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■オープニング本文 …どこまでも闇。見渡す限りの闇。 目を開けても、閉じてもそれは変わらない。 この身体は繋がれた鎖でどこに動くこともできないのだから。 孤独の中、許されているのは目を閉じ、まどろむ事だけ。 最初は、世の中の全てを恨んだものだった。 自分を封じた長老も仲間達も、逆らったアヤカシ達も、天の者達も全てを滅ぼしてやると一時は思った。 しかし、気の遠くなる様な時間の果て、全てがどうでもよくなった。 自分はここにある。 他の事など、…どうでもいいのだ。 そう、思えるようになったのはもしかしたら、あの方の一部が自分の中にあるからかもしれない。 世界そのもの、全ての母でありながら孤独なあの方。 いや、孤独だと言う事さえ知らないあの方の側に行きたかった。 同じ事を為し、共にあると伝えたかった…。 もし、それができていたら…この世界は、なにか変ったのだろうか? そう、思いながら目を閉じた。 何も変わらない時が、これからも続くことを疑うことなく… 地上世界、崩壊したある都市の調査にあたっていた陰陽寮 朱雀 寮生達はある塔の前に立っていた。 不思議な球体の刻まれた扉で閉ざされたその塔の前には謎のアヤカシがいる。 外見は鵺によく似ていた。 だが、その体格は鵺より大きく、体調5m程。 しかも素早く、寮生達を翻弄していた。 「来るぞ!!」 寮生の一人が叫ぶ。眼前に立っていた仲間がとっさに避けた真横を強力な火炎放射がすり抜けていく。 「雷撃と火炎放射を使い分けるのですね…。動きも素早いし…やっかいです」 「しかも、回復力が半端ない…。見よ、さっき付けた傷がもう塞がりかけている」 寮生が指示した先には仲間が剣で与えた傷がある。 そして、それは見る見る間に塞がって行くのだ。 「だが、あんな奴に構っている暇はない。あれはタダの門番。 本当に相手にしなければならない奴は…違うんだからな」 一人が顔を頭上に上げた。 目の前に聳え立つ塔。 その最上階にただならぬ気配がある。 「この塔の最上階には、何かが…いいえ、誰かが待っている筈」 彼等は直感していた。 この塔こそが、彼らが攻略すべき目標。 そして過去と未来を繋ぐ鍵となる場所である、と。 「危ない!!」「うわあっ!!」 バチバチバチ!! 雷撃が弾けた。 身体を貫く衝撃に耐えながら、 「さっさとこれを倒して、先に進むぞ!」 彼らは目の前の敵と塔から目を放す事は無かった…。 …何かが動くのを、感じ、それは目を開けた。 数百年ぶりにこの塔に自分以外の何かがやってきた。 ふと、心を躍らせる自分に気付き、微笑む。 もし笑みを作る人の形が残っていれば、だが…。 『お前達は…何を望むのか…』 そして数百年ぶりに言葉を紡ぎ出した。 今は、まだ練習。 しかし、程なくして彼らはここに訪れるだろう。 その時、同じ疑問を問う事になる。 戦いか、対話か…それとも…。 どれを選ばれても、この永遠の闇は終わる。 願わくば…。 そうして『それ』は間もなく開かれる目の前の扉を、そして訪れるであろう旅人を待つのだった。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
サラターシャ(ib0373)
24歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352)
15歳・女・陰
カミール リリス(ib7039)
17歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222)
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964)
17歳・男・陰
ユイス(ib9655)
13歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●始発点と終着点 「危ない! 炎! 来るで!」 芦屋 璃凛(ia0303)の声に弾けるように寮生達は飛びのいた。 半瞬前まで数人が集まっていたところに放たれた火炎放射。 黒く地面が焼け焦げていた。 「どうやら、このアヤカシは塔を守る門番のようですね」 「中にいるものを守っているのか、逃がさないようにしているのかは、解らんがな…大丈夫か? サラターシャ(ib0373)?」 気遣う様に背に庇ってくれた劫光(ia9510)に対し、 「はい、先輩」 頷いたサラターシャは敵を見据える。 その肩にはさっき相棒であるオートマトン レオが付けた傷がまだ残っている。 「回復の速度は速いですが…、でも決して手を付けられないと言う程ではありません。 それから、鵺のように翼を持ってはいますが、門番である以上、空に逃亡したりする事は無いでしょう」 敵の戦力と仲間の戦力を分析し、冷静に勝算を弾きだす。 「私達なら、勝てない相手ではありません。ここは一気に攻めましょう。彼方さん! レオと一緒に前衛で攻撃をお願いできますか?」 「解った。任せて」 「俺が援護する。遠慮なくかましてやれよ!」 清心と腕を交差させた彼方は剣を抜き、前に立つ。 「牽制ならうちが! うちが敵を引き付けるさかい、皆は先に…」 彼方の横に着いた璃凛が前に出ようとするが… 「ダーメ!」 ピンと彼方はその額を弾く。いわゆるデコピンだ 「イタッ!」 「これは、卒業試験なんだ。勝手な真似は厳禁ってね」 額を押さえる璃凛を真顔で見つめる。 「全員で前に進み。全員で戻ってくる。それが僕達の役目だ…。そうだよね。サラさん?」 彼方の問いにサラターシャは目を伏せながら 「時間をかければこちらが不利になりますから。…二年生は援護をお願いします」 的確な指示を出す。 「ほらほら、早く。敵の能力の調査もしてくれたんでしょ? 役に立ちたいならそれを皆に伝えて一緒に戦うんだよ! まだ先に本命がいるんだから、こんな所でごちゃごちゃ言わない!」 「でも…」 「言うこと聞かないと、もうご飯作ってあげないからね!」 脅迫めいた彼方の言葉に璃凛の動きがピタリと止まった。 「彼方も言うではないか! そうじゃの。これ以上駄々をこねるようなら学食使用禁止の刑じゃ」 「それは怖いな。調理委員会、敵に回したら朱雀寮での楽しみが半分のうなってしまうで!」 ケラケラと笑う二年生、比良坂 魅緒(ib7222)と雅楽川 陽向(ib3352)。 羅刹 祐里(ib7964)やユイス(ib9655)も笑いを堪えているようだ。 「君の負けですよ。璃凛。さあ、さっさと皆で門番を倒してしまいましょう!」 カミール リリス(ib7039)の言葉に璃凛の相棒 遠雷も黙ってその背を押すだけだ。 「ここは一気にいく! 行くぞ!」 三年生達を「待っていた」劫光が、そう言って敵に向かって踏み込んでいく。 気が付けば獣の周りに静電気のような光が弾けている。 「先輩! 雷撃が来ます! 皆、効果範囲けっこう広いから避けるんや!」 璃凛の言葉に散った寮生達。 だが、一歩先に進んでいた劫光は既に攻撃態勢に移っていた。 瘴気吸収。 仲間達の顔を思い浮かべながら劫光はにやりと笑う。 (…お前らの作った術は俺にピッタリのようだぜ?) 高めた回避で敵の爪攻撃を交わして懐に飛び込んだ劫光は『秋水』で切りつけ、返す刀で自身の秘奥たる『朱竜』を解き放つ。 「天を照らし、夜明けを導け、朱の竜!」 咆哮のごとき轟音が周囲に響いた。 『ぐおおおっ!』 吹き飛んだ獣は床にその身を叩きつけられ、唸り声を上げる。 「追撃だ! 一気に決めろ!」 「はい!!」 「カーム!」 「ダフ! 奴を逃がすなよ」 剣に力を纏わせた彼方の霊青打。 畳み掛けるようにリリスも管狐カームと共に渾身の砕魂符を打ちつけた。 右の退路を祐里が走龍ダフと共に塞ぎ、反対側にはユイスとからくり雫が立ちふさがる。 上空には 「琴、無理したらアカンで。でも、ここは頼むな」 「奴を空に上げるな。カブト」 龍達を連れてきた二年生達がいて背後は勿論、塔の扉である。 どこにも逃げられない敵に唯一残された選択は…前の敵を打ち砕く事! 飛びかかってきた敵をギリギリまで引き付けた璃凛は巴で0距離まで近付いて、そのまま渾身の氷龍を放った。 『ぎゃああ!!』 壁に叩きつけられた獣はそのまま、動きを止め瘴気となって散って行く。 「やったな!」 手を打ちあわせた清心と彼方はそのまま仲間達全員と手を合わせた。 勿論、璃凛のそれとも…。 門番の獣アヤカシ消滅の後、寮生達は門が開かれたのを確認するとその入り口、階段近くに腰を下ろした。 「まずは仕切り直しだ。上にいるやつはもっと厄介なのだからな。 先に進むのは傷の治療と体力の回復が終ってからにしたほうが良い」 そう告げる劫光の指示に従った、というのもあるが、実際彼らは疲労していたし、今後の方針を確認する必要もあったからだ。 天妖双樹に負傷者の治療を命じて後、劫光は 「それで、どうするつもりなんだ?」 と後輩達に問いかけた。主語が無い問いであるが寮生達に意味は十分に通じた。 サラターシャは立ち上がり大きく深呼吸をする。 「…私は、まずは対話を試みたいと思うのですが…どうでしょうか?」 「そう言うと思いました。実はボクも同意見です。彼…彼女かもしれませんが、その知識や経験が今後の事に役立つはず。 相手の事を知りもしないで処分するのは理性的では無いし陰陽師のやり方とは違うと思いますからね」 リリスは笑いながら同意する。 「最も利用価値が無ければ切り捨てるかも知れませんが」 と肩も竦めて見せたが。 劫光をちらりと見ながら 「妾も対話を望もうと思う。あれはただのアヤカシとも思えぬ故」 そう告げたのは魅緒であった。 「うちは、先輩達に任せる。ご先祖様達の謎は解けたし、急いで知りたいことも、もう無いよってな」 陽向はそう告げると尻尾をピンと立てて見せた。 「ご先祖様は、進んで獣人になったんや。強かったんやな…って思う。未来を信じて…。 だから、うちらも頑張らなあかんのや。子孫がメソメソしとったら、ご先祖さまに顔向けできんもん」 彼方と清心も異論はなく、ユイス達も頷いた事で方針は決定した。 「解った。それじゃあ行くとするか」 劫光は決定に口を挟まず立ちあがった。 寮生達もそれに続き、門の先に向かっていく。 その背中を護るように最後列を歩みながら劫光は在校生達の決定を心の中で噛みしめる。 個人的に塔に封じられた存在に対して思う事は色々ある。もし、劫光一人であるならおそらく違う道を選んでいただろうとも思う。 アヤカシやそれに類する者と対話する選択肢は彼には無いからだ。 しかしこの探索は三年生の卒業試験であり、二年生の進級試験。助っ人である自分が口を挟めることではない。 「この先は、長い階段のようです。先輩、皆さん。注意して下さいね」 「…それに興味もあるからな」 後輩達の背中を守りながら進む小さな囁きは側にいる相棒にさえ聞こえなかったろう。 「…あいつらなら、俺では絶対に出せない答えを導き、それを通すのではないか、とな」 そう祈るように願う様に呟いて…。 ●待つもの 高い塔は窓も封じられており、道は一本。 ひたすら天へと続いていた。 「…ここは、元々祭祀か何かを行う為の所だったのかもしれませんね」 「うん、そんな感じだ。あちらこちらにそれっぽいアイテムが置かれてる。 後はその為の記録とか、資料とか…かな?」 注意深く進みながら、リリスは彼方とそんな感想を口にした。 「でも、天の塔や人の塔などと違い特別な細工もされていません。人の手によって作られた神…護大を祀る為の塔だったんでしょうね」 「そこに今、神代が閉じ込められている…か。? どうした? 陽向」 「ああ…うん、ちょっと…な」 魅緒は心配そうな顔で友を見る。時々振り返るように後ろや壁の向こうに思いを送る陽向は小さく頷いて 「琴たち、元気でおるかいな? 塔の外で大人しく待っててくれてるかな? 思ったん」 そう微笑んだ。 「うちにとって琴は親友の一人や、種族を越えた友情ちゅうやつやねん。 朱雀寮で知り合った皆も一緒や。種族を越えた仲間ちゅうやつやで!」 尻尾をぶんと振りながら言う陽向の言葉に寮生達は、少し照れたように微笑みながら顔を見合わせた。 当たり前のように思っている事でも、はっきりと言葉に出すと胸の中に灯火が灯ったような暖かい気分になる。 「修羅に、獣人、アル=カマル人にジルベリア人、天儀人。皆、生まれや育ちは違っても友達になれるんだもんな」 「違っていても、解り合う事は出来る。それが…護大派の方や護大にも伝わるといいのですが…」 サラターシャはついに辿り着いた最後の扉の前でそう、告げる。 ある意味、自分に言い聞かせるそれは誓いのような思いであった。 「うわっ、凄いプレッシャーや。扉の向こうにいる筈なのに瘴気と圧力、半端ないわ」 璃凛はぎゅっと手を握り締めた。 仲間を先に進ませると一人残っていたら、この圧力から仲間を守ることはできなかったかもしれない。 「覚悟はできたか?」 劫光の問いに寮生達はそれぞれに頷く。そして、彼らはゆっくりと扉を押し開けた。 その先は屋上であった。 どこまでも続く灰色の空。そして…それを見上げ、佇む黒よりもさらに濃い瘴気の塊がそこで彼らを待っていた…。 『お前達は……何者だ』 瘴気の塊は静かで、どこか深い深い声で問いかけて来た。 「お初にお目にかかります。私達は天儀、五行国の陰陽寮に所属する陰陽師でございます」 瘴気の塊に向けてサラターシャは深く丁寧な礼を捧げる。 見れば瘴気の塊は、鎖のようなものでその動きを封じられているようであった。 実体はない。 しかし、人に近い形は残っており丁度祟り神のような存在になっているのではないかと、寮生達は推察する。 いわば神代の影だろう。 『天儀人が…私に何の用だ? お前達は…何を望むのか…』 「貴方様のお知恵とお力をお借りしたく参りました」 サラターシャはなおも深く頭を下げる。 『仲間にも裏切られ、封じられし私に何ができると、何を望むと…』 自嘲するようにも聞こえるその言葉にサラターシャは首を横に振った。 「神代は護大と人との仲介者に成り得ます 今、この地に息づいている命を消し去ってしまわないように協力して頂けないでしょうか。 護大が今のまま力を振るえば、大切な人を失う悲しみと嘆きを、決して埋まらない喪失と孤独を生み出してしまいます。 私達に出来る限りで貴方の力になります。 だからどうか私達にも力を貸して下さい。 人も獣もアヤカシも、そして護大も… 何もかもが共に生きられる世界の為に力を貸して下さい」 『護大は世界そのもの。護大が世界を滅びに導くなら…それは受け入れるべきだ』 「でも、護大は本当に世界の滅びを望んでいるのですか?」 リリスの問いに神代の影が驚いたのではないか、と寮生達は感じた。 『何故…そう思う?』 「単なるカンです。でもそれ以上は解らない。だからあなたが、どう思うとしても知識を得るつもりです。 言わなくても、ボクらの魂胆位解っているのですよね?」 リリスはニヤリと笑って見せた。それに影も笑みを返したように感じたのは多分、気のせいでは無いだろう。 「それに、な。さっきの質問、そっくり返すで。あんさんは何を望んどるん?」 『私の…望み、と、か…』 ぶわりと影の瘴気が膨れ上がった。 『なれば…その力を見せてみるがいい! 我が内には護大の御欠片がある。 …資格があるのか、我にできなかった事ができるか、我が望みを叶えられるかどうか、確かめてやろう!!』 影の瘴気が膨れ上がった。 「力を示す必要があるのなら、お受けします。私達にはどうしても貴方が必要なのです!」 サラターシャの言葉に寮生達は展開、戦闘の配置につく。 『もし、お前達が我が願いを叶えられるなら、お前達の願いも聞いてやろう! さあ!』 そして彼らはどこまでも濃い瘴気の中、怯むことなく、影に向かって飛び込んで行ったのだった。 ●時を超えて… 楽しい。そんな思いを感じるのは何百年ぶりだろうか? 真剣に向かって来る人間達を前に、それは思っていた。 その昔…全ての思いが自分には解った。 大地に存在する古く残されたアヤカシ達。 人であっても、心を繋ぐことができた。 自分と他者は違っていても同じで、誰しも自分は嫌いでは無い。 …それが、特別な力であると知って、崇め祀られると言う形で利用されるようになっても自分は、皆を嫌いになれなかった。 ただ、寂しかった。 自分は皆と違うのだと、そう思い知らされることが辛かったのだ。 だからこそ、同じ孤独を感じるあの人に触れたかったのだ…。 護大の欠片を身の内に取り込んだのも、人を超えたかったからではない。 ただ、護大を救いたかった。共に有りたかったから…。 結果としてそれは許されなかったけれど…もしかしたら、目の前にいる彼らであるのなら、それは可能なのかもしれない。 一人きりでは意味の無い神代の力が、蘇ってくるようだ。 彼等に託そう…。 決意してそれは、静かに目を閉じた。 動きを止めた神代の前でサラターシャは静かに問いかける。 「これで、よろしいでしょうか?」 劫光と彼方、そしてレオが剣を構え、眼前で止めている。 背後には璃凛と遠雷が。 取り囲む二年生達も加え皆、満身創痍ではあるが、強い決意を持って影を見つめていた。 「手加減、して下さったのは解りますよ。というか、ハンデが大きすぎですよね」 リリスがニッコリと笑う。 相手は封印によって縛られてまともに動けない。 能力もおそらく制限されている筈だ。 そうでなければ護大の欠片を身の内に持つ、つまりは大アヤカシクラスの敵にこの人数で勝てる訳がないのだ。 「信用して下さい、あなたがボクらをどう思うか解りませんが」 『…お前達は、運がいい…』 静かに苦笑するような印象で、影は身の内の瘴気をそっと鎮めて行く。 『もし、私が封じられた直後であれば怒りに身を任せ暴れていただろう。 また、お前達全員が護大派であるなら私を封じた者達の子孫。答える気も無かった。 だが、時が流れ、天に上った者達が地上に戻って来たと言うのなら、世界が変わろうとしているというのなら…、私の知ることを語ってやらなくもない…。 お前達に…我が願いを託そう…』 わあっ! 寮生達の間に喜びの花が開く様に咲いた。 「では、さっそくお伺いします。まずは…神代について…なのですが」 サラターシャが問いかける。 「ボクは護大について、お伺いしたいですね」 リリスもメモを広げ、寮生達が影を取り巻き質問を投げかける。 それは、思いもかけない穏やかな時間と知識を、彼らに与えたのだった。 神代の影の言葉を彼らは聞く。 「…つまり、護大には特に意思はなく…現象として世界を作り直そうとしている…と?」 『そうだ。ああ、あの方の内には『他者』はない。自身のバランスが崩れて来たので上手くいかなかった空を壊し作り直す。それだけのことなのだろう。 もっとも、これは私が、御欠片を取り込み、こんな身になり始めて解ったことだがな。 昔は、世界そのものである護大の意思であるならそれを受け入れるしかないと思っていた…。護大派は今もそう思っている事だろう』 「では瘴気と精霊力を分離させているのも…」 『この大地そのものは瘴気と精霊力の総和は等しくない。どちらかというと瘴気が多いのだ。 分離させた瘴気と精霊力を空に変換し直せば、瘴気のみが残され…世の全ては死滅する…』 「だから、かつて戦争が起きて護大は滅ぼされたんですね…。 では、護大を止める方法はないのですか?」 『あの方に『他者』を認識させる。あの方はお一人だ。 孤独であることも知らない孤独の中に常におられる。あの方がもし、この世界があの方だけではないと解れば…おそらく何かが変わるだろう。 私は、叶うならそれを為したかった…』 「神代の力を持ってしても…叶わなかったのですか? そもそも神代の力とはなんなのでしょうか?」 『お前達がどう思っているかは知らんが、神代の力など大した力では無い。 そもそも一人ではなんの意味の無い力。だな。 他者と心を通わせ、その意思を感じ、受け取り…伝える…。そんなものだ。 私個人にもっと力があれば…もっとできることはあったのかもしれないのだが…な』 もし影にはっきりとした表情が見えたなら、きっと寂しげな顔をしていたのだろう。 「あー! もう止め! 辛気臭くしとったらアカンで!」 流れる、少し切ない思いを振り払う様にして陽向は笑いかける。 「そうですね。貴重な情報を頂きました。今は、一刻も早く戻り、このことを伝えなくてはなりません…」 立ち上がりサラターシャは神代の影に向かって深くお辞儀をした。 「心から、感謝申し上げます。どうか、叶いますならそのお知恵を今後も私達にお貸し下さいませ」 『…私を、開放するわけにはいかないのか…』 影の問いにリリスは首を振る。 「鎖の封印を解く方法は解らないので、後で考えます。 ただ、死を望むのならば阻止します。命ある限り、その生を全うして下さい。 貴方にはまだできることが有る筈ですから…」 『私に何ができると…』 「少なくともボク達とこの大地、そして護大の未来を見届けるということが…」 にっこりと笑うリリスに影は、おそらく笑ったのだろう。 『お前達は、本当に運がいい。いや、運が良かったのは私なのだろうな…、暗い空ばかり、心ばかり見ていて、忘れてしまっていた。何かを…信じるという事を…。 時を超えて、それを思い出す事が出来た』 そう告げて影は寮生達を見送った。 『見届けさせて貰おう…。お前達が紡ぎだす種族を超えた未来とやらを…な』 寮生達はその心を花束の様に胸に抱き、塔を、街を、地上を静かに後にした…。 ●合格、そして… 地上世界と比べると世界は色に満ちている。 溢れる光と色に目を細めながら寮生達は、静かになれた道のりを進んでいく。 そして、朱雀門の前。 一人の人物を見つけたのだった。 「寮長…」 朱雀寮長 各務 紫郎がそこに立っていた。 いつもと変わらぬ様子で…いや、いつもより少し痩せたような印象を受ける。 「センセ! どうしたん! ちゃんと食べとるん?」 駆け寄ろうとする陽向を寮長は、スッと手で制する。 陽向は、いや寮生達は足をピタリと止めると背筋を伸ばし、寮長に向かい合った。 三年生と二年生、それぞれの視線と思いを背に、サラターシャは一歩前に進み出て寮長の前でお辞儀をする。 「朱雀寮 三年生並びに二年生。地上世界から戻ってまいりました」 「後で、正式に報告しますが、いくつかの有益な情報を得ることができたと思います。 特に護大について、神代についての情報は早急に周知を図った方がいいかと思います」 サラターシャの後をリリスは引き継ぎ、そして璃凛を見た。 「皆の、行動は誇るべきことやと思います…。うちは…」 「そこまで! 余計な事は言わなくていいよ」 俯きかけた璃凛の頭をパチンと叩いてその横に立つ。 「二年、三年、そして、先輩の力を借りて、ですがみんなで、こうして戻ってくることができました」 「改めて、ただいま戻りました。寮長!」 背筋を伸ばして立つ三年生達、そして二年生達を見て 「おかえりなさい。そして、合格おめでとう」 彼は静かに優しく微笑んだのだった。 寮生達の帰還。 それは三年生達の卒業試験と二年生の進級試験の終了、合格を意味する。 同時に彼らの朱雀寮からの別れが決まった瞬間でもあった…。 終わりの時はゆっくりと、確実に彼らの元に近付いてきていた |