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■オープニング本文 ●故郷 少女はぎゅっと目を閉じた。 かつて牢の中で閉じ込められていた時とは違う、軟禁状態でありながらも客として丁重な扱いを受ける部屋の中で彼女は、開拓者から聞いた話を何度も思い出しては考えていた。 『真実を、聞く勇気はある?』 そう告げた赤い髪の女性は燃える様な瞳でそう問うてきた。 考え、悩んだ末に頷いた少女であったが、正直、聞かなければよかったと思ったのだ。 『貴方の主人、ラスリールはアヤカシと手を組んで南部辺境に害を為そうとしているの』 『貴方はアヤカシの憑代として利用されていたの…、私達はおそらく彼と戦い、倒すことになるわ』 嘘だ、と否定できればどんなに良かったろう。 しかし、それが真実であることを、もう少女も心の底では理解していた。 自分に生まれて初めて優しくしてくれた主人。 けれど、思えばいつも彼は違う何かを見ていた。 遠い、彼女には理解できない何かを…。 それでも、愛しい主人と、 『貴女の純真さはとても好ましくて輝いて見えた。本当よ。ね、私と友達になってくれない? 私は本気よ』 そう言って、手を握り寄り添ってくれた女開拓者の手のぬくもり。 「私は、どうすればいいの?」 俯き手を握りしめる少女の耳に、ふと館の外が慌ただしく動く音が聞こえた。 そして 「大変だ! フェルアナが!!」 そんな故郷の名を呼ぶ声も。 思わず壁に耳を付け、欹てた少女はそこで聞こえた言葉に驚愕し、扉を大きく叩いた。 「お願いです。誰か…開拓者の方を呼んで下さい」 と。大きな声を上げて…。 ●決戦 首魁との決戦 「南部辺境に現在、集まったアヤカシの数は2000を超えています。 今まで南部辺境に潜んでいた野良のアヤカの殆どが集まったと見ても過言ではないかもしれません。 その殆どはケルニクス山脈沿いに展開し、地図で見るなら南部辺境の頭上をまるでカーテンの様に覆い、襲撃を開始しているのです」 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスはそう告げると、差し出した地図に解っている限りのアヤカシの情報を開拓者とギルド係員の前で書き込んだ。 「海沿いの平地、ラスカーニア近辺には主に吸血鬼系のアヤカシが多いようです。 これはラスカーニアに潜んで人々を人質にとっていたアヤカシが開拓者と南部辺境兵の合同作戦によりほぼ除去された結果と思われます。 その東、小ケルニクス山脈の先端に近い森には獣系アヤカシが集結しています。 怪狼、剣狼の群れ。それを指揮する大型の狼の姿も確認されました。鼠や鎌鼬などもいるかもしれません。 空には、人面鳥、鬼面鳥、グリフォンやジルベリアではあまり見かけない、真紅の巨大な鳥が鳥アヤカシ達を纏める様に飛んでいたという報告もありました。 そして、クラフカウ城近辺、新開拓地イデユルムに向かう森街道には鬼系のアヤカシが壁を作っています。 ゴブリン、コボルト、オーガ、オーク。サイクロプスやミノタウルスらが近付こうとする存在を打ち砕かんとするのです。…そして」 深呼吸するように言葉を止めてグレイスは辺境地図でいうなら、一番下。 ネムナス河の最河口を指で指し示す。 「ここにある小さな村、南部辺境フェルアナは今、恐ろしい状況になっています。 周囲に吸血鬼系と獣系のアヤカシが集まっていることもあるのですが、それ以上に村の住民の半数以上、ほぼ成人男子だそうですが…が武器を持ち、虚ろな目で村を彷徨い、訪れる者を襲撃するのだそうです。 おそらく、憑依か、アヤカシの魅了によって操られているのではないかと思われます。 そして、村の領主であるラスリールは現在、出撃の準備をしていると。 密かに集めていたのであろう武器弾薬を同じように目が虚ろな傭兵などに持たせている様子は、明らかな叛乱の様相を経ています。 不思議な事に、村の守りを固めるだけで、まだ外には出てこないのですが…」 グレイスはそう説明すると開拓者達の方を見た。 「南部辺境には現在、ラウヒ・アハティと呼ばれる古の封印されたアヤカシが解放されています。 そのアヤカシは人の心を支配し、操る強力な力を持っているようです。 そして、その本体は実体のない憑依体のアヤカシ。 指輪という媒介に縛られてはいますが、それ故に指輪を完全に破壊しない限りは滅ぼすことができない存在なのです」 これは、そのアハティに一時支配されかけた女性からの情報であった。 またグレイス自身も、一時アハティの影響を受けた。僅かではあるが残り香のような知識が残っている。 「指輪は分割することができ、分けることで本体の力は大きく削がれますが、いわば予備を作ることができて一つが破壊されてもそちらに逃げることができるようなのです。 先にアハティと対決する場があり、開拓者の活躍によって一番本体に近かった指輪を破壊することができました。 …怒りと共に逃げ帰ったアハティはおそらく、現在完全体となって我々を待ち受けているのだと思います。 領主ラスリール卿と同化して…」 そこまで言ってグレイスは開拓者達を見た。 「現在、南部辺境を襲うこの脅威に対し、我々は皆さんに二つの協力を要請します。 一つはアヤカシ軍に向かって積極的な攻撃を仕掛ける南部辺境軍と共に戦って下さる方。 目的は主に陽動とアヤカシ軍の殲滅にあります。 指揮を執る首魁であるアヤカシが近くにいないせいか、アヤカシ軍は現在、軍としての統率は失われており、それぞれの部隊が独自に南下を目指しています。 近隣の村などを襲いながら本隊との合流を目指していくのでしょう。 放置しておけば南部辺境を喰らい尽くしかねないこの大軍をとにかく殲滅させる為に攻撃を仕掛けるのです。 この軍には私も同行します」 そして、と、グレイスは続ける。 「もう一つは、首魁ラウヒ・アハティの討伐を目指して下さる方です。 精鋭で密かにラスカーニアに向かい、その最奥にいるであろうアハティを退治して頂きたいと願います。 先の戦闘の時点で、アハティの指輪の分体は全て消え残っていたのは協力者であるフェルアナ領主、ラスリール卿の所持していた一個だけでした。 そして、アハティが求めていた最高の憑代は開拓者によって処分されています。 後が無くなったアハティはかなりの確率で全ての力を持って自分の野望を壊した開拓者を倒そうとするのではないかと推察されます。 危険ではありますが、アハティがまた分体を作り暗躍などされると完全殲滅は難しくなるでしょう。 今が最後のチャンスなのです。どうか、力をお貸し下さい」 同じ頃、少女カリーナは南部辺境代行の前で膝をつき訴えていた。 「どうか、私もフェルアナに連れて行って下さい。 故郷がアヤカシに支配されていると聞きました。 家族が、友が…ご主人が心配なんです。 案内もしますから、どうか…お願いします」 南部辺境の命運を決める決戦が、今、正に始まる。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
星芒(ib9755)
17歳・女・武
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●それぞれの決戦 戦況は既に楽観できるものではなくなっていた。 「私は軍を率いてラスカーニアに向かいます。一番厳しい戦いを皆さんに押し付けることをお許し下さい」 未だかつてないアヤカシ軍の総攻撃。 南部辺境の命運は、僻地フェルアナに潜む首魁アヤカシ ラウヒ・アハティに挑む彼らにかかっている。 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスはそう知るからこそ集う開拓者達に深く頭を下げた。 「押し付けられた訳では無い。ここにいる皆がそれぞれの意思でここにいるのだと思う」 静かに告げる宮坂 玄人(ib9942)の言葉に有る者は笑い、ある者は頷き、ある者は軽く肩を竦め…それぞれの思いを示す。 「そうね。もう、終わりにしましょう。 大丈夫、必ずアハティ、それにラスリールとの決着をつけてくるから」 フレイ(ia6688)の笑顔にグレイスはもう一度、騎士の礼でお辞儀をする。 伝えるべき言葉はたった一つだ。 「どうぞ、よろしくお願いします」 辺境伯と視線を合わせた龍牙・流陰(ia0556)は頷き、立ち上がった。 「…では、行きましょうか」 仲間達と共に死地へと…。 南部辺境フェルアナ。 ネムナス河の河口にほど近いここは決して大きな街では無いが染色や河の豊富な水を利用した産業が発展した豊かな土地であった。 しかし…今、フェルアナはその活気を完全に失っている。 外を出歩く女子供は誰一人無く、武器を持った虚ろな目の男達がうろつく様子は異様と言う以外にない。 「…こんなことって…」 変わり果てた故郷の様子に少女カリーナは肩を落としていた。 「言った筈よ。街は凄惨な状態だ。でも貴女を構っては居られない。 覚悟はいい? ってね」 ユリア・ヴァル(ia9996)の言葉は静かで、甘えを許さない。 目の前に突き付けられた現実に少女が叩きのめされていても、だ。 「カリーナ…」 気遣う様なフレイを手で制してヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は少女を見つめた。 「情報は教えて貰ったし、ここに残っても構わない。 だが、一つ言っておく。…カリーナ、死ぬのは勝手だ、だがな…生かされた命であることは理解しろよ? 切り捨てられたのかそれともとな…。それを確かめる為に一緒に来たんじゃなかったのか?」 「私は…」 「覚えている? カリーナ」 フレイはそっと問いかける。 「貴女は私が最初にラスリールを討つ事になるかもしれないけれど覚悟はあるか、と聞いた時、あると答えたわ。 やるべき事を解っていると思ったから、私は貴女を戦友として認めると決めたの。だから、共に来るならできる限り守るわ…。どうする?」 揺るぎなく強い女戦士達を見つめ少女は、顔をまっすぐに上げる。 「行きます。どうしても私はもう一度ラスリール様にお会いしないといけないんです」 「そう、だよね」 そんなカリーナの頭を星芒(ib9755)は、そっと、優しく撫でた。 「ラスリールは、ずっと前から素晴しいご主人様だったんだよね? それならフェルアナの人たちと一緒に、アハティから取り返さないと♪」 「はい!」 「話の方はいい? そろそろ、あっちが動き出す時間だよ?」 リィムナ・ピサレット(ib5201)の言葉に開拓者達は動き始める。 「ま、依頼されたのはアハティの消滅で、ラスリールへの私刑じゃないし♪」 小さく呟く星芒。独り言の気分であったがそれを聞きつけたのだろう。 「ラスリールの捕縛を狙う事を止めはしないが、それを考慮して加減することはできないと解っているかね?」 マックス・ボードマン(ib5426)は銃の確認をしながら冷たく言い放つ。 「そもそもアヤカシに憑依された者が生存できた例は殆ど無い。 仮に生存したとしても最終的にはヴァイツァウのように死刑あるのみだよ」 「それは解ってるけど、ラスリールにはちゃんと罪の裁きを受けて欲しいなって思う。 勿論、手加減とかはするつもりはないし、皆の邪魔はしないから」 「罪の裁き…か」 星芒の言葉に頷きはせず、今度はマックスが独り言のように言う。 「事ここに至ってなお、総ては奴…ラスリールの思い通りに進んでいる気がしてならんね。 アハティが力を取り戻そうがしまいが、どちらに転んでも辺境に混乱がもたらされ続けるのは確定だ。 共倒れさえしなければアハティは消滅しないのだからな」 「ラスリールの狙いって、何? ただ辺境を乱す事?」 その時、空気が動いた。フェルアナの中心方向で騒ぎが起こり始める。 陽動を引き受けてくれた開拓者と南部辺境軍。 そして竜哉(ia8037)が動き出したのだろう。 答えの出ない問いをこれ以上している余裕はない。 彼女らは武器を握り締めた。 「カリーナ」 「…解りました。こちらです」 背筋を伸ばし、走り出すカリーナを決意と共に開拓者は追いかけた。 ●血の玉座 ドン! 「RE:MEMBER 力負けするなよ。叩き潰せ」 アーマー「戦狼」に竜哉は強い意思でそう命じた。 目の前で組み合うのは重装備の犬頭鬼が数匹。 人間の傭兵達の影に隠れていた鬼達だ。 竜哉はこちらに来て正解だったと思う。 陽動部隊の協力者や南部辺境軍は、操られている一般人や兵士達の保護や、それらを操るアヤカシの退治で精一杯。 もし、こんな奴らが何匹も館に潜入した仲間の後を追って行ったらと思うとぞっとする。 「アヤカシには容赦しない…行け!」 主の意思に応えるようにアーマーは防御姿勢の犬頭鬼を弾き飛ばした。 「こんな奴らにいつまでも構ってはいられないしな」 竜哉の視線は既に眼前の敵には無い。 最奥の領主館と、その先にいる敵を見つめていた。 その頃、館に潜入した開拓者達は不気味なほど静かな館の様子に戸惑っていた。 「誰も…いない?」 周囲を見回すニクス(ib0444)の言葉に芦屋 璃凛(ia0303)は目を閉じる。 建物内に放った言霊で建物内を調べているのだ。 「……やっぱり、廊下とかには殆ど誰もおらへん。部屋の中とかは解らんけど……」 「ホントね…誰の気配も見えないわ」 ムスイシュタルを発動させたユリアも頷く。 流陰がぐっと手を握り締めた。 「芦屋さん。部屋の前に見張りとかがいる場所は無いですか?」 「ちょっと待って…、あ、二階の真ん中の部屋の前におる」 「二階の真ん中…確かそこは領主の執務室ですね」 「カリーナの情報とも一致するわ。謁見室も兼ねていてこの館全体でもかなり広い部屋だと」 「相手はラスリール卿です。ならば、ご招待は承りましょう」 ユリアの言葉に頷いて流陰は背後で心配そうな表情を浮かべる人妖に声をかけた。 「瑠々那。僕達はとにかく前を見て進みます。援護を頼みますよ」 『解った…。でも、無理はしちゃダメだよ』 答える代わりに流陰は小さく微笑んで走り出す。開拓者全員が後に続いた。 「桜姫も瑠々那さんと一緒に、皆を…守って」 『最後まで参ります。ご武運を!』 「遠雷、後ろ、頼んだで」 「ああ!」 「シックザール。もし、外からの追撃が来たら教えてくれ」 門に残した空龍も大きく翼を広げていた。 やがて廊下の向こうに人影が見えた。 「レディ。右側の奴を頼む」 『お任せを』 左右の死角からの殴打で一瞬で意識を刈り取られた見張りは床に崩れ倒れる。 彼らを縛り上げ開拓者達は扉を開いた。 「遅かったですね。お待ちしていましたよ…」 膝を折る人間達を前に従え、玉座に座る王のようにそれは開拓者達を出迎える。 「うっ…」 室内の様子に開拓者達は息を呑み込んだ。 部屋中に満ちる吐き気のする程濃い瘴気、だけが理由では無い。 あちらこちらに見える折れ曲がって動かない人だった者の身体。 赤い絨毯のように広がるのは紛れもなく人の血。 正しくそこは「アヤカシの巣」であったからだ。 そこに座す男がにこやかに笑って見せた。 「我が王宮へようこそ。今はまだ粗末な館ですが、ここから私はやがて全てを手に入れるのです」 「血に塗れた王国…ラスリール…あなたの欲しかったものはそんなものだったのか?」 血を吐く様な苦しげな眼差しでニクスはそう問いかける。 目の前にいるモノは「ラスリール」ではない。 そんなことは解っている。けれど、それでも言わずにはいられなかったのだ。 「俺たちの前に巨大な壁として立ちふさがったあなたが…その発端はどうであれ志体を否定してきた貴方にしては無様な最後だな」 どこか彼の有り様に尊敬さえ持っていた。ニクスの思いを「それ」は鼻で笑う。 「志体のあるなしなど真の力の前ではそう意味はありませんよ。私の望みは全ての支配。そして、この歴史に名を遺す。ラスリール。いえ、アヤカシの王 アハティの名を永遠に人々の心に忘れられない存在として…」 「…それは、本当に貴方の望みなのですか?」 「それこそが、我が望み…」 「なら、他に言う事はありませんね」 流陰は剣をとった。開拓者達の臨戦態勢に「ラスリール」も指を鳴らす。 指には肉と完全に溶け合ったあの指輪。 そして彼の背後には明らかに人ではない存在、吸血鬼や白冷鬼などが支配者を守るように立っている。 また共に虚ろな目をした十数名の「人間」も立ち上がった。 「執念深いというか、臆病で姑息というか…なんにしろ、終わりよ!」 「いよいよ決戦! 行くよ。サジ太!」 先に踏み込んだのはどちらであったか。 とにかく、その瞬間、最後の決戦が始まったのだった。 ●願いの果て 開拓者とアヤカシ達との戦闘は、当初、アヤカシ側が圧倒的優勢であった。 「アハティ」は椅子に座したまま余裕の様子で動かない。 攻撃を仕掛けてくるのは二体の取り巻きアヤカシと複数の雑魚アヤカシ。そして明らかに操られた一般人達。 「こいつら!!」 リィムナは取り巻きの一匹を蔑むように見た。 アヤカシに正々堂々の戦いなど期待しても無理だ。解っている。 アヤカシ達は一般人を文字通り盾として遠慮のない攻撃を仕掛けてきた。 時に突撃させ、時に剣を背後から突き付けて。 一度リィムナの先制 黄泉より這い出る者はアヤカシの一体を大きく傷つける。 だが、同時にのたうつアヤカシの剣は盾にされた人をも傷つけたのだ。 まずは人質とも言える一般人とアヤカシを引き離さねば! 「少し、落ち着け!!」 相棒サジタリオと同化したリィムナの鷹睨がその攻撃を鈍らせるが、上級アヤカシの支配力は思う以上に強い。 安らぎの子守唄の効果も今一つ乗ってくれないのだ。 必要であれば仕方ないと頭で解っていても、一般人を邪魔と両断するのを躊躇わずにはいられない開拓者達は防御に手を取られ、攻撃の手が遅れてしまう。 「流石、なんては絶対に言わないけどね!」 一歩下がり天使の影絵踏みを紡ぎながらリィムナは敵の狡猾さを噛みしめていた。 けれどそんな状況は 「遅くなった! 行くぜ。フレイ! 星芒!」 使用人の通路。アヤカシ達の死角から現れた伏兵の存在で一転する。 「ウィスプ! 敵を牽制して、皆の援護!」 「七無禍も南瓜ワルツ!」 フレイは咆哮と猿叫で敵を背後から引き付け、人々を盾にしていたアヤカシ達の無防備な懐に飛び込んで行く。 相手が人間だけならば、ここにいるのは全員が歴戦の開拓者達。操られている彼らの意識を飛ばすなど難しい事では無い。 ユリアの槍に、流陰の剣気に動きを止められた人間達は次々と無力化されていった。 やがてフレイが一騎うちの末吸血鬼を両断し、隙をついた玄人の相棒銃がリィムナの黄泉より這い出る者で動きを止めた白冷鬼、その眉間を射抜いた時には、身を護る雑魚アヤカシも人も支配者「アハティ」にはいなくなっていた。 「貰ったぜ! ラスリール!!」 ヘスティアが無防備になった「アハティ」の懐に飛び込んだ、まさにその瞬間、同時であった。 「愚か者!!」 「ぎゃあああ!!」 ヘスティアが悲鳴を上げたのと、ラスリールが剣を振るったのと、部屋全体が金の光に包まれたのは。 場にいた全員が避ける間もなく雷撃の直撃を受け、ある者は膝をつき、ある者は倒れた。 「…大丈夫?」 呼吸もできないようなヘスティアに人妖達が自らも傷つきながらも必死に治癒をかける。 「本来の力を取り戻した私を、誰が倒せるものか!」 その時、一人の少女が彼の前に立ちあがった。 「…カリーナ…」 ヘスティアのD・Dとユリアのシン。 二人のからくりに守られ唯一この場で無傷の少女カリーナであった。 「ご主人様」 カリーナは明らかに容貌の変わった主を、変わらぬ様に呼ぶ。 「どうか…お止め下さい。そして…元の優しいご主人様に、戻って…」 祈るように手を合わせるカリーナは、だが一瞬の後 「キャアア!」 弾き飛ばされた。 二体のからくりが再び守らなければ死んでいたかもしれない程の強い衝撃で壁に叩きつけられたカリーナは意識を失う。 その頭上に高笑いのような声が響いた。 「元の無力な人間に、誰が戻りたいものか!」 それはアハティの言葉であったろう。 けれど同時にラスリールの本心にも彼らには思えた。 「そんなにこの国を壊したかったのですか? そんなに志体持ちが憎かったのですか?」 傷ついた身体を起こしながら流陰はラスリールを見つめる。 「あなたが道を誤らなければ……あなたにだって、誰かを笑顔にできたかもしれないのに! ティアラさんだってきっと本当は…父親に結婚を祝福して欲しかったはず、兄に息子を抱き上げて欲しかったはず。家族みんな一緒に、笑顔でいられることを…望んでいたはずなのに…」 それは南部辺境を守り続けていた優しい「影」の魂からの思い。 それを「ラスリール」は 「当たり前の幸せなど…私は欲しくない!」 一蹴した。 「生まれついた時から主役と脇役とに定められ、どんなに努力しても埋められない差を突きつけられる。この世は皇帝が支配するまでもなく不平等なのだ。 私はそんな世界で名も無いただ一人として埋もれて死ぬのは嫌だ! 私は私としてその存在を世界に知らしめてやると決めた。命を懸けても。 そうでなければ…私もいつか愚かな妹の様に埋もれ消えることを…受け入れてしまう」 「そこが…お前の間違いだ。アハティ、いや、ラスリール」 竜哉は憐れむような目で「ラスリール」を見た。 「志体だの何だのと持て囃されてはいるけどな。誰も彼も「唯の人」さ。俗物で「英雄」じゃない。志体持ちだから歴史に名を刻める訳じゃない。 そいつの志が、行動が、意思が、世界を変えるんだ。 もう唯の能力だけで恐れを撒ける時代は過ぎ去った。 人間は恐怖に対策を作り上げ乗越える生き物だ。 今は出来なくても、未来へ、子へ孫へ継いで行く事で強くなる。 それを否定するお前は、だから今、ここで敗れる…」 「愚かでも…無力でも、今、為すべきことを為す…。それだけや」 「己の驕りの為に庇護すべき領民を尽く犠牲にした。 志体の有無ではなく、領主として負けよ。貴方を貶めたのは、貴方自身に他ならない」 「貴方の為に戦う者はもういない…。その意味を、貴方なら解るだろう…」 璃凛、ユリア、ニクス…倒れた開拓者達は全員が力と思いを振り絞り、立ち上がる。 その意思と志を示すかのように…。 満身創痍の開拓者達を前に、無傷である筈の「アハティ」が怯んだような様子を見せた。 「何故、お前達は…? かつての人間達もそうだった。何故、立ち上がるのだ」 「それが、解らないから貴方は負けるのよ!」 剣を握るフレイ。愛する人のぬくもりが彼女を今も抱きしめ力を与えている。 「私が…負ける筈など無い! 私は…この国を、全てを手に入れる!!」 「たかが上級アヤカシの分際で! あんたみたいな世間知らずの骨董アヤカシは新しいジルベリアには要らないよっ!」 「黙れ!!」 リィムナと開拓者に二度目の雷撃が落ちる。しかし今度は直撃など誰も喰らわない。 「凌駕紋章『拒絶の契約』!!」 ニクスの奥義が彼らの意思を支え 「行けるな! 皆!」 アハティの前に立つ開拓者達は11人、誰一人として怯みはしない。 「死ね!!」 「行くぞ!!」 剣を構え、襲い掛かるアハティを開拓者達は全員で、全力で迎え撃った。 元より踏んできた場数が違う。 リィムナは大アヤカシさえ沈めた経験がある強者だ。 しかしその彼らさえ、認めざるを得ないほど「アハティ」いや「アハティとラスリール」は強敵であった。 全体攻撃の雷撃に加え、一瞬でも目を合わせれば強力な精神支配をかけられてしまう。 脳をかき回されるような混乱に何度足を止められただろう。 普通のアヤカシより数段強い支配力を持つ術に開拓者達が、魅了され操られずに済んだのは 「レディ!」 魅了に比較的強い相棒の助力、リィムナの奏でていた天使の影絵踏み、それにそれぞれの抵抗上昇の援けあればこそ。 援護を受け退き、回復し、また戻る。 「ダメだ! 指輪への攻撃は弾かれちゃう!」 悔しげに星芒が叫んだ。 ラスリールは人間とは思えない反応で剣を振い開拓者達の攻撃を獣のように躱している。 開拓者の幾人かは知っている。 ラスリールは騎士として低くない実力を持っていたと。 今、その技が人体の限界を無視した駆動によって開拓者を圧倒しているのだ。 リィムナが放つ黄泉より這い出る者も、彼の動きを止める事ができずたった一人に11人の開拓者が押されていた。だが。 「…それでも、時間の問題だな」 マックスは銃を構え呟く。 ラスリール自身は苦痛も痛みも感じないだろうが、肉体はあの無茶な駆動に長くは持つまい。 このまま待つか…。 そう思った時ニクスと視線を合わせたユリアの槍が紅のオーラを陽炎のように揺らめかせた。 『奥義、紅燐華』 強力な三連撃は弾かれるが、それは実は囮。その隙に飛び込んだのはニクスであった。 射程外からのフォルセティ・オフコルトを使用し0距離まで飛び込んで行く。 「これで、終わりだ!」 聖堂騎士剣の一撃を飛びのいて躱すラスリール。だがそこで彼の動きは封じられた。 足を射抜いたマックスの参式強弾撃。 璃凛とリィムナが重ねた黄泉より這い出る者は大アヤカシさえも屠る威力を持っている。 そして放たれた玄人の猫弓が剣を弾き飛ばした瞬間、 「柳生無明剣!」 流陰がラスリールの腕を、指輪ごと切り落とした。 『ぐあああっ!!』 身体を黒い煙が包み込む。 「選べラスリール! このままアヤカシに呑まれるか! 或いは唯の人としての意地を見せるか!」 光の剣を構えた竜哉の問いが聞こえたのか…一瞬「ラスリール」の動きが止まる。 だが次の瞬間、彼は黒い瘴気を纏ったまま、手に暗器の小刀を握り竜哉に突進してきたのだ。 「これが、私の意地だ!」 笑みを浮かべ迫るラスリールを 「…バカが!!」 竜哉は光の剣で両断した。 『ぐあああっ!』 瘴気の塊が再び悲鳴を上げ、完全にラスリールから離れた。 と、同時にヘスティアが 「たつにー!」 全力を込めた聖堂騎士剣でラスリールの首と命を切断する。 血が雨の様に…開拓者に降り注ぐ。 「…汚れ仕事は傭兵がってな」 『おのれおのれ、よくも! 許さん!!!』 黒い瘴気が怒気を孕んで膨れ上がる。 だが、怒りも既に開拓者の方が凌駕していた。 「許さないのは…こっちだよ!」 「今度こそ終わりよ、アハティ!」 星芒の掲げる錫杖の音とフレイの猿叫、そして開拓者の一斉攻撃に絶叫が重なった。 『ぐあああっ! 私は…私は、この国を…おおっ!!』 やがて古きアヤカシ ラウヒ・アハティは指輪と同化したラスリールの手と共に消失し、開拓者と物言わぬラスリールの首が遺された。 「さらばだ、ラウヒ・アハティ。 誰の心にも存在しうるアヤカシよ」 送る様に呟く竜哉。 「そして…さようなら、ラスリール」 まだ意識の戻らぬカリーナにフレイは、一粒の涙を落すと彼女を抱きあげ、立ち上がった。 「…帰りましょう。これ以上、ここに用は無いから」 一度だけ、ラスリールを無言で見下ろして…。 ●守護者の帰還 辺境伯の用意した物資でとりあえずの治療を施し、開拓者達はリーガへと帰還した。 そこにはアヤカシ軍を殲滅させた開拓者達と、南部辺境伯 グレイスが待っていた。 全てを理解したかのように、胸に手を当て深く首を垂れる辺境伯。 「南部の守護者達に心からの経緯と感謝を…。お帰りなさい」 その言葉に開拓者達は頷き、フレイはそのまま彼の胸にそっと頭を埋めた。 「アハティは、皆で無事倒したわ。…ただいま…グレイス」 一人の男の死と、一人の少女の思いを胸に、愛する者の腕の中、幸せそうに、そして、寂しげに微笑んで…。 こうして、一つの戦いが終わった。 全てが終わった訳ではない。 だが南部辺境を包み込もうとしていた闇は消えた。 今は、それだけで十分であった。 |