【朱雀】祭の準備
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/25 11:34



■オープニング本文

 昨年、陰陽寮で朱雀祭り、というものが行われた。
 貼りだされたチラシを参照してみよう。

『陰陽寮 朱雀 秋祭り 開催!!

 普段、なかなか入ることのできない陰陽寮を覗いてみませんか?
 楽しいイベントや屋台も盛りだくさん。
 素敵な秋の思い出を皆さんで作りましょう』

 朱雀寮を解放しての祭り。
 一般人や、寮生が出店を出し、発表や出し物などを行う。
 去年の例で言うなら、陰陽師の礼服を着られる衣装体験会。
 体育委員会の演武に、他寮生との合同武闘大会。
 朱雀寮の薬草園で作られたハーブティと菓子を出すメイド執事喫茶。
 符作成体験会(これは本当に形だけのものであったが)にお菓子作り体験。
 蕎麦や占いの屋台なども出店され大盛況であったという。

「去年実施した秋祭り、朱雀祭が大好評であったので、五行の町から今年も祭りを開催してもらえないかという依頼が来ています」
 冥越での調査を終えて戻ってきた寮生達、一年予備生、二年、三年生。
 全員を集めて朱雀寮長 各務 紫郎は告げる。
「朱雀祭? 今年もやるんですか?」
「皆さん次第ではありますが…現時点では断る理由もないかなと考えています」
 昨年は問答無用で決まっていたのだが、今年は開催まで少し、時間があるようだ。
「改めて説明しますが、例年五行の下町では、秋口に収穫祭のようなお祭りを行っています。
 昨年はその祭りの出し物の一つとして、依頼を受け朱雀寮を一部解放しての祭を開催しました。
 幸いかなりの好評を博したようで、町からも感謝の言葉がたくさん届けられていました。
 今年度も、良ければ協力して欲しいと正式に依頼が届いています。
 初夏に朱雀祭の事前行事と銘打って結婚式を行った事もありますし、こういうことは継続して行くことに意味がありますので、皆さんの反対が無ければ今年度も実施したいと思いますがいかがでしょうか?」
 寮生に今年は選択権もあるらしい。
「陰陽寮というのは一般の人に対して敷居が高い場所でした。
 ですが、近年、皆さんや先輩方の努力で…自画自賛のようではありますが…人々に特別ではない、五行国の一員であり同じ国で生きる仲間であると親しみを持ってもらえるようになってきています。
 それについては賛否両論もあるのですが、私個人としては良いことであると思っているのです。
 人々と共に歩む陰陽寮。
 この流れを大切にしていきたい。
 良ければぜひ、協力しては貰えないでしょうか?」
 そう言って後、寮長は説明を続ける。

 基本は昨年と同じ。
 場所は朱雀寮の一部、朱雀門から中央広場。
 特に研究に使われていない部屋の一角などが使用できる。
 朱雀寮の一部を公開する形で開催する。
 勿論、図書室や倉庫などは貴重な文献や、道具があるので立ち入り禁止。
 但し、中の品物を寮生の判断で屋台やその他に使用する為、外に持ち出すのは妨げない。
「基本としては委員会ごとに屋台等の出店、発表などをするのがいいのではないかと思いますが詳細はお任せします。
 昨年は喫茶店や、体験会、武術大会などいろいろと企画していましたね。
 材料その他必要な物資は特別なものでないかぎりは朱雀寮と、商店街が用意します」
 相棒は同伴可能であるが、一般人に危害が加えられないように注意をすること。
 参加者に怪我などが発生しないよう安全管理には万全を期すこと。
 その他、細かい注意点をいくつか説明して、寮長は寮生達を見る。
 
「昨年、準備期間が少なかった、という声もあったので今年は少し開催まで時間を頂きました。
 今回は相談と準備を行い、九月初めに朱雀祭を開催します。
 協力してくれる方がいれば誘って頂いても構いませんし、本祭りの時には友人知人などを招待するのもいいでしょう。
 …既に今年度も半分以上が終っており、卒業、進級までの時間はもう僅かです。
 朱雀祭りが終れば、卒業試験準備その他でかなり忙しくなりますので、全学年で力を合わせて何かをする委員会活動はこれで最後になるかもしれません。
 ですから、皆で協力して、誰もが楽しめる朱雀らしい祭りを開催して欲しいと思います」
 
 寮長はそう言って微笑んだ。
 日程や注意点の書かれた書類と一緒に渡されたのは白い紙。
 今年は開催のチラシも自分達で作ってもいいということらしい。
 
 朱雀祭。
 陰陽寮でも他に類を見ない祭り。
『誰もが』と寮長は言った。
 皆で力を合わせ、人を楽しませ、何より自分達も楽しめということなのだろう。
 寮生達は互いの顔と書類を見つめながら、祭りの意味を、寮長からの無言の言葉と思いを、噛みしめるのだった。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 蒼詠(ia0827) / サラターシャ(ib0373) / 雅楽川 陽向(ib3352) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / ユイス(ib9655) / ネメシス・イェーガー(ic1203


■リプレイ本文

●祭りの準備
 陰陽寮は五行の多くの人々にとって長く憧れの存在であると共に手の届かない高みであった。
 厳しい試験と高い授業料。
 高度な授業を潜り抜け、無事卒業すれば五行の上層部に属することができる。
 だが、それは生まれついての才能に恵まれたごく一部の選ばれた者以外には無縁の頂。
 それが…変わって来たのは本当にここ数年の話である。
 きっかけはおそらくギルドに属する開拓者達の入学だったろう。
 彼らの活動は一般人に陰陽寮を、特に朱雀寮を人々に親しみと頼りがいのある存在に変化させ、位置づけた。
 それに眉を上げる者がいない、とはいないが、その変化は多くの人々に受け入れられ喜ばれた。
 広く陰陽寮 朱雀を開放して行う祭り。
「朱雀祭」
 はその最たるものである。
 元は秋祭りの一企画として始まったらしい。
 今年も位置づけとしては五行の秋祭りの一行事ではあるが、既にその枠を超えた「朱雀寮の祭」として期待されているようだ。
 特に子供達の人気が高いようで
「ねえ、お兄ちゃん。ことしもおまつりやるよね?」
「わたしね。おはなしききにいきたいな」
「俺、大きくなったらおんみょうじになるんだ! バシュ! キューン!! ってかっこよくたたかいたい!」
 憧れの陰陽寮に行って、開拓者や陰陽師と出会えると、わくわくしてその日を待っている子が多い。
 寮生達は下町に住まう同級生からそんな話を聞いていた…。

 そして、ある日。朱雀寮の図書室。
「お祭りは準備の間も楽しいですね」
 揃えた幾冊の本を手に、サラターシャ(ib0373)はそう告げながら静かに微笑んでいた。
 寄り添うのはからくりのレオ。そして
「そうですね。なんだか陰陽寮全体もワクワクしている感じです」
 絵筆を持ったまま、床に紙を広げていたユイス(ib9655)も頷いている。
 今年度は祭りを開催するかどうか、陰陽寮生が決めて良いと寮長に言われていたがそれだけ人気のある行事を取りやめにする必要は無いだろう。
 寮生達は開催を決め、準備に取り掛かっていた。
「それで、ユイスさん。チラシ作りの方はいかがですか?」
 先輩に問われて、ユイスはハッと顔を上げる。
「えっと、まだ素案なんですけど、こんな感じではどうでしょうか?」
 今、色を入れたばかりの下描きをユイスは差し出す。
 大きく翼を広げた朱雀をあしらったチラシを見て、サラターシャは
「まあ!」
 嬉しそうに声を上げた。
「とてもステキですね。絵があると、ぐっと全体が映えるように思います。
 ユイスさんにお願いできて本当に助かりました。
 私は絵があまり得意では無いので、どうしようかと思っていたんです」
 真っ直ぐな賛辞にユイスは照れたように頭を掻く。
 チラシと言うのはまず人目を引かなくてはならない。それでいて必要事項を上手に伝えられるようにもしなければならない。
 そのバランスが結構難しいのだ。
「後は清書して、真ん中に入れる各委員会の出し物とかを入れて…ですね」
 工夫して作っただけに褒められると嬉しい。
 そして、少し考えるに顎に手を当てるとユイスは絵の道具を脇に片づけて立ち上がった。
「…サラターシャ先輩。僕、少し出てきてもいいでしょうか?
 チラシに入れる各委員会や職員の人達の出し物を確認してきたいんです」
「ええ、それは勿論…。あ、ついでと言っては何ですがお願いがあるのです。いいでしょうか?」
「はい?」
 ユイスは小首をかしげるとサラターシャを見る。
 サラターシャはさらさらと何かを書きとめるとそれを封筒に入れて封をした。
「これを保健委員会に持って行って頂きたいのです。多分、蒼詠(ia0827)さんは薬草園で作業をされているでしょうからお渡し頂けますか?」
「解りました。では行ってきます。早めに戻ってきますので」
 差し出された封筒を受け取ったユイスは一礼するとからくりの雫と共に図書室を出て行った。

●用具委員会の出し物
 まず、ユイスがやってきたのは用具委員会の倉庫であった。
 夏の熱気がこもる倉庫。その開け放った扉から、中の声が聞こえてくる。
「えっと…人魂って出現時間、そんなに短かったっけ?」
「そう。時間にして一分もない。長時間運用したければ再度出すしかないけど、前に出したのと後に出したのは別物だからね。手紙を結んだり持たせたりすると落ちちゃうぞ」
「あちゃー、そうやったんか? 企画、考え直さないとあかんかな?」
「あれ? どうかしたの? 何かあった?」
 中を覗き込んだユイスは、用具委員会委員長である清心と副委員長雅楽川 陽向(ib3352)に声をかける。
 どこか頭を抱えた様な様子だった陽向は、ユイスに気付くと
「ああ、ユイスさん。ううん、何でもないんや」
 顔を上げ、明るく笑って見せる。
「今、用具委員会の企画を考えてたんだ」
 清心も微笑しながら出迎えてくれた。
「うちな。いろいろ考えたん。
 うちが一年の時の委員会勧誘祭りの時、道具並べたりしたし、陰陽人形作ったりしたやん。
 ほんで、去年の朱雀祭りでは陰陽符もどき、作ったやん。
 前夜祭では、結婚式やろ。だから、思ったんよ。今年は全部混ぜようで♪」
「全部?」
 小首を傾げるユイスに頷いて、陽向は高く、ビシッと指を立てる。
「その名も!! 『ありがとうの手紙、届けます。用具委員会』」
「手紙を届ける、って郵便配達?」
 小さく疑問符を浮かべるユイスに
「そうや。でもその配達を人魂でやるっていうのがみたらし、じゃなくってミソなんや!」
 陽向はそう告げた。
「カップルや、家族連れ、友達間にオススメ。
 陰陽符もどき描くんやなくて、手紙かいてもらうねん。
 ほんで、陰陽人形選んでもらって、小動物を一つ想像してもらう。
 そんで、その小動物を模した人魂で、愛やありがとうの小さな手紙をうちらが相手に届けてあげるんよ。
 感動せえへん? 小さな動物が手紙を渡してくれる。その手紙に身近な人からの優しい言葉がつづられてたりしたら!
 どの人にも、ええところはあるねん。
 口では言えんことを手紙にのせて、な♪」
 明るい笑顔でうっとりという陽向は、だが、そこでがくんと肩を落とす。
「でもなあ〜、人魂の継続時間って、そんなに長くないんやって気が付いたん。
 遠くの人に届けるのはちょこっと無理やねえ〜」
「でも、企画そのものは悪くないさ。一緒に祭りに来た人限定にしたり、住所を聞いて後日のお届けにしたりとかすれば行けるだろ。
 手紙を袋か何かに入れておいて、人魂の首にかけるとかすれば持たせる時間も短縮できるし。工夫してやってみよう」
 先輩らしく落ち込んだ陽向を清心が慰めている。
 ぽんぽんと優しく叩かれた手に陽向の元気も戻ってきたようだ。
「そうやね。うん。諦めらたらそこで終わりや。
 まだ祭りまで時間はある。いい出し物にできるように練り直すで!」
 ぐっと手を握り締める陽向にユイスは微笑んで
「うん、頑張って。楽しみにしてる」
 心からのエールを送るのだった。

●保健委員会の心配り
「えっと…保健委員会の薬草園は…、っとしかし、暑いなあ」
 額から流れ落ちる汗を拭いながら、ユイスは呟いた。
 8月半ば、夏の真っただ中では仕方のないことだが、ここ数日の下手したら体温を超える灼熱は身に堪える。
 けれど、この最中、保健委員会は炎天下で仕事をしていると言う。
 広い、けれども手入れが行き届いた薬草園をユイスは見回した。
「あ、いた。先輩!」
 手を振ったユイスに先に気付いたのは側で手伝っていた羽妖精なのだろう。
 突かれて、顔を上げた蒼詠は草むしりの手を止めて、こちらにやってきた。
「こんにちは。ユイスさん。どうしました?」
「お忙しい中、すみません。サラターシャ先輩から手紙を預かって来ました。これです」
 差し出された手紙を受け取って蒼詠は広げる。そして目を通し…
「…解りました」
 ニッコリと微笑んだ。
 他人への手紙だ。内容は聞かないが…。
「先輩、この暑い中、草むしりですか? 大変ですね?」
 ユイスは汗びっしょりで作業する蒼詠に気遣う様に声をかけた。
「夏は仕方ありませんよ。少しでも間を開けると草が生えてきて、薬草を圧迫してしまいますからね。翡翠や琥珀、職員の方なども手伝ってくれてはいますが、できる手入れはしておかないと…」
 相棒を振り返ると蒼詠は優しく笑う。
「でも、流石に暑いのでもう少し日差しが強くなったら、中に戻ろうと思っています。
 中でも薬草入れの整理に中身の補充。それに加えて今年から始めた委員長として後輩達に伝えていくべき保健委員の活動内容や理念等を整理し纏めた冊子作りなど、やるべきことはたくさんありますからね」
「大変ですね…。あ、先輩。僕は今、朱雀祭のチラシに入れるのに各委員会の出し物を確認しているのですが、保健委員会は決まりましたでしょうか?」
 ユイスに問われて蒼詠は、
「そういえば、今は朱雀祭の準備期間ですか…。特に何も思いつきませんが・・・・・・」
 はた、考え込む。
「今の時点では朱雀祭での出し物は前回と同じながら中身が違う物にする・・・・・・位しか思いつきませんね。
 とりあえずは去年と似た感じで保健室での薬草を使った製作体験と言う形でしょうか? サラターシャさんに頼まれた事は手伝うつもりですが、何をするかは…もう少し考えさせて下さい」
「解りました」
 ユイスは小さくメモを取り、頭を下げる。
「サラターシャさんには、後で夕方伺うと伝えて下さい」
「はい。ご無理はなさらないで下さいね」
 気遣う様に声をかけて歩き戻るユイスを蒼詠と相棒達、そして薬草園の緑達は見送ってくれていた。

●体育委員会の頑張り
 薬草園から戻る途中の中庭
「えいっ!」「そう、その調子や」
 力の籠った声が聞こえてユイスは足を止めた。
 見れば日の当たる中庭で二つの人影が動いている。
「はああっ!!」
 そのうちより小柄な影が、風のように踏み込み、もう一つの影に向かって蹴り込んでいく。
 それを受け止める影は、微動だにせず、攻撃を目の前で組んだ手で脚を止め、そのまま回転させるように返した。
 崩れた身体のバランスを立て直し、攻撃側も、防御側も後方に向けて間合いをとった。
「お見事。綺麗な流れですね」
 パチパチパチと拍手をするユイスに、中庭の二人はその時初めて気付いたのだろう。
「あ! 見てたの?」
 相手に一礼してから小さな影がユイスに向かって駆け寄ってきた。
「うん。桃音ちゃん。今のは演武? 随分上手になったね」
 真っ直ぐな笑顔を向けてくる一年予備生 桃音の頭に手を乗せてユイスはそっと撫でた。
「本気で入れちゃいけない攻撃、ってむずかしい! でも、キレイな動きを覚えるとむだのない動きができるっては兄様も言ってたから」
「桃音は元シノビやからな。身体は十分にできてるん。下手したらうちよりもな。だから、実戦の動きと基本の型。それを両方覚えたらもっと強くなれる思うんや」
 そう言って桃音の肩を叩くのは三年生、体育委員会委員長 芦屋 璃凛(ia0303)であった。
「今のは演武の練習、ですよね。先輩。体育委員会は今年の朱雀祭の出し物は演武、ですか?」
 ユイスの問いに璃凛はうん、と頷いて見せる。
「一応はその予定や。参加してくれる人がおれば模擬武術大火も開きたい、思うてはおるけど、今、体育委員会は実質二人、やからね」
 自嘲するような寂しげな眼差しの璃凛の前で、その空気を振り払うかのように
「ほら、見てみて。四葉の葉っぱ。それにこっちは数珠玉の実。川辺で拾ったキレイな小石もあるよ」
 桃音は側に纏めてあった包みをユイスの前に広げて見せる。
「もう少しすればどんぐりとか木の実もとれるかもって」
 感心したようにユイスも声を上げる。
「へえ〜。いろいろなものを集めておられるんですね。体育委員会はこれも使って何かを?」
「子供向けに首飾りとか作る体験教室とかもできればええかな、と。
 体育委員会の活動や演武の小冊子も作りたい思って準備してるよって、どこまでできるかは解らんのやけど、桃音も頑張ってくれてるからな。
 あれもこれもと思うと、かえって手が足りんかとは思うんやけど、その時は職員の人とかにも手伝って貰ってお土産に渡すとか、まあ、できる限りの準備は、しとこう思ってる」
 体育委員長の言葉にユイスは頷いた。
「忙しいですけど、ご無理はしないで下さいね」
「ああ、おおきに。桃音。あと一回やって終わりにしような」
「はーい!」
 璃凛の言葉に元気に返事をすると
「あ、後でね、ネメシスが食堂においでって言ってくれたの。美味しい飲み物とか用意してくれてるって。
 今、お祭りの食堂に出すメニューの準備してるんだって。行ってみたら?」
 桃音はユイスにそう声をかける。
 ネメシス・イェーガー(ic1203)は桃音と同じ一年予備生で調理委員会だ。
 元々調理委員会にも回る予定であったから
「うん、行ってみるよ。ありがとう。頑張ってね!」
 ユイスはそう言って小さく手を振った。
 彼の言葉を背に受けた体育委員会の動きは
「始めるで!」「行くよ! 璃凛!」
 飛び散る汗と同じリズムで輝き、弾けるのだった。

●調理委員会の夏料理
 言い争う声。
「ちょ、ちょっと止めてくれないか? 魅緒」
「いいではないか? 畑の主人達も皆、快く同意してくれたぞ」
 食堂に差し掛かった時、ユイスはふと首を傾げた。
 口論と言う程に声は怒気を孕んではいないのだが…。
「何かあったんですか? 珍しいですね。彼方先輩のそんな声」
「ああ、ユイス。いいところに。聞いてくれないか? 魅緒が変な事を言いだして」
 扉を開き、問いかけながら食堂に入って行ったユイスに調理委員会委員長、彼方がどこか縋る様な声で近寄ってくる。
 その後ろから
「何を変な事か! これも立派な宣伝、いわば販売促進活動というものじゃ。
 ぷろもーしょん、ともいうらしいがの」
 力強く言うのは同じ調理委員会の比良坂 魅緒(ib7222)。
 腰に手を当て、堂々とした出で立ちだ。
「えっと…何があったの?」
 ユイスは当事者二人では無く、横で黙々と作業を続けるネメシスに問う。
「二人の先輩方との相談で、朱雀祭の調理委員会の出店は野菜と、果物を中心にした料理で組み立てると決まりました。
 その準備で彼方先輩が生産者から安く仕入れてきた新鮮野菜を、魅緒先輩が即売の形で売ってはどうかと提案したのです」
「そりゃあ、安いったってちゃんと卸値は支払ってきているから、即売用にって頼めば譲ってはくれるだろうけれど…」
「そうじゃ。より多くの人に安く、新鮮な野菜を手に取って貰える良い機会であろう? 
 上手くいけばスポンサーである商店街に卸す事も出来ようぞ。そうすれば畑の持ち主達にも還元される。
 お客は良い野菜を手に入れることができる。
 皆が、喜ぶ。何も問題は無い」
「名前が問題! 何! この看板の「朱雀名物彼方印の夏野菜」って!」
 二人の会話に口を挟めなかったユイスは、そこで始めて彼方が指差したテーブルの上の看板に目を向ける。
 達筆な筆文字で、確かにそう書かれている。
 周囲を取り巻く、微妙な野菜(?)の絵はさておき
「僕が野菜作ってる訳じゃないんだってば。変に誤解されるじゃないか?」
「…いや、なんとなくあの者ならこう名付けそうな気がしての…。少しは愛嬌も学ばねば」
 去年卒業した調理委員会の先輩の顔を思い浮かべる魅緒に、彼方はがっくりと肩を落とす。
「学ばなきゃならない方向違うし!」
「だが、聞くところによると彼方よ。お主、下町の商店街や住人。生産者の間ではけっこうな顔であると聞くぞ。
 商店の主からは良い食材を選ぶ目利きと言われ、住人にもよく食事を振舞っているとか?
 あげくには直接生産者に繋ぎをとり新鮮な野菜を仕入れておるそうではないか?」
「それは…! 下町の人達って忙しいから子供達の面倒見を良く頼まれて、ついでに食事を作ってるだけ。
 安くて良い食材が欲しいから、いいやつを選んで…生産者の方はアヤカシに困っている人達を助けていたら顔なじみになっただけのことで…」
 ぼそぼそと声が小さくなる彼方にユイスは小さく肩を竦める。
 これは完全に魅緒のペースだ。
「それに加えてお主のレシピでの野菜料理を出せば、野菜の販売促進に繋がるじゃろう。
 この夏野菜の酢漬けと、冷やしナスのゴマだれかけは美味じゃ。
 野菜の素揚げソバもな。これにネメシスの秋の味覚を生かした甘味があればメニューとしてもバッチリじゃろう?」
「こちらが、さっき魅緒先輩のおっしゃった彼方先輩の夏野菜料理。
 これは私の、カボチャのジュース、洋なしのパイ、タルトタタン、先輩から頂いた炭酸水で作った、アップルサイダーです。いかがですか?」
 無表情で差し出された調理委員会の試作品料理をユイスは礼を言って口にする。
「あ! 本当に美味しいです。夏にピッタリのさっぱりした食感で、それでいてしっかりと強い味もして…。
 いいですね。これ!」
「見るがいい。彼方。皆が喜ぶ。売上も上がる。いいことずくめじゃ。あとはお主が覚悟を決めれば良いだけ。違うか?」
「何時の間にそんなそろばん弾けるようになったの?」
 はあ、と大きく息を吐き出す彼方は苦笑の顔で魅緒を見る。
 指摘された魅緒は
「…むう、商売っ気を出してしもうた。…さて、いつからじゃろうな?」
 首を傾げるが、その時はもう彼方は両手を上げていた。
「解った。僕の負け。でも…この看板のイラストは描き直してよ。これじゃあ野菜かアヤカシか解りゃしない」
「むむむ? 妾の絵にケチをつけるか?」
「まあまあ、それなら僕か璃凛先輩が手伝いますよ。これから丁度図書室でチラシ作りや朗読会とかの準備をしますから」
「ありがとう。助かるよ。あ、これ差し入れ。後で手伝いに行くからね」
 彼方はユイスに微笑み、ユイスは笑顔を返して頷く。
 気が付けば、だいぶ時間が過ぎていた。
 早く戻ろうと、ユイスは賑やかで楽しげな食堂を後にした。
 暖かいタルトをそっと胸に抱いて。

●図書委員会の準備と朱雀祭
「お疲れ様でした。それでは各委員会の準備は順調に進んでいるのですね?」
 図書室に戻ったユイスはサラターシャが入れてくれたカモミールティーを手に取りながらはい、と頷いた。
「冷たく冷やしてもいいですが、暑い時には熱いものを飲むのも汗を出してくれて身体にいいのですよ」
 サラターシャはティーポットを手に静かに微笑む。
 図書室の閲覧コーナー。
 本と緑の間を抜ける風の中でのティータイムはとても贅沢に感じられた。
「僕は当日、案内役をしようかと思っていたので、いい勉強になりました。
 準備に忙しい中、出させて頂いてありがとうございます」
「いいえ。図書委員会の出し物は朗読会、ですからね。
 そこまで大がかりな準備は必要ありません。お話も決まっていますし、後は練習、ですね」
 お辞儀をするユイスにサラターシャは優雅に微笑む。
「でも…こっちはなんですか?」
 白い厚紙が掌より少し小さなサイズに切られている。机に積まれた百枚はありそうなそれを
「これは、カルタを作ってみようと思って準備をしているところです。
 陰陽寮に関する基本的な知識や、薬草の名前を取り入れれば、遊びながら文字や伝えたい事や生活に役立つ事を覚えて頂けるのではないかと思いますから」
 見れば確かに1枚には美しい文字で
『す すざくはみなみのあかきとり』
 と書かれてあった。
「薬草…、ああ。それで蒼詠先輩に協力してほしいとお願いされたのですね」
「ええ。楽しくいろんな知識を覚えられればステキだと思うのですよ」
 サラターシャがそう静かに微笑むのをユイスは静かに見つめるのだった。

 その後、図書室はやってきた蒼詠の他、材料や絵の具の用意を申し出てきた用具委員会、差し入れを持ってきた調理委員会などで賑やかになる。
 祭りの準備を皆でしている時間が、一番楽しいのではないかと、誰もが感じていた。こうして過ごすごく普通の当たり前の時間を大切にしたいと思う気持はみんな同じだ。
「これから先、何が起こるかわからない。だから今は精一杯楽しんでおこう、ね」
 ユイスは仲間達に笑顔で語りかけると仲間達と祭りの準備を続けるのだった。

 朱雀祭の開催はもう間もなくである。