【南部】共に歩く未来
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/25 02:02



■オープニング本文

 『辺境伯。ラスリールは「南部の民の未来の一つ」だ。それが理解できているか?』

 辺境伯にそう告げた開拓者がいた。

「ラスリールは、「辺境伯の手で全ての民が対等に暮らせる地」になった時に生じる問題の具現だ。

 死が訪れようという、正にその瞬間、ラスリールは、あの時笑っていたんだ。
 心底、嬉しそうに。
 今まで届かなかったものと、対等に居られた事に。

 判るか?辺境伯。
 今まで見上げる事しか出来なかったものが、同じ高さに強制的に引き上げられたものの気持ちが」

 …最初から届かないモノと諦めることができていれば、ラスリールはきっと己を滅ぼすことは無かったのだろう。自分と住む世界が違うと諦めていれば、もっと楽に生きることが出来て自分の身の丈にあった幸せを掴むこともできたのだろう。
 南部辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカスは忘れないようにしようと思った。
 身分差の無い自由な世界は、決して民にとって優しいだけの世界ではないという事を。
 逆に覚悟と意志を要求する。
 従う事に慣れた人々にそれを伝えることから始めないといけないと、彼は覚悟を新たにした。
「さて、そろそろ行きますか」
 辺境伯が出立の準備を始めた時、ドアをノックする音がした。
「辺境伯。お客様がお見えです」
「来客? こんな時に?」
 予告の無い来訪者に首を傾げた彼はその顔を見てなお、驚くことになる。
 やってきた来客は、あまりにも意外な人物であった…。

「来客が来ていまして、その人物の護衛と南部辺境の案内をお願いしたいのですが…」
 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスはそう開拓者ギルドにやってきて依頼を出した。
「護衛が必要な来客っていうのはどなたなんですか?」
 依頼を受けながら係員は素直にそう思った。
 普通であれば護衛を受ける当人が自分でギルドに依頼に来るのが普通だ。
 それを人伝いに、しかも南部辺境伯を使い走りに使うとは…。
「正直に申し上げましょう。南部辺境 フェルアナ領主 ラスリール卿の父君です」
 係員の疑問に応える様にグレイスは伝える。
「開拓者の中には知っている方もおられるかもしれませんが、彼は前の皇妃様の弟君です。
 更なる栄達を望み志体を持つ子を望んでおられましたがそれが叶わず、実はいろいろ騒動を起こすこともありました。
 ラスリール卿はその中で育ち心の中にいろいろ思う事もあったようです」
 少し辺境伯が寂しげな目を見せた。
「ラスリール卿が南部辺境に領地を構えて後、疎遠になっておられましたが南部辺境をこの目で見たいという申し出があり今、この地に来ておられます。本来であるなら私が案内すべきであるのでしょうが、私は、皇帝陛下に今回の件の報告に呼ばれており、申し訳ないのですが時間がありません。
 また、南部辺境、特にフェルアナではラスリール卿に恨みを持つ者もおり身元が知れると危険でもあります。
 なので開拓者の皆様に護衛と案内をお願いしたいのです。
 目的地はフェルアナ。そして南部辺境をいろいろ見ていきたいということです。
 今年は幸い、まだ雪はそれほど多くありませんが、もう少しすれば新年。
 その頃にはこの地も雪に包まれるでしょう。視察にはこれが最後の機会かと思います。
 お手数をおかけしますがよろしくお願いします」
 彼はそう言うと依頼を出すと共に口答で続ける。
「私は数日中にジェレゾに向かう事になっています。先に申し上げた通り皇帝陛下に今回の件の報告を行う事が目的です。
 加えユリアス卿、いえユリアナ姫と皇帝陛下の謁見も行われる予定です。
 皇帝陛下の知られざる姫君。私と違って謁見は極秘裏に行われることになるでしょうが。
 ユリアナ姫は勿論それを望んでおられた筈ですが、それでもお気持ちは不安定でしょう。
 もし付き添って頂ける方がいれば姫も心強いかと思います。
 これは、できれば、ということで…」

 辺境伯は知らない。

 実はラスリールの父親にも皇帝から辺境伯と同日に召喚がかかっていることを。
 皇帝からの呼び出しよりも優先してこの地で彼は何を見たいのか。
 一体何を捜そうとしているのだろうか?

 南部辺境を揺らす最後の風が静かに流れようとしていた。




■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
デニム・ベルマン(ib0113
19歳・男・騎
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
マックス・ボードマン(ib5426
36歳・男・砲
星芒(ib9755
17歳・女・武


■リプレイ本文

●首都からの客人
 リーガの町を一台の馬車が出発した。
 それをこっそりと物陰から見つめる女がいた。
 我が子を抱いた彼女はそっと呟く様に口にする。
「…お父様…兄様」
 と。

「…フェルアナを見たいということでしたね。
 ではまずはフェルアナへご案内いたします。
 もし、それ以外のご希望があるなら、その後でお聞きします」
 馬車の向かい側に座る男性に龍牙・流陰(ia0556)はそう声をかけた。
「フェルアナの代行官はあちらで待っています。現状などについては彼らから説明を受けて下さい。身の回りの事で何か困ったときは瑠々那に」
『なんでも言ってね』
 気遣うように声をかけた人妖に
「解った。感謝する」
 彼は静かにそう答えた。彼の返事を聞いた流陰は少し目を見開いた。
「感謝する」
 その言葉に。
 皇帝の義弟。ロレイス卿。彼と流陰が会うのはこれが初めてでは無い。
 皇妃の弟として手前勝手な生活を続け、さらなる栄達の為にテイワズを求めた彼は、その野心に逆らい貴族の地位を捨てた娘の子供を奪おうとしそれを止める為に流陰は彼と面会した。
 その頃に比べるとやつれ、憔悴の色を感じさせる男性に流陰は時の流れを感じる。
 あれからまもなく1年が過ぎるだろうか…。
 いろいろな事があった。
 本当にいろいろなことがあったのだ。南部辺境にも、自分達にも、そして、彼の上にも…。
 そんなことを思い、流陰はロレイス卿に声をかけるのを止めた。
 馬車が道を行く音と互いの呼吸音だけがいやに大きく、馬車の小さな空間の中に響いていた。

 南部辺境フェルアナでは村人達が忙しく働いていた。
 そんな中で、何枚かの書類を手に
「ダメよ! 待って!」
 フェルアナの領主代行ユリア・ソル(ia9996)はアーマーで柱を折ろうとする騎士を呼び止める。
「ですがこの家はもう修復不可能です。雪が降れば埋もれ凍ってしまう。その前に撤去を、ということでは?」
 ハッチを開けた騎士にユリアは説明し指示を与える。
「壊れた建物の建材も無駄には出来ないわ。使える木材は再利用。使えないものも纏めて暖房に利用するの。
 アーマーを使うのは構わない。でも粉砕するのではなく、切るか折るようにして」
「解りました」
 彼らは辺境伯から戦乱復興の為に派遣された騎士達である。
 よく働いてくれてはいるがこれは戦いではない。慣れない仕事を前に的確な指示を与えることが必要だ。
「雪が降る前に、できる限り進めたいの。大変でしょうけど頑張って」
「はい!」
 青年達は背筋を伸ばすとそれぞれの仕事に再び向かっていく。
 彼らだけでは無い。
 大工に破損した建物の修理を、男性達に騎士達が纏めた廃材の運搬を、女性達に食料の備蓄の確認を、子供達にも荷運びなどできる手伝いを指示する美しき領主代行は
「ユリア」
 背後からかけられた夫の声に一人の女性に戻る。
「あら、ニクス。お帰りなさい。どうだった?」
 戦馬 アンネローゼから降りたニクス・ソル(ib0444)は彼女を腕に抱きしめた。
「周囲のアヤカシの討伐はかなり進んだ。街道も雪が降るまでは行き来に問題は無いだろう」
「ご苦労様」
 その時、向こうから仲間の姿が見えた。
「おーい!」
 明るく手を振るのは星芒(ib9755)だ。
「どうしたの?」 
「お邪魔して悪いんだけど…来たよ。今、デニム(ib0113)さんが相手をしてる」
 主語は無いが、それで二人には十分意味が通じる。
「解ったわ。今行く」
 そっと離れ、芦屋 璃凛(ia0303)にユリアは
「こっち、少しお願いね」
 と声をかけた。
「皆、仕事が終ったら美味しいもの食べて遊ぼうな。美味しいシュトーレンがあるで。
 風絶も荷運びよろしくな」
 民の中に完全に紛れ働いていた璃凛の頷きを確認す、歩き出す。
「みんな。これからジェレゾから現地視察官が来るの。でも気にしないで。ごく普通に自分の仕事をしていて」
 どこか不安そうな表情を浮かべる村人達に不安を払う笑顔を残して。

●父として
 首都からの馬車を若い騎士が、入口で出迎えた
「はじめまして。デニムと申します。現在、この村の治安維持を任されている者です。
 間もなく領主代行も見えられますのでそしたらご案内いたします」
「宜しくお願いします」
 馬車から降りた流陰はロレイス卿に変わってそう告げた。
「護衛は我々と、それから…」
 横をちらりと見たデニム。その視線の先には真っ白い神仙猫がいる。
 翁口調に赤い羽織な装い。頸には真っ白い襟巻をしていた。
 背後にはからくりの天澪が御付きのように座布団を持って仕えている。
「…わしか? 謎のご隠居さまじゃ」
 声も老人風だが、実はこれはラ・オブリ・アビスで姿を変えた柚乃(ia0638)である。
「いや何、気ままに諸国漫遊中でのぅ…ふむ、よければ案内に加えさせてもらってよいかの?」
 より目立つ存在がいれば他の者から視線が外れる。いいアイデアだと思いながらも流陰は後ろをちらりと見た。
 ロレイス卿は
「好きにすればいい。私などいないものと思ってくれていい」
 と投げやりに言ってフードつきマントを上げて深めに被った。
「解りました」
 その間に三人の人物が村の中央からやってくる。
「ようこそ。フェルアナへ、…忙しいからさっそく始めてもいいかしら? シン!」
 そう告げて歩き出すユリアの背後にニクスが立つ。
 前方には星芒がそしてロレイス卿の側にはカラクリのシンがついた。
「まずは物損的被害箇所と避難している人達の仮設住居を案内するわ。
 護衛はつけるから安心して。
 現地視察官殿にはしっかりと現実を見て頂きたいわね…。目を逸らすなんて許さないから」
 口調こそ柔らかいが内に秘めたナイフの様に鋭いユリアの思いをどんな思いで聞いたのかは解らない。
 ロレイス卿はただ静かに、目深にフードを下げると無言で後についていったのだった。

 夕方
「こちらにおられましたか? ロレイス卿」
 小さくドアをノックして中に入ったニクスに
「お前達がここを控えにととったのであろう?」
 苦笑いの顔で彼は肩を竦めて見せた。側に寄りそう流陰や柚乃、デニム、星芒も無言だ。
 今日一日のフェルアナの視察において彼は開拓者が想像していた以上に誠実に向かい合っていた。
 真摯であったと言っていい。
 被災者同士のトラブル、ラスリール卿への不満。それらをまっすぐに見つめていた。
 荷運びを手伝えと言われた時には手伝いさえしたのだ。
 そして、フェルアナ領主館の二階。
 ラスリールの執務室は戦闘の跡と死の気配を今なお色濃く残しているこの控えの場所で彼は静かに佇んでいる。
「ここで、ラスリールは死んだのだろう?」
 父親の問いにニクスはええ、と頷き頭を下げた。
「そうですね。お詫びを申し上げます。彼の最期に居合わせ、そして実際に手をかけた者の一人として」
「謝罪の必要は無い。あれが愚かであった。そして身を滅ぼした。ただ、それだけのことだ…」
 どこか噛みしめる様な静かなロレイスの言葉に開拓者達は沈黙していた。
「奴は志体を持って生まれなかった。なれば身の程を知って手の届く幸福を求めれば我が身を滅ぼす事は無かったのにな。
 真実、愚かな奴だ…」
「貴方が、それをおっしゃいますか?」
 のど元まで出かかった言葉を流陰は呑み込んだ。
 そう言いながら膝をつくロレイス卿の表情が九ヶ月前…。志体持ちかもしれない孫を無理やり娘から奪おうとした時とはあまりにも違っていたからだ。
「解っている。一番愚かであったのは私だ。
 ラスリールがアヤカシを利用して領主の地位に着いた時も、喜びよりもどうせ、という気持が強かった…。志体の無い者に何ができる、とな」
「ロレイス卿、俺はラスリールを尊敬していた。ライバルとして、だが」
 正しく自嘲するようなロレイス卿の言葉に、ニクスはそっと自分の思いを重ねた。
 思わぬ言葉に顔を上げる卿にニクスはそっと笑いかける。
「少なくとも初めて会い、アヤカシと手を組む前はそのやり方思考は相容れないものではあったが理想でもあった。
 志体持ちは領主という身分には無意味であるどころか有害だと考えてきたからな。
 それを体現する者として…
 だが、そう思っていた彼こそが特別な力を誰より欲していた…」
「そうさせてしまったのは私だ。ラスリールは私の妄執、呪いを形を変えて体現してしまった者なのだ」
 ラスリールが死んだ場所、今も黒く染みの残る場所にロレイスは膝をついた。
 誰が教えた訳でも無いが、彼にはきっと解ったのだろう。
「下級貴族に生まれ、知恵も技術も何一つ誇れるものがなかった私にとって志体を持ち、皇帝陛下の目に留まった姉が、ただ一つの誇りであり自慢だった。
 自分にも志体さえあれば、姉上のように輝かしい存在になれる。
 それが、家を、ひいては我が子達をも幸せにすると…。
 そんな愚かな考えが子供達の人生を歪めてしまった。そのことに大切なものをいくつも失って…はじめて気付いた…」
 一粒の涙が染みの上に落ちる。
「…許してくれ。…ラスリール」
 その時ニクスは、そして開拓者達は感じた。
 彼も我が子を思う一人の父親であったのだ、と。
「ロレイス卿…良ければ今夜は話をしないか? ラスリールの話を、少しならばできると思う」
 ニクスの言葉にロレイスは顔を上げた。
「ありがたい申し出だが、今宵は一人にさせて欲しい」
「…解りました。では、明日はご案内したい場所があります。ゆっくり、とはいかないかもしれませんが早めにお休みになって下さい」
 一礼して退室した開拓者はそれぞれの思いを込めて出て来たばかりの部屋を振り返った。
 息子が死んだ部屋で、父は何を思っているのだろうか?
「南部辺境の戦乱が終結し、そして迎える冬。
 この冬の先には、どんな春が待っているのかな…?」
 窓の外を見つめ柚乃は呟く。外には雪もちらついている
 今は、きっと凍る様なロレイス卿の心にも春は訪れるのだろうか? そんな事も思ってしまう。
「…う〜ん。ねえ、デニムさん」
 星芒が少し悩む様な表情を浮かべて後、若騎士に問うた。
「はい、なんでしょう?」
「貴方、フレイ(ia6688)さんの親せき、なんだっけ? そして、フレイさんは辺境伯の婚約者」
「ええ。僕の婚約者のお姉さんです。その助けになりたいと思ってきたのですが」
「…相棒も鷲獅鳥で、私の錘旋…鋼龍より早い、よね? じゃあ、ちょっと確かめて貰う事、できないかな?」
「フレイさんは、今、辺境伯と首都に向かっている筈です。その後を追ってジェレゾへ? 何を確かめたいのか聞いてもいいですか?」
 星芒とデニムの会話を聞きながら、ニクスと流陰は長い事、閉じられたドアとその向こうを見つめていた。


●皇帝との謁見
 首都ジェレゾ。
 皇帝の居城スィーラ城、謁見の間の中央に、今二人の人物が立っていた。
 一人は南部辺境伯 グレイス・ミハイル・グレフスカス。
 もう一人は正装に身を包んだ美しい女性である。
 南部辺境伯が、女性を伴ってやってきたと周囲で見つめる貴族達のざわめきは大きい。
 だが、それを受けるグレイスは悠然としているように見える。
(大したものね)
 自分の婚約者の背中を見つめながら横に立つフレイは小さく微笑んだ。
 実はフレイとしてはこの場に立つ意識は無かったのだ。
 皇帝の召喚を受けたグレイスを励ます為に同行してきた。
 まだ復興途中のフェルアナと、招き雇い入れると約束した少女カリーナのことも気になっていたが、何よりグレイスの側にいたかった、というのもある。
 同行した賓客の為に馬車でやってきたグレイスを上空から空龍ゼファーで護衛してジェレゾに到着。その日はかなり忙しかった。
 いくつかの貴族に挨拶をし、皇帝へ到着を連絡する。
 そして辺境伯の館で準備を整えて翌日、つまり今日の謁見となったのだ。
 昨夜、館でのグレイスとの会話を思い出す。
「色々言われてたみたいね」
 そっと手を添えた。
「それは仕方ありません。乱の発生を防ぎきれなかったのですからね。
 遠くの夢ばかり見て足元を疎かにした。それは私のミスです。何を言われても仕方ありません」
 彼のせいばかりはないことは誰もが知っている。しかし南部辺境伯としての責任は思う以上に大きいのだろう。
「謙虚な事、そしてそれ以上に夢があるのが貴方の良いところだと私は思うの。時折地面を飛び越えそうに見えることもあるけどね」
 微笑しながらフレイは彼の頬に手を伸ばし、触れた。緊張に冷えた体温が手に伝わってくる。逆に自分の体温も彼に伝わっているだろうか?
「でも、理想も夢もなければ政治はできないわ。
 安心して。地面から足が離れそうなら私が引き戻すから。
 だって私はここにいるのだもの」
 ウィンクしたフレイの言葉に辺境伯は微笑み頷く。
「貴女と、そしてたくさんの人の支えがあってこそ、今の私、そして夢がある」
「だから、貴方は自分を信じて振り向かずに行って。遠慮なんかいらないからね」
「…ええ、そうしましょう。私を信じて下さる方の思いを裏切らないように、全力を尽くします。
 だから、どうか貴方も、貴方らしく輝いて、私の太陽でいてください。
 惑い、悩んだ時、明るく前を照らし導いてくれる光。肩を並べ、歩む、共に同じ夢を見つめる半身。
 それが…私が悩み、大切だった方を悲しませると解っていても求めたものなのです」
「ええ、そうするわ。その辺はビシバシいくから覚悟しておいてね」
 真っ直ぐに自分を見つめるフレイにグレイスは頷き、手を取った。
「ならば我が婚約者。最初の仕事を受けて下さいませんか?」
「え? 仕事?」
 フレイが気付いた時、グレイスはそう言って、楽しげに笑っていた。

 …そして、今日フレイはここに伴われたのだ。
 南部辺境伯の婚約者として。
 周囲が微かにざわめき、そして静かになった。
 場に立つ全員が頭を下げ、最上段に迎えたのは言わずと知れたジルベリア皇帝ガラドルフであった。
 彼は余計な前置き、挨拶もなくグレイスを見下ろし、告げた。
「報告は受けている。事は収まったのだな?」
「はい。南部辺境の民と兵士、そして開拓者の協力を経て首謀者、そしてアヤカシの討伐は完了しております」
 振り下ろされた刃のように重い言葉に臆することなくグレイスは答える。
「ならば言うことは無い。次があれば色々考えるべきだが、まずは領内の安定を図れ。責任は己が行動で示し、我が信頼に応えて見せるがいい」
 それは、次は無いが当面現状維持。地位のはく奪や処分は行わないという宣告であった。予想していたより穏便な決定にフレイはホッと胸をなでおろす。
「で、そこにいるのがお前の婚約者か?」
「はい。陛下に結婚のご許可を賜りたく」
 突然矛先が向けられるまでは。
「ベルマン家の娘だったな。名は?」
「フレイと申します」
 微かな緊張を隠し優雅にお辞儀をするフレイに皇帝は小さく笑みを浮かべた。
 それは不敬を承知で言うなら悪戯っぽい笑みで問いかける。
「苦労させられる男だぞ」
「はい。それでも彼と共に歩んでいきたいと思います」
 臆することなく答えるフレイを皇帝は満足そうに見つめ
「ならば許す。
 吉日を待って式をあげるがいい。その為にも一刻も早く辺境を安定させることだ」
 告げた。
「必ずや」
 皇帝との謁見は時間にして数分の僅かな時間。
 けれども二人には何倍にも感じられ、皇帝の退去を見届けたフレイとグレイスは大きく息を吐き出すのだった。

●その一瞬
「よかったじゃないかね? ユーリ」
 今もなお、涙が止まらないユリアナ、ユーリの背中をマックス・ボードマン(ib5426)はそっと撫でた。
 正直、彼は皇帝というものに期待などしていない。
 権力を笠にきる貴族は大嫌い。
 皇帝などその最たるものに思えていた。
 故に皇帝の庶子であるユリアナに対して見せる態度にもまったく期待を寄せていなかったのだ。
 だが、皇帝が「我が子」に見せた態度は本当に予想外のものであった…。

 待ち合わせ場所に指定されたジェレゾの離宮の一角。
 完全に人の払われたそこにいるのはマックスとリューリャ・ドラッケン(ia8037)。そしてユリアナのみであった。
 護衛もマックスのからくり、レディ・アンとリューリャのアーマーRE:MEMBERだけだがここは王宮、周囲にアヤカシの気配は無い。
 十分だろうとそんなことを考えていた時だ。
「みえられた!」
 気配を察したリューヤが言うと同時。側近一人のみを連れてノックも無く彼は現れた。
 リューヤとユリアナは跪き、マックスは軽く頭を下げる。
 ここまで間近で皇帝ガラドルフを見るのは始めてだった。
 だが彼はただ真っ直ぐに、跪くユリアナを見た。
「陛下、彼女は…」
 側近の言葉を手で制してユリアナの前に立ち顎に触れ上げさせる。
「ニーナに瓜二つだ。髪と瞳はわしの色を受け継いでいるが…わしに似るより良かったな」
 小さな微笑を浮かべて後、緊張に固まるユリアナを強く、抱きしめたのだ。
「辛い思いをさせたようだな。ニーナにもお前にも…」
 生まれて初めて感じる「父」のぬくもり。
「…お父様」
「ああ、お前の父だ」
 その一言はユーリの強張った心を溶かすのに十分だった。涙が滝の様にこぼれ出る。
「お前に「罪」を問うなら、その責任はわしにもある。
 故にお前に罰を与えようとは思わぬ。
 償うつもりがあるのなら、南部辺境を真実の姿で治め辺境伯の理想を助けてやるがいい。その方がお前にも生きやすい筈だ」
 腕をそっと解いた皇帝はそのまま部屋を立ち去る。
「望む通り、幸せに生きろ。我が娘よ」
 リューヤが後を追い、部屋はマックスとユリアナの二人だけになった。
 時間にして数分。辺境伯との謁見より短い邂逅であったがそれで十分だったろうとマックスは思い、今も涙の止まらないユーリの背中をそっと叩く。
「ここまで来たかいがあっただろう? 後は考え過ぎず「父」の言う通り自分の思う通りに生きやすい場所を作っていけばいい。
 私は…君を助け側にいよう」
 ユリアナはマックスの胸に顔を埋める。
 マックスはなおも涙の止まらないユリアナの思いを受け止めるのだった。

●未来への足音
 執務室の外から賑やかな笑い声が聞こえる。
 子供達が璃凛や柚乃と一緒に遊ぶ声。
 誰もがその姿に微笑みを隠すことはできないだろうそれは復興への希望であった。
「区切りがついたら年越しや聖夜の祭りの事も考えないとね」
 ユリアはそう言ってニクスに笑いかけた。
「ロレイス卿は間に合ったかしら?」
「星芒とデニムが頑張っていた。大丈夫だろう」
「そうね」
 二人は頷きあう。
「もし彼がね、ちゃんとした意識と考えを見せてくれるのなら、フェルアナを任せるのもありじゃないかと思うのよ。私も何時までも居られる訳じゃないし」
「まあ、その辺は皇帝の裁可次第だな」
「今頃、何をしているかしらね?」
 そして二人は遠い空を見上げるのだった。

 スィーラ城、謁見の間。
「呼び出しに遅れ申し訳ございません」
 ロレイスは皇帝ガラドルフに深く頭を下げた。
「何か、見つけて来たのか?」
 皇帝の問いに答えず彼は深く頭を下げる。
「この度に息子のしでかした件、申し訳ありませんでした。いかような処分も受ける所存です。ただ…」
 その瞼の下には初めて、笑顔を見せてくれた娘と、腕の中の小さな孫。
 そして

『逃げちゃだめだよ』

 自分の為に全力を尽くして、ここに送り届けてくれた開拓者達の顔が浮かぶ。
「可能であるなら、南部辺境伯を助け復興の手伝いをすることで償いをしたいと思っています。どうか…」
 彼らの思いを胸に跪く彼に皇帝はこう告げたのだった。
「南部辺境に開拓者の意見を受け学舎を築くこととなった。
 志体の有無、身分の有無を問わず人材を育てるその学舎建設に財と全てを捧げよ。
 それをもって息子の罪の償いとなせ」

 南部辺境に冬の遥か先、春の足音が聞こえるようであった。