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■オープニング本文 ●風雲の調べ ギルド長大伴定家の机の上に積み上げられた文は、冥越解放に向けた布石として展開された作戦についての報告書である。喜ばしいことに作戦の多くは概ね順調に進んでいるというのだが、しかし。 「アヤカシに不穏な動きあり」 報告に訪れた職員たちが、新たな報告書を取り出し、大伴の顔をじっと見やった。 「アヤカシが、不穏でない動きを見せたことがあるかの?」 「お戯れを……これをご覧下さい。各地で我々の動きに呼応しています」 職員が懐から取り出した懐紙を開く。 ここからは慎重に対策を講じなければならない。これらの報告書も、数名で手分けして情報の秘匿に努め、アヤカシに悟られぬようその影を警戒していのことである。 「うむ、ならばこちらも、次の一手を打たねばなるまい。開拓者たちには密かに連絡を取るのじゃ。アヤカシに後の先を取られてはならぬ。よいか、ゆめゆめ慎重にの……」 柔和な顔に、深くしわが刻まれた。 それから数刻後のこと。冥越での前哨戦となる依頼が数多張り出された、神楽のギルド。自らの力を振るうべき場を求めて依頼を眺めていたあなたに、見知った依頼調役が接触してきた。依頼をお探しであれば、どうでしょう、あちらの個室でじっくり検討なさいませんか―― ●優しき顔の悪魔 「お願いです! 信じて下さい!」 そう、少女はギルドの係員の前で涙ながらに訴えた。 「不動寺をアヤカシが狙っているんです! 開拓者の皆さんに化けて、みんなを騙しているんです!」 係員は少女を宥めながら考える。 東房国から必死にここまでやってきた少女の訴えを疑うつもりは無いが、それにしても直ぐには信じられない話であった。アヤカシが開拓者を装っているなどとは…。 「私は、不動寺にお世話になっている避難民の一人です。村は戦火に巻き込まれて帰れる目途はまだたっていません。でも…不自由な生活の中、なんとかやっていました。 そんなある日、二人の開拓者の方が…町にやってきたんです。男性一人と、女性一人。戦火から不動寺を守る手伝いをしたいとおっしゃって…」 その日、丁度アヤカシの襲撃があった。 冥越への侵攻や魔の森の焼却など、戦乱の手配、準備で守りが手薄になっていた不動寺は、見事な実力でアヤカシを退けた彼らを喜んで迎えた。 男性は陰陽師、女性は吟遊詩人だ言って彼らはあっという間に町に溶け込んだ。 人々は彼等に頼り、彼らもそれに答えていた。 少女の兄も彼らを慕い、その身の回りの世話と手伝いに付いていると言う。 「でも…ある日私、聞いてしまったです! 兄に届け物をするとき…彼等の話を!」 『やれやれ、せっかく餌が山盛りなのにお預けとは辛いな』 『まあまあ、あと少しの辛抱よ。手の者も少しずつ紛れ込ませているし、信頼も得てきているわ。私達がアヤカシだと知りもしないで…』 そう笑いあう二人の背には大きな三つの狐尾がぶわりと幻の様に浮かんで見えた。 『確かに、信頼が裏切られた時の絶望。希望が恐怖へと変わる瞬間の苦悩、慟哭。それに勝る美味は無い。 奴らが魔の森への侵攻に気をとられている間に不動寺を押さえ、背面攻撃の準備をせよと於裂狐様の仰せだ。奴らと正面から挑み傷つくのは山喰や芳崖達だけで十分。我らは一番美味なるところをじっくりと、ゆっくりと頂こう』 『影の連中は何時頃こちらに?』 『早い者はもう着く筈。遅くとも一週間のうちには全部到着すると言う。援軍もその後には来るだろう。それまでに町の完全掌握を目指すのだ』 「あの方達は…いえ、彼らは優しい顔をした悪魔…アヤカシなんです! 町の皆はすっかり二人に騙されているし、そうでなくても操られたかのようにあの方達に夢中になっている人もいます。兵士の皆さんも彼らを信頼しています。 今、私一人があの方達はアヤカシだ、などと言っても信じては貰えないでしょう…。 私だって、信じられなかったし、たった一人の兄ですら…信じてくれなかったのですから…」 震える手を少女は握りしめる。 「…だから、お願いです。私と一緒に来て下さい。そしてアヤカシから町を守って頂けないでしょうか? このままだと、町は内側から滅ぼされてしまいます。どうか、どうかお願いします!!」 東房から危険な戦場を抜け、一人必死にやってきた少女が嘘をついているとは思えない。 「だが、真実なら真実で…大変な事だぞ。これは…」 係員は頭を抱える。 アヤカシが既に不動寺に開拓者として潜り込み、信頼を受けているとなれば対応には慎重を期さなければならない。 下手な手を打てばアヤカシ達は本性を現し、人々を人質にしてくるかもしれない。 逆にアヤカシ達を信頼している人々を騙し、彼等を盾にして開拓者を悪者に仕立て上げるかもしれない。 どんな能力を持っているかは解らないが、少なくとも人間並みの知性と、開拓者に化ける能力、そして魅了の力は持っていると言うことだろう。 現時点では敵の数は二匹。 だが一週間を経過すれば援軍が来ると言う。 そうなれば不動寺の危険度はさらに跳ね上がる。 とにかく開拓者を送り、事実関係を把握する。 そして妖狐を倒さなければならない。 万が一、敵の思い通りにされれば冥越進行どころでは無い。 貴重な拠点を奪われこちらが挟み撃ちにされることになるだろう。 不動寺と門前町にはかなりの一般人がいる。 彼らになるべく犠牲を出さないようにするのが大前提だ。 「大丈夫だから、心配するな」 少女をそう慰めながらも係員は、難しい戦いになりそうだと思いながら開拓者達に声をかけるのだった。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 胡蝶(ia1199) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / コルリス・フェネストラ(ia9657) / ユリア・ソル(ia9996) / サラターシャ(ib0373) / 无(ib1198) / 中書令(ib9408) |
■リプレイ本文 ●少女との約束 おそらく、不安でいっぱいだったのだろう。 「信じて…下さるんですか?」 震える声で告げる少女の前で 「ああ、勿論だ」 膝を折った羅喉丸(ia0347)は目線を合わせ、そっとその頭を撫でる。 「伝えてくれて、ありがとう。一緒に不動寺を守ろう」 嬉しさのあまり泣き出した少女に小さく微笑んで後、胡蝶(ia1199)は仲間達に顔を向ける。 「慎重に動かないとね……相手がアヤカシならきっと、簡単には正体を現さないわ」 「そうね。潜入撹乱を任されたアヤカシならなおの事、でしょう。 アヤカシの動きも単調じゃなくなってきたわね。軍事戦略戦って所かしら。気をつけなくちゃ」 ユリア・ヴァル(ia9996)に静かに頷いてだから、と胡蝶は続ける。 「…ゆさぶりをかけてみようと思っているわ」 そして、計画を仲間達にそっと告げる。 「…いぶり出すか」 側で自分を見つめる玉狐天 ナイに一人ごちるように无(ib1198)は呟く。 「奴らに守りを固められてしまうとやっかいだものね。いい案だと思うわ」 微笑むユリアに 「もしかしたら、後で怒られてしまうかもしれないけれど私たちが説教を受けるのと、不動寺が襲撃を受けるのとでは、前者の方がマシでしょう?」 胡蝶は肩を軽く、竦めて見せた。 仲間達は視線で微笑み、同意する。 「後は聞き込みやな。うちは子供中心に聞いてみようと思う」 「だが、聞き方に気をつけないと余計な混乱が起きるかもしれんな」 「わかった。その辺は十分に注意するわ」 芦屋 璃凛(ia0303)は竜哉(ia8037)に頷き、話を詰めていく。 「…私は、別の形で、ゆさぶりをかけてみる…。手を貸してね。伊邪那」 玉狐天に柚乃(ia0638)は囁きかけた。 「於裂狐の手の者…の仕業ですか。このまま放っておくわけにはいきませんよね。 被害が出る前に対処しなきゃ。私も微力ながら、尽力します」 「開拓者がいきなりたくさん来ると警戒されるかもしれないな。最低でも出入り口やその周囲の警備に奴らの手が掛かってると見て良いと思う…壁乗り越えて入るか…」 「私は、演奏をして避難されてる方達の気持ちを和ませようと思います。以前、お手伝いに来て顔を知られているので、芸人として…というのは無理があるかもしれませんが、皆さんがアヤカシと対峙する時一般の方と引き離す意味も込めて…」 「その時は、私も手伝うわ」 サラターシャ(ib0373)の提案に、ユリアが寄り添う。 胡蝶と羅喉丸、无の役割分担。 歴戦の開拓者達は驚く程スムーズに話を進めていく。 少女はただ目を見開くばかりだった。 「…先ほどの話を聞いて気になることがあります。気にし過ぎなら良いのですが…」 「では、まず不動寺に着いたら敵の姿を確認したいと思います。皆さんのお役に立てるでしょうから」 コルリス・フェネストラ(ia9657)の言葉に頷くと、中書令(ib9408)は少女の方を見た。 「貴方の力が必要です。お手伝い…頂けますか?」 少女は掌をぎゅっと握りしめる。 彼らなら、大丈夫だ。 きっと、町を、皆を守ってくれる。 開拓者を信じて少女は 「はい!」 大きな声で頷いたのだった。 ●狐と開拓者の化かし合い まず開拓者達は少女が話を聞いたと言う路地に向かった。 『敵』の姿を確認する為だ。 加えて少女の訴えが真実であることの証明にもなる。 「貴女が、その光景を見た日にちと時間を教えて頂けますか? なるべく、正確に」 不動寺へ来るまでの旅の途中、そう中書令に問われた少女は、日を教え、丁度今くらいの頃合いであったと、開拓者達を現場に導いた。 そこは本当に裏路地であり、表通りからそう遠くない所でありながら人の目が無い所。 「でも、ここを通ると近道なので偶に通る人はいるんです」 少女の言葉に頷いて中書令は琵琶を静かにかき鳴らした。 幾度かの挑戦の後、ふいにゆらりと場が揺れて幻影が浮かびだされる。 そこには少女の言うとおり、男女二人が怪しく、そして心から楽しそうな表情で笑っていた。 「ふん、なかなか美形じゃないか。まあ、自分の本当の姿じゃないんなら綺麗な方が何かと便利ってことか」 竜哉はそう言うが、彼の目は二人の顔など見てはいない。…背に揺れる三つの尾に向けられていた。 「…君の言う事は真実だったな」 大きな手で羅喉丸が少女の頭を優しく撫でる。 勿論疑っていた訳ではない。でも真実だと解ればより力が入るというものだ。 「うむ…」 幻影を見つめていたコルリスが少女に目線を向ける。 「ちょっと聞きたいのですが、奴らは『影の連中の早い者はもう着く』と言っていたというがそれは確かですか?」 少し考えて少女ははいと頷く。 「遅くとも一週間後には全員揃う、と…! もしかして、もうその影とやらもこの町に!」 「ええ、その会話が事実とすれば、影…恐らく影鬼も潜んでいるでしょうね」 「もしくは影鬼と同種の力を持つ何か、が、ね」 ユリアに頷いてコルリスは仲間達を見る。 「アヤカシが化けた開拓者もそうですが、私は影鬼の方を中心に当たろうと思います。 少々、独自の動きをすることをお許し願えれば、と」 「了解だ。後ろはお任せする」 羅喉丸は静かに答え、 「…私達はゆさぶりをかけてみます」 「ええ、それぞれ別の方から。見極めは…胡蝶さん。お願いします」 柚乃とサラターシャが顔を見合わせる。 「解ったわ。狐と化かし合いとはね…上手く尻尾を掴めると良いのだけど」 胡蝶は仲間達に頷きながら闇の中に笑う影をじっと見つめるのだった。 「うわあっ! 開拓者さんだ!」 やってきた開拓者達を見て、そう歓声を上げた者は少なくなかった。 駆け寄ってきた子供も多い。 「お久しぶりです。お元気でしたか?」 「うん! 元気!」 「そかそか。良かったな」 璃凛はそう言って子供達の頭を撫でる。 彼女と胡蝶を含む陰陽寮生はかつてこの不動寺を海のアヤカシ襲撃から守った救世主でもあるのだ。 「また、遊びに来てくれたの?」 「まあ、それに近いやろか? 今度、また開拓者仲間が来る事になったんでその挨拶に来たんや」 「開拓者の方がお見えになるのですか?」 「うん、もうじき本隊が来るんや。この周辺、またキナ臭くなっとるんやろ? だから、その護衛にな」 「私達はその先触れと皆さんのお心を慰める為にと思って来たんです。歌を…歌わせて頂いてもいいでしょうか?」 「開拓者…が?」 「あ! 吟遊詩人様」 璃凛が振り返ると、賑やかな様子を聞きつけたのだろうか。そこには竪琴を持った女性が立っていた。 漆黒の髪に妖艶な美しさを湛えた漆黒の瞳。 後ろには数人の取り巻きを連れて。 「貴女が、この町を守ってくれていた開拓者? 初めまして。私は胡蝶」 「…私は藍ですわ。皆さんは、開拓者でいらっしゃるのね?」 「そうよ。貴女もでしょう?」 堂々とした態度で近付くと親しげに笑いかけ、藍に手を差し伸べた。 「不動時での2人の活躍を聞いて、有志の開拓者が大勢来るわ。全員揃うのには他の戦場に行っている子もいるから5日程、かしら。炊き出しと周辺護衛、ね。 あと、正式に冥越への攻撃も始まるからその攻撃拠点としての準備もすると思うの」 まだ胡蝶の手は空に留まったままだ。 「そう…」 藍の手は竪琴ごとごく僅かではあるが震えている。 「今まで貴方方も大変だったでしょう? この広い不動寺を二人きりで守るのは。私達も協力するから一緒にアヤカシからここを守り抜きましょう?」 「そ、そうね、よろしく」 半ば無理矢理に近い形で藍の手を取った胡蝶は強く、握りしめる。 それを振り払うように外すと 「ごめんなさい。相棒に用事があるから少し、失礼するわ。皆、竪琴はまた後でね」 「藍様!」 そう言うと、藍は取り巻きを置いて逃げるように走り去って行った。 「…逃げた、んかな?」 彼女の背中を見送った璃凛の呟きにサラターシャは静かに頷き懐から懐中時計を取り出して見る。 「そうかもしれません。ド・マリニーで見る限り、彼女の瘴気は驚く程に低いです。ですがそれ以上に精霊力の反応がない。…やはり普通の人間とは思えませんね」 「そんなに強そうにも見えないし、意外に下っ端なのかもしれないわ。でも、だからこそ勝手になんてさせない」 「開拓者のお姉ちゃん達? 何かあったの?」 「竪琴は? お歌は?」 不思議そうに小首を傾げて子供達がサラターシャ達の服の裾を引く。 「なんでもありませんわ?」 柔らかく微笑んでサラターシャは子供達と目線を合わせる。 「お歌は、少し待って下さいね。まずはご飯作りのお手伝いをしましょう」 「チビさん達はこっちにおいで! 一緒に遊ぼう!」 「わーい!」 守るように、大きく手を広げた璃凛とサラターシャに目配せすると胡蝶は静かにその場を離れたのだった。 一方、羅喉丸はもう一人の男性陰陽師に挨拶をしていた。 「お初にお目にかかる。泰拳士の羅喉丸だ。不動寺を守っていた開拓者に心からお礼とご挨拶を申し上げる」 「紅と申します。こちらこそ、合戦の英雄殿とお目にかかれるとは光栄です」 暫く会話をし、見回りがてら町を一緒に廻ろうと言う話になって二人は歩き出した。 「あ、開拓者様!」「いつもありがとう」「ご苦労様です」 町を歩いていると人々が声をかけてきたりお辞儀をしたりする。 それを紅と羅喉丸は笑顔で受けた。 不動寺の門前町は戦時中とは違う賑やかな活気と人であふれている。 「信頼されておられるのだな。紅殿は」 「いやいや、羅喉丸殿や開拓者の皆様の武勇にはとても及びますまい」 「ありがたいお言葉…。間もなく援軍もやってまいります。不動寺はますます拠点としての重要度を増していくでしょう。これからもお力をお貸し頂きたい」 「勿論…!」 楽しげに話をしていた筈の紅はいきなり足を止め立ち止まる。 その表情はまるで凍りついたように青ざめている。 「どうしました?」 「いや…何も、ただ、知人がいたような気がしまして。気のせいでしょう。こんな所に来る筈の無い方ですからね」 「探して、確かめますか?」 「いや、けっこう。それより。増援の数や今後の作戦にその他について教えて頂けませんか?」 「ええ、いいですよ…。まずは今後の計画についてですが…」 話し合いながら町を進んでいく二人を 「…反応、あり、でしょうか?」 「どうやら、そのようですね」「お疲れ様です」 物陰から三人の開拓者がじっと見つめていた事を知る由もなく。 そしてその夜、闇の、闇の中で声が聞こえる。 「於裂狐様が!?」 驚きの声を上げているのは女であった。 「ああ…そう見えた。だが…違うだろう。於裂狐様がこのような場所においでになるとはとても思えぬし、何よりも纏う雰囲気や仕草はまるで違う。 いかに外見を似せても、大アヤカシである於裂狐様のお力を真似ることなど出来よう筈がない」 「それはそうだけど…、よく於裂狐様のお姿を見て町の住民たちは騒がなかったものね」 「開拓者には獣人の姿の者も少なくは無いらしい。修羅の角が生えている者でさえ、気にされた様子も無い。我々も瘴気弱化を使用してまで人に化けなくても大丈夫だったかもしれないな」 冷静に男が答える。 「だが」 と焦りと怒りにその声を震わせるまでは。 「問題は、於裂狐様のお姿を使って、我々にゆさぶりをかけている者がいるということだ。我々の正体を知っているぞ。もしくは我々に用がある、と」 「どっちだと思う? 紅?」 「おそらくは前者だろう。開拓者達の話から察するに、な」 「開拓者…ね。本当に、一体どうしてバレたのかしら」 「今、それを論議している時間は無い。この町を我々の拠点とするご命令。邪魔される訳にはいかないのだ」 「そうね。まだ、ずっとお預けをくっていたのですもの、もう我慢はたくさん。もう潮時だわ」 二人は顔を見合わせ笑った。 「決行は明日だ。なに、開拓者と言えど人、女子供を含めても七〜八人程度であれば油断を付けばいくらでも手がある。 今日の男も正面から戦えば我らでは叶うまいが睡眠の術を使えば簡単なものだ。後は急いで来いと連絡を付ければ開拓者が来る前にこの町を落す事ができるだろう」 「そうね。盾もいくらでもあるもの。 そう言えば、明日、開拓者が演奏会を開くらしいわ。その時に影にも暴れさせて、疑心暗鬼をまき散らして、この町を血の海に変えてやりましょう。 開拓者の本隊が来たら、どんな顔をするか、きっと見ものよ」 怪しく笑った。 それを闇の中で伺う白い影に、気付く事も無く。 こちらも静かな闇の中。 「決行は明日だそうです」 帰ってきた人魂を戻して无は仲間達にそう告げた。 「流石に…騙されてはくれなかった。残念」 小さく呟いた柚乃に開拓者達の吐息が零れる。 薄暗がりの部屋の中、集まったのは十人の開拓者達だ。 「彼等はそれほど、上位のアヤカシでは無いのかもしれません。人に化けているということを差し引いても、恐ろしい程の力は感じませんでしたから」 「多分に開拓者としての訓練も受けていないな。術とかをつかってそれらしく見せているだけだろう。「歩き方」が違う。 武器も扱った事の無い、それどころか人間として動いたことも少ないと見るな」 中書令と竜哉の言葉に開拓者の幾人かは同意する。普通の人から見れば頼りがいのある開拓者として見えるのだろうが、開拓者から見れば彼らの能力は中級レベルに見えた。 「とはいえ、睡眠や魅了など暗示系の術は間違いなく使う相手だ。油断は禁物だな」 「睡眠? 羅喉丸さんは大丈夫だったんですか?」 「ああ、寝たふりをして見せただけだ」 小さく笑って柚乃に羅喉丸は頷く。 「化かし合いならこちらの方が上ってことね」 軽く肩を上げるユリアに小さく笑みを浮かべて、胡蝶は告げる。 「こちらの準備も整ってる。あっちの決行が明日なら、こちらの決行も明日、ね。慎重に、でも一気に片を付けましょう」 そして彼らは闇に紛れる。 人知れない合戦に挑む為に。 ●決着 その朝、不動寺の人々は、避難民も合わせていつにも増して楽しげに笑っていた。 「開拓者さん達が演奏を聞かせてくれるとさ」 「吟遊詩人様もお歌をお聞かせ下さると…」 「行こう、行こう!」 中庭の広場に人々は次々に集まっていくようだ。 本堂の門の側。見守る様にして立っている紅に 「おはよう。紅殿。今日はうちの仲間達が演奏会を開く予定らしい。 一緒に見に行かないか?」 明るい顔で羅喉丸は声をかけた。横には東房兵の一人が部下のように付き従っている。 「それは楽しそうだ。だが、私は忙しいので彼を見張りに差し向けようと思う。藍も行っているしな。彼と一緒に…」 紅がそう告げようとした時 「な、何!!」 突然の衝撃に紅は声を上げた。 まるで、通りすがりにぶつかったようなさりげなさで、しかし竜哉は確実に暗殺者の刃で紅の右腕を切り落としていた。 落ちた腕は微かな音と共に瘴気に還って行く。 「き、貴様、一体何を!」 「斬神…マボロシノヤイバ。実体ある者を切らずアヤカシのみを切り裂く俺のみの刃。やはり、あんたはアヤカシであったようだな」 抜き放った暗器を手の中で玩びながら言う竜哉とほぼ同時、羅喉丸が地面を蹴って紅の懐に踏み込んでいく。 しかし、彼の拳が紅に当たる一瞬前、紅は跳躍、その身を空中へと躱したのだった。 ぶわりと音を立てて紅の背に大きい尻尾が浮かぶ。三本の尻尾は狐のそれにとても良く似ていた。 『どうして、我々がアヤカシと見抜いた!』 「人間を舐めて貰っちゃ困る」 「そんな事はどうだっていい事です。ただ、思い通りにさせる訳にはいかない。それだけの事ですよ!」 无が黄泉より這い出る者を放つのと、彼の身体が空に浮きあがり身体が宙に浮かぶのとはほぼ同時であった。 『ぐあああっ!』 血反吐を吐く様にアヤカシが唸り声を上げるのと、无が壁に叩きつけられるのも、ほぼ同時。 「うわあっ!」 石壁が崩れる程の衝撃を受けながらも无は敵を睨みつけ、もう一度黄泉より這い出る者を放つ。 それと同時にシュン! と微かな音が宙に浮かぶアヤカシの耳元をすり抜けて行く。 『何!!』 術と矢のダブル攻撃にバランスを崩した紅を正に狙って竜哉はオーラショットを放った。 『ぐあああっ!』 渾身の一撃がアヤカシを空中から地面に引き落した。 『お、おのれえ!!! 貴様らあああ!! ただでは済まさぬぞ!!』 怒りに満ちたアヤカシは残り一本の手を伸ばし間近にいた羅喉丸に襲い掛かってくる。 と、同時、東房兵の影がぬるりと動き立ち上がる。 「危ない!!」 その声と同時、一陣の風が闇を切り裂いたのだった。 「ふう」 中書令は大きく息を吐き出した。 彼の前には沢山の人達が不安そうな顔を浮かべている。 「何があったんですか?」 「外で、何が起きているんですか?」 簡易テントの中、外の様子は伺えない。 楽しい演奏会と思ってやってきた人々が急に外から聞こえ始めた音に恐怖を感じるのも当然であると言える。 だが、今は外に出すわけにはいかない。 「大丈夫です。もう少し、待って下さいね」 中書令は外への出口を押さえながら外を窺った。 元々はサラターシャが人々を敵から引き離す為にと、考えた演奏会であったがそこに朝、人々が集まるころになって一人の女性がやってきた。 「私にも弾かせて頂けるかしら?」 やってきたのは藍。 竪琴をもって、昨日とはうって変わった自信に満ちた眼差し笑う。 「はい…どうぞ。藍さんはこちらに、他のお客様は観客席に回って下さいね」 サラターシャの促しに藍は一人だけ付き人を連れて奥に入って行った。 残りの数名は、 「貴方達はこっちね」 案内役を買って出たユリアが細い道を連れて行く。 その後も入ってきた客達が一区切りついて 「そろそろ始めましょうか?」 控え室に入ってきた胡蝶がそう告げた時 「そうね! 始めましょう! 血の競演を!!」 楽しげに高笑った藍は一瞬で、その美しく優しい開拓者の仮面を脱ぎ捨てた。 「キャアア!」 『サラ!』 目元を押さえ悲鳴をあげたサラターシャに相棒のからくりレオは駆け寄った。 「大丈夫。それより…観客を守ってここから、誰も出しちゃ、ダメ!!」 細い声で、しかし、はっきりと告げたサラの言葉にレオは少しだけ押し黙り… 「解った」 と告げ、入口に向かった。そこには剣を引き抜いた東房兵の一人がいる。 「お兄ちゃん!」 依頼人の少女が呼ぶ声も聞こえていないようで虚ろな目をしていた。 『そいつは私の人形よ。他の連中も合図をすれば私の命令に従って暴れ出す。 どんな光景かしらね。仲間に切り殺される人間の姿。きっと見ものよ。見逃せやしない。だから…、どきなさい!!』 サラターシャの身体が宙に浮かび、ぎりぎりと締め付けられるような音を立てる。 だが 「そんなことは、させやしないわ!!」 瞬間、胡蝶の鞭が背後からアヤカシの首に巻きついた。フッと力が抜けたように崩れ落ちるサラターシャを璃凛がそっと支えた。 と同時、剣を持っていた青年が床に斃れ崩れる。 「大丈夫か? サラ」 「はい…そっちの方は?」 「大丈夫。向こうに回り込んだ人間は、皆、術を解除して眠らせて来たから」 振り返った先ではユリアと柚乃が頷いている。青年兵の腹に当て身を入れたのはユリアである。 魅了や洗脳で操られた取り巻き達は、そのままであればおそらくアヤカシの言うとおり、命令を受けたら周囲の人々に襲い掛かっていたのだろう。 そうなっていた時の地獄絵図など想像もできない程に恐ろしい。 けれど、その可能性を事前に察知した開拓者達によって事態は未然に食い止められた。 後は、ここにいるアヤカシを倒すだけだ。 『お、おのれええ!!』 胡蝶の鞭を振り払い、疾風の速さでアヤカシは出口へと向かおうとする。 開拓者に正体を見破られ、取り囲まれた不利を悟ったのだろう。 外に出て、逃げるか、それえとも手駒を操りなおすか。 一瞬、逡巡を見せたアヤカシの前には柚乃がいる。 「危ない!」 璃凛はとっさに我が身を盾にするように柚乃の前に滑り込ませた。 その背後から 「ホーリーアロー!」 白い矢が奔りアヤカシの胸を貫いた。 『ぎゃあああ!!』 悲鳴をあげ飛びずさるアヤカシの懐に飛び込む様にユリアと胡蝶の攻撃が打ちこまれる。 『な、何故…こんなことに…、私達は…。…於裂狐様…、お…許しを…』 がくんと、崩れ落ちるようにして倒れたアヤカシは、人の姿を失い、やがて大きな狐の姿になった。 三本の尾を持つアヤカシ、妖狐はそのまま動くことなく、溶けるように黒い瘴気となり、消えて行ったのだった。 同じ頃 「悪の栄えた試しなし」 羅喉丸も足元で瘴気に還ろうとするアヤカシを見つめ、静かに、だが強い言葉でそう言い放った。 このアヤカシそのものは術能力のバリエーションは多いものの、やはり本体そのものにそう強い力は無かったと羅喉丸は思う。 ただ、同時に襲い掛かってきた影のアヤカシの方が正直厄介だった。 閃光弾で開拓者の影を移り歩き、背後から急所を狙って来る。狐火のように火も放ってくる。 かつて戦った影鬼を思わせる動きに開拓者達は翻弄されていたのだ。 それでも、なんとか勝てたのはコルリスが影鬼対策に専念してくれたからだと言えよう。 最初に襲い掛かってきた一匹を 「砕!」 射抜き縫いとると、 「私の弓はあらゆる不条理を越え敵のみ射抜きます」 開拓者を翻弄するもう一匹を注意深い影の観察力で影から引き出したのだ。 鬼ではなく、狐の姿をしたそれを 「影に潜まれなきゃ、こっちのもんだ!!」 竜哉と无が二人で攻撃を仕掛け退治する頃、羅喉丸もアヤカシを倒す事が出来たのだった。 身の丈数メールの大狐と黒い狐は開拓者の前で瘴気に還って行く。 「妖狐と、影狐、とでも呼ぶべきかな…まったく、やっかいな相手だ…。それで、どうする?」 竜哉は武器を収めると仲間達に問いかける。 「どうする、とは?」 「こいつらの事だ。流石にこいつらの正体がアヤカシだったなんて言えないだろう?」 竜哉の懸念はもっともだった。 「人間と同程度の知性と姿を持つアヤカシが大量にいる」などということを知らせれば人々はパニックになるかもしれない。ましてや人の影に潜むアヤカシがいるなどとは。 疑心暗鬼に陥る可能性だってある。 「…気は進みませんが、彼らには英雄になってもらうとしましょうかね」 もはや原型さえ見えなくなったアヤカシを見つめ、无は静かに笑って、そう、言った。 ●隠れた英雄 サラターシャの竪琴が静かな曲を奏でる。鎮魂の調べである。 町の人々にせがまれての事。 その優しい音色に開拓者達は聞き入っていた。 町の住民達には、二人の開拓者紅と藍はアヤカシの襲撃に勇敢に戦い、大怪我を負ってこの地を去ったと伝えられている。 子供達は素直に信じているが、大人達はおそらく彼らは死んだのだろうと思い、曲を聞きながら祈るように目を伏せている。 もちろん、そう思う様に仕向けたのは開拓者である。 彼等は悲しむだろう。と言うより悲しんでいる。 けれど、自分達が信じた者がアヤカシだったなどと知り、騙されていたことに絶望するよりは、その方がずっといいと思ったのだ。 念の為、数日待機したがアヤカシ達が言っていた増援が来る様子は無い。 潜入していたアヤカシが倒されたことを察知したのかもしれない。 当面は大丈夫だろうと、周辺の見回りも終えた開拓者達は結論付ける。 「これで、いいかな?」 羅喉丸の言葉に依頼人の少女もはい、と静かに頷いた。 少女の後ろには 「本当に、今回はご迷惑をおかけしました」 深々と頭を下げる青年がいる。少女の兄だという東房兵だ。 守備兵達には真実を、アヤカシの情報付きで知らせてある。 「やっかいな相手だったわね」 胡蝶が无と顔を見合わせた。 今回のアヤカシ達は強敵、ではなかったがやっかいな相手であった。 浮遊、疾走、念力、睡眠、魅了、洗脳、幻覚、変身と多彩な能力を見せた妖狐。 影鬼に近い能力の、いわば影狐も対策が難しい。 情報が無ければ後手に回っていただろうとコルリスも思わずにはいられない。 …新しいアヤカシ達は油断のできない能力を持っている。 「於裂狐の手の者…。一筋縄ではいきそうにありませんね」 そう、柚乃は思う。今までのように力で押して来る相手よりも彼らは何倍も性質が悪い。 今後、怖いのはユリアや竜哉の言うとおり、人に紛れられるアヤカシが町に潜んで作戦を仕掛けてくる事。 その恐怖を知り、人々が怯え、疑心暗鬼になる事だ。 暗い心や思いに心が支配されてしまえばアヤカシの思うツボになってしまう。 「アヤカシに騙されていたなどと…恥ずかしい限りです。今後同じことが起きないように十分に注意致します」 町を預かる指揮官は開拓者に報酬を届けてくれた時、そう言っていた。 今後の戦いは、今までとは違ったものになるだろう。 開拓者達は気持ちを引き締めるのだった。 サラターシャは一曲を弾き終え演奏の手を止めた。 懐に入れた香り袋が柔らかく、優しく鼻腔を擽っている。 それは少女からの小さな贈り物。 故郷の村で採ったという花の香り袋だ。 目を伏せたサラターシャは顔を上げる。 「落ち込んでばかりもいられません。今は明るくいきましょう。演奏会の時の曲を弾きます。中書令さんも、よろしければ…」 そう言ってサラターシャは曲を紡ぐ。 不安な心情を取り除けるように、柔らかな音色で暖かな気持ちになれる曲を。 「生きる喜びを歌いましょう。命尽きるその時まで、前を向いて鮮やかに、楽しく!」 その声に答え、笑い歌う人々の声。 開拓者達が守ったそれは、やがて開拓者達を巻き込んで、初夏の空に広く鮮やかに響いて行くのだった。 |