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■オープニング本文 穏やかで気持ちのいいジルベリアの夏は最高の季節である。 「さーて、畑仕事でもやるか〜」 意気揚々と町を出た男は郊外の畑に向かおうとして凍りつく。 とっさに身体を木の陰に隠すのが精一杯であった。 「な、なんだ、あれは一体?」 目の前に広がる光景が信じられず、彼はそれだけを息を呑みこみ、呟いた。 勿論、彼の疑問に答えてくれる者はいなかったが…。 「急ぎで…、実力のある開拓者を派遣しては頂けないでしょうか?」 その日、開拓者ギルドにやってきたのはメーメル城主 アリアズナ。 彼女は焦りを浮かべた顔でそう言って自ら依頼を出した。 「どういう意味ですか?」 確認する係員に 「言った通りです。大至急、腕の立つ開拓者に来て頂きたいのです。 メーメルに危機が迫っているのです。滅多に見ない数のアヤカシがメーメル外れの森に集まっています。 その数は100とも、200とも…」 「200匹のアヤカシ!?」 係員は声を上げた。 戦乱中ならともかく200匹のアヤカシが現れるなど滅多にある事では無い。 「はい。敵の多くはゴブリンやオークなどですが、怪狼なども多く連れているようです。 空には人面鳥なども見られ、そして…彼らを指揮する知恵のある下級アヤカシと、それらを統率するアヤカシがいるらしく、整然とした軍隊のように進んでいると…。 少女のような影を見かけたという話もありますが、その辺は定かではありません」 アリアズナの説明に係員はさらに考え込む。 個別行動ならともかく軍隊行動のとれたアヤカシの襲撃となると、何か目的がある筈だ。 「それで? 奴らはメーメルを襲っているのですか? それとも他の町を?」 「いえ、彼らの多くは町や村を素通りしてメーメル外れの森に向かっています。 実はそこには、古くからの遺跡があるのです」 「遺跡?」 「はい。今まではただの廃墟として放置されていましたが、皇帝陛下からのご指示により再調査を行った所、古い時代の遺跡と判明しました。 城に残されていた文献によると南部辺境で猛威を振るったアヤカシを南部辺境の各地に封印した。 その封印の遺跡の一つであるようです。 書庫の奥には不思議な力を持った鍵も、忘れられたように保管されていました」 アリアズナはそう言ってペンダントの様に首から下げた鍵を差し出す。 「現在、メーメルとその兵力は周囲の村々の人々の避難と、万が一アヤカシの軍がメーメルなどに向かってきた時の為の防御で手いっぱいです。 辺境伯は現在、新開拓地のお仕事で視察中。 連絡を入れましたが、辺境伯の方もまずはリーガなどの防御にあたられると思います。 ですから、どうか皆様。遺跡に向かうアヤカシの軍を退治しては頂けないでしょうか?」 係員は考える。 歴戦の開拓者であるなら、例え指揮する者がいたとしても下級アヤカシの軍などはそう危険はないだろう。 ただ、未知の遺跡、というのが心配ではある。 何が出てくるか、解らないからだ。 しかし、そのアヤカシの軍勢が遺跡を目指しているというのなら、目的はその遺跡に封じられた「何か」なのだろう。もし、それを放置し、アヤカシの手に渡るようなことがあればそれこそ、どんな災厄が解き放たれるか解らない。 「もしかしたら遺跡の捜索までは手が回らないかもしれないが、いいか?」 「構いません。とりあえずはアヤカシの排除だけでも」 「解った」 貼りだされた依頼は緊急の色で、開拓者に知らせる。 南部辺境の急と、何かの始まりを…。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 森の中をアヤカシが行く。 メーメル郊外の遺跡に向かうアヤカシの軍あり。 総数ほぼ200。 それが依頼を受けた開拓者に与えられた情報だった。 「…ほぼ、情報通りやね」 木々の間を縫う様に飛んでいた小鳥は吐息のように呟く。 小鳥は陰陽師が紡ぐ、偵察の言霊である。 敵は直ぐに見つかった。200というアヤカシの大群はそう簡単に隠れられるものでは無い。 「アヤカシが200体… 動きから見て、何らかの指揮系統が存在する事は間違いないでしょうね」 言霊の声に答えたのは眼下のアヤカシでは無く、少し離れた所から様子を伺う開拓者。 ファムニス・ピサレット(ib5896)の言葉に龍牙・流陰(ia0556)も同意するように頷いた。 「かなりまとまった数、ですね。これだけのアヤカシが動き出すなんて…。 今この時に動き始めるのには、何か理由があるとは思いますが… 何か他に気付いたことは? 指揮官の姿は見えますか?」 流陰の問いに言霊を操作する陰陽師…芦屋 璃凛(ia0303)は目を閉じた。 「要所に、人間そっくりなのがおって指揮しとるみたいや。…もしかしたらあれは、吸血鬼や上級鬼かもしれん。 総指揮官は見えへんな。木々が邪魔で…。前や空にはおらん。いるとしたら中核? もちょっとよく見て…! あれ?」 「どうかしたのか?」 目を見開いたような仕草をする璃凛に宮坂 玄人(ib9942)が問う。 仲間達の視線も集まった。 「今、軍の中頃に女の子がいたように見えたんや。しかもメイド服着た…。その側になんか迫力の違うアヤカシが…。 あ…! ゴメン。今、言霊の鳥、今潰されてしもた。気付かれては、おらんと思うけど…」 璃凛の偵察がもたらした情報に開拓者達は顔を見合わせた。 「メイド服着た、女の子?」 「報せにあった『少女』らしき者、ってことかしら?」 「嫌な予感がするわね。話してみたい所だけど…」 フレイ(ia6688)の言葉にユリア・ヴァル(ia9996)は頷きながら仲間達を見た。 「そっち…少女って奴の対応の方は俺とD・Dで気にかけてみる」 ユリアの夫、ニクス(ib0444)と打ちあわせるように話をしていたヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が相棒のからくりと視線を合わせ、頷く。 「元々、こちとら指揮官狙いでいくつもりだからな。その過程でどうしたってぶつかるだろう。狙いが何であれ、今は殲滅と確保ってな。やれることを全力でだ」 強く手を握り締める。 「さようでございますですねぇ。 統制が取れているというのは厄介でございますが〜、こちらの打つ手に対して、どう動いてくるかが読める分、ある意味で楽かもしれません」 ディディエ ベルトラン(ib3404)は静かに笑って見せた。 「単体であるのなら、そう脅威では無いゴブリンやオークと言えど数百のアヤカシに無秩序に動かれましたら、手が足りなくなるのは明らかです、はい」 「ええ、こちらも連携しないと足元を掬われます。殲滅するまで気は抜けませんね」 町や村に目もくれず、ただひたすらに前に進むアヤカシ軍。 その軍の行く先には、謎の遺跡があるという。 「いったい…何が起ころうとしているの…? なんで…今なの?」 フレイの疑問はこの場にいる開拓者全てが持つモノであるが、答えなど勿論、返りはしない。 自分達で見つけ、掴みとるしかないのだ。 「でも何があっても必ず守る…。そう誓ったもの。…行きましょう」 指輪の嵌った手を胸に当てたフレイの宣誓の言葉が鬨の声となった。 「では、僕達は先行します。罠を仕掛けてみたいと思っていますので」 「おう! 先行してるたつにーとタイミング、合わせてくれ」 「解りました」 「まずは制空権を確保致しましょう。上空の人面鳥は、幸いそう多くは無いようですしね」 「空は任せた。頼むぞ。ユリア」 「後れを取ったら承知しないわよ。旦那様」 「ああ、俺も暴れてくるとしよう」 そして、彼らは森の中に散って行く。 10対200 数だけなら圧倒的な不利な戦いに臆することなく。 ●勝利への道筋 「…やっぱり…だな」 木の上から様子を伺っていた竜哉(ia8037)は眼下のアヤカシ軍を見つめていた。 「連中の行軍には迷いがない…」 細い小道を中心に周囲の木々などを時に薙ぎ倒しながらアヤカシ軍は進んで行く。 途中にあった集落などにも殆ど足を止めなかったアヤカシ軍。 「遺跡の意味を確信してるって事か? 確証が無ければ人目に付く量での数は動員しないだろう。 今までの遺跡の経緯を考えれば、奴らに押さえられるのは危険だな。…光鷹」 竜哉の足と同化している輝鷹 光鷹は頷くでも返事をするでも無い。 しかし竜哉は話し続ける。 「もう、皆も動き出している筈だ。なるべく軍の中央に飛び込んで切り開く。 鷹睨を90度ごと4回。連続で全周にかける。しっかり頼むぞ」 勿論返事は無い。 しかし、竜哉は話し終えた次の瞬間、言葉通り軍の中央へと飛び込んでいた。 朝焼けの光のような金の輝きは足から、目へ。 同化スキルを韋駄天脚から鷹睨へと変えて敵を睨みつける。 『キキギャ!』『グギャッ?』 『何事だ?』 駆け寄ってくる人型のアヤカシの行く手をパニックになったオーガの数体が遮った。 『邪魔をするな! しっかりして敵を見ろ!』 場を収めようとしたのだろう。アヤカシは命令の檄を飛ばそうとした。 けれど 『一人で飛び込んできた開拓者に何をして……!』 その声は最後まで発せられることなく途切れ、瘴気で編まれた肉体と共に消え失せる。 竜哉の銃「ネルガル」が火を噴き、眉間を打ち抜いたのだ。 「…個人感情を持ち込んで良い場所と悪い場所の違いは判ってる。俺は、民の為に剣を振るうだけだ」 小さな呟きは誰に聞かせる気も無い竜哉の決意だ。 「さあ、我が命じる、道をあけよ」 銀の光がアヤカシ達の前で煌めいていた。 アヤカシ軍にとって最初の混乱は中央部から始まった。 単身飛び込んだ竜哉が一人で切り開いたものだ。 そして時をほぼ同じくして、前方と上空。 まったく違う二か所から染みのようにその乱れは広がり敵を侵食していく。 『何故、足を止める? 何があった??』 最前の一団が足を止めたのを見て、周囲を纏めていた人型の鬼が怒声を上げる。 ギギャギャ、グギャギャと鬼達は釈明するかのように答えた。 『何? 足に刃が突き刺さった? ! 敵の罠か! 来るぞ! 散れ!!』 鬼の指示より半瞬早く、 「行くで! 龍牙。風絶! ここで敵を前に進ませんといて!」 先に開拓者が攻撃を開始していた。 「璃凛さん! 鱗撒菱の範囲に入らないように気を付けて! 穿牙は上昇! 障害物は薙ぎ払ってもいいです。敵に圧力をかけて下さい。僕が目指すのは…あそこの鬼、白冷鬼!」 流陰は敵を見て冷静にそう判断した。 この前方部分の指揮官はおそらくあれだろう。 『おのれ!! 邪魔はさせぬ。長く待ち望んでいた御方様の帰還なのだ! 怯むな! 敵の数は少ない。 全力であたれ!!』 彼の考えを証明するかのように鬼は周囲に指示を下すと、自らも手を高くかざした。 流陰の頭上に無数の氷柱が浮かび、そのまま落下してくる。 「ぐっっ!!」 激しい衝撃と苦痛に貫かれながらも流陰は剣を握る手の力を緩めようとはしなかった。 「…こんな所で、退くことはできないのです。穿牙、構わず敵に向かって強攻! 体当たりを!!」 一瞬、主を心配するかのような風を見せた相棒は、しかしその命令に従い自らも傷つきながらも白冷鬼に向かって突進していく。 『何だと!』 白冷鬼が驚愕の仕草を浮かべたのと 『ガッ!! グアアッ!!』 悲鳴を上げたのはほぼ同時であった。 鋼龍の強功に跳ね飛ばされた身体を流陰の太刀が切り裂いたのだ。 地面に叩きつけられた時には既に白冷鬼は意識も無く、そのまま風に散った。 『ギギャ?』『ギャギャギャ!』 前線指揮官の消滅にアヤカシ達は乱れるが 「逃がさへんで!!」 そこを狙った璃凜の氷龍が鬼達を飲み込んだ。 元々、撒菱のある場所を避ける為に不自然な回避行動をとらざるを得なかったアヤカシ達だ。 それを読んであらかじめ狙いを付けておいた術に抗う術は無い。 「大丈夫ですか? 璃凛さんの呼子笛の音が聞こえたので…」 上空から駿龍と共に舞い降りてきたファムニスは、氷柱の直撃を受けた流陰に近付くと彼と彼の相棒に閃癒をかける。 「…ありがとうございます。でも、上空は? 大丈夫ですか?」 「はい。すぐ戻りますが、大丈夫だと思います。こちらの残敵の掃討が済んだら、中央の援護をお願いできますか?」 「解りました」」 「ぴゅん太! 行きますよ」 相棒と共に空に向かうファムニスを見送って流陰は 「璃凛さん。あと少しです! 穿牙、あと少し、頼みます」 太刀を握り直すのだった。 地上から、シュンと微かな音がした。 「おっと!」 思わぬ方向からの攻撃を軽く避けながら 「アルパゴン。前方だけではなく、下も注意して下さい」 ディディエは相棒の背をそう言って叩いた。 そして、目の前の戦況を見つめ… 「皆様を信じてお任せしましょう。左旋回。真下から左翼の敵に攻撃を仕掛けます!」 龍頭を返した。 …森の上空、敵の飛行部隊およそ三十。その文字通り主翼を担うのは人面鳥の群れであった。 「何をするにいたしましても〜、まずは飛空アヤカシの数の把握と排除からでしょうか。 制空権を押さえたいところです」 そう告げたディディエの先行アイシスケイラルは瞬く間に三体の人面鳥を瘴気へと返す。 だが、そこからは敵も警戒したかのようにバラバラに散って飛行を始める。 「くっ! やっかいね!!」 錫杖を構えたユリアが小さく舌を打った。 密集し守りを固めてくれればトルネード・キリクが良い効果を発揮するのにこう散られては一度に2〜3匹しか範囲に入らない。 しかも 「わっ!」 「大丈夫? フレイ?」 地上から時折、矢が放たれてくるのだ。 襲ってくる人面鳥を切り捨てて 「エアリエル、旋回!」 添ったユリアの気遣いに 「だ、大丈夫」 とフレイは笑って見せた。 「でも、上空にも指揮官がいるのかしら。なかなか隙を見せないわ。雑魚だっていうのに …!」 そして敵を睨みつける。 「あまり近づきすぎると人面鳥は魅了などの状態異常を引き起こすので危険です。 それに敵集団が知性ある者に指揮されている場合、航空戦力が厄介である事は分かると思うので遠距離攻撃ができる戦力をこちらに向けて来るのはある意味想定できたことですから」 そう言ったのはファムニスだ。 確かにこのまま戦っていては不利だ。負けこそしないだろうが時間を取られて遺跡に到達されてしまってはこちらの「敗北」だ。 「…一気に攻めるわ。援護して!」 決意を込めたフレイの言葉にユリアは肩を竦めて見せる。 「解ったわ。でも…気を付けて」 「私は下から攻撃してくる敵を押さえます。…ここは、暫しお任せしてもよろしいでしょうか?」 ディディエが弓使い達を押さえに行ってくれたのを確認し、フレイは戦場の中心に向かっていく。 「行くわよ! ゼファー! うおおおおおおっ!!!」 彼女の全身から湧き上がってくるような咆哮が周囲に響き渡る。 その気合に引き寄せられるように人面鳥達が奇声を上げてフレイに襲い掛かって来る。 一度では無く二度、三度、動き回り注意を引き付けては止まるを繰り返していたフレイの周りには既に空にいた半分以上の人面鳥が集まっている。 間を開け、待ち構えたフレイは、その瞬間を見逃さなかった。 「今よ! ゼファー!!」 彼女の声と同時、前方に風が渦巻いた。 トルネード・キリクが人面鳥十体を巻き込んで敵を吹き飛ばす。 混乱する敵に向かってゼファーは更に双竜巻撃で追撃。 前後、左右の方向も解らなくなったであろう人面鳥達はフレイの裂帛の払い抜けに切り捨てられていく。 混乱の中、反撃と言わんばかりにフレイに向けて魅了をしかけるモノがいた。 しかし、それらをフレイは気力で降り払う。 「絶対に守るわ!!」 降り注がれる呪声さえも振り切って彼女は、そう、強く笑うのだった。 乱戦の中、そっと一匹の人面鳥が他の鳥達と違う動きをする。 その場を逃れようとするような仕草を開拓者達は見逃さなかった。 「ユリアさん!」 「ありがとう! ファムニス! …逃がさないわ!」 投げつけたユリアのグングニルが胸の中心を貫き、 『ガ…アッ…』 それは、風に散った。最後の呪いをユリアの頭に叩きつけて! 「大丈夫ですか?」 「…平気よ。地上の方も大変みたい…。こっちは、多分もう、大丈夫だから行ってくれる?」 「解りました」 もしかしたら、あれが飛空部隊を指揮していた存在だったのかもしれないと、ユリアが思ったのは少し後の事。 地上の治療と援護に向かったファムニスを見送って後、ユリアはフレイの援護へと向かって行った。 ●本当の指揮官 竜哉が軍の中央に飛び込み、敵を混乱させる。 前方と、飛行部隊をそれぞれ開拓者が押さえている間、残った開拓者が攻め入り指揮官の排除を目指す。 それが開拓者の作戦の基本の流れであった。 「たつにー、おまたせ!!」 竜哉が怯えさせた敵をヘスティアが太刀で切り裂いて行った。 敵を引き付けている仲間達に混乱する軍に、後方から近付いたのが指揮官狙いの敵主力であった。 『制空権をとられるな! 下から弓で狙い攻撃しろ!』 『敵の数はそう多くない。敵のペースに巻き込まれるな。必ずこちらは多数で攻めるのだ!』 的確な指示の声が聞こえて来る。 どうやら目的近くまで辿りつけたようだ。 「雑魚は、俺と十束が引き付ける。その隙に、指揮官を!!」 ニクスに告げた玄人は猫弓を手に横を舞う相棒の羽妖精を見た。 『久々の南部だが、浸る時間もなさそうだ』 身の丈より大きな剣を握り、どこか楽しそうにも見える相棒に玄人は一応くぎを刺す。 「統率された軍が相手だ。警戒してかかるぞ」 そして、深呼吸すると氷龍を、一番敵の密集している所に向けて放つ。 『何者だ!』 重い声が問うが勿論、答えてやる義理は無い。 「行くぞ!!」 玄人は自らの役目である雑魚の意識を引き付けることに専念する。 『本当は、強者と戦いたいものだが…まあいい。妖精の舞をご覧あれ!』 小さな身体の羽妖精が、大きな剣で振り回す妖精剣技・舞。 飛びかかるしかない剣狼や怪狼は悲鳴と共にひれ伏した。 『おのれ! 我らの邪魔立てをするか!』 ぶわりと何かが翻る音がして、玄人に何かが突進してくる。 だがそれは! ガキン! 鋼の音に遮られた。 『なんだ? 貴様は!!』 「行くぞ。エスポワール!!」 ニクスもアヤカシの問いを無視して、アーマー「戦狼」を稼働。 敵に向かって大剣を振りかざした。 だが相手はひらりと躱し、間を取った。 その動きにひゅうと口笛を吹きたくなる。 どうやら、簡単な敵ではなさそうだ。 『お前が、総指揮官か? 何が目的だ?』 返事を期待していた訳では無いが、そのアヤカシは 『我らの悲願を邪魔はさせぬ!』 と襲いかかって来た。周囲に控えていたアヤカシ達も同時にだ。 側に控えていたアヤカシも、そして指揮官もおそらく吸血鬼かその系統のアヤカシなのだろう。 半分偶然ではあるが、アーマーとの相性は悪くて、攻撃をしあぐねているようだった。 『奴を食い止めよ!』 配下にそう命じた指揮官アヤカシは数体の吸血鬼がニクスのアーマーを足止めする間に間を開け『声』をあげた。 『戻れ。部下達よ。集中して敵を討つのだ!!』 だが、いくら待ってもアヤカシ達は戻っては来なかった。 『何故だ!!』 アヤカシの疑問に応えたのはドーン、と言う地響きと朱い炎。 森の一角が燃え上がっている。 「配下達は、仲間達が倒している。お前達で最後だ!!」 ニクスの言葉は勿論ハッタリ半分だし、敵にちゃんと聞こえているかどうかも解らない。 だが、既に壁を命じた下級の者達はニクスの剣の下に消え失せている。 アヤカシは少なくとも己の不利は完全に認識したようだった。 『おのれ! おのれ! おのれ!!!!』 怒りに肩を震わせたアヤカシは手を高く差し伸べる!! と、同時、雷が下ったのだ。 「うわああっ!!」 剣を取り落すニクス、かなり距離を開けていた筈の玄人や十束にも余波が来るほどにそれは強力な放電の術であった。 『見たか…!! しまった!』 「?」 形勢逆転、自分に攻撃が来る、と覚悟していたニクスは目を見開く。 気が付けば、アヤカシは自分を見てはいなかった。 『御方様!?』 振り向いたアヤカシの視線の先、そこにいたのは一人の少女であったのだ。 メイドの服を着た娘。 だが、彼女はその時、背後に忍び寄ったからくりに意識を刈り取られ、抱きかかえられていた。 「今だ!」 その隙を見逃さず、特功をかけた者がいた。 聖堂騎士剣を高く掲げたヘスティアが、アヤカシの懐に飛び込んだのだ! そして肩から渾身の力を込めて袈裟懸けにする。 『ぐあああああっ!! お、おのれ!!』 ぶわっ! とアヤカシの身体が無数の蝙蝠に分かれた。 「逃がしは、しない!!」 ソードウィップで瞬く間に蝙蝠を薙ぎ払った竜哉。 その中に、本体があったのだろう。 気が付けば、足元はアヤカシが倒れ伏していた。 『く…そっ、我らの…悲願…、ジルベリア…に…再び…、お許しを…御方様…』 がくりと指揮官であったアヤカシはそのまま力を失い、瘴気へと返って行く。 「御方様? 悲願?」 開拓者に一人の少女と、謎を残して…。 ●謎の少女と… メーメルはその日、安堵の喜びに包まれた。 開拓者がアヤカシ軍を倒したという報告が入ったからだ。 人々は喜びに沸き立ち、メーメルの姫、アリアズナは心からの感謝を込めて報告に来た流陰の手を握りしめた。 「ありがとうございました」 「いいえ…杞憂なら良かった」 小首を傾げるアリアズナに首を振って流陰は微笑みを返していた。 指揮官の消滅の後、アヤカシ軍は完全に崩壊した。 「戦意喪失し遺跡とは違う方角に逃走するアヤカシは放置しましょう」 そう提案したディディエの言葉に従った形で彼らは集った。身体を休める為に。 「でも奴らの目的は何だったの? そして、この子は…何?」 彼らの傍らには地面に横たえられ、まだ意識を取り戻さない少女がいる。 「敵か味方か。古代人か生成姫の子供か…」 「より上級のアヤカシの使者、ということも考えられますね。 ただ、こうしてみる限り…明らかな瘴気やアヤカシの気配は…感じられないのですが…」 ユリアに応えつつファムニスは首を傾げる。 何か違う。でも、アヤカシだと断じることはできない。そんな感じなのだ。 「それにしてもこの子。キレイなお仕着せやな。貴族とかに仕えてた子とちゃうん? この嵌めてる指輪もえらいキレイやし」 璃凛の言葉に、仲間達は頷く。紅玉のついた指輪は精緻で美しい とりあえず彼女は確保の上、保護、後は依頼人や辺境伯の指示を仰ごうと話は決まった。 「とりあえず、つっかれたぜ〜!」 大群との戦いに勝利した開拓者達は正直疲労困憊、それ以上動くのも困難であったからである。 「D・D。その子の事、頼んだ。逃がさないように、暴れられないように、でも…丁重にな。とりあえず、少しやすまねーと」 「休憩したら、遺跡の調査もしたいですね…」 「そうだな、下見に行ったたつにーの話を聞いて…、本当にタフだぜ…たつにーは、よ」 「報告に行った、龍牙もな…」 開拓者達の会話はやがて、どろどろとした疲れと眠気に吸い込まれ溶けて行った。 もしこの場に、例えば南部辺境を見続けていた流陰がいたら、気付いただろうか? 一度、一瞬だけ出会った少女の顔と、指輪に彼なら気付いたかもしれない。 だが、今は、まだ少女は静かに眠る。 その指に不吉な美しさを光らせて…。 |