【南部】選択
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2014/11/04 14:52



■オープニング本文

 南部辺境に突如出現したアヤカシの大軍。
 それは一人の女性の姿をした存在に率いられていた。
 ラスカーニア領主、ユリアスの身体と知識はどうやら、憑依したアヤカシに乗っ取られているらしい。
 南部の地理、地形を知りつくしたが如きその指揮は、気が付けば南部辺境と首都を繋ぐ街道を完全封鎖していた。
 しかも…
「どうやら、ラスカーニアの街には少なくない数のアヤカシが潜入しているみたい。吸血鬼など人に擬態できる者などだと思うわ。
 今は、息をひそめているようだけど、もしかしたら既に…餌食になったものもいるかもしれない」
「ああ、行方不明になった人物がいると言っていた」
「首都からの街道を通って来た荷もな、全部、ラスカーニアで止められているんや。兵士達もなんか血走った目ぇしとったしな。知らんもんが見たら戦争でも起こす気なんやろかって思うかもしれへんで?」
「…実際に起こすつもりなのかもしれんがね」
「やっぱり、人質…か。奴らの要求を呑まないと、大勢の人が犠牲になってしまうかもしれない」
「でも、要求を呑む事なんて…」
 仲間達の報告に開拓者達は顔を見合わせる。
 それは、今までに例のないタイプのアヤカシからの「攻撃」であった。

「私の使用人がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありませんでした。
 まずお詫び申し上げます」
 リーガ城を訪ねてきた南部辺境、フェルアナ領主、ラスリールはそう頭を下げた。
「あの子…カリーナがあんたの部下だと認めるんだな?」
「はい。ですが今日の用件は別の事です」
「用件? 何ですか?」
「伝言を届けに。我が友 ラウヒ・アハティより」
 ラスリールの言葉に開拓者達は凍りつく。
 遺跡に封じられていたというアヤカシの名を、目の前の男は何の躊躇もなく、友、と語ったのだ。
 身構えかける開拓者の前でラスリールは両手をあげて見せた。
 彼の薬指には細い指輪がある。
「おっと、今は攻撃なさらず私の話を聞いて頂けませんか? その方がお互いの為になると思いますよ。
 今は情報が欲しいのではないですか?
 ちなみに、ここでの会話は全てアハティも知るところです。
 私がここで死ねば、取り返しのつかないことになりますよ」
 そう泰然と微笑んで彼はソファに座り直した。
「始めは偶然だったのですが、私はある遺跡で封印された古のアヤカシ、ラウヒ・アハティと出会いその封印を解きました」
 開拓者達、それぞれの視線を受けながら彼は茶を啜り話し出す。
「アハティは現在、二つのモノを求めています。一つは自分本来の力、そしてもう一つはこの南部辺境。
 元々アハティのものであった二つを取り戻したいという願いに、私は友人として力を貸したいと思っているのです」
「…アハティが、どういう存在か、解った上で?」
「はい。アハティが器を求めていたのでラスカーニアのユリアナ姫を紹介したのも私です」
 彼は迷うことなく頷いて見せる。
「紹介? ふざけないで!!」
 開拓者の抗議を気にも留めず彼は続ける。
「現在、ラスカーニアの街は、一見そう見えないかもしれませんがアハティの支配下にあります。
 あちらこちらにアヤカシが潜んでいます。
 アハティが一言命じれば、それらは何も知らぬ者達に牙を剥き街は地獄と化すでしょう。
 また、クラフカウ城から新開拓地へと続く街道も封鎖済です。
 新開拓地は遠いので、直ぐに襲撃するのは困難ですが、リーガからの物資補給が滞れば、まだ自給体制の整っていない開拓地は飢えに苦しむことになるでしょうね。
 ちなみにアハティが軍を動かすときには、私も呼応します。
 一部ですがアヤカシを借り受けているので。
 リーガとメーメルはアヤカシ軍の挟み撃ちを耐えることはできますかね?」
 語るラスリールの顔が開拓者達には、一瞬アヤカシに見えた。
 それほどまでに彼の魂は邪悪に輝いている。
 今まで隠していた、これが彼の本性ということなのだろうか?
「…貴方達は、何がしたいの? …何が望みなの?」
 震える声で問う開拓者に我が意を得たりとラスリールは立ち上がる。
「我々の要求は二つ。一つは皆さんが遺跡で発見した品を差し出す事。
 何であるかは確認できませんでしたが、見れば解るとアハティは言っていました。
 アハティが真の力を取り戻す為に必要なもの。それを頂きたいのです」
「もう一つは…なんでしょう?」
「南部辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカスの命を」
「!!!」
 開拓者達は絶句した。彼等とは正反対にラスリールは心から楽しそうに笑っていた。
「土地を治めるにはそれなりの器が必要だとアハティは言っていましたからね。
 ユリアナ姫も悪くは無いようですが、やはりここは南部辺境伯を頂きたいと…。
 ついでに遺跡の封印を解くのにどうやら志体持ちの身体が必要なようなので姫ではちょっと役者不足なのです。
 悪い話では無いでしょう?
 たった一人の命で、他の南部辺境の民、全ての命が買えるのですから。
 ああ、勿論、南部辺境伯を頂ければ姫もお返ししましょう。今なら、まだ間に合うかもしれません。
 主家の姫の為に騎士たる者、命を差し出すべきでしょう?」
「…南部辺境伯なんて皇帝だったらいくらでも変更できる。辺境伯の身分をはく奪したり、逆に辺境伯が地位を返上すれば、ただの無位無官の騎士に過ぎないんだぞ」
「別に人が定めた称号などにそんなに意味はありませんよ。
 ヴァイツァウの件でもお判りでしょう? 人が何を求め何に従うかを…」
 この時、ほんの僅かラスリールの目に何かが浮かんだように開拓者は思ったが、次の瞬間にはそれは消え失せていた。
「返事は三日後、ラスカーニアの領主館にて。そこでアハティが待っています。
 良い返事をお待ちしていますよ」
 そう告げて彼は優雅にお辞儀をすると退室していく。
「まて! カリーナを置いて行くのか!」
「もう我らには不要ですので、ご随意に」
 最後に、そう言い残して…。

 意識を取り戻した辺境伯は快方に向かっている。
 数日で元の体力を取り戻しはするだろう。
 だが、このことを話していいのか。
 どんな選択をさせるべきなのか。
 そして、自分達はどうするべきなのか…。

 開拓者達の前に差し出された「選択」はラスリールの言う通り南部辺境の命運を分けるあまりにも重いものであった。



■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
マックス・ボードマン(ib5426
36歳・男・砲
星芒(ib9755
17歳・女・武
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文

●決意
 ラスカーニアは足を踏み入れたその時から、彼らにとっての敵地であった。
「父上、後を頼みます」
「ああ、任せておけ…しくじるんじゃないぞ」
 グレイスの言葉に父、エドアルドは小さく笑うとぽんと背中を叩き押した。
「はい」
 照れたように笑みを返してグレイスは周囲を見る。
 そこにいるのは頼もしき友である。
 そして、横に立つ…愛しい人。
「グレイス…」
 フレイ(ia6688)の手を一度だけ、確かめるように握り締めるとグレイスは前を向き、側に立つ開拓者達に告げた。
「行きましょう」
 南部辺境の命運を決める静かなる決戦が、今、始まろうとしていた。

「答えは決まっています。彼等の要求に応じます」
 開拓者達の前で南部辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカスは迷うことなく、そう告げていた。
「何となく、だがそんな気はしていた。
 ま、それ以外の選択肢が潰されちまってるからな。貴族としても、領主としても他は選べない」
 返答を確認した竜哉(ia8037)は静かにグレイスを見つめた。
 太古、封印され南部辺境で眠りについていたと言われるアヤカシ ラウヒ・アハティ。
 何者かによって封印を解かれたソレは上級アヤカシと呼べる力を持って南部辺境のアヤカシ達を集め、率いていた。
 新開拓地への街道を封鎖し、ラスカーニア領主にして皇帝の娘ユリアナに憑依して街にアヤカシを放ち。
 人々を人質に取ったそれは、開拓者達にこう要求してきたのだ。
「南部辺境伯の命を、身体を明け渡せ。さもなくば…」
 …と。
 その伝言を持ってきたのは南部辺境フェルアナ領主ラスリール。
 彼はアハティを友と呼び、断るなら呼応して軍を上げ南部辺境を攻撃すると言ってのけた。
 当時、本人であるグレイスは重体。ラスリールと応対し話を聞いたのは開拓者だけであったから、要求を呑むか呑まないか。グレイスに事情を説明するか否か。
 開拓者達は相談と検討を重ね、最終的にグレイスに全てを話すことを決定したのだ。
 事情を説明する役を任されたのはフレイである。
 目をしばらく閉じた彼女は、ゆっくり瞼を開けるとグレイスを、目を逸らす事無くしっかり見詰めて…
「グレイス、よく聞いてね。…正直キツイ内容だとは思うけど…
 それでもきっと知らなかったら後悔するもの。
 貴方なら…」
 メーメルの遺跡調査から始まる全てを、グレイスに話したのだ。
 そして、グレイスの返答が最初の言葉だった。
「アハティと呼ばれるアヤカシの真の意図は見えませんが、ユリアナ姫、そして南部辺の民の命を前に私は命を惜しむつもりはありません。
 無論、悪戯に命を捨てるつもりはありませんが、少なくとも要求に応じれば「アハティ」は現れる。
 倒すにしても何にしても、一つのチャンスが生まれるでしょう」
 グレイスはそう告げ、集う開拓者達を見た。
「…ただ、それは皆さんが最悪の場合にはどんな形であれ、私を止めて下さると、そう信じられるからこその選択であるのですが」
 辺境伯の返答を聞き、開拓者達は頷きあった。そして、フレイを見る。
「言うと思ったわ。赴くことは…止めない。
 ふがいないけど、それ以外に方法は無いから」
 吐息を吐き出したフレイは、もう一度グレイスと視線を合わせた。
「でも、希望はあるわ。
 一つは私たちと一緒にアハティに会うこと。
 二つ目…約束して欲しい。決して何があっても自分の命を諦めないで!」
 朱色の瞳と思いが、真っ直ぐにグレイスを射抜いた。
「貴方を護るわ。貴方の決意も信念も。だから最後まで諦めないでね」
 祈る様な眼差しに
「ええ」
 グレイスは優しく微笑む。
「その二つの願いなら、望む所です。
 民の為、陛下の為、命を捧げよと言われれば、そうする覚悟はできています。
 でも、私は死にたくはない。
 生きて、やりたいこと、やらなくてはならないことがたくさんありますから。
 だから、どうかお力を貸して下さい……」
 グレイスは深く頭を下げ開拓者に告げた。
 当事者であるグレイスの選択と覚悟が決まっているのなら、開拓者の答えも同様に決まっていた。
「そうと決まれば、時間がないわ。直ぐに準備を始めましょう。辺境の運命がどうなるか…この一戦は分岐点になるわね」
 ユリア・ヴァル(ia9996)の言葉に、
「そうだな。辺境伯。エドアルド卿と話ができるか? ちょっと相談したいことと頼みたいことがあるんだが」
 さっそく動き出すヘスティア・ヴォルフ(ib0161)。
「辺境伯。私はちょっと別行動をとりたいな。…芦屋さん。教えて欲しいことがあるんだけど」
「なんや? 知っとることなら何でも教えるで」
「えっとね、新開拓地のことなんだけど、それからアハティの逃げ道を封じておきたいんだ。それから…」
 星芒(ib9755)と芦屋 璃凛(ia0303)がグレイスと共に地図を広げ相談を始めたことを皮切りに開拓者達とグレイスはそれぞれに動き始めた。
「南部辺境の未来の為に…」
「三日で全てが決まる…!」
 祈るように告げた柚乃(ia0638)と拳に力を入れる宮坂 玄人(ib9942)の横でマックス・ボードマン(ib5426)は一人、静かに何かを考える様に目を伏せるのだった。

●会見
 当日、ラスカーニアの領主館を訪れた総数は辺境伯、開拓者、連れている相棒を含めるとかなりの人数となった。
「武器をお預かりします。建物内での戦闘はお断りしたいので」
 出迎えた青年がそう頭を下げる。
 彼もアヤカシであることは開拓者達には簡単に見てとれた。
(憑依か、変身か…、多分変身やな)
 璃凛は青年の一挙一動を注意深く見つめる。
 おそらくこの館の住人の何割か、もしくは全員がアヤカシと入れ替わっているのだろう。ラスカーニアの街同様、この館も完全な敵地であると開拓者達は感じていた。
「まあ、それは想定の範囲だし、部屋の中でアーマーを乗り回す気はないけど」
 今回相棒のアーマーハイルンスターの出番はなさそうだ。
 フレイはそう言うと、ニクス(ib0444)に渡しながら肩を竦めた。
「大事な武器を敵に渡すつもりはないわ。彼が武器を持って外に出る。文句は無いでしょ?」
「…まあ、いいでしょう」
 青年は鷹揚に頷く。
「グレイスと一緒に殺されるつもりはないの。
 アハティ側は有利な立場なのだから、槍の一本くらい持ち込ませて頂戴」
 ユリアはそう食い下がったが相手は受け入れない。武装解除は同伴の絶対条件とされた。
「その代り会見に同行する人数に制限は設けません。それでよろしいですよね?」
 はっきりとした拒絶にユリアもニクスに武器を預ける。
 武器を持ったニクスが館を出て後、
「では、皆様。どうぞこちらへ」
 一行は案内されて奥へと進んだ。一室の前で青年はドアをノックする。
「お客様をお連れしました」
「入りなさい」
 声に促され、中に入った開拓者達は
「これはこれは、大所帯ですこと」
 にこやかな声に出迎えられた。
「ユリアナ姫。先日は失礼を致しました」
「こちらこそ、ご無礼を。お怪我の方はもういいのですか?」
「はい。開拓者のおかげでもうすっかり」
 騎士の礼でお辞儀をするグレイスに笑顔で応じるのはドレス姿のユリアナ。
 普通の貴族同士の当たり前の挨拶に見える。
 だがユリアナの側に控えるのは全て、アヤカシだ。
「ラスカーニアの領主は、ユリアス卿であった筈なんだが…、いいのかしら?」
 ユリアの問いにはユリアナは笑って頷いていた。
「姿と自分を偽っていてはいけないと、アハティに教えて貰いましたので。
 私は力を手に入れた…。思うままに生きられる。今、とても幸せですわ」
 …ユリアナの姿で、ユーリの思いではない言葉を語る。
 ユーリの頃には聞けなかった自信に溢れる口調に
 ギリリ…。
 小さな音が開拓者全員の耳に届いた。
「…勝手な真似はするなよ」
 釘を刺すように囁いて
「腹の探り合いは止めにして、とっとと本題に入らせて貰いたいものだな」
 竜哉はユリアナを見た。
 彼女は
「そうですわね。意味がありませんものね」
 と頷き、微笑んだ。そして本題を告げる。
「ラスリールが告げたとおり、我々は二つの物を要求します。
 南部辺境の民の安全と引き換えにお渡し下さいな。
 遺跡から発見された…封印の品。
 そして南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカス様を」

 ユリアナは真っ直ぐ手を前に差し伸べる。その薬指には豪奢な指輪が輝いている。
 人の器に隠れていても解る圧倒的な瘴気が、目の前の存在を明らかな強敵と知らせた。
(アハティは…アヤカシ? それとも…別種?)
 その光景を見つめながら柚乃は心の中で自問自答する。
 この瘴気を受けユリアナと言う女性と辺境伯は人でいられるのだろうか、生きていられるのだろうか、と。
「…大丈夫。誰も、負けたりしない」
 首に巻きついた相棒。玉狐天の伊邪那に囁いて柚乃は様子を状況をじっと、見つめていた。
「…まずは、グレイスとユリアナの交換だ。
 お返ししましょう、と言ってる事だしね? そこは守れるだろう?」
「ええ。彼女がそれを望むかは別の話ですけど。…さあ、辺境伯、私の手をとって下さいまし」
 一歩前に進み出たグレイスは、一度だけ振り返るとその手をとった。
「私は…あなたの期待に添う事は、できませんよ。
 やるべきことが有り、従うべき主がいて、守るべき民と…愛する人がいる」
「それを決めるのは貴方ではありません。
 私には解るのです。貴方が…心の内に闇を抱いているのを。さあ…!!」
 二人の間でぶわりと、空気が揺れた。一際濃い瘴気に二人が包まれた時。
『…お前達には消えて貰おう!』
『御方様があの身体を手に入れた時、お前達がいては邪魔になる!!』
 ユリアナの背後にいた男達、いやアヤカシ達が開拓者達に飛びかかって来た。
「予想通りだ!」
 竜哉は隠し持っていたカードで応戦し、
「伊邪那!」
 今まで気配を隠してきた柚乃が声を上げる。首から離れた玉狐天が放つ九尾炎の炎が
「!」
 その攻撃から身を躱した開拓者達。片眼鏡に手をやりアヤカシに呪声をかけつつ
「桜花!」
 玄人は相棒からくり 桜花を呼んだ。桜花は頷き、
「ここは友相棒の故郷でもありますの。潰させませんわ」
 窓を割り壊す。
 龍の羽音と
「大丈夫ですか!」「武器を持ってきたぞ」
 声が聞こえる。
 ラスカーニアの領主館は一瞬で戦場と化したのだった。


●決戦
「ユリア!」
 窓を割り、空龍シックザールと共に飛び込んできたのはニクスであった。
 投げ渡された愛用の槍をもって襲ってきたアヤカシを、ユリアは袈裟懸けにする。
 同じように龍から飛び降りたイリス(ib0247)はスローイングカードで敵を捌いていた竜哉にソードウィップを、投げ渡した。
「フレイ!」
 竜哉は武器を持ち替えると振り返らず、叫ぶ。
「グレイスに呼びかけろ!」
 見れば瘴気に包まれたユリアナとグレイスがいる。
 指輪はユリアナの指に細いものが一つ。豪奢な指輪はグレイスの指に移っているようだ。
 ユリアナは頭を押さえながら奇妙な悲鳴を上げ続けている。
 そして、グレイスは針短剣で自分の手を指し貫き、必死に何かに耐えているようだった。
『ユリアナを狙うには良いでしょう。気合入れて憑依抵抗しなさい』
 そう言ってユリアに渡され隠し持っていた筈の剣だ。
「解ったわ!」
 と言うよりも早くフレイはグレイスに駆け寄った。
「どうか、皆さんの援けになりますように…」
 祈る様に紡がれる天使の影絵踏みの輪唱。
 そして、血が滴るグレイスの手をフレイは握り締め
「グレイス! 負けないで!」
 必死に呼びかけるのだった。

 同時、ユリアナに向けて奔る影があった。
 宝珠銃「魔氷狼」の一閃。ユリアナの指でバチンと何かが弾けた。
 ユリアナの指輪にひびが入ったのだ。
「ユーリ!!」
 銃を捨て、駆け寄ったマックスがユリアナを抱きしめる。
 そして揺さぶるように声をかけた。
「お前の敵が目の前にいるぞ、ラスリールだ
 奴はな、反乱の神輿にお前を担ぎ上げたかったんだ
 それにはアルベルトが邪魔だった。
 あいつがいる限り、どれほど甘い言葉を並べたところで、乗ってくるはずがないからな
 だから情報を親衛隊に流し殺させたんだ!」
 ラスリールはこの場にいないし、自分が言っていることが真実かどうかなど解らないと呼びかけるマックス本人が一番よく知っていた。
 そんなことはどうでもいい。今はユーリを取り戻す。
 それだけを考えていた。
「それに父親に会いにいくんだろう!
 早いところ面倒事は片付けてしまおうじゃないか。…起きろ!! ユーリ!!」
 虚ろだったユーリの目に光が戻りつつあった。
 それを見ていたヘスティアは
「たつにー!!」
 竜哉に向けて声を上げる。
 その意図に気付いたのだろう。
「遠雷!」
 璃凛は戦っていた吸血鬼と竜哉の間にからくりと共に割り込んだ。
 それと同時にニクスも仲間達を背後に庇う様に立ち塞がる。
「ニクス!」
 背中に感じる守り、護る者の感覚に微笑み、ニクスは奥義を発動させた。
 凌駕紋章『拒絶の契約』
「理不尽なる運命に抗う叫び…『ニクス(断固たる拒絶)』それが俺の名前の意味!」
 敵の攻撃をものともせず、アヤカシ達に向かっていく。
 そして手が空いた竜哉は
「離れろ!」
 マックスを払うと奥義を発動させた。
 練力のみで作られた斬神の剣がユリアナに纏わりついた瘴気を一閃する。
「キャアアアア!!!」
 悲鳴と共に倒れたユーリは、
「ユーリ!!」
 駆け寄ったマックスの手の中でゆっくりと目を開ける。
「…マックス…さん、私は…」
「…今度は…間に合ったか」
 マックスはユーリを抱きしめた。強い、思いを込めて…。

 暗闇の中でグレイスは一人、戦っていた。
 絶望、恐怖、後悔、それら全てを内包する圧倒的な闇が彼を押しつぶそうと迫ってくる。
 その中であまりにも小さな人間でしかないグレイスを支えたのは、手の甲の痛みと、
それを包み込むぬくもりであった。
『抵抗するな。私には解る…。お前の心のうちに潜む思いが、闇が…。
 私を受け入れ、真実の自分に立ち返るがいい』
 闇の中で彼を包み込むような声が囁く。
『お前は私のもの…私の力は…お前のものだ』
 それは甘く、優しくグレイスを抱きしめた。
 しかし
「私に…触るな!」
 グレイスはそれを拒絶した。同時に、彼の周囲に光が集まり始める。
『なんだと?』
『いいか? 自身の内で祓う抵抗をしろ。自身の意識内に聖堂騎士剣を作るイメージだ』
 光はそのまま剣の姿をとってグレイスの手に握られる。
『闇よりも強く、己を支え、祓う半身を今のお前は持ってるだろう?』
「かつての私であれば…もしかしたら受け入れたかもしれない。
 でも…今は!!」
 目を閉じる。
 優しい調べが身体に力をくれるのを感じる。
 約束を思い出す。
「領主として責任を果たす事を貴方に期待する。辺境伯」
 そして何より『声』が聞こえる。
「グレイスは、私のものよ! 誰にも…あんたになんか絶対渡さない! アハティ!!」
 自分を守る開拓者の思い、そしてフレイの呼びかけが、絆が、正しく太陽のように光り輝きグレイスの前を照らしていた。
「私にはお前の力など不要だ。消えろ! アハティ! 私の内…いや、この世から!!」
『ぐあああっ!!』
 そして、剣が振り下ろされる。
 現実にはない、幻の刃。しかし、それは確かな力で敵を切り裂いたのだった。

●消失
 配下のアヤカシ達を下した開拓者達は呻き声を上げ続けるグレイスと彼を抱きしめるフレイを見つめていた。
 と…、グレイスの指に嵌まっていた指輪がバチンと、鈍い音を立て崩れた。
 空気がぶれる様な感覚を感じる開拓者の前に、黒い瘴気の塊が渦を巻いたのはその直後の事であった。
『お、おのれ!! よくも我を拒絶したな! 民が、南部辺境が、このジルベリアが! どうなってもいいのか!!』
 顔など勿論、見えない。けれど現れた「それ」が怒りを孕んでいるのは簡単に見てとれる。吐き気がしそうな瘴気の中
「お前が民の名を使うんか? 民を苦しめ、絶望の淵に落したアヤカシ。ラウヒ=アハティが!!」
 璃凛は抵抗するようにそう叫んだ。
 自分にだって、為せる事はある。それは、今ここで引かない事だ。
 たった三日の間では忘れられた太古の伝承の中から、決め手になる弱点を見つけ出すことはできなかった。
 しかし
「お前の過去を知っているぞ!」
 という牽制は相手を僅かに動揺させる。
「それに、お前達に渡すモノなんてなにもないのよ!
 ラスカーニアも、ユリアナも、お前になど渡さない!!」
 ユリアが笑って見せた。
『…お前達、一体何をしたというのだ!!』
 小さく笑うユリアは何も言わない。だが、この三日間、彼女と彼の朋友・シン、ヘスティアはグレイスの父、エドアルドと彼の部下と協力してラスカーニアに配置されたアヤカシの調査を行った。万が一にもこのタイミングで呼応され、街を攻撃されるわけにはいかなかったからだ。
 そして確信している。
 彼等は町に潜んだアヤカシ達を退治してくれた、と。
「見ろ、アハティ!」
 竜哉は横に立つ相棒 鶴祇に顎をしゃくって見せた。
 鶴祇は頷き懐から水晶玉を差し出すと掲げて見せる。
『それは!?』
 明らかな動揺を見せるアハティの前で、鶴祇はその水晶を地面に落として見せた。
 ガシャン!
 音を立てて水晶玉は粉々に砕け散る。
『何をする!』
「やっぱりハッタリか? お前、封印に関わる品がどんなものかも解っていないだろう」
 嘲笑する竜哉の横でもう一度鶴祇は水晶玉を取り出す。
「こっちが本物だ。こんな風に偽物を使うことも出来る。
 そちらはどうやって「南部辺境の民の命」を保障する?
 最初からまともな交渉もするつもりも無かった奴を、信じられるわけもない」
「…竜哉さん、…それを壊して頂けますか?」
 静かな声に竜哉は振り返った。そこにはフレイに支えられ、立つグレイスがいた。
「辺境伯!」「大丈夫ですか?」
 駆け寄る開拓者達に頷いた辺境伯に竜哉は
「いいんだな?」
 一度だけ確認するように問いかけた。
「…はい。奴には、何一つ渡しはしません」
「解った。鶴祇」
 主の命に従って鶴祇は水晶玉、その本物を床に渾身の力で叩きつけた!


 その時、星芒は社の空気が変わったことを感じたという。
「! 封印が解けた? 桂杏(ib4111)さん、急ごう!」
「ええ」
 南部辺境の新開拓地 イデユルムの外れにある社に星芒はいた。
「アハティの最大の逃げ場を何とかしないとね」
 アハティは倒しても他の指輪に逃げる可能性が高い。
「しかも要求に応じてもアハティが街に潜むアヤカシを退かせる保証はないし。なら、アハティのいちばん欲しいものを入手不可能にしちゃいたいな」
 そう思い、ここに来て、社を調べていたのだ。
 社の周囲をうろついていたアヤカシは退治した。
 そして社の中の調査を始めて間もなく、
「あれでは!」
 彼女らは小さな社の奥に安置された棺を見つけたのだ。
 そっと、蓋を開けると中には美しい女性の遺体があった。
 数百年以上の時を経ているのにまるで生きているようだ。
「これが、アハティの求める憑代に間違いないね…」
 噛みしめるように言うと、星芒は錫杖を大きく回した。
「今、解放してあげるから!!」
 発動された無縁塚。
 錫杖が女性の遺体の中央を刺し貫き、彼女の身体は一瞬で花が散るように崩れ去った。

『ぎゃああああ!』
 突然悲鳴が上がった。
『お、おのれ! 貴様ら!! 私の…身体を!!』
 さっきまでとは比較にならない、怒りを纏ったそれは、瘴気の渦となり開拓者達の前で弾けた。
『ユルサヌ、絶対に、許さぬ。お前達にはこの世に生まれたことを後悔させてくれようぞ!』
「黙れ!!」
 開拓者の一斉攻撃がアハティに向かって飛ぶ。
 アハティは消えた。
 でも、開拓者達は解っていた。
 アハティはここから逃れただけだと。
 そして、最終決戦の時が近づいていると…。