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■オープニング本文 「あのね〜! 今度、出張結婚式をすることになったの〜♪」 明るい声と顔でギルドにやってきてそう告げたのは神楽の都にある貸衣装屋、その名も『孤栖符礼屋 西門』の看板娘である美波だった。ギルドの係員とは割と顔なじみである。 美波は以前から行動力のある娘で貸衣装を使った商いをあちらこちらで行っていた。 はろうぃんの祭りであったり、仮装パーティであったり。 昨年は確か、南部辺境伯の要請を受けてメーメルでも結婚式イベントをやったのではなかったろうか? 今回もその延長だろうと思い当たって 「今度はどこでやるんだ?」 軽く問うた。美波は我が意を得たりとばかりに微笑んで答える。 「五行国、朱雀寮で!」 「何!!」 係員も流石に驚いた。 朱雀寮と言えば陰陽師国五行の誇る最高学府の一つだ。結婚式とは程遠い場所である。 まあ、朱雀寮はその中でも割と開かれている方で、一般人を招いての祭りなどを良くやってはいるのだが。 「あ、勿論、本格的な結婚式ではなくて人前式の、お祭りみたいなものなんだけどね」 係員の疑問が顔に書いてあったのだろう。美波は説明をしてくれた。 「朱雀寮の先生の一人が今度結婚することになったんだって。 それでお兄さんが…あ、その人辺境の名士らしいんだけど、結婚式は弟が世話になった結陣で、世話になった人を招いてやりたい、って言って朱雀寮を借りたいって頼んだんだって。 でも、寮長は個人の為に学府を貸し出せないって言って、でもその先生はけっこう人気があるらしくて話を聞いた寮の職員さんや結陣の知り合いさんなんかが働きかけて、結局、朱雀寮を一般の人に知ってもらう朱雀祭りの事前行事のような形で行うって形で認められることになったんだって。 朱雀寮を一般開放してその日は出入り自由。ごちそう食べ放題。全部お兄さん持ち。 結婚式衣装や仮装衣装も貸し出して、その日は皆で楽しく騒ごうって話らしいの。 あ、あとね。希望者がいれば一緒に結婚式を挙げてもいいって。 どう? 美味しい話でしょ?」 「…まあ、確かに美味しい話、ではあるな」 「だから、このチラシ、貼っておいて下さ〜い! よろしく!」 そう言って美波は帰って行った。 ちなみにこの話には、裏というかこんなエピソードがある。 花婿になる筈の男とその兄は大げんかの真っ最中であった。 「嫌だ! 俺は結婚式なんて絶対に挙げない!」 「お前は良くても嫁さんの事を考えろ!」 志体持ち兄弟のケンカに誰も口出しできずオロオロするしかできなかったのだが。 「結婚式なんて恥ずかしい事、誰がするもんか!」 「嫁さんは花嫁衣裳くらいは着たいと思ってるぞ。きっと」 「ぐっ…」 「花嫁衣装を着たあの子はさぞかしキレイだろうな」 「うっ…」 「お前は見たくないのか? ならやらなくても別にかまわないが…」 「あうっ…」 結局のところ兄の方が今の所、上手なのである。 弟は悔しげに手を握りしめる。 「どうだ? 結婚式をやるか?」 「…俺は神なんか信じない。だから神様に誓うなんかできないししたくないんだ…」 「だったら、人間に誓えばいい」 「え?」 「無神教のジルベリアには人前式っていうのがあるらしい。 世話になった人達の前で、互いの愛と思いを誓い合うんだ。それでいいだろう?」 「でも……」 「それとも何か? お前の嫁さんへの愛は皆の前で誓えないくらいの軽いものなのか?」 「違う!」 「だったら、いい加減に腹をくくれ。男だろうが!」 自分に決心を与えてくれた人と同じ言葉を前に、彼は覚悟を決めたのかもしれない。 暴れるのを止め、強く拳を握りしめ佇む弟を見て兄は静かに微笑んでいた。 そして朱雀寮長 各務 紫郎は呆れたように肩を竦める。 「朱雀寮は結婚式場ではありませんよ。私も神主ではありません」 肩を竦める友に弟の為に一応頭を下げて頼みに来た花婿の兄は小さく笑う。 「まあ、そう固いことを言うなって。それにここ以上の場所は無いんだ。 あいつらが出会い、学び、共に育った場所。それに奴の思いが残る場所でもある。 互いの愛と決意を人の前で誓うなら、ここ以外の場はな」 「まあ、許可も下りましたしもう、私からとやかく言う事ではありませんからね。それに彼らを祝福してあげたい気持ちは私にもある…」 「感謝する」 「しかし、ずいぶん大盤振る舞いですね。彼らの結婚式だけではなく合同の結婚式にすると?」 「ああ、愛し合う恋人同士は祝福してやりたいじゃないか。 結婚式っていうのはけじめでありきっかけだ。その手助けを…俺はしてやりたくてな」 「まったく、不器用な人ですね。いい加減貴方も良い人を見つけなさい」 「そのセリフ、すっかりお前に返すぜ」 無論、こんな話は知らなくても問題ない。 ただ朱雀寮で、愛し合う恋人同士の為の結婚式が行われる事。 神ではなく大切な人の前で愛を誓い合う恋人達の為の宴が行われる事だけを知っていて貰えればいい。 6月最後の青い空は彼らを祝福するように美しく輝いている。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 蒼詠(ia0827) / 平野 拾(ia3527) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / ヘスティア・V・D(ib0161) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / ニクス・ソル(ib0444) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / 丈 平次郎(ib5866) / めろんV(ic1619) / ハバート(ic1620) / 蒼翼(ic1621) |
■リプレイ本文 ●六月の花嫁 六月に結婚した花嫁は幸せになれる。 それは古い古い言い伝え。 今はもうその理由もゆかりも解らない程、昔からの伝説である。 そして、それほどに昔から祈られてきたのだろう。 花嫁と花婿。 結婚という晴れの日を迎える二人の幸せは…。 六月最後のある日。 「ええっ? 結婚式って、明日ちゃうん? 今日なん!?」 いつものように朱雀寮に登校してきた雅楽川 陽向(ib3352)は驚いたように飛び跳ねた。 もし効果音があるとしたら 「ガーン!!」 とか 「どっひゃあー!」 という音が聞こえるくらいに。 「そうだよ。今日が結婚式。あ、あいさつ忘れてた。陽向ちゃん。久しぶり。元気だった?」 両手いっぱいに花を抱えた俳沢折々(ia0401)は廊下ですれ違った陽向にそう言ってにっこりと笑いかけた。 「お久しぶりです。先輩。お元気そうでなによりで…、ってあかん! そんな事言うとる場合やない!」 回れ右をした陽向は 「すみません。ちょっと用事を思い出しました。式が始まるまでにはもどりますよって!」 折々にお辞儀をすると足早に廊下を歩いて去って行く。 「? どうしたんだろ?」 頭に疑問符を浮かべた折々であったが 「ま、いっか。講堂にもお花飾らないと。もうすぐ式が始まっちゃうもんね」 とりあえず考えるのを放棄して、やるべきことをする為に講堂に向かうのだった。 今日は朱雀寮の授業はお休み。 朝から寮全体が普段とは違うざわめきに包まれていた。 その中で特に賑やかな食堂では寮生や職員達が準備に余念がない。 「…これで机の配置は大丈夫かな?」 「季節のお花を中心に彩り鮮やかにしたいよね。 あじさいの青もさわやかで良いし、金糸梅の黄色も華やかで素敵なんだよね。花嫁は青いものを持っていると幸せになるって言うし、この卓にも青い紫陽花を飾ってみようか」 「えーっと、陰陽寮の人? このケーキはどこに置いたらい〜い?」 フラウ・ノート(ib0009)は持参し、箱から取り出したケーキを持って机やイスの確認をしている瀬崎 静乃(ia4468)に声をかける。 花を飾っていた折々と顔を合わせた静乃は頷き 「…ちょっと、待って。…彼方君、呼んでくる」 厨房に声をかけた。 中からエプロン姿の少年がお玉を持ったままひょいと顔を出す。 披露宴の責任者だと紹介された彼と 「その真ん中のテーブル使って下さい。そこは果物やデザートの卓にしますから。折々さん〜。花の方お願いできますか?」 「勿論。これとこれ、自由に飾ってね」 「ありがとー」 お玉に指示されたテーブルにフラウはケーキを置くと周囲を花で飾る。 「ふう〜」 そして小さな息を吐き出した。 「えーと、食堂ってここよね。あら、フーちゃん。ケーキ?」 柔らかい声に振り向いたフラウは 「あ、ユリアん♪ うん。けっこう自信作」 食堂に入ってきたユリア・ヴァル(ia9996)に小さく手を振り胸を張って見せる。 「フォーチュンクッキーって言ってね。おみくじみたいなクッキーがあるんだって。これはそのケーキバージョン。 中にね、ちょっと仕掛けがしてあるの」 「へえ〜」 綺麗にデコレーションされたケーキをユリアは感心したように見つめる。 「味見してもいい?」 「ダメ」 「勿論冗談よ」 「味見用があるから、こっちをどうぞ」 「ありがと。フーちゃんもお料理上手ね。美味しいわ♪」 そんな軽い会話を楽しみながら、二人は顔を見合わせ、そして微笑んだ。 「紫ちゃんと朔君もとうとう結婚ね〜」 「うん。やっと、って感じよね〜」 「そうそう。あの二人のことだから、おじいちゃん、おばあちゃんになるまで結婚しないんじゃないかって心配してたのよ?」 「そうね〜」 「合同の結婚式、なんだってきいたわ。…この間予行練習の式はしたって聞いたけど朔んの上司の肝入りでもあったとか。 確かにそういうきっかけでもないとあの二人、なかなか決心付けられなかったかもしれないわよね〜。本当に良かったわ」 明るく優しい会話は大事な幼馴染同士の結婚を心から祝っている。 そんな中 「…あの、あの…食堂と言うのは、こちらでよろしいのでしょうか?」 控えめで静かな呼び声に二人は振り向いた。 「ええ、そうよ。あ、貴方達も式までここで待っている様に言われたくち?」 ユリアが貴方達と、呼んだ二人、声をかけてきた少女と、彼女を守る様に背後に立つ長身の男性に笑いかけた。 「ああ、そうだ。丈 平次郎(ib5866)。こちらは娘の拾(ia3527)と申す。どうぞお見知りおきを」 礼儀正しくお辞儀をした平次郎の前で拾もぺこりとお辞儀をすると 「はい、あのじょーじに『お世話になった方の結婚式があるから見においで』と誘われたのです。式が始まるまではみんな忙しいからここで待ち合わせって…」 「じょーじ?」 朱雀寮生でない二人が小首をかしげると、ドタドタドタと廊下を走る声が聞こえてくる。 「拾! 平次郎! 来たなりか?!」 ガラッと扉を開けたのは平野 譲治(ia5226)。 「…こら、廊下は走らない!」 メッと言う様に頬を膨らませる折々にてへへと笑って見せて 「ん! 来てくれてありがとなりねっ!」 と、譲治は自分が招いた二人に向かい合った。 「今、講堂の準備も終わったから、きっともうじき始まるなりよ。着替えと準備が終ったら式場へどうぞ。なのだ!」 「はい。楽しみです♪」 無垢な笑みを浮かべる拾をどこか苦笑いの表情で見つめながら平次郎は譲治に問う。 「何でも、人前式の結婚式なんだとか?」 「そうなのだ! なんでもさぶろー…今日、結婚式を挙げる花婿の一人が神には誓えないって事でこうなったみたいなのだっ! 拾。おいら達の時はどしよなりかねっ♪」 「えーっと、…どうしましょうかっ?」 「…ふーん」「へー」「あらあら」 照れたように頬を赤らめる拾とそれを今度は本当の苦笑いで見つめる平次郎にその場に居合わせた者達は思わず笑み零す。 「でも、ま、今日はおめでたい日だからね。祝福してくれる人が多いのはいいことだと思う。おめでたいことはいつやっても問題なーし! ってことで今日はパーッといこうね」 その時、軽いノックの音がして扉がまた開いた。 「皆様、そろそろ始まるようです。用意を整えて講堂へどうぞということです」 「ユリア、ここにいたのか探したぞ」 イリス(ib0247)の後ろからひょっこりと顔を出したニクス(ib0444)の呼び声にユリアはぷうと頬を膨らませて見せる。 「それはこっちのセリフよ。逸れたら披露宴会場になる食堂で待ち合わせって言っておいたのに」 「そうだったか?」 頭を掻いたニクスは 「では、行くとしようか。お手をどうぞ」 騎士の礼でユリアに手を出しだす。 「ありがと」 笑ってユリアはその手を取り、夫と共に歩き出す。 その後を追う様に参列者達も式場に向かう事にした。 「…ボクも急いで着替えしてくる」 「色々、洋服あるみたいなりよ。拾もお着替えするなりか?」 「わあっ!」 彼らの歩む先には 「そういえば控室に寄って式前の紫乃を見るつもりだったのに忘れたわ。大丈夫かしら、あの子」 「大丈夫だろう。ヘスティアが付き添ってるし」 「先輩との合同結婚式って言ってたもの。相手の世話ばかり焼いて自分の準備疎かになってなきゃいいけど」 「あ〜、ありえそう!」 楽しげな声が、花嫁と花婿を祝福する花びらのように散って零れて行く。 実を言えば彼女らの危惧は的を得ていた。 「先輩。具合の方はいかがですか? 薬湯をお持ちしましょうか…、あ、クッションが曲がって…」 かいがいしく働く娘を前に、花嫁衣装を身に着けた女性は花嫁らしからぬため息をつく。 「…もういいから。…私の世話をやくの禁止。……真名(ib1222)さん」 「了解! はい、紫乃。こっちに座って。美波ちゃん、だっけ。こっちのメイクお願いできる?」 「お任せ下さい。兄さん!」 「あ、あの…真名さん、伊織先輩! わああっ!!」 知らない人が見ていたら、介添え役かと思われるかもしれなかった彼女は、実は今日の主役の一人である筈の花嫁 泉宮 紫乃(ia9951)。 親友に無理やり手を引かれると、花嫁から引きはがされ椅子に腰かけさせられた。 「紫乃!」 まだ抵抗するように身をよじらせる紫乃の頭に、軽く、優しいチョップが下りる。 「紫乃! 今日は貴女主役の一人なんだから自分の幸せを考えなさい。でないとあたしが許さないわよ?」 「真名さん…」 「くくっ」 その様子を笑いながら見つめたヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は 「すまねえな。うちの義妹が」 横に座るもう一人の花嫁に片目を閉じる。 彼女は花婿の姉。身内代表として控室に入っていた。 「…いいの。私は準備、できてるから。…世話をやいてもらって助かるけど…もう安定期だから大丈夫って言ってるのに」 「ホントに、ね。でも、伊織先輩もステキよ。とっても綺麗」 ため息をつく様に笑う花嫁 源伊織に紫乃の世話を専門家に任せた真名が笑いかける。 真名はいわば陰陽寮代表。身内のいない伊織の介添えを頼まれていた。 伊織の婚礼衣装は黒い引き振袖だ。 西家に代々伝わる三枚襲ねの衣装らしい。白、赤、黒と振袖を三枚重ねた姿は小柄な伊織を優雅で気品ある姿にしている。 「…ありがとう。長次さんが、貸してくれたの…。結婚式…できないかと思ってたから、…嬉しい。みんなに、こうして…お祝いして貰えるのも…」 「お幸せにね」 真名は祈るような思いでそう告げた。 それは…勿論伊織だけにむけたものではない。 柔らかい笑顔で、観念したように椅子に座った親友を真名は見る。 恥じらいと緊張を浮かべながらも、それら全てを足してなお余りある喜びを胸に、彼女は一瞬ごとに美しい「花嫁」になっていく。 その光景を真名は眩しいものを見る様に見つめていた。 …やがて 「はーい。終わりました。いかがですか?」 準備が終わった花嫁が促されてゆっくりと立ち上がる。 「ほう〜、こりゃあいいな」 ヘスティアが嬉しそうな笑みを見せる。 白い掛下に白い打掛を羽織り、小物から帯まで白一色の白無垢。 高島田に結った髪を純白の角隠しで覆った紫乃の美しさは正しく輝くばかりだった。 「あいつにゃあもったいないかもしれねえな。…と、忘れるところだった」 呟く様に言うとヘスティアは手に持っていた小さな花束を紫乃と伊織に手渡す。 「ボールブーケだ。オレが作ってみた。 こっちのピンクは紫乃の方。で、伊織の方には原色系のをな」 「…ありがとう」 「ありがとうございます」 感動するように花束を握りしめる紫乃にヘスティアは優しく笑いかける。 「幸せにな…。朔…レイスの事頼んだぜ? よろしくな、義妹さん♪」 「はい…ありがとうございます。ヘスティアさん。どうぞ…よろしくお願いします」 「こっちこそ。じゃあ、いくか…」 「はい」 「今日という日を待ち望んだわ。さあ…行きましょう」 「…うん」 花嫁は手を引かれ、静かに歩き出す。 白い布が敷かれた道をゆっくりと…。 ●誓いの式 飾り気のない朱雀寮の講堂は、いつもの堅く厳しい様子を今は完全に失っていた。 白い布と花で飾られた会場の中央。舞台を前に二人の花婿が立っている。 「まさか、ここまで来て逃げないで下さいよ」 共に羽織袴の二人のうちの一人が、もう一人に、周りに気付かれないような小さな声で囁きかけた。 「に、逃げたりなんかしない!」 返事は彼が発した声よりはいささかならず大きい。 「しっ」 と指を立てて花婿の一人、尾花朔(ib1268)はやれやれと、肩を竦めて見せるのだった。 「まったく、男らしさはどこに置いてきたんでしょうかねぇ。 本当に覚悟を決めなさい。長治さんにもそう言われたのでしょう?」 「解ってる!」 もう一人の花婿西浦三郎はそう言うとぷい、と顔を背けて見せた。 「優先すべきは奥方の方でしょう? 嫌われてるのか、そう思わせてどうするんですかっ」 式直前、本当に逃げ出しかねなかった三郎を捕まえて今日の着付けをしてやったのは朔である。 先輩であり、教師でもあった三郎だが、朔にはもうそんな感覚は無くなっていた。 どちらかというと出来の悪い弟のような。 そう言えば彼は年下だったと思わず含み笑う。 と、 「どうしました?」 三郎の視線が凍りついたように一点に止まっていることに気付いて朔もそちらを向いた。 既に講堂にはいっぱいの客が集まっている。 陰陽寮生、友人達、朱里や凛、料理長。陰陽寮の関係者や西家の知り合いもいる。 だが、三郎が見ていた者は違うとすぐに分かった。 朔もやがて、それに目を奪われる。そして息を呑み込んだ。 入口から静かに入場してきたのは花嫁。 黒い引き振袖の花嫁と白無垢の対照的な二人の花嫁だ。 「うわあっ! ステキ♪」「キレイよ」 「すごくキレイできらきらしていますねっ」 目を輝かせる拾や客の声がここまで聞こえて来る。 花嫁達が歩く前を花びらの入った籠を持った桃音が歩く。 白い幸せの道をそれぞれ美しく装った女性に手を引かれ歩いてきた花嫁は、参列者の拍手を受けながら花婿の元へと進んで行く。 「おめでとう。幸せにしてあげて」 まず真名がそう微笑むと伊織の手を三郎へと手渡した。 「…ああ」 少し上ずったような声ではあったが三郎は、しっかりとそう答えると花嫁 伊織の手をしっかりと受け取り握る。 「解ってるな。朔…紫乃を幸せにしないと許さないぜ?」 「はい」 「ま、いうまでも無いだろうがな」 次いで朔は姉の手から、紫乃を託される。目が合い幸せそうに微笑む紫乃に 「紫乃さん、綺麗ですよ」 ニッコリと笑うと手を取って歩き出す。 二組の花嫁、花婿が壇上に上がるとそこで待っていたのは朱雀寮長 各務 紫郎であった。 「ここに西浦三郎と源伊織。尾花朔と泉宮 紫乃の結婚式を執り行います」 束帯に烏帽子を被った正装の寮長は、ある意味神主よりも神主らしく見える。 しかし、今回は人前の式。 誓うのは神ではなく、列席者。紫郎は立会人である。 彼は静かにまずは手前の二人に問いかけた。 「汝、西浦 三郎。そなたは源 伊織を妻とし健やかなる時も、病める時も共に生き、共に歩み、生涯を寄り添って生きることをここに集まりし人々の前で誓いますか?」 「はい…」 微かに震えながらも三郎ははっきりとした声で答えた。 「汝、源 伊織。そなたは西浦 三郎を夫とし健やかなる時も、病める時も共に生き、共に歩み、生涯を寄り添って生きることをここに集まりし人々の前で誓いますか?」 「はい、誓います」 いつもはどこか言葉を探し、迷う様な口調の伊織。だが今日は迷いも、躊躇いもなくそう、返事をする。 頷いた紫郎は今度は朔と紫乃に向かい合う。 「汝、尾花 朔。そなたは泉宮 紫乃を妻とし健やかなる時も、病める時も共に生き、共に歩み、生涯を寄り添って生きることをここに集まりし人々の前で誓いますか?」 「はい」 朔は揺るぎない眼差しと声でそう答え、 「汝、泉宮 紫乃。そなたは尾花 朔を夫とし健やかなる時も、病める時も共に生き、共に歩み、生涯を寄り添って生きることをここに集まりし人々の前で誓いますか?」 「誓います」 紫乃は朔と目を合わせ微笑み、答えた。 その返事に満足そうに頷くと紫郎は彼等に告げる。 「貴方達の為に集い、見守りし人々の前で婚姻の誓いを…」 一瞬、目の前が真っ白になったと後で語った三郎は、しかし伊織と目を合わせると大きく深呼吸し、前に進み出る。 「俺は、ここに誓う。 伊織を妻として、愛し、生涯手を離さず、共に歩いて行く事を。 子供も大切して、一生守ってみせる。 そして俺は、強くなる。もう大切なモノを失わないように…」 「私は、三郎を支え、寄り添い、そして守って行くことを誓います 大切な家族を、今度こそ失わないように…」 「伊織!」 三郎は寄り添い、自分を見つめた伊織を強く、しっかりと抱きしめた。 くすっと、二人の様子に微笑んで、今度は朔が前に進み出る。 そして紫乃の手を取り、真っ直ぐに見つめる。 「これから先、共に歩み、共に生、寄り添いましょう …レイスリーズ・ヴォルフの名にかけてあなたを一生守り、誠実であること貴女と、皆さんの前で誓いましょう。 愛しています、紫乃さん。 これまでも、これからもよろしくお願いいたしますね」 そして、深く深くお辞儀をした。 「幼い頃から、朔さんは特別でした」 紫乃もまた、朔だけを見つめてそう告げる。 人々の目視を一身に集めているが、気にかからない程に。 「その想いをなんと呼べば良いのか解らない程に。 気づくのに随分時間がかかってしまいましたが …愛して、います。 その…ふつつか者ですが、よろしくお願いします」 白粉の下からも解るほどに上気した頬で紫乃も朔にお辞儀をする。 二組のそれぞれらしい誓いに微笑んだ寮長は、顔を上げ手を伸ばす。 「ここに集いし二人の結婚を認める者は沈黙を、そして拍手を」 割れんばかりの拍手が式場に響き渡る。 「では、ここに二組の夫婦が誕生しました。 新郎新婦よ。誓いを忘れず、どうか…幸せに」 「ありがとう、ございます」 紫郎の言葉に、四人は頭を下げた。 そして互いに手を繋いで参列者の前に向かい合う。 二人を包む拍手は、いつまでもいつまでも絶えることなく響いていた。 ●祝福の歌声 今回の結婚式の主催者であり、仕掛け役。 西家の西浦長次は高く、盃を掲げて声を上げた。 「三郎、伊織。それから朔と紫乃! 結婚おめでとう! 前置は抜きだ! かんぱーい!!!」 「乾杯!!!」 式が終わった後、参列者達は陰陽寮の食堂へと場を移動させた。 披露宴の始まりである。 式場に負けず劣らずに美しく飾られた会場に 「うわあっ! なんて…」 朔と一緒にやってきた紫乃は思わず感嘆の息を漏らす。 「紫乃、朔くん。結婚、おめでとう」 イリスが奏でる二人の為の祝福の曲。 「二人で何時の日も幸せであります様に」 そう願いを込めて奏でられた歌に呼応するように会場の花が満開を超えて輝き咲いた。 「お花さん、ごめんなさいね。協力してくださるかしら?」 一点の染みもないビロードのような紫陽花の花。金糸梅は壁から生けられまるで金の雨が降るかのように鮮やかだ。 香りの強い百合は少し離れた所で。 テーブルにはリラの花が小さな花を可愛らしく揺らし、雛菊が微笑む様に咲くさまはまるで祝福された花園のようだ。 「こんなにステキな花…見たことありません 「花の準備は折々さんとイリスさんですよ」 「こんなに、大変だったでしょう? ありがとうございます」 頭を下げる紫乃に折々は照れたように手を振った。 「大したことないよ。準備は皆でやったんだし、たくさん、いろんなことがあって、そしてこうして素敵な日を迎えたからこそ、できるだけのことはしたいんだ。それはみんなもきっと同じだからね」 視線の先で芦屋 璃凛(ia0303)や 蒼詠(ia0827)、静乃も頷いた。 テーブルにはいっぱいの御馳走が並べられている。これを用意したのは彼方達調理委員会と食堂スタッフだ。 立食形式で用意されているので堅苦しさは無いが、料理はなかなかに豪華である。 海老や蛤、黒豆などの縁起物を美しく調理した祝肴。 大エビの殻焼き、茶わん蒸し、丁寧に煮込まれた肉の煮ものに、果物をたっぷり入れた寄せ寒天もある。 そして、その中央には一際美しく飾られたケーキがおかれていた。 「おめでとー♪ 幼馴染の幸せな顔が、連続で見れるのは素敵ね。そのケーキはあたしからなのよ」 フラウが心からの祝福の笑顔でそう言う。 「誰かに幸運がありますように、ってことらしいの」 「皆の分あるから、新郎新婦が配ってくれる?」 ユリアとフラウの言葉に頷いて二組の新郎新婦は参列者にケーキを配った。初めての共同作業というところだろうか。 新郎は羽織袴で変わらないが、新婦はそれぞれ、少し動きやすい着物にお色直しをしていた。 伊織は色打掛、紫乃は白振袖である。 「結婚式の時もそうだったけど、花嫁さんは本当にきれいで、うっとりしちゃうよね〜」 貰ったケーキをつつきながら折々は呟く。 衣装が綺麗なのはもちろんだけれど、きっと一人だけだったらあんなに美しくはならないと思うのだ。 「花嫁さんがきれいなのは、きっと大好きな人と一緒にいるからなんだよね。 わたしもいつかはあんな風に、誰かの隣に立っていられるのかな。 ふふ、ぜんぜん想像もつかないけどね。あ、美味しい」 小さくケーキを切り分け、ぱくりと口に運ぶ。 二口目を切り分けようとした時、ふと、カチリと何かが皿の上で固い音を立てた。 「何?」 それは四葉のクローバー模様の紙に包まれた金貨だった。 「うわあ〜。面白い?」 「あ、当たった? 4枚、コインが入れてあるの。おめでとう。幸せのおすそ分け。貴女にも幸せがありますように」 フラウはそう言ってパチリと片目を閉じたのだった。 他にコインが当たったのは蒼詠だった。 「結婚式、かぁ……僕もいつか…、アチッ」 そんなことを考えたり、一緒に来ていた翡翠が朱里に声をかけているのに気を取られていたので、食べるまで気づかなかったのは内緒である。 ケーキを配るのに始まって、新郎新婦は宴の中ではひたすら接待役を受け持っている。 「朔が結婚ねぇ…俺も年取るもんだ」 新郎の姉はそんな二人を少し離れたところから見守っている。 「余計な事を言ったが、ま、あの二人なら大丈夫だろ。うん。ふたり揃って既に縁側でお茶、のレベルだからなぁそれはないな、うん」 「…そこ、嫁さん泣かしたら…代理で殴るぞ。 朔よか痛いからな?俺の拳は」 いろいろ抱えているらしいというもう一組の花婿にそう釘を刺して後、ヘスティアは今日の所は宴会を楽しみ、口は出さないことに決めたのだ。 新郎新婦は忙しい。客達に飲み物を注いで回ったり、祝福を受けたり、贈り物もたくさん受け取っていた。 「朔先輩に紫乃先輩、それから西浦先生と、えっと 伊織先輩・・・でしたっけ? ご結婚、本当におめでとうございます!」 笑顔で蒼詠が差し出したのは夫婦湯呑、朱雀の絵が丁寧に描かれていた。 「ご結婚おめでとうございます」 璃凛が差し出したのは子供用の独楽と風鈴にすだれ。 「これから夏になるから使って貰えたら嬉しいです」 と彼女は告げていた。 「…おめでとう」 一言だけ告げた静乃が用意したのは 「…これから役立つと思うから…」 楽に運べる大きさの『本格仕様の裁縫箱』だった。中身は使いやすく上質のモノが整えられていた。 「大事に使いますね」 紫乃は大事そうにぎゅっとそれを抱きしめた。 「あたしは…これ送るわ♪ 幸せにね」 フラウからの贈り物は梅花や桜花など数種類の香りが楽しめるお香のセット。 「私からは、コ・レ♪」 「ユリアさん!!」 ピンクのフリルが沢山付いてる可愛い夜着に頬を赤く染めた紫乃に 「サイズもばっちりよ♪ 新婚夫婦には必要でしょう」 悪戯っぽく笑って見せたユリアは、その後、ゆっくりと竪琴を持つとポロンと爪弾いた。 「もう一つ、お祝いを贈るわ。…二人の前途を祝して奏でるわね。 遠い遠い昔、恋人たちが幾度の苦難を乗り越えて夫婦になった物語よ。 でも、そこで終わらないわ。 これは始まりを奏でる物語だから。 これからは家族でね」 緩やかなメロディーに乗せられた優しい唄は、静かに緩やかに聞く者の心に沁みこんでいく。 「…イリスさん」 「はい、なんでしょう?」 ユリアの曲が満場の拍手と共に終わって後、呼びかけられたイリスは瞬きして答えた。 声をかけて来たのはもう一人の花嫁 伊織。 イリスとは殆ど面識がない相手だ。 「お願いが、あるんです。音楽を、お願いできますか?」 伊織が頼んできたのは天儀の子守歌であった。簡単な節でもあるしイリスも知っている。 「はい、いいですよ」 頷いたイリスは楽器を奏でる。 と、 〜〜♪ 〜〜〜♪ 伸びやかで澄んだ歌声が場に響いていった。 柔らかい歌声は子供に語るメッセージ。 この世に全ての子供は愛を受け、祝福されて生まれて来たのだと伝える唄。 だから幸せにと願う祈りが込められていた。 「ユリア…」 「ニクス」 愛し合う夫婦は肩を寄せ合いそれを聞く。 「紫乃さん」 「朔さん」 生まれたばかりの夫婦は手を繋ぎ… 「…良い唄だな」 大事な人を持つ者はその顔を心に浮かべ、そうでない者も大切な誰かを思いながら、目を閉じた。 静かにその調べを胸に刻むように…。 ●誓いと願いと、祈り たくさんの祝福と、笑顔と贈り物に囲まれた披露宴は夜更けまで続いた。 「良かった! 間に合った! ヒヤヒヤしたで〜」 そう言って披露宴から暫し、姿を消していた陽向が荷物を抱えて戻ってくる。 そして、新郎新婦達の前に立つと 「センセに先輩をはじめ、皆様、ご結婚おめでとうございます!」 深く深く頭を下げた。 「いや、卒業式んときは、お祝いの言葉を言い忘れたからな…。 うちかて、ちょっとは学習するねん」 尻尾をへにょりとさせながら 「ほいほい、お祝いの品到着! うちの故郷から取り寄せた、花嫁道具の一つやねん」 陽向は荷物の紐を目の前で解いた。 中から出て来たのは軽い紅白の化粧箱。 「中身は「おいり」ちゅうてな、婚礼のときだけ食べられる、祝い事の和菓子やで。 花嫁さんが「家族の一員として、心を丸く、まめに働く」意味が込められとるって、伝え聞いとるな。 その小判型は「はけびき」や、一つの箱に二枚しか入れんのやで。 縁起担ぐんか、「小判」って、呼ぶ人もおるな」 「へえ、面白いね。今度作り方教えって欲しいな」 興味深そうに覗きこむ彼方。 新郎新婦は 「ありがとう。大事に頂きますよ」 笑顔で受け取ってくれた。 新郎新婦に送られた祝いの品が山になるのと反対に、料理はどんどんと客達の口へと消えていく。 演武、演奏などが宴に花を添えて後、気が付けば、空は伊織の引き振袖と同じ色に染まっていた。 「そろそろ、いいなりかね! 拾! 平次郎! ちょっと行ってくるのだ!」 空を見ていた譲治は、新郎新婦の前に駆け出すと 「さぶろー、いおり! 久方ぶりでおめでとうなりよっ! いざという時に頼りないかもなりが、よろしくなりっ! そんでもって朔、紫乃。 おめでとうなりっ! 末永く、お幸せにっ!なのだっ! おいらからのお祝い、受け取ってほしいのだーー!」 大きな声でそう言うと外に飛びだしていく。 その直後、空に満開の花が開いた。 「わっ! 花火?」 食堂の窓が全開され、誰もが輝く花に目と心を奪われた。 「綺麗なもんだな…なかなか、やるじゃないか…」 手に持った杯を煽りながら平次郎は横に立つ娘を見た。 「きれいですね〜、お父さん」 「ああ」 ほんのついさっき見たばかりの花嫁の笑顔と娘の顔がダブって見える。 (いつか、こいつにもあんな日が来るのか…) 『今から耐性を付けといたほうがいいなりよ〜!』 譲治がここに誘った時の言葉が頭を過って思わず渋い顔になってしまったのだろう? 「どうしたんですか? お父さん」 心配そうに覗きこむ娘になんでもない、と平次郎は言って頭を撫でた。 考えても仕方のないことだ。人を好きになる思いというのは他人がとやかく言えることではないのだから。 「もうじきお開きだろう。あと少し、ゆっくり楽しませてもらうといい」 「はい」 平次郎は娘と自分に言い聞かせるように、そう微笑んだ。 宴の最後は花嫁からの贈り物で〆られた。 ジルベリアなどに伝わるブーケトスという習慣らしい。 「この花束を受け取った人は、次に幸せな結婚ができると言われているそうです。 では!」 そう言うと紫乃はヘスティアから貰った花束を高く、空に向けて投げあげた。 伊織も同様に花束を投げる。 「私は…もう結婚しているしね」 「私もつい先日一足先に結婚式を迎えたばかりなのでお見送りです」 余裕の二人を後ろに手を伸ばした女性達。その中の二人の手に 「あ!」「おや?」 花束はすっぽりと収まった。おそらく、二人の花嫁の計算した軌道通りに。 紫乃の花束は真名に、伊織の花束は折々に届いた。 「おめでとう」「よかったね」 小さな拍手をと共に受け取った二人は照れくさそうに、でも嬉しそうな笑みを見せ花束を抱きしめたのだった。 最後に前に立ったのは新郎 西浦 三郎だった。 「兄者、寮長…、そして皆。今日は…本当にありがとう…ございました。今日の日を忘れず、二人で共に歩んで行きます」 三郎が精いっぱいの思いで告げた感謝の言葉に新郎新婦は合わせるようにお辞儀をする。 そして会場全てが、拍手を送り 「おめでとう、幸せになるのよ。誰よりも、誰よりもね」 「はい、幸せになります。ユリアさん達と同じ位に」 「うん、いつまでもお幸せにね!」 宴は静かに閉じられたのだった。 式の後、二人は静かになった講堂にいた。 披露宴会場から持ち出した酒と肴を持って。 「いい式だったんじゃないか?」 「そう彼らも思ってくれれば、良いと思いますよ。 彼らには幸せになって欲しい。心からそう思いますから」 「…だな」 そして二人は互いの猪口に互いに酒を注ぎ、小さく重ねあわせた。 「花嫁と花婿の未来に」「乾杯!」 一気に飲み干した幸せの美酒の喜びを大きな吐息と一緒に吐き出して後、 「そういやお前にもなんか礼をしないとな。紫郎」 新郎の兄はそう今日の立会人に声をかけた。 「いりませんよ。もう十分に頂きましたからね」 「ん?」 首を振る紫朗は目を閉じて微笑む。 目蓋の裏には今も、一番の報酬が輝いている。 『寮長、参加してもらえて嬉しいです』 「それにこれも…」 指先でピンと弾いた金貨がくるくると踊るように空に舞っていた。 「ふう〜、良い式だったわね…あら?」 すっかり暗くなった陰陽寮の廊下を歩いていた真名はふと、柱の向こうの影に気付いた。 相手もこちらに気付いたのだろう。 逃げるように走りかけた手を 「待って!」 と掴んで 「どうしたの? 桃音」 真名はそう呼びかけた。 影にいたのは桃音だった。暗闇の中であったが桃音が泣いていた事は目元の雫と月明かりで解った。 「…なんでも、ないの…」 そう言いながらも桃音は真名の胸に顔を寄せる。 その様子に真名は思い出した。さっきの式場で譲治が桃音に言っていたことを 『紹介するのだ! 桃音。拾。おいらの妻なのだっ!』 『ま、まだ奥さんではないのですがっ』 「なんでもない。なんでもないから。譲治は大好き。真名も、静乃も折々も朔も真名も、みんなみんな大好きだから…」 声を押し殺しながらも必死でそう告げる桃音の頭を真名はそっと、優しく抱きしめた。 「大丈夫。泣いてもいいのよ。 一度好きになった人だもの、想いが届かなかったってやっぱり幸せになって欲しいものね。でも、泣いてもいいのよ…」 ぽんぽんと小さな頭を撫でながら真名はそう言う。 (かつて好きだった人と、親友… 色々あったけどそれでも壊れず、ずっと友である二人 その二人が一緒になるのは本当に嬉しい…) その思いは真実だ。 けれど、もしかしたらほんの、ほんの少し胸の奥に何かがあったのかもしれない。自分の胸にも… 「幸せにならないと、許さないんだから!」 式場でかけたはっぱと同じ言葉を、真名はそう星空に向けて呟いた。 桃音を胸に抱いて…噛みしめるように…。 そして、四人は小さな墓石の前に立っていた。 「透」「透先輩」 示し合わせたわけでは無い。 ただ、誰ともなしにやってきた四人は一緒にその前で目を閉じた。 墓石の前にはフラウのケーキの一切れが供えられている。 「俺達は、幸せになる。お前の分まで、お前みたいなやつを生み出さないように」 「だから、どうか見ていて下さい。いつまでも…」 新郎二人は誓う様にそう告げ、新婦二人は寄り添い手を合わせた。 無論、墓石は何も答えはしない。 けれど、思いはきっと届くと、信じているのだった。 月が彼らを静かに照らす。 ケーキの切り目から、月色の光が弾いたように見えたのは気のせいだろうか…。 かくして、結婚式の宴は幕を閉じた。 贈られたたくさんの祝福を抱いて、彼らは新しい道を歩んでいく。 新しい夫婦の誓いを見届けた列席者達は彼らの幸せを、思い、願い、そして信じる。 どんな困難も、きっと乗り越えていくだろう。 と。 今日からは、一人では無く、二人なのだから…。 |