【南部】未来を狙う影
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/28 00:13



■オープニング本文

 昏い、影が揺らめく。
『用意はできたのか?』
「ああ。とりあえず何人か、潜り込ませる予定だ。調べて、そこにお前の望むものがあれば手に入れてやろう。
 お前が気に入ったらしいアレも含めて、な」
 昏い声が答える。
『一刻も早く我を解放せよ。さすればお前の望みを叶えてやろう』
「勘違いするな。私がお前に協力してやっているのだということを。
 私の望みはアヤカシに叶えて貰うような安いモノではない」
 くすりと、小さな笑い声がした。
『良い答えだな。まったく惜しいものだ。お前が…であったらさぞかし…』
 その蠱惑的な声を無視して、彼は闇を見つめる。
「私は、願いを叶える…必ず」
 小さく、誓う様に呟いて…。

「護衛の仕事をお願いしたいのですが…」
 そう開拓者ギルドに直々の依頼を出してきたのは南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスだ。
「護衛と言うのは辺境伯の護衛、ですか?」
「そう…でもあるのですが、主となるのは私ではなく、一般の民です。
 正式に南部辺境の新港建設計画が始まり、この夏中に数度に分けて移住を希望した民が新しい町となる開拓地に向かう事になりました。
 第一陣が百名前後。この夏に出発します。彼らの護衛をお願いしたいのです。
 最初の移住となるので、私も同行します」
 南部辺境は現在、クラフカウ山脈の東側、今まで人の入っていなかった土地に新しい町を建設する計画が進んでいる。そこは今まで諸外国との交流を最小限にしていたジルベリアが初めて作る対外的な交易を主目的とする新港になる予定だった。
 元はグレイスの南部辺境を自治区とする計画に対し、皇帝が与えた課題と言う形であったが新港の建設が成功すれば、その町を中心に自治が認められるとあり現在では、計画の主軸となっている。
 そして、先日その計画が民に向けて発表され、第一陣となる開拓民がその土地に向かう事になった。
 主となるのは建設、開拓を専門とする技術者とその家族。
 リーガ以外にもメーメルや、フェルアナ、ラスカーニアから選ばれた者達だ。
 加えて労働者待遇で子供を含む20名の神教徒が同行することになっている。
 戦乱で重傷を負い、保護されていた彼らと村に残されていた老人、子供は危険思想の持ち主として厳重な監視の元にあったが、今回の開拓地で入植者として忠実に働けば自由民としての身分を認めるとグレイスはしていた。
 無論、直ぐに完全な自由が与えられるわけでは無いが神教徒達もそれを理解した上で、受け入れると言う姿勢を明らかにしており、今回開拓地に向かうのはその代表者である。
 言葉は悪いが人質としての子供も同行しているし、自分達が怪しい行動をとれば残る者達に危害が及ぶことも解っている筈なので下手な事はしないだろうとグレイスは語っていた。
「神教徒の監視の為、ラスカーニアのユリアス殿も同行されます。
 彼は今回の旅の中、何か私に話したいことがあると言っておられるので人目につかない所で話を聞くつもりです。
 現在、目的地となる場所には先行偵察に兵を送り、危険なアヤカシなどの存在は無いことを確認していますが道中はやはり心配です。
 加えて、現在皇帝陛下より南部辺境のみならず、各地の領主に自領の再調査が命じられています。
 なんでも天儀においてオリジナルアーマーと呼ばれるモノが発見されたのだとか。
 今まで確認していなかった遺跡などがあれば再確認するようにということなのですが、目的地からそう遠くないところにも遺跡のようなものがあるという報告もありますので、視察がてらそちらも見に行きたいと思っています。
 やるべきことはたくさんあるのですが、人手が足らず…何より今度戦闘力の無い一般人や子供が殆どなので、彼等の安全は第一にと考えています。どうかお力をお貸し頂けないでしょうか」
 そこまで話をした後、グレイスは顔を上げる。
「それから…新しい町に名前を付けたいと考えています。
 それに皆さんのお知恵を頂きたいのです。今まで、開拓者の皆さんにはたくさん助けて頂きました。
 もし、皆さんと出会わなければ、南部辺境は今の様な繁栄の時を迎えることはできなかったと自覚しています。メーメルも今ほど復興してはいなかったでしょう。
 そして何より私はいつまでも自分を偽って生き続けていた筈。その感謝を忘れたことはありません。
 ですから、可能であればジルベリアのこれからに羽ばたいていく町に皆さんの祝福を頂ければと思うのです。
 いろいろやることも多いですから無理に、ではありませんが、どうぞよろしくお願いします」

 辺境伯の言う通り、やることが多い為か報酬はかなり多めだ。
 何より、今回の護衛対象者は女子供を含む開拓民。
 アヤカシなどの危険から守って新天地へと導いてあげたいと思う。
 だが…。
「なんだろうな。この嫌な予感は…」
 言葉にならない不安を胸に係員は依頼書を貼りだすのだった。




■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
霧雁(ib6739
30歳・男・シ


■リプレイ本文

●開拓地を目指して
 山を抜け、開拓民の列が進む。
 彼らの目は皆、輝いている。
 新しい開拓地に、希望を見ているのだろうか?
「…良いものですね。未来を見つめる瞳と言うのは」
 彼らを導く様に先頭に立ち、龍を駆る龍牙・流陰(ia0556)は小さく、呟く様に微笑んだ。
「ええ…、でも、なんだか不安な依頼よね…」
 横を飛び囁くのはフレイ(ia6688)。彼女の言葉は風に流れ、おそらく流陰にも届いてはいない。
 けれど…愛龍 穿牙の背を叩いた彼は
「だからこそ、守らなくてはなりませんね。行きましょう」
 旋回し前を行く。
 フレイも不安を振り払う様に頭を振ると眼下を見た。
 視線の先には人々の先頭に立って進む南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスがいる。
「そうよ…。大事な民の一人だって犠牲になんかしないんだから!」
 自分に誓う様にそう告げて、フレイもまた高い空を行く。
 民を導く守護者を見上げ、微笑んだ辺境伯は振り返り民に声をかける。
「さあ、かなり来ましたよ。焦らず、ゆっくりと進んで下さい」
 そうして一団は、互いに声をかけ、励まし合いながら厳しい山道を前へ進んで行くのだった。

 夕刻、野営地にて
「おねえちゃん! さっきはありがと♪」
「遊んで!」
「おはなしして!」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)の周りに子供達が集まっていた。
「こらこら。夕ご飯まだでしょ? おうちの人の手伝いをしてちゃんと食べる。
 その後、お話してあげるから。
 明日はいよいよ、新しい土地だよ。体力付けて頑張らないと!」
「はーい!」「わかったあ!」
 大喜びで走って行く子供達を見送るリィムナに
「すっかり人気者ですね」
 辺境伯は小さくお辞儀をしながら微笑んだ。
 少し照れたように笑うリィムナ。
 民の不安を払う為とはいえ、
「大アヤカシをやっつけたあたしがいれば百人力♪」
 とけっこう大きく出たのだ。
 だが、その後何度かあったアヤカシの襲撃を言葉通りの実力で蹴散らしてくれたリィムナは今やすっかり子供達のアイドルだ。
 今日も、空から襲ってきた怪鳥に連れ去られそうになった子供を彼女は輝鷹 サジタリオとの同体化で救い出していた。
 天使か妖精のごときリィムナに子供達は今、すっかり夢中であった。
 勿論、人気者はリィムナだけのことではない。
「ふう〜、やっと解放されたでござる。そんなにピンクの髪と尻尾が珍しいのでござろうか?」
『そりゃあ、珍しいだろうさ』
 ため息交じりの霧雁(ib6739)は相棒である仙猫ジミーの言葉に頭を掻く。
 彼も休憩の度に懐かれたり、髪の毛を引っ張られたりしたようだ。
 どこか遠慮気味の大人達と違い、子供は興味のある存在に対して遠慮がない。
 ましてや憧れの開拓者。自分達を守ってくれる守護者であればなおの事。
 休憩の度ごとに取り囲まれ、声をかけられる。
「ま、それも必要な事だしね」
 ふと真顔になったリィムナは殿からやってくる芦屋 璃凛(ia0303)や龍達を近場に留めて戻ってくる流陰やフレイを見つけると指で合図をした。
 頷き合うと彼らは辺境伯と共に木陰へと場を移すのだった。

「皆も感じてると思うけど、ザコアヤカシが増えてる」
 それが開拓民達と共に歩いてきたリィムナの結論であった。
「そうなのでござるか?」
 今回、南部依頼には初参加となる霧雁にうんと、リィムナは頷いた。
「確かに昨夜も襲撃があったでござるな。こちらの牽制とジミーの術一発で散って行く雑魚ばかりであったが…」
 昨夜の事を思い出すながら霧雁は呟く。襲ってきたのは獣系のアヤカシだったような気がする。
『確か、狼連中だったな。閃光かけて勾玉呪炎一〜二発で逃げてったが…』
「同感ですね。季節が違う、ということを差し引いても街道沿いに出現するアヤカシの数は調査の度ごとに明らかに増加しています」
 流陰は今回、出くわしたアヤカシに指を折る。
 怪狼、剣狼、怪鳥、時折人面鳥も混ざっていた。
 これらはある意味、どこにでもいるアヤカシだ。
 人が集まる気配を察して出て来たのだろうか。
「…言い方は悪いんやけど、アヤカシも餌があるところに集まってくる、ってことなんやろか」
 璃凛の呟きにグレイスは頷く。
「おそらくそうでしょう。皆さんにお願いして正解でした。皆さんがいなければ開拓民に被害が出ていたかもしれません」
「それに敵は襲ってくるアヤカシだけではないかも…だしね」
 リィムナはさらに声を潜めた。周囲に人はいないが念の為だ。
「やはり…そう思いますか?」
「うん、はっきり尻尾は掴めないんだけど、いる…と思う」
 流陰の言葉にリィムナは少し言葉を濁す。
「出発から何度か、違和感を感じてるんだ。瘴索結界で調べてるんだけど反応は薄い。
 擬態とかで反応を消してる可能性が高いんだよね」
 リィムナの言葉に何かを考えていた流陰は
「…その違和感を感じた時、周囲にいた人が指輪をはめていませんでしたか?」
 そう問いかける。
「えっ?」
 皆の視線を受けて流陰は自分の問いを補足した。
「以前、アヤカシに操られていた貴族の男が指輪をしていたことがあります。
 フェイカーも首飾りを媒介にしていましたし、アヤカシの支配を受けてしまう指輪などがまだ存在するのかもしれません」
「う〜ん、いたとは思うけど、誰とは断定できないな。この旅は家族連れが多いから夫婦とかだと結婚指輪つけてたりする人もいるしね」
 結婚指輪。
 その言葉に一瞬フレイが反応した。
 薬指に輝く紅玉髄の指輪をとっさに手で隠した。
 グレイスはそんなフレイを優しい目で見つめると、領主の瞳で流陰に問う。
「やはり、彼とアヤカシが関係しているとお思いですか?」
「例え証拠はなくとも、ラスリールがアヤカシとつながってるというのを前提で考えるべきでしょうね。フェルアナからも民が参加していますから息のかかった人物が入り込んでいる可能性は十二分にあります」
「話に聞くラスリール卿、でござるな。民に紛れ騒ぎを起こすという可能性も無視はできぬと…」
 流陰は静かに頷いた。
 開拓者達の報告を真剣な眼差しで受け止めたグレイスは改めて
「解りました。明日は開拓地に到着します。皆さんにはお手数をおかけしますが、引き続き護衛と注意をお願いします。何かありましたら小さなことでも知らせて下さい。
 特に民の様子などをお願いします」
 と彼らに頭を下げた。
「了解。でも、こっちが怪しんでると思うと相手も警戒するし…。
 あたしは子供達と関わりながら、家族連れとか見てみる。指輪は特に注意しておくから」
「拙者は神教徒達と開拓民に軋轢が起きないよう気を付けてみるでござる。
全員無事に送り届けるでござるよ。ユリアス卿という方が気を配っておられるようでござるが…」
「できるだけ、話を聞いたほうが良いですね。この野営時に話を聞いてみましょうか」
 リィムナ、霧雁、流陰とそれぞれが頼もしげに頷いて見せる。
「うちは…、一応人魂で周囲の様子、見ときます…。後は…」
 少し不安げな様子を見せる璃凛であったが、話はそこで終わった。
「かいたくしゃのおにいちゃーん、おねえちゃーん。ごはんできたよ〜。いっしょにたべよ〜」
 子供達が開拓者を迎えに来たからだ。
「ほら、はやく。おかーさんのシチューたべて!」
「わわっ、ちょっと待ってーな」
 手を引きずられていく璃凛を、開拓者を見送ったグレイスは振り返り、後ろに立つフレイを見た。
「フレイさん」
「な、何? 私はグレイスの側にいるわ。…グレイスも護衛対象なんだし、怒らないでよね」
 じっ、と真っ直ぐにフレイを見つめるグレイスの茶色い瞳。
 一瞬、甘やかな展開を想像したフレイであったが、やがてその真顔と張りつめた空気に何かを感じていた。
「グレイス?」
「少し、お付き合いいただけないでしょうか?」
「えっ…? な、なに?」
「貴女に、立ち会って頂きたい場があるのです」
 グレイスの真剣な眼差しに首を横に振ることはできず、フレイは
「解ったわ」
 静かに頷き、先を行くグレイスの後に続いて行った。

●切り開く大地
 翌日、まだ昼を過ぎる前。
 開拓民は、その地に辿りついた。

「うわ〜〜〜!」
 彼等は一様に声を上げる。
 美しい緑いっぱいの未開の大地。
「ここが新しい土地…」
「新しい町になるんだね」
 まっさらな雪に足跡をつけるような気分を誰しもが味わっている事が顔を見ただけでも開拓者達には解っていた。
「さあ、ぼーっとしてられない。周囲の様子を確認して、水や食料を確保する。
 とりあえずの家になる建物を作る。やることは山積みだ。
 早速始めるぞ!」
 最初の声を上げたのは大工の棟梁であっただろうか。
 人々はそれぞれに応の声を上げて動き出す。
 それを少し離れた高台から、グレイスは見つめていた。
 開拓者も寄り添うように側にいる。
「指示は出さないんですか? 辺境伯?」
 問いかけた流陰にグレイスははいと頷いた。
 側にいるのは開拓者だけ。
 だからグレイスは飾ることなく本心を告げる。
「ここは彼らが切り開く大地です。
 余計な介入は最小限にしたいと思っています。
 勿論、好き勝手を許すわけではありませんのでリーダーは厳選していますが…」
 確かに見る限り、彼らのやる気は相当なものだ。
 自分達の町を自分達が作るのだという意識がそうさせているのだろう。
「上からの命令に従い、与えられたものを受け取るだけではない。未来は自分達の手で作り、掴みとるもの。
 それがこの新開拓地開墾と、自治区計画の実行に際し、私が彼らにまず持って欲しいと願うものですから…」
 愛しげにグレイスは言う。だが
『自治区ねぇ…妨害したい奴はうじゃうじゃいそうだな』
 霧雁の仙猫の呟きに
「グレイス…」
 フレイはグレイスを見た。
 昨夜の『会見』が思い出されたのだ。
「そういえば、この街の名前だけどパダーラク、とかミーラシチなんてどう?
 パダーラクは贈り物って意味でミーラシチは恩寵。
 開拓地はジルベリアの儀から人間への贈り物であると共に皇帝からの恩寵でもあるって意味で…」
「皇帝…」
 フレイが噛みしめるようにそう呟き、何かを言おうとしたその時、
「辺境伯! 大変です!!」
 空気を切り裂くような声が近付いて来る。
「どうしました?」
 背後から猛スピードで飛び込んできた馬。
 その背から飛び降りた兵士は辺境伯と開拓者の前に跪いて告げる。
「遺跡の様子がおかしいのです。瘴気が溢れアヤカシが集まって来ています」
「何?」
 次の瞬間、グレイスが駆け出した。
 半瞬遅れて、開拓者達も後を追う。
「あたしはこっちに残って皆を守る。そっちは任せたよ!」
 リィムナに小さく頷いて彼らは
「遺跡はどっちです?」
「向こうになります」
 後ろを振り向かず、前だけを見て走っていく。

●遺跡にて…
 遺跡は、開墾地から少し離れた谷間にあった。
「うわっ! 何これ?」
 開拓者達はその光景に誰もが顔を顰めていた。
 遺跡の奥、小さな社から恐ろしいまでの瘴気が溢れ出ているのだ。
「そんな…、今まで何度もここに来ているのに、これほどの瘴気の溢れる場に気が付かなかったというのですか?」
 流陰が眉根を寄せる。
「そんな筈はありません。
 発見した者達の報告でもこの遺跡は眠っているかのように静かであったということだったのに…」
 グレイスは首を振ったが、現に今、遺跡は瘴気に溢れているのだ。
「では、何かがある筈でござる。ここを変化させた何かが! それを探すでござるよ」
 霧雁の言葉に開拓者とグレイス。兵士達は遺跡を調べ始める。
 遺跡はそれほど大きくは無いが、『何が』あるか解らない為、捜査は困難を極めていた。
「大変です! 遺跡の周囲にアヤカシが集まってきています。空に大怪鳥と鬼面鳥が!」
 兵士の悲鳴にも似た声に
「そっちはうちが! 風絶!」
 弾けるように璃凛は反応して風絶と共に敵の前に立ち塞がる。
「龍鎧で敵を食い止めるんや」
 太い呼吸で同意の意を表した相棒の横で璃凛は白狐を召喚した。
 錆壊符や撒菱は効きそうにない。説得も無理だろう。
 なら、一気に攻めるのみ!
「行くで!」
 璃凛と風絶がアヤカシと開拓地の間に割り込んで攻撃する。
 アヤカシ達の意識を引き寄せて、先端を開き始めた時、
「あった!」
 霧雁が小さなものを駆け寄ってくる仲間達の前に掲げた。
「これでは、あるまいか?」
 …それは、指輪であった。
 どこかで見覚えがあるような、と思うより早くグレイスが霧雁に告げる。
「壊して下さい!」
 辺境伯の言葉に答えた霧雁が苦無で指輪を砕いたと同時、
 シュン!
 音を立てて、指輪から「何か」が去って行く気配を開拓者は感じた。
 そして、遺跡から上がった瘴気は急速に収まって消えて行く。
「あ…アヤカシが…」
 璃凛の周囲に集まっていたアヤカシも空へ、森へ、姿を消していく。
「一体、何だったんでしょうか…」
 流陰の呟きはその場にいた全員の疑問であり思いであったが、壊れ砕けた指輪は何も答えてはくれなかった。

●光と闇の贈り物
「よーし、皆、後、ひとがんばりだよ〜〜」
 大きく手を振って応援するリィムナに励まされ、男達は丸太に結わえつけられたロープを強く引っ張って屋根の上に上げた。
 それを縄と釘で屋根に固定して、完成。
「やったね!」
 周囲から歓声と拍手が上がった。
 新開拓地、最初の建物が完成したのだ。
 とはいえ、今はまだ少し広めの丸太小屋に過ぎない。
 けれどもここから新しい町がスタートするのだと思うと感無量であろう。
 多くの人々の表情は、この地に辿り着いた時と同じに輝いている。
 けれど…その様子を見つめる開拓者と辺境伯にとっては必ずしもそうでなかった。
「あの遺跡と…指輪はなんだったんやろか?」
 璃凛は吐息のように疑問を吐き出す。
 あの後、瘴気の放出が止まった遺跡は本当に静かな元の姿に戻った。
 だが、気を抜くことはもうできない。
 遺跡に、強力な瘴気を放つ「何か」があることが確かになったから、だ。
 そして外にいる「誰か」が「何か」に干渉したのだということも。
 その「誰か」が誰であるかはまだ判明していない。
 遺跡周辺を監視していた兵士は、開拓民の何人かが迷い込む様にやってきていた。
 その誰かが指輪を置いて行ったのかもしれないと言う。
「…この指輪、ラスリールがしていたものと似ているような…気がします」
 流陰は飾り気の少ない指輪の欠片を手の中で転がした。
「偏見と言われても構いません。指輪を付けている人間には注意して下さい。
 フェイカーのように指輪がアヤカシそのものであったり、人を操る為の媒介であったりする可能性が否定できないからです」
 流陰はそう言うが実際には特定は難しいであろうことは理解していた。
 潜り込んでいるであろう妨害者は巧妙で、今の所開拓者にさえ尻尾を掴ませないのだ。
「遺跡そのものにも警戒が必要でござる。あの遺跡には危険な何かが封じられている可能性が高いと思われる故」
 霧雁も遺跡の紋様や壁画、文字など書き写したメモを差し出しながら告げる。
 はっきりとここに何かが封じられていると記載があったわけではない。
 けれど
『危険。近づくな』
『封印を解いてはならない』
 そんな雰囲気はそこかしこから感じられた。
 最悪、あの遺跡があるからこの地は今まで顧みられなかった可能性さえあると思えるほどに。
「う〜ん。危険な遺跡が側にあると解った今、開拓をこのまま続けていいか心配だけど…、今更後戻りはできないもんね」
 リィムナの言う通り、これから建設も移住も始まった今、計画を白紙に戻すことは難しい。
「でも移住そのものを妨害するつもりなら、今まで色々チャンスはあった筈。
 と言う事を考えると、もしかしたら別の目的があるのかもしれないね。
 本当に、今は先が見えないんだけどさ…」
「当面は遺跡に誰も近づけないように注意する事。
 妨害を目論む者が潜り込んでいる可能性があることをリーダー格の人に伝え警戒して貰う事。
 そして何より、一刻も早く遺跡を本格調査して危険を排除する事ですね」
 開拓者のアドバイスにグレイスは真剣に頷いた。
「それは…なるべく早く手配します。
 最悪の場合は民の安全を優先して計画を凍結させることも検討するつもりです。
 数日後にはこの街の警備の為の人員が追加で到着する予定です。
 それまで、もう少し民の護衛をお願いします」
 頭を下げた辺境伯に頷き、開拓者達が散って後
「グレイス!」
 フレイはグレイスを呼び止めた。
「抱え込みすぎちゃじゃダメよ!」
 手をしっかり握ってそう告げる。
 …フレイは知っていた。
 この旅で、グレイスが抱える重荷がどれだけ増したかを。
 開拓地の事、開拓民の事、遺跡の事や妨害者の事、そしてそれに今はラスカーニア領主、ユリアスの真実も加わっていた。
 フレイは思い出す。
 ユリアスとの会見の夜の事を…。
『私の名はユリアナ。ガラドルフ皇帝陛下の娘です』
 常に男装を続け、ジルベリアの貴族社会に男性として登録されているユリアス。
 そのユリアスがグレイスに告げた告白は、開拓者からの報告で、薄々察していたとはいえ、皇帝の忠臣である南部辺境伯には無視するには重い事であった。
 グレイスはユリアス、いやユリアナが求めるなら皇帝との取次ぎを行うと約束していた。
 次から次へと積み重ねられるグレイスへの重責が彼を押しつぶしそうで心配になったのだ。
「私はどんな時でも貴方の味方。それにみんなもいる。だから…一人で抱え込んじゃダメよ。約束して」
 真っ直ぐに自分を見つめる深紅の瞳に微笑んで、グレイスは
「!」
 フレイの額にそっと口づけた。驚きに目を見開くフレイにグレイスは告げる。
「大丈夫ですよ。皆さんが…貴女が私に教えて下さった事ですから。
 私は一人ではないと。
 私はどんな困難にも立ち向かっていける。逃げません。
 そして、力及ばない時には助けを求めます。だから、その時に助けて下さいね」
 今度はグレイスの眼差しが真っ直ぐにフレイに向かう。
 フレイは自分の頬が熱を帯びているのを感じていた。
「あ、当たり前よ!」
「なら安心して私は私のやるべきことに向かい合って行けます。
 大丈夫です」
 躊躇いなく頷くグレイスにフレイも
「解ったわ。でも、約束よ。必ず困った時は言ってね!」
 強く頷き返すのだった。
「さあ、行きましょう。あ、あと一つお願いがあるのですがいいでしょうか?」
「何?」
 手を放し、先を進むグレイスの背中を見ながらフレイは首を傾げる。
「いつでも構いません。プロポーズの答えを頂けませんか? こう見えても、けっこうドキドキしているのですよ。断られるのじゃないか、とね」
 悪戯っぽく片目を閉じたグレイスの言葉にフレイは髪よりも瞳よりも赤く、頬を上気させた。
 彼女の指にはグレイスが贈った婚約指輪が嵌まっている。
 フレイにとって答えなど言うまでもない事なのだ。
 彼もそれを知った上で言っている。
 間違いなく。
「意地悪!」
 珍しく、本当に珍しく声を上げて笑いながら先に行くグレイスをフレイは追いかけて行った。

 それから数日の後、クラフカウ城から追加派遣された護衛騎士団と交代し開拓者達は開拓地 イテユルムを後にした。
「パダーラク港、イテユルムの街…。いい名前よね」
 町の住民達は開拓者から贈られた名を街と港の名として戴くことに決めたのだという。
 今はまだ町ともいえない小さな集落がいつか街となり、ジルベリアの贈り物となることを、開拓者達は祈り、願うのだった。



 …もし、誰かがユリアスを気にし、行動を共にしていたら気付けただろうか。
「ユリアス様。これあげる!」
 今まで保護していた神教徒達との別れの時、子供が小さな包みを差し出した事。
「キレイな指輪だね。ありがとう」
 ユリアスがそれを受け取った事を。

 それを闇から昏い眼差しが見つめ、微笑んでいた事を…。