐに。
「どんな存在であれ命を繋ぎ、今日まで導いてくれた先祖の思いは否定してはいけないと思う。
 それは、自分自身と支えてくれる人を否定する事だから。
 それが僕が皆から教わった事…」
 顔を上げユイスは彼方を見た。
「先輩。古代人、護大派の方と交流は叶うでしょうか? 過去の伝承や知識を調べることは…」
「出来ると思う。その橋渡しをしたいと思って僕はここに戻った」
「今は、まだ正直、受け入れられません。ただ…忌避すべき事柄も、知らなければ否定する事もできない。
 知って、学んで、考えて…結論はその後に」
「それで、いいんじゃないかな?」
 微笑んだ彼方にユイスは頷き、一緒に高い冬の夜空を見上げるのだった。

「はい、お茶、どうぞ」
「あ、おおきに」
 食堂で、差し出されたお茶を璃凛は受け取った。
 配るのは桃音。
「またいろいろ教えてね」
 明るく笑って他の寮生にも配って行く。
 自分が旅立ったらあの笑顔は曇るのだろうか?
 その背中を見ながらため息をつく璃凛に
「あんまり深く悩まない方がいいって何度も言われてるだろ?
 もう少し、素直になれよ」
 後ろから清心が声をかけた。
 彼の言葉に今は答えず
「なあ、清心は進路どうするん?」
 呟くように璃凛は問いかける。
「俺は親父の後を継いで商人になる。どこにでも行って必要なものを届けられる商人にな。
 偉くなるより、強くなるより、大事な事を見つけたからな」
 しっかりと前を見据える清心に璃凛は
「清心、感謝してたんや」
 素直な思いを伝える。
 それに少し目を丸くした清心は
「その意気で、頑張れ」
 小さく笑って璃凛の背中を叩いていった。
 励ますように…。

 こうしてそれぞれの、思いと未来が交差する朱雀寮の一日は穏やかに優しく過ぎていくのだった。