【南部】決戦 陽動&殲滅
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/20 19:44



■オープニング本文

●現実
 敵に捕らわれていたお姫様を救いだしました。
 めでたしめでたし。

 物語であればそれで済むのだろうが、残念ながら現実はそうはいかない。
「…私は、なんてことを…」
 敵の憑依から救出され、手当てを受け意識を取り戻したラスカーニア領主、ユリアス。
 いや、皇帝の庶子である皇女ユリアナは保護された馬車の中で、震えながらそう自分の肩を抱きしめた。
「私が、心弱かったせいで、たくさんの人が被害に…、アヤカシを集めてしまったのも私だなんて…」
 どうやら、操られていた間の記憶は少なからず残っているようだと付き添う女開拓者は推察する。
「一体どうしたら…」
 ぎゅっと目を閉じ、手を祈るように合わせ俯き、涙を流すユリアナを
「さあな。そんなことは知らない」
 彼女は突き放すようにそう言った。
 あまりにも厳しい物言いにうるんだ目でユリアナは顔を上げる。
「ただ、死に逃げるような事だけは止めるし、許さない。
 責任果たすまで生きろ。その後は勝手にすればいい」
 彼女の告げた言葉は鋭く、厳しく…しかし、真実であった。
「自覚しろ、自身の利用価値を。あんたには今、何ができる? ただ、泣いて悔いるだけか?」
 彼女の言葉を噛みしめるようにユリアナはぎゅっと唇を噛みしめると目を閉じた。
 瞼の下に彼女を励ますように二つの顔が浮かぶ。
「解りました。私は、自分の罪を償わなくてはいけませんね」
 ほお、と女開拓者は感心したように口角をあげる。
 目を開き、顔を上げた時、そこにはさっきまで怯え、泣いていた娘はいなかった。
「よし、いい返事だ。じゃあ、話せ。
 あんたが知る限りで構わない。南部辺境のアヤカシ軍、その規模と種類、そして配置をだ」
「はい」
 地図を広げた女開拓者の前で彼女は頷き、自らの知る限りを語ったのだった。

●決戦 陽動
「南部辺境に現在、集まったアヤカシの数は2000を超えています。
 今まで南部辺境に潜んでいた野良のアヤカの殆どが集まったと見ても過言ではないかもしれません。
 その殆どはケルニクス山脈沿いに展開し、地図で見るなら南部辺境の頭上をまるでカーテンの様に覆い、襲撃を開始しているのです」
 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスはそう告げると、差し出した地図に解っている限りのアヤカシの情報を開拓者とギルド係員の前で書き込んだ。
「海沿いの平地、ラスカーニア近辺には主に吸血鬼系のアヤカシが多いようです。
 これはラスカーニアに潜んで人々を人質にとっていたアヤカシが開拓者と南部辺境兵の合同作戦によりほぼ除去された結果と思われます。
 その東、小ケルニクス山脈の先端に近い森には獣系アヤカシが集結しています。
 怪狼、剣狼の群れ。それを指揮する大型の狼の姿も確認されました。鼠や鎌鼬などもいるかもしれません。
 空には、人面鳥、鬼面鳥、グリフォンやジルベリアではあまり見かけない、真紅の巨大な鳥が鳥アヤカシ達を纏める様に飛んでいたという報告もありました。
 そして、クラフカウ城近辺、新開拓地イデユルムに向かう森街道には鬼系のアヤカシが壁を作っています。
 ゴブリン、コボルト、オーガ、オーク。サイクロプスやミノタウルスらが近付こうとする存在を打ち砕かんとするのです。…そして」
 深呼吸するように言葉を止めてグレイスは辺境地図でいうなら、一番下。
 ネムナス河の最河口を指で指し示す。
「ここにある小さな村、南部辺境フェルアナは今、恐ろしい状況になっています。
 周囲に吸血鬼系と獣系のアヤカシが集まっていることもあるのですが、それ以上に村の住民の半数以上、ほぼ成人男子だそうですが…が武器を持ち、虚ろな目で村を彷徨い、訪れる者を襲撃するのだそうです。
 おそらく、憑依か、アヤカシの魅了によって操られているのではないかと思われます。
 そして、村の領主であるラスリールは現在、出撃の準備をしていると。
 密かに集めていたのであろう武器弾薬を同じように目が虚ろな傭兵などに持たせている様子は、明らかな叛乱の様相を経ています。
 不思議な事に、村の守りを固めるだけで、まだ外には出てこないのですが…」
 グレイスはそう説明すると開拓者達の方を見た。
「南部辺境には現在、ラウヒ・アハティと呼ばれる古の封印されたアヤカシが解放されています。
 そのアヤカシは人の心を支配し、操る強力な力を持っているようです。
 そして、その本体は実体のない憑依体のアヤカシ。
 指輪という媒介に縛られてはいますが、それ故に指輪を完全に破壊しない限りは滅ぼすことができない存在なのです」
 これは、そのアハティに一時支配されかけた女性からの情報であった。
 またグレイス自身も、一時アハティの影響を受けた。僅かではあるが残り香のような知識が残っている。
「指輪は分割することができ、分けることで本体の力は大きく削がれますが、いわば予備を作ることができて一つが破壊されてもそちらに逃げることができるようなのです。
 先にアハティと対決する場があり、開拓者の活躍によって一番本体に近かった指輪を破壊することができました。
 …怒りと共に逃げ帰ったアハティはおそらく、現在完全体となって我々を待ち受けているのだと思います。
 領主ラスリール卿と同化して…」
 そこまで言ってグレイスは開拓者達を見た。
「現在、南部辺境を襲うこの脅威に対し、我々は皆さんに二つの協力を要請します。
 一つはアヤカシ軍に向かって積極的な攻撃を仕掛ける南部辺境軍と共に戦って下さる方。
 目的は主に陽動とアヤカシ軍の殲滅にあります。
 指揮を執る首魁であるアヤカシが近くにいないせいか、アヤカシ軍は現在、軍としての統率は失われており、それぞれの部隊が独自に南下を目指しています。
 近隣の村などを襲いながら本隊との合流を目指していくのでしょう。
 放置しておけば南部辺境を喰らい尽くしかねないこの大軍をとにかく殲滅させる為に攻撃を仕掛けるのです。
 この軍には私も同行します」
 そして、と、グレイスは続ける。
「もう一つは、首魁ラウヒ・アハティの討伐を目指して下さる方です。
 精鋭で密かにラスカーニアに向かい、その最奥にいるであろうアハティを退治して頂きたいと願います。
 先の戦闘の時点で、アハティの指輪の分体は全て消え残っていたのは協力者であるフェルアナ領主、ラスリール卿の所持していた一個だけでした。
 そして、アハティが求めていた最高の憑代は開拓者によって処分されています。
 後が無くなったアハティはかなりの確率で全ての力を持って自分の野望を壊した開拓者を倒そうとするのではないかと推察されます。
 危険ではありますが、アハティがまた分体を作り暗躍などされると完全殲滅は難しくなるでしょう。
 今が、最後のチャンスなのです。
 どうか、力をお貸し下さい」

 グレイスはそう深く頭を下げた。
 南部辺境の命運を決める決戦が、今、正に始まる。


■参加者一覧
/ 青嵐(ia0508) / 柚乃(ia0638) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / レイラン(ia9966) / アーシャ・エルダー(ib0054) / アルセニー・タナカ(ib0106) / ファルシータ=D(ib5519) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 戸隠 菫(ib9794


■リプレイ本文

●決戦 決意と誓い
 守るべきは、この大地。
 決意と共に彼は、南部辺境を見下ろした。
 皇帝から託された土地だから、ではない。
 人が生まれ、生き、そして死んでいくこの尊い大地で生きる人々を見続けて来たからこそ、その営みを守りたいと思ったのだ。
 命令ではなく、自分自身の意思で。
 それに、今は何より、愛する人と共に生きる場所だ。
『行ってくるわね、グレイス。私達に勝利を』
 腕に残るぬくもりを感じつつ
「総員旋回! 前方の敵を叩く! この一戦には南部辺境の命運がかかっている。各々の役割を忘れず当たるのだ!」
 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは
「突撃!」
 配下の騎士達に鋭い声で命じていた。

「そろそろ始まった頃、ですかねえ」
 空からとはいえ、距離があるここからは他の戦場の様子が見える訳では無い。
 だが、歴戦の戦士として戦場の気配はなんとなく感じられる。
 アーニャ・ベルマン(ia5465)は瞳を凝らす。
 今、彼女の目の前にいる空の敵だけでおそらく100は超えるだろう。
 地上には勿論、それに数倍する敵がいる。
「南部辺境全体の敵が集まってるんじゃないか? っていうのはおおげさじゃないみたいですか〜。
 やれやれ、やっかいな話です。ね、アリョーシャ!」
 ぽんぽんと相棒である空龍の背を叩きながらもアーニャはどこか笑顔であった。
「でも、ここは頑張らないと、ですね」
 ぎゅっと手に力を籠め弓を握る。
「お姉が頑張ってるし、グレイスさんは義兄になる人だから私もしっかり手伝いますよ!」
「アーニャ様、あまり無理をなさらぬよう。何かあっては私の立つ瀬がありません」
 どこか諌めるように言いながらアルセニー・タナカ(ib0106)はアーニャを見た。
 忠実な執事は主人に深い忠誠を捧げながらも諌めるべきところはしっかりと注意する。
「もう、タナカさんったら心配しすぎですよ〜」
「アーニャ様をお守りするのが私の務めですから」
 そう生真面目に言いながらも
「と、申しましても私もお二人のお力になりたい気持ちは同じですから。微力ながらお手伝いさせて頂きます」
 タナカはそう言って微笑んだ。
 お二人、というのはこの場合アーニャの事であると同時にベルマン家もう一人の令嬢の事でもある。
 彼女がこの南部辺境に生きるべき場所と伴侶を見つけたという話は彼も聞いていた。
 …おそらく、彼女はベルマン家からグレフスカス家へ嫁ぐことになるだろう。
 だが、彼の忠誠心には少しの変わりも無い。
 またアーニャ自身も全力で戦うと決めていた。
 大事な姉と義兄となる者の為に…
「そうそう、その意気です。まずは上空の敵の殲滅ですよ。地上で敵を引き付けてくれてる人達の負担を早く減らさないと、です」
「解りました。繰り返しますがご無理はなさらぬよう…アーニャ様」
「はいはい。では、行きますよ〜!!」
 心配性の執事に明るく手を振って
「ふふん、私に視認されたら逃げられないですよ!」
 眼前の鳥アヤカシの集団に、向けて弓を放つのだった。

 小鬼、豚鬼、犬鬼、赤鬼。
 目の前に展開するアヤカシ軍は数こそ多いもののそう強い敵がいる訳では無い。
 強敵と言えるのは所々に見える大鬼。指揮を執る中級アヤカシ。
 ミノタウロスやサイクロプスくらいなものだろう。
 それこそが強敵。
 だが
「貴方達に敗北するようでは、五行の王等夢のまた夢」
 腕組みをしながら敵を見据えながら自らに言い聞かせるように、青嵐(ia0508)はそう呟いた。
「あ、エア兄様。来てくれたんだねっ」
 笑いかけながら駆け寄ってくるレイラン(ia9966)に青嵐は笑み返すが、
「あらエア、来てたのね。手伝いなさいな」
 その後ろから現れた「女」騎士の声には微かに眉根を潜めて見せた。
 当の本人。どこからどう見ても美しいファルシータ=D(ib5519)はそんな様子を気に留める様子も無い。
 だから
「何か言いたいことがあるの?」
 というファルシータの問いに
「いいえ、兄上」
 青嵐はそう答えるのだった。
「そう」
 と顔を上げたファルシータ。
 彼の視線の先には深い森に囲まれた街道がある。
「見なさい。二人とも、この大地を」
 その指差す先を二人は見つめた。
 木々の多くは落葉しているが、その赤や黄色の落ち葉は道や森に広がり、まるで錦の絨毯を敷いたようだ。
「キレイだね」
 レイランの答えにファルシータは頷いて見せる。そして、真剣な顔で言った。
「この地に鬼アヤカシは似つかわしく無いわ。
 我らの祖から続く義務を、果たす為に」
 兄の言葉に青嵐は深く息を吐き出した。そして、
「大鬼の類は力こそ厄介ですが、それ故に小回りは利かないであろう集団です。
 子鬼の類は、数を分散させれば各個撃破は難しくは無いでしょう。
 主要な「目」さえ信頼が置ければね…だから頼みますよ、「兄上」」
 応える。兄妹達を見つめて。
 彼らの「答え」に満足したのだろう。
「ファル兄様。辺境軍の人達が話があるって」
「解ったわ」
 それ以上何も言わずファルシータはその場を離れた。
 その背を見送り青嵐は横に立つ妹に告げる。
「さて、では行きましょう。リン。我々兄弟の力を見せてやるとしましょう」
「うん。兄様!」
 かくして、南部辺境の命運を左右する大合戦の幕が開いたのだった。

●それぞれの戦場
 南部辺境の戦場は主として三つ、いや四つに分かれていた。
「どうやら、辺境伯はお願いしたとおりに動いてくれてるみたいね。桐」
『そのようですね。地上と上空からの牽制攻撃で軍が乱れてきているようです』
 主である戸隠 菫(ib9794)の横で馬頭を並べながら上級からくりの穂高 桐は頷いた。
 ラスカーニア近辺に展開するアヤカシ軍は吸血鬼などが多く、一体一体が厄介な分、捨て駒になるような兵がいない少数兵だ。
 それを見越して菫は辺境軍に牽制を依頼した。
 基本的な戦術は、浅く当たって戦力を削いでいく事、その際に挑発を繰り返して、ボスを引きずり出す事である。
 吸血鬼の精神攻撃に対抗できるよう、こちらの地上兵にはアーマー部隊も配置されていた。
「まさか、辺境伯自身が囮を務めてくれるとは思わなかったけど…」
 彼等の攻撃の成果で、元々薄い軍の穴が徐々に広がっている。伏兵として、気配を消し戦場を見つめていた菫の青い目がやがて最奥の存在を見つけ、
「いた! 多分あれが指揮官ね」
 真っ直ぐに射抜く。
 美しい姿と圧倒的な瘴気で他と一線を画すそれは明らかに中級アヤカシであると解った。
『あれと同格の者は他にはいないようですね。幸いでした。ただ、中級の吸血鬼を一体とは言え我々だけで長く相手取るのは難しいか、と』
「そうだね。勝負は短期決戦。一気に決めないと」
 菫は借りた戦馬の手綱に力を込めると背後の兵士達を振り返り
「ここが、勝負の分かれ目になるわ。頑張りましょう!」
 精いっぱいの笑顔で鼓舞する。
 そして、
「我が行くは修羅道。その前に力を現さん」
 印を組み自らに力を与える術を唱えると同時
「行くわよ! 桐!! 援護射撃は頼んだわ」
 菫は馬を駆り一気に駆け抜けた。

 同じ頃、ある意味一番激しい戦闘の中にいたのは天ヶ瀬 焔騎(ia8250)であったかもしれない。
 龍から飛び降り大地に降り立った彼は、刀を構え見えを切る。
「戦線で活き爆ぜる志士、天ヶ瀬だ…! 八つ当たりも兼ねてるが…覚悟しろよ…!」
 次から次へと飛びかかってくる獣アヤカシに彼の言葉を理解する頭などは無いだろう。
 だがそれを理解した上で焔騎は敵の只中に隕石の様に飛び込んでいく。
 南部辺境を襲うアヤカシ軍の大襲撃、その中で一番数が多いのはこの中央、ケルニクス山脈間近の獣アヤカシの集団だ。
 上空の飛行アヤカシも含めるとその数はもう500に迫るだろうか。
 ここの敵が万が一にも左右に分かれ、他の軍に合流すれば仲間達の負担が大きくなる。
 最悪でもここに奴らを引きとめておかなければならない。
「黒焔、呼んだら戻ってくれればいい…無理はするなよ!」
 頭上を飛び、敵を牽制してくれている相棒に声をかけながら焔騎はとにかく派手な戦闘を心がけた。
 彼の目的は二つ。
 敵を引き付け足止めする事、そして
「ほら! この程度の敵、大した相手じゃない。斬って、斬って斬りまくれ!!」
 彼と共に戦う南部辺境軍、歩兵集団を鼓舞する事、なのだから。
 焔騎が十、敵を倒しても、まだ目の前にはその数十倍の敵がいる。
 数に押し負ける。そう思う事こそが、勝利への一番の敵となる。
 だからこそ、怯まず強い意思で戦場を支配することが必要なのだ。
 目の前の戦いに集中する。だから
「…一斉射撃用意、目標は敵の二陣。先陣は彼らを信じて任せるんだ。撃て!!」
 森の中から聞こえた声はおそらく焔騎や兵士達の耳には届かなかっただろう。
 しかし頼もしい銃声と
『ウギャアアア!!』『グギャア!!』
 は森に戦う兵士達に力を与える。
「?」
 焔騎が首を傾げた時、彼の眼前に迫っていた敵が、爆ぜるようにして飛び上がり、瘴気となって散った。
「厳しい戦いだ……だからこそやり甲斐がある!」
 木陰から現れたのは短銃を構えたクロウ・カルガギラ(ib6817)。
 彼は焔騎の横に立ち、敵を見据え叫んだ。
「来る!」
 彼の言うとおり、獣アヤカシ達の集団の最奥からゆっくりと、一際大きな狼が進んでくるのが見えた。
「…あれが、この戦場の首領か」
 焔騎がそう呟いた瞬間であった。
「うわああっ!」
 まるで稲妻のようなスピードでその狼が焔騎を押し倒すように突進したのは。
「くそっ! 早い!!」
 クロウがその背に向けて銃を連射。
『ギギュウン!!!』
 悲鳴にも似た声を上げると巨大狼は後ろに飛びのいた。
「大丈夫かい?」
「ああ、少し油断しただけだ」
「行けるか?」
「ああ、次は油断しない!」
 立ち上がった焔騎スキル重ね掛け「紅蓮紅葉」と「紅椿」を使うと敵を見据えた。
「その首、貰った…!」
 そして、一気に踏み込んでいく。
 同時に狼も迎え撃つように走り出す。
「朱雀悠焔…紅蓮椿ィ――!!」
 焔騎に頷いたクロウは振り返り、声を上げる。
「右翼! 狙いは、巨大狼! 援護を頼む! 左翼は他の連中を近づけないようにしてくれ!」
 そして、三度銃を放った。
 クロウの攻撃に狼は一瞬、身を竦めた。
 おそらく致命傷になったわけでは無いだろうががその一射が作った隙に焔騎はその身を滑り込ませ、上段からの攻撃と見せかけた、中段への突きを放つ。
 狼の首下、胸の中心を貫く様に!
『グ……オオッ!!』
 唸り身を捻らせた狼は
「撃て!!」
 銃兵達の一斉掃射の餌食となり、そのまま倒れ伏し、動かなくなる。
「…やったのか?」
「ああ、そのようだ!」
 笑いあう二人と対照に指揮官を失った獣達は明らかな恐慌を浮かべ右往左往し始める。
「追撃! できる限り逃げた敵が辺境に害をなさないように倒すよ」
「だが、…引き際も肝心か…! 無理はするな!
 怪我人を保護しながら、徐々に後退を!」
 仲間達の撤退援護を行いながら焔騎は空を見上げた。
 その時、空の上でもまた戦いの決着が付こうとしているようだった。


 空を舞う真紅の巨鳥にタナカは高速飛行で一気に距離を詰める。
 そして
「凍てつく龍よ、その牙を敵に突き立てよ」
 間に割り込もうとする人面鳥ごと氷龍を放った。
 流石に巨鳥にまでは届かないが、巨鳥の前に集まっていた鳥アヤカシ達の多くが巻き込まれ、姿を消す。
 空に一本の道が出来た。
 その道を見据えようにアーニャは弓を構え巨鳥の前に躍り出た。
 タナカは練力ギリギリまで氷龍を放ち、敵を引き付けるのを繰り返していた。
「うわっっと!」
 放たれる怪光線をアーニャと空龍アリョーシャはギリギリで回避した。
 空の鳥を統べるだけあって巨鳥はなかなかの強敵だ。素早いし力も、能力も高い。
 既に何本も矢が吸い込まれて、少なくないダメージを与えている筈なのに今なお、その力は落ちることがない。
 だが…
「ブラート! 高速飛翔で一度離脱。その後、もう一度接近しますよ。クロウで応戦を!」
 雑魚の多くは同じくギリギリの戦いを続けるタナカに引き付けられている。
 だからこそ、アーニャはほぼ巨鳥をほぼフリーで相対することができているのだ。
 再び怪光線がアーニャを狙う。だが、アーニャは怪光線が放たれる瞬間、敵の動きが止まるのを見逃しはしなかった。
「タナカさんの頑張りに応えなくちゃ。いっけぇぇぇ〜〜!!」
 全力を込めた無月が精霊力とアーニャの思いを纏って巨鳥の眉間に吸い込まれ、そして…弾けた。
 ドウン!!
「わわっ!!」
 怪光線が暴発したのか、空気が波打ちアーニャはバランスを崩しかける。
「アーニャ様!!」
 それを支えたのはタナカであった。
「大丈夫でございますか?」
「うん、ありがと。平気…でも、なんとかやったみたいだね」
 苦しげに羽ばたきながら瘴気に還って行くアヤカシを二人は見つめる。
 指揮する者がいなくなった鳥アヤカシ達は、もう文字通り烏合の衆、だ。
「よーし、タナカさん、一気に片づけて地上の援護に向かうですよ」
「解りました。お任せを!」
「さあさあ、お掃除しちゃいますからね〜」
 龍頭を返すタナカの頼もしい背中を見送りながらアーニャは腕を捲るように弓を握り直す。
「お姉、……がんばれ」
 小さなエールを風に乗せて。

(やっかいな敵だ)
 青嵐は振り回される巨大な斧の一撃をギリギリで躱しながら目の前に立つ、彼の2倍はあろうかという敵の巨体を見上げた。
 ミノラウロス。
 この敵は見かけに似合わぬ知性派で呪術を使うのだ。
 唸り声のような声で紡がれた魅了に、抵抗力の低い一般兵が何人か操られそうになった。
 一方、背中合わせのレイランが相手どっているのはサイクロプスだ。
 あちらは攻撃に特化している。巨体に似合わぬ素早さで放たれる一撃は大地を割り、石さえも砕く。
 既に周囲の地面には既にいくつも大穴が開いていた。
「…兄様、大丈夫?」
 問うレイランの息も既にやや荒くなっている。単身で相対するには強すぎる相手。
 青嵐の方も援護できる余裕はなかった。
 もし、この戦場を二人だけで支えるなら、もしかしたら力負けしていたかもしれない。
 しかし、そうではなかった。
「一般兵はサイクロプスやミノタウロスには近寄らないで小鬼の相手に集中! 騎兵はそのスピードを利用して鬼達の意識を分散するの! アーマー兵! 少しで構わないわ。敵を引き付けて隙を作って!」
 的確な指示が戦場を強い意思で支えている。
「ふふん、砂迅騎のような「技」はないけど、軍略は一通り学んでんのよこっちは」
 頼もしき「兄」がそう言って笑う声が聞こえてきそうだ
「いい、倒そうと思わなくていいから死なない事。できないことはしなくていいわ。
 時間を稼ぎ、開拓者を、援軍を待ちなさい。
 それぞれが、できること、やるべきことを見つめるの」
 二人は肩越しに視線を合わせ、互いに小さく微笑んだ。
「兄様、少し、背中から離れるよ。サイクロプスを…倒す」
「こちらを気にする必要はありません。存分にやりなさい」
 力強いエールに頷き、レイランは大槍を構え直す。
「何時までも兄様の陰に隠れるだけじゃないんだ。
 ボクが、ボクも兄様達を守れる力になるんだ!」
 アーマー兵の一人が棍棒になぎ倒される。だが、その攻撃の後の弛緩を狙って、レイランは懐に飛び込んだ。
 スタッキングからの流し切り。決して強い技でも変わった技でもない。
 しかし、レイランの意思と思いの全てが籠った一撃は反撃を受けながらも敵の武器を落とし目を貫く。
「今よ! サイクロプスに集中攻撃!」
 たった一つの目を失ったサイクロプスは兵達の集中砲火に断末魔の唸りを上げて暴れ…瘴気に還った。
「さあ、エア。今度は貴方の番よ」
 背中を押す「兄」に
「解っていますよ」
 答えると同時、青嵐は武器に練力を注入し始めた。
「アルミナ。お前なら魅了もされないでしょう? 敵の前に飛び込んで隙を作りなさい」
『相変わらずの無茶ぶりでありますな。でも了解であります』
 駆け出す相棒の攻撃とタイミングを合わせて青嵐は反対側から全力を込めた陰陽二刀小太刀の一撃を振り下ろす。練力を込めた一撃は鬼の膂力を相殺して腕ごと断ち切った。
『ぐああああっ!!』
 大地を揺らすがごとき叫びに、
 バン! バンバン!!
 乾いた、でも力強い音が重なるとさらに声は高く、大きくなる。
「遅くなって、ゴメン。でも、獣アヤカシの部隊は殲滅した。援護するよ」
 近づいて来るクロウと焔騎。
 そして彼らが率いる援軍の登場に、歓声が上がった。
「援軍が来たわ。もう勝利は目前よ!」
 指揮官として完璧な士気高揚。兄の雄姿にレイランと青嵐は微笑むと…
「こちらも負けてはいられません。レイ。一気に決めますよ。援護を」
「了解!」
 肩を並べ、ミノタウロスに向けて突撃して行った。

●第五の戦場。…そして
 南部辺境伯が依頼した戦場は三か所、四点。
 しかし、ここに第五の戦場があった。
 南部辺境、フェルアナ。
 ある意味、どこよりも厳しい戦いが繰り広げられている場所である。
「柚乃(ia0638)さん!」
 頭上を旋回する王獅鳥。セルムの背からアーシャ・エルダー(ib0054)が柚乃の眼前を指差した。
「向こうから数名来ます! おそらく魅了で操られている一般人達です。無力化をお願いできますか?」
「…アーシャさんは?」
「あちらの傭兵たちの中に変な感じの奴を見つけたのです。指揮官かもしれません。接近して様子を見てきます」
「解りました。お気をつけて」
 アーシャが再び空に向かうと、柚乃は背後を護るように立つ灼龍を振り返った。
「ヒムカ。村の入口を見張って下さい。誰も逃がさないように…誰も傷つけないように」
 頷く様に翼を広げた灼龍。
 だが、その頃にも虚ろな目で武器を構える者達が柚乃達に迫ってくる。
 それを見つめ、柚乃は目を閉じ手を広げた。己の身体全体を楽器とするように夜の子守歌を歌う。
 パタパタと数名が崩れるように倒れた。
 南部辺境軍の兵士達が柚乃を護るように庇いながら彼らから武器を取り上げ縛り付けていく。
「傷つける訳にはいかない、だから…ごめんなさい。しばしの辛抱です」
 その様子を見ながら言って柚乃は顔を上げた。
「…皆さん、どうかご無事で…」
 領主館を祈る思いで見つめて…。

 開拓者達がここに訪れた時、南部辺境フェルアナは辺境伯が告げたとおり、アヤカシと虚ろな目をした人間が彷徨う死の街となっていた。
 豊かではあるが特別なところのない田舎の街がこんなことになってしまったのはひとえに領主ラスリールに理由がある。
 彼がアヤカシと手を組み辺境伯に叛旗を翻したからなのだ。
「アヤカシに操られて人間同士戦うなんて、あの内乱を思い出します」
 アーシャは唇を噛んだ。帝国貴族として忘れる事の出来ないヴァイツァウの乱。
 奇しくも場所は同じ、南部辺境だ。
「応援したいのですよ。グレイス辺境伯を」
 参加理由を問われた時アーシャはそう告げた。
「大帝から自治権を認められたスゴイ人です。
 それに友達であるアーニャさんのお姉さんの婚約者ですね」
 今、この館では決戦とも言える戦いが繰り広げられている筈であった。
 封印されていた強大なアヤカシ、ラウヒ・アハティとそれを手引いたラスリール対開拓者の戦いが。
 一方で辺境伯は敵を引き付けると言う役目を持って別の戦場に立っている。
 だから、アーシャは自分の役割を、彼らの援護と位置付けていた。
 街の敵を引き付け、潜入を助け、少なくとも増援を許さない。
 彼らの勝利を信じ、助けることが自分達の役割だと。
「辺境伯が命運を預けた南部辺境の守護者達、ですからね」
 微笑んで、目の前の敵を見据える。
 武器を構えて待ち構える傭兵達。
「相手は操られているだけのようですが、武器を持っています。自分達の身を守る事を最優先にして下さい」
 辺境伯から預けられた南部辺境軍の兵士達にアーニャはそう声をかけると共に
「目を覚ましなさ〜い!」
「手加減」をしかけつつ彼らを無力化していく。
 補給は辺境伯の援護を受けているから心配なしだ。
 その多くは操られているだけのようだが、数名は違う気配を纏う者がいる。
 アヤカシの変化か、乗り移られているのか…。
 どちらにしても手加減が出来る相手ではない。
「これ以上ジルベリアを穢すわけにはいきません。瘴気に帰りなさい! 」
 ロングソードを高く掲げたアーシャは王獅鳥と共にアヤカシに向かって飛び込んで行くのであった。

 どれくらいの時間が経っただろう。
 とても長かった気もするし、とても短かったような気もする。
 けれど、その瞬間の訪れは彼女達には直ぐに解った。
 明らかに空気が変わったからだ。
 操られていた人々の多くが正気を取戻し、アヤカシ達の一部が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 そして…。

 ラスカーニアで菫は空を見上げていた。
 中級吸血鬼始め、各地で指揮官アヤカシの退治を成功させた開拓者達は、その後の追撃でアヤカシ軍をほぼ殲滅させることができた。
 膨大な数のアヤカシ達は半数以上が開拓者と南部辺境軍によって倒され、残る半数は指揮官を失った事によって統率が効かなくなり逃亡した。
 既に戦況は事後処理へと移っており、各地で戦っていた仲間達もラスカーニアへと集まってきている。
 辺境伯は軍の再構成と各地の状況把握に動いているようだ。
「残るは、フェルアナの人達だけなんだけど…!」
 落ち着かない思いで見つめた街道方面。
 その夕闇の中に人影を見かけた菫は
「桐。皆を呼んできて!!」
 慌てて相棒にそう声をかけると彼らを出迎える為に走り出した。

 …やがて集まった開拓者の前で、グレイスは彼らに深い礼を捧げる。
 疲労困憊、互いに支え合い。
 それでも誰一人欠けることなく戻ってきたラウヒ・アハティ討伐隊。
 彼らの姿に全ての結果を理解したからだ。
「南部の守護者達に心からの経緯と感謝を…。
 お帰りなさい」
 開拓者達は頷き、紅い髪の女性は辺境伯の胸にそっと頭を埋めた。
「アハティは、皆で無事倒したわ。…ただいま…グレイス」
 幸せそうに、そう、微笑んで…。

 こうして、一つの戦いが終わった。
 全てが終わった訳ではない。
 けれど、間違いなく何かが終ったことを、そして新しく何かが始まることを開拓者達は感じるのであった。