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■オープニング本文 【この依頼は陰陽寮 朱雀 合格者、予備生対象、優先シナリオです】 アヤカシに支配された大地。 冥越での大規模な合戦は大アヤカシ二体の退治、殲滅に成功するという人の勝利と言える結果で幕を閉じた。 いくつかの里と狗久津山の遺跡を押さえることに成功もしている。 逃亡した残り一体の大アヤカシ於裂狐も冥越の地以外に興味が湧いたのか、その姿を積極的に表す事は無くなっている。 しかし、冥越の大部分は未だ魔の森に覆われたままである。 魔の森を生み出した大アヤカシが滅しても魔の森は直ぐには消えない。 アヤカシの多くもそうである。 人の手によって魔の森を焼き、アヤカシを滅してはじめて人はアヤカシに奪われた大地を取り戻すことができるのだ。 その為には長い年月がかかる。一朝一夕では終わらない仕事だ。 何か月、何年。もしかしたら何十年もかかるかもしれない事業。 しかし、この合戦の勝利が人にもたらしたのは冥越の大地だけではなかった。 護大の心臓と、捕えた古代人唐鍼からの情報。 特に世界の破滅に関する護大の意味と、旧世界への対応は世界の存亡に係る重大事項であるが為、朝廷と開拓者ギルドはそちらを捨て置くことはできなかった。 「と、いうよりそちらを優先したいと考えている、ということですね」 集められた朱雀寮、二年生、三年生、予備生を前に朱雀寮長、各務 紫郎はそう語った。 今月は朱雀寮の全学年合同授業の月。 全寮生が集結しての課題はいつも困難なものが多く、開拓者達は真剣な表情で話を聞いている。 「そこで、五行 陰陽寮が冥越の調査を受け持つことになりました。主としては魔の森の現状、各地の里の状態。そしてアヤカシの残存勢力について、です。 その調査を基にして、事態解決の後冥越の復興計画が組まれることになるでしょう」 と、ここまで聞けば朱雀寮生達には今月の課題が何か解った。言われるまでも無い。 寮生達の表情を読み取ったのだろう。紫郎は小さく微笑して続ける。 「もう察しているでしょうが、今月の合同課題は冥越の状況調査となります。冥越と一口に言っても仮にも一つの国。範囲は膨大です。一度の調査で終わる事でもありません。 ですから逆に今回は何を調査して来いと言う形での指示は出しません。 皆さんの判断で、何をどう調べるかを決めて下さい。アヤカシの調査、魔の森の様子。各地の里の様子など何でも構いません。冥越に関する事であればどんな情報でも必要なのが現状です」 「魔の森に入っても?」 寮生の問いに寮長は頷く。 「かまいません。今回は合同授業ですし、希望者がいれば外部から人材を頼んでもいいでしょう。 手分けして数か所で調査を行うもよし。全員で一か所を集中的に調べるもよし。 ただし、調査課題の大前提として正しい情報を持ち帰る事。 その情報が各国に伝えられて、今後の冥越の復興計画の参考になることを忘れないようにお願いします」 そして、寮長は合戦の時の参考資料を寮生達に配布した。 「冥越を主として支配していたのは蟲アヤカシの女王、山喰。蜘蛛の支配者 芳崖。そして妖狐達の主 於裂狐。そのうち於裂狐は今回の合戦を逃げ延び、新たなる目的の為に姿をくらましたようです。配下の妖狐達も同様でしょう。 現在、冥越に残っている残存アヤカシの多くは蟲アヤカシと蜘蛛アヤカシなどの残党と思われます。 支配者である大アヤカシを失い、統率を失っていますがその数は未だ少なくなく、また統率を失った事で目的の読めない、本能的な破壊行動をとる危険性もあります。 どちらも毒や状態異常を引き起こす厄介な相手です。 アヤカシの退治を行う事を妨げはしませんが、くれぐれも退治に気を取られすぎることなく、自分と仲間の安全を考えて行動して下さい」 寮長の言葉を聞きながら、寮生達は考えた。 寮長の言った通り、これからギルドや朝廷の動きは護大や古代人、旧世界など世界の命運に関わるものへと傾いていくことになるだろう。 世界が滅びれば国や村も同時に滅びる。 それは正しい判断だ。 ただ、世界が終るまで、命が失われるまで人は生き続けなければならない。 だから、時に足元を見ることも、今を生きる人達を守る事も大事なのではないだろうか。 そして彼らは歩き出す。 冥越を本当の意味でアヤカシから人の手に取り戻す。 その第一歩を。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827)
16歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
サラターシャ(ib0373)
24歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰
雅楽川 陽向(ib3352)
15歳・女・陰
カミール リリス(ib7039)
17歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222)
17歳・女・陰
ユイス(ib9655)
13歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●冥越に向かう 空気が違っていると感じる。 まだ、目の前に広がる光景は決して美しいものではない。 どこまでも続く魔の森は広大でアヤカシがこの地に残した呪いの強さを見せつける。 でも、どこかが、何かが違う。彼らはそう感じていた。 合戦の時に見た冥越とは…。 「冥越…ようやくそこまで踏み込める状況に来たんですね。 僕たちは…」 その光景を噛みしめつつ 「…行きましょう」 彼等は歩き出した。 合戦後の冥越の調査を命じられた朱雀寮の二年生、三年生合同実習チーム。 今回は調査対象が広大、かつ広範囲な為、寮生達は助っ人を呼ぶことを許可されていた。 「およよ!」 そんな助っ人の一人、平野 譲治(ia5226)はやはり同じような助っ人の中に見知った顔を見つけ 「いくなりよ。雄飛。おーい! 朔〜! 静乃〜〜!」 羽妖精 小村 雄飛と駆け出していく。先には同じ朱雀寮 卒業生 尾花 朔(ib1268)と瀬崎 静乃(ia4468)がいた。 「…やっほ」 「おや、譲治さん」 「久しぶり、ってほどでもないなりね。多分、朔と紫乃の結婚式ぶりなのだ。幸せにしてるなりか? 新婚さん♪」 「ええ、その節は大変お世話になりました。おかげさまで」 ニッコリさらりと躱す朔にうんと微笑む譲治。 「おいらは璃凛に呼ばれて手伝いに来たのだ!」 譲治は、今は別の場所で荷物の手配をする芦屋 璃凛(ia0303)の名をあげると、朔と静乃は前方のサラターシャ(ib0373)を視線で示しつつ、 「私達は彼女に呼ばれて、手伝いに来ました」と話す。 「お互い、後輩に頼まれると断れないなりね」 「ええ」 笑顔でそんな言葉を交わしていると、そこにやって来たのは三年生の一人、蒼詠(ia0827)。 「先輩方。この度はお世話になります」 「気にしないで……それより、少し薬草が欲しいんだけど…いい? …寮長の許可は貰ってる」 「あ、はい。勿論です。こちらへどうぞ」 静乃が促す蒼詠の後をついていくと、朔と譲二も「始めるなりか」とそれぞれの持ち場に向かうのだった。 「突飛なことをしようが、結果は自分に帰ってくる。…それがどんな形であれ」 独り言のように言った譲治の言葉が聞こえたのかそうでないか解らない。 しかし、場の空気は卒業生の登場と共に動き出した。 「ふう、陰陽寮が忙しいのはあまりいいことではないのかもな。先輩方も来ておる。否が応にも気合が入るわ」 「そうだね。桃音ちゃんは僕らと一緒に来るかい?」 「うん。強くんにも一緒に来て貰うの!」 「じゃあ、一緒に乗せて貰えるかな?」 「妾のカブトでも良いぞ」 「ユイス(ib9655)さん。ユイスさん。うちにも冥越の地図ちょーだい!」 明るく笑いあう比良坂 魅緒(ib7222)、雅楽川 陽向(ib3352)、ユイスの二年生三人+桃音。 カミール リリス(ib7039)も三年生の仲間と打ち合わせを始めていたが、その中にいたサラターシャは譲治に気付いて歩み寄った。 「先輩、ご協力頂いてありがとうございます」 「ん。一緒に頑張ろうなりよ」 困ったときは助け合う、たとえ卒業しても朱雀寮で培った思いは変わらない。 深くお辞儀をするサラターシャに向けて、譲治はにっこりと微笑むのであった。 ●里の未来 冥越の里の中でも一番大きな里が十々戸里である。 それ故に合戦でも軍の拠点ともなり戦場にもなった所だ。 「…少し、明るくなった?」 合戦を、里を守る為の防衛戦を思い出しながら朔はそう呟いた。 里に潜り込んだ妖狐 於裂狐の配下の者達によってこの里は一時混乱した。 しかし、後で聞けば十々戸里にとってはそれも茶飯事とは言わなくとも今までもあった事。長年アヤカシに支配された冥越でアヤカシの「餌場」として存在を許されてきたこの里は隣の人間も、時に家族すら信じられない不安の中、日々を生き続けて来たのだという。 あの時の…合戦時であったことを差し引いても今にも切れそうな程、張りつめていた里の空気とは明らかに違う様子の中、彼らは里に入る。 「まて〜〜!」 ふと…子供が楽しそうに追いかけっこをする姿が見られた。 追いかけられているのは、陰陽師の姿をした青年だ。 「捕まえた♪」 「ちょ、ちょっと待った。…あれ? 陰陽寮の皆さんですか?」 「はい。そうですが、貴方は?」 一行を代表して問うサラターシャに青年はこの里の防衛に残された連合軍の一人だと答えた。五行の陰陽寮から派遣されている。とも。 「連合軍の主力は現在、冥越から先の展開調査に回っていますが、各地の里には僅かながら護衛の兵が残されています。 陰陽寮の皆さんが調査に来る事も連絡が来ていますので、どうぞここを拠点にして下さい。必要なら里の長などにも紹介します」 「それなら、ぜひ。皆さんはまず、ここでの滞在場所の準備をお願いできますか?」 サラターシャの促しに寮生達は頷く。 「あ、お土産もあるんよ」 璃凛の言葉に静かに目を閉じるとサラターシャは青年と歩いて行った。 「おねーちゃんたちかいたくしゃ?」 「あそんでくれる?」 と青年と遊んでいた子供が近寄ってくる。 「うん。あ、ええものがあるで。西瓜とか…食べるか?」 姿を現した璃凜は目線を合わせながらしゃがみ、微笑む。 子供達は憧れの開拓者からの誘いに 「わーい!」 嬉しそうに手を上げ喜ぶのだった。 「結論から言えば、冥越の各里の状況はあまり良いとは言えないようですね」 サラターシャはその夜、集まった寮生達を前にそう告げた。 ここに来るまでの調査と、近辺の確認。そして村の代表者や村に駐留している連合軍から得た情報の共通理解である。 「長年のアヤカシの支配から各里は解放されて、現在はひとまずの落ち着きを見せているそうです。魔の森に踏み込めば話は別ですが村を組織的に、積極的に襲う勢力はみられないとのこと」 「里の中も…この里限定かもしれませんが、大きな瘴気の流れなどは無いようです」 「ただ、ここまで来る途中で皆さんも気付いたと思いますが、街道などはかなり壊滅的ですね。元々集落同士の行き来も少ないそうですが地上路はアヤカシにとっては…言い方が悪いですが餌が行き来する場所。狙いやすかったのでしょう」 サラターシャ、蒼詠、朔と続いた報告に寮生達は頷いた。 「となると調査対象は主に二つ、ですね。残存アヤカシの分布と里の移動路と支援状態の確認」 折られた二本の指を見ながら陽向はしゅんとした顔で頷く。 「そうやね。焼き払った魔の森の状態の確認もしたかったけど、冥越はまだ魔の森の焼き払いまでは事が進んどらんこと見落としてた。魔の森の状態とか確認しながら、帰りに東房で焼いた魔の森の様子と比較するのがええんやろな」 「それで…どう分担する?」 彼方の問いにサラターシャは答える。 「五人程度、二〜三班体制での調査を提案します。…この場合は調査内容に分けて、二班体制、でしょうか?」 「アヤカシの分布確認と里の移動路と支援状態の確認ですね。…では、先輩。僕達は主にアヤカシ分布確認の方に行ってもよろしいでしょうか?」 話を聞いていたユイスがはい、と挙手をした。僕達、と彼が言ったとおり続くのは二年生達だ。 「進級論文用の蜘蛛アヤカシの調査もしたいのでな」 「うちは魔の森の様子、確認したいと思ってるん。そんでできれば少〜しだけでも魔の森焼く実験もしてみたいし…」 「魔の森の事なら任せて!」 二年生三人と桃音の希望を拒否する理由は無いが…。 顔を見合わせる三年と助っ人達は少し考え込んだ。 そして 「璃凛とおいらがむこうに行くなりよ」 そう結論を出す。 「璃凛は魔の森の現状と、アヤカシの分布、今後の課題とかあと、北の方の村も…調べる、と言ってたなりから…おいらと璃凛が二年生を助けながら向こう、北側を調べるのだ」 璃凛は今、村で子供達と遊んでいる。 子供達にとっては彼女がくれた飲み物や食べ物は祭りでも無ければ口にできなかったもの。喜んでいるようだが彼女がここにいない理由はそれではない。 「では、ボクも一緒に行きましょう。北端方面に向けて行く過程で調べたいこともありますから…。いいでしょうか?」 「それなら僕と清心は村の調査の方に入ります。そうすればバランスとれそうですしね」 リリスに、彼方、清心と同級生達が少し、両方に助け舟を出す。 「おいらもフォローするから安心するなりよ」 譲治もニッコリと笑いかける。いつものように。 「解りました。お願いします」 サラターシャは彼らの言葉に小さく微笑んで 静かに答えたのだった。 冥越の大地の広大さと比較して、この国にある村や里の数は多くは無い。 一番大きな里が十々戸里の三千人。 他は全て数百、少なければ数十人の住人しかいない小さな集落ばかりだ。 国の全て合わせても両手で余るくらいの数しかない里はそれぞれ、自分達の村に籠り他の地との交流も最小限に身を小さくして生きて来た。 常にアヤカシの危険と隣り合わせ。 住みにくいことこの上ない冥越で、それでも、人々がこの地で生きて来たのは故郷を捨てることができなかったから…。 開拓者達が辿りついた時、ある村は丁度、アヤカシの襲撃を受けているところだった。 『姐さん! 敵は武装蟻数匹。周囲には他にアヤカシはいない様子!』 「…解った。…片付ける!」 宝狐禅 白房の報告に頷いて、静乃は躊躇いなく目の前の敵に氷柱を放った。 武装しているとはいえ、所詮は蟻だ。 前衛に立つ彼方と清心、そしてサラターシャのからくりレオを、後衛のサラターシャと蒼詠がフォローすればそれほどの難敵ではなかった。 「お怪我は、ありませんでしたか? 槐夏、傷の手当てを…」 襲われていた老婆を庇いながら戦っていた朔が敵を貫いた鋼線「墨風」を収め、背後にそう問いかけた時。 「何故じゃ…」 彼女はそう震える声で言うと、朔に縋り泣いていた。 「何故、わしなどを助ける。…もっと、もっと早く助けに来て欲しかった…。そうすれば…孫は…息子は…」 老婆の慟哭に開拓者達はかける言葉がない。 「…遅くなって、申し訳ありませんでした…」 そう言って、抱きしめるのができる精一杯であったのだ。 「…瀬崎さん、手伝って頂けますか?」 「僕も手伝います!」 朔はそう言うと静乃と彼方、老婆を伴い村に入って行った。 「この村には連合軍の方がまだ派遣されていないようですね。報告して急いで来て貰った方がいいでしょう。物資なども運んでいただかないと…」 蒼詠は村の状況を確認し、書き留めた。 現在、十々戸里を始めとする冥越の村や里などには治安維持の為に連合軍が配置されている。 人数はそれほど多くはないが今のアヤカシの状況であれば村の護衛には十分だろうと寮生達は考えていた。 村周辺に現れるアヤカシの多くは蟲アヤカシ…それも集団から逸れたモノばかり。 蟲アヤカシの最大の脅威はその数だ。女王蟻に率いられていた時のような意図の無い攻撃はある意味やっかいではあるものの、開拓者にとっては恐怖を感じるものではなかった。 対処さえできれば老婆が言ったような悲劇は無くせる。 少なくとも減らせるはずだ。 「あんた達…どこから来たんだ? 十々戸里か? まさか…外の国から?」 「外の様子は…どうなってるんだ? 教えてくれ!」 やがて村の中央から人々が集まってくる。期待と不安を胸に寮生に詰め寄る村人に 「今からご説明します。…この村の現状や周囲の様子などを教えて下さい。できるだけ…」 サラターシャが微笑みかけた時、大きな声がした。 「これから料理を作ります。皆さん、良ければ集まって貰えませんか? 怪我人とか病人とかいたら治療も致しますよー」 村の中央で声をかける朔に村人が歓声を上げた。 「他所からの人が来るなんてどれくらいぶりだろう!」 「医者がいるって! 爺様を連れて行かないと!」 そんな人々を見つめながら、蒼詠はふと思い出していた。 『集落の横の繋がりが大事なりよ』 そう言った先輩の言葉を。 「あちらの皆さんは大丈夫でしょうか?」 彼はそう呟いて、北の空を見つめるのであった。 ●大アヤカシが消えて… 冥越を支配していた二体の大アヤカシが消えて、周辺のアヤカシ勢力図はだいぶ変わったのだろうとユイスは思う。 「蟻や蟲系のアヤカシ達と、蜘蛛系のアヤカシはあんまり協力とかしないみたいだね。 棲み分けはしているみたいだけど…縄張り争いとかってないのかな」 『そこまでの知恵も回ってないんじゃない? 自分にとって邪魔なら潰す、追い出す。そのくらいで』 相棒、雫の答えにそうだね、と頷きながら手元のメモに今まで得てきた情報を書き止めていた。 十々戸里から北上、狗久津山近辺に向けて魔の森や街道、隠れ里の調査をしてきた寮生達は、今、連合軍の駐屯地にいた。 連合軍の殆どは魔の森から撤退。国に戻るか、各里に支援の為駐留しているが、今回の合戦で得た三つの護大の運搬の為、そして今後の北端とその先の調査の為、拠点は残されているということらしい。 「でも…いろいろ調べることが多すぎて魔の森とかに手が回らないというのが実情のようですね〜」 護大についての研究をしているリリスがそう言って肩を竦めていた 彼女は飛行朋友を持つ寮生達が先行調査をするまでの間、輸送の様子を見せて貰っていたのだという。 「どうでしたか? 何か解りましたか?」 ユイスの問いにリリスは小さく首を横に振る。 「何も。護大については解らない事だらけ、ですからね。ただ…」 「ただ…?」 「他の護大に比べて、特に心臓の活性化が激しいようだ、と聞いています。何かに反応しているのかもしれません」 「何か、ですか?」 「ええ、その何かが何かは、解りませんがね」 もう一度肩を竦めたリリスの元に 「おーい!」 と手を振って譲治が駆け寄ってくる。 「むこうで魅緒達がでっかい土蜘蛛を見つけたのだ。退治するなりよ!」 「解りました。行きましょう。先輩」 「了解です。行きますよ。カーム」 彼らは走り出した。 「琴! ぎりぎりまで近づいて飛んで! 後ろの子蜘蛛、焼き払うで!」 陽向は相棒の駿龍の背を叩きながら、火輪の術を紡いだ。 敵は配下に小蜘蛛を従えた土蜘蛛。今は璃凛と魅緒が前方で引き付けている。 「術の使い方、もっと勉強せえへんとな!」 かつて同輩が工夫したように、術にはいろいろと可能性がある筈なのだ。 「よし! 行くで!」 下の仲間は気付いて動いてくれる筈。陽向はそう確信して土蜘蛛の背後に火輪を放ったのだった。 ぶわりと吐き出された毒霧に璃凛は 「うっ!」 目を閉じた。そのまま繰り出される土蜘蛛のクロー。だが主を庇うように鋼龍 風絶が飛びかかり刃は音を立てて弾かれた。 「大丈夫か?」 璃凛に駆け寄った魅緒は璃凛を見る。幸い、猛毒ではなさそうだ。 「単独先行は危険だ。ユイスが来たら治療して貰うといい」 そう言って彼女の前に立つ。 「うちが!」 そう言いかけた璃凛を魅緒は制する。 「誰しも一人で戦っている訳では無いのだ。時に誰かに任せる事も必要だと思うぞ」 静かに微笑んで魅緒は 「援護を頼むぞ」 氷龍の術と共に駆け出していく。 「カーム! 煌きの刃!」 上空からの仲間の援護と、聞こえて来る仲間達の足音を信じて…。 ●紫陽花の絆 璃凛は寮長の前で主席として大きくお辞儀をした。 「以上の通り…報告します!」 冥越から戻り、寮生達は集めてきた情報を寮長に報告しに来たのだ。 今回彼らが一番力を入れて調査したのは冥越の各里の状況と、復興の為に必要なモノは何かと言う事。 「まずは社会基盤の確立が重要であると考えます。特に、それぞれ孤立していた各里が冥越という国として纏まって行けるように、横のつながりが重要で、その為にはそれぞれが自由に、とまではいかなくても行き来可能になるように街道の整備などが急務となるでしょう。時間はかかるでしょうから、その前段階として連合軍が駐留し、飛空艇を使った物資の輸送。アヤカシの討伐などを行って支援していくことが必要だと思われます」 「魔の森のアヤカシも単体としての危険はありますが、統率する者を失ったので脅威と言えるまでの存在ではなくなったと思います」 「無論、油断はできぬがな。特にまだ魔の森に多く巣食う蜘蛛や蜂系のアヤカシが使う毒などは一般人が喰らえば命に係わる。それらの駆除は急務であるし治療できる治療師の存在も不可欠になるだろう」 「後は早く東房でやったみたいな魔の森の焼却を進める事やと思う。東房の焼き払った魔の森はまだ、片付け終わったわけやなかったけど、でも雑草とかが生えて来てた。大アヤカシがいなくなれば魔の森は、ちゃんと取り戻せるんよ」 それぞれの視点から語られる冥越復興の為の情報や意見を寮長 各務 紫郎は静かに、時に頷きながら聞いた。そして…一通りの報告を仲間が終えたのを待っていたように 「冥越では、たくさんの人達が今も一生懸命生きていました。汚染され生きるには厳しい環境であっても、そこが彼らの故郷なんやと…実感しました。 だから、その故郷を取り戻す為の継続的な援助、支援が必要になると思います!」 はっきりと告げた璃凛の言葉を受け取って 「解りました」 と寮長は答える。 「情報や調査内容に問題はありません。今後の参考資料として各国に提出しましょう。今回も合格とします。助けてくれた助っ人の皆さんにもよくお礼を言っておくように」 「はい!」 寮生達は顔を輝かせて退室する。 その後に残った助っ人達を見ながら 「私からもお礼を言いましょう。ありがとうございました」 紫郎はそう微笑みかけた。 「いえ、情報の西家への持ち帰りも許可して頂いたし、村への支援物資も提供して頂きましたからね」 「…ギルドや各国は先を見て、前に進む事を重視しています。それが悪いとは言いませんが足元を疎かにしてはいけませんからね」 顔を見合わせ、苦笑する三人と一人は、既に部屋から退室した寮生達を『見る』。 余計な口出しはしない。事態を解決することができるのは、結局彼ら自身にしかできないことだからだ。 卒業生達を見て 「これから朱雀祭りや卒業に向けた動きもあります。もし、機会が合うようなら…力を貸してやって下さい」 寮長は静かに頭を下げそう告げていた。 |