【南部辺境】消えた娘
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/10/18 02:25



■オープニング本文

 集まり、膝をつくアヤカシ達を彼女は、満足げに見下ろしていた。
「この身体も…存外悪くない。もしかしたら遠く、アレの血をひいているのかもしれぬな」
 自らの手を見つめる娘。
 全身からは恐ろしい程の瘴気が溢れていた。
「とはいえ、やはりアレには及ばぬ。この目で確かめられなかったのは残念だが、どうやら奴らの遺物がこの世に出てきたようでもある。取戻さねばな。この大地と失われた力を…」
 そうして彼女はアヤカシ達に命じる。
「構わぬ。好きに暴れるがいい。この国の支配者は誰か、愚かな人間どもに思い知らせてやるのだ!」
 喜々として散って行くアヤカシ達。
 それを見送った彼女は
「うっ…」
 突然小さく、眉をひそめた。
「…今は大人しくしておれ。切り札は残しておかねばならぬのだ。
 いずれ時が来れば楽にしてやるゆえ。
 そうそう、奴もそろそろ呼び寄せねばな…」
 他に誰も言葉を聞くモノはいない闇の中、彼女はそう呟いて笑うのだった。

「誰か、事情が分かるものはいないか?」
 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの父、エドアルドは開拓者達にそう問うた。
 無理もない。
 息子に呼ばれて来てみれば、息子が城の中で瀕死の重体になっていたのだから。
 実際の所、南部辺境伯の容体は重篤で、今も意識は戻っていなかった。
 治療にあたった医師や術師は生きているのが奇跡的であると告げたという。
 応接室に倒れていた辺境伯は背後から背中を刺し貫かれていたという。
 武器は多分、小ぶりのナイフかなにかであろうが、ご丁寧に毒が塗られていた様子もあって、もう少し発見が遅かったら、そして僅かながらも急所が外れていなかったら、命は無かっただろうと言う診断であった。
「俺は、グレイスに合わせたい人物がいる。力を貸してくれないかという連絡を受けてやってきた。
 あの日、俺はその人物と会う筈だったんだ。
 城の連中もフードをかぶった客が城にやってきて、応接室に招き入れられたと言っていた。
 つまり、俺が合う筈の人物であり、あの日城に来ていた来客がグレイスを刺したと見て間違いは無いだろう。…心当たりはないか?」
 エドアルドの言葉に開拓者達は顔を見合わせる。
 丁度、遺跡捜索を命じられていた開拓者達は、当然その現場を見た訳でもなく、居合わせた訳でもない。
 だが…、心当たりがないかと問われれば、幾人かの開拓者には思い浮かぶ存在がいた。
「まあ、幸い、峠は越したという事だからあいつもじきに回復はするだろう。
 犯人が誰かはその時聞けばいい事でもある。
 それより問題なのは、アヤカシの軍勢の方だ。何故この時期にアヤカシが急に集まりだしたのかが全く分からない」
 腕組みしたままエドアルドは続ける。
 現在、リーガ郊外。ケルニクス山脈近辺にアヤカシが大集結しつつあるという情報は開拓者の元にも届いていた。
 メーメルやさらにその先からも、南部辺境全体のアヤカシが動いているのではないかと言われる程にその数は日に日に増加の一途を辿っている。
「これだけの数のアヤカシが動き出したのはヴァイツァウの乱以降、ジルベリアでは例が無い。
 近年、ジルベリアにはアヤカシを生み出すような大アヤカシや、奴らを束ね指揮するような上級アヤカシが存在しなかった。
 無論、ローザローザやフェイカーのような闇に蠢く連中がいないでもなかったが、ここまで力を集めて敵対の意思を見せてくるのは初めてに近いことだ。
 どこからか、奴らを束ねる力を持ったアヤカシが現れたのか? 解らないことだらけだ」
 そう言って後、エドアルドは開拓者達を見た。
「アヤカシどもの一部は周辺の村や町などを襲撃しているという報告もある。
 俺、いや私は少なくともグレイスがある程度動けるようになるまでリーガを含む南部辺境の指揮を取り、万が一に備え防備を固めなければならない。アヤカシどもが中央を襲う事はなんとしても防がなければならない。
 だが、敵の能力や、状況の把握ができなければ後手に回ることになるだろう。
 そこで開拓者に頼みがある。
 敵陣に潜入し、情報を集めて来てはくれないか?」
 殲滅は望まない。あくまで依頼は情報収集だと彼は言う。
「既に、周囲に集まるアヤカシの数は1000に近づいているという報告もある。
 数を減らすことができればありがたいが、下手に刺激して攻撃に転じられても困る。
 とにかく敵の状況と目的を把握したい。
 可能であるなら奴らが何の為に集まっているのか、それを確認しては貰えないだろうか?」
 頼む、とエドアルドは頭を下げた。

 開拓者達は思った。
 南部辺境に何かが起こり始めていると。
 今までにない何かが…。

 彼らの横では長い眠りから目覚めた水晶が不思議な光を放っていた。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
マックス・ボードマン(ib5426
36歳・男・砲
星芒(ib9755
17歳・女・武
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文

●眠る辺境伯
 襲撃を受けて数日。
 未だ目覚めぬ南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスを
「グレイス…」
 枕元に立つフレイ(ia6688)は返事の返らない相手をそっと呼ぶ。
 城内で謎の人物の襲撃を受け、意識不明の重体。基本面会謝絶と言われていた。
 特別に許可を受けて入室したフレイの前で彼は今もまだ眠り続けている。
 苦しげな呼吸と時折の呻き声。
 フレイは手の中の指輪を握り締めながら愛しい相手の顔をじっと見つめていた。
 
 リーガ城の応接室。
「背、から刺された…ねえ…」
 竜哉(ia8037)はその一角で壁に背を預けていた。
「まったく、騎士のくせに情けない奴だ。よほど気を抜いていたのか…」
 肩を竦めてそう言うのは皇帝の側近にして南部辺境伯の父親、エドアルド。
 息子を批難しながらも声には心配する思いが滲んでいる。
「さされた、か…」
 彼の周りには開拓者達が集まっていた。
 そう自らに確認するように言ったのはニクス(ib0444)である。
「不意を撃たれたとしたら余りにお粗末だが…」
 辺境伯自身を肯定、弁護するつもりは竜哉には無いが
(「本来忠義を誓うような相手」なら、判らんか…)
 そう心の中で小さく呟いていた。
「あ、フレイさん…」
 扉が開き入ってきた人物に柚乃(ia0638)は迎えるように近付いた。
「どうでしたか? 辺境伯の容体は?」
「一応、呼吸とかは安定しているみたい。傷口も治療を受けて塞がっているから。
 ただ、出血が多かったのとやっぱり毒が身体に与えた影響が悪かったみたい。
 意識が戻るにはもう少しかかるかもしれないって、言われたわ」
「そうですか…辺境伯…意識が戻られるといいのですが…」
 フレイの答えに祈るように手を合わせる柚乃。
「側についていなくて大丈夫ですか?」
「護衛や医者が側で見ているから。
 本音を言えば彼にずっとついていたいけど…開拓者としての役目を放棄できない。
 彼に怒られてしまうもの。今はやるべき事をやりましょう」
「背中から刺されるなんて無用心に過ぎるわね。敵は憑依型よ。献上品や身近な人物にも注意しないと」
 肩を竦めて見せたユリア・ヴァル(ia9996)に柚乃は躊躇いながらも辺境伯弁護の声を上げた。
「でも、仕方がないと思います。辺境伯はそのことを御存じなかったんですから…」
「無事戻って報告するまでがお仕事ってこと、かな?」
 星芒(ib9755)も苦笑交じりの笑みを浮かべる。
 タイミングが悪すぎた事は否めない。
 …既に柚乃は相棒白房を伴って、現場である…ここではない…応接室での検証を済ませていた。
 時の蜃気楼を使用して、襲撃の時の映像を再生したのだ。
「その人物は女性でした。彼女は辺境伯が訪れ、背を向けた瞬間に服に隠し持っていたナイフで背中を刺したのです。
 そして窓から逃げて行きました。時間は丁度、私達が遺跡に向かい始めた頃のようです」

「ねえ? その人の様子ってどんな感じだった?」
 柚乃は星芒の言葉に小さく首を傾げる。
「どんな…とは?」
「えっと、つまりは笑ってたとか、苦しそうだったとか…」
「…そう言われれば部屋の中で苦しげにしていらしたように思います。暗い部屋の中で…止めて、と言う声が聞こえたような…」
「そっか…、じゃあ、やっぱりそう、なのかな?」
「お前達、グレイスを刺した者に心当たりがあるのか? 誰なんだ?」
「それは…」
 柚乃が言葉を濁らせる。顔を幻影とは言え見ていた彼女はその「女性」に心当たりが当然あった。
 だが、その「人物」を犯人だと告発するのは躊躇われたのだ。
「この時期という事であれば新港建設に反対の輩ということになるか?
 後は個人的な怨みでも持ち合わせていたか…」
 静かに語るマックス・ボードマン(ib5426)にエドアルドは微かに眉を上げた。
「グレイスも辺境を預かる者だ。個人的には怨みなどはいくらでも受けているだろう。
 だが、今回は違う。開拓者であるなら、解っている筈だ!」
「えっと、ね。エドアルドさん」
 微かではあるが苛立ちの表情を浮かべるエドアルドを宥めるように星芒が言う。
「さっきユリアさんもちらっと言ってたんだけど、私達が遺跡で調べて来て解った、今辺境を狙っているかもしれない敵。
 それが今回の敵と同一人物かは解らないけど、それは憑依型アヤカシみたいなんだよね」
 慎重に、言葉を選んで。
 マックスも、エドアルドも今はそれに口を挟まない。
「だから、その人物が辺境伯を刺したからと言ってその人が辺境伯を本当に殺したかったのかどうかは解らないと思うんだ。
 操られていた可能性もあるから、もう少し待って欲しいんだけど…」
「人を…操る。まさか、今回の奇襲も……?」
 独り言のように宮坂 玄人(ib9942)は呟く。
(前回、俺はカリーナ殿…正確にはあの指輪か。それに惑わされそうになった。
 そして、遺跡でからくりの少女が話していたアヤカシ…。もう既に操られた人がいるかもしれない)
「今はアヤカシ軍の目的と指揮官の情報を得ることが我々に求められた依頼だろう?」
「…確かにそうだ。犯人などグレイスが目を覚ませば解る事、だからな」
 開拓者の返事にエドアルドは頷く。
 父親として我が子を心配する気持ちはあっても、それを飲み込む度量のある人だ。
「辺境伯の護衛と調査にも何人か残るわ。今は一刻を争うもの。急ぎましょ。どれくらい面白い敵か確かめて来なくっちゃ」
「ユリア…」
 ニクス(ib0444)が小さく諌めるように声をかけユリアが軽く笑う。
 場の空気が少し、明るくなった。
「解った。お前達に任せる。頼んだぞ」
「ああ。引き受けた」
「そう言えば出発前に寄りたいところがあるのよ。待ってね。ニクス」
「ああ、俺も行く」
「竜哉さん。うちも一緒させてもらえんやろか?」
 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)や芦屋 璃凛(ia0303)も頷き立ち上がる。
 そしてそれぞれが自分に決めた役目に向かって歩き出すのだった。

●闇の指輪
 本当は治療にあたる術者は止めた。
「今は面会謝絶です。安静にしないと」
 だが、ヘスティアは柚乃とフレイと共に、自分のからくりD・Dを連れてグレイスの寝室にやってきていた。

 ここに来る少し前、アヤカシ軍の調査に出た仲間とは別に彼女達この城とグレイスの護衛に残った3人は現場を調べたのだ。
 今は誰もいない少人数用の応接間。
「柚乃。本当に襲撃者はユーリだったんだな?」
 ヘスティアの問いにはい、と柚乃は頷く。
 開拓者がユーリと呼ぶ女性は現在、ユリアスと名乗り南部辺境、ラスカーニアの領主をしている。この事は南部辺境に関わってきた多くの開拓者が知っている事だった。
 さらに彼女は自分は皇帝の娘、ユリアナ。落胤であると告げている。
 その件に関して証拠と言えるのは父親と同じ色の銀髪と青い瞳、そして父から譲られたと言う皇帝の短剣のみなのだが…。
「でも、グレイスは信じてる…。私も彼女は嘘をついてないと思う」
「私もユーリさんは嘘をつくような方では無いと思うのですが、彼女が辺境伯を刺す理由は無いと思うのです」
「解った。もう一度頼む」
「はい」
 ヘスティアの求めに頷いて柚乃は歌い始めた。緑色の燐光が彼女を包む。
 …時の蜃気楼だ。
 正確な時間が解らず何度も試したさっきと違って時間は解っている。
 彼女の周りにぼんやりと幻影が浮かぶ。
『う…止めて…私を…とらないで。ダメ…そんなこと、できない…』
 応接室のソファの上で苦しげな声が聞こえていた。
「あれは!?」
「し、静かに」
 玄人は思わず声を上げた。
 室内でもフードを被り俯いていた女性は暫く荒い息を吐いていた。
 手には細い指輪が見て取れる。だが、突然
『いやあああ!!!』
 大きな声を上げた。何かが彼女の周囲で渦を巻いたように見えた。
 と、同時に彼女の指に嵌っていた指輪が急に大きく美しくなった。
 そして
『お待たせしました。姫。ご用意はいかがですか?』
 扉が開いて入ってきたグレイス。
『…ありがとうございます。今、参りますわ』
『では、参りましょう。父も間もなく参ります』
 お辞儀をし、案内の為に向けられた無防備な背に彼女は隠し持っていたナイフを突き立てたのだ。
 気配に気づいたのか、グレイスは刺される瞬間、僅かに身をよじっていた。
 また、刺した当人もギリギリのところで躊躇ったようにも見える。
 そのおかげで急所は確かに外れたのだろう。
 でも、犯人はその気になれば止めを刺す時間はあった筈なのだ。
 だが、見下ろした彼女はフードを降ろすと髪を靡かせた。
 間違いないユーリの顔で、だが彼女はにやりと妖しく笑って見せるとグレイスの手元に何かをして去って行ったのだ。

 エドアルドの許可は得ていると言っても異性の寝室に入るというのは少し緊張する。
 聖符水、にごり酒「霧が峰」、符水、梵露丸。
 回復の為のあらゆる手段を試してもまだ戻らない辺境伯の意識。
「フレイ…、辺境伯は指輪をしてたか?」
 目を閉じたままの辺境伯をヘスティアは見やると首をフレイの方に向けた。
「指輪…、解らない…いいえ、していたわ。この指輪と対になるものを確か!」
 フレイは自分の紅玉髄の指輪に手を触れながら思い出す。
 透かし彫りの紋章の指輪はグレフスカス家の女主人の指輪。
 グレイスの付けている紋章の指輪は印章で二つで一つなのだと以前教えてくれた。
「それなら…もしかしたら…身辺を調べてみろ」
「ええ!」
 フレイはそっとグレイスの手を取った。骨ばった騎士の手。
 その薬指の印章指輪の上に小さな赤い石のついた細い指輪が嵌っている。
「これは!」
 直感でフレイはそれを引き抜くと地面に叩きつけた。
 パリン、と音を立てて割れた指輪は粉々に砕け散って行く。
 と、同時
「…う…っ…」
「フレイさん! ヘスティアさん! 辺境伯が!」
 柚乃の声に二人は駆け寄る。唸るような声をあげたグレイスにフレイは必死の思いで呼びかけた。
「グレイス!!」
 それに応える様にグレイスはそっと目を開ける。
「…私は…生きているのですね。良かった。…また、貴女に会えた」
 微笑むグレイスの枕元。
 フレイはその手をとったまま、眼から零れ落ちる雫を止めることができなかった。

●敵の狙い
 辺境伯の護衛は残った仲間に任せて開拓者達の半数以上はエドアルドからの本依頼であるアヤカシ軍の調査にあたっていた。
「う〜ん、おかしい…」
 星芒は物陰からアヤカシ軍を見つめそう呟く。
 提灯南瓜 七無禍のトリックパーティで今、彼女の姿は他者には見え辛くなっているとはいえ、ここはアヤカシ軍の中枢に近い筈。
 注意は怠れない。
 しかし…
「なんでこんなに雑魚っぽいのばっかりなんだろ?」
 彼女は疑問を整理するように口にする。
 このアヤカシ軍、編成は前のメーメルの時と同じか近いと開拓者達は踏んでいた。
 おそらくは吸血鬼などの人型アヤカシを要所に置き、軍としての指揮をとらせているのだろうと。
 だが、ここまで見る限り怪狼、剣狼、怪鳥、ゴブリン種が殆ど。
 「そう言う」存在が驚く程にいないことに星芒は気付く。
「知性の低い連中が大人しく従っているのも不思議だけど…、とりあえずもう少ししたら皆のところに報告に戻ろう」
 思いながら星芒は周囲を見た。
 この近辺に何か遺跡などが無いかと思った。
 でも、周囲には目立つものは何もない。
 少し先に出城であるクラフカウ城。そしてその近くに新しく整えられた道があるだけだ。
「この道、どこに続いてるのかな? 以前聞いた新開拓地…だっけ?」
 星芒は近辺の地理にはあまり詳しく無い。
 その上、街道にはアヤカシが多くて今は先には進めそうになかった。
「よし、戻るよ。七無禍。アヤカシに見つかったら援護頼むね」
 頷く様に揺れた提灯南瓜と共に星芒はその場を後にした。

 森の外れに輝鷹が舞い降りた。
「ふう〜。やっかいな相手だったわね。お疲れ様、アエロ」
 同化していた主人ユリアをふわりと大地に下ろすと輝鷹は小さく旋回する。
「…無茶はしないでくれよ」
 寄り添う戦馬アンネローゼから降りたニクスが声をかける。
「でも襲われている人を見捨ててもおけないじゃない?」
「ああ、解ってるさ」
 微笑むニクス。ユリアの事は自分が守ると心に決めているのだ。
「それで、どんな感じだ? ユリア」
 ユリアが描いたマップをニクスは覗き込んだ。
「アヤカシ達は別に村を狙って襲撃した訳じゃないみたいね。たまたま進路にあったからか。
 ただ、ほら、見て。どの村も街道沿いでクラフカウ城などへの補給経路であったようなの。
 アヤカシ達は街道を押さえようとしているのかしら…。でも、主街道ではなく何故山道を…」
「ジェレゾへの主街道などは警戒も厳しいだろうからな。しかし…何か引っかかる…!」
 唸るニクスはふと、気配に気づきユリアを背に守るように剣を構えた。
 近づいて来たのが竜哉に璃凛、マックスと気付き直ぐに構えを解いたのだが。
「どうだった?」
 問うユリアに竜哉の表情はいまひとつ冴えがない。
「中央にかなり接近はできたと思う…。指揮官らしい人物の姿も見えた。だが…」
 彼はマックスを横目で見る。マックスは沈黙を守っていた。
 三人は相棒と共に軍の中央部に接近していたのだ。
 危険を承知でギリギリまで。
 そこで指揮を執る一人の「女性」を見た。
「連中は街道を完全に押さえておるんや。今までのアヤカシの動きとはまるでちゃう…」
 相棒 遠雷と共に頷く璃凛に竜哉は目を閉じた。
 敵は知性の高くない下級アヤカシに見事な統制を敷いている。
 それを軍の中央で見かけた『彼女』が一人でやっているのだとしたら…。
(よほどの上級アヤカシ。…それを封印した王とは一体…)
 そこに
「ただいま」
 星芒が戻ってくる。上空からは小鳥の姿をした天妖 鶴祇も竜哉の元に舞い戻ってきた。
「どうだった?」 
 星芒の意見と集団の流れを追わせていた鶴祇の報告を聞いた竜哉はハッと顔を上げた。
「ユリア! ニクス! 地図を作っていたな! 見せてくれ」
 東端はラスカーニアに届こうとし西端はクラフカウ城に迫る…アヤカシ軍。
 そして、主力の人型アヤカシがいない…。指揮を執るのがもし南部辺境の知識を持つモノであるのなら…。
 そこで彼はある一つの事に気が付いた。地図を見てハッと声を上げる。
「そうか、そういうことだったんだな?」
「何や? どないしたん?」
「芦屋! 確か調査に入る前にラスカーニア近辺を調べたら妙な物資の流れがあるとか言ってなかったか?」
「…えっと、ああ、そうなんよ。ラスカーニアは南部辺境の物流の入口なんやけどそこでものの動きが留まってるとかいないとか…」
「そこをもう少し詳しく調べて来てくれないか? 急ぎだ。大至急!」
「解った。いくで。遠雷」
「待って。私達も行くわ。ニクス」
「ああ」
「ラスカーニアの地理なら少しは詳しい。私も龍を出そう」
 動き出す仲間達を見て
「どうしたの?」
 星芒が首を傾げた。
「…人質、だ。奴らの目的は南部辺境の民を人質にとることなんだ」
「えっ?」
「…そして、その先は…」
 南部辺境の地図に引かれた紅いライン。
 それが今、竜哉には南部辺境を覆い尽くそうとする血のカーテンに見えたのだった。

●メッセンジャー
『私は、親に捨てられたんです』
 カリーナは寂しげに開拓者にそう告げていた。ユリアやフレイたちにどうして主に使えるのかと聞かれたカリーナの返事である。
『両親は志体持ちの弟に期待をかけて、私の事を放置しました。
 寂しくて、悲しくて…ご主人様はそんな私に
『君は一人じゃない。志体がなくても人を見返す事はできるんだ』
 と言って下さったんです。そして、初めて手を握ってくれた。抱きしめてくれた…。
 私はあの方の為に何でもしたいと思っています』
「気持ちは解らなくもないのですけれど…」
「自己否定され続けてきた者が初めて自分を肯定してくれた相手に依存しちまう。洗脳のパターンと言えばパターンなんだけどな…」
 柚乃とヘスティアは顔を見合わせ、ため息をつく。
 カリーナの思いを『ご主人様』は利用していると傍から見れば解るのだが、当人には気が付けないだろう。
「ラスリール卿は…巧妙に人の心を動かすと聞きます。それに、人を操ることに長けたアヤカシが手を貸しているとしたら最悪…ですね」
「今の所、後手に回ってるからな。相手の良いように動かされてる気がするぜ。
 アハティ…封印されたアヤカシか」
 悔しげに手を握るヘスティア。
 正直、情報と時間が足りないと感じた。
 エドアルドやグレイス達、現南部辺境伯の一族はここを預けられているに過ぎない為、伝承などに詳しくは無い。
 調査、グレイスの回復。
 全てにあと少し、時間があればと思わずにはいられないが…
「ヘスティア殿! 柚乃殿! 大変だ!!」
「どうしたんだい? 玄人?」
「今、使用人達と話をしていたら…とんでもない奴が…来た」
「なに?」
 その時間をどうやら相手は彼等に与えてくれる気は無いようだった。

 正直に言えばマックスは話を聞いた時、誰よりも早く一人の人間を想像していた。
「…ユーリ」
 皇帝との謁見の場のセッティングに関し、伯がエドアルドを頼る可能性は十分に考えられる。エドアルドは皇帝の信任が厚い側近であり、南部の自治権獲得に向けての経緯から、彼が皇帝と太いパイプを持っているのも推察できるからだ。
 ユーリがフードの客人=容疑者である可能性は高い。
 と同時に現時点で伯を刺す理由も見当たらない、とマックスは思っていた。
(相手が皇帝ならまだしも…な)
 心の中で紡ぎだされた過程はアヤカシ軍の中央で見た『女性』を見て、確信に変わる。
「マックスはん?」
 後ろに乗る璃凛は気遣う様にマックスに声をかける。
 あの時の事を思い出したから。 
 危険を承知で指揮官に最接近した時、彼らは周囲を取り巻く下級アヤカシ達に気付かれていた。
 しかしその女性は、突然苦しげに膝をつき、こう言った。
『…マックス…さん、…逃げて…』
 その僅かなタイムラグが無ければ、逃げおおせなかったからかもしれない。
(犯人は誰かと問われれば『ユリアナ』だろう。だが『ユーリ』はまだ死んではいない…。私はそう、信じる)
 心の中で自らに言い聞かせマックスは龍を駆るのだった。

「…夢を、見ていました」
 グレイスは側に寄り添うフレイに告げる。
「闇に心が押しつぶされそうになる夢です。
 自分の弱さを見せつけられ、本当の願いを叶えよと囁かれる。
 差し出された手は優しく、しかし手を取った瞬間に全てを奪われるのも解っていました。…必死で抵抗しました。
 そして、闇が消え、貴女の声が聞こえた。
 助けて…下さって、ありがとうございます」
「…私だけが助けた訳じゃ…ないわよ」
 涙をぬぐったフレイは照れくさそうに顔を背ける。
 けれどもその手は重ねられたままだった。
「解っています。それでも…ありがとう。私の愛しい人」
 上気する頬をフレイは自覚していた。
 だから…
「辺境伯…はまだ無理だよな? …フレイ、来られるか? 護衛にはD・Dをつけとくから」
「ええ、大丈夫。行くわ」
 ヘスティアが呼びに来たとき、逃げるように立ち上がる。
「私も…」
 立ち上がりかけたグレイスを制しフレイは行く。
「今はやるべきことを…。…グレイス。貴方の為に」
 そう微笑みを返して。

 応接室に通された客人を玄人は睨みつけるように見つめる。
「桜花、油断はするなよ」
『心得ております』
 控えるからくりにそう命じ、懐に潜ませた水晶を知らず手で確かめて…。
 やがて開かれた扉から入って来た開拓者に来客は立ち上がり、優雅な礼を返す。
「お久しぶりです。皆様」
「何の御用かしら? ラスリール」
「伝言を届けに。我が友 ラウヒ・アハティより」
 そうして、ラスリールと呼ばれた男は沈黙する開拓者を前ににこやかに笑うのだった。