【天照】過去へ 前【朱雀】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 9人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2014/10/24 22:04



■オープニング本文

●死の影
 そこには、死だけが残されていた。
 天を仰げば滑落した天井の隅から、黒雲立ち込める空がちらつく。屍は何かを掴むような姿勢のまま折り重なって何ら語ることはなく、生活と争いの痕は瘴気と瓦礫の底へと沈みつつあった。
 死の廃墟を、人影が歩く。
「……唐鍼さんの情報通りですね」
 開拓者たちだ。ここは、遥か昔に護大派が放棄した都市であった。
 護大派は司祭や長老を頂点とする集団である。古代文明より受け継がれた知識には一日の長があり、都市の中枢を担っている神殿や寺院などの建造物には、それらの知識や研究結果が秘匿されているかもしれないのだ。
「何か、役に立つ情報があればいいのですが……」
「ああ。だが気をつけないと。こんな世界です。都市ひとつ、まるごとアヤカシの巣窟だって可能性さえありますから」
 彼らは緊張の面持ちで頷きあい、都市の目抜き通りへと視線を転じた。


 賑やかで楽しい時間だけを過ごした朱雀祭りから一カ月。
 本来であるなら合同授業が行われる筈だった月末を越えた10月のある日。
 朱雀寮生達は集合の声に集まっていた。
「まず、予定が変更になったことをお詫びします」
 彼らの前に立った朱雀寮長、各務 紫郎はそう告げた。
「言い訳になりますが地上世界の発見とそれに伴う情勢の変化に、五行国も対応せねばならず、そちらに手がとられていた、というのもあります。
 加え、地上世界の発見は、我々陰陽師にとって無視できない事でした。
 一番は護大派という瘴気を操る我ら陰陽師にとってのある意味起源とも言える存在は、今までの陰陽師の意味やその存在意義を揺るがすものであると言えます。
 天儀に有るそれらとはまったく意味と価値を異にする原アヤカシの存在などもですね。
 はっきり言えば、開拓者ギルドにおける地上世界の攻略後は、瘴気を操る陰陽師と陰陽師国である五行は今までと同じではいられないだろうと思われる程です」
 寮生達はごくりと息を呑む。。
「開拓者ギルドの地上世界の攻略作戦に合わせ、五行国も地上世界について独自の調査を行いました。
 一度、ではありますが護大派 唐鍼氏との接触も行い、地上世界についてや彼らの使う術などについての話も伺いました。
 無論、彼にも事情があり、全てを語ってくれた訳ではありません。
 ですが、その代り、彼等にも解らぬことを、教えてくれたのです」
「? 彼等にも解らぬこと?」
 まるで謎かけのような寮長の言葉を聞き逃すまいと寮生達は寮長を見つめる。
「そうです。護大派の里ではなく、彼らも廃棄したかつての街の遺跡です。
 そのうちの一つに、彼等が禁地とする場所があるそうです。
 伝え聞くところによるとそこでは護大や瘴気に関わる様々な調査と情報が集められていました。
 かの地を束ねる人物は、護大の意思を感じ取り他者に伝える力を持っており、ある種の聖地であると共に研究なども盛んに行われた陰陽寮に近い場所であったと言えるかもしれません。
 だが、そこはある日、一夜にして滅んでしまった。
 大アヤカシに襲われたとも、瘴気が暴走したとも言われていますが今となっては真実を知る術は無く護大派はその地を放棄、禁地として近づくこともしなくなったということです。
 今は、その地の住民の生れの果てと思われる不死系アヤカシなどが跋扈する、地上世界に生きる彼らをして死の都と呼ばれる場所になっていると聞きます」
 言葉もなく話を聞く寮生達に寮長は一度だけ、軽く目を閉じ、そして続けた。
「その情報を得てから五行内でも検討が重ねられました。
 護大派の研究の最前線基地。もしかしたらそこには陰陽師や陰陽術、そして護大などの謎に迫る重大な情報が残っているかもしれません。
 折しも三年生の卒業試験について、二年生の進級について考えなくてはならない時期でもありました。
 よって、皆さんにこの遺跡の調査を、卒業試験、そして進級課題として与えると決定したのです」
 彼は宣言する。
「三年生の卒業、並びに二年生の進級課題として命じます。
 陰陽寮 朱雀寮生の総力を挙げて、地上世界の調査を行い、陰陽術と護大に関する謎に迫るのです」
 反論も、驚愕の声も寮生達からは上がらなかった。
 ただ、静かに寮長の言葉を聞いている。
「目的地は地上世界の奥。放棄された廃墟です。
 開拓者ギルドが攻略を行っている塔からさらに地上世界の奥に向かった先です。
 塔に開拓者ギルドが作ったベースキャンプを使用することは構いませんが、そこから先には補給もままならない死の世界が広がっていると思って下さい。
 今回の課題は朱雀寮三年生、二年生、予備生合同の課題としますが陰陽師だけでは調査にバランスが悪く、危険でもありますから、協力者の参加も妨げません。
 ただし、アヤカシが跋扈する危険な場所ですので、命の危険があることだけは覚悟して下さい」
「…課題の達成条件は護大と陰陽術の謎を見出し、迫る事、ですよね。
 もし、ですがその遺跡に情報などが残されておらず、謎を見出すができなかったら、どうなるのでしょうか?」
「例え、そうであっても皆さんが行くところは地上世界。
 我々、天に住む者にとっての起源であり、全ての始まりの地です。
 原種アヤカシとの接触。精霊の塔一つとっても謎は多い。
 その地で皆さんが何も発見できないということは、あり得ません。
 皆さん自身の目と、心で過去を見つめ、そこから未来に繋がる何かを見出して下さい」
 
 卒業、進級は勿論大事ではある。
 だが、それ以上にこれは世界の謎に迫れるチャンスでもあった。
 今まで陰陽寮で学んできた事の正に集大成。
 寮生達は与えられた課題と言う名の『世界の過去』に挑もうとしていた。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827
16歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
サラターシャ(ib0373
24歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
カミール リリス(ib7039
17歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964
17歳・男・陰
ユイス(ib9655
13歳・男・陰


■リプレイ本文

●未知の大地
 地上世界。
 そこは薄暗闇に支配された死の世界であった。
 そして、その中でもさらに暗い都の前に彼らは立っている。
「うわっ、ここ暗いなあ。瘴気が目に見えるようや」
 雅楽川 陽向(ib3352)がキョロキョロと周囲を伺って後、腰に手を当てる。
「なんやここに住むなんて、正気かと思う場所やで」
 周囲にひゅるりんと風が流れる。
 瘴気の黒い風ではない、どこか暖かい優しい風だ。
「あ、だじゃれちゃうからな!」
 慌てて打ち消す陽向の頭をポンポンと清心の手が撫でた。
「流石、陽向」
「うん、いい具合に力が抜けたよね」
「だから、ちゃう、って言うてるのに!」
 羅刹 祐里(ib7964)とユイス(ib9655)の言葉は仲間への素直な思いである。
「良いではないか。陽向。皆、緊張しておるのだ」
 抗議する陽向をまあまあと宥める比良坂 魅緒(ib7222)は目の前の光景を見つめる。
「地上世界の、滅びし都。
 二年最後の課題でもあるが、もはやそういう次元の試練ではないな。
 陰陽師として…いや、開拓者として失敗は出来ぬ」
「うん、陰陽師の最大の秘密というべき事柄に僕達の代ではじめて挑めるのは、身が引き締まるね」
「だからこそ、明るさを忘れちゃいけない。瘴気の闇に押しつぶされないように、ね」
 微笑む彼方に、陽向はうん、と頷いた。
 そんな後輩達を満足そうに見つめながら劫光(ia9510)は平野 譲治(ia5226)と視線を合わせる。
 そして
「そろそろ、行くか?」
 静かに立つサラターシャ(ib0373)に問いかけた。
「はい。ありがとうございます。先輩」
 頷いたサラターシャは仲間達を見回し、視線を合わせ、微笑みかける。
「では、参りましょう」
 そして彼らは踏み込んでいく。
 誰も訪れた事の無い、未知の世界へと。
 
 陰陽寮 朱雀寮生達の進級、卒業課題として地上世界、特に廃墟となった研究施設の調査が課せられてから寮生達は準備を重ねてきた。
「……唐鍼さんの情報通りですね」
 地図を見ながらサラターシャが呟く。
 破棄されて久しい都。
 情報をくれた護大派 唐鍼でさえ、全てを知っていた訳では勿論無いが独特な建物の構造や街の作りなどは彼がくれた情報と大きな差は無いように思える。
「何か、役に立つ情報があればいいのですが……」
「ええ、ですが気をつけないと。こんな世界です。都市ひとつ、まるごとアヤカシの巣窟だって可能性さえありますから」
 心配そうに声をかけるカミール リリス(ib7039)にはい、とサラターシャは頷く。
「この遺跡に現れるのは原アヤカシではないかもしれませんし…」
「確かに。いったい、何が出てくるやら、だな」
 劫光が松明を持ったまま小さく肩を竦めて見せた。
 この都に到着するまでも幾度となく、アヤカシとの遭遇はあったのだ。
 例えば鵺に似た外見を持つアヤカシが空からこちらに向かって近づいて来た時もあった。狼に似た生き物の群れが森などに向かうのも見えた。
 しかし、それらの多くは明確な攻撃性を寮生達に示すことは無く、おそらくは未知の存在に対する興味で近づいて来たのだろう。
 無用な戦いを避けてきた事あるが相手側の油断のようなものもあり、本格的な戦闘にはならずにすんだのだ。
「鵺に似たあのアヤカシは同じように雷撃を使用してきました。原アヤカシと天儀のアヤカシにはやはり共通点があるのでしょうか?」
「倒すと瘴気に還る。人を本気で襲って来ないこと以外に違う点も見つけられなかったしな」
「通常のアヤカシとは行動原理が異なるのではと思います。
 恐怖と苦痛ではない何かの為に存在しているのかもしれません」
 戦いの様子を思いだしサラターシャは考えていた。
「琴は大丈夫やろか? 街ン中には連れてこられへんよって外にああいうのが仰山きてたら…。心配や…」
「外をうろついているアヤカシの多くは原アヤカシのようですから大丈夫でしょう。ラヒバも置いてきましたし…」
「妾のカブトも一緒じゃ。案外のんびりしておるかもしれんぞ」
 心配そうに何度も振り返る陽向をリリスと魅緒が励ます。
 祐里の走龍ダフくらいならともかく巨大な騎乗相棒達は廃墟の街を歩けない。
「まぁええわ、野良アヤカシおったら、全力で退治しとって。うちらが戻るまでな」
 門で留守番させることになった相棒を陽向は心配しているのだ。
「でも、無理したらあかんよ? 琴は大事な仲間や、相棒や♪
 五大派の古代人みたいに、自爆なんてあんなこと、させれるわけないやん!」
 彼方や清心も龍を置いてきている。
 帰ったら拗ねているかもしれないが…むしろ相棒達には外で待っていた方が安全かもしれない。周囲を見ながら寮生達はそんなことを考えた。
 この街は中央に大きな建物があり、一際高くそびえ立つ塔があった。
 それを取り巻く様に少し大きめの建築物が林立している。
 そして、さらに外側。つまりこの近辺は住居部分のようだ。
 この構造は天儀の城下町、身近なところで言えば陰陽寮や結陣などともよく似ていると言えた。
「先輩」
 ふと、先頭を歩いていた芦屋 璃凛(ia0303)が足を止め振り返った。
 彼女の声と気配に寮生達も周囲の変化を察する。
「…アヤカシか…」
「はい。…しかも多分、原アヤカシやないです。恨み持って死んだ人から生まれた様な…アヤカシ」
「戦いは、避けられそうにないか…」
 刀を抜いた劫光は、
「長引かせるのは拙い。一気に片づける。譲治、守りは任せた」
 後輩達を背に庇う様に前に出た。
「了解なのだ!」
 譲治が結界呪符「黒」で壁を作る。だがその前に、スッと劫光の横に進み出て来た者がいる。
「うちも、戦います」
「雫が銃で足元を狙います。巻き込まれないように気を付けて下さい」
 前を向く璃凛。微笑むユイス。
 勿論、他の後輩達とてただ守られるだけではない。
「レオ、皆さんを守って下さい」
『解った。でも、無理しちゃダメだよ』
 術の準備を整え、自らのやるべき配置についている。
 守るべき後輩であると共に肩を並べて戦う友でもあるのだ。
「…だからこそ…だ」
 虚ろな目をした白骨の群れが集まってきた。
(何が出てきてもこの剣で守ろう)
 自らに誓う様に剣を握り締め、劫光は
「いくぞ! 双樹。援護を!」
 敵に向かって切り込んでいった。

●生きる決意
 ここが廃墟となってどのくらいの時が経つのだろうか。
 古びた壁や天井を見ながら、寮生達はそんな事を考える。 
 時折襲ってくる不死系アヤカシと戦いつつ、寮生達は死の都の探索を続けていた。
 天儀にもいるそれよりは強敵であるが、特別な技を使ってくるわけでもないアヤカシ達は寮生達の道を阻むモノでは無い。
 慎重な住居部分の調査を終えて、寮生達は中心部の建物に辿りつく。
 サラターシャはここまで見てきた建物や街の構造など確認しながら、仲間達に告げた。
「この建物は今まで通り過ぎてきたところとは違う何かがありそうです。
 注意して調査にあたって下さい。あまりバラバラにならないように…」
 そうして彼らは本格的な調査を開始したのだ。
「この崩壊の度合い、百年や二百年では程度の時間経過ではない、じゃが千年は経ってないように思える。
 五〜六百年、ってところではないか?
 あの「庭」に比べれば大したことはないな」
 くすり、と笑うユイス。 
「箱庭と比べるのが間違ってるかもしれないけどね。でも…これは」
「ん? どうした? ユイスよ?」
 壊れた天井と破片に触れながら呟いたユイスに魅緒は小首を傾げる。
「ここはなんで壊されなきゃならなかったんだろうな…っって思ってさ」
 そう告げてからユイスはほら、と指をさす。
「ここは外側から内側に向けて崩れている。つまり、何者かの襲撃を受けたんじゃないかな? それに、この壁にこびりついている黒いものがススだとしたら、火をかけられて焼き尽くされたんじゃないかと思うんだ。
 でないと何もなさすぎる…」
「なるほど、ここには何者かにとって滅ぼさなければならない、消されなければならない何かがあった、と?」
「そう思うんだけど…」
「先輩! みんな! ちょっと来てくれ」
 別の部屋を調べていた祐里の声に寮生達は駆け寄り集まる。
「どうしたんです?」
 サラターシャの問いに祐里は部屋のさらに奥を指差した。
「…ここは」
 寮生達は息を呑み込んだ。
 並ぶ、固い寝台。
 いくつかの机に錆びたナイフや鉗子などが転がる部屋の中には檻や何かの残骸が転がっている。
「護大派は自らの身体を強化して、瘴気の中で生きてきたという。
 ここはその実験が行われていた場所なんじゃないかな?」
 祐里の言葉に寮生達は頷く。そして年月の経過に感謝した。
 もし、ここが崩壊当時のままであったなら目を背けたくなるような場であった可能性が高いからだ。
「何か、資料があるかもしれませんね。探してみましょう」
 サラターシャの言葉に寮生達は注意深く、周囲を探る。
 そんな中、
「どうした、陽向?」
 俯く陽向に魅緒が問いかけた。
 へにょりと下げられた尻尾はいつもの元気を完全に失っている。
「あのな…。うち、ずっと、思っとったん。もしかしたらうちら獣人や、修羅って護大派みたいな人らに作られたんやないか。
 ご先祖さま、痛いことされて実験台にされとったんかな? …って」
「陽向…」
 膝をつき、壊れた檻や切れた鎖、枷に手を触れる。
「無理やり連れて来られて、身体いじられたとか、痛いちゅう感情すら、消されることされたんかも。
 もしも、もしもそうやったら、辛かったやろな…」
 ぽろりと、一滴、落ちた涙が石の床を濡らした。
 かける言葉もなかった魅緒が顔を背け、壁の棚に書物やいくつかの宝珠を見つけたのは偶然であったろう。
 だが、それを手に取った魅緒は暫くして目を見開き
「陽向!」
 友の名前を呼んだ。
「これを、見よ!」
「なんや? 魅緒さん?」
 握らされた宝珠は記録宝珠であったようだ。
「聞け!」
 再生され…微かな、声が宝珠から聞こえる。
『…ヒトは、どうしたらより強く生きられるのだろうか?
 この瘴気の満る大地では、弱い器では命を次代に紡ぐことすらできない』
 陽向は両方の耳を欹てる。声は静かに、強く続けていた。
『護大の意思は世界の意思。緩やかな滅びは受け入れるべきだ。
 だが、何もせずに諦める事も、また違うだろう。
 かつて、自らの意思で身体を強化し、作り変えた者達がいた。
 獣達の力を我が身に取り込み、強く生きようとした者達…。
 彼らは…に上り、我らは相容れなかったが、その技術と覚悟は我らにとって…な、見習うべきもの…ろう。
 それを忘れない為に…ここに…を残す。
 彼らの思いを…受け継ぐ…と。
 全ては…の…為…に』
 言葉が完全に聞こえなくなって後も暫く立ち尽くしていた陽向は宝珠を手の中に握り締めた。
「…無理やり、やないとええな。うちらのご先祖様も、護大派の人らも…、みんな…自分の意思で、未来を決められると…ええ」
 祈る様に…願う様に…。

●ある推論
 一冊の書物をリリスは読みふけっていた。
 文字通り、食い入るように。
「どうしたん?」
 歩きながらも書から目を離さないリリスに璃凛が声をかける。
「璃凛。…これ、どう思いますか?」
 暫く考えて後、リリスは璃凛に持っていた書物を差し出した。
「これは?」
「あ、紙が古くて破けやすそうなので気を付けて」
 リリスの注意に頷きながら璃凛はそっとそれを受け取って開いた。
 読みふけるというのは正確ではないかもしれない。
 そこに描かれた文字は殆ど読めないモノであったからだ。
 ただ、ところどころに描かれた絵、というか図形と数式のようなものが…
「これ…護大なんやろか?」
「そうではないかと思います。そして…この式が表すものは…」
 リリスの目が深く輝く。
 それを見た璃凛がぐいとリリスの手を引っ張った。
「…リリス。皆にも声かけるからちょっと休憩しよ。そして、皆で考えるんや。
 頭の中だけで考えとったらアカン。思った事は言葉にして伝えんと…」
 どこか寂しげな璃凛の背中にリリスは逆らわず、小さく息を吐きだした。
「休まなければいけないのはどちらでしょうかね…でも」
 そして頷き、微笑む。
「ありがとう」
 …と。

「これは、あくまで仮説以前のもの、一つの推論ですが聞いて下さい」
 建物内にあった、少し広い空間で寮生達は思い思いの形で腰を下ろしていた。
 彼等は一様に中央に立つリリスを見つめている。
 その視線を受けて深呼吸するとリリスは自分が持っていた本を仲間達に回し、語り始めた。
「この書物は崩壊した部屋のがれきの隅で見つけました。
 石などの間に挟まったことで崩壊や、もしくはあったかもしれない消失から守られたのかもしれません」
「そうだな。この建物は一度火に包まれた可能性がある。
 書物などが想像以上に少ないのも、そのせいかもしれない」
 劫光の言葉に寮生達は頷く。
 調査を続ける彼らは年月と、崩壊に阻まれ今の所、思う情報をなかなか探せずにいた…。
「その本の中の図を見て下さい。
 中の殆どの文字は読めないのですが、絵と式らしきものがあります」
 肩を寄せ合って書物を見る寮生達。
 リリスの言う通り、中には絵があった。
 白い光とそれに書き込まれたたくさんの文と数式。
 かなり後に黒い光が同じように書き込みと共に書かれていた。
 そして、書の最後に近いところ、光に包まれた人型が見開きで大きく描かれていた。
 その右手と左手から、白と黒い光が放出されているように見える。
 周囲には消えかかった書き込み。
 人型に向けられた矢印が太く一本、そして光に向けて放たれた矢印が二本。
「陽と陰という概念があります。
 解りやすく精霊力と瘴気と呼ばれていますが、この二つは相似性を持ちつつまったく違う性質から異なるものと思われて来ました。
 相反する、決して相容れないものと…。
 でも…元は一つの存在だったのではないでしょうか? 
『空』という言葉がありますが、完全に安定した力『空』があり、それが分かたれて精霊力と瘴気になった…」
「! 元は人…いいえ、世界全てが『空』の状態であった、と?」
 サラターシャが目を見開く。
 陽と陰が織りなすのが空ではなく、元が空で、そこから全てが分かたれた。
 それはある種、逆転の発想だった。
「はい。そしてそれを分離する存在が護大、なのかもしれません。
 この書物から推察するに護大は安定した光…『空』を取り込み白と黒、精霊力と瘴気に分けている。
 …順番が違うかもしれませんね。
 安定した『空』の時代があった。
 やがて世に精霊力が増えてその精霊力を活用する研究、魔法やスキルなど…が進められた。
 次いで瘴気の存在が確認され、その起源を探るうちに『空』を分化する護大の存在に気付いた、ということではないでしょうか?」
 それを証明する方法はまだないのですが、とリリスは続ける。
 護大を卒業研究の課題とし、調べてきたリリスだからこそ組み立てられた仮説だと言える。
「では、その仮説が正しいとして、護大は何故、精霊力と瘴気を分断したのだ? 安定した『空』を無理やり不安定な状況にする理由は?
 そもそも、護大とはなんなのだ? どんな存在なのだ?」
 魅緒が吐き出すように告げた問いは寮生達全ての思いであるのだが、
「それが解れば苦労はしません」
 肩を竦めたリリスの言葉もまた真実である。
「その辺の所は、本当に、実際聞いてみるくらいしか方法はありません。
 護大の正体など、本人に確かめない限り机上の空論ですし。
 そして、それができるのは神代だけ、なのでしょうし…。開拓者ギルドで行われていた会議の結果で護大と対話する、と決まったらしいですがどうやったら護大と対話できるのかは神代 穂邑さん以外に、いえ穂邑さんにもはっきりとは解っていないのではないでしょうか?」
「…もしかしたら、もう一人、知っている人がいるかもしれません」
「えっ?」
 静かな声に寮生達の視線が集まる。
 声の主はサラターシャであった。
「この都にいた、という神代です。
 寮長はおっしゃっていました。
『この地を束ねる人物は、護大の意思を感じ取り他者に伝える力を持っており…』
 と。
 このことからかつてこの地を束ねてた人物は、神代に近い力を持っていたと推察できます。少なくとも護大の意思を感じ取ることができた…。
 今の我々よりも護大について、何かを知っていた筈です」
「なるほど。それが理由で何か、タブーに触れたとすれば、この地の滅びにも理由がつけられるでしょうか?」
「でも、先輩。数百年以上前の人や。なおの事聞く訳にはいかんのとちゃう?」
「いや、探してみる価値はあるかもしれん」
 同意するように頷いたのは劫光であった。
「ここまで来る途中で、不死系のアヤカシと会っただろう?
 あれはおそらくこの街の住民の生れの果て、だ。
 だからこそ護大派はここを禁地にした。
 もしかしたら、護大と対話できるほどの力を持った者であるなら、特別な力で何かを遺してしているかもしれない…。今も『生きている』とまで考えるのはできすぎだろうが…な」
 言いながら劫光と譲治は自分の卒業試験を思い出す。
 アヤカシと化した太古の陰陽師との戦いを…。
「なるほど、では、休憩が終ったらもう一度捜索してみましょう。
 特に他と違う場所、破壊が著しい場所、などを重点的に。
 ここを外から破壊した者がいて、破壊される理由がここにあるのなら、その痕跡はきっと残っている筈です」
 ユイスの言葉に寮生達は頷き、立ち上がる。
 気持ちと思いを新たにして…

●挑む、思い…。
 そして、寮生達はある場所へとたどり着いた。
 都の最奥にある塔へ、と。
 周りは完全に破壊され、がれきに埋もれている。
 それでも、所々に残る装飾などがこの場所が特別な場所であると寮生達に告げていた。
「…どうやら、ここのようですね。
 祭儀の場であり…、街の中心。
 一番壊したくて…それが叶わなかった場所」
 塔は高く、高く聳え立っていた。
「…あの塔の、てっぺんに、なにかいる…なりかね?
 譲治は塔を見つめる。目ではなく全身で周囲の気配を感じ取ろうとしているようだ。
「…う〜ん、やっぱダメや、言霊は途中で消えてまう。
 ズルせんと自分の足で上がってこい、ゆうことかいな」
「あれを、倒して…だな」
 寮生達が指差す先、塔の入り口にはアヤカシが蹲っている。
 鵺などによく似たキメラ。おそらく原アヤカシだ。
 でも、今まで地上世界で出会ったアヤカシと一線を画す存在であることは解った。
 眠るように目を閉じたアレの役目はきっと門番。
 近づけば、目を覚ますだろう。
「どうする?」
 劫光の問いは助っ人から寮生への確認にすぎない。
 彼等の思いと返事はもう決まっているのだから。
「今は迷うより、行動すべき時です。
 あの先に、もしかしたら陰陽術の…そして世界の始まりを知る為の何かがきっと待っている筈です」
「よっしゃ、今は行動あるのみ、やね」
 陽向が呪術人形ケロヨンを装備する。
「ドッカーーン!!」
 前方に積み重なっていた瓦礫が吹き飛ばされ、門番のアヤカシが目覚めた。
 アヤカシが襲いかかってくるのと、寮生達が踏み込んでいくのはほぼ同時。
「行きましょう!」
 寮生達は世界を知る為の戦いに飛び込んで行くのだった。