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■オープニング本文 「全て」が終わった今だから、思えるような気がする。 彼を助けたいと、きっとみんな思っていた。と。 悪いのは彼を支配したアヤカシであり、彼を助け、人としての裁きを受けさせるべきだと思っていたのはきっと自分だけではないと。 ただ…彼はきっとそれを望んではいなかったのだとも思う。 最後まで彼は後悔も躊躇いも見せず己の望むまま生き、死んでいった。 それは決して叶わぬ願いを抱いて生きる、他人から見れば愚かでむなしいものであったとしても。 南部辺境を襲った前代未聞のアヤカシ軍の大進撃を開拓者と南部辺境軍が協力の元、退けて数日後。 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスが開拓者ギルドに訪れた。 「先日は本当に、ありがとうございました。 本来は、皆様の労をねぎらう宴でも開くべきなのですが、現在はまだ戦乱の事後処理が済んでおらず少し遅くなりそうであることをお許し下さい」 胸に手を当て深く頭を下げる辺境伯の姿には深い、感謝の思いが滲んで見える。 「皆さんのご協力のおかげで南部辺境を襲ったアヤカシ軍は軍としての力を失い、崩壊。 多くの敵は倒され、残った一部も散り散りに逃げていきました。 当面は再進撃は無いものと判断し、現在我々は各地の被害状況の確認や街道近辺の確保と保全を行っています。 しかし、範囲が広すぎて正直、手が回りきらないのです」 苦笑するように彼は肩を竦めてみせる。 確かに今回の件は南部辺境全体を巻き込む大災害となった。 南部辺境北の玄関口、ラスカーニアと南の果てフェルアナの領主がアヤカシの支配を受け、ラスカーニアはなんとかごまかしも効いたが、フェルアナは町全体が一度アヤカシに支配され大きな被害が出た。 加えて街道周辺の街や村のいくつかはアヤカシの攻撃に巻き込まれ崩壊。 多くは避難したが戦いに参加した辺境軍兵士も含めて人的被害も皆無と言う訳にはいかなかった。 南部辺境主要都市の中で、一番影響の少なかったメーメルもそんな避難民の受け入れなどで大わらわであるという。 「近々、私はジェレゾに来るよう皇帝陛下から招聘を受けています。 今回の乱に関する事情説明と思われます。その前に南部辺境各地の現状、特にラスカーニアとフェルアナの様子を確かめたいのですが…現状リーガを離れることはできないのが現状です。 そこで先のお礼もしないうちに失礼とは承知しながらも、皆さんに私の目になって頂けないかと思い、お願いに上がりました」 そう言って彼は依頼書を開拓者達の前に差し出す。 それは南部辺境の状況調査の依頼書と、辺境伯の名代としての身分証明であった。 「ラスカーニア、フェルアナ、メーメル、イテユルム。その他街道近辺を含め、南部辺境のどこに行っても構いません。 その土地の現状を確かめ、各地で何が必要とされているかなどを見て来て頂きたいのです。 もし、食料やその他、物資や援助を緊急に必要とすると皆さんが判断された場合には、私の名代として必要なものを手配して頂いても構いません。経費、その他の責任は私が執ります」 期間は1週間。南部辺境の現状と今後の課題を調べること。 ラスカーニアは現在、領主ユリアスが復帰し統治を再開している。 アヤカシに支配を受けていた時の姿が領主「ユリアス」ではなく女性「ユーリ」であった為、事情を知る側近以外は領主がアヤカシに操られていたことを気付いていなかったので。 勿論、本人は固辞したが皇帝との正式な謁見の場を作り、そこで裁定が下されるまでは責任を果たして欲しいと言う辺境伯の願いを受けた形だ。 メーメルは今回の件で一番被害が少なかった。 しかし、一方で各地からの避難民を受け入れ一番慌ただしい状況になっているとも言える。 現在、劇場は休演。避難所として開放されているらしい。 開拓地イテユルムは一時辺境中央との交流が遮断されたが、開拓者が水際で食い止めてくれたこともあり、大きなアヤカシの被害は出なかった。 冬に街道が封鎖される可能性も考えて多めに食料などを備蓄していたことも幸いした。 アヤカシの本体が封じられていた遺跡はそのまま放置されており、開拓の進み具合も気になるところではあるが行き来に一番時間がかかる為、グレイスが今足を運ぶことが難しい所である。 そして、フェルアナ。 領主を失い一度はアヤカシに支配された村の絶望は大きい。 まだいくらか幸いであったのはフェルアナの女子供が開拓者によって無事保護されたことと、操られていた男達の半数強が全てが終わったのち、正気を取り戻した事だ。 村の全滅などという最悪の事態はまぬがれた。グレイスからも村のとりつぶしなどは無い、支援は惜しまないと伝えているが、統治する者の不在は復興の足を大きく引っ張るだろう。 もし、はぐれたアヤカシなどがいれば退治してくれればなお助かると依頼書にはあった。 「それから…」 依頼の受理を確認して後、辺境伯は集まった開拓者達に口頭で付け加える。 「これは強制ではないお願いなのですが…、皆さんの中でジルベリアに正式に士官しても良い、と言う方はおられないでしょうか? …開拓者の皆さんに…南部辺境に居を構え私と共に南部辺境を導いては貰えないかと願っています」 開拓者達一人一人を見つめながらグレイスは真摯な眼差しで願いを告げた。 「元々…南部辺境に限らない事ですが、ジルベリアは皇帝陛下に任じられた各貴族がそれぞれの領地を守る形で統治されています。南部辺境伯という地位も諸侯のまとめ役と言う意味合いが大きく絶対的な統治者では当然ありません。 ですが、今回のような事態に際し開いた穴を緊急に埋める必要がある場合は私の判断に任されています。 勿論、開拓者の皆さんを南部辺境に縛りつけるつもりはありません。 表だっての地位や名誉を望まないということも、解っているつもりです。 だから最初は客分待遇で私や各地に意見具申して頂く形で構いません。 もし、ジルベリアに正式に士官し、居を構えてくださるのであれば最初は私の名代扱いですが各地の領主代行をお任せし、最終的に陛下の任を得てその地位について頂くことになると思います。 その程度の裁量は私の判断で行えることですから…」 微笑みグレイスは開拓者達に頭を下げる。 「私は、開拓者の皆さんに常に助けられ、多くの事を学びました。 世界を知り、いろいろな経験をしてきた皆さんに、私が多くを助けられ学んできたように叶うならジルベリアの民にもそれを伝えて頂ければと思うのです。どうか、宜しくお願いします」 ジルベリアではもうあちらこちらで初雪の噂も聞こえてきている。 今年ももうすぐ終わり。 古きを振り返り、新しきを生み出す為の依頼を開拓者はそれぞれの想いで見つめるのだった。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
星芒(ib9755)
17歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●メーメルの感謝 南部辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカスは届けられた各地からの報告書を見つめながら 「まあ、予想はしていましたけど…ね」 そう、呟き微笑む。 窓の外、見上げた空は快晴。 「オッケー! じゃグレイスさん、行ってくるねー♪」 空を飛ぶ鳥のように自由に彼らは飛び立って行った。 残されたグレイスは一つ一つの報告書と、それを届けてくれた開拓者達の心と思いを見つめるのだった。 龍牙・流陰(ia0556)が面会を申し込んだメーメルの女領主は思わぬところにいた。 「お久しぶりです。アリアズナ姫」 「流陰さん! 来て下さったんですか? あ、こんな格好ですみません」 来客に気付いた彼女は恥ずかしそうに白いエプロンの端を持ってお辞儀をする。 「いえいえ、お忙しい所すみません。しかし、領主自ら炊き出しの手伝いを?」 「はい。人手が足りないのもありますし、こういうことは領主が率先してやるべきと母に教わりましたから」 流陰の言葉にアリアズナは静かに頷く。 「今回の戦乱では幸いメーメルには殆ど被害がありませんでした。ヴァイツァウの乱を体験した我々にとって戦乱で故郷を追われるというのは他人事ではありません。 できる限りのことはしたいと思っています」 就任から3年以上の年月を経て、立派な領主の目をするようになったアリアズナを頼もしく見つめた。 「ここの被害が少なく済んだのは僥倖でした。 ですが…このような動乱が起こる前にどうにかできなかったのかと、思わずにはいられませんね…」 「いいえ、そんなことは! 皆さんがいて下さったからこそ、この程度で済んだのだと皆、解っています」 「そう言って頂けると嬉しいですがね…。何か困った事や足りないことなどはおありになりますか?」 静かに少し目を伏せてから流陰はそう問う。 「…はい、それは恥ずかしながらいろいろ。避難所というのは世話をする方も、される方も人間の集まりです。 急な事だったので準備も万端とは言えませんでしたし…」 「ちょっと! ケンカは止めなさいよ!」 二人の背後で聞き覚えのある声が聞こえた。 振り返るとそこには取っ組み合う二人の男達がいた。 「俺のパン返せよ!」 「とってねえって何度も言ってるだろ? これは俺のだ!」 「あっちで俺の女房と子供が腹を空かせて待ってるんだ! ここで食いはぐれる訳にはいかねえんだよ!」 「だから、ちょっと落ち着いて!」 仲介に入ろうとしているのはアリアズナの侍女、アンナである。 しかし女が頭に血が上った二人の男を止めるのは難しい。 「煩い! ひっこんでろ!」 追い払われたアンナをその時、後ろからそっと支える手があった。 「ここは任せておきな。行くぞ。D・D」 アンナが自分を支えてくれたのはカラクリと気付くより早く前に進んだ紅い影は 「そこまで、だ!」 素早く二人を引き離し、間に割って入った。 その見事な流れは美しく 「子供達も見てるんだ。カッコ悪い真似は止めな。ほら、話は聞いてやるから」 一瞬見惚れた男達は恥ずかしそうに拳を治め退いた。 「ありがとう。助かったわ」 アンナの言葉にヘスティア・ヴォルフ(ib0161)はにこやかに笑うのだった。 子供達…に限るわけでは無いが開拓者はあこがれの存在である。 「ほら、そこを…そうだ…。指をそっと離せば…それがほうきだぜ」 「やった! できたよ!! おねえちゃん!」 そんな開拓者と子供達が遊んでいる様子は見る者の心を和ませ、暖める力があるようだった。 人妖瑠々那も手伝っている。 「開拓者の皆様には本当に助けられるばかりで…」 子供達とあや取りをしているフレイアを見つめるアリアズナの眼差しに込められた思いを流陰は感じていた。 勿論、同じものが自分にも向けられているのも…。 「…失礼なのは承知しているのですが、開拓者の皆様が正式にメーメルに居を構えて至らぬ私を助けて下さいましたらどれほど素晴らしいかと思うのですが…」 真剣な眼差しで自分を見つめるアリアズナに物資手配の手伝いをしていた流陰は微笑む。 「実は辺境伯にも同じお話を頂いたんですよ。帝国に仕官し南部辺境を共に治めては貰えないか、と…」 「…それで…どのような返事を?」 流陰はその問いに辺境伯との会話を思い出していた。 「僕にはもったいない話ですが、…お断りさせて頂きます」 「やはり、ダメですか? 特に流陰さん、貴方にはどれ程助けられたか解らない。その恩に報いたかったのですが…」 「僕は『陰』であることを望みます。守りたいと思う人々を密かに支える存在でありたい。その為には、僕自身は光の当たらない存在である方が都合がいいので」 僕の目指しているものは、ある意味でラスリールの目指したものと全く正反対だと言えるかもしれませんね」 「解りました。もう言いますまい。ですが…私、いえ南部辺境に困難が訪れ、願った時には援けに来て下さいますか?」 「…アリアズナ姫」 流陰はいつの間にか戻り側に寄りそう瑠々那を見やり、強い決意と共に告げる。 「僕は『陰』です。ですが『陰』は必ず光と共に有ります」 アリアズナはその言葉にもう一度、流陰と戻って来たヘスティアの前に立ち美しくお辞儀をする。 「優しい陰、そして南部辺境の友に心からの敬意と感謝を捧げます。この地は常に受けた恩義を決して忘れません」 南部辺境伯もくれた心からの感謝と共に… ●過去からの伝言 南部辺境開拓地。イテユルム。 1年前までほとんど何も無かったこの地には気が付けば家や建物がだいぶ増えていた。 「だいぶ町らしくなってきたね〜。あ、リューリャさんだ。お〜い!」 大きく空から手を振ったリィムナ・ピサレット(ib5201)は滑空艇・改弐式マッキSIを滑らせると町の中央広場に舞い降りる。 数名の男性とリューリャ・ドラッケン(ia8037)がそれに気づき、ようと手を上げた。 「ご苦労さん。街道の様子はどうだった? 俺達が来る時もできる限り出くわしたハグレアヤカシは退治して来たけどな」 「うん、もうそんなにいないと思う。あたしも見かけたのは片づけて来たしね」 「本当に色々お気遣い頂き、ありがとうございます」 申し訳なさそうに頭を下げる開拓民の代表に 「気にしなくていいよ〜。皆は何にも悪くないんだから」 リィムナは軽く手を横に振って見せる。 それにリューリャも頷き手元のメモに書きこみながら続ける。 「被害に関してはあまり無いようだが、一応チェックはしておこう。 今後に必要なものがあれば一緒に損害として纏めて計上しておけばいい」 「それはありがたいですが…よろしいのでしょうか?」 心配そうに問う開拓地の代表エリクに比べリューリャは平然とした顔だ。 「それこそ気にする必要は無い。この際、一緒にあいつに支払わせておけ。 この一戦、南部貴族の確執が生んだようなものだしな? 迷惑料としてもね」 イテユルムは順調に開拓が進んでいる。 実際、辺境伯の眼の届きにくい場所で誠実に頑張っている彼らにこれくらいの報酬はあってしかるべきだと思っていた。 「そう言えば、今、時間はあるか?」 リューリャに問われてリィムナは小さく瞬きしながらもうん、と答える。 「これからアハティの本体が封じられていた遺跡を調べに行く。すでに星芒(ib9755)達が行っている筈なんだ。 アヤカシなどはいないようだが、一緒に行かないか?」 念の為、と戦狼RE:MEMBERのアーマーケースを手に問うリューリャの誘いに 「うん、行く」 リィムナは笑顔で頷いた。 入口で主を待つ鋼竜、錘旋に声をかけて二人はその遺跡の奥へと進んだ。 奥と言っても以前水晶玉を見つけた遺跡程の広さはここには無い。 少し行くと星芒の明るい声を見つけることができた。 「あ、やっほー。待ってたよ」 リューリャが星芒達と言った通り、星芒の周囲には数名の調査員がいる。彼女が伝手を使って呼んだ帝国の調査組織『イッチー』から派遣された者達だ。 「時代は帝国の創成期かその少し前、帝国が建国される前にあった小国家のものと思われます」 「帝国の、だったらゆかりのお姫様ってことで観光名所にできるかな、と思ったんだけどね。ここにお姫様の人形とか置いて、ね…」 調査員の一人の言葉に星芒は少し残念そうに棺に手をかけた。 空になったそこにはもう微かな砂のようなものがあるだけで何も残っていない…。 そう誰もが思ったその時だ。 「! 星芒さん! 後ろ!!」 リィムナが声を上げた。棺から影のようなものが浮かび上がったのだ。 「アヤカシ!?」 調査員達を背に庇い開拓者達は身構える。 しかし、影は敵意を見せる様子も無くふわりと漂い開拓者達の間をすり抜けて行った。 その時、開拓者達は幻を見た気がした。 …責任の重圧に耐えていた女王と言う名の一人の少女。 民の事を誰よりも思い、間違っていると気付きながらもアヤカシに縋り、捕え囚われた彼女とアハティの記憶が見えたように思えたのだ。 悲しみ、後悔…そして…自分達を止め解放してくれた者への感謝。 それはまるで夢の様に開拓者の間を通り過ぎ、消えて行った。 「あれ…なんでだろ」 星芒はそっと目元をぬぐう。知らず、涙が零れていた。 「ラウヒ・アハティ。 人の心に巣食い、唆し、己の領域を広げる。 だが巣食う場所が人の心であるが故に、時に心に歪められ弱められる強くて脆きもの」 どこか歌う様にリューリャは呟く。 「王よ。かつての王よ。そして女王よ。 貴方はもしかして「アハティ」を救いたかったのか? かつて古代人の世界においてアヤカシは作られたものだった。 アハティは貴方に近しいものだったのか?」 答えの帰らない問いはそれぞれの思いと影と共に、暗い墓室に染み込み消えて行った…。 ●ラスカーニアの祈り 南部辺境、ラスカーニア領主館。 マックス・ボードマン(ib5426)は相棒のからくりレディ・アンと共に応接室で館の主を待っていた。 あっさりと入館が許されたことと賓客としての扱いにどこか拍子抜けするような思いを感じつつ茶を啜る。 南部辺境伯から預かった身分証明の出番はどうやらこの館では無いようだ。 「お待たせしました。そして…今回は本当にありがとうございました」 程なくやってきた領主ユリアスにマックスは立ち上がり微笑んで見せる。 「元気そう…でもないが…頑張っているようだね」 「マックス…さん」 目の前に立つユリアスの姿は男性のものだったが、マックスの前でその表情も仕草も既に「ユリアス」ではなかった。 一人の娘ユリアナ。いや、ユーリに戻った彼女はマックスの名を噛みしめるように呼ぶ。 「今日は辺境伯の名代として調査に寄らせて貰ったよ。なかなかに頑張っているようじゃないか。 素晴らしく復興している。乱の被害も最小限に押さえられているようだね」 マックスの言葉は社交辞令では無く真実だった。 ユリアスの民の側に立った統治は民の支持を受けるに十分値するものであったのだから。 「神教徒達の生き残りもがんばっているようだ。いずれ新開拓地に向かうにしても前向きに生きる気になったのは誇って良いと思うね」 「…ありがとうございます」 「必要な物資などがあれば言うと良い。お人よしの辺境伯が支援して下さるそうだ。何、こちらの懐が痛む訳でも無い。 ここは甘えておいてもいいと思うよ」 と、そこまで言ってマックスは机の上に書類を置いた。 「さて表向きの話しはこのぐらいにしてだ、体の調子は? 何かおかしなことは無いかね?」 「…はい。大丈夫です」 「それは良かった」 俯くユーリの細い肩にそっと手を触れる。 「伯には大きな借りを作ってしまったな、こいつは事実だ。 しかも本人はこれっぽっちも恨んじゃいない。 臣下の道とはそういうもんらしい、私にゃ分からんがね」 肩を竦めるように笑うとマックスはユーリを見つめた。 「で、これからどうするね? 借りは返さなくてなるまいさ、それにここでしか生きていけない連中もいる。 お前さんの事を待ってる人間は、こっちにいそうな気がするよ」 マックスの言葉は、思いは本当に優しくユーリを包み込む。 『あの時』、命がけで呼びかけ闇から救い上げてくれた時と同じように。 「…マックス…さん」 ユーリは震える声でマックスを見つめる。 「私は、年が明ける前に皇帝陛下と面会することになっています」 そして、静かに告げた。 「罪人である私に皇帝陛下の御裁可がどう下るか…。娘と認めて下さることは多分ないでしょうけど、私は別に貴族の地位が欲しかったわけも、ましてや皇女になりたかったわけでもありません。 操られて…よく解りました。私は「私」を認めて欲しかった。この国に…皇帝陛下、いえ、誰かに…。それが始まり。ラスリール卿と変わりない我侭。アルベルトさんと並び立つ資格なんて…」 頬に雫が流れる。 「アヤカシに操られると言う事態を引き起こした私です。 もしや死を賜る事もあるかもしれませんが、許されるのなら、マックスさんの言うとおり責任を果たさなければならないと思います。 その時、貴方も…こっちに来て下さることは…できませんか? それはアルベルトさんへの裏切りかも…とも思うのですが」 悩み、苦しみ…それでも責任を果たし前を向こうとするユーリの気持ちがマックスにも伝わってくる。 「失礼な事を言っていると、承知しています…。貴方の生き方を否定する事かもしれません。だから断って下さっても構いません。でも…できるなら…」 ユーリはマックスに跪いた。 祈るように、願う様に…。 ●フェルアナの希望 「わあ、戦場ね〜」 南部辺境フェルアナの領主館。 入ってすぐの広間は、まさしく戦場だった。 人が集まり、物資が積み重なり、書類が散乱する。 思わず零れたフレイ(ia6688)の声に気付いたのだろうか。 「あ、来てたのね。ちょっと待って…ほら、ここ。同じ申請書類が二枚ある。 必要な物を必要なだけ。過剰物資も労力を余計に使うから復興の妨げになるわ」 「本当だ。すみません」 「後、書式は統一しなさい。後で大事な資料になるのよ」 「はい」 その中央にいたユリア・ヴァル(ia9996)は周囲にいくつかの指示を出し、横にいた相棒、からくりシンに何かを告げると仕事の手を止め近づいて来た。 「お疲れ様。でも思ったほど酷くないじゃない? 壊れたところも随分片付いてたし」 「まあ、ね。こういう時は何もすることがないのが一番辛いのよ。だから、やることが有った方がいいの。仕事とか炊き出しとかね」 町に来て混乱と焦燥に沈んでいた人々を見た時、ユリアはまず彼らに仕事を与えたのだ。 「これから厳しいジルベリアの冬だ。雪に沈む前にやらなければならないことがたくさんあるからな」 「ニクス(ib0444)。お疲れ様。どうだった?」 書類を片手に入って来た夫を妻はにこやかに笑って迎え入れる。 「食料は届きつつある。衣類などもだ。だが、建物の修復の為の木材などが不足気味だ。完全修復は春と割り切って、とりあえずの応急処置は急いだ方がいいかもな。周囲のアヤカシはリィムナが来たときに大凡片付けたからとりあえずは大丈夫そうだ」 「ありがと」 「流石ね。二人ともいい為政官になれるんじゃないの?」 心からの賛辞を告げるフレイに、だがユリアは肩を竦めて見せた。 「私は自由気ままな開拓者が気に入ってるから縛られるのはパス。でもここは心配だから落ち着くまでは纏め役くらいやってもいいかな、って思ってるの。あ、そうだ」 ユリアはそう言うと傍らに置いてあったハープを手に取り立ち上がる。 「子供達に歌を歌ってあげる約束をしているの。…あの子を連れて来て貰えないかしら? ニクス、シン、ここは暫くお願いね」 「解ったわ」「解った」 三人は2階をそっと見上げ頷きあうのだった。 柔らかく優しいハープの音がフェルアナの広場に響き渡る。 ニクスの相棒アンネローゼやフレイのゼファーに甘えるようにじゃれていた子供達は勿論、大人達もその調べに聞き入っているようだ。 そんな静かな時の中 「…ごめんね。カリーナ。救えなくて…」 フレイは横に座るラスリールの侍女カリーナにそう声をかけた。 「…いいえ。ご主人様は…救いなどきっと望んではいなかったんです」 「そう…ね。それでもごめんね。貴女は彼を救いたかった筈だから…」 アヤカシに心と身体、領民さえも売り渡した大罪人とラスリールは語られることになる。 それでも…彼を彼女は愛していたのだろうから。 「ねえ、私と来ない?」 フレイはそうカリーナに問いかけた。目を瞬かせるカリーナは 「私達の事、恨んでる?」 「いいえ」 その問いには直ぐに首を横に振った。 『怨むなら俺を恨んでおけ。殺したのは俺だから。それで救われるのなら…』 ヘスティアはそう言って行ったし 『ラスリールとは今回は状況上敵対したけど、別に嫌いって訳じゃないわよ 自分の好きなように生きて、その結果、あの道を選んだ。 悔いはないと思うわ。 彼は多くの過ちと悲しみを作り出したけれど、優しい所もあったんでしょう? 全てを否定する必要はない。優しい彼だけ覚えていれば良いわ』 目の前で竪琴を奏でるユリアは優しい調べの様に彼女を抱きしめ、そう言ってくれた。 カリーナの中には開拓者を恨む気持ちは不思議なほどに無かったのだ。 「私はグレイスを補佐して、引いてはこの南方の為に動いていく事になると思う。 その時、カリーナが手伝ってくれるなら、私は…嬉しい」 自分に向けて差し伸べられた真っ直ぐな手と笑顔。 それはかつて彼女が求め続けラスリールだけが与えてくれたもの。 「ありがとうございます」 もう二度と自分に届かないと思っていたそれにカリーナはそっと手を伸ばした。 何をすべきか。そう迷う芦屋 璃凛(ia0303)に相棒遠雷は問う。 『それで、どうしたいんだ?』 「良く…解らへん」 『単純に考えても良いだろう? 本当は、どう言われようが自分らしく、やり遂げたって胸を張りたいんやろ』 「やりたいことはある…。でもそれがすべきことなのか…」 『できるできないではなく、やるかやらないか。マスターは、つまらん生き方したいんか? したいことを迷わずすればいい』 「開拓に関わって民と一日の仕事を共に終えて、笑顔で労をねぎらえるそんなことがしたい」 『ならば、行く場所とやることは決まっているだろう?』 頷き、璃凛は歩き出す。自分の行くべき場所へと。 ●南部辺境の友 結局、南部辺境に士官をすると表明した者はいなかった。 星芒のように宗教上の理由という者もいるが 「あたしの力は開拓者の中でも突出してる。 あたしが特定の国や領主に仕えた場合。 それだけで周辺の国や領主を脅かしかねない。 南部辺境に留まればグレイスさんが痛くもない腹を探られる可能性があると思うんだ」 リィムナの言葉を聞いた時には自分の見込みの甘さを思い知らされもした。 「辺境伯の事は友人だと思っているし、協力するのは吝かではないが、縛られるつもりもない。 俺のいる場所は彼女の隣以外には無いし、彼女は途方もなく気ままだからな」 そう、開拓者の翼を縛ることはできない。彼等は自由なのだ。 「大丈夫! 何かあったらすぐ呼んで! 駆けつけるから♪」 「開拓者としてなら、統治には是非協力させて欲しい」 客分として力を貸すと言ってくれた者も多い。 彼らは大切な辺境の友であり光。 そして… 「グレイス。そうね。ちゃんと言葉にしないと、ね」 あの真紅の光が心を照らす。 「愛しています。グレイス。私の全てを貴方に。 受け取って、くれるわよね?」 友と、愛する人の導きがあればどんな険しい道でも乗り越えていけると再確認したのだ。 「私も覚悟を決める時、ですね」 彼は一通の書状を見つめる。 それは皇帝からの日時を記した召喚状であった。 |