【朱雀】七祭りの宵【彼方】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/22 16:01



■オープニング本文

 五行・石鏡には古くから七祭りと呼ばれる行事がある。
 七月の上旬になると、精霊に秋の豊作を祈り、同時に人々の穢れを祓う為に開催される祭りである。
 この季節に現れる蛍は、淡い輝きを放つことから精霊の遣いであるとされ、来訪する精霊の遣いを迎えて祀り、帰って行くのを見送るという風習がある。
 闇夜の中、星のように輝く蛍は幸せを運んでくれるとか――。 
 
 結陣の下町で今年も子供達は七祭りの準備をしていた。
 昨年、行った七祭りが好評であった為、今年もやってみようという話になったそうなのだ。
 町の広場の一角を子供達の絵や飾りで装飾し、そこを中心に祭りをする。
 出店を出し、皆で踊りを踊る。
 石鏡では精霊の化身であるもふらさまに願いごとを書いた短冊を飾って祈ると、願いが成就するという言い伝えもあり、それを真似て大きな笹を飾り願い事もするという。
 町中では蛍はあまり見れないだろうが、笹に色とりどりの短冊や飾り物を吊るし、夜空に輝く星に願いをかける。
 夢や未来を願い、祈る行事はなかなか風流でいいものだと彼方は思った。
「ねえ、今年もおんみょーりょーやかいたくしゃのお兄ちゃんやお姉ちゃん、来てくれるかな?」
 七祭りの準備をしていた子供の一人が、彼方にそんな声をかけてきた。
「皆、忙しいからね。でも、約束はできないけど、良かったら来てっては誘っておくよ」
「うん。お願い」
 その子は嬉しそうに笑うと笹の飾りつけに戻って行った。
 と、その時ふと彼方は気付いた。
 一人の子供が広場の外れで、泣いているのを…。
「どうしたんだい?」
 膝を折り、目線を合わせて彼方は問う。
 その女の子は
「あのね、あのね」
 と泣きじゃくりながら言うのだ。
「おとうさんと、おかあさんのうりばたけにね、アヤカシがきたの。そのアヤカシがね、おにがね。だいじなうりをたべちゃうの」
 詳しく女の子から話を聞き出したところはこうだ。
 結陣外れの外れで農家をしているこの子の親は瓜を栽培していた。
 冬瓜や真桑瓜、最近は西瓜なども栽培していたが今が正に収穫期のその瓜畑に、どこからか流れて来たのか小鬼が現れるのだという。
 瓜を齧り、潰し、好き放題なのだとか。
 数は十匹にも満たないらしいが、一匹赤小鬼もいるというのなら普通の人には手に余る相手だ。
 両親は畑に残り、鬼の目を盗み隠れながらまだ売り物になりそうな瓜を集めている。
 危険だからと子供だけが結陣の親戚に預けられているということだった。
「ねえ、おにいちゃん、どこかにアヤカシやおにをやっつけてくれるかいたくしゃってひとがいるんでしょ?
 おんみょうりょーのひともつよくて、かっこいいんでしょ。みんながいってたの。だから、そのひとたちにおにをやっつけてってたのみたいんだけど、どうしたらいいかわからないの…」
 少女の話を聞き終わった彼方は、その目元をそっと指で拭って微笑んだ。
「僕が連れて行ってあげるよ。だから、泣かないで」

 そして開拓者ギルドに依頼が貼りだされた。
 畑に現れた小鬼退治の仕事だ。
 簡単な仕事ではあるが報酬はほぼ0。
 しかし、成功すれば畑の持ち主が今が旬の瓜をご馳走してくれるかもしれないと小さな依頼人に付き添った陰陽寮生 彼方は言う。
「僕も、陰陽寮の仲間に声をかけてみるつもりです。
 丁度委員会の時期で、皆、集まっているでしょうから。
 あと、下町では今、丁度七祭りの準備をしています。子供達が飾った笹に願い事を書いて飾り、星に祈りをかけるんです。
 依頼が成功したら一緒に祭りを楽しみませんか? 子供達も喜ぶと思います。
 僕も良ければ料理をご馳走しますから」
 報酬は祭りと瓜料理、そして少女の感謝だけしかないが、もしよければ付き合って欲しいと言って彼方は町に戻って行った。
 彼は、多分一人でも行くつもりだろう。

 七祭。
 流星に願いをかけて、未来への希望を祈る宵。
 少女は星に願いをかけて両手を合わせる。
「どうか、おとうさんとおかあさんといっしょにまたくらせますように…」
 と…。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 蒼詠(ia0827) / カジャ・ハイダル(ia9018) / 霧先 時雨(ia9845) / サラターシャ(ib0373) / 朽葉・生(ib2229) / 三郷 幸久(ic1442) / 葛 香里(ic1461) / 篝 桜(ic1629


■リプレイ本文

●祭りの朝と昼
 七祭りの夜。
 満天の星空が人々の祈りを聞き届けたように、頭上に輝く。
 賑やかな祭りの中央には、人々の願いを吊るした短冊が五色に美しく揺れていた。

 時を遡る事、その日の朝。
 五行、陰陽寮 朱雀。
 人気の少ないその図書館で
「静かですね…」
 サラターシャ(ib0373)は書物を抱えながらふと、吐息のように呟いた。
 今日は結陣の町では七祭りが開かれるという。
 七祭りは夜の祭りだから、今は多分準備をしているところだろう。
 きっと賑やかになるのだろうな。
 とサラターシャは思った。
 幸い、今日はいい天気だ。夜には星が美しく輝く事だろう。
 今日は寮内でも委員会活動をしているところは少ないようだ。
 寮長から資料を預かって来る間も人とは殆ど出会わなかった。
 もしかしたら、彼方と一緒に祭りに行っているのかもしれないと気付き、目を閉じる。
 いつもの自分であったら、彼方に頼まれたアヤカシ退治の手伝いに行っていたかもしれない。
 でも…。
 再び開いた眼はここにいない人物を冷たい眼差しで見るかのようだった。
 そして気持ちを切り替えるように首を横に振ると近くのテーブルに座り資料を広げる。
「余計な事を考えている暇はありませんね。やるべきことはたくさんありますから。
 まずは古い資料の確認と、新しい資料の相違点を見つけて…」
 サラターシャが寮長の元から預かってきた資料は、五行国に届けられた最新の合戦資料の写しだ。
 自分達が調査したものも含めて、今回の合戦では多く情報が届けられている。
「合戦を通じて新たに得られた情報も多くありますね。
 特にアヤカシ関連については分類と整理、資料の追加と修正作業が必要です」
 サラターシャは腕を捲った。
「資料というのは集めただけではなんの意味も無ありません。
 正しく整理して、必要な時に使えるようにしてこそ初めて有益な資料となるのですよね」
 図書委員の先輩や、寮長に教わった事を思い出しながらサラターシャは、今は自分のやるべき事に集中すると決めて、机と資料に向かい合うのだった。


「ほお、賑やかなもんだな? なあ、ちび? 楽しいか?」
 人の波、と言う程ではないがそこそこ人の集まる道を歩きながらカジャ・ハイダル(ia9018)は頭上の娘に声をかけた。
 人ごみに向けて指をさしながら
「あーあー」
 と意味の無い言葉を発する娘。かなりテンションは上がっているようだ。
 肩の上で楽しそうに身体を揺らしている。
「おっことさないでよ。カジャ」
 別に心配している訳でも無いが霧先 時雨(ia9845)は母親としてそんな声をかける。
「解ってる、って落っことしたりなんかしないさ」
 カジャはからりと笑って、頭にしがみ付く娘を肩から降ろし、だっこに持ち直した。
 そんなカジャに微笑みながら時雨は、少し崩れた浴衣をそっと直してやった。
 自分と揃いの浴衣が可愛らしいと思うのは親バカではないだろう。
 一歳二か月になった娘の空(くう)は最近やっと立って、歩きはじめたところだ。
 大切な二人の宝でもある。
 出産直後のドタバタもようやくひと段落。こうして祭りにも出て来れるようになった。
 とはいえ、これほどの人ごみに出てくるのは始めてだ。
 気を付けてやらないといけないと思う。
「お、屋台も色々出てるな。時雨。少し、空に食べさせても大丈夫か?」
「まだ離乳食を始めたところだから焼き鳥とか、固い所は止めてよ。綿あめとか焼き菓子の柔らかめのところならいいわ」
「了解っと。お、人形焼きがある。おっちゃん、三個頼むわ」
「あいよ!」
 屋台の一つに目を止め、購入したカジャは焼き立て、アツアツの人形焼きを
「時雨」
「なあに…って、むぐむぐ…」
 妻の口に押し込んだ。
 熱さと甘さに目を白黒させる時雨をハハハと笑って見つめ、カジャは悪戯っぽく片目を閉じた。
「時雨も成長するかもしれないしな、胸が」
「! もう!」
 人形焼きを呑み込んだ時雨は小さく頬を膨らませて見せた。
 そして目の前の夫と娘を見つめる。
 さっき、自分が話した事は覚えてくれているようで空には小さく切って、冷ましてから人形焼きを与えてくれている。
 肩を軽く竦めると…
「カジャ。向こうに広場があって人が集まってるわ。人ごみでモノを食べるのは危ないし、子供もたくさん集まっているから行ってみない?」
「そうだな。あっちにも屋台がたくさんありそうだ」
 頷く夫と手を繋いで歩きはじめた。

●叶えられた願い
 広場の中央には大きな笹飾りがあった。
「おおっ! こいつは凄いな」
 カジャも口笛を吹く様に声を上げた。
 見上げる様な大きな笹には長く繋がれた折り紙の輪飾りが回しかけられている。
 同じものが広場全体を囲う様に貼り巡らされている様もなかなか壮観である。
 竹には他にも星を象った切り紙や提灯、もふらの飾りや折り紙などの他に綺麗な短冊が何枚も飾られていた。
「これは…なに?」
 時雨が短冊の一枚に手を触れると
「ようこそ。五行の七祭りへ。開拓者の方でいらっしゃいますか?」
 子供の一人がそんな声をかけてきた。
「そうよ」
「おいで下さいましてありがとうございます。私は手伝いに来ている桃音と言います」
 少女はそう言うと可愛らしい耳飾りを揺らしながら、一生懸命に覚えたらしい口上を語る。
「精霊に秋の豊作を祈り、同時に人々の穢れを祓う為に開催される祭りが七祭りです。
 空に輝く星を見上げながら、精霊の使いと呼ばれる蛍を探し、常緑の笹に願い事を書いた短冊を吊るし、祈ると星と精霊が願いを聞き届けてくれると言われています。
 よろしければ皆さんも、短冊に願い事をしたためて笹に吊るして下さいませ。
 星と精霊様が願いを叶えてくれるかもしれませんよ」
 はい、と差し出された短冊をカジャと時雨は見つめた。
 露草色と柿色の短冊を一枚ずつ。
「はい、おじょうさんにも」
 空にも差し出された撫子色の短冊を
「ありがとう」
 と時雨は笑顔で受け取った。
「あら? カジャ? 空? どこに行ったの?」
 ふと気が付いて周囲を時雨は見回した。
「おにいーさん、かいたくしゃさま? いっしょにあそんで?」
「それより、おはなしがいい。何かおはなしして!」
「いいぞ! …それじゃあ、まずはお話にしようか。俺が鮫を倒した時の話をしてやろう。あれは…俺が成人の儀の時だ…」
「鮫? ホントに倒したの?」
「ホントだ。証拠の歯は時雨が持ってる。…あれは俺が」
 気が付けば鈴なりの子供達と車座に座って、空を膝の上に乗せて話をしている。
 目をキラキラさせる子供達に囲まれて、カジャもまるで子供のような目をしている。
「まったくもう、しょうがないんだから」
「すみません!」
 お辞儀をする少女に大丈夫、と笑って、あれでは少し時間がかかるだろう、と時雨は笹をもう一度見た。
 そして、ふと気が付く。
 カジャを取り巻く子供達の輪から外れ、一人真剣な顔で笹に短冊を吊るしている女の子がいることに。
「どうしたの?」
 今にも泣き出しそうな顔でその女の子は何枚もの短冊を吊るしていた。
 それには
「おとうさんとおかあさんがかえってきますように」
「アヤカシがはたけからいなくなりますように」
「おにいちゃんたちがぶじにもどってきますように」
 と祈りの籠った文字でつづられている。
「何か、事情があるのね。良かったらいらっしゃい」
 目線を女の子に合わせ、時雨は語りかけた。そして側に座り、とんとんと膝を叩く。
 女の子は少し迷ったような顔をしながらも、時雨の膝に腰を下ろし、その胸に頭を埋めた。
 事情を語るでもない、ただ、甘えるだけの女の子を時雨はそっと抱き留めた。
 それから、どのくらい経っただろうか。
「ただいま!」
 明るい声と数名が入って来たざわめきが広場に届く。
 入って来たのは少年と数名の開拓者達。
 その声に女の子はパッと跳ね起きた。
「おにいちゃん達?! おねえちゃん達も…」
 そして…
「菜々…」
「おとうさん! おかあさん!!」
 彼らと一緒にやってきた両親の胸に、躊躇いなく飛び込んで行ったのだった。

 彼等がギルドに貼り出されてあった依頼を見て結陣にやってきたのは、七祭りに先立つこと一日前。
 昨日の事であった。
「力不足ではございますが小鬼退治のお手伝いをしたく存じます。
 お力をお借りできませんか?」
 そう葛 香里(ic1461)に誘われて三郷 幸久(ic1442)は「断る訳など無いさ」
 気合いを入れてやってきていた。
 集合場所に着くとそこには
「ご迷惑をおかけしてすみません。皆さん…」
 先に着いていたであろう開拓者と話す依頼人の少年、彼方がいる。
 側には彼方の服にしがみ付く様に立つ女の子もいて彼方があやすように頭を撫でていた。
「友人からの頼みを断る理由はありません…、と誰かおいでになったようですよ」
 彼方は話していた友人から声をかけられて顔を上げる。
 こちらに気付いたのだろう彼は
「あっ」
 声を上げ
「お久しぶりです。幸久さん。その節はお世話になりました」
 と頭を下げた。
「お久しぶり。彼方さん。元気そうで何よりだ」
 幸久は以前、山で遭難した彼方を助ける依頼に参加したことがある。
 彼もどうやら覚えていたようだ。
「今回は依頼を見つけた彼女に誘われてね」
 そう言って同行してきた香里を彼方に紹介する。
「葛 香里と申します。彼方様の事は幸久様から伺っております。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。あ、こちらは陰陽寮の仲間の芦屋 璃凛(ia0303)さんと蒼詠(ia0827)くん。それに同じように依頼を受けて下さった朽葉・生(ib2229)さんです」
 彼方に紹介されて璃凛はぺっこりと頭を下げた。
「朽葉生と申します。私の方こそよろしくお願いします。…これでお揃いなら急ぎませんか?
 彼方さん。ご両親はきっと一刻も早い救助を必要としておられるでしょう」
 優しくも強い生の言葉にええ、と彼方は頷く。
「そうですね。では、出発しましょう。…待ってて。御両親は必ず助け出して来るから」
 膝を折りそう話す彼方に少女はまだ不安そうであるが
「お嬢ちゃん大丈夫だから待っててくれな?」
 大きな手で頭をくしゃりと撫でる幸久に安心したのだろうか。
 ソッと彼方の服から手を放す。
「おとうさんと、おかあさんを、おねがいします」
 懸命に頭を下げ、手を振る女の子に見送られながら
「せっかくのお祭りに子供を泣かせたままにするわけにはいけませんね」
「お嬢さんの心からの願いが叶います様…」
 彼らは依頼への決意を新たにしていた。

 開拓者達が畑に辿り着いたのは目的の畑が夕闇に染まりかける頃であった。
 依頼を受けて即座にやってきた事と、話に聞く小鬼の襲撃が夜に集中している事からの選択である。
「…菜々が、そんな心配を…。ご迷惑をおかけしてすみません」
 彼らを出迎えてくれた女の子の母親は申し訳なさそうに頭を下げるが、開拓者達は全員が首を横に振って微笑んでいる。
「そんな事は気にしないで下さい。それで…ご主人は?」
 彼方の問いに母親ははいと頷きつつ、窓を開け、奥まった畑を指差した。
「あそこで、瓜を集めています。夜になると小鬼が暴れて畑がダメになるのでとにかくできるだけ…と」
「いつもならそろそろ来るのですね」
「はい」
 母親の傷をレ・リカルで治療した生の問いに頷く母親の話を聞いて彼方は仲間達を見る。
「到着早々ですが、お父さんを助けに行きたいと思います。よろしいでしょうか?」
 無論、反対する者などいない。
 全員が即座に準備を整え、畑へと向かった。
 思った以上に広い畑が幾反も広がる畑で、開拓者達は耳を澄ませた。
 その時、ハッと生が目を見開き彼方と仲間を見た。
「向こうから何者かが近づいてきます。数は複数、おそらくは小鬼でしょう」
「拙いな。まだ父親って人を見つけてない…。彼方さん、どうする?」
「…まずは畑から小鬼を引き離しましょう。そしてなるべく畑に被害が出ない所で殲滅を…いいでしょうか?」
 頷く仲間達を確認して幸久は細く光を絞っていたカンテラの明かりを最大にすると、大きく振り回した。
「助けに来た! 俺達は開拓者だ!」
 まずはそう大きく声をかける。
「先にアヤカシを倒す。迎えに行くから、じっとしててくれ。危険が迫ったら声を上げるんだ!」
 小鬼には意味が通じなくても、親にはきっと聞こえただろう。
 逆にアヤカシ達は声に反応して近付いてくる。
 今は、開拓者の近く=戦場にいない方が安全だと幸久は判断したのだった。
 そして、闇を見つめる。
「彼方さん、向こうからこちらに近付いて来る。話に聞いた通り、小鬼の小さな群れだな」
「小鬼ならこの人数がいれば十分殲滅出来る筈です。今後の憂いを無くすために、一匹も残さないように連携してお願いします。
 …璃凛。僕と一緒に前衛を。ぐずぐず迷っている暇なんてないんだからね」
「…解った」
「僕らが踏み込みますので援護を、お願いできますか?」
「では、私も共に参りましょう。幸久さま。…背中をお預けしてもいいでしょうか?」
 香里の言葉に小さく笑って幸久は頷いた。
「ああ、任せてくれ」
「では、行きます!!」
 そして彼らは、アヤカシの群れに飛び込んでいった。

 彼方の言う通り、戦いは終始、開拓者ペースで進んだ。
「幸久さま!」
 香里が薙刀で寄せ付けず、弾き飛ばした敵を幸久が攻撃を重ね止めを刺す。
 絶妙のコンビネーションである。
 体育委員会で鍛えた璃凛が巴を駆使しながら敵を倒して行けば、彼方も雷獣で敵の動きを鈍らせる。
「雑魚は僕らが引き留めます。皆さんはボスを!」
 前で戦う仲間の背中を、そして香里の背中を見つめながら幸久は小さく笑う。
(君を背に守る事は出来ないけれど…)
 そして弓弦を強く引いた。
 敵の奥、小鬼のおそらく長、赤小鬼の足を縫いとめる様に。
 動きを止めて暴れる赤小鬼をさらに生のホーリーアローが射抜いた。
『ギギャアア!』
 悲鳴を暴れてのたうつ赤小鬼の首を、踏み込んだ香里の薙刀が切り飛ばした。
 ポーンと音を立てて飛んだ鬼の首に流石の小鬼達も危険を察知したのだろう。
 慌てて逃げ出そうとする。
 しかし
「逃がさへんで」
 璃凛は結界術符「黒」を鬼の背後へ繰り出し退路を塞ぐ。
「申し訳ありませんが、逃がすわけにはいきませんので」
 蒼詠の言葉が聞こえたかどうかは解らない。
 けれど、数分の後、畑にやってきた小鬼は全て姿を消した。
「本当に…ありがとうございました」
 闇の中から姿を現した女の子の父親と交換するかのように…。

●祭りの宵
「へえ、そういう事情があったのか。あんた達も大変だったな」
 やってきた開拓者達にカジャはそう言って笑いかける。
 ちなみにカジャの手には娘を含めて、数人の子供達が鈴なっている。
「まあ、それほど強敵ではなかったのが幸いしたのだけれどね…」
 幸久も取り巻く子供達の頭を撫でながら、母親に甘える女の子の幸せそうな顔と、広場の奥。
 屋台の厨房を借りて料理をする香里と、目を細めるようにして見た。
「まあ、良かったよ。約束が守れて」
「本当に皆さんにはお世話になりました。感謝してもしきれません」
 話す二人の所に少年がやってきた。
「お疲れ様です。すっかり懐かれたようですね。下町の子達にとっては開拓者は憧れの存在なんですよ。
 会えて遊んで貰って嬉しいと思います。
 もし、お時間が許すなら遊んでやって下さい」
「やあ、彼方君、お疲れ様。どうだい? 料理の具合は?」
 幸久が彼方と呼んだ少年は湯呑のたくさん入った盆を前に笑顔で
「あと少しです。完成したら、皆さんにも振舞いますから」
 そう答えた。
「今日は暑いですし、それまでこれでもどうぞ。みなさんも」
 差し出された湯呑には薄紅色の液体が入っている。
「これは、さっきの?」
 湯呑を受け取りながら幸久は彼方に問う。
「はい。あの西瓜の果汁です。あの人達がぜひ、と…」
「そうか。ありがとう」
 小さく微笑しながら幸久は礼を言った。
「おお! これけっこう美味いな。ほら、ちびも美味いと言ってるぞ」
「本当。さっぱりしていていいわね。丁度喉が渇いていたし…」
 カジャ夫婦も嬉しそうに
 瓜畑は何日にも渡るアヤカシの襲撃で壊滅的な被害を受けてはいたが、畑に残って収穫していた両親の努力でいくらか無事な瓜も残っていたのだ。
 最初、親達はその無事な瓜を全て持って行ってくれ。と言って聞かなかった。
 だが
「割れた冬瓜は煮物や漬物。
 西瓜は果汁にすれば少しは無駄にならないかと…。
 どうせ調理する時には切ったり砕いたりしますので…」
 そう提案した香里の言葉に生と彼方も頷いて、半日家の台所を利用しての大調理大会になったのだ。
「お待たせいたしました。料理ができました。
 この瓜料理は全て無料ですので、皆さんご自由に召し上がって下さいね」
 香里が祭りの厨房から料理を運んでくる。
「瓜の雷干し。即席ですが、乾いたものと、戻して柔らかくしたものと二種類用意しています。こちらは瓜と鶏肉の雑炊、向こうはひき肉と冬瓜の煮物です。その大なべは冬瓜のスープですからご自由に椀によそって食べて下さいね」
 いい香りに引き寄せられるように、人々は次々に集まってきて料理に手を伸ばし、椀を持つ。
「うわあっ! 美味しい」
「暑い時に熱いスープ、なんて思ってたけど汗が引っ込むみたい」
「冬瓜、トロトロ、ふわふわ♪」
「へえ、雷干しって本当に雷さまみたいね」
「デザートは西瓜です。こっちが五行で採れた西瓜、こっちは生さんから頂いた陰殻西瓜です。食べ比べてみて下さいね」
 桃音が運んだ西瓜にもあっという間に人が集まってきた。大好評である。
「彼方さまも、生さまもお料理が上手でいらっしゃいますね。今度、改めて教えて頂こうかと…」
 広場いっぱいに広がる幸せの笑顔達を前に嬉しそうに微笑む香里にああ、と幸久は頷いた。そして、香里と並んで差し出された雑炊を啜る。
「…本当に美味いな」
 ほぼタダ働きと言われていたけれど、この笑顔と味を守れたのであれば、タダ働きであったとは思わない。
「ええ、美味しいですね」
 幸久は香里と並んで笑いあう。
 気が付けば、もう夕暮れも過ぎ、空は紫紺に染まっている。
 空には降る様な星空が広がり、目の前には人々の笑顔。
 …それは、とても幸せな時間であった。

 祭りも終盤に近付き、来客達の願い事が書かれた短冊も、色とりどり、数も増えて美しく揺れている。
「…んと、こんなものかしら。カジャ。そっちの方はどう?」
「こっちも書きあがった。後はこれを笹に吊るせばいいんだよな? ってって何してるんだ? 時雨」
「ええ。そうすると精霊の化身が願い事をかなえてくれるんですって」
 子供達に囲まれていたカジャ達も彼らが食事に向かい、また親元に戻り始めたのを機に祭り見物に戻った。
 短冊に願い事を書き、笹に吊るすのだ。
「なに、って…空もやりたいだろうと思って。はい、…ほら、ぺったん〜」
 短冊の一枚を取り出して、時雨は空の前に差し出した。小さな手の平に墨をつけてぺたんと押すと紅葉のような手形が咲く。
「うん、じょうず、じょうず…って、空!」
 手を拭こうとした時雨の頬に空はぺたんと手をつけた。ついでに覗き込んだカジャの顔にも。
「うわっ…っ、ったく…時雨。顔が真っ黒だぜ」
「カジャの方こそ…」
 くくくくく、と押さえていた声はやがて、ハハハハハと大きな笑い声になる。
「大丈夫ですか?」
 濡れ手ぬぐいを差し出してくれた子に礼をいい、互いに顔を拭きあうとカジャは時雨の手を引いた。
「おっと、音楽だ。一緒に踊るか?」
「えっ?」
「いつかの聖夜みたいにな、気に入ってたろ? まあ、ここの踊りはあそこでの踊りとは違うけどな。手を繋いで、一緒に踊るとしよう」
「キャッ!」
 空を肩車し妻の手を引き、カジャは祭りの輪の中に入る。
 横の人に踊りを教えて貰いながら踊る。
(改めてカジャと踊ると…なんだかドキドキするわね。
 …今はちびも一緒だけれど、ジルベリアでの正式なダンスとは違い過ぎるけど…でもこの感覚はきっと変わらないと思う)
 ジルベリアの「くりすます」とは違う「祭り」の一時を二人と一人は一緒に、存分に楽しむのだった。

「仲のいいお二人ですね」
「本当に、な。羨ましいくらいだ」
 一仕事終えた香里は幸久と一緒に祭りを歩いていた。
 屋台を見たり、料理を買って見たり。
 楽しげなカジャと時雨夫婦や、輪になって踊る人々を見ながらゆっくりと二人は歩いて回った。
 そして、広場の中央。
 たくさんの短冊を吊るした笹を、二人一緒に見上げていた。
「この笹に願い事を書くと、聞いてくれるそうだよ」
 そう呟いて幸久は香里を見つめる。
「今まで君が欲しくて押してばかりだったが…願いは、あるかい?」
「幸久さま…」
 香里はその熱い眼差しを受けながら、小さく、静かに首を横に振った。
「私は望むよりも先に頂いてばかりで…
 今は少しでもお返しする事が望みです」
「なら、俺の願いは一つだ。君の傍に居て手を繋いでいたい。
 君の笑顔が見ていたい…。あ、二つだな。少し、よくばりか…」
 頭を掻く幸久の手に香里は自分の手を重ねて、微笑む。
「では、二人で分け合いましょう。いつも一緒に側にいて手を繋ぐこと。
 笑顔を互いに見続けること…その願いも一緒に」
 二人は願い事を文字にせず、空に捧げる。
「星のさやかな輝きは 人々の祈りを汲んでいるのかも知れませんね。皆さんの願いが、叶いますように…」
 と。

 踊りも終わり、人々は三々五々、広場に戻り始めた。
 間もなく花火も上がる筈だからだ。
「もう! 姫だっこなんて恥ずかしいじゃないの」
「その照れるのが可愛いんだよ…っと、始まるぞ」
 花火の第一玉が上がると言う時…。
「桃音、璃凛を蒼詠の所に連れて行ってくれる?」
「へ? なんで?」
 彼方は桃音にそっと囁いた。
「いいから。頼むよ」
「うん、いいけど…」
 短冊を書きかけていた璃凛が
「な、なんや? 桃音。うちは…」
 強引に手を引っ張られて表から消えたのを見計らう様に
「こんばんは。遅くなって申し訳ありません」
 静かな声が彼方を呼んだ。
「いらっしゃい。サラターシャさん。資料の方は纏まりましたか?」
 笑顔で返す彼方にはいと頷いてサラターシャは小さくお辞儀し、包みを差し出した。
「お手伝いできず、申し訳ありませんでした。これは差し入れです。クッキー。後で皆さんでどうぞ」
「ありがとうございます。もうじき、最後の花火も上がります。
 せっかくですからサラさんも願い事を書いて、一緒に花火を見ましょう」
 彼方が差し出した藤色の短冊を
「はい。ぜひ」
 と受け取ってサラターシャは願いをしたため笹へと吊るした。
『家族安泰』
 や
『家族団欒』
『人と仲良くなれますように』
 との願い事と一緒に並んだ短冊には

『彼の夢
 誰もが共に生きられる世界』

 と記してある。
「やっほー! サラも来てたの〜。一緒に遊ぼう! 花火見よう!」
 向こうからこっちに向かって走ってくる桃音がいる。
「彼方さん。私はここに来る前に透さんに、お伝えして来たんです。
 子供達は一生懸命に人と共に生きようとしています、と…」
「…そうですか」
「? サラ?」
 彼方と桃音に微笑んだサラターシャは彼方の隣に立ち、桃音と一緒に手をつないで、満天の星空と、夜空に浮かぶ花火を静かに見つめるのだった。

 ドーン! ドンドン!!
 遠くから響く音に璃凛は意識を覚醒させ、ハッと飛び起きた。
「あれ? うちは…!!」
「まだ急に起きない方がいいですよ。また脳貧血になりますよ」
 静かに、諌めるような声に横を向く。
 そこには空を見上げる蒼詠がいた。
 その声に思い出す。桃音に手を引かれてここに連れてこられた直後、眩暈で意識を失ったことを。
「水も飲まずにかけずり回っていたら、それは具合も悪くなるでしょう」
「…でも…うちは…、サラに…みんなに…」
 掛布を握り締めて肩を震わせる璃凛に、蒼詠は答えなかった。
「ほんまにすんません…サラ…、みんな…」
 うわ言をサラターシャや皆に伝えるつもりもない。
「今は、何も考えず、祭りを楽しみませんか? ほら、星と花火が綺麗ですよ」
 ただ、それだけを告げて空を見る。
 璃凛が何を七祭りの空に思ったかは、解らない。
 ただ、星と花火が煌めく七祭りの宵は、間違いなく美しいものであった。

●星に祈る
「無事にお祭りが終わって良かったですね。
 ご家族が一緒に祭りを楽しめました事も…」
 生の言葉にはい、と頷いて瓜農家の一家は
「改めまして、今回は本当にありがとうございました」
 と深く頭を下げる。
「皆様には、小鬼を退治して頂いたばかりか、我々の傷の治療や家の修理、さらには使い物にならないと思っていた瓜の始末まで手伝って頂き、なんとお礼を申し上げたらいいか、解りません」
「…ほんとうに、ありがとうございました」
 女の子と家族の真摯な礼に、開拓者達は微笑みで返す。
 形に残る報酬は何もないけれど、
「皆様の上に、星と精霊の祝福がありますように…」
 この笑顔と祈りはある意味、何よりの報酬であると思いながら。

 かくして祭りの夜はお開きを迎える。
 広場には願いを捧げた笹が、星灯りを受けて…静かに、いつまでも揺れていた。