【雨】雨柳の伝説
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/09 23:19



■オープニング本文

 雨の中、それは甘えるようにもたれかかり柳の木に口づけた。
『お前と出会えて幸せよ。
 さあ、今日もまた愚かな人間どもに夢を見せてあげましょう』
 柳の木はさわりと答えるように、喜ぶように枝を揺らした。
 …今日も雨柳の夢に誘われた愚かな餌がやってくる。…と。

 最近、神楽の町で伝説のように言い伝えられている話がある。
 雨柳(あめやなぎ)。
 晴れている時には何もない場所に、雨が降ると幻のように現れると言う柳である。
 その柳の下には精霊がいて、その精霊を見つけた者は世にも幸せな夢を見られると言う。
 ある者は柳の下で理想の女性と出会ったといい、ある者は柳の下で先立たれた恋人に出会ったと言う。
 彼らは世にも幸せな笑みを浮かべ、雨の降る日を待ち望んでいたらしい。
「雨の降る日…柳の下で…」
 ただ、幸せな夢には支払いが必要だった。
 それは己の命。
 雨柳を見た者は例外なく三度の雨の前に命を落とすという。
 ある者は衰弱し、ある者は身体から血を抜かれて。
 けれど彼らは皆、幸せそうな笑みを浮かべていたそうだ。
 きっと幸せな夢を見て死んだのだろうと人々は噂した。

 そんなある日。
「また、雨柳かい?」
 死体が見つかった。
「ねえ! 正気に戻ってよ!」
「煩い! お前なんかもうどこにでも行っちまえ! 俺には…あいつさえいればいいんだ!」
 そう言って娘とさしかけられた傘を払いのけ、雨の中を走って行った青年は翌朝、河に血が抜かれた死体となって浮かんでいた。
「どうして…! ねえ? どうして!!!」
 娘の問いに青年は勿論答えはしない。
 死に顔はどこか幸せそうな笑みさえ浮かべていたが、娘が愛した優しい彼の笑顔とは違う。
 自分に向けられたのではない最後の笑みを見つめ娘はただ呆然としていた。
「可哀想に…結婚の約束までしていたんだろう?」
「いや、なんでも一方的に婚約を解消されたらしい。
 理想の女性と出会った。お前とはもう一緒にいられない、とか言って」
「ホントかい? 凄く、仲睦まじかったじゃないか! 二人で一つの傘に入ってさ…」
「男ってのは勝手だねえ〜」
 そんな周囲の言葉を背に、娘はふと立ち上がると歩き出した。
「おい! どこに行くんだ!!」
 腕に彼との思い出の傘を抱きしめて…。

 ずぶ濡れの彼女がやってきたのは開拓者ギルドであった。
 外は確かに雨が降っているが、傘を持っている筈の娘は何故か傘を胸に抱えたままだ。
「どうしたんだ? 一体?」
 彼女は伏せた目を上げ、係員を見つめ、言った。
「雨柳とその下の精霊を見つけ出して下さい」
 と。
「雨柳?」
 雨柳の伝説は係員も噂程度には耳にした事があった。
 実際に被害も出始めている、という話も聞いている。
「だが、雨が降った日にしか現れずに、しかも限られた人間にしか見えないって話だろう?」
「難しいのは解っています。でも…私はこのままではどうしても気持ちの整理がつかないのです。
 雨柳と出会い、あの人は私と傘を捨ててそれを追い求め…死にました。
 あの人が私を捨て、命を捨ててまで追い求めたものの正体を知らなければ、そしてそれが本当に悪いモノであるならそれを消し去らなければ、…あの人も浮かばれません」
 窓の外を見れば、いつの間にか雨が降っている。
 彼女の一念が雨を呼んだのか、それは解らない。
 だが、人の心を盗み、命を奪うと言う「雨柳」。
 良いモノで有るわけはないし、確かに放置もしておけない。
 人の命を喰らうアヤカシである可能性も十分にあるのだから。
 ギルドで依頼を受けて貰えなければ、彼女は自分一人でも雨柳を探しに行きかねないと係員は思う。
「そして…できれば、雨柳を見つけたら私にも見せて欲しいのです。この目でそれを確かめ、見届けたいのです」
 係員を娘は思いつめた目で見つめる。
 一方的に自分を捨てた恋人の死後、彼女はおそらく泣けもしないのだろう。
 目元は腫れたようにむくんでいる。
 係員は頷き、彼が依頼を貼り出したのを確認した彼女はギルドを出たが、変わらず傘は差さずに抱えたままだ。
 
 …雨は強く降りしきり暫く止みそうに無かった。


■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
蒼月ソロモン(ic0966
16歳・男・魔
シマエサ(ic1616
11歳・女・シ


■リプレイ本文

●雨柳を追うもの
 依頼人の娘は今日も雨の中、雨柳を探しているらしい。
 ギルドの係員からそう聞いた開拓者達は町の中を探してみることにした。
「雨の中、傘をささないで歩いている女の子を見かけなかったかな?」
 ケイウス=アルカーム(ib7387)の問いに傘売りの露天商はあっちに行った、と指差した。
「ありがとさん。ほら」
 笹倉 靖(ib6125)は手近な傘を買うと仲間に渡し、自分でもさして歩きはじめた。
「すまぬの」
 ケイウスも椿鬼 蜜鈴(ib6311)も傘を受け取って広げる。
 雨の雫が踊る様な弾むような音を立てて鳴っている。
「雨の日にだけ現れる柳。精霊が見せる幸せな夢、か〜」
「雨柳、幽霊であれ精霊であれ人の気持ちに付け込む様なやり方は許せないな」
 拳を握りしめるケイウスを横に靖は
「ケイウスの思い人が柳の下に出てきたりしてなー」
 さりげなく頷いて見せる。
 靖の言葉、”想い人”の一言に思い切りずっこけたのはケイウスだ。
「い、いないよ!想い人なんてっ!」
「え、何その反応。誰かいるの?」
 絶対ワザと言っているであろう靖に、ケイウスは怒りかけたが、ふと気が付けば肩の力が抜けている。
 普段通りのやりとりにいつの間にか気持ちが落ち着いていた。
「…ありがと」
 小さくお礼を言うケイウス。
 当の靖は気にした様子も見せず小さく笑って飄々と前を行く。
「でも、本当に精霊、なんでしょうか?」
 蒼月ソロモン(ic0966)はメモを見ながらひとりごとのように呟く。
 小さな声であったがそれは全員の耳にはっきりと届いた。
 歴戦の開拓者達の視線を受け久しぶりの依頼だというソロモンは少し緊張ぎみに、でも自分の調査結果と思いを話す。
「いろいろと聞き込み調査をしたんですよ。『雨柳』を見た人達は全員亡くなってはいたんですけど、ご家族とか皆さん『きっと幸せな夢を見られたんだろう』って、妙に諦め顔で」
「ふむ、求める者…か」
「怪しすぎな噂ですにゃ! きっとアヤカシの仕業ですにゃ!」
 ソロモンのメモを覗き込む蜜鈴の言葉に割り込む様にシマエサ(ic1616)は拳を握り力説する。
「どうしてそう思うんだい?」
 と問うケイウス。
「精霊様が関わっている、という噂の内容に雨柳は精霊に属するもので、悪いものではないという事を流布しようとする何者かの意志を感じるのですにゃ。
 精霊様が人間に危害を加える事はあるにせよ、例えばアヤカシに憑り殺されるのと精霊様の御許に行くのとでは心理的な抵抗感がまるで違いますにゃ
 事実、死者が出ているにも関わらず今まで雨柳を討伐しようという動きは無かったみたいにゃ」
「それは確かに。自分には関係ない、と思う人が多いにしても抵抗が薄い様な気がするんですよね」
 メモを見ながら同意するソロモンの言葉にシマエサはさらに力説する。
「…私の読みが正しい場合言葉に、人間社会に噂を流す事の出来る、知性あるアヤカシが関与してる可能性が高いですにゃ。
 例えば夢魔や吸血鬼の様な…。注意してかかるですにゃ」
 シマエサの言葉に小さな緊張、は走らなかった。
「雨柳は幽霊じゃなくてアヤカシかもしれないのか…! だ、だよね! そうだよねっ!」
 逆にケイウスや仲間達の間には強い意思が生まれる。
「…あ、あそこに彼女がいます!」
 見れば確かにソロモンが指差した先に依頼人の娘がいる。
 雨の中、傘を持っていると言うのにさす気配は無い。
 自分達の傘より少し大きな、いわゆる愛藍傘という奴だろう。
 雨に濡れながら傘を抱きしめる娘を見つめ…
「いつまでも…あのままにしておいちゃダメ、だよな」
 ケイウスは彼女の側に行き
「風邪をひくよ」
 そっと傘をさしかけた。

●柳が見せる夢
 一人、単独行動をとっていた竜哉(ia8037)は雨の中、傘をさして歩きはじめた。
「さって、それじゃ調べてみようかねっと」
 仲間達と連絡を取り合わない訳ではない。ただ一人で思う事、考えたいことがあったのだ。囮になれればという思いもある。
「心から求める人、ね」
 話を聞いた時、竜哉が感じた嫌な思いが胸を過る。彼は仲間に告げた。
「多分だが、犠牲者が見たのは総じて「故人」なんじゃねぇかな。今回の依頼人もそうだがね。
 求めても、決して届かないからこそ、激しく求めるってな」
 それは、後にソロモンやシマエサの調査で裏付けられる。
 彼らの多くは死した恋人や憧れていた相手がいて、その幻を見たようだった。
 愛する者の死に憔悴する犠牲者達を知っていただけに周囲の者は彼らが求む人と会い夢に死んだのなら幸福だったのだろう思ったのだ。
「ま、まずアヤカシで間違いないだろうがな」
 竜哉は確信している。検死報告などを見せて貰ったが生気を吸い取られて死んだ者は、殆どが太い荒縄のような者で締め付けられていた。
 人を締め付けて殺し、血を吸って殺す。
 そんな精霊など有りえない。
「敵はおそらく複数。ついでに柳なら水辺に現れるのかもしれないよな」
 死者の発見地点を書きとめた地図を確認しながら竜哉は歩く。
 そんな時、ふと…
「?」
 竜哉は足を止めた。今、何かとすれ違ったような気がしたのだ。
 一瞬の事だ。目を凝らせば何も見えないし誰もいない。
 けれど
「今のは…」
 振り返った竜哉はそこに見る。風に揺れる柳の木とその影。
「こいつか…」
 口の下で小さく笑った竜哉は歩き去る。何も無かったように知らん顔をして。
 仲間達の元へ向かう。
 彼らと依頼人を連れてくる為に…。

 開拓者達がやってきた時、柳はまだそこにあった。
 風に揺れる柳に瘴気は殆ど感じられず、普通の柳に見える。
 けれど…その下にはいつの間にか一人の男が立っていた。
「どうじゃ?」
 愛藍傘を抱える娘に蜜鈴は問う。
「………裕也。どうして…」
 バシャンと音を立てて傘が地面に落ちた。
 娘の目から流れ落ちる涙、それが答えである。
「そうか…。娘、さっきのわらわや靖との約束を忘れるでないぞ。
 決してわらわの側を離れぬ事。わらわの指示に従う事。わらわの邪魔をするなればその命、失せると思いやれ?」
 抱き寄せて娘の目を塞いだ蜜鈴は仲間達に頷いて見せる。
「ほんのひと時幸せな夢が見られたとしても幻は幻だ」
 ケイウスは番傘を閉じると竪琴を手に一歩前に進み出る。
「俺は、人の心を玩ぶお前らを許さない!!」
 そう叫んだ瞬間、柳の枝が、しなる様にその身をよじらせケイウスに向けて一直線に放たれた。
 ケイウスを絡め取る筈のそれは、飛び込んだ竜哉のソードウィップに逆に絡め取られ、引きちぎられる。
「やっぱりな。気を付けろ! 絡まれたらきっと巻きつかれて血を抜かれるぞ」
「了解! ケイウス。前に行きすぎるなよ。蜜鈴、その子を頼む。シマエサとソロモンは近づきすぎるないで後方から援護してくれ! 敵は雨柳ともう一匹、二体だ!」
 仲間に指示を与えながら靖は前衛である竜哉の横に立った。
 柳に感情が見える訳では無い。
 けれど、人で言うならきっと怒りに身体を震わせているのであろう枝を揺らめかせる柳を見ながら
「雨柳の伝説はここでおしまいってこと。逃がしたりはしないからな〜」
 宣戦布告、靖は手の中に紡いだ白霊弾を投げつけたのだった。

●雨柳の伝説の終り
「ちっ! 木の割になかなか固いじゃないか!」
 幹に向けて切りかかった竜哉は跳ね返った剣に小さく舌を打った。
 柳というからには植物系。
 ある程度の耐久があるのは想像できたが予想以上に固く、早く、なかなか通常の攻撃が通らないように感じるのだ。
 一方で攻撃力は低いようだ。
 攻撃手段は時折絡みついてくる糸と柳の枝を伸ばしてくる触手のようなもののみ。
 大したことは無い。
「こういう手合いには魔法攻撃が有効って相場が決まってるんだけど…」
 白猫黒猫で前衛援護をするケイウスは悔しげに後ろを振り向く。
 後ろでは娘の恋人の姿を取ったアヤカシが、娘に狙いを定めて襲い掛かっているのだ。
 シマエサが仕込日傘で迎撃しているが、娘を庇いながら戦う彼女らには分が悪いかもしれない。
 ケイウスはそう思いかけて蜜鈴の援護に向かおうとするが
「いらぬ!」
 それに気付いたのだろう。蜜鈴は手を払う様に揺らめかせそう言った。
「そろもんと言ったな。前の皆の援護に入ってたも。こちらは心配はいらぬ」
「は、はい…」
 サンダーの術を用意しながら駆け出すソロモンを見送って後、蜜鈴は娘を抱く手を放した。
「見よ」
 閉じられていた瞳が開かれ、娘が異様な形相でシマエサと戦う恋人の姿を捕える。
「あれはそなたの愛しき男か? そうではあるまい?」
「…裕也…」
 娘が噛みしめるように名を呼ぶ。
 けれど男はただ笑いながらシマエサと切り結ぶのみだ。
 転がった開拓者の番傘が踏みつけられ壊れている。
「夢か現か…望みは遙か高く…なれど叶う事は無い。なれば、その思いを地に繋ぐことなく天に還してやるがせめてもの救いよ」
 娘の返事を蜜鈴は待たず、手の中に炎の術を紡いだ。雨の中、その効果は高くはあるまいが、炎には別の意味もある。
「猛よ渦炎、幻影を撃ち砕く灯となれ」
『うぎゃあああ!!』
 蜜鈴の放ったエルファイアーを受けた男は人とは思えぬ悲鳴をあげてのたうち始めた。
 一瞬、駆け寄りかけた娘は、だがしっかりと握られた蜜鈴の手に足を止める。
 男、いや男の姿をしていたそれは最後の抵抗とばかりに開拓者に向けて「何か」を放ったようだった。
「みぎゃー!」
 小さな悲鳴をあげたシマエサは何かを振り払う様に顔を振ると仕込み日傘をくるりと回し「それ」の胸に突き立てた。
 尻尾を捻って幻影から逃れようとしたのだろう。一か所赤く腫れている。
「私の大切な人はもう側にいますにゃん!」
「…然様な幻影には惑わされぬよ。側に居る故…な…」
 冷たく見下ろす二人の開拓者の前で「ソレ」は小さく笑う様な顔を作ると、人の姿を失い瘴気の渦となって消えて行った。

 一方で雨柳との戦いも終局を迎えようとしていた。
 防御力は高くてもそれだけの敵、竜哉ほどの力があれば時間さえあれば倒せる相手だ。
 加えてケイウスが唄で援護を与えてくれて、魔法の援護があればそれは格段に早まる。
(心を落ち着けて…冷静に)
「竜哉さん!」
 ソロモンが放ったサンダーが竜哉を捕えようとしていたしなる枝に落ちる。
「助かる!」
 焼けたように黒く焦げ、動きを止めた枝を竜哉は一刀両断、切り捨てた。
 柳の枝の多くは落ち、幹も傷ついている。
 このまま止めを。そう思って踏み込みかけた時、刹那、竜哉の足が止まった。
『うぎゃあああ!!』
 人とは思えない叫びの後、竜哉の前に幻が過ったのだ。その瞬間を狙う様に柳が竜哉を絡めとる。
「竜哉!」
 ケイウスは竪琴をかき鳴らし「安らぎの子守唄」を奏でる。靖も同様に解法の術を。
 柳の枝に無抵抗で絡み寄せられた竜哉は、目を開き、はっきりと言う。
「悪いな。あいつは「自分の所に来い」何ていうタマじゃないな。どこまでもくたばるまで必死に足掻け」って言う奴だ。だから、どっちにしろ俺のすることは決まっている!!」
『!!!』
 バチンと弾けるような音と共に柳の音の無い悲鳴が響いた。
 竜哉の忍鎧「羅業」から飛びだした無数の刃が、0距離で雨柳の幹を砕いたのだ。
 ゆらりと姿が半透明となる雨柳。その根元が宙に浮かぼうとするが
「逃がさない!」
 そこにソロモンのサンダーが再び下る。靖の白霊弾が根を焼き再び地面に落下した柳を解放された竜哉はソードウィップで細切れにした。
 幻の人の姿はとうに見えない。八つ当たりだと解っている。
 しかし
「同じ悪夢なら何度も見た、だから同じ事をするだけだ。他者の力で見る幸せな夢など俺には意味がない」
 瘴気に還って行く柳にそう告げ、静かに見送るのだった。
 心の中の幻と共に…。

●雨が止んで
 その川辺は、奇しくも彼女の恋人が死んだ場所であったと娘は語った。
「あの人には、昔本当に愛した女性がいたんです。
 彼女は早くに病気で亡くなり、落ち込んでいた彼を私が慰める形で私達は付き合うようになりました。
 …私はあの人を愛していた。でも…彼にとってはきっと彼女が忘れられなかったんですね」
「可能なら、男じゃなくアヤカシを憎んで欲しいんだが。アヤカシは絶対の悪意で人を貶めるんだからな」
 頭を掻く様に靖は言うが、遠い何かを見つめる様な娘の眼差しは沈んだままである。
 そんな娘の手を取り、ぐいと引き寄せると蜜鈴は顔を自分の胸に埋めさせた。
「我慢などする必要は無い。哀しみ、悲しみ、憎しみもやるせなさも全て吐き出してしまうがよい」
 ぽんぽんと、まるで母が子を抱き慰める様な優しさで蜜鈴は娘を抱きしめる。
 と、彼女は
「…う、…う、うわああああん!!」
 堰を切ったように泣き出した。我慢し続けていた涙が、思いが全て流れ出したように思える程、それは激しいものだった。
『今は只、泣くが良いよ…それが彼の者の為でもある』
 泣きじゃくる娘と慈母の笑顔で語りかける蜜鈴を仲間達は静かに、ずっと見つめていた。

 それほどの時間が経ったろうか。
「気持ちの整理はついたかい?」
 靖の言葉に娘は顔を上げた。
 目元は朱く腫れあがっているが、どこか晴れ晴れとした印象を受ける。
 ケイウスは落ちていた娘の傘を拾って汚れを払うと、
「はい」
 広げ、さしかけた。
「靖も言ったけど、アヤカシは人の心を狂わせる事があるんだ。
 雨柳を見た後の彼の言葉や行いは本心じゃなくて、アヤカシがそうさせたんだと思う
 悪いアヤカシはいなくなったよ。
 後は君がその傘をさせるようになって、それでやっと彼も浮かばれるんじゃないかな」
「…辛いかもしれないけど、貴方は一人じゃないです。きっと助けてくれる人もいるし、新しい出会いもあります」
「そうですにゃー。きっと今頃本当の運命の人が貴方を探していますにゃん」
 ケイウス、ソロモンとシマエサと続いた開拓者の思いと言葉。
「ありがとうございます」
 娘はそう答え、ケイウスから傘を受け取った。
 そして、さす。
「皆さんのおかげで、私、やっとあの人以外のものを見られるような気がします。
 本当に出会えるかどうか解らないけれど、もう一度、この傘に一緒に入ってくれる人を探してみます」
 娘はそう言って笑った。
 開拓者達に笑顔を見せてくれたのだ。
 髪も、顔もびしょぬれでお世辞にも美しいとは言えなかったけれど、でもキレイだと思った。
 今までとは違う、輝きを彼女は放っていた。

「あ、雨が止みましたにゃん!」
「虹です」
 開拓者達は空を見上げた。
 雲間から光のハシゴが降り、その上に虹が輝いている。
 とても美しい光景だった。
 止まない雨は無い。
 雨が止み、虹が出るように、梅雨が終わり、夏が来るように娘の上にもいつか新しい出会いと言う輝かしい夏がやってくるだろう。
 それを信じ開拓者と傘をさした娘は、長く、長く空を見つめるのだった。