【朱雀】朱雀祭【一般歓迎】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/29 20:51



■オープニング本文

 今、五行の町で一番の話題と言えば陰陽寮の【朱雀祭】である。
 町の掲示板や店先に貼られたチラシには大きく華やかに翼を開いた朱雀の羽に守られるように主要出し物の案内が書かれている。
 人々が集まり見るそれを少し覗いてみよう。

『陰陽寮 朱雀にて 朱雀祭 今年も開催!!

 陰陽寮ってどんなところ?
 そんな疑問を持った事はありませんか?

 大好評の昨年に引き続き、今年も朱雀祭を開催いたします。
 楽しいイベントや屋台も盛りだくさん。
 陰陽寮で楽しい秋のひと時をお過ごしください。

 図書委員会 本の朗読会、カルタつくり体験
 保健委員会 薬草を使った体験実習
 体育委員会 演武とミニ武術大会 木の実のアクセサリーのおまけ付き
 用具委員会 特別企画! 『ありがとうの手紙、届けます。用具委員会』
        大切なあの人に届けたい思いと手紙を、陰陽術で届けます』
 調理委員会 模擬店と野菜の即売会
        夏野菜と秋野菜の両方が味わえるこの時期、美味しい新作野菜料理を味わってみてはいかがですか?
        生産者直売の新鮮野菜即売会もあります。

 飛び入り参加、出店歓迎。
 企画のある方は受付にお申し出下さい。

 皆さんお誘いあわせの上、おいで下さいますことを心からお待ちしています』


 祭りへの期待に沸き立つ街とは別の形で、陰陽寮朱雀も沸き立っていた。
「さあ、いよいよ祭りが始まります。忙しくなりますよ」
 朱雀祭の準備に忙しく動き回る寮生達。

 彼らを見ながら、朱雀寮長、各務 紫郎は小さく、本当に小さな声で呟いた。
「…来年も朱雀祭を開催できるでしょうか?」
 寮生達には決して聞かせない呟きである。
 けれど、彼は冥越での戦い以降に起きた世界の動きから、ある予感を感じていた。
 それは、世界が動き出す予感。
 今まで当たり前だったことがそうでなくなる、『世界』が変わっていく予感である。
 特に古代人と呼ばれる護大派や、箱庭と開拓者達が呼ぶ儀を通して、この世界に当たり前にあり自分達が術の、力の源としていた瘴気について考えた時、世界の変化が実現すれば、陰陽寮、いや陰陽師そのものも変わらざるを得ないだろう。
 来年も、こうして祭りを楽しめるとは限らない。
「いいえ、そんなことを考えても仕方ありませんね」
 深く自問の泉に沈みそうになった考えと、暗い思いを振り払い紫郎は顔を上げる。
「来年の事はもとより、明日のことだってどうなるか解りはしない。
 だからこそ、人は毎日を一生懸命生きるのです。
 それだけのことなんですから…」
「せんせー、こっちの部屋使ってもいいですか〜」
「荷物運ぶの、誰か…手伝って…」
 寮生達が明るい笑顔に微笑んで、彼もまた祭りの準備に腕をまくるのだった。

 こうして陰陽寮 朱雀。
 みんなで作る朱雀祭が今、幕を開ける…。



■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 蒼詠(ia0827) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ネメシス・イェーガー(ic1203


■リプレイ本文

●朱雀祭 開会
 秋晴れのある日。
 人々はウキウキした顔で、道を行く。
 いつもはごく僅かの限られた者しか歩く事の無い、陰陽寮への道。
 しかし、今日はまさに老若男女が笑顔で進んで行く。
 今日は朱雀祭。
 年に一度の学園祭である。
 そんな人ごみの中、ゆっくりと歩いていた女性が肩から落ちそうになった外套をそっとき直していた。
「…この外套を羽織るのは久々だから、しっくりこないね…」
 独り言のように心の中で小さく呟きながら、ふと立ち止まる。
 見上げるのは朱雀の大門。
 ほんの九か月前、ここを卒業したことが昨日のように思い出される。
「…やっぱり、懐かしい…な。…みんな、元気だといいけど…」
 そして朱雀寮卒業生 瀬崎 静乃(ia4468)は賑やかで鮮やかな絵と文字に彩られた門を潜り、懐かしの朱雀寮へ、朱雀祭へと足を踏み入れたのだった。


 さて、開会から遡る事数刻前。
 まだ、少し静かな早朝の陰陽寮。朱雀の大門で。
「あ、魅緒さんや。お〜〜〜い!!」
 雅楽川 陽向(ib3352)は見つけた友、比良坂 魅緒(ib7222)に手を振った。
「おお! 陽向ではないか?」
「おはようございます。陽向先輩」
 頭を下げるのは魅緒と同じ調理委員会の一年予備生 ネメシス・イェーガー(ic1203)だ。
「調理委員会の準備やろ? 朝早くから大変やね?」
「まあな。しかし、用具委員会ももう準備を始めておるのか?」
「うん♪ でもそれほど凝った飾りつけとかするわけやないからな〜。準備も殆どいらへんし
 だから、ちょい手伝おう思ってな。ほい、それ貸して」
 そういうとさりげなく陽向は魅緒の横に重ねてあった箱の一つを抱えた。
「お・おい! 陽向」
「ええから、ええから。そっちでも清心先輩が彼方先輩の手伝いさせられとるしな」
 慌てた様子の魅緒に陽向がくいと顔をしゃくって見せる。
 見れば、確かに調理委員会委員長の彼方が、用具委員会委員長の清心と何やら話をしていた。
「うちは清心先輩に引っ張られたんよ。まあ、悪いと思うたんなら打ち上げに余った材料で美味しいもんでも食べさせてくれたらええから。
 あ、あとこれ、頼まれとった絵の具。ここの箱に入れとくな」
 包みを自分の箱にぽんと投げ入れ明るく歩き出す陽向に、降参とばかりに肩を竦めた魅緒は
「解った。まだ荷物がたくさんあるのでな、助かる」
 そう言って自分の箱を持つと小走りに陽向の後に続いて行ったのだった。

「これが噂の新鮮野菜かいな? うわ〜、ホントに獲れたて、ぴっかぴかやね〜」
 調理委員会の荷物運びを手伝いながら陽向は自分の持った箱の中を覗き込んだ。
「そうじゃ。じゃがいも、きゅうり、いんげん、さやえんどう、冬瓜もあるぞ。
 新米にはまだ残念ながら早いが、彼方の知り合いがキノコや山栗なども分けてくれた。
 梨、柿、林檎の果物は生も美味いがこれから、菓子に作るのじゃ。美味いぞ〜」
 自慢げに胸を貼る魅緒に陽向は素直に頷いた。
「うん、確かに美味しそうやね。お客さん優先がちょっぴり羨ましいかもしれんよ」
「味見では桃音も喜んでくれました。皆さんに喜んで貰えるといいのですが…」
 ネメシスのカラクリ独特の抑揚の少ない声にも微かに優しさと期待が混じっているようだった。
「打ち上げ用にも少し残しておいてな」
「無論じゃ。楽しみにしておくと良い…、ところで本当に手伝って貰って良いのか?
 用具委員会も出し物の用意があろう?」
 気遣う魅緒に大丈夫、ともう一度陽向は笑う。
「うちらの出し物は『ゆうびんやさん』やからね。
 場所の用意が終ったら、後はお客さんが来るまで暇なんよ」
「ああ、そう言えば、そんな事を言っておったな。
 人魂で手紙を運ぶとかなんとか。でも、あれは難しいと言う事だったのではないか?
 効果時間が短いとかで…ああ、そこに箱を置いてくれ」
 首を傾げる魅緒に我が意を得たり、と言う顔で陽向はニヤリと笑う。
 そして箱を置いて開いた手を、腰にポーズを決めたのだった。
「うちは考えた! 言魂にすればええねん!」
「言霊?」
「確か青龍寮の寮生が考えたという、あれか?」
 ネメシスと魅緒にうん、と頷いた陽向の尻尾は大きく揺れていた。
「これなら練力消費で、連続使用が可能やから、一分以上持つ。
 手紙届けることも、代わりにしゃべって貰う事も可能やしね♪
 青龍寮の皆が作ってくれた陰陽術や。同じ陰陽寮のうちらが使わんで、どうするんよ?」
 なるほど、面白いアイデアだと二人は素直に頷いてしまう。
「あと、もう少し仕掛けはあるんやけど、それはまだナイショ、な。始まってからのお楽しみっちゅうやつやねん」
「おーい、そろそろいくぞ〜」
 清心が陽向に声をかける。
「はーい」
 と明るく答えた陽向は去って行った。
「それじゃ、お互いにお祭り、頑張ろうな!」
「ああ! この祭り無駄にはせぬぞ」
 パン!
 と魅緒とネメシスと手を合わせて。
「頼もしいですね」
「うん。僕達も頑張らないとね」
「ええ、楽しみましょう。この一時を。私達も」
 そんな後輩達の様子を、彼方と荷物を届けに来たサラターシャ(ib0373)は優しい笑顔で見つめていた。

●思いを届けます 用具委員会
「さあさあ、いらっしゃい、いらっしゃい!!」
 朱雀祭にやってきたお客達はまずそんな明るい呼び声を耳にする。
「はい、お手紙ですね。確かにお預かりしました」
「相変わらず、元気そうですね。陽向さん」
 優しい呼びかけにクルリと振り返った陽向は
「あ! 朔先輩、紫乃先輩。お久しぶりやね」
 ぺこりとお辞儀をして、陽だまりのような笑顔で向かえる。
 連れだってやってきたのは卒業生の尾花 朔(ib1268)と尾花 紫乃(ia9951)。
 朱雀寮に名高いおしどり夫婦でもある。
「お久しぶりです。なんだか楽しそうなことをしているのですね。術を使った郵便屋さん、ですか?」
 紫乃に問われて少し照れたように微笑みながら、陽向は頷いた。
「そうやねん。言魂と傀儡操術を使ってな。大事な人にお手紙を届けましょうって…いう企画なんや」
 陽向の横では裏方に徹した清心が熊の人形をおどけたように踊らせている。
 時々、「けろよん」カエル人形とからむようすは見ていても楽しい。
 呪術人形も普通に操ればただの人形。
 子供達を笑顔にさせてくれる力がある。
「先輩たちもどうやろ? サービスさせてもらうで!」
 笑顔で営業をかけてきた陽向に二人は顔を見合わせ、お互いに同じ眼差しで微笑んだ。
「そうですね。後でお願いするかもしれません」
 朔がそう告げると
「でも、まずはお客さんを優先してあげて下さい。ほら、待っているようですよ。私達は一回りして、落ち着いてからまた来ますね」
 と紫乃が頷き指し示す。
「あわわわっ! すんません! それじゃあ、いつでもまってますよって!」
 ぺこりとお辞儀をした陽向に軽く手を振って、朔と紫乃はそっとその場を離れた。
「頑張っている後輩の姿はいいもものですね」
「ええ、でもここに来るとなんだか、時が戻ったような気がします。
 懐かしいような、昨日卒業したばかりの様な…不思議な気分ですね」
「本当に。「こちらがわ」にいるのが不思議なような…未だに、ここで学んでいるような気がしますね」
 肩を寄り添いながら…。

●食べる喜び 調理委員会
 まだ昼食には少し早い時間であるが、既に屋台にはかなりの人が集まっていた。
「…はい、三番テーブル、冬瓜の味比べスープ。お待たせしました。
 こちらのご注文は? 夏野菜の味噌炒めとリンゴのコンポートですね。ありがとうございます。
 夏野菜のバーニャカウダはもう少しお待ち下さい」
 ネメシスはお辞儀をして後、
「…あ」
 連れだってやってきた朔と紫乃に気付いて
「いらっしゃいませ」
 と声をかけた。
 可愛らしい和風メイド姿は、去年使った衣装であったかもしれないと二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「盛況のようですね」
 鮮やかな野菜の絵に彩られた調理委員会の屋台エリアは、新鮮野菜の即売コーナーとその野菜を使った調理コーナーに分かれていてどちらにもたくさんの人が並んでいた。
「こんにちは。先輩方! おいで下さって嬉しいです」
 ネメシスの様子に気付いたのだろう。奥で調理をしていた彼方が手を止めひょいと顔を出す。
「良かったら、新作食べて行って下さい。まだ野菜もかなり残っていますから」
「はい、そのつもりです。注文は調理委員会のお勧めをお願いしますね」
 そう告げると朔は紫乃を促して、まずは野菜の即売会の方に向かった。
「…この瓜は、いくらかな?」
「一つ十文。二つだと十八文におまけする」
「じゃあ…二つ。それからナスと、胡瓜と…」
「魅緒さん、こんにちわ。あら、静乃さん。いらしていたんですね」
 売り手である魅緒に声をかけた紫乃は丁度、買い物中であった静乃に気付いて会釈をする。
 ぺこりとお辞儀を返す静乃。
「…うん…師への土産にいいかな、と思ってね」
 二人は今、どちらも西域の治療師の元で修業を続ける身である。
 違う師匠なので交流が深い訳ではないが…
「なんだか、時間が戻ったみたいですね」
「…ん」
 優しく視線を交わし頷き合う。
「いい企画ですね。私達もいくつか野菜を頂いて行きましょうか? どれがお勧めです?」
 朔に問われて魅緒は胸を貼る。
「彼方印の野菜はどれも絶品。味見も完璧故、どれでも自信を持ってお勧めできる。
 特にこのトウモロコシなどは生で食べても甘いと評判だ。胡瓜も火を入れてよし、生で食べてもよしだ。
 小粒ジャガイモは甘味噌仕立てにすると箸が止まらぬぞ」
 実際に調理をする人間の体験談を込めた呼び込みは説得力がある。
 夫婦は今日の夕食の相談などをしながらいくつかの野菜を購入した。
「良い企画ですね」
「お褒めにあずかり感謝する。…しかし、ここだけの話…どうだろうか? 華やかさに欠けぬだろうか?」
「「えっ?」」
 紙に包まれた野菜を受け取った二人は、少し声を潜める魅緒の言葉に目を丸くする。
 周囲には可愛らしく鮮やかな野菜の絵が溢れているのだが…。
「いや、実はな。今回の看板は図書委員会の友人に描いて貰ったものなのだ。妾が用意した絵は何故やら彼方に却下されてな。
 お化け屋敷ではないと。な。失礼な話よ」
「お化け屋敷? どんな絵だったのでしょう?」
 不承不承+憮然という面持ちの魅緒に気になって思わず紫乃はそう問うてみた。
「こんな絵じゃ」
 魅緒は一枚の絵をぴらりと捲って見せる。
 瞬間、下に隠されていた絵に二人は硬直した。
「な、なんか、こう…前衛的な絵ですね?」
 …紫乃の批評はかなり気を使った柔らかいものである。
「先に用意した絵は墨一色でな、華やかさ、野菜の彩りに欠けると思い、今回は色をつけてみたのだが…まったく無礼な話だ」
「あ〜っと、あ! 料理ができたようですよ。紫乃さん。行きましょうか?」
 話題を変え、逃げるように朔は紫乃の手を引いた。
 気が付けば静乃の姿は消えていた。同じように逃げたのかは解らないが…
「気を使って下さったのかもしれませんね」
 微笑みあって席につく二人のテーブルに、ネメシスが作りたての料理を運んでくれた。
「調理委員会のおすすめ。夏野菜フルコースセットです。天儀野菜のピクルス、トウモロコシのポタージュスープと肉味噌と茄子の炒め物。バーニャカウダ。
 箸休めには野菜チップス。デザートはりんごのコンポートに栗の渋皮煮を添えてあります。
 ごゆっくりお楽しみ下さい」
 丁寧に盛り付けられた料理を二人は並んで、一緒に食べる。
「これは…」「美味しいですね」
 料理人と、栽培人の心が籠った、それは幸せの味がした。

●精一杯の気持ち 体育委員会
「ふう〜。美味しかった。お腹いっぱいなりよ。調理委員会も随分腕を上げたなりね〜」
 平野 譲治(ia5226)はそう言いながら、大きく伸びをした。
 陰陽寮を卒業して半年以上。
 助っ人に時々呼ばれているので懐かしいとまではいかないが、それでもこうしてのんびりと賑やかな祭りの陰陽寮を歩くといろいろな思いが広がって行くというものだ。
「…やっぱり、言わない方がいいなりかね〜」
 譲治は独り言のように呟いた。
 彼はこの祭りに陰陽寮の後輩 芦屋 璃凛(ia0303)の招待を受けてやってきた。
 璃凛が今、陰陽寮で置かれている微妙な立場についてもなんとなく理解はしている。
「少しばかりのすれ違いに、呼ばれるのは嬉しくもあり、悲しくもあり、なりね〜」
 事態の解決に自分が積極的な力になれないことも譲治には解っていた。
 だから、せめて自分のできることをしようと思ったのだ。
 それは、つまり祭りを楽しみ、盛り上げること。
「ともあれっ! やるからには全力で楽しむなりよっ! 目指せ、全か所回り! なり!!」
 そうして譲治は祭りの賑やかな人ごみの中に飛び込んでいった。

 体育委員会の出し物は時間を決めたステージ制である。
 中庭に小さな舞台を作り、決められた時間に演武などを披露する。
 それまでの時間は客席で小さなアクセサリー製作などを行っていた。
「あ、譲治! いらっしゃい!!」
 子供達に囲まれていた桃音は譲治に気が付いたのだろう、大きく、手を振って見せた。
 その向こうでは璃凛が譲治にそっと会釈をする。
 譲治も手を振りかえして近付いてく。
「何をしてるなりか?」
「アクセサリー作り。色を付けたどんぐりや数珠玉とかを使って首飾りとか作ってるの!」
 桃音は譲治にそう笑いかける。
 いつものとおりに。
 アクセサリーと言っても木の実などをモチーフとしている関係で、子供用の域、ではある。
 でも、作る楽しさを手軽に感じられるイベントはなかなか好評であるようだった。
「ここは、体育委員会の出し物なりよね。桃音は今、体育委員会にいるなりか?」
「うん。そう。身体動かすの好きだし」
「じゃあ、おいらの委員会の後輩なり。ちょっと嬉しいなりね♪」
 頭を撫でられて嬉しそうに、幸せそうに、そしてほんの少しだけ切ない目をして桃音は譲治を見る。
 でも、それは一瞬の事。
「ねえ、譲治。もうじき、三回目の演武が始まるの。来たんなら一緒にやってって」
 くいといつもの甘える様な様子で桃音は譲治の手を引いた。
「うちからもお願いします。二人だけだと出し物の盛り上がりが今一で…」
 頭を下げる璃凛に
「勿論、いいなりよ」
 譲治は羽織っていた上着を脱いで腕を捲る。
「演武も久しぶりなりねっ! 全力で行くなりよっ!」
「おねがいします!!」
 それから行われた祭り三回目の体育委員会の舞台演武は、飛び入り卒業生の加入で、一気に迫力を増し、その日、一番の来客数と拍手を集めたという。
「やっぱり、朱雀寮はいいなりね。二人とも、頑張るなりよ!」
 舞台を終えた譲治は汗いっぱいの腕で、二人の後輩をぎゅっと、抱き寄せた。
 励ます思い、見守る気持ちを、伝えるように…。

●優しさと思いを… 保健委員会
 朱雀祭の日、保健委員会が育てる薬草園も出入り自由とされていた。
 勿論、育てている植物には手を振れないようにという注意書きは出されていたが…。
「ん、ちゃんと手入れをしてくれているみたい…」
 薬草園を見に来た静乃はくるりと園内を見て回り、ホッとしたように微笑んだ。
 自分が卒業した時は冬だった。
 眠りについていた植物達が、今こうして元気にしてくれているのを見るのはやはり嬉しいし安堵する。
 一回りし終えた後、静乃は少し保健室を覗いてみた。
 保健室はいつものように祭りの緊急救護室だが、それとは別に保健委員会の企画も実施されている。
 朱雀の救急箱と薬草園から採取した薬草を用いたオリジナルブレンドのハーブティーの販売。
「昨年とあまり変わり映えしませんが…」
 保健委員長である蒼詠(ia0827)はそう言っていたが、朱雀寮の薬草園の薬草の質には定評がありファンも多い。
 加えて今年は羅刹 祐里(ib7964)が地元の商店街と連携し、お持ち帰り様の入浴剤や香り袋の販売も行っていた。
「本当はハーブコーディアルや薬草酒、果実酒なども試してみたかったんだが…それは、今後の課題かな」
 商店街の活性化を見込んだ企画は、今回は個人の案に留まったが、薬草の収穫状況やその他を考慮して長期的な計画を立てれば十分実現は可能だろう。
「この薬草はハマスゲと言い美しい花を咲かせます。
 根は磨り潰し煎じて飲むと内熱をとり、痛みを止め、腫れを取り去る薬になります。ではこの薬研を使って実際に磨り潰してみましょう。やってみたい方は居ますか?」
 堂々とした様子で指導をする委員長を、静乃はそっと窓の外から見守る。
「おお…皆を思い出すなりね」
「…譲治くん…」
「うん、お世話になってるのだ。でも…こうして顔を合わせるのもなんだか不思議なりね」
 同じように中に入らず外から見守る譲治に気付いて静乃は小さく、うんと頷いた。
 紫乃や朔も客席に混じって見ているのが見える。
 時が戻ったような、それでいてどこか居場所の無いような不思議な感覚を感じながら、静乃は保健委員会を、朱雀寮を優しい眼差しで見つめていた。

●陰陽寮の心 図書委員会
 普段、図書室は本棚の他に机やイスが並べられていて、少し狭く感じる。
 けれど、今日はそれらが端に避けられて、板の間には子供達が頭を寄せ合っていた。
「す…すざくはみなみのあかきとり〜」
「はい!!」
「み…みのりの田んぼにきんのいなほ〜」
「え…っと」
「あった! はい!」
「うわ〜ん、近くにあったのに」
 みんなでカルタ取りをしていたのだ。
「あ、これ僕が色を染めた札だ!」
 嬉しそうに札を撫でる子供もいる。
 図書委員会の企画はカルタ作りとカルタ取り大会。
 カルタは子供達が参加して作った世界に一つのセットである。
「そうなりね、昔作った鍋蓋の札を刷新なりっ!」
 譲治のアドバイスで作ったものもあるし他にも
「ひ…ひとだまはおんみょうじゅつしのもうひとつのめ」
「や…やるぞ、しょうきかいしゅう、もういちど」
 など術に纏わるものや
「と…とうがらし、からくてあつくて、おいしくて」
「け…けんごし、あさつゆにぬれたあさがおのたね」
 と薬草にまつわる言葉などが含まれ、実は五十音以上に作られている。
 薬や陰陽術に纏わることを遊びながら学んで欲しいと言うサラターシャの力作であった。
 最初はサラターシャが読み手もやっていたが、今は子供達に任せていた。
 もう一つの企画の準備をしなくてはならない。
 そっと立ち上がろうとした時、
「…えっと、サラターシャさん。今日はお招きありがとうございます」
 控えめな声が彼女を呼んだ。
「まあ、陸君」
 花がほころぶようにサラターシャは声の主に微笑んだ。
 少年は陸。以前、陰陽師になりたいと陰陽寮に家出してきた子供であった。
 後ろには父親が立って一緒にお辞儀をしている。
「ようこそ、楽しんでいって下さいね。文字は上達しましたか?」
「はい。ちょっとずつですけど…」
 照れたように答えた陸にもう一度微笑んで、サラターシャは彼らを畳の一角に手招いた。
 丁度、カルタ取りを終えた子供達がカルタを箱に戻している。
 それを見届けて
 ポロロン〜〜〜♪
 サラターシャはリュートを爪弾いた。
「では、少し聞いて頂けますか? 古くて新しい物語。
 一人の陰陽師の冒険のお話です…」
 音楽を所々に交えながら語るサラターシャの物語は手伝いの寮生達の伴奏や演出によって輝きを増していた。
 子供達はサラターシャの一言一言に、集中している。
 そして…
「こうして彼は、仲間達と共に力を合わせ、村の平和を取り戻したのでした。
 めでたしめでたし」
 彼女がそう閉じたと同時、大きな拍手が巻き起こった。
「面白かった!」
「ねえ、もっとお話聞かせて!」
 目を輝かせて近寄ってくる子供達に眩しそうに目を細めると、サラターシャは
「解りました。次はどんなお話にしましょうか?」
 優しくリュートを鳴らすのだった。

●祭りの終わり
 楽しい時間は、あっという間に過ぎて行く。
 気が付けばあたりは夕闇に染まっていた。
「え〜っと、良かったら、皆さんもやってって下さい」
 そんな声と共に体育委員会が不思議なものを配っていた。
 それは、天灯と呼ばれる不思議なカンテラ。
 かつて陰陽寮の卒業生が、慰霊の為に設計したものにさらに改良が重ねられていた。
 竹で作られた底に大型の紙袋のようなものが固定されている。
 底の中央には油を浸した紙が結ばれており、火をつけるとふんわりと浮かんでいく仕掛けだ。
「キレイだね〜」
「ステキ」
 そんな声がそこかしこで聞こえる中、
「あっ」
 手を繋いでその光景を見ていた朔の肩に小さな小鳥が留まったのだった。
 小さな南天の絵がそっと小鳥を撫でる朔の手に落ちた。
「やはり、紫乃さんも、だったみたいですね」
「えっ?」
 微笑む朔の肩で小鳥が歌う様に、手紙と同じ言葉を贈る。
『あなたと同じ名字を名乗っても、恥ずかしくならない様練習中です。
 もう少しだけ、赤い顔をしていても見逃して下さいね』
 南天の花言葉は私の愛は増すばかり。
「私もお願いしようかと思ったのですが、意表をついて手渡しさせて貰う事にしました」
 そう言うと朔は大菊に結んだ手紙を差し出した。
 手紙を解いた紫乃はその文章を読んだとたんに頬を真っ赤に染める。
「大丈夫です。暗いから、誰も見ていませんよ」
 そっと紫乃の肩を抱き寄せた朔は小さく小さく囁いた。
「これからもずっとともに、愛してますよ」
 大菊に寄せた思いと共に…。
 
 天灯の優しい灯りと共に、金色の蝶が踊るように待っていた。 


「お疲れ様でした!!!」
 朱雀祭の日程と片付けを終えた夜。
 朱雀寮の食堂はいつものように賑やかな打ち上げ会場となっていた。
「さあ、存分に食べるがよい。売れ残りでは無いぞ!」
 並べられた料理の数々に
「あ、これ美味しい」
「このドライフルーツの作り方教えて欲しいな」
「この料理は?」
「尾花先輩がくれた西域の料理のレシピで作ったんだ。
 あんまり作物に恵まれない地域だけど、それだけに穀物の使い方が上手みたいだね」
「本当だ。いける」
 寮生達は舌鼓をうつ。
 今日、一番の売り上げを上げた調理委員会は、打ち上げでも大活躍である。
「朱雀祭、とりあえず、成功、かな?」
「ええ、大きな怪我人も出ませんでしたし、皆、笑顔で帰ってくれたようですからね」
「俺達は、またいくつか配達の仕事が残ってるんだけど、とりあえず今日のお客には喜んでもらえたみたいだ」
「それはよかった」
 清心の言葉に蒼詠は頷いて、互いに持った杯を軽く合わせた。
 中身は勿論、ハーブティーであるけれど。
「もっと色々できれば良かったような気もしますけれど、終わってちょっとホッとしています。
 紫乃先輩や、静乃先輩が見て、安心してくれたのならいいんですけれど…」
「大丈夫じゃないかな? 帰りに寄ってくれた先輩達も笑ってたしさ」
「なら、いいんですけど」
 噛みしめるように目を閉じた蒼詠を見て、清心は静かにその場を離れた。
 すれ違う様に小鳥が蒼詠の肩に寄り添う様に留まる。
「???」
『せんぱい。しんぱいしてくれて、おおきにな』
 優しい言葉と四神の絵が隅に書かれた手紙が、蒼詠の手元に落された。
 署名は無い。
 けれど誰から届けられたものか、蒼詠にはちゃんと解った。
 視線を上げて陽向の方を見る。
 小さく片目を閉じて見せた瞳は青空の欠片のようで蒼詠の心に輝いたのだった。

 
 打ち上げの輪から離れて一人佇む寮長に
「何を、思っておいでですか?」
 サラターシャはお辞儀をして、そっと声をかけた。
「月並みな、事ですよ。
 寮生達、卒業生も含めて皆が、どうか幸せであるように…と」
 ささやかで、でも難しい願い。
「祭りが鮮やかで、賑やかである程に、深く思ってしまいます」
 祭りで卒業生の何人かが、寮長に言葉を届けていた。
 それが嬉しくもあり、同時に不安でもあると彼は告げていた。
 寮長の珍しい弱音に
「…きっと、大丈夫です」
 サラターシャは笑って見せた。
「どんな暗闇も光があれば先に進めます。そして朱雀寮の日々は、今日と言う日はその光になってくれる筈です。
 楽しい思い出を胸に、明日へ歩むために…」
「…ありがとう」
 小さく微笑んで去って行く寮長を、小鳥が追いかけた。
 サラターシャはその背中にお辞儀をすると、後を任せて仲間の輪の中に戻る。
『寮長、いつも…ありがとうございます』
 伝えたい思いを、そっと託して。
 
 打ち上げ終わりの仮眠室。
 そこに静かに眠る璃凛の姿があった。
 疲れて打ち上げの最中眠ってしまった彼女を、ここに連れて来て毛布を掛けて行ったのは誰か。

 ただ、夢の中で今日の祭りを楽しむ夢を見る璃凛の頬には無邪気な笑みが浮かんでいた。

 かくして朱雀寮の祭りは終わりを告げる。
 人々の心に明日への灯りを灯して…。