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■開拓者活動絵巻
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■オープニング本文 ●夢のあと 護大を巡る戦いは終わった。 夢見るものは他者を知り、護大であることをやめた。 世界は変わった――そう感じた者たちは多くは無い。それは当然だろう。目に見える変化は小さなものだからだ。 アヤカシや魔の森が消えた訳ではないし、街をうろつく悪党が一掃されるでもない。お祭り騒ぎをしていたギルドも、業務を放って遊んではいられないし、事件も知らずに過ごしていた人々には、変わらぬ普段どおりの日常が続くのだ。 それでも、世界は変わった。 かつて護大と呼ばれた存在、護大派が神と呼んだ存在の占有物であった世界は、人の――いや、人だけではない。この世に存在するあらゆる者たちの手へと移ったのだから。 神話の時代は終わり、英雄の時代は過ぎ行き、それらはやがて伝説となる。伝説を越えて命は繋がり、記憶は語り継がれて物語を紡ぐだろう。それがどこへ向かっているのかはわからない。だがそれでも、物語は幸福な結末によって締めくくられるものと相場が決まっている。 夢が終わっても冒険は続く。 さあ、物語を始めよう。 そして彼女は目を開けた。 「……ここ、どこ……? 空、まぶしい……」 街道脇の土手の上、冬枯れの草の上で彼女はゆっくりと身を起こす。 「えーっと、確かこっちに……」 何の気なしに道を曲がり、やってきた娘は 「あれ? 花の匂い?」 絶叫にも似た声を上げた。 「ひゃあっ!? ちょ、ちょっとあなた! こんなトコで、そんな格好で何してるの!?」 まあ、驚くのも当然だ。 この12月の寒空、しかも真昼間に一糸まとわぬ姿の女の子が街道に立っていれば…。 だが、少女の驚きそのものを彼女は解っていないかのように小首を傾げる。 「……わからない。覚えてない……なにも……ただ、夢を……見てた気がする……」 ぼーっと虚ろな目を空に向ける彼女に少女は嘆息すると 「夢? 何言ってるのよ、も〜! とりあえず前を隠してよ、何でもいいから! 服は? 何も持ってないの? 仕方ないわね。それじゃあこれ貸してあげるわ」 自分の持っていた外套をそっと着せ掛けた。 少女はけっして大きな方ではないが、目の前の女の子は更に細身で小柄。 とりあえず前は隠れた。長めの袖から白くて細い指先と、手の甲に不思議な痣が見える。 少し安堵した少女は息を吐き出すと落ち着きを取り戻す様に深呼吸して 「それじゃあ名前は? 名前くらい覚えてないの?」 そう問う。 「名前……」 ぼんやりと空を見ていた彼女は 「……きずな…」 と零れるように口にした。 「わたしの名前は、きずな…!」 「きずなちゃん、ね。解ったわ。とりあえず放ってもおけないし…一緒に行こう?」 少女はそう言うと歩き出した。 まるで赤ん坊のように拙くよろめく、彼女の手をしっかりと握りしめて。 女の子はその後、開拓者ギルドに預けられることになった。 少女は地元の役場に届けたが、捜索の願いなどは出されておらず、周囲にも彼女を知る者は無かったからだ。 「名前は…キズナでいいんだな?」 係員は確認する。 年の頃は13〜4歳くらい、いや、それよりもう少し下かもしれない。 黒髪、黒い瞳。肌が透き通るように白い事以外は典型的な天儀人の少女に見える。 身体つきは細身で余分な肉のついていない成長途中、いわゆるスレンダーだ。 「そうみたいです。でも、それ以外の事は何も覚えてないって。 見つけた時は服も着てなかったんですよ。今は、私のお古着せてますけど…。 ほらほら、こっちよ。ボーっとしてないで、ちゃんとご挨拶するの」 少女に手を引かれてやってきた娘キズナは 「あいさつ…?」 小首をかしげつつ 「ほら、こうやるの。よろしくお願いします」 「よろしく、おねがいします」 少女の真似をするように頭を下げた。 「そうそう…って、何してるの? 花瓶の花、抜いちゃダメだってば!」 カウンターのテーブルの上、飾られていた寒椿に手を伸ばすキズナ。 慌てて少女は止めるとため息をつく。 「ずーっとこんな感じなんですよね。いっつもぼーっとしてて周りを見てて、それでいて、興味のあることにはなんの躊躇いなく手を伸ばす。 言葉はちゃんと通じるし、会話もできるんですけど、なんだかこう、赤ちゃんが初めて見る世界に手を伸ばしているみたいで…」 やれやれというように肩を竦める少女に微笑んで、係員はもう一度キズナを見た。 不思議な子だ、と何故か感じる。 どこにでもいそうな子なのに、人ごみの中でもきっと見失う事はあるまい。 「あ、こら。ダメだってば。それはギルドのお花、なの!」 「まあいいさ…ん? 手の甲に疵があるな。痣か?」 白い肌に不思議に目立つ。まるで朱い花のようだ。 「ええ、それが唯一の手掛かりかも。持ち物も何も無くて、他に身元の手がかりはなんにもないですから」 頷くと係員は花瓶に活けてあった寒椿を抜いて、キズナに渡す。 するとキズナは文字通り花のような笑顔を見せた。 「花が好きなんだな」 「そうみたいですね。今は冬であんまり生花はないですけど、家に飾ってあった造花から遅咲きのたんぽぽまで花は凄く喜んで見てましたから。ほら、キズナ。ありがとうは?」 「ありがとう!」 キズナはそれを受け取ると、嬉しそうに抱きしめ頬擦りした。 依頼はこの謎の娘 キズナの身元捜索。 そして 「もし、時間があればこの子を連れまわして、いろいろ教えてやってもらえませんか? 本当に何も解らないみたいなんで…お願いします」 この子に世界を知らせることだ。 不思議な女の子はまるで生まれたての様にまっさらな目と心で、天儀世界を見つめている…。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 俳沢折々(ia0401) / 鳳・陽媛(ia0920) / 玲璃(ia1114) / 乃木亜(ia1245) / ロック・J・グリフィス(ib0293) / 无(ib1198) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 星芒(ib9755) |
■リプレイ本文 ●はじめまして 新年まであと僅か。 年の瀬も押し迫った年末のある日。神楽の都。 「今日はこの子のこと、お願いします」 開拓者ギルドの前に集まった娘はそう告げると 「ほら、キズナもご挨拶」 ぼんやりとしている少女の背中を軽く押した。 「あいさつ…、よろしく、おねがいします」 「まず、最初はこれから、ですね」 小柄な開拓者が前に進み出て笑いかける。 「はじめまして。私は陽媛。鳳・陽媛(ia0920)っていうんです。貴女は?」 「はじめまして…?」 小首を傾げる少女に 「そう、はじめまして、です。私と貴女は始めて出会った。だから、はじめまして。 私は玲璃(ia1114)と申します」 そう言って手を取り玲璃は微笑みかけた。 「玲璃というのは私の名前です。貴女のお名前は?」 そこで少女はようやく自分の名前を問われたと気付いたのだろう。 「わたしの名前は、きずな…!」 真っ直ぐに顔をあげ陽媛や玲璃。 そして集まった開拓者達にそう告げた。 「キヅナ…良い名前ですね。人と人とを繋げる名前…」 陽媛は少女…キズナに微笑む。 握った手の甲に花のような痣があるのが見えた。 仲間や神代のそれと似ているようで違う、不思議な痣。 (まあ、関係ないですね) 「私はキズナちゃんと仲良くなりたい」 手を取って心からの思いを告げる。 「あー、いいなあ。あたしも! 目指せ、おともだち第一号☆」 陽媛とキズナが手を繋いだのを見て、少女達が集まってくる。 「こんにちは、あたしの名前は星芒(ib9755)だよ☆」 「私は俳沢折々(ia0401)。よろしくね。うわあ、お肌すべすべだ」 「…少し服の丈があっていませんね。少々、寒くもあります。 出かける前にこちらの服など着てみませんか?」 「あー、きっと似合うね」 きゃっきゃ、きゃっきゃとキズナを取り巻きはしゃぐ女性陣と玲璃。 そんな様子を見ながら 「キズナねぇ…」 无(ib1198)は、そして開拓者達は少女を見つめる。 きずなと言われれば普通思い出す文字がある。 絆 あまり名前には一般的ではないが、その深い意味から良く使われる言葉。 そして開拓者達にとっては別の意味を持つ言葉でもある。 眼で問う様に相棒であるナイを横に見るが、流石に解らないだろう。 頭を振られてしまった。代わりに 「…さて、どこかで会ったような…」 腕組みをした羅喉丸(ia0347)が独り言のように呟いた言葉を、无も他の開拓者達も耳に留める。 決して大きな声で無かったのにそれが「聞こえた」のはおそらくその場にいた多くが、同じことを考えたから、であろう。 「夢の世界で出会った少女に似ている…かな?」 蓮 蒼馬(ib5707)は少女キズナそんな感想を持った。 大規模合戦の最中、ここにいる開拓者達の多くが護大の夢の中に入ってその心と触れ合った。 開拓者達との触れ合いとの中で護大は変化した。 名付けられ、現象から一人の個となった筈の護大。 もしかしたら彼女はその護大であった少女ではないかと思えたのだ。 …正直に言えば、護大の夢の中での記憶はおぼろげだ。 寝てみる夢の記憶が目覚めた時にはっきりと思い出せないように、あの不思議な空間で起きた出来事は日が流れるごとに記憶から零れて行く。 今、目の前に立っている少女が、夢の中で出会った少女と同じ顔をしているかと問われれば確信を持って答えることはできないだろう。 唯一に近い手がかりは「キズナ」と言う名前だけ。 「何故か俺は彼女を知って居る、そんな気がした…いつどこで? わからない?」 横を見る蒼馬。同じような感覚を感じているのだろうか? 隣ではロック・J・グリフィス(ib0293)が何事かを考えるようにキズナを見つめている。 「だが、本当にそうだとすると、身元は解らないかもしれないな」 「ええ。もし、彼女が私の知るキズナだとしたら、身元は調べない方がいいですよね…。 目の前に居るのはただの少女なのですから」 蒼馬の呟きに乃木亜(ia1245)は頷く。 彼女は「世界の名付け親」自分が名付けた名と同じ名前を持つ少女を優しい眼差しで見る。 「そういうことだ。相手が誰であろうとまあ、関係ないな。 正体を知っていても、知らなくても、やる事は変わらないのだからな。 困っている人がいたら、手を差し伸べる。 当たり前の事をするのに、理由などいらないのだからな」 肩を竦めた羅喉丸の言葉に 「ああ、その通りだ」 納得したようにロックは頷いた。 「ならば、もう一度ここで出会えばいい」 自分に言い聞かせるように。 「ねえ、ねえ、こんな感じどうかな?」 折々が開拓者を前に押し出す。 いつの間にか服を着替えたキズナは帽子「睡蓮」、着物「雪姫」、羽草履。 丈のあまり合っていなかった着物に比べるとずっと可愛らしくなった。 「なかなか似合うな。でもちょっと首元が寒そうだ」 蒼馬はそう言うとふわりとマフラー「ホワイトスワン」をキズナの首元に回す。 「では今日はよろしくな」 笑いかけた蒼馬の横。 キズナの前に進み出たロックはスッと膝を折った。 騎士の様に乙女の手を取る。その甲の紅い痣の場所にも覚えがあるが彼は何も言わず、そこにもう一度同じようにそっと接吻した。 そして視線を合わせて一輪の薔薇の花を差し出す。 「初めましてキズナ嬢、俺はロック・J・グリフィス、君に運命を感じたものだ…以後お見知りおきを」 真紅の大輪の花を、キズナは受け取ると 「ありがとう!」 始めてぼんやりとした表情からはっきりと解る「笑顔」を見せる。 「花が好きなんですね」 乃木亜もキズナと目線を合わせて声をかけた。 「それぞれ色や形、香りが違って、それぞれ名前があるんですよ。あなたにキズナ、私に乃木亜という名前があるように」 薔薇から顔を上げたキズナは小首を傾げる。 言葉は聞こえている。でも、意味が解っていないという感じだ。 「とりあえず、いろんなものを見て回るとしよう。必要なものがあったら買って、それから少し静かな所に行ってみるのもいい」 羅喉丸はそういうとキズナの前に大きな手を出しだした。 「ようこそ、キズナ。神楽の都へ、歓迎するよ」 と。 ●神楽の町 年末に向けて神楽の町はいつも以上に活気に溢れていた。 町は新年の飾りや、食べ物などを求める人でごった返し、あちらこちらに市や屋台が出ていた。 開拓者に手を引かれ、そんな街中にやってきたキズナは最初、その人ごみに目を丸くしていた。 たくさんの人、人、人。 その熱気と活気に驚いたのか、立ち尽くして暫く身動き一つしなかったのだ。 しかし 「さあ、行きましょうか。お買いもの、楽しいですよ」 陽媛に片手を、もう片方の手を星芒に握られると、自分を取り戻したように瞬きして歩き出した。 そして一端人ごみに入ってからはもう、ありとあらゆるものに目を輝かせていた。 「…あれ、なに?」 「ああ、あれはお正月の飾りですよ。藁縄で編んだ後、花や蜜柑を飾って作るんです」 「こっちは、羽子板、ね。羽根を板で打って遊ぶ遊びなんだけど、あれは飾りで板に絵を描いたりしてあるの。華やかでキレイでしょ?」 「…キレイ…うん、キレイ」 注連縄や、羽子板、熊手、門松などもそろそろ並んでいる。 新年の為の着物や簪、飾り物などの店も色とりどりに華やかで、開拓者達でさえ見ているだけで心が浮き立つようであった。 「まあ、子供は市場が好きだよな」 少し離れた所から見守るように羅喉丸は笑う。 実際、全てを始めてみる様なキズナにとっては珍しいものばかりなのだろう。 飾りの花や美しい色合いを見る度嬉しそうに微笑む。 そして、また別のものに目を輝かせ、手を伸ばす。 その繰り返しだ。 「なんだか不思議だね〜」 くすくすと、そんなキズナを見つめる折々は笑いながら呟く。 「何が、かな?」 无が問うと折々は 「キズナちゃん♪」 と指差した。 「なにも覚えていないのは大変だなーと思ってたんだけど……。 キズナちゃんを見ていると、そんなに心配しなくてもいいかなって気持ちになるんだよね。 逞しいと言うか…なんというか…スゴイなって思う」 確かにキズナは一度慣れてしまえば物怖じしない野生児でもあった。 興味を持ったものには色々手を伸ばす。 お金やお店の機構はどころか、文字や数の知識も無いようでまさに身体の大きな赤ん坊。 「うわっ! 飾りの花はむしっちゃダメ!」 時折開拓者達を慌てさせた。 やがて、それは飾り物ばかりに留まらなかった。 「おっと!」 ジュウジュウと音を立てる鉄板に手を伸ばしたキズナの手をさっと羅喉丸は掴んだ。 「屋台の鉄板は熱いぞ。手を出すな? それに他人の店、だからな。 欲しかったら注文して買うんだ。…すまない。その鯛焼き、くれ!」 「へい、まいど!!」 「キズナちゃん、もしかしてお腹すいた? じゃあ、いくつか美味しそうなものを買ってお茶にでもしようか。 丁度いいものもあるし」 星芒の提案で開拓者達が市の外れの小さな茶店に席をとったのは昼もだいぶ回ってからのことであった。 茶店で持込みの許可を貰い、いくつかの注文を出すと開拓者達はキズナの前に色々な食べ物を並べた。 12月の寒空の中、市の屋台は、やはり暖かい料理を出すところが多い。 「こっちは饅頭、こっちは鯛焼き、だったな。それはたこ焼き。こっちは甘いがそのたこ焼きは甘くないぞ。 熱いから火傷しないようにな」 ロックは説明しながらそのいくつかをキズナの手に乗せた。 饅頭も蒸かしたて、鯛焼きも焼き立てでまだ湯気を上げている。 それに加え、 「ほら、見て! お花の形のお菓子。ねりきりっていうんだよ。食べてみて」 そう星芒が差し出した正月用の菓子や 「これも美味しいですよ」 玲璃の提供した甘酒、リンゴのタルト、桜の花湯、栗ごはんのおにぎりなども並んで、気が付けば茶店から注文した軽食と合わせ、机はいっぱいになっていた。 「どれが食べたいですか? 私もお腹が空いたので先に頂きますね?」 さりげなく玲璃が先に食べて見せ、キズナに安心感を促す。 キズナはやがて饅頭や鯛焼き、リンゴのタルト、ねりきりなどに次々手を伸ばし、頬張る。 「ん♪」 幸せそうな笑顔は味を理解していると言う事だろう。 「もっと欲しいって思ったものがあれば、好きって教えて下さいね」 玲璃はそうキズナに声をかけると 「皆さんも一緒に食べましょう」 と開拓者にも料理を差し出す。 「甘酒を頂こうか。だんだん冷えて来た」 「あ、このねりきりも美味しい」 開拓者達も一緒に料理を口に運び、それは賑やかで楽しい食卓となる。 ひとしきり食事を終えた後、星芒は 「お茶でも入れるね。いいものがあるんだ」 茶店で借りた急須で仲間達にお茶を入れた。全員に配り終えると 「これは、私からのプレゼント…ほら、見て、キズナちゃん」 キズナの前で急須の蓋をそっと開ける。 見れば急須の中にふんわりと花が開いている。 「これはね。花茶「茉莉仙桃」っていうんだ。お花で作ったお茶なんだよ。いい匂いがするでしょ?」 キズナはくんくんと鼻を動かすと 「はい、キズナちゃんもどうぞ。暖まるよ」 差し出された茶碗を受け取り、開拓者達を真似るように両手で啜った。 「…わああっ」 キズナから零れた言葉はそれだけである。 でも両手で茶碗を大事に持ち、見つめ、味わいながら大切そうに飲むキズナは一杯のお茶に「何か」を感じたようだった。 視覚だけは無い。触覚や嗅覚も使って世界を感じようとしている…。 その様子を見ていた乃木亜は少し考えると 「花といえばこういうものはどうですか?」 小袋から小さな菓子を取り出し、キズナの前に並べる。 キズナは目を丸くした。 そこにもまた花が咲いていたからだ。 「それは、花紅庵の彩姫。花を砂糖漬けにしたお菓子です。 天儀にはいろいろなものがあるんです。 同じように天儀、いいえ世界には沢山の人が居ます。 それぞれに違いがあって、あなたも、その中の一人なんですよ?」 優しく語りながら乃木亜はキズナの手の上に花の砂糖漬けをそっと乗せる。 暫くじっとそれを見つめていたキズナは目で見つめ、匂いを嗅ぎ、指先で触れ、そしてそれを口元に運んだ。 「ものを食べて、嬉しい気持ちになったら…花を見てる時と同じような気持ちになったら、美味しい、というといいですよ。 気に入りましたか?」 五感全てで世界を感じようとしているキズナに陽媛は思いを言葉にすることを教える。 「…美味しい? うん、おいしい♪」 そしてキズナは幸せそうにそう頷くのだった。 ●大地の花、空の花 一通りの買い物を終えて後、開拓者達は少し神楽の町を離れることにした。 食事の途中、キズナは食べ物を手に持ったまま、少し舟を漕いでいた。 人ごみに疲れたのだろうと開拓者が気を使ったのだ。 時は12月。 郊外の草原は茶色く立ち枯れ、森の木々もすっかり葉を落している。 「残念。雲が厚いね。冬の青空って綺麗なのに」 「でも、そのおかげで今日は暖かいんだと思います。もう少ししたら雪になりそうですが…」 雲に包まれた空気は灰色。 しかし、そんな中にも色は皆無では無い。 「あ! お花!」 探せばけっこう花も咲いていたのだ。 「あれは寒椿ですね。こっちは木瓜の花。この季節は木の花が多いかもしれませんね」 開拓者達はキズナの手を取り、見つけた花々の名前を教えて行く。 「かんつばき、ぼけ…」 「あ、しろつめくさの残り花ですよ。こんな季節に珍しいですね〜」 「しろつめくさ?」 「そうです。丸いお花が可愛いでしょう?」 キズナは教えられた名前を繰り返す。まるで噛みしめるように。 「あれは?」 木の少し高い所に咲いていた花を見つけたキズナが指と手を伸ばす。 「あれは、山茶花だ…。ちょっと手が届かないか。よーし!」 何度もジャンプを繰り返すキズナの様子を見ていた蒼馬はキズナの腰に手を伸ばすと 「わっ!」 そのまま抱き上げ、肩に乗せる。 所謂肩車だ。 「キズナは軽いな。ほら、良く見てみるといい」 最初は少し驚いてジタバタしていたキズナはやがて動きを止め、バランスを取りながら山茶花の花に手を伸ばし、そっと触れる。 「欲しいかもしれないけど、できれば摘まないでやってくれ。 今咲いてる花もいつか枯れ、土に還る。寂しいが土に還った花は新たな命を育む糧となる。そうやって命は命を紡いでいくんだ。 お前にはまだ少し難しかったかな?」 きょとんとした表情を浮かべるキズナは、だが山茶花の花を摘もうとはしなかった。 じっと、山茶花の花を見つめている。 「本当は桜の花も見せたいところなんだけど、冬桜はこの辺にはないからねえ〜」 折々が残念そうに肩を上げる。 「さくら?」 蒼馬の肩から降りたキズナが折々を見る。 「そう。キズナちゃんの手に咲いているのと同じ。 こんなやつ」 頷いてキズナの手をとった折々はそう言うと近くの枯れ枝を指差す。 パッと白い花が咲いた。 「これは冬桜。可憐で健気ではあるけれど、決して弱さを感じさせることはなくって、 どことなくキズナちゃんに似ているかな」 結晶術で瘴気を固めて作った所謂造花である。 「綺麗でしょ? だけど春になったらもっとばーっと咲く桜があるんだよ。お花の形もちょっと違うんだー」 再び結晶術を使った折々は今度はキズナの手の中に桜の花を形作る。 「山が全部薄紅色で染まるんだ。花が散って花吹雪がひらひらと舞うさまは本当にキレイなんだよ」 折々が告げたその時、 ひらり 風がキズナの前に白い花びらを舞わせる。 「!」 目を見開いたキズナは空を見上げた。 折々が木に咲かせた寒桜の花では無い。 よく見れば花びらでもなかった。 「あ、雪か〜。玲璃さんのあまよみ天気予報的中だ」 雪が空から落ちて来たのだ。 牡丹雪と呼ばれるように大きな花びらのような雪。 「うわっ!」 掌に落ちてきたそれを手に取ったキズナは驚いて手を引っ込める。 「あはは、冷たいね。手袋もあればよかった」 雪はキズナに「冷たい」という感覚を知らせると同時、さらりと消えていく。 「これ何? おはな? どうして冷たいの? 消えちゃうの?」 問いかけるキズナに无は少し考えると 「これは花じゃない。雪だ。空に溜まった水が下りてくるとき、寒さで固まるんだが…、キズナの心に咲きに行ったのかもしれないな」 そう答えた。 「キズナの…心?」 「そう、ここだ」 トン、と胸の中央を叩く。 「今日、キズナは色々なものを見ただろう? 花だけでなくたくさんのもの。 例えば、この雪を見てどう思った?」 ゆっくりとキズナに目を合わせ疑問を引出す様に対話する。 逆に問い返されたキズナは少し考えると 「すき」 そう静かに答えた。 「そうか。それでいい。この世界には花だけじゃない、キレイなものに溢れている。 勿論、そうじゃないものもあるが…キズナにはこの世界のいろんなものを見て、その環の中に入ってくれればいいと思う」 (今はもう夢の中のように遠い…。でも、あの時、あの場で伝えた言葉は俺の心からの思いだから) 无の思いを引き継ぎ、護大の夢の中で贈った言葉を蒼馬はもう一度…紡ぐ。 「世界は綺麗な事ばかりじゃない。だがそれと同じ位愛や優しさに満ちているんだ。だから…行こう。大丈夫だ。俺達はいつでも側にいる」 キズナがどれほど无や蒼馬の言葉を理解したかは解らない。 空を見上げ、手を伸ばし、雪を抱きしめるように見つめている。 白い着物とマフラーで空を見つめるキズナは雪の妖精のようにどこか儚く、そして美しかった。 「空はね、とっても綺麗なんですよ。こうして雪も降るし、晴れた日には暖かい太陽が降り注ぐ。 色んな顔を見せてくれます。無じゃなくていつも皆と一緒の空。 今度は綺麗な青空を一緒に見に行きましょう」 かつて、自分が護大に送ろうとした名前に思いを込めて陽媛は微笑み 「そうだね。春になったら一緒に桜を見に行こう。みんなでお花見。約束ね」 折々は笑う。 そしてロックは空を見つめるキズナに寄り添い、そっと囁きかけた。 「キズナ嬢、これからも君がこの世界を知る、俺にその手助けをさせて貰えないだろうか」 開拓者達の優しさと花吹雪のような雪に包まれて 「うん、約束。みんな…好き♪」 キズナは雪よりも花よりも美しい笑顔を咲かせ、微笑むのだった。 ●開拓者 キズナ 結局、キズナの身元は最後まで判明しなかった。 身内と名乗り出る者もなく、行方不明者の届け出も無い。 開拓者ギルドは検討の結果、少女キズナをギルドが後見人となっての開拓者として保護することにしたと伝えた。 キズナが志体持ちであることは割とすぐに判明したし、料理や掃除なども教えると大地が水を吸い込むように覚えできるようになった。 運動神経も悪くなく、術などの適性も高そうだと専門家の声もあったからだ。 開拓者長屋の空き家を貸し出し、当面はそこで暮らす。 ギルドの手伝いや簡単な仕事をしながら生活し、今後については本人の希望や適性を見ながら検討するということだ。 そして、今日は引っ越しの日。 「手伝いに来て下さって、ありがとうございます」 いくつかの手提げを下げた少女は布団を運ぶ羅喉丸に頭を下げる。 「なに。また必要なものがあれば言ってくれ」 長屋に入った羅喉丸は笑って中を見た。 今はまだ最低限の寝具と、家具、着替えしかない部屋だが開拓者達の好意であちらこちらに花が飾られている。 桜一枝やバラの花。山茶花、寒椿。 優しい香りの中 「一人暮らしをするなら計算や読み書きは必須、ですからね」 キズナは玲璃の指導の元、一般常識勉強中、だった。 相変わらずぼんやりさんで聞いているのかいないのか解らないが 「呑み込みは早いようですよ」 とは「先生」の評価である。 「あの子…一人でちゃんとやっていけるんでしょうか?」 いつの間にか保護者のような思いでいたのだろう。 本当に心配そうな少女に 「だあいじょうぶ♪ 皆でちゃんと見守って行くからね」 「キズナ嬢の手助けはお任せあれ」 折々にロック。 開拓者達はそう言って文字通り、胸を叩いて見せた。 「この子がこの世界を、私達を好きになってくれたように…私も彼女を知り好きになっていきたいですから」 陽媛の言葉に微笑みに、少し心配も解けたのだろう。 「これからもこの子…キズナを宜しく、お願いします…」 少女は、深く、深く、頭を下げるのだった。 「あーん! でも心配。時々、ううん、毎日様子を見に来るからね!!」 キズナに抱きつく少女、ぼんやりとするキズナ。 「あ、いいなあ。私もキズナちゃん、ぎゅっとしたい!」 そして二人を取り巻き見守る開拓者達。 それを見ながら乃木亜はキズナを見つめ、そっと頭を撫でた。 母の様に、優しく… 「前にも、言いましたね。 天儀、いいえ世界には沢山の人が居ます。それぞれに違いがあって、あなたも、その中の一人。 あなたの名前を付けた人は、それらの繋がりを大事にして欲しい。きっとそう思って、絆という名前を贈ったんだと思います。 一緒に頑張りましょう」 「うん!」 キズナの答えは即答で、 「ははは、今のお前の仕事は沢山食べて遊んで学ぶ事だ。いい女になれよ」 「いい女?」 それを聞いた開拓者達は明るく笑い声を弾けさせるのだった。 こうして神楽の町に新しい住人が一人増えた。 キズナという名の少女である。 |