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■オープニング本文 ずっと、願い続けてきたことがあった。 人から見れば、それはきっと子供じみた愚かな夢と笑われること。 そんな事は、最初から解っている。 けれど、ずっと心から消えることなく抱き続けてきたものなのだ。 長い年月を経て、ようやくそれに手が届くところまで来た。 今、その為の可能性を手に入れたのだ。 だから、後はそれを貫き通すと決めていた。 彼は一通の手紙を書く。 それが願い続けた道への第一歩になると信じていた。 その日、開拓者ギルドの係員は一通の手紙を受け取っていた。 手紙、というか正式には依頼書だ。招聘状、と言ってもいい。 差出人は南部辺境伯グレイス=ミハウ=グレフスカス。 『…という訳で、先に皆さんに同行して頂いた事前調査の結果と、それを踏まえた新港建設計画が正式に纏まりました。 既に皇帝陛下には資料をお送りし、実行の許可を内諾ではありますが頂いております。 また南部辺境諸侯からも明確な反対の意思は上がっておりません。 そこで正式に民に計画を告知。 同時に南部辺境の新方針と自治計画も告げ協力を仰ぐつもりです。 場所はリーガ。領主館前の広場です。 当日はリーガの民のみならず多くの者が集まるでしょう。 つきましては当日、皆様にもその場に立ち会って頂きたくお願いを申し上げます。 計画の協力者として共に壇上に上がって頂ければ幸いですが、護衛として側について頂くだけでも構いません。 開拓者の皆様と出会い、学ばなければ動き出すことも無かった計画です。 皆様の前で、私は民と共に歩む、その決意を誓います。 可能であれば、見届けて頂ければ幸いです』 辺境伯はその場で告白すると言ったが、既にリーガや南部辺境各地では新港建設計画と、それに続く自治区計画は噂になり始めている。計画を立案した技術者達からの情報らしい。南部辺境伯も特に口止めをしたわけでは無かったから、新たな雇用の確立、市場の拡大、新たな文化の流入、そして身分を超えて活躍できるかもしれない世界への期待と可能性。 夢に溢れたこの計画が民に広まるのは直ぐであった。計画は今の所、ではあるかもしれないが辺境伯の人気も後押しして好意的に受け止められている。 正式な布告が終れば南部辺境そのものが新計画に向けて、大きく動き出すだろう。 ジルベリアの歴史を動かすかもしれない大きな一歩だと係員は感じていた。 依頼書を貼りだそうとした時、ギルドの扉が開いた。 「? ……あれ? あんたは? いや、どうした? 何か依頼かな?」 作業の手を止めて係員は問う。入って来たのは一人の少年と、それに付き添う様に寄り添う青年。 青年の顔に見覚えを感じつつ、係員は少年の方に声をかけた。 今にも泣き出しそうな顔の少年は顔を上げて叫ぶ。 「母ちゃんと、姉ちゃん達を助けて! 誘拐されたんだ! 人質になってるんだよ!!」 「えっ?」 驚く係員に少年は涙ながらに説明する。 下町に住む医者の若夫婦。その奥方と子供が数日前から行方不明になった。 家族に息子を見せに行くと言って出掛けたらしい。 奥方は産後まだ半年にも満たないので世話を手伝ってくれている女性を伴っての事だが、三人纏めて姿を消したのだ。 その世話を手伝う女性が少年の母親であるということだった。 数日後、心配する夫の元に荷物と手紙が届く。 それにはこう書かれてあったという。 『細君と子息は預かっている。今の所、同行の婦人と共に無事でいるし、危害を加える予定はない。 三人を返して欲しければ、指示どおりに実行せよ。 成功のあかつきには三人は返す。だが失敗、もしくは実行されなかった場合、三人の命は保証しない』 と……。 「送られてきたのは鉄砲でさ! 辺境伯を今度ある発表の場で撃ち殺せって書いてあったんだよ!」 夫である医者は志体持ち。一時は貴族の元で支援を受け戦場に立つ訓練を受けてある程度以上の実力はあるという。 だが、それでも計画はどう見ても無謀であった。 辺境伯の暗殺計画など露見しただけで重罪だ。実行し、万が一にも成功などしてしまったら南部辺境どころかジルベリアそのものも揺れる。 しかし、実行しなければ家族の命は無いのだ。 「先生は今、見張られてるって言ってた。ギルドや辺境伯に助けも求められないって。俺も、母ちゃんの息子だって解ったらヤバいかもしれないけど、今ならまだなんとかなるかも、ってなんとかこのことをギルドに伝えてくれって頼まれたんだ。そしたら……この兄ちゃんが……」 「私も丁度、ギルドの皆さんに依頼があって来たのです。現在、我が領地ラスカーニアとリーガの境にある古い炭焼き小屋に怪しい男達が住み着いています。数は五人前後。開拓者崩れも混ざっているようです。剣や武器を帯びた男達と乳飲み子を連れた母と女性を含めた一行は明らかに不審。 しかし、下手に尋問もできず困ってギルドに相談しようと思ってきたところ、この少年と出くわしました」 青年の言葉に係員は思い出す。目の前の人物の名を。 ラスカーニア領主、ユリアス・ソリューフ。本当の名と姿を別に持つが南部辺境貴族の一人である。 「我が領地での犯罪を見過ごすわけにはいきません。しかし表だって私が動けば人質が危険にさらされる可能性があります。また要求が金ではなく辺境伯の暗殺であるところも見過ごせない点です。 金目的の犯行では無い以上、裏に何かがあり、誰かがいます」 青年はそれを探り出して欲しいと言う。 依頼への情報提供と報酬は自分が受け持つと告げて。 「私個人は、辺境伯の計画に思う事はあります。 ですがそれは人質を取り、命を奪うなどという卑劣な手段とは話が別。 辺境伯の発表と告白は守られなければなりません。どうか、よろしくお願いします」 かくして開拓者ギルドには二つの依頼が重ねられた。 おそらく、誰にとっても命がけとなる辺境伯の「告白」の日。 それはもう目の前に迫っていた。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●理由 深夜。開拓者達は木々の合間から様子を伺っていた。 「あそこか…アヤカシの気配は無いようだ、と柚乃(ia0638)は言っていたが…」 「うん、あそこにいるのは人間だね。志体持ちが見張りと中に数人、いるみたい」 闇に紛れて姿を隠しているリィムナ・ピサレット(ib5201)のそんな声が聞こえてくる。 「どうする? 竜哉(ia8037)?」 フレイ(ia6688)の問いに竜哉は仲間と手の中の爆竹を見て答える。 「決まっている。…皆、配置についてくれ」 「了解! 誘拐犯は一網打尽! 全員無事で助け出すよっ!」 闇に溶ける様に消えたリィムナ。フェンリエッタ(ib0018)も扉の側へ着く。 「ゼファーはあそこで待機。もし逃げる奴がいたら足止めて」 「風絶もな」 「ストラーフ、解っているな?」 皆がそれぞれの持ち場に着いたのを確認して 「行くぞ!」 竜哉はそう言うと手の中の宝珠式爆竹に力を込め思いっきり投げつけた。 数日前。 依頼を聞いた時、龍牙・流陰(ia0556)は厳しい顔で唇を噛みしめていた。 「ティアラさん…。またあの家族は否が応でも騒動に巻き込まれてしまうのですね…」 リーガの下町に隠れ住む皇帝の姪、ティアラとその息子ルーウィン。 それが誘拐されたという母子の名前であった。脅迫され、犯罪を強要されているのはティアラの夫イヴァン。 開拓者達にとっては幾度となく関わり、見守ってきた者達だ。 「しかも要求は身代金とかじゃなくって、辺境伯の暗殺なんやて? そんな事一般人にさせて何の意味があるっちゅうんやろ?」 首を傾げる芦屋 璃凛(ia0303)。笹倉 靖(ib6125)も肩を竦めている。 「人質を使ってやるっていう手口が汚いねぇ。こりゃ、相当怨まれているか相手が下衆かのどっちかだねぇ」 「…その両方と言う事なのであろうな…」 感情の無い声でヴァルトルーデ・レント(ib9488)は呟く。 南部辺境伯の暗殺計画。だが 「本気であの男を殺そうとするには計画があまりにも杜撰に過ぎる。 暗殺の成否ではなく暗殺を行うことに意義があると言う系統の計画かな、此れは」 「そういうことだろう。一般人の為の自治計画を行った辺境伯が、一般人によって狙撃される。 奴の計画の意義は地に堕ちる。それを認めた皇帝の名と共に…」 「その医者がやろうとしていることだが、少なくとも間違っちゃあいないだろうさ 父親としてはね」 二人の言葉にマックス・ボードマン(ib5426)は静かに目を閉じる。 「だが…、今のこの国でそれをやったところで、事情を斟酌してくれるような事はまず無い。 本人には法に則った処刑、家族に類が及ぶ可能性も完全には否定はできん。未遂の内に終わらせてやるしかないな」 南部辺境の為にも、親子の為にも計画を実行させるわけにはいかない。 「それが、成功であれ、失敗であれ…」 「うん、誘拐犯の企みは阻止するよ!」 マックスの言葉にリィムナは頷く。 「とにかく、場所がわかってるっていうのは助かるわね…って、どうしたの? 竜哉?」 明らかに何かを考えていた竜哉は 「なんでもない」 だが、とりあえず今は首を横に振る。 「とにかく今は救出が先だ。手分けしてなるべく早く助けよう」 「どうか人質の親子が無事でありますように。 誰一人たりとも、犠牲者を出さない為に…私も尽力します」 祈る様に告げた柚乃は、誓いのように思いを胸に抱く。 「彼らが騒動に巻き込まれる運命…ならば、何度でも、その度に守って見せる!」 流陰の思いは、全員の思いであり理由であり、約束であった。 そして彼らは二手に分かれて作戦を決行することにした。 飛行朋友を連れた開拓者がまず先行し、調査を行う。 時間はない。辺境伯が告げた「告白」の日。それは、もう明後日に迫っていたから。 一日をかけて小屋の近辺を探り、調査を行い、開拓者達は作戦を定めた。 決行は深夜だ。 「じゃあ、俺らは医者の方に行ってる。救出に成功したら、連絡してくれるか?」 「ああ、光鷹を飛ばす。それが成功の合図だ」 「解った」 「叔父様とウィナは向こうの援護をお願いします」 「解った」 そう言って靖と柚乃、マックス、そしてフェンリエッタが援護を依頼したウルシュテッド(ib5445)はフェンリエッタの天妖ウィナフレッドと共にリーガに戻って行った。 ここに残るのは七人。 「敵の数は五人、柚乃が相棒の玉狐天で探ってくれた通り、アヤカシはいない」 ウルシュテッドが残してくれた情報が確かであるのなら、十分にこの人数で対応は可能であると彼らは考えた。 「時間をかけると、人質に危険が及びます。一気に行きましょう」 そして彼らは炭焼き小屋に踏み込んだのだ。 ●奪還 小屋の前にはもちろん、見張りが立っていた。 しかし深夜の退屈な見張り。しかも敵が来るなどと全く予想していなかったであろう男達は… バン!! バチバチバチ!! 突然、目の前で爆ぜた音に驚愕した。竜哉特製宝珠爆竹。音は派手だが危険は無い。 だがそんなことを知らない男達は大騒ぎだ。 「な、なんなんだ、一体!!」 「なんだ? どうした??」 中から扉が開かれ人が出てくる。 「今よ! 逃がさないわ!」 中から出てきた一人にフレイが横から飛びつき羽交い絞めにした。 「襲撃だ! やっちまえ!」 剣を抜いて叫ぶ男達の横 「よしっ! 行くよ。サジ太!」 輝鷹サジタリオを抱えたリィムナは、一気に戸口に駆け寄り夜を使用。 三秒の静止を一秒も無駄にせず、小屋の中に滑り込み、身を隠す。 振り向けば、既に入り口では竜哉、流陰、ヴァルトルーデが剣士二人と切り結んでいる。少しは腕が立つようだが、彼らの敵ではあるまい。 リィムナは注意深く、奥の部屋に近づいた。 ここに、人質が閉じ込められている筈なのだ。 扉の前に見張りが一人。もう一人は中だろうか? 「ここは、任せとき!」 リィムナの背後、一気に踏み込んだ璃凛が見張りを蹴り飛ばす。 次の瞬間、頷いたリィムナは扉を蹴破るように開け、人質のいる部屋へと飛び込んだ。 「サジ太!」 輝鷹を腕の盾に同化させたリィムナは壁際を見る。ナイフを持って人質に駆け寄ろうとする男と身を寄せ合う女性が二人。 「危ない!」 「させない! しっかり子供を抱いていて! 貴女が守るの! ティアラさん!」 二つの声が重なり、動いた。ほんの一瞬の攻防。 ナイフを構え、飛びこもうとする男と女性の前に突然白い壁が立ち上がり、男はそれに激突する。そしてリィムナが男の前に立ち塞がり、鷹の様に輝く目で男を見据えた。 「ひええっ!!」 男は悲鳴を上げてそのまま地べたにひれ伏す。 「…あ、貴方達」 震える声で自分を助けてくれた者に母親は呼びかける。 振り返り微笑む女性と入口からゆっくりと歩み寄ってくる人物を、彼女は知っていた。 「無事で、良かった」 「えっと、何と言えばいいか…お久しぶりですね、ティアラさん。 そして君が、ルーウェンか」 その優しい声を前に気が張り詰めていたのだろう。 「ティアラさん!」 「瑠々那! 回復を!!」 彼女は床に座り込んで意識を失った。子供をしっかりと腕に抱いて。 空に翻った友の迅鷹を見て 「よしっ! 行くぞ!」 靖は足元の包みを抱えて走り出した。 「先生! 急患です!」 勢いよく扉を叩いた。 「なんだ、こんな夜更けに、後で出直せ」 扉を開けた男は不愛想にそう首をしゃくるが 「やめて下さい。私は医者なんですから」 中に後から出てきた青年はそう厳しい声で告げた。 「お前、自分の立場が解って…」 「…いいか?」 「はい」 たった一言の会話と、視線。 荷物を投げ出すと青年の手を掴み、靖は一気に走り出した。 「何!」 突然の行動に驚いた男は、それでも一瞬遅れて、彼らを追いかけようとした。 「医者が逃げたぞ!」 周囲に声をかけて。 だが 「悪いな。君の仲間には眠って貰っているよ」 くっと、マックスは横に立つからくりレディ・アンと笑いあう。 「悪いことをしようとするならもう少し目立たないようにするものだ。簡単に解ってしまうよ」 状況を理解したのだろう。男は小さく舌打って逃げ出そうとする。 勿論それは叶わなかったが。 「うっ…」 あっさりと彼は意識を刈り取られたからだ。ウルシュテッドとそれを助けるウィナフレアによって。 「ご無事でなによりです」 「先に連絡してくれてありがとな。貴女の声の届く距離って便利だな。おかげで助かった」 靖の礼に柚乃は肩に乗せた玉狐天、伊邪那と一緒に嬉しそうに微笑んだ。 「皆さんの協力に心からお礼を申し上げます」 人質の奪還と、医者の救出を成功させた翌日。 告白の日。 結果の報告をにきた開拓者を前に、南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは頭を下げた。 「私の命を狙う者は少なくありませんが、ここまでの手を使って来た者はそういません。 実行されていたら、私の命以前に人質のみならず犯人も危険な目にあっていたでしょう。姫…いや、ティアラさんも、今は意識を取り戻し、母子ともに異常ないそうです。今はギルドで保護されています。事が落ち着けば、家にも戻れるでしょう。 本当にありがとうございました」 微笑むグレイスに開拓者の空気も少し和やかになる。 「これから発表を行います。皆さんも立ち会って頂けませんか?」 真剣な目の辺境伯の誘いに 「エドアルドさんと調査したとこが自治区になるんだ! すごい♪ 一緒していい?」 「私も立ち会うわ」 「僕も微力ながら…」 「うちも、ええやろか?」 頷いた者もいるが 「俺は御免だ。お前の計画を…認めた訳じゃない。…忘れるな…」 「…壇上はご辞退申し上げる。 …自分が辺境伯と共に壇上に上がるは、処刑の時のみと心得ておりますが故」 はっきりと断った者もいた。 グレイスはそれぞれの意思を尊重するように頷くと 「そろそろ、お時間です」 「では」 開拓者に会釈をし呼びに来た部下と共に歩き出した。 見送る者の眼差しと… 「辺境伯、貴方の罪は誰が裁くのだろうな」 静かな呟きを背にして。 ●発表 リーガ城の前の広場には既に多くの人が集まっていた。 前方には即席の壇。 人々の多くが期待という眼差しを浮かべて壇上を見つめている。 ふと、横方前方がざわめいた。 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスが姿を現したのだ。 後方には正装のフレイや流陰、神衣を纏ったリィムナ。璃凛、など数名の開拓者がグレイスを守るように、寄り添うように歩いていく。 彼らはゆっくりと人々の目視の中、壇上へと上がって行った。 開拓者が背後に立ったのを確かめて、グレイスは前に進み出る。 そして 「みなさん」 前置きも無く、真っ直ぐに民に向けて語り始めた。 「私はこの国を、皇帝陛下が治めるジルベリアを愛しています」 グレイスは最初にそう告げた。 これだけは、絶対に誤解されてはいけないことだからだ。 「厳しく長い冬を持つジルベリア。冷たい凍土の大地は決して住むに容易い国ではありません。ですが、春の訪れをどこよりも待ち遠しく感じられ、夏をどこよりも美しく感じることができるのはこの国に住むからこそ。私は、この国を心から愛しています」 抱きしめる様に慈しむ様に彼は語る。 「私は皇帝陛下に忠誠を誓っています。偉大なるガラドルフ皇帝陛下はこの国をその強い意思とお力で守って下さっている。 ですが、今のままでいいのでしょうか? その大いなる御威光に守られたただの持ち物で私達は、いいのでしょうか?」 グレイスは檀下を見た。その陰から広場を警戒する竜哉、そして開拓者達の姿を見つけ微笑した。 竜哉の言葉が胸に今もある。 『…忘れるな…俺は計画に賛同するわけでも、馴れ合うわけでもない。 だがな、我等が皇帝が認めた以上「お前自身の失敗に寄る破綻」で無い限り、他の干渉で幕を引かせる訳にはいかんのだ。 自らの見識の甘さで民の意思にて裁かれるか、皇帝の期待に十全以上に応える以外の終幕は許さない』 皇帝陛下の忠臣の言葉はグレイス自身の思いでもある。 グレイスは大きく深呼吸した。 「…私は、この南部辺境に身分差別の無い自治区を作りたいと思っています」 大きなざわめきの中、グレイスは続ける。 「その目的は皇帝陛下への叛意ではなく、陛下が守り作り上げた我らが故郷、ジルベリアを未来に繋げていく為の人材を作り上げる裾野を広げる事。 目指すのは貴族の優位はなく、平民も自分自身の能力で高みを目指せる。自由に他国に行き、その知恵を学び、愛する人と結婚できる。そんな場所。 誰もが望む未来を自分の意思で選びとれる可能性と、自由がある街です。 計画を…皇帝陛下もお認め下さいました」 グレイスは続ける。 「しかし、自由には責任と覚悟が必要です。 加え、一歩間違えれば他国との交流はただの流出で終わるでしょう。身分差別の無い世界は無秩序を生み、逆にこの国を揺るがせるかもしれません。 …ですが私は信じています。皆さんもまた我々の故郷、ジルベリアを愛していると。 より良い未来の為に前を目指す意思を持っていると…」 彼は強い眼差しで語りかける。自分が共に生きてきた南部辺境の民と…開拓者に向けて。 「南部辺境はこれより新しい街の、港の開拓に動き出します。 他儀との交流に特化した新港は、自治計画の最前線であり、新しい教育、流通、経済の中心地となることを私は目指しています。ですが、この計画は私一人で為し得る事ではありません。 皆さんの協力が必要なのです。どうか、力を貸して下さい。 ジルベリアを、私達の故郷を共により良いものとし、未来へ繋げていく為に…」 辺境伯は人々の前に膝を折り騎士の礼を捧げた。 不思議な静寂がどれだけ続いたのか。 パチ、パチパチ、パチパチパチ…。 民の中から拍手が上がった。 一人の拍手はやがて二人となり、三人となり…会場全体に広がっていく。 「ユーリ…」 マックスは小さく呟いた。彼の視線の先でユリアスも拍手をしている。 満場の拍手を受け、グレイスはお辞儀をすると後ろを振り向き、自分を見守ってくれた開拓者に微笑んだのだった。 「無事、終わったようですね」 「なんとかなったみたいで良かったな?」 「…良かったかどうかはこれからの話だ。それに辺境伯を狙ってた雑魚もいた。それらの正体も突き止めなきゃならん」 「確かに…。今は…せめて願っておこうか。辺境伯と我が共に壇上に上がることがないことを」 仲間達のそんな声を聴きながら、フェンリエッタは静かに壇上のグレイスを見つめていた。 ●告白 拍手を受け、微笑むグレイスを見ながら、フレイは思った。 (…グレイスの大義は敵が多い。でも、私は信じる。 彼と、彼や彼の親が道を示したこの国を。 皇帝に打ち明ける、そういう手段をとった時から、それは私の中で決定事項。 例え、私だけになっても、私は彼の味方よ。 何があっても彼を支えるわ) バチン! 夕闇の庭に乾いた音が響いた。 「2人等しく扱い片方の首切る事が誠実? 向き合う? どちらに対しても失礼よ。人を、人の心を何だと思ってる…」 告白を終えたグレイスはフレイを城の中庭に招いたのだ。 「大事な話があります。おいで頂けますか?」 と。 フレイが着いた時、既に場にはフェンリエッタがいた。 そして正に今、彼の頬を平手打ったのだった。 「貴方を愛してたフェンリエッタを一つの暴言で殺したのは、貴方。 それでももう一度貴方に恋ができればと願ってた。 貴方と大好きな南部の皆と生きてくのが夢だった…」 グレイスがここに来たときから、フレイの姿が見えた時から、言葉を発する前からフェンリエッタはグレイスの返事を、解っていたのかもしれない。 それでもグレイスは彼女にはっきりと伝えていた。 「貴女の想いには応えられない」 と。 彼の返答にフェンリエッタは強く唇を噛みしめて続ける。 「望む女性像を皆教えてくれたけど、その通りの役割を演じ今の貴方を愛する事は、子供が欲しがる玩具を与え甘やかすのと同じ。 …私に意味もない」 手を震わせながら、思いの全てを紡ぐフェンリエッタの言葉を、叩きつける様な想いを…グレイスはただ静かに見つめていた。 「与えられる物を享受するだけじゃ選び取る事などできない。 平等を目指す貴方がそれでどうするの? 思い上がらないで…」 グレイスは何も言わず、語らず刃のような思いの前に膝を折り続ける。 「己の手で人を笑顔にしたいと思った事、ある? 人の明日の幸せを、人生の内容の質を本気で考えた事は? 恋愛以前に、自己愛を脱し人として当たり前の思いやりに気付いて欲しかった…」 「貴女と私は似すぎていたのかもしれませんね…」 「どういう事?」 奔流のように流れたフェンリエッタの思いの最後、全てを受け止めたグレイスは立ち上がり、彼女を見つめそう、告げた。 「正直に言いましょう。私には最初、本当に長い事、貴女が何故私を愛して下さったのか、解りませんでした。 辺境伯を拝命し、直後に戦乱を迎えたあの時、私は与えられた重責に押し潰されそうで自分の至らなさを悔い、ただただ、虚勢を張り続けていました。 だから見知らぬ貴女の献身と誠実、そして愛に私は戸惑っていたのです。 嬉しいと同時に、重かった。私は人を愛する資格の無い人間と、そうも思っていましたから…」 立ち上がり、グレイスはフェンリエッタを見つめる。 「時を重ね、私は貴女を愛しく思う様になりました。 南部辺境と私にとって貴方はかけがえのない方になっていった。それは事実であり真実です。 …けれど私が、開拓者の皆様との出会いを経て変わる頃、…貴女もまた変わってしまわれた。 覚えておいでですか? 私が貴女に愛を告げようとした時があったことを。 伸ばしかけた手はしかし、届かず、私は貴女を邪魔してはいけないと思った。 …私か貴女。どちらかが傷ついてなお一歩、進み出す勇気を持っていれば、いいえ、いっそ変わらなければ私は貴女の手を取っていたでしょう。間違いなく…」 鏡を見る様にそれは静かな眼差しだった。 「私は鏡の向こうの自分を、貴女を愛せなかった。それが全てです。 許しを請う資格もないのでしょう。 だから…さようなら。美しき白鳥。どうぞ自由に…。貴女の心のままに…」 彼はフェンリエッタにそう告げ、 「…呪われた白鳥の末路が答え。さようなら、南部辺境伯」 フェンリエッタは…去って行った。 二人の会話を、ただ見るしかできなかったフレイの前で 「お許しを。でも、貴女にはこの場を見て頂かなければならなかったのです」 グレイスは微笑むと、フレイの前に立った。 フェンリエッタに向けたそれとは違う、熱い眼差しで。 「私は愚かな男です。自分を偽り続け、身を削り人を傷つけ、自分の我が儘を通そうとする。私は何より自分が嫌いで…でもきっと自分が大切だった。 彼女の言う通りの救いようのない男です。けれど…」 自分の愚かさ、後悔、その全てをさらけ出して後、グレイスはフレイの前に膝をつき手を取り、そっと口づける。 フレイは熱くなった手に冷たい何かを感じ、グレイスと手の平を見た。 そこには小さな、古い紅玉髄の指輪が乗せられていた…。 グレイスは告白する。 彼が選んだ女性に向けて。 「貴女は私を照らして下さった太陽です。迷いなき笑顔で私自身と向き合って下さった。 だから貴女になら全てを見せられると、そう思いました。 貴女の前に全てを明かし、共に歩み、支え合い、同じ未来を見たい。今、心からそう思っています。 愛しています。 私を暗闇から導いて下さった光の女神。 どうか、私の妻となり、この指輪を嵌め、私の夢を、願いを共に叶えてはくれませんか? 同じ未来を見ては頂けませんか?」 告白の日は、終わりを告げた。 南部辺境に、それぞれの胸に、光と闇を残して…。 |