【殲魔】未知の敵【朱雀】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/02 22:39



■オープニング本文

【この依頼は陰陽寮 朱雀 合格者、予備生対象、優先シナリオです】

●風雲の調べ
 ギルド長大伴定家の机の上に積み上げられた文は、冥越解放に向けた布石として展開された作戦についての報告書である。喜ばしいことに作戦の多くは概ね順調に進んでいるというのだが、しかし。
「アヤカシに不穏な動きあり」
 報告に訪れた職員たちが、新たな報告書を取り出し、大伴の顔をじっと見やった。
「アヤカシが、不穏でない動きを見せたことがあるかの?」
「お戯れを……これをご覧下さい。各地で我々の動きに呼応しています」
 職員が懐から取り出した懐紙を開く。
 ここからは慎重に対策を講じなければならない。これらの報告書も、数名で手分けして情報の秘匿に努め、アヤカシに悟られぬようその影を警戒していのことである。
「うむ、ならばこちらも、次の一手を打たねばなるまい。開拓者たちには密かに連絡を取るのじゃ。アヤカシに後の先を取られてはならぬ。よいか、ゆめゆめ慎重にの……」
 柔和な顔に、深くしわが刻まれた。

●未知のアヤカシ
 五行国は陰陽師の国である。
 瘴気を操る術、アヤカシの知識に関しては天儀、いや世界随一と自負しており、またそうすべく努力もしている。
 だが、そんな中、届けられた書状に五行上層部は顔を顰めた。
 それは東房国からの簡単に言ってしまえば問い合わせであったのだ。
 このようなアヤカシが出没した。今までに見た事の無いアヤカシであるので対応方法が解らない。
 何か知らないだろうか。と。
 しかし…
「このようなアヤカシの記録はあるか?」
 そう問われた知望院の職員は首を横に降る。
 今までにそのようなアヤカシが現れた記録は無い、と。
 その答えに上層部は頭を抱えるしかなかった。
 問い合わせには解らぬと答えるしかない。しかし…そこで終わるわけにもいかない。
「こと、瘴気、アヤカシの事に関して我が国が遅れをとるわけにはいかぬ。大至急調査団を派遣するのだ」
 かくして命令が下された。
 陰陽寮朱雀にも…

「前回に引き続き、今回の合同授業も東房国での調査になります」
 朱雀寮 寮長 各務 紫郎の言葉に集まった朱雀寮生達は背筋を伸ばす。
 今年度、朱雀寮は各学年ごとの授業と前学年の合同授業を隔月交互に行っている。
 今月は合同授業の月だ。
「どんな調査なのでしょうか?」
 手を上げて問う三年生に寮長は手元の資料を見る。
「東房国 中部平原の真ん中あたり。農業を主としていた小さな村がありました。
 アヤカシの撤退と農繁期に向けて避難民が戻る準備をしていた矢先、アヤカシの襲撃にあったのだそうです。
 恐るべき物量で襲ってきたアヤカシに村人は逃亡を余儀なくされました。
 数名の犠牲者も出ているようです」
「物量…って、そんな大軍を率いて小さな村を?」
 首を傾げる寮生達にああ、と紫郎は顔を上げる。
「物量、と言っても襲撃してきたのは鬼などではありません。蟲の大軍なのです」
「蟲?」
「そうです。蝗に似たアヤカシ、コオロギに似たアヤカシ。武装した軍隊蟻、どれもが100単位で現れているとか。
 さらに蚊に似たアヤカシに憑りつかれ人の意識を失った者もたという報告もあります。
 そして、それらを率いているのもまた、蟲であり身の丈は人の優に三倍。
 複眼を持つ蜘蛛の顔と胸に百足のような長い身体、蜂の下腹部と毒針、羽による飛行能力、腕にはハサミを持つという蟲版鵺のようなアヤカシであるのだそうです。
 その後の偵察報告によれば家は破壊され、畑は食い荒らされ鉄なども襲撃から数日とは思えないほど錆、朽ちているとか…、金属腐食の能力を持つ蟲もいるのかもしれません」
 ぞわりと、思わず寮生達は背筋が怖気立つのを感じた。
 虫、蟲、ムシというのは人の心に本能的な悪寒や恐怖を齎す力がある。
 ましてやそれらが大軍とくれば…。
 唾を呑み込む寮生達に寮長は告げた。
「そこで今回の課題となります。皆さんはこの村に赴き、出現した蟲アヤカシ達の能力調査を行って下さい。
 退治、全滅させる必要はありません。今回は生態調査と生還を最優先にして下さい」
「それで、いいんですか?」
 珍しい物言いに確認するように寮生は問い、寮長は静かに頷いた。
「構いません。正直な話、強敵一体であるなら皆さんを送り出すのにそう心配はありませんが、今回は話が違いますから。
 一体一体は弱くても、集団で一気に襲い掛かられたらどんな強者も敗北の危険があります。
 そして、このような敵が今後、合戦などで伏兵として襲い掛かってきたら、大きな犠牲がでることもあり得ます。
 故に今、どうしても調査が必要なのです。
 寮生だけでは人手が足りないという場合は協力者を依頼してもかまいません。その判断は皆さんに任せます」
 冥越での決戦も間近と噂される今、アヤカシの情報は戦いの中で命綱となり得る。
「調査の過程でどうしても戦闘は免れないでしょう。十二分に注意して、必ず生きて戻りなさい」
 真剣な眼差しでそう告げる寮長に、寮生達は改めて気持ちを引き締める。
 今まで、気を抜いて授業に臨んでいたことはないが、寮長がここまで言う「危険」な課題。
 そして今後の為の大事な依頼なのだと、彼らは自分自身に言い聞かせ決意を新たにするのであった。



■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827
16歳・男・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
サラターシャ(ib0373
24歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
カミール リリス(ib7039
17歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964
17歳・男・陰
ユイス(ib9655
13歳・男・陰


■リプレイ本文

●前を見据えて
 古今東西、蟲が積極的に好きな女性というのは嫌いな女性に対して圧倒的に少ないと言われている。
 けれど、男性より女性の割合が高い今年度の朱雀寮。
「蟲……?」
 課題の内容を聞いて青ざめた者は実は一人では無かった。
「いえ、アヤカシですね」
「未知の蟲アヤカシ、ですか…」
「先輩。虫よけ薬はこっちで良かったか?」
 薬の準備をする蒼詠(ia0827)はそこまで動揺していない。
 彼の手伝いをする羅刹 祐里(ib7964)も同様だ。流石男子と言うところだろうか。
「どのような敵がいるのか、興味がありますね」
「アヤカシとの大きな戦が控えてる…そんな感じだね」
 知的好奇心優先のカミール リリス(ib7039)やユイス(ib9655)も落ち着いた表情だ。
 しかし
「サラターシャ(ib0373)先輩、大丈夫か? 顔、青いで」
 心配そうに覗き込む雅楽川 陽向(ib3352)にサラターシャは
「だ、大丈夫です。…ご心配なく」
 血の気の失せた顔で首を横に振った。
 よこに立つからくりレオは渋い顔をしている。彼女は蟲を苦手としている。
 実際、誰が見ても大丈夫、という顔はしていないが助ける事はできない。
「蟲…ムシ…いや、ちょっと待て…どうにかならんのかそれは…」
 比良坂 魅緒(ib7222)も明らかに動揺していた。彼方は黙って頭を掻く。
 魅緒も黒害虫の件から蟲が苦手の筈。しかし
「解ってると思うけど、これは課題、だからね」
「解っておる!」
 言い聞かせる様な彼方の口調に魅緒は声を萎ませる。
「任務とあらば仕方ない、仕方ないのではあるが…」
 その頭を彼方は子供をあやすように撫でた。
「まあ、苦手なものは仕方ないよ。途中で倒れたりしないように無理はしちゃダメだよ。サラターシャさんもね」
「…ふん、彼方のくせに生意気な!」
 ふくれっ面をしている
「そうそう。サラターシャ先輩も無理したらアカンで…ケンカもアカンけど。ほい、おにぎり。近くの村の人が拵えてくれたんや。
 うまいで〜。琴もほら。お弁当や!」
「ありがとうございます。気を付けますね」
 明るく振舞い、気遣う陽向と彼方に小さく微笑んでサラターシャは顔を上げる。
 ここは東房。不動寺だ。先にはアヤカシの襲撃もあったと言う。
 未だ戦地と言える場所。
 弱気は禁物だ。
「用意はできたか?」
 足早に近寄ってくる開拓者達にサラターシャは頭を振り背筋を伸ばす。
 そこには鮮やかに翼を広げる朱雀達がいる。
「劫光(ia9510)先輩。はい。村人からの情報を集めに行った方達が戻り次第、直ぐにでも出られます」
「了解! ほら、魅緒も。もう出立よ。いつまでも膨れてないの」
「解っておる。真名(ib1222)、ちょっと遊んでおっただけだ」
 卒業の日から間もなく半月。
 けれど彼らを前にすると自分達は簡単に「後輩」に戻ってしまう。
 サラターシャはそれをどこか申し訳なく、でも嬉しく思っていた。
「情報収集、終わりました。村長からの聞き取り調査の結果はここにあります」
 書類を抱え、戻ってきた芦屋 璃凛(ia0303)が劫光に資料を手渡す。
「解った。時期に出発だ。お前も準備しておけよ」
「…はい」
 生真面目に頭を下げ、歩いて去る璃凛の後ろ。付き従うからくり遠雷も会釈して後を追う。
「相変わらず、なりかね。おいらの役目は終わり、と思ってたなりが…。璃凛に呼ばれるという事はまだまだ、なりかね」
 平野 譲治(ia5226)が小さく肩を竦めた。
「頑張って下さっているのは解るのですが…」
 キュッと唇をむサラターシャの頭を肩を、背をぽんぽんと叩いて『先輩』達は笑う。
「今は、目の前の事に集中だ。今回の課題の主役はお前さん達、なんだからな。
 今の朱雀寮生がどれほど出来るのか、見せてもらおうか」
 先輩達を呼んだ以上、恥ずかしい姿は見せられない。
「はい!」
 サラターシャは真っ直ぐ前を向いた。仲間達と共に…。

●ムシ、虫、蟲
「うわっ!」
 その光景に誰からともなく、そんな悲鳴にも似た声が響いた。
 まだ村に直接立ち入った訳では無い。
 しかし、遠目でもその村の異様さは十二分に理解できた。
 小屋を、家や道を埋め尽くす虫の群れは見る者に生理的嫌悪を及ぼす。
「凄い数なりね。雄飛。あんまり側を離れちゃダメなりよ」
 肩上を飛ぶ相棒に譲治はそう呼びかけた。一匹一匹はそう大きくも無ければ強くも無さそうに見える。
 しかし、それでもあの数に一斉攻撃で飛びかかられたら羽妖精である相棒小村 雄飛は勿論、自分達もタダでは済まないだろう。
「…でも、あの群れの中に入らないと調査はできませんから…」
 サラターシャは震える声で自分に言い聞かせるように言う。
 目の前の光景は予想を超えている。
 あれだけ多い上に知性も無さそうな正に蟲では、斥候を誘き寄せて気付かれずに遠目から調査、というのは難しいように思えた。
 …中に踏み込んで、戦いながら知るしかない。
 震える足で前に進もうとするサラターシャの前に璃凛が歩み出る。
「うちが、前に出る。前で敵を引き受ける。司令塔とかいう蟲キメラの所までたどり着けるように…」
「璃凛さん」
 どこか思いつめたような顔の璃凛にサラターシャが何か言いかける。
 その時璃凛の肩にふと手が置かれた。
「一人で前に出るのは無茶だよ。元々、前衛、中衛、後衛に別れて調査を行うってことだったんだから、璃凛も前衛の一人、でいいんじゃないか? 僕が隣に立つよ。清心は後ろ宜しく」
「中衛から援護で了解だ」
 鷹揚に頷く清心を見てクスリと笑いながらユイスが続ける。
「ボクは雫と共に前衛にまわるよ。前衛は他にからくりの相棒とかにお願いできないかな?」
「では、レオ。前衛での退治と味方の防衛をお願いしますね。私は中、後衛で支援をするつもりです」
『無理は禁物だよ、マスター』
 サラターシャの言葉にレオは頷きながらも心配そうだ。
「遠雷も前衛でな。でも、無理して戦わんでええ。敵鋭解析で敵の能力の解析を最優先や」
『了解した』
「我はジャッカスと後衛から援護する」
「僕も後衛からお手伝いを。
 あと効くかどうか解りませんが、虫よけの薬や香なども持って行って下さい」
 二人の保健委員は前衛の者を中心に用意してきた薬草を手渡していく。
「うちは琴と空から偵察することにするわ。…魅緒さん。一緒に行かへん?」
「解った。カブトと共に空から敵を引き付けよう」
「空に回る連中は俺が護衛する。なるべく敵を引き付けてもおくから…無茶はするなよ。まずは慎重に情報収集だ」
 諌めるように言う劫光に璃凛は深く頭を下げた。
「よーし! 屍が如き活躍、魅せるのだ」
 元気よく拳を振り上げる譲治と合わせるように寮生達は高く空に拳を上げるのだった。

 まず彼らが遭遇したのは蝗の群れであった。
 蝗害という言葉があるくらい、蝗は通常のものであっても大量発生する傾向があるという。
「千、二千というそれらに比べればまだマシなのかもしれないけど」
 注意深く人魂を駆使しながら観察しつつも彼らはその生態に驚愕を隠せない。
 怪蝗と呼ぶべきそれらは平均20cmから30cm、大きいもので50cm程度。
 通常の蝗よりは無論大きいが、外見的にそれほど特別に差異は見られない。
 しかし、作物や家畜を食い荒らす強靭な顎は、家や建物さえも噛み砕く恐ろしいものであった。
「向こうで、家畜小屋を蝗達が潰す様を見ましたよ。木を食い破り、後ろ足で建物を蹴り砕く。
 一匹一匹であるならどうとでもなりそうですが…集団を相手にしなければならないとなると、ぞっとしませんね」
「授業も大事ですが、これ以上の犠牲を増やさない様に出来る限りの情報を得られる様に頑張らないとですね」
 カミールの言葉に蒼詠が頷く。
 彼等は注意深く、村を襲う怪蝗の群れ。その小集団に狙いを定めた。
 村全体で数えるならもう数百を超えるかもしれない怪蝗。
 入り混じってコオロギのような虫もいる。
 その全てを一度に相手にするのは避けたいと思ったのだ。
「空からの班が敵を引き付けてくれている間に、できるだけ能力を把握しましょう」
 そう言ってカミールは手製の項目表をいったん閉じる。
 戦闘中にこれを書いている暇は多分ない。頭と体に書きとめるのだ。
 バサバサっと頭上で羽音が聞こえた。二頭の龍と滑空艇が空に浮かんだのだ。
 低空飛行で偵察と挑発を行う彼らに蟲達が反応し、動き出す。
 それに合わせて寮生達は頷き合うと、群れの奥に回り込んで行った。

「前方に蝗の大集団じゃ、どうする? 劫光?」
 滑空機と龍で前に回った三人。劫行に魅緒が声をかけた。
「後方で待機しろ、悲恋姫を使う」
「了解や」「解った」
 二人の少女が十分に離れたところでアヤカシの群に飛び込んで劫光は言葉通り『悲恋姫』を使用。
 少女の式を呼び出した。
「…やれ、サラ…」
 無表情に、顔を見ずに、呟く様に命令すると、彼の人妖に似た式がちょこんと滑空機に座りつつ声なき声を放つ。
 村の殆どを食い散らかし、新たな獲物を見つけたとばかりに追ってきた蝗達はおそらく何が起きたのかも解らないままに地面に落下していった。
 とはいえ、悲恋姫の効果範囲内に入った敵よりまだ残った敵の方が多い。
「こいつはどうだ!」
『照明弾』を放ち『急反転』する。
「殆ど反応なし、か」
『弐式加速』で仲間のところに戻った劫光に
「劫光! あれを見よ!!」
 魅緒は少し見通しが良くなった村を指差した。
 村の最奥に巨大な蟲が座している。あれが司令塔というか、この蟲集団の長であろうことは解る。
 その側に数匹のカマドウマにも似た敵がいるのも見える。あれも少しは強敵なのだろうということも理解できる。
 しかし、彼らが目を止めたのはそれでは無かった。
 集団の中にぼんやりと立つ何人かの「人間」である。
「人の意識を失った者もいた、と寮長は言っていたか?」
 劫光の言葉に陽向はぽんと手を叩く。
「あ、そう言えば村の人らがおにぎりくれた時、言うてたわ。何人か見つからん人もいるって。そん人ら、襲撃の時になんか、虫に刺された。気分悪い言うて…そんで逃げ遅れたって」
「と、いうことは寄生タイプのアヤカシも…いる、ということか。…奴らは、それに気づいているのか? 陽向!」
「了解や。琴、行くで!」
 魅緒の言葉に弾けるように陽向は龍の首を叩き旋回する。
「気を付けるのじゃぞ!」
「ついでに、蟲たちに物理攻撃効くか試してみるわ。こっちはこっちでなるべく数減らしといて!」
 笑顔で手を振る陽向に残った二人は
「そうだな。奴らの能力を確認しつつ、アレへの道を開く!」
「量が多いな、潰すよりはこちらが早いか…氷龍!」
 笑いながら、いつの間にか数を戻し、薄黒く染まった蟲の群れへと攻撃を仕掛けるのだった。

●闇の羽音
 怪蝗とはいえ、一匹一匹の能力は大したことは無い。
 実際に戦ってみてもその印象は変わることは無かった。
「紅印! 離れないでよ! 氷龍!」
 真名が一撃を放つだけで数匹が簡単に落ちて瘴気に戻って行く。
「怪蝗と軍隊蟻の集団。本体に少し遅れた群れがいるわ。それでも100以上はいいるけど…これなら捌ききれるんじゃないかしら?」
 偵察に出ていた真名の言葉に寮生達は攻撃を開始する。
 実際に裁けない事は無かった。前衛に立つ彼方と璃凛が手加減無しの雷獣、氷龍でまず敵の数を減らしていく。からくり達も取りこぼしを潰す。
 背後を守る中・後衛の援護で一度に戦う数さえ限定されていれば対処はそう難しくなかった。譲治がかけてくれた両脇の結界術符『黒』で両脇が守られているというのもある。
「こいつらって、目的とか無いのかな。目の前の餌をただ食べるだけ? 目の前の敵をただ潰すだけ?」
 からくり雫と背中合わせに戦いながら、少し余裕が出てきたユイスは考える。
 仲間が目の前で次々に消えていくのに蟲達にはまったくひるむ様子が見られなかった。
「…数も減らない。仲間を何かの仕草で呼んでいるのか? それに、気のせいか、さっきより強くなった?」
 敵を見据える彼の目がふと、群れの中に蟲では無い者を捕える。
「…あれは、人?」
 この蟲の海の只中に生きた人がいる訳は無い。頭では分かっている。
 けれど、とっさに彼はその人のいる方向に向けて氷龍を放った。そして近寄る。
「大丈夫ですか?」
 人が屍人である可能性もあるので身構えたままだ。予想通り『彼』はユイスに向けて牙をむける。屍人に手加減の必要はない。ユイスは火炎獣で焼き尽くした。
 しかし次の瞬間
「うわあっ!」
「ユイスさん!」
 彼ががくんと崩れ落ちる。
『一体何が? しっかりして!!』
 仲間の変化に驚きつつも蟲の大軍を裁くのに手いっぱいであった寮生達は一瞬対応が遅れる。
 その時、空中からほぼ急降下、半ば飛び降りるようにして地面に立った陽向が真っ直ぐにユイスに駆け寄り彼の身体を確かめた。
「どこかに…いる筈や。…いた!!」
 ユイスの首の後ろ、もぞもぞと微かに動き、体内に潜り込もうとする糸の様に細い蟲を見つけると強引に引き抜いた。
「うっ!!」
 微かなユイスの血と共に陽向はそれを足で踏みつぶす。
「大丈夫ですか? 翡翠!」
 駆け寄った蒼詠が治癒符を、人妖が解毒をユイスにかけた。
 毒が身体に入った様子は無く、ユイスは程なく意識を取り戻す。
「何があったか、解るか?」
 膝を折って問う祐里にユイスは頭を振る。だがそれは否定ではく、自分自身の覚醒の為。
「あの、人間に接触した時、何か蚊のようなモノが飛んできたのです。その次の瞬間首後ろに激痛が奔って…」
「寮長が言うてたやろ? 人の意識を奪う蚊ぁみたいなアヤカシがいる、って。みんな、戦いながらも要注意や」
「…まったく、やっかいですね。カーム!」
 リリスは小さく舌をうつと管狐を呼んだ。主の呼び声に応えて光となった管狐は彼女の守護猫人形に同化する。
 見れば前衛がやや押され気味だ。途切れる事の無い蟲の波状攻撃に加え、敵の攻撃力が妙に上がっているように思える。鋭敏になった感覚で敵の群れをリリスは見る。
 ふと目についた、いや耳についたのは戦場で妙に似つかわしくないほど美しく脳に響くコオロギの羽音。
 思考をかき乱すようなその音を振り払って彼女は声を上げた。
「誰か、手が空いている人は蝗ではなく、コオロギを集中して狙って下さい。もしかしたらコオロギの羽音がアヤカシをパワーアップさせているのかも!」
 そして言うのと同時に彼女自身も戦場に向かう。
 ここまでくれば総力戦だ。目の前に近づいて来る軍隊蟻を彼女は勢いを付けた猫人形で切り裂いた。

 このままではダメだ。
 そう思いたくはないけれど、無理だと璃凛は思った。
 空と地上、ほぼ総力戦で無数の蟲達の中に道を作り、最奥にいた蟲アヤカシをやっと目に捕えることができた。
 既にそこでは劫光と魅緒が戦闘を開始しており、地上班と合流して援護する。
 しかし
「うわあっ!」
 横で戦っていた彼方が声を上げる。
 巨大な蟲アヤカシの横に控えていたカマドウマに似た敵が璃凛達前衛に襲い掛かってくる。その攻撃を彼方が陰陽刀でいなしたのだが、見ればその刀が見る影もないほどに腐食している。
「ほんの少し、顎と腕に掴まれただけなのに!」
 悔しげに呟いて彼方は剣を収めた。もう一つの装備である猫人形を出すのは躊躇われる。装備劣化の効果はどうやら顎と腕にありそうだが、万が一人形を壊されたら取り返しがつかない。
 雷獣とユイスの火炎獣、そしてからくりレオの攻撃でなんとかカマドウマは倒したものの
「退いて下さい!!」
 背後からサラターシャの声がした。
「その蟲アヤカシは魅了の力を使います。糸に魅緒さんが捕えられて毒攻撃を受けました!
 見かけだけの攻撃力以上に危険な敵です!」
「いくら攻撃しても回復力が半端ないんだ! 一体複数で攻撃できるならともかく他の雑魚もいる状況でこの人数じゃ勝てない。下がれ!!」
 魅緒を祐里に預け戻ってきた劫光も声を荒げる。
「…せめて!!」
 璃凛の周囲に瘴気が集まって行く。瘴気吸収で能力を高めているのが解って彼方は瞬きする。
「下がれって言われたろう?」
「威勢のええこと言わせてくれへん、うちが討ち取れる相手やなんて思ってへんから。
 ただ、後に続く人らがいつか撃退する為に…」
 彼女が一歩前に踏み出ようとしたその時
「えっ!」
 ビョン!!
 逆にジャンプした蟲アヤカシが璃凛に向けて疾走してくる。唖然とする間もなく放たれた鉄の刃。
「危ない!!」
 彼方が投げた陰陽刀は粉々に砕け散るが、その隙に璃凛は回避に成功する。
 璃凛は接近してきた蟲アヤカシに瘴気回収で高めた攻撃力ごとの一刀を立てた。
 けれど
「なんや!」
 切り裂いた筈の身体は見る見るうちに、本当に目の前で塞がっていく。まるで不死の身体だ。
「下がれ!!」
 もう一度劫光が声を上げた。ギリギリまで接近して式を召喚する
 再びの悲恋姫。中級アヤカシクラスである不死蟲を倒すには力が足りない。けれど、敵を一時足止めし退却の隙位は作れるだろう。
「退くよ!」
 彼方が璃凛の手を強引に退く。
「でも!」
「いくら後の人の為に役立とうと、ここで璃凛が倒れたら意味がないんだってことを解れ!」
 珍しい彼方の怒鳴り声に璃凛は目を見開く。
 まだ、目の前にも後ろにも蝗や蟻の群れ。
「璃凛! 後ろ頼む。僕は前に行くから!」
 とん、と彼方が璃凛を置いて前に出た。
 その横をユイスや蒼詠が追い、真名が切り裂いていく。
「撤退時の殿は、強い者が務めるもんや、主に前衛やろな。
 せやったら、強い者が生き残る確率を上げるんが、中衛と後衛の役目ちゅう話しや」
 残された璃凛に雷獣で援護しつつ陽向がにこりと笑って言った。
「うちは、仲間を危険にさらしとうない、せやから前に居るんや」
「後ろから仲間を守るのも、大事やと思うけど? ほらほら、軍隊蟻が来る!」
 話す二人の横に譲治がひらり駆け寄った。結界術符『黒』で敵を阻害し
「先輩!」
「まがりなりにも先輩、なりよ? 心配は不要なのだ。璃凛の方はどうなりか?」
 笑顔で自分を見る先輩に頷いて
「…陽向、も一発雷獣、できるか?」
「任せとき!」 
 後ろに立った璃凛は一度だけ目をつぶり、自分と自分の目の前の敵に向かい合った。

●新たな戦いの始まり
「怪蝗、軍隊蟻の亜種。蚊に似たこのアヤカシは針神蟲、とでも言った方がいいかもしれませんね」
「羽音で味方を強化する奏蟲、鉄錆蟲に蟲キメラである不死蟲…どれもやっかいな敵が多いです」
 帰還した寮生達から報告を受ける朱雀寮長 各務 紫郎は真剣な目で資料を見つめサラターシャの話に頷いた。
 帰還後倒れた彼女の顔はまだ青い。
「普通の虫ではないので、防虫、殺虫の既成品などは役に立たないようです。ただ、全体的に知性は低く、連携攻撃などは見られません。
 毒も、新しく発見されたアヤカシは殆どしてきませんでした。怪蝗などであれば数が多く無ければ一般人でも対応は可能かもしれません」
「しかし、怪蝗も、武装蟻…軍隊蟻に牙や装甲のような武装を付けたアヤカシだが、これらは積極的に仲間を呼んでいた…」
 蒼詠、祐里も戦闘を思い出しながら告げる。
「特に、針神蟲は要注意ですね。早期に発見できず体内に潜まれれば救出はほぼ不可能ですから」
 ユイスは首に手を当てた。刺された時にこそ激痛があったが潜り込まれてからは苦痛が無かった。
 対処、発見が遅れていたらと、考えただけでゾッとする。
「ご苦労様でした。この報告は各国に伝えます。今後の重要な資料になるでしょう。
 課題は合格とします」
 寮長はそう言って、彼らを労ってくれた。

 全員が無事帰還、課題も成し遂げたとはいえ彼らの心は晴れない。
 村の奪還も不死蟲討伐も叶わなかった。

 倒しきれなかった強敵との再戦はおそらくすぐ。
 その日に向けて彼らは決意を新たにするのだった。