【空庭】於裂狐の襲撃
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 23人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/24 10:39



■オープニング本文

●折衝
 護大派との会談は、十々戸里にて執り行われることとなった。
 これは、まずは予備交渉である。
 和平を締結する上での護大派の条件は、天儀が護大と瘴気を受け容れること――無論、呑める条件ではないが、この交渉はまず第一歩であり、交渉とはお互いに食い違う条件をいかに妥協するかを言う。そういう意味では偽りも無かろう。
 護大派よりは随伴含めて使節が三十人。
 現地での警備はギルドと開拓者を中心に戦力を展開して万全を期すものとされた。
「ゆめゆめ油断するでないぞ」
 大伴定家が、難しい表情で開拓者たちに告げる。
 大伴とて彼らと戦わずに済むならばそれを望まぬわけがない。しかし、護大派の出方にどうしても懸念が拭えないのだ。
 だが同時に、護大派の意思決定者らとの正面切っての邂逅でもある。交渉に応じた彼らの真意は解らない。果たして、箱の中には何が在るのか。

●襲来!
『さて…』
 魔の森の奥、人も通わぬ昏い闇の奥も奥で大アヤカシ於裂狐は軽く目を閉じながらひとりごちた。
『どうするか…な』
 先ほどの『会談』を思い出したのだ。

「我らが会談にて奴らの注意を惹きつけまする。その隙に開拓者を討つが良い。との最長老様のお言葉でございます。
 遠慮は無用。全て、於裂狐様の思うがままに…」
 
 使者の男はそう語っていた。
『我が思うまま…か…』
 於裂狐はその身を起こした。
『…いずれ来る「時」まで退屈はしなくて済みそうだな』
 その呟きは誰の耳にも届かず闇に溶けて消えていく…。


 そして冥越、十々戸里。
 その街道を守る連合軍の兵士は、突然現れたソレに言葉を失った。
「な、何だ! あれは!!」
 魔の森から、空から、街道の向こうが、突如黒く染まる。
 アヤカシの大群が現れたのだ。
 まだ昼間だと言うのに空を覆い隠し、地面を埋め尽くすそうと現れる似餓蜂、軍隊蟻…蟲達の群れ。
 その中に紛れた大蟷螂が鎌をもたげ、何匹もの大百足がカチカチと怪しい音を鳴らす。
 あっけにとられる彼らの前には、いつの間にか人型の妖狐達が楽しそうに笑っていた。
『行け』
 その宣告は頭上から下った。
「あれは!」
 兵士達は息を呑み込む。
 銀毛九尾の尾を背に広げる美麗な男。
「…於裂狐!!!」
 微かにざわめいていたアヤカシの大群はその一言で動きを止め、同じ方向に向かう。
 十々戸里。
 その中央に…。
『遠慮は無用。全て食らい尽くせ!!』
 於裂狐の手が翻ると同時、闇は大きく鎌首を上げて、襲い掛かってきたのだった!

「アヤカシ軍、襲来! 指揮官は大アヤカシ於裂狐!!」
 その報は即座に開拓者達の間を駆け抜けた。
「数は数百から…千に届くかもしれません。
 軍隊蟻、似餓蜂、大百足、大蟷螂、大怪鳥、大蜘蛛、怪狼、剣狼に妖狐…、信じがたい連合軍です」
 折しも十々戸里の奥では今、正に護大派と朝廷と開拓者ギルドによる会談が行われている筈だ。
 その護衛に少なくな人員がとられていて里を護る手は足りない。
「こ、このままでは…里は…我々は…」
 報告の兵士の声は震え、絶望の色を浮かべている。
 しかし
「大丈夫! 任せて!」
 次の瞬間、駆け出した者達がいた。
 この襲撃を予測していた開拓者達である。
 彼らは走りながら状況を見る。
 確かに人数的には圧倒的に不利だ。
 既に一部の翼あるアヤカシは城壁を越え、十々戸里内部に侵入を果たしているようでもある。
 しかし、指揮官に統率されたアヤカシ軍として見れば、動きはやや鈍いように思える。
「もしかしたら…」
 開拓者達の頭にある考えが浮かんだ。
 蟲に妖狐、百足に蜘蛛に怪鳥…。
 於裂狐は獣系アヤカシを主として率いて来た大アヤカシだ。
 一方で蟲や蜘蛛などはかつて滅んだ山喰や今や名前を呼ばれることも無い大アヤカシの配下だった筈だ。。
 連合軍と言えば聞こえはいいが、長である大アヤカシを失い逸れたアヤカシを再編成したと考えれば、その指揮系統は盤石では無い筈だ。
 大アヤカシである於裂狐の力に畏怖し従っていると考えれば…
「於裂狐を倒せば…敵の連携を阻止できる?」
 空を見る。
 ここからはアヤカシが影になって見えないが、軍の丁度、真ん中の上空に於裂狐はいるらしい。

「…とにかく今は、行動あるのみ!」
「少なくとも絶対に会談の場所に近付けさせる訳にはいかない!」
 貴方は、仲間達と共に敵に向かって飛び込んでいく…。


■参加者一覧
/ 柊沢 霞澄(ia0067) / 羅喉丸(ia0347) / 俳沢折々(ia0401) / 鬼島貫徹(ia0694) / 胡蝶(ia1199) / 皇 りょう(ia1673) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / エルディン・バウアー(ib0066) / 不破 颯(ib0495) / 成田 光紀(ib1846) / 針野(ib3728) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905) / Kyrie(ib5916) / アルバルク(ib6635) / 来須(ib8912) / 鍔樹(ib9058) / 朱宇子(ib9060) / 中書令(ib9408) / 雁久良 霧依(ib9706) / 星芒(ib9755) / 佐藤 仁八(ic0168) / ナツキ(ic0988


■リプレイ本文

●護るべきもの
 於裂狐 襲来!
 その報を受け、真っ先に動き出したのは開拓者達であった。
「うおっ!? 大事な会談の最中に、なんちゅー大軍のアヤカシをけしかけてくるっさね……!」
 針野(ib3728)は驚きの声を上げる。
 軍隊蟻の群れ、似餓蜂、大百足、大蟷螂、大怪鳥、大蜘蛛、怪狼、剣狼…。
 空に、街道に、千を超えるアヤカシが溢れ迫ってくるさまはうねる波のようだ。
「……こんだけ不利な状況をひっくり返すには、狐の親玉をどうにかせんとイカンのかな? かがほ?」
 そして相棒の背中をぽんぽんと叩きながら敵を見つめていた。

 この場、十々戸里に居合わせた開拓者には二つの選択肢があった、
 一つはこの大軍を迎え撃ち、里を守りつつ反撃を行う事。
 そして、もう一つは雑魚に構わず大アヤカシ於裂狐を狙う事、だ。
「うっし、支援頼むぜ、坊主。
 たまには賑やかに仕事ってのもいいもんだ」
 ガハハッと豪快に笑う小隊長 アルバルク(ib6635)に背を叩かれながら
「おっさんに引っ張ってこられて来てみれば、何なんだこの仕事…」、
 憮然とした顔で来須(ib8912)は現場を見る。
 場には多数のアヤカシ。地表だけではなく、空にも邪魔なアヤカシがたくさん蠢いている。
 そして彼らの奥には大アヤカシ於裂狐。
 隊長が言うとおり、少なくない人数の開拓者が参加しているが、それでもどう考えても難しい、難しすぎる仕事だ。
「隊長だからしかたねーけどよ」
 彼は弓に力を込める。
 その様子にアルバルクも少し真顔になって来須を見る。
「いいか? 今回参加の連中は腕利き揃いだ。そして皆で、於裂狐に突撃をかけることにしたらしい。
 だが、敵はこの数だしあっちだってただやられたくはないだろう。反撃を仕掛けてくる。
 だから…」
「中核に入って突入をサポートする、だろ? 解ってる」
 来須の返事にアルバルクは満足そうに笑う。
「於裂狐に人手を多めに割いている分、軍勢を食い止める連中の負担は大きい。
 突撃の奴らも解ってるだろうが、決めるなら短期決戦だ」
「そっちも解ってる。ついでにできる限り雑魚も吹っ飛ばして道を作るさ」
「よしっ! いい返事だ。んじゃ、行くか!」
 豪快に笑って頷くとアルバルクも武器を手に取った。相棒の空龍に跨りかけて、アルバルクは思い出したように振り返った。
「おう、そういやーナツキ(ic0988)をどっかで見たな」
「あ、ナツキ?」
 来須は同じ小隊の仲間の名前を聞いて眉根を寄せた。
「アイツも命知らずだからねえ…拾って帰らねえとな。クルスー、お前さんトシ近いんだから助けといてやれよー」
「あ、? おっさんが何とかしろよ。隊長だろ……。そもそも他人を気にしてられる戦闘でもないんじゃね?」
 アルバルクにそう返しながらも
「ま、しょうがねえけどよ。アイツの前の道くらいは「流星」で作ってやるよ。帰りは適当にするんじゃね」
 来須はそう答える。
 そして滑空艇に乗り込むと来須の答えに、満足そうに楽しそうに笑うアルバルクの後ろから空に、戦場に向かって行った。

「くっ! 完全にしてやられたな!」
 皇 りょう(ia1673)は門の前、刻一刻と近づいてくる敵を前に唇を噛み、手を握り締める。
 まさに奇襲。
 護大派と開拓者ギルドの会談と言う前例のない事態を前に、勿論開拓者や駐留する諸国軍が決して油断していた訳では無い。
 だが…敵の動きが開拓者の思うよりも迅速で早かった、ということだろうか?
「この流れはまるで大波。このまま攻められたらひとたまりもない…。
 彼我の数が違い過ぎるし、防衛線構築の拠り所となる砦すら満足に整っていないというのに…」
「一番嫌なタイミングで仕掛けてきたね」
 いつの間にか寄り添う様に横に立っていた俳沢折々(ia0401)が静かに呟く。
 その視線は、ここからは欠片程度にしか小さくしか見えない大アヤカシ於裂狐を見つめている。
 どこか必死ささえも感じさせるアヤカシの軍勢は、全て於裂狐の命令に従っているのだろう。
「配下のアヤカシも寄せ集めには違いないけど……。
 それでもこれだけの数を集められることと、従えることそれ自体がすごい。
 さすがは大アヤカシってところかな」
「感心している場合では無いぞ」
 後ろからの声に二人は振り返った。そこには彼女らの小隊長鬼島貫徹(ia0694)が立っている。
「鬼島殿…」
 相棒の翔馬と並び立つ彼に折々は軽く肩を竦めて見せた。
「解ってるって。それに、だからこそ、の付け込む隙はあると思うんだ」
 うむと頷いた貫徹はりょうをまっすぐに見つめた。余計な言葉は今は不要である。
「皇。我らは於裂狐の方へと向かう」
「御武運を」
「行くぞ!」
「うん、じゃあね」
 駆け抜ける仲間を見送り、彼女はアーマーを起動させた。
 首魁 於裂狐を狙う隊長達。
 だが、今回、りょうは隊長と違う道を選ぶと決めた。
 このアヤカシの大群と真っ向から向かい合い、大アヤカシが討伐されるまで敵を食い止める、と。
 不安は無い。彼等はやってくれる。
 同じ小隊でも行く先は分かれる。やるべきことも違う。
 けれど、目的は一つ。
『この里を、守る事』
 アヤカシ軍は気が付けばそこまで迫っている。
「各国軍の諸兄! 我らは打って出て敵を堰き止める! 背後はお任せした!」
 アーマーに騎乗して高く剣を掲げたりょうはそう鼓舞するように告げるとそのまま、
「うおおおっ!!」 
 真っ直ぐに、躊躇いなく敵に向かって突撃していくのだった。

●流れに挑んで
 地上では既に戦端が開かれているようだ。
 不破 颯(ib0495)は相棒と十々戸里上空で眼下の様子を確かめていた。
 押し寄せる黒い波が里の門、ギリギリのところで止まっているのが空からだとはっきりと見て取れる。
 前方に軍隊蟻や武装蟻が配置されて真っ直ぐに敵に突っ込んでいく。
 その後ろから獣アヤカシなどが期を伺っているようだ。
 物量で前線に穴を開け、精鋭が穴を広げていく作戦だろうか。
 原始的だが、一応理には叶っている。
 おそらく於裂狐の命令だろう。
「こんな寄せ集めの軍勢でご苦労なこったねぇ…そんなにこの交渉が気に入らないのかな?」
 颯の視線は一瞬だけ、里の中央。
 世紀の会談が行われているであろう場所を見つめる。
 だが、本当にそれは一瞬の事。
 気が付けば周囲にブンブンと耳障りな羽音と共に敵が近付いて来る。集まってくる。
 空から大アヤカシ於裂狐の元に向かう仲間に降り払われた雑魚どもだ。
「っとに、邪魔だねぇ〜。後を追わせるわけにもいかねえし、さて、とっとと退場願うとしようか…行くぜ。瑠璃!」
 不破 颯(ib0495)は龍の背中をぽぽんと叩くと、上昇、そして高速飛翔を命じた。
 颯を取り囲もうと集まって来た似餓蜂を振り切り、逆にこちらが周りを上下左右に旋回する。
 似餓蜂の一匹が毒液を噴射するが、その単純な軌道をあっさりと躱して颯は弓を乱射、ばら撒いた。
 その矢に貫かれて蜂が落下、消滅する。7〜8匹は落した筈だがそれでもまだ目に見えて減ったようには見えないのが蟲系アヤカシとの戦いの嫌な所だ。
 だが、さっきの陽動が功を制し、蜂達は目標をこちらに変えたらしい。数は50匹弱。後から怪鳥連中も着いてきている。
 空の敵の大半が、地上に向かう様子は無いことを確かめて颯は満足げに頷いた。
 唯でさえ、地上は街道を埋め尽くすアヤカシの攻撃をさばくのに手いっぱいである筈なのだ。
 なるべく数を減らしておくに越した事は無い。
 こちらも気を抜ける戦いでは無いが、少なくともこいつらを里に向かわせるわけにも、後退させるわけにもいかないのだから。
「さぁて、頑張りますかねっとぉ〜〜。ん?」
 ふと、後ろを背後を吹き抜けた風に颯は振り返る。
 雲間に白く、光る影が
「いっくよー!!」
 澄んだ声と共に一直線に降下していくのが見えた。
「やっつけろー!」
 見ればルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)が小柄な姿からは想像もできない程の見事な操縦で、滑空艇を操りながら魔槍砲のスパークボムを敵の鼻先にぶちかましたのだ。
「ひゅう〜。やるねえぇ〜〜」
 間を開けない連続攻撃に前方の蟻達が吹き飛ばされていく。
 目の前の敵優先でひたすら襲い掛かる程度の動きしかしない蟻どもには効果は絶大だろう。
 里の防衛を受け持つ開拓者にかかる負担も、かなり減ったと思われる。
「!! っとぉ〜!! ちょっとまったあ〜!」
 新しい脅威の存在に気付き、相手を颯からルゥミに切り替えようと襲い掛かる蜂達の前に立ちはだかり、颯はそれらにまた乱射を仕掛けた。
 最初の攻撃に集中していたルゥミはそこで、空からの敵と、彼らから守ってくれた颯の存在に気付く。
「あ! ありがとー!!」
 武器を持ったまま手を振るルゥミに颯は片目を閉じて見せる
「な〜に、いいってこった〜。後ろは任せて、下の援護に集中。頼むな」
「りょーかい。まだまだまだまだこれからだかんね〜!」
 旋回するルゥミを笑顔で見送った颯は背後を守るように、旋回。
 そして、敵の群れに向け、三度弓を引きしぼるのだった。

 その少し前、里の入口で佐藤 仁八(ic0168)は敵の軍勢を見つめていた。
「負け犬集めて噛み付いてくるとぁ、可愛いねえ」
 槍を構えたままにやりと笑う。
「ま、ギルドもすっかり寂しくなっちまって、開拓者も随分減ったことだしよ。精々仲良く遊ぼうじゃあねえか」
 深く息を吸い横に立つジライヤに声をかける。
「ご隠居、頼まあ」
『どうれ』
 まず攻め込んできたのは軍隊蟻の群。
 背後を門と御隠居に任せ、仁八は大身槍を大きく振り回した。
 その回転に薙ぎ払われて何匹かの蟻が吹き飛ぶが、減った数とほぼ同じ数の敵が瞬時に穴を埋めていた。
「チッ! 一対多数なんざ、真っ平ご免なんだがなあ」
 とはいえ、思う通りにはならないのも戦場。怯むことなく彼は敵を見つめていた。
「世界の危機なんざ、これっぽっちだって知ったこっちゃねえが、知り合いがこの馬鹿喧嘩に出るんでねえ、黙ってもいられめえ。
 露払いってえか、時間稼ぎくれえの仕事ぁしてやらあ」
「仁八さん」
 槍を握り直す仁八の後ろ、気が付けば、里への入口である門の下には柊沢 霞澄(ia0067)が立っていた。
「霞澄! 前に出て来るんじゃねえ!」
「いいえ」
 強い意思で霞澄は首を振る。
「この数の軍を僅かな人数で捌き、里を守らなければならないのです…。今こそ自分達を信じて、精霊の加護を信じて…戦う時…。
 退く訳にはいかないのです」
 仁八は肩を竦めた。
 ここの守備に残ったのはどうやら頑固者揃いのようだ。
 無数の敵の只中に単身突撃し、敵を文字通り身体で引き付けているりょう。
 向こう側では
「アカネマル! 業火炎!!」
 白鞘の刀を構えた志士鍔樹(ib9058)が轟龍の放った火炎で怯んだ敵の只中に飛び込んでいく。相手は巨大な蜘蛛と蟷螂だ。
「数の上でいくら分が悪かろうが、おいそれと奴さん達を通すわけにも行くめェよ。
 仲間が狐の大将をどうにかするまでの辛抱、ってな…」
 戦いの前、独り言のように自らに言い聞かせるように彼は呟いていた。そして
「応よ、やったろうじゃねえか!」
 雷鳴剣で確実に倒していく。
 各国の兵士達も一歩も退かないと言う鬼気迫る覚悟の形相で戦っていた。
「だったら、早くいきな! 回復役がぼーっとしている暇はねえだろ?」
「はい…。頑張って下さい…。紅焔、よろしくお願いしますね…」
 小さくお辞儀をして霞澄は相棒である轟龍と共に空に飛び立っていく。
 折しも、激闘を続け、りょうのアーマーが練力切れを起こしたようだった。
 強制排出で外に出た彼女は、即座に取り囲む敵達を
「我が骸を超えていくつもりなら、それ相応の覚悟は致せよ。この一戦、何が何でも守り抜かねばならぬのだ。この身朽ちようとも!」
 気合と共に切り伏せていた。
 それでもまだまだ、敵は襲ってくる。
 りょうや、鍔樹、仁八。そして兵士達をその物量で押し流さんとばかりに。
「我等に武神の加護やあらん!」
 再び強い意思で人々を鼓舞する彼女の眼前で、赤い炎がアヤカシを吹き飛ばし、また取り込んで燃え始めた。
 まるで武神の加護、そのもののような攻撃に兵士達の意気も上がる。
 りょうは救いの天使に感謝を捧げるように、一度だけ剣を掲げると
「…敵が怯んだ今がチャンスだ。一気に押し返せ!!」
「! 今、大蟷螂が塀を飛び越えて行った。追うから任せろ! アカネマル!」
「ま、こうなったら退く訳にゃあいかねえよな。行くぜ! 御隠居」
 仁八は決意を新たに兵士達と共に再び敵に向かって進んでいった。

●決戦 妖狐との戦い
 彼等は皆、同じ思いを胸に、空を、大地を駆けていた。
「一刻も早く!」
 
 黒々とうねり揺れるアヤカシの軍勢を眼下に、
「……このアヤカシの大軍が、里奥の会談場に辿り着いてしまったら……。
 そう思うと、ぞっとしないです」
 朱宇子(ib9060)は身を震わせた。
「これは、偶然? まるで計ったみたい。
 ううん、考えるのは後回し。今は、目の前の脅威をどうにかしなくちゃ」 
 こうしている間にも、僅かな人数で大軍を押し留めている仲間達の負担は増していく。
 彼らを救う方法はただ一つ、首魁 於裂狐を倒すしかないと決めたのだから。
 そうして滑空艇と龍でアヤカシの手の薄い空を駆け抜けた彼らは、辿り着く。
「いたっ!! ポチ! 止まれ!」
 空龍で先陣を切って駆け抜けた胡蝶(ia1199)は勿論眼前の敵にそのまま飛び込むような事はせず、スピードを緩めて他の仲間を待った。
「やっぱり、待ち構えているわね」
 唾を呑み込む。
 彼女の眼前には妖狐達の集団がいた。総勢10人程度であろうか?
 勿論、そこにいる全てが狐の姿を取っていた訳では無い。
 狐の外見をしている者もいるし、流麗な人の外見を持つ者もいる。
 しかし、空に浮かび、開拓者を待ち構えていたであろう彼らは全員が只ならぬ妖気を発していた。明らかに妖狐だ。
 これだけの強敵が一か所に集まるのを見るのは合戦場以外では滅多にないだろう。
「いよいよアヤカシも総力戦じみてきたわね…。三つ尾、いいえ全員が七尾の妖狐と思って戦うくらいでないとやられるわ」
 そして、彼らに守られるように最奥で待ち構える大アヤカシ 於裂狐。
 背後に自分の数倍はあろうかという妖狐を従えて立つ圧力は、一瞬でも気を抜けば紙屑のように吹き飛ばされてしまう。
 そんな予感を胡蝶に感じさせた。
「少し、肩の力を抜いたほうが良い」
 唇を噛みしめる胡蝶に成田 光紀(ib1846)の炎龍が寄り添った。
「ふむ……有象無象が何やら寄り集まったようだな。差し当たり、こちらの邪魔をされてもつまらんのでな。
 退場してもらおうではないか」
 同輩の柔らかくも強い言葉に、フッと胡蝶の纏う空気から力が抜けた。
「あれが於裂狐…美しさでは私の方が上ですね」
「確かに美人さんね♪ 私程じゃないけど♪」
 滑空艇を駆るKyrie(ib5916)や雁久良 霧依(ib9706)。
 小隊【光翼天舞】の者達はそんな軽い口調で笑いながらも、雲間に身を隠し間合いを取っている。
 皆、解っているのだ。
 この戦い、時間をかければかけるほど、きっとこちらが不利になる。
 大群に里が食い破られ、会談の邪魔をするという目的を果たされる。
 そして於裂狐に逃げられれば再び、どこかで誰かが苦しみ、泣くことになるだろう。
「八咫烏の時みたいに最奥には行かせないっ☆」
 星芒(ib9755)は思い出す。操られ絶望に染まりかけた八咫烏の心を。
 あんな悲劇を繰り返させるわけにはいかないのだ。
「さあ、狐狩りいきますよ! 今度は逃がしませんからね!!」
『相も変わらず我が前に立ちふさがるか…』
 アーニャ・ベルマン(ia5465)の放った一矢を避けることもせず、肩口に受けた於裂狐。
 その矢は気が付けば既に朽ちて粉々になっていた。
 だがその時、真っ直ぐに飛び込んでいた男がいた。
「お前にいつまでも付き合ってやる義理は無い!!!」
 皇龍で渾身の突撃をかけたのは羅喉丸(ia0347)であった。
「一気に決めさせてもらう! うおおおおっ!!!」
 妖狐達も虚を突かれた猛攻。皇龍頑鉄は於裂狐を抑え込み、その腹に向けて羅喉丸は渾身の一撃を放ったのである。
 詩経黄天麟から真武両儀拳に繋ぐ九連撃は開拓者も見惚れる程に見事なものであった。
『良い技だ…。だが…!!』
「なに!!」 
『愚か者!!』
 二度目の機会、十八連撃に繋ぐチャンスを於裂狐は与えてはくれなかった。
 頑鉄の爪先からどろりと液体が流れ
「ぐああああっ!!!」
 一気に無数の刃となって羅喉丸と龍を切り裂いたのだ。と同時に見えない力が羅喉丸を弾き飛ばす。
 鎖で龍と身体を繋いでいなければ、一気に地面に落下していたかもしれない程のそれは念力だった。
「羅喉丸さん!!」
 開拓者が駆け寄る隙に於裂狐は後方に飛びのき、開拓者との間合いをさらに開けた。
『それだけの力を持ちながら、世の理も、真理にも気付かぬ愚かな人の子よ』
 どこか憐れむような口調で開拓者を見下す大アヤカシは
『せめて知るがいい。絶対の真実を!!』
 パチンと指を鳴らした。
 それが戦い開始の合図となった。
 と同時に妖狐達が笑い声と共に開拓者に向かって押し寄せてきた。
「来るわ! 展開! 一か所に集まったら危険よ!」
 大アヤカシとの命と誇り、全てを賭けた戦いはこうして始まったのである。


 元々、開拓者達の狙いは於裂狐 討伐。
 そのただ一点にあった。見るからに寄せ集めの軍。
「いかなる手段で手勢を増やそうと頭を潰せば同じ事です」
 中書令(ib9408)の言葉は間違いなく真実であったからだ。
 羅喉丸が危険を承知で一気に飛び込んだのもそこに理由がある。
 だが、それは於裂狐自身にも解っていた事、だろう。
 初撃を喰らって後は特に妖狐達を侍らせて完全な守りを固めていたのだ。
『フフフフフ…。於裂狐様には指一本触れさせぬ!』
「クソッ! 邪魔をするな!!」
 周りを飛びかう妖狐を払いのけながらナツキは悔しそうに未だ届かぬ大アヤカシを見つめていた。
 於裂狐を護衛する妖狐は全てで八匹いた。
 そのうち三匹程が護衛に徹し、残りの妖狐が開拓者達に襲撃を仕掛けてくる。
『ほらほら、よそ見をしている暇があると思うの?』
「しまった!」
 妖狐の一匹がナツキの手首をぐいと掴んだ。
「うわあっ!!」
 全身が凍りつくような寒気と共に力が抜けて行くのをナツキは感じる。
 と、そこに
 シュン!
 風を切る音が聞こえた。身体に体温が戻った。
『ぐあっ!!』
「ナツキ!」
 小隊仲間の来須のそんな声が聞こえた気がしたのは気のせいではないだろう。
『お、おのれえ!!』
 怒りに震えた妖狐がさらにナツキに肉薄するが、
「目を閉じろ! ナツキ!!」
 聞きなれた声に躊躇わず目を閉じたナツキの横で、白い光に包まれたその攻撃は空を切った。
「焦るな! 敵をよく見てタイミングを見るんだ」
「隊長!」
 その言葉にナツキは頷いて、戦場を広く、見ることにした。
 折しもその時、
「守護と生命を司る聖霊よ、我らに力を与えたまえ」
 詠唱の声が聞こえた。
 エルディン・バウアー(ib0066)が天の御加護を発動していたのだ。
 既に乱戦と化した戦場で傷ついた者も多い。暖かい光の輪の中にナツキも、援護の攻撃をしていた針野も逃れるように入る。
「雑魚がやっかいだね」
 息を切らせるアーニャに星芒は頷く。
 雑魚と呼んでも七つ尾の妖狐は恐ろしい中級アヤカシである。
 幻覚、魅了、恐慌を自在に操り、心を奪われ一瞬でも足を止めれば恐るべき念力で吹き飛ばされる。
 しかし、その囲みを破らないことには於裂狐にはたどり着けないのだ。
「まったく、於裂狐ならともかく雑魚の狐に操られてるんじゃあ、ありません。今日のご飯抜きですよ!」
 相棒の頭をペシリとアーニャは叩く。
 愛情をこめて。
 その様子に小さく微笑んで後、エルディンは仲間達に告げた。
「お願いがあります。あの妖狐達を一か所に集めてくれませんか? 可能であるなら於裂狐の周囲に」
「何か、策がある?」
 星芒の問いにエルディンは頷く。
「デリタ・バウ=ラングルを使います。上手くすれば一気に妖狐達の壁に穴を開け、於裂狐に迫れるやもしれません。
 ただ少々時間がかかる術でして。威力は保障しますから暫しの時間を…」
 その時間稼ぎが命がけではあるのだが
「了解! 錘旋。行っくよー!!」
 それ以上の問いを星芒はしなかった。
 こうしている間にもアヤカシが迫ってくるのだ。
相棒の背を叩き、守りの輪から抜ける。
「ほらほら、アリョーシャ、しっかり!!」
 アーニャもそれに続いた。
「術の効果範囲は?」
 ナツキの問いにエルディンは目の前に指で九十度、四分の一円を描く。
「この範囲です。射程はけっこう長いですし、精霊の力で敵を討つ魔法ですから皆さんが範囲内に入っても影響は少ないと思いますが…気を付けて」
「解りました」
 頷いたナツキの横で針野はピッと背筋を伸ばす。
「わしは、援護に徹します! 周囲から敵を追いこんできますさー」
「…お願いします。行くよ! シキ!!」
 そう言うとナツキもまた輪から抜け出し、高度をとって旋回したのだった。
 アルバルクや来須、そして仲間達の上空を。

 分厚く固い、妖狐達の壁に苦戦していたのは彼等だけでは無かった。
 胡蝶と成紀も、於裂狐に肉薄できずにいたし、雲間から様子を伺っていた霧依とKyrieも正直、攻めあぐねていたのだ。
「散発的に攻撃してても勝てないわ。連携して一気に同時。これしか無いと思う」
「相手は大アヤカシです。最も恐れるべきは精神攻撃…。近付けば思う壺でしょう。ですが絶え間なく攻撃を加えれば相手に攻撃の暇を与える事無く押し切れる筈」
「大事なのは、タイミング、よね」
 だが、そのタイミング、行動の起点を作り出す事そのものがそれぞれに敵と向かい合う戦闘中では難しかったのだ。
 霧依は上空の雲間。
 自分達よりもさらに高い雲間を飛ぶ影を見やり、下を向き、そして気付いた。
 ナツキの合図。眼下の戦い。その変化を…。
「皆が、敵を…一か所に集めようとしている…?」
 彼女も魔術師である。その理由に瞬時に思い当たった。
「これは、待ちに待っていたチャンスかもしれないわ」
「ええ…、最初で最後かもしれないチャンス、ですね」
 Kyrieも頷き滑空艇を旋回させる。
 もう一度だけ上空を見上げた霧依は、空に線を描く煙を確認して後、口の中で呪文を紡ぐと
「行くわよ!!」
 滑空艇と共に真っ直ぐに降下していったのだった。

「…すべてを司る神よ、聖霊よ、全能の力をもって穢れし狐を無に返したまえ。
 デリタ・バウ=ラングル!!!」
 高く掲げられたエルディンの錫杖から光と共に巨大な魔方陣が現れ、灰色の光が妖狐達を包み込む。
『な、なんだこれは…?』
『ぐあああっ!!』
 開拓者に誘い込まれ、戦いで消耗していた妖狐の数体が一瞬で消滅する。
 様々な精霊の力が混合された強大、かつ強力な魔法である。
 だが…
『ふん! こざかしい!!』
 妖狐の一体は地を蹴るように空を舞うとエルディンの元に肉薄した。
 阻もうとする星芒を吹き飛ばすとその喉笛を狙って爪をかざした。
 強大な呪文を詠唱しきった直後のエルディンに避わす術は無い。
 だが、次の瞬間
『な、なに??』
 まったく予想もしていなかった方向から再びの光が注いだのだ。
『ぎゃああああ!!』
 灰色の砂の様に妖狐が一瞬で崩れ落ちた。
 妖狐達が全く予想していなかった上空から注いだのは再びのデリタ・バウ=ラングル。
 それを放ったのは気配を隠した上空から降下して来た霧依であった。
 重ねがけされた二度のデリタ・バウ=ラングル。
 Kyrieが放った眼突鴉は一瞬、於裂狐の視界を塞ぐ効果しか持たなかったが、ある意味それで十分だった。
 それにタイミングを合わせた中書令と成紀の黄泉より這い出る者が放たれ、気が付けば、開拓者達を苦しめた妖狐達の群れはほぼ壊滅。
 残ったのは背後に逃れながらも既に満身創痍の妖狐二体と、於裂狐のみになっていた。
『見事なものだ。まったく、それだけの力を持ちながら何故、そうも愚かなのか理解ができぬがな』
 少なくないダメージは入ったのだろうに於裂狐は肩を竦めて笑っている。
「何が愚かなんですか!! 錘旋!!」
 手に持った錫杖に渾身の力を込めて、一気に於裂狐の懐を狙う星芒をだが、於裂狐は手の中に血霧から紡いだ剣で横なぎにする。
「うわっ!」
『やがて滅びゆくことが解っているこの世に執着し、無用の命を守るとぬかす貴様らがだ』
「なれば! 貴様は何の為に戦う!!」
 そう太く轟いた声は地上から
「今日こそ引導渡してやるよ! うんこ狐!!」
 そして高く響いた声は頭上から。
 計ったようにタイミングが合った二つの攻撃が於裂狐を襲った!

 真下から一直線に突き上げられた貫徹の天歌流星斬が於裂狐の左腕を奪う。
 周囲に血煙が舞い飛んだ。
 動きを止まった於裂狐は、開拓者達が、瞬きし気が付いた次の瞬間
『ぐああああっ!!』
 背中を押さえ、今までにない悲鳴を上げていた。
「うわあっ!!」
 大狐に弾き飛ばされたリィムナ・ピサレット(ib5201)は滑空艇と共に落下していく。
 リィムナの得意技、夜からの黄泉より這い出る者連続使用は、かつて山喰の命をも吹き飛ばした強力な術だ。
 故に背後に大狐を侍らせ注意していたのだろうが、滑空艇に煙まで演出し、ギリギリの時を待っていたリィムナに今は、気付かなかったに違いない。
 加えて、煙の意味に気付いてタイミングを合わせた貫徹の攻撃。
 与えたダメージは少なくない。於裂狐と言えど、直ぐには動けないだろう。開拓者はそう判断し、追撃の準備に出た。
「クハハ、焦りすぎたな大アヤカシ。狡猾な貴様にしては詰めが甘いわ!」
 上空で翔馬に騎乗した貫徹が第二撃目を放とうと降下する。
 今まで機を伺っていた精鋭二人の渾身の攻撃を身に受け、片腕を失い、絶体絶命の筈の於裂狐は…
『焦る?』
「なに?」
 不思議な程に静かな面差しで貫徹の攻撃を
「ぐっ!!」
 術で縛り、弾き飛ばしていた。
『そうか…。私は焦っていたのか。何の為に戦っていたのか…。
 言われてみれば確かに、私は何故この場にあるのか。
 連中の誘いに乗って手伝ってやる義理は無いというのに…』
 気が付けば取り巻きの妖狐はもう一匹も残っていない。
 消耗に退却を狙う彼らは、来須や針野に射抜かれ既に瘴気に戻っていた。
 血煙が於裂狐の周囲を取り囲み、背後に立つ大狐が尻尾を波立たせている。
 そして於裂狐は高く笑い、開拓者に告げた。

『なれば人の子よ。
 私に教えるがいい。その攻撃を持って!』
 
 これが最後の戦いだ。
 誰もがそう意識した。
 於裂狐が周囲の血煙を刃と化して開拓者に向けた瞬間、大狐がその身を翻した瞬間、開拓者達も同時に、その身を翻したのだった。

「大丈夫ですか?」
 閃癒で傷を塞いでくれた朱宇子に礼を言いながら
「ちょっと、認識を間違ってたかな」
 折々は小さく呟いた。
 於裂狐というアヤカシは知性が高く、それ故にリスクのある方法を狙っては来ないと思っていたのだ。
 だが、こうして今、彼は開拓者達の攻撃を、自身の手で捌き続けている。
「もしかしたら、於裂狐もただ人を喰って苦しめるだけじゃない理由を持って、生きて来たのかな? …なんとなくだけど」
『理由』を持って戦う相手は強い。
「まあ、だからと言って手を抜ける訳じゃないんだけどね」
 そう笑うと折々は大きく深呼吸した。
 戦いは乱戦。
 互いに決め手の一撃を狙っているところだ。
「うん、相手に不足なし!」
「お気をつけて!」
 思いを贈る朱宇子に手を振って、折々は再び戦いの中に身を投じて行った。

 胡蝶は目を閉じる。
 於裂狐の視線に囚われたら、心まで支配されてしまう。そう直感したからだ。
「相手は狐の大アヤカシ…私の白狐じゃ伍するのは到底無理。なら、狙いを一点に絞って守りを食い破る…!」
 自分の全て込めて渾身の白狐を紡ぎあげる。
「そのために血肉が必要なら、持っていきなさい白狐! 狙うはただ一点!」
 胡蝶はそう言うと練り上げた式を渾身の思いと共に放った!
 於裂狐の目元に向けて。
「その邪眼、使えなくさせてもらうわよ!」
 その時於裂狐はナツキのスタンアタックを、躱せずに受けた所であった。
『ぐっっ!!』
 於裂狐に襲い掛かった白狐は大狐に喉笛を裂かれ即座に消滅するが、引き換えにその目を奪う事に成功したようだった。
「後を…頼みます!」
 ナツキの祈りにも似た思いに応えるかのように、
「これが、最後のチャンスだ!!!」
 初撃以来、回復に専念していた羅喉丸が再び飛び込んでいった。
 於裂狐と羅喉丸の間に身を滑り込ませた大狐は主を庇うかのように羅喉丸の連撃をその身に受けて消滅した。
「ぐああっ!」
 羅喉丸の肩口をその爪で切り裂いて…。
 ついに単騎となった於裂狐に
「今はただ勝利の為に!!」
 折々の、成紀の、黄泉より這い出る者が縛った瞬間。
「私の持てる技すべてを込めて、いっっけぇーー!」
 アーニャの渾身の一矢が剣を弾き飛ばした瞬間。
「滅びよ!! 於裂狐!!!!」
 貫徹の一刀がその身を、命を切り裂いたのだった。

 ブシュッ…。
 周囲に朱い液体が飛び散った。
 幾度も苦しめられてきた於裂狐の血煙。
 それと似て非なるそれが、周囲を漂よい靄のように広がって行く。
 その只中で
『フフフフフ…』
 大アヤカシ 於裂狐は笑っていた。
「この期に及んで何を笑う!! 大アヤカシ!!」
 貫徹は於裂狐と正面から顔を見合わせる形で、そう叫ぶ。
「おい!! そいつから早く離れろ!!」
 アルバルクの声が聞こえるが、貫徹とてできればそうしている。
 渾身の力を込めて降り下ろした太刀は於裂狐の腹で止まり、びくとも動かない。
 身体も、だ。
 確実に命を裂いた手ごたえはあった。
 なのに…何故この大アヤカシは笑っているのだろう。
『やっと…解った』
「何??」
「往生際が悪いよ! うんこ狐!!!」
 滑空艇で飛び込んでいく、リィムナの眼前で血煙と共に瘴気が弾けた。
「うわあっ!!」「ぐはあっ!!!」
「大丈夫?」「しっかりして下さい!!」 
 吹き飛ばされた二人を仲間達が拾い上げる。
 と同時、彼らは目を奪われた。
 あまりにも美しい、大アヤカシの笑みに…。

●於裂狐の最期
 魅了は妖狐の得意技だ。
 だがそれは強大な術の力で強引に人の心を盗み取るモノ。
 開拓者達はそう認識していたし、事実そうだった。
 しかし、今、目の前に立つ大アヤカシを前に開拓者達の身体は凍りついたかのように動かず、その視線はその微笑みから離せずにいた。
 身を守る血煙はすでに消えた。取り巻きももう一匹も残ってはいない。
 身体のあちこちから瘴気が天に上り、地に流れて行く…。
 既に、於裂狐の命そのものは開拓者にとって切り裂かれているのは誰の目にも明らかであるというのに、彼は悠然と開拓者を見下ろしていた。
『そこの女』
「えっ? 私、ですか?」
 リィムナに閃癒をかけていた朱宇子は突然の言葉に目を瞬かせる。
『お前でも、誰でも良い。答えよ。…ヒトの子にとって母とは何だ?』
「母? 母親…ですか?」
 大アヤカシ於裂狐の口から発せられるとは夢にも思わなかった単語を前に朱宇子も、誰も、返事を紡ぐことはできなかった。
 情を一切持たないと言われ続けていた大アヤカシは消滅を目前に、静かに…語る。
『己の存在をこの世に生み出し、育て、愛しみという名で支配する者。生成や山喰が見せたそれを母と呼ぶなら、我らには当然そんな存在は無い。
 何かを愛しく思う感情など幻だと、考えるまでもない当然の理であった』
 於裂狐自身も本当は返答など必要としていなかったのだろう。
『だが…、私は見たことがある。護大…その姿を…』
 開拓者に潰された目を細めながら告げる於裂狐の姿は、さっきまでの死闘を繰り広げていた時とは明らかに違う「何か」を湛えていた。
「護大を…見た? 一体、どうやって? そもそも護大ってなに!?」
 折々は目を丸くして問う。
 護大の欠片と呼ばれるモノを持つのが大アヤカシ。
 護大についてはその断片が全て肉体に似ているということと強大な力を持っていると言うこと以外、何も解っていないということと同じなのに…。
 無論、於裂狐は答えない。
「今思えば、影か…幻だったのかもしれんが…」
 ただ、静かに目を閉じる。
『母性など我らには解らぬ感情だが…母親と呼ぶ者がいるならば護大がそうだろうと思った。
 恐ろしくも強く愛しきモノ。
 生み出したものを慈しむ意思を母性と呼ぶのならそれを感じた。
 そして…それを求めていた自分に今、気が付いた。
 そうだ。私はあの方に近付きたかったのだ。
 私の全てはあの方の思う先、目指す先に辿り着く。
 今までの、暇つぶしと思った自分の行動も、今、この時護大派の連中の誘いにのったのも…全てはその為にあったのだとようやく…解った』
 彼の身体はもうはっきり解るところまで崩壊しつつあった。
 だが、於裂狐は不思議な程、満ち足りた笑みを浮かべている。
『終焉の時を前に、あの方の元に還るのなら…そう…今、この時さえも悪くない。
 そう思える。
 …負け惜しみに聞こえるかもしれぬがな…』
 何かを愛しげに抱きしめるような仕草が『於裂狐』がこの世で形作った最期のもの。

『…人の子よ。お前達はいずれ護大に辿り着くだろう。
 確かにその力を持っている。
 だが忘れるな。護大を滅ぼすと言う事はこの世の全ての母を殺す事に等しい。と。
 護大と戦うならば自らの親を殺す覚悟を持て』

 最後に残った瘴気の塊が渦を巻き…。
 そして…
 
『私は母の傍らでお前達の選択と覚悟を、見届けるとしよう…』

 弾けた。
 思わず目を閉じてしまう強い衝撃が、森を、里を…もしかしたら冥越全体を揺らして…消えて行く。
 そして、開拓者達が再び目を開いた時、もはや、大アヤカシ於裂狐の姿は無かった。
 ただ巨大な…足のかかとに似た塊が静かに浮かんでいた…。


「おねえちゃん!!」
 頭上から響いた声にりょうは顔を上げた。
 敵を睨み続け、倒し続けていた首が軋む様な音を立てる。
「どうしました!」
「あれっ! 見て!!」
 滑空艇を操るルゥミが森の向こうを指差す。
 その次の瞬間であった。
 黒い波が、森に里に広がって行くと同時、アヤカシ達が急に動きを止めたのは。
 そして…退却していく。
 まるで波が引いて行くようにアヤカシが去って行くのを見て、りょうは確信した。
「やってくれたようですね…」
 於裂狐の討伐が、成功したのだと…。
「だがまだ、油断はできませぬ…、残敵の…追討…を…」
 そう言うと同時にりょうは地面に崩れ倒れた。
「おねえちゃん! 大丈夫!? 誰か来て!」
「今、傷を塞ぎますから、しっかりして下さい!」
 限界を超えたりょうは、そんな声と手のぬくもりが自分の頬を叩くのを感じながら意識を手放したのだった。
「そっちは俺に任せな!」
 遠くに聞こえた颯や
「おい! しっかりしろよ。旦那! 霞澄! こっちもだ!」
 仲間の声を夢のように聞きながら…。

 鍔樹は目を覚ました。
「よう! お目覚めかい?」
 横で足を組んで座っていた仁八がくいっと何かを飲み干しているのが見えて、その時、鍔樹は始めて自分が壁沿いに横たえられていた事に、眠っていた事に気付いた。
 確か、自分は大蟷螂と戦って、背後から蜘蛛に襲われて…。
「!」
 身体をガバッと勢いよく起こす。急く心の行動に、しかし身体はついてはいかなかった。
「!! …ツッウ!!」
「無理しなさんなって。あの姉さんもそうだが、ちいと無理し過ぎだぜ?」
 どこか茶かすような口調で仁八が笑う。
「仁八さんも、人の事は言えないんですよ。でも、気が付かれて良かった。
 さっきりょうさんも意識が戻りましたし、これで皆さんも安心します。伝えて参りますね」
 静かに微笑みながら立ち去る霞澄の言葉に、鍔樹はもう一度目を見開き、後を追おうと身体を動かす。
 全身に奔る衝撃に顔を顰めながらも、気になることがあったからだ。
「敵は!! 戦況は? 於裂狐は!!」
 鍔樹は仁八に問うた。
 …仁八は徳利の酒を注ぎながら、応える代わりに、くいっと指を動かしたのだった。
 視線を動かした先で鍔樹は見る。
「あっ!!」
 一度はアヤカシで埋め尽くされた町並みを、喜びに満ちた表情で歩く人々を。
 空気の色も、何もかもが違う。
 一目で、解った。
「やって、くれた…か」
「おうよ。皆、無傷って訳にはいかなかったみてえだけどな。」
 脱力した瞬間、鍔樹はまた地面に倒れ、バッタリと大の字になる。
 その眼前に
「ほら」
 盃が差し出された。
「これは?」
「祝い酒だ。里の連中からの礼、だとよ」
 金色の液体で満たされた杯からは甘く優しい梅の香りがする。
「ちっと甘いが…、一緒にやらねぇかい?」
 身体を起こした鍔樹は盃を受け取ると、待っていてくれたのだろう仁八のそれと合わせた。

「「乾杯」」

 そう笑顔を交差させて。

 会談の結果がどうなったのかは、今は解らない。
 だが、十々戸里は守られ、大アヤカシ於裂狐は、冥越の空に散った。
 とりあえずの勝利の喜びを、彼らは酒と共に静かに飲み干したのだった。