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■オープニング本文 頭の中に響く声に彼女は必死に抗っていた。 「ダメ…止めて…」 その声は優しく、暖かく、孤独であった心に囁きかける。 『全てを手に入れるのだ。躊躇うな…。お前が愛した彼も、そう望んでいるぞ…』 「…あの人の…ため、約束……、でも、でも!!」 心を守る為に意識を手放した彼女はベッドに倒れ込む。 その細い指で赤い光が怪しく輝いていた。 メーメルを突如襲ったアヤカシの軍勢は、開拓者の活躍によって退却。 南部辺境には再び静かな時が戻ってきた。 「とはいえ、このまま放置もできませんので」 報告を受けた南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスはその後すぐに自ら開拓者ギルドを訪れ、依頼を出した。 メーメルの遺跡調査の依頼である。 メーメルの森の奥にあるという遺跡については、アヤカシ軍を撤退させた後、開拓者が改めて簡単な調査を行った。 そして判明したのは、確かにその遺跡は封印で閉じられ、何かが眠っているようだ、ということである。 見た目は石造りの社のようなもので、地下でもない限りは中はそれほど広くは無いだろうと思われる。 だが遺跡全体に不思議な結界のようなものが張り巡らされており、正面以外から入ろうとすると弾かれてしまう。 入口は正面の一カ所のみ。 そこでメーメルに伝わるという封印を解くカギを使用すれば扉が開くことも確認された。 アヤカシ軍は鍵の存在を知らなかったようなので遺跡に到着されても中に入ることはできなかったかもしれないが、他に封印を解く方法がないとは限らない。 「アヤカシ軍を止めて下さった事、心から感謝いたします。 そのついで、とお願いするのは恐縮なのですが今後また同じような事が起きないとは限らないので、アヤカシが軍を率いてまで欲したモノが何かを調べて頂きたいのです」 グレイスは開拓者にそう告げたのだった。 既にメーメルの領主アリアズナから遺跡調査の許可は得ており、鍵も開拓者に託される。 内部を調査し、中に何かがあればそれを入手してくるのが任務と言うわけだ。 「アリアズナ姫が城の文献などを調べてくれていますが、戦乱の最中、燃えたり失われたものもあったりして未だその遺跡はなんなのか。何が封印されているのかなどまったく解りません。 もしかしたら強力なアヤカシが眠っている、と言う可能性も…正直0ではないと思っています」 「! いいんですか? そんな危険かもしれない遺跡を開けて…。 封じられていた、ということは外に出してはいけないと思われたから、なのでは?」 「このまま、訳のわからないまま放置しておくより、一度ちゃんと調査した方が対処もできますから。 勿論、開けると決めた以上、責任は私にあります。遺跡内での事については全権をお任せしますが、どんな結果が出ても、皆さんにそれを押し付ける事は致しません」 依頼書には通常より高めの報酬と、遺跡を解放したことで何かが起きたとしてもその責任を問わない事が念書として添えられていた。 そう言われれば、確かにこういう調査に関して開拓者の右に出る者はそういないだろう。 係員は依頼を受理することにした。 「ああ、それから…」 受理手続きを確かめながら、思い出したようにグレイスは告げる。 「一つ、皆さんに判断を仰ぎたいことが有るのです。 先の戦いにおいてアヤカシ軍にいた少女の事です」 もう一枚の書類を差し出して。それは、調書であった。 「現在、保護された少女はリーガで厳重な監視下にあります。 名前はカリーナ。ある貴族家に仕えていましたが、どうしてアヤカシ軍の中にいたのか。 貴族家からメーメルまでの記憶は無いと言っています」 術などで念の為アヤカシの変化した者ではないか調査はされ、紛れもない人間であることは確認されている。 「仕えていた貴族家とはどこか。などについては完全黙秘。 ただ、自分はどうしても遺跡に行かなければならない気がする…と。 そこでなら全て話してもいい、とも言っています。 本当の事を言っていない印象はありますが、少女である事を考えに入れても、手荒な真似はしたくない…。 それで開拓者の皆さんで、カリーナの話を聞いては頂けないでしょうか?」 遺跡に連れて行くか、行かないかについても開拓者に任せると言う。 辺境伯が帰って後、係員は最後に彼が言った言葉を思い出していた。 「これは、内々の話にして頂きたいのですが、現在、私は皇帝陛下を南部辺境にお招きするべく動いています。 先頃、皇帝陛下のご息女だと名乗られたユリアナ姫。 陛下の側近である父に聞いてみたところ、心当たりがあり、実際に会って確認したい。 そして、真実、陛下のお子であるのなら、面会の手はずを整えたいというのです。 数日中にはジェレゾから父が、ラスカーニアからユリアナ姫がおいでになり会う話になっています」 グレイスは口にしなかったが、彼の仕事量は相当なものだろう。 通常業務に加えて新港の建設関連。 それに加えて今回のアヤカシ軍の襲来に、謎の遺跡に、落胤の件。 どれ一つとっても手を抜けない案件ばかりだ。 「ま、だからこそ開拓者に依頼を出して来たんだろが…辺境伯も大変だ。過労で倒れなきゃいいがな」 冗談交じりにそんなことを口にしながら、彼は依頼書を貼りだした。 |
■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
星芒(ib9755)
17歳・女・武
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●見えない敵 彼女は必死に戦っていた。 「…やめて。あの人たちを…悲しませたくないの…」 だが、突然襲ったそれは、彼女のそんな抵抗を嘲笑う。 「止めて! 私を盗らないで…!!」 圧倒的な闇が彼女を押しつぶした。 「お待たせしました。姫。ご用意はいかがですか?」 扉が開かれて、光が彼女を照らす。 「…ありがとうございます。今、参りますわ」 その光に、無防備な背中に…彼女は刃を突き立てた!! 「あそこが遺跡ですね。開拓者の皆さ〜ん! 早く、行きましょうよ!!」 少女は元気いっぱいに走り出していく。 「シン! 彼女を止めて」 「D・D」 『はい。我が主』 『一人で突っ走るのは危ないよ。お嬢さん。皆と一緒に行こうね』 二人のカラクリが左右から少女を引きとめた。 「カリーナ。そんなに焦らなくても遺跡は逃げやしないって」 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が諌めるように声をかける。 もしユリア・ヴァル(ia9996)のからくり、シンに腕を拘束されていなければ、横にヘスティアのD・Dがいなければ一人でどこまでも行ってしまったかもしれない。 「行動力のある女の子だね。ああも元気だとなんか拍子抜けしちゃうなあ〜」 少し離れた所から彼女達の様子を見ていた星芒(ib9755)が唸るように呟いた。 「…なんか憑き物が落ちたって感じ…ですよね」 「…実際に落ちたのかもしれんがね」 マックス・ボードマン(ib5426)の言葉に柚乃(ia0638)は頷いた。 柚乃の言葉は比喩ではないのだ。 普通の少女に見えるカリーナは、少なくとも最初に出会った時はああではなかった。 「この少女が、カリーナです。宜しくお願いします」 南部辺境伯からカリーナを預かった時 「カリーナさんとは初対面ですね。初めまして」 手を握って挨拶する柚乃にも、足元にすり寄る又鬼犬にも彼女は凍った目をしていた。 牢に繋がれ手鎖を嵌められていた事もあるだろうが。 13〜14歳に見える彼女は上等のメイド服を纏い、その服に似合わぬ豪奢な指輪した少女は柚乃を半ば無視して手を振り払い 「私は…主の命を受けて、どうしても遺跡に行かねばならないのです。 お願いします。連れて行って下さい」 と開拓者に願った。 「うっ!!」 上目使いで自分を見るカリーナに宮坂 玄人(ib9942)は息を呑む。 彼女の目を見ていると眩暈がしそうだった。 彼女の言う事を聞かずにはいられない気がして…。 『しっかりしろ!』 「少し、離れたまえ」 羽妖精 十束が玄人の肩を揺さぶった。マックスが少女と玄人を引き離す。 その時点で、開拓者達の間に緊張が走った。 「何ですか? 私、何もしていないのに…」 しおらしげなカリーナの言葉を信じる者などこの場には誰もいない。 (この少女には何かがある) そう開拓者達に感じさせるのにそれは十分な根拠となったのだ。 「ねえ、主って誰? 貴族なんだよね?」 星芒の問いにカリーナは沈黙する。 「それは…お答えできません」 「…フェルアナ領主、ラスリール卿でしょうか?」 びくんと、上げられた顔が声をかけた人物、龍牙・流陰(ia0556)を見つめた。 「…どうして?」 「一度、貴女にお会いした事があります。 ラスリール卿の妹姫の面会に伺った時、お茶を出して頂きましたよね」 「あんな一瞬の事を、覚えておいでだったのですか?」 余裕を感じさせる表情で流陰は頷くが、正直な話、南部辺境を長年護り、見続けて来た彼であっても関係者の顔を全て覚えていると言える自信はなかった。 ただ、彼女に関しては印象に残る理由があったのだ。 メイドには似つかわしくない、豪奢な指輪、である。 「あの指輪、だよね」 指輪を身につけたメイドが捕らわれた、と聞いて流陰は仲間達に思い当たる人物の事を告げていた。 「食器や家具を傷つける等、メイド仕事の邪魔になる恐れの高い指輪。 カリーナがそれを仕事中に指に嵌めてたのは異常。ってことはあの指輪に何かがある、ってことじゃないのかな?」 星芒の推察に開拓者全員が頷いていた。 ユリアがまず術視「参」で指輪の効果を確認した。 (未知の術でもせめて傾向が判ると助かるわね。赤い指輪といえばフェイカーよね。 この指輪も何かを操る道具なのかしら。それともアヤカシが姿を変えたもの? 御方様がカリーナの事とは思えなくて、指輪が御方様?) 思いながらユリアは術を発動させる。 しかし、結果は 「ダメ! 見えないわ。相手の力が強すぎるのかしら…」 お手上げの仕草であった。 「ちょっと、失礼してもいいでしょうか…」 柚乃はさっき降り払われた手をもう一度そっととる。 そして柚乃はそっと目を閉じた。 小さく口の中で呪を唱え印を結んだ。そして光を 「はあっ!!」 指輪に向けて叩きつけたのだ。 「きゃああっ!」 バチンと何かがカリーナの指元で跳ねかえった。 「何をするんですか? この指輪は大事なモノなんです!」 怒りを顕にするカリーナ。 「ごめんなさい、これはおまじないなんです。遺跡探索は危険がつきものですから、怪我がないようにって」 謝りながらも柚乃の目に厳しいものが浮かんでいた。 そっと仲間達を見て囁く。 「…ダメです。弾かれました」 彼女が使ったのは心悸喝破。憑依や同化を見破る技だ。 それが「弾かれた」 「ただの指輪では無いのは間違いないのですが…、強力な力で守られているようです」 「それじゃあ、今度は私がやってみようか?」 柚乃とすれ違う様に星芒が前に出る。 「本当はもっと、イザってときに使おうかと思ってたんだけど…」 唱えるのは転幻喝破。 アヤカシの「変身」「擬態」を破る技だ。 白い光が指輪を包み込む。 「…ダメだ。反応が薄い。あの指輪、アヤカシが変身したものってわけじゃないのかな?」 星芒が首を横に振った時、今まで沈黙を守っていた竜哉(ia8037)がすっと前に立った。 手にはぼんやりとした剣の幻が浮かんでいた。 「さっきからな、なんですか? 一体?」 怯えるカリーナを 「まあ、アヤカシと一緒にいた治療だと思ってくれ。大丈夫、危害を加える様なことにはならないから」 ヘスティアが押さえた。そして震えるカリーナに向けて、 「何、念のためさ」 彼はそのまま剣を振り下ろしたのだ。 「キャアア!」 悲鳴を上げるカリーナの指先でパキンと音がして指輪が真っ二つに割れた。 転がる指輪を見て、カリーナはもう一度悲鳴を上げた。 「あああ!! 大事な指輪がぁ!!」 膝をついて指輪を探すカリーナ。 「えっ?」 その声を聴いた瞬間、フレイ(ia6688)は首を傾げた。 彼女の纏う空気が、一瞬で変化したように思ったのだ。 「わっ!!! 粉々。ご主人様から頂いた大事な指輪なのに! どうしてくれるんですか! 弁償して下さい!!」 「あー、それはすまなかったな」 「大丈夫。後で私達がご主人様に謝ってあげるから」 怒りを露わに開拓者にくってかかるカリーナを宥めながら、フレイは竜哉と視線を交差させる。 そして崩れた指輪を仲間達と見つめるのだった。 ●遺跡の先 彼らは遺跡前に辿り着いた。 所々に逸れたアヤカシがいて、それらが攻撃を仕掛けてはきたが、歴戦の開拓者の前では敵では無かった。 「…だいじょうぶ?怖くない?」 背中で彼女を庇うフレイや開拓者達の戦いぶりに 「お強いんですね。皆さん…」 カリーナは感心したようにそう呟いていた。 「開拓者や、志体持ちと言う方はやはり選ばれた特別な方なのですね…。 私達は生まれた時から届かないと定められているんでしょうか?」 「そんなことはないと思うけど…」 どこか寂しげなカリーナをユリアは見る。 「持つ者」の言葉は「持たざる者」には空虚なものに聞こえるのかもしれない。 旅の中、ユリアとヘスティアは心がけてカリーナを視界に入れ、話を聞く様に努めた。 指輪が壊れてから、不思議なほどに雰囲気の変わったカリーナは二人の恋バナや体験談、そして時に柚乃や星芒の話を楽しそうに笑って聞いていた。 本当に、ごく普通の少女に見えたのだ。 「…私にも志体があれば…」 誰かに恋をし、その力になりたいと願う…普通の女の子に。 「私は、本当に役立たずだ…。せっかくご主人様の力になりたかったのに…」 しょんぼりと俯くカリーナの背中をヘスティアはポンと叩く。 「大切な人のために何かをしたいのであれば、直接その人の前で、裏でではなく、勝手にではなく…な」 「それで、どうするかね?」 マックスは預かった鍵を手の中で玩びながら仲間達に問う。 「どう…とは?」 「そのお嬢さんを連れて行くか、行かないかだ。中は危険だし封じられた物が何か判明するまでは中に入れない方が良いのではないかな?」 この遺跡に連れてくるまでも賛否はあった。 着替えさせ、指輪も壊れた今、危険は少ないかもしれないが…。 彼の問いに答えたのはカリーナだった。 「連れて行って下さい! 私にはどうしてもその遺跡の中に封じられたというものが必要なんです!」 マックスの目が鈍く光った。 「ふむ、どうして「遺跡に行かなければならない」「そして中にあるものが必要」なのか、その理由を説明して貰えるかな? そう思うのはは何故かな? 存在すら最近になるまで知られていなかった場所だと思うのだが。君にそこに行くように命じた者がいるのではないかな…」 キュッとカリーナは唇を噛む。 もう主の事は知られている。けれど… 「…言えません。約束したんです…」 スカートを握り締める少女の震える肩を前に息を吐き出したヘスティアがもう一度彼女の背をぽんと叩いた。 そして前に押し出す。 「置いておいても何かあったら…、なら連れて行くぜ。捕まえた責任もあるから俺が面倒みておくからさ」 「どんな形でも彼女がいる事で事態は動くでしょうから」 からくり2体による拘束も受けている。柚乃の相棒のマーキングもある。 互いを見る開拓者達からは、明確な否定の意思は示されなかった。 皆の決定を確認したマックスは小さく肩を竦め鍵を流陰に投げ渡す。 鍵を受け取った流陰はそっと扉を調べ、見つけた鍵穴に鍵を差し込んだ。 ぼうっと何かが光る反応がした。 注意深くゆっくりと鍵を回す。その瞬間、何かが動いた気配がした。 何かが、この鍵で動き、開いたのだ。 開拓者達は頷きあうとゆっくり目の前に広がる闇に向け足を踏み入れたのだった。 ●封印されしもの 重い石の扉は開拓者の手によって押し開かれた。 「中は…暗いね。七無禍」 主の呼び声に答えた提燈南瓜はぼんやりとその身を輝かせ文字通り開拓者達を照らす提灯となった。 「闇への誘い…まさにそんな感じかな?」 独り言のように言う星芒に開拓者達はそれぞれ頷いていた。 「瑠々那、瘴索結界。瘴気やアヤカシの気配はありますか?」 流陰の指示で結界を広げた人妖は小首を傾げて、それから首を横に振る。 『う〜ん、今のところは無し。っていうか見える範囲には誰もいないみたい』 「解りました。結界はそのまま続けて」 「中は…見た目より結構広さがあるな」 確かに目の前に広がる空間はちょっとしたホール並で、その先の通路もかなり広い。 「何もないことを願っとくが…」 竜哉はそう言って背負ってきたアーマーケースからNeueSchwert 「人狼」改を起動させ先頭に立つ。後ろではフレイが同じようにアーマーハイルンスターを起動させ、殿を受け持つことになった。 カリーナは列の中央でユリアとヘスティアが護衛する。 「十束」 『ああ、まあおまじない程度だがね』 羽妖精の幸運の光粉の加護を受け、彼等は隊列を組み、ゆっくりと歩いて行った。 「そういや、南部辺境に伝説があるらしい、ってたつにーが行ってたな」 暗がりの中、場の空気を昏くしないようにとヘスティアが語る。 事前にこの近辺の昔話や伝承を竜哉は調べていたようだ。と。 「昔、この地方には美しい女王がいて、この周辺地域を治めていたんだとさ。 ごく普通の優しいお姫様だった彼女は、常に優しい対応で対していた為、この国も、彼女自身も周辺の部族から狙われていた。 だがある時から女王は強力な力で国を支配するようになった。 国は強くなったけれども、人々を魔力で操り恐怖で国を治める女王は恐れられ、部下に裏切られ滅ぼされた…。 その後から、南部辺境では神の教えが広がるようになった、ってな。 おとぎ話みたいな話だけど…」 「いやいや、なかなか含蓄のある話だと思うがね」 マックスの呟きも色々なものを含んでいる。 「!」 突然、先頭に立っていた竜哉のアーマーが動きを止めた。 気が付けば目の前には崩れた石山。 それが通路を、行く手を塞いでいたのだ。 「瑠々那」 『りょーかい!』 崩れた石の隙間から羽虫に姿を変えた人妖の人魂が奥に進んで、そして戻ってきた。 『この先に、通路がまだ続いているよ』 「それじゃあ、この石をどけるしかないな。…フレイ」 「解ったわ」 二体のアーマーが注意深く石を避け、通路を作っていく。 それを見ていた柚乃がふと首を傾げた。 「どうしたい?」 「ええ、やっぱり変よね」 同意するようにユリアが頷く。 「だから、何が?」 「この岩だ」 ヘスティアの疑問に答えたのは玄人であった。ユリアのカラクリが放った夜行虫と天井を共に指差す。 「ここは天井も壁も崩れていない。ではこの岩は一体どこから来たのだろうか?」 「えっ?」 「…わざわざここに岩を運び、中に人が入れないようにした、と? 誰が、一体、何の為に…」 その質問に答えを持つ者は当然いない。 暫しの沈黙の後、開いた道を開拓者達は慎重に進んで行った。 階段を下り、地下をどのくらい行っただろうか。 いくつかの罠や壁を潜り抜け、彼らは一つの扉に辿り着いた。 石造りの扉はアーマーで開けるには少し小さい。 ヘスティアは注意深く扉に触れようとして 「うわっ!!」 小さく後ろにのけ反った。 彼女の手元で火花が弾けるように散ったのだ。 「大丈夫?」 まるで開拓者に触れられることを拒否するような扉。 他の開拓者が試しても結果はまったく同じであった。 「…うちらがいくらやってもダメ、…残るは…」 開拓者達の視線がカリーナに向かう。 「試してみて、頂けますか?」 柚乃に促され、カリーナは頷き、そっと扉に手を当てた。 火花は散らず、扉は何の抵抗も無く開かれた。 そして、開拓者達は見ることになる。 薄暗い影の奥で動く影。 『お待ちしておりました』 深く深く頭を下げるからくりの少女を…。 ●消えた娘 遺跡を守っていたという少女型からくりは語る。 『今から、数百年の昔、この地を支配していたアヤカシがいました。 名をラウヒ・アハティ。 その強大な力で国全体を恐怖で支配していたのです』 アヤカシというのは普通、魔の森に住まいそこから人の世に介入してくる。 『ですがアハティの恐ろしい点は、人に憑りつき、人として人の世に関わって来た点です。アハティは我が国の女王に憑依し、その力で国と周辺諸国を邪悪に支配しました。 その為一時は国どころか、この大陸そのものが滅亡しかけたのです』 だが、それを当時の人間達が力を合わせて封印したと言うのだ。 『アハティの力は強大で倒すことはできませんでした。 だから、せめて決して封印が解けぬようにと本体と憑代をバラバラに分けて封じました。 本体は志体持ちが開けられぬ呪で、逆に憑代の方は志体持ちでなければ開かない扉で封印したのです。 封印を施した王は、私にすまないと謝罪しここで鍵を守るよう命じられました。 そして封印されたアヤカシの事は伝えず、語らず、忘れさせると…。 …アハティに身体を奪われた女王は、私が仕える姫君でした…』 感情の無いからくりの声ながらも、思いの籠る言葉を開拓者達は静かに聞いていた。 『アハティは憑依を得意とする実体のないアヤカシです。魅了や精神に作用する技を得意とし人の心を操って玩んできました。 実体のないままでも恐ろしい力を持っていますが、より適した肉体に憑依するとさらなる力を得るようです。 アハティに言わせると姫君の肉体はこれ以上ない憑代であったとか…』 「…ちょっと聞いてもいいかな?」 マックスがからくりの娘に問う。 「その、アハティは、どうやって姫とやらに憑りついたのかね? 女王ともあれば簡単には普通の人間もアヤカシも近づけまい?」 『献上品として届けられた指輪が、アハティであったのです。 アハティはその身を指輪に転じることができ、指輪を嵌めた人間を操ることができるのです。 アハティの配下にも、それと似た性質を持つアヤカシが何体もおりました』 「もしかしたら…フェイカーも?」 誰かがそう零し、その言葉を踏まえてマックスは更に問う。 「身につける物の形をしたアヤカシに取り憑かれた人間は、大体どういう経過を辿るんだったかな? 本人の意思は? 時と共に薄れ何者かの支配を受けるのか、それとも何者かと同一と化してしまうのか…」 『…解りません。ただ、苦しんでおられた時があったように思います。 早く気付いていれば…もしかしたらお助けできたのかもしれないのですが…姫の時には、間に合いませんでした』 そう言って後、からくりはあるモノを開拓者達の前に差し出した。 両掌に乗るくらいの、それは水晶玉であった。 『皆様が望まれるなら、これをお渡しします。 これに念じるか壊す事で、この大陸のどこかにある姫の墓所の封印が解かれるのです。 王はおっしゃいました。 今、我らにはアヤカシを封印し問題を先送りにすることしかできない。 だが、いつか意思を持ってこの遺跡にやってくる者がいるなら、その者達は自分達にはできなかったことができるかもしれない、と』 アヤカシの復活か、退治かは解らないが彼らに運命を委ねると彼女の主は決めたのだと言う。 『姫のお身体とアハティが融合し、再び蘇れば、この大陸は闇に包まれるでしょう。 願わくば、我が国の悲劇を繰り返さないよう…』 跪き、捧げもつからくりから流陰は水晶玉を受け取った。 それは開拓者の前で不思議な光を放っていた。 「…それを我が主に頂くことはできないでしょうか? 私は、この遺跡に赴き、ここで見つかるものを手に入れよと命じられたのです」 遺跡から出て、カリーナは開拓者達に伺う様に問う。 「申し訳ありませんが、それは出来ない相談です。 これは依頼人に渡さないと」 きっぱりと答える流陰にカリーナは俯いた。 「役目を果たせないのなら…私はもう帰れない…」 唇を噛みしめながら肩を震わせるカリーナの背中を、ぽんとユリアは叩いた。 「協力するには相応の理由があるのでしょうけれど、本当に大切なら過ちに手を貸してはダメよ。 貴女も話を聞いていたでしょう? アヤカシを封印する為の宝珠を何故必要としていたのか、それを確かめてからでも遅くは無いわ」 「…はい」 小さく呟くカリーナの背中をフレイがもう一度、ポンと軽く叩いたその時! 「何だ?」 開拓者達は周囲の空気が変わったのを感じた。 「アヤカシの気配? 十束!」 玄人は人魂が放つ同時、羽妖精が空高く舞いあがった。 そして、戻ってくる。 『山の中に、アヤカシが集まっているぞ。あれは…クラフカウ山脈の魔の森近くだな』 「何かに呼ばれたように真っ直ぐにある方向に向かっている。一体、何故…」 玄人がそういったとほぼ同時、 『ーーーーー!!』 空から龍が舞い降りた。開拓者の何人かは目を見張る。 「あれは…辺境伯の龍?」 だがそこから飛び降りて来たのは辺境伯ではなかったのだ。 「…エドアルド…さん?」 流陰に挨拶をする余裕もない顔で、辺境伯の父、エドアルドは開拓者に告げたのだった。 「開拓者! グレイスが刺された! 重体だ!!」 「えっ!!!」 開拓者達の予想を超えて、南部辺境が、急速に今、動き出そうとしている…。 |