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■オープニング本文 目の前にジルベリア皇帝 ガラドルフが立っている。 主君の御前に立ち、グレイスの心は驚く程に静かだった。 父が伝言だと告げたあの言葉が胸にあるからかもしれないと思う。 今が満開の桜の花のような女性はこう言ったという。 『言い訳をするなら何もすべきでない。 成し遂げたいと望み、道理に背かず、己や他者を信じて行動したなら胸を張るべきだ。 それでも心に苦ければ信頼する一人に打ち明ければいい。 辺境伯の代わりは幾らでもいるけれど、貴方の代わりはいないのだから』 自分は一人ではない。 家族、部下、そして何より自分を長く支えてくれた開拓者達。 陽光のような人、自分の思いを大切にと言ってくれた人、静かにでも誠実に自分を支え続けてくれた人。 彼らを裏切ってはいけないとグレイスは決意と共に顔を上げる。 「では、噂は、真実なのか?」 広間を振るわせるように低く重い主君の声に彼ははい、と答えた。 ここにいる人物はそう多くは無い。 けれど、グレイスの返答はその彼らからざわめきを引き出すに十分なものであった。 「叛乱を狙っているという事実はありません。その点に関しては絶対にありえないと誓います。 我が忠誠は陛下の御前から揺らぐことはありません。 しかし、陛下のご意志に反するかもしれない事を実行しようとしている事は真実です。 私は、南部辺境をジルベリアの法に囚われず、天儀や他の儀との交流も可能な新しい自治区にできないかと考えています」 そう言って彼は、深く主君に頭を下げる。 皇帝が怒ればここで首を刎ねられても不思議はない。その覚悟は勿論できていた。 「ジルベリアの国は皇帝陛下の御威光により、強く守られています。それは素晴らしい事であると思います。 ですが、守られることに慣れた民は自分の意思を持てない、持たない。 ただ指示に従い、守るだけの存在になってしまう。 自分の意志で自分の目指す道を行く事も時として罪となるのが今のジルベリア。 私は民一人一人が自分の意志を持って、より強く輝き羽ばたける場所を、ジルベリアをより良くしていく為の可能性を作りたいのです」 「…我が築きあげてきた国と施政を、その国の貴族が否定するか?」 「否定ではありません。肯定しているからこそそれを守り、永く未来に続けていく為の一石を。淀みを払う新たな風をと願っているのです」 「若輩者が生意気な!」「皇帝陛下に逆らおうと言うのか!」 ざわめく重臣達。だが彼らの声は皇帝の瞳の前に一瞬で霧散する。 全ての反論を封じる力を持った眼力の前で、それでもグレイスは怯むことなくその目を見つめていた。 フッ。 と、皇帝の目に小さな笑みが浮かんだ。 本当に小さく、ではあるがその変化に部下達も、何よりグレイスが眼を見開いた。 「生意気な口を利く…。それだけの事を言うのならそれを為す為の困難も、覚悟の上であるのだろうな?」 「む、無論」 笑みはほんの刹那の幻のように消え失せ、氷の刃のごとき鋭さで皇帝はグレイスに問う。 「では、それを行動で見せてみよ。我が命令を実行し、それを叶える事ができたのならその時、お前の計画を認めることも考えてやろう」 「陛下!」 再びざわめく配下を再び一蹴すると、ガラドルフはグレイスに命じた。 「南部辺境に新しい町と港を建設せよ。天儀、希儀、泰、アル=カマル。 他儀との通商に特化したジルベリアに無かった新港である。 それを完成させ、統治を成功させたならその港を中心に、お前の望む自治の運営を認めよう」 グレイスは瞬きの顔で主君を見上げた。 その顔は無表情であったけれど、不思議に楽しそうにグレイスには見えたのだった。 その日、開拓者ギルドを訪れた上品な二人連れがいた。 夫婦であることは間違いなく、かなりの年輩であることは見て取れたが老夫婦と呼ぶには若く見える彼らは 「お花見に、いらっしゃらない?」 そう言って一通の依頼書というか、招待状を差し出した。 書状を受け取り、依頼人というか招待者の名前を見て係員は絶句する。 エドアルド・ミハウ・グレフスカス。 妻サフィーラ。 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスの両親の名であったのだ。 「いつも、息子が皆さんにお世話になっておりますから、感謝の席を申し上げたいと思っておりますの。 ジルベリアの私達の館は小さいですけれども、優秀な庭師のおかげでこの季節、花の美しさは自慢ですの。 特にアーモンドの木は毎年美しい花を咲かせますのよ。 天儀にも似た花があるのだそうですね。サクラ、というのでしょうか? 以前南部辺境で見たことがあります。美しかったのでこちらにも取り寄せて植えましたの。 まだ木は小さいですけど今年最初の花を咲かせます。 お花見と言う習慣もその時教わって、楽しかったのでぜひ、開拓者の皆さんとまた一緒にと思うのですがいかがでしょうか?」 そう言ってサフィーラ女史はニッコリと優雅に微笑む。 彼女の横で夫エドアルドも楽しげに笑っている。 「今、丁度息子もジェレゾに戻ってきている。一緒に花の下でいろいろ語り合えたらと思うので気軽に来てくれないか?」 「勿論、料理その他はこちらで用意しますわ。 宴を盛り上げて下さる方も大歓迎です。お待ちしています」 そう言って二人は去って行った。 南部辺境伯の両親であればジルベリア指折りの貴族だ。 彼等主催の宴となれば、かなり内容も期待できるだろう。 係員は普通に受理して依頼を兼ねた招待として書状を貼り出す。 彼はまだ、ジルベリアを大きく変えることになるかもしれない決定を知らなかった。 館に戻った二人は、ふと庭の木々を見つめる。 満開に近づく花々を見て、ふと彼らは開拓者を思い出し顔を合わせた。 「グレイスに内緒で開拓者をお招きする、なんていいんですか? あの子、絶対に驚くか嫌がりますわよ」 「だから、いいのだろう。それに奴は今一つ覚悟が足りない。 国と民の命運を預かるのだ。 奴が大切に思う開拓者の前で、しっかりとそれを決めて貰わないとな」 「相変わらずですこと」 「できない者に期待などせぬさ。私も、陛下もな」 勿論、夫婦のそんな会話を係員は勿論、知る由もない。 屋敷の門をくぐる二人の上に、今、正に美しい桃色の花が咲き開こうとしていた。 |
■参加者一覧 / 龍牙・流陰(ia0556) / 柚乃(ia0638) / フレイ(ia6688) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / イリア・サヴィン(ib0130) / リスティア・サヴィン(ib0242) / ニクス・ソル(ib0444) / クルーヴ・オークウッド(ib0860) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / ウルシュテッド(ib5445) |
■リプレイ本文 ●白く優しき花 ふと、見上げると白い花びらが舞っていた。 「うわ〜。キレイ♪ これって…サクラ?」 花びらの中、嬉しそうに手を広げるリスティア・バルテス(ib0242)。 赤い髪の毛についた花びらを指でつまむとイリア・サヴィン(ib0130)はじっと見た。 「いや、似ているがアーモンドの木だろう。薄紅色で美しいから偶に貴族の館などで見る」 ここは確か南部辺境伯の家、グレフスカス家のマナーハウス。 見上げれば大きなアーモンドの木が見えた。 「ん? こっちはアーモンドじゃないな? 本当の…サクラ?」 門から奥の家に続く道の両脇に、まだ人の丈より低い若木が並んでいる。 細く、リスティアの腰より幅の無い幹だが、精一杯に伸ばされた枝には白い花がちらほらとついている。 そう言えば。 イリアはギルドに出ていた依頼、というか招待を思い出し大きく開かれている門に手をかけた。 「リスティア。ちょっと行ってみないか?」 「えっ? どこに?」 「花見に。君もうちの両親との顔合わせ。緊張して大変だったろうからね。少しのんびりさせて頂こう」 微笑んで後、イリアは門を潜る。 恋人としっかり手を握りあって。 開拓者が門を潜るとまず、優しい表情の夫婦が出迎えてくれる。 「いらっしゃい。良くいらしたわね」 そう楽しげな笑顔で手を広げるのは奥方だ。 「ようこそ。ゆっくりしていってくれ」 穏やかに、貫録のある笑顔で笑いかけるのはこの館の主人である夫君。 「…えっと、今日はお招き下さいまして…ありがとうございました。本当は、装いも、ちゃんと整えて来たかったのですが…」 ふわりとローブの裾を持ち挨拶をする柚乃(ia0638)を 「あらあら、丁寧な御挨拶をありがとう。でも、いいのよ。大した用意もしていないから気軽に楽しんで頂戴」 奥方はぎゅっと抱きしめて頬ずりする。 「わっ。…えっと、あの?」 「こら、サフィーラ。相手が困っているだろう? すまないな。我が家は男ばかりなものでこいつはかわいい女の子に目が無いんだ。自分がそうでなかったからな」 「まあ、エドアルド。失礼な言い方は止めて頂戴。私は一生懸命な子が大好きなだけ。それに男も女もありませんよ。さあさあ、向こうでお茶でも如何? 天儀からお花見用のお茶も取り寄せてみたのよ。後でお土産にお持ちになってね」 軽く頬を膨らませながらも女主人サフィーラは客を促す。 「さあ、貴方も。久しぶりにお会いできてうれしいわ。楽器を持ってきて下さったということは、何か聞かせて頂けるのかしら?」 わくわくとした表情で自分を見つめる婦人にアルマ・ムリフェイン(ib3629)は優雅におじぎをする。 「リクエストがあればなんなりと。その合間にお二人の武勇伝なんかも聴ければ、吟遊詩人としては嬉しいかな?」 「あら、自分の武勇伝なんか恥ずかしくて語れないわ。でも、そうね。あの人のなら…」 「サフィーラ!」 「あらあら♪」 楽しげな夫婦をユリア・ヴァル(ia9996)はニクス(ib0444)の腕に持たれながら見つめ、微笑む。 「ステキな御夫婦ね」 「ああ」 最愛の妻を伴ったニクスの眼差しはいつものように眼鏡の下に隠れているが、柔らかく暖かい。 目の前の老騎士が妻を見つめるのと同じように。 「老騎士、などと言ったら失礼かもしれないがね」 「そうね。あの方達は心も身体もまったく老いてはおられないもの」 二人と共にフレイ(ia6688)は静かに頷く。 「今頃、辺境伯は皇帝陛下と謁見されている頃でしょうか」 ふと、囁くような、呟くような声にフレイは振り返った。 そこには龍牙・流陰(ia0556)が立って、満開の花を見上げ、見つめていた。 (あの人は、逃げないと決めて立ち向かっている。なら…私のできることは…) 「ほらほら、どうぞ。中へ。お客様をいつまでも門の前に立たせておく失礼させられないわ」 押されるように、手を引かれるように中に入る開拓者達。 その輪から少し離れた所に立っていた二人に気付き、エドアルドは静かに歩み寄って手を差し伸べた。 「…ようこそ。白鳥の姫。どうぞ中へ」 主人に手を差し伸べられたフェンリエッタ(ib0018)は後ろで立つウルシュテッド(ib5445)と一度だけ視線を合わせると 「今日はありがとうございます。これは、皆さんでどうぞ…」 手に持った籠を差し出し、招待者であり館の主人にお辞儀をするのだった。 ●花の宴 「大したものは無いけれど、今日は自由に楽しんで頂戴な」 明るい声でそう告げ、盃を掲げるサフィーラに開拓者達も応じるように杯を上げた。 開会の挨拶があった訳でもなく、いつの間にか始まった宴は、けれど満開の桜と料理になかなかの盛り上がりを見せる。 花に誘われた通りすがりのお客も何人かやってきていた。 「美しい庭に惹かれお邪魔させて頂きました」 そう騎士らしいお辞儀をしたイリアをサフィーラは満開のアーモンドの花に勝るとも劣らない笑顔で出迎える。 「ようこそ! 大歓迎よ。そちらの可愛らしい方は奥方?」 「はじめまして」 奥方という言葉に動揺した訳でもあるまいが少し緊張した様子で頭を下げるリスティアに 「緊張しないで、気楽にね」 サフィーラは笑顔で手を振る。 「彼女はティア。もうすぐ妻になります。今日は両親に彼女を紹介した帰りなのです」 と紹介したイリアは目の前の夫婦を眩しげに見つめる。 「貴方がたのように末永く睦まじい夫婦となりたいものです」 招待者への社交辞令では無い、これは本心だった。 年輪を重ねた二人の関係はとても美しく見えるから。 「ありがとう。楽しんでいってね」 サフィーラはそう言って軽くウインクをして見せた。 「「はい。ありがとうございます」」 お辞儀をした二人は肩を寄せ合い、心から幸せそうに微笑んでいた。 次々に運ばれる料理はジルベリア風のものから少し変わったものまで色々。 「こっちはプリニャキ。ピロシキ、ボルシチ…。カナッペ、コキール、ローストビーフ。でも、その隣に何で天儀の三色団子とのり巻き??」 柚乃が料理をお皿に取り分けていると ポン。 何かが足にぶつかる感じがした。 「もふもふっ! もふらのにおいがするもふ!」 下を見て…足元にからみつくものに柚乃は目を瞬かせる。 「もふら?」 「あら、ごめんなさい。もう、お客様のお邪魔をしてはダメよ」 まだ小さい、柚乃の腕の中にすっぽりと入ってしまいそうなもふらは丸い目をきらきらと輝かせながら柚乃とごちそうを見つめている。 「あ、その子はね。南部辺境の牧場から貰って来たの。牧場って言ってもジルベリアでは何故だかもふらは増えないのでこの子も天儀から来たのだけれどね」 「おいしいごちそう。いっぱいでうれしいもふ!」 サフィーラの足元にすり寄るもふらを見て、柚乃も嬉しそうに笑った。 「うちの子も連れて来ればよかったかな? でも、ごちそういっぱいのパーティにつれてきたら大騒ぎになっちゃうかもしれないし」 「息子も孫も独立しちゃって寂しいのよね〜。だから、人がたくさん来てくれるのは嬉しいわ。 今日はいっぱい、食べて、飲んで、楽しんでいって」 さりげなく零れた言葉は、多分本音だろう。 アルマは小さく笑うと 「はい。ごちそうになります。でも、本当に綺麗な花だ。一曲奏でさせて頂いてもいいでしょうか?」 竪琴を手に取った。 「大歓迎よ。何か…皆が楽しい気分になれるような音楽をお願いできるかしら」 「喜んで。では…」 アルマは軽く調弦代わりに爪弾くと、明るい里謡を奏で始めた。 ジルベリアではポピュラーな春の訪れを喜ぶ花の謡。 聞いているだけで心が暖かくなる春の調べだ。 「えっと…それじゃあ、私も一芸というか、お招き頂いたのでお礼に一興です。 アルマさんの素敵な演奏に合わせて…」 そう言うと柚乃は目を閉じて歌う。 「わあっ!」 『小鳥の囀り』を紡いだ柚乃の周りに小鳥が集まってきた。 小さな協奏者と一緒に囀るように歌う。 「かわいいっ!」 くるりくるりと風のように舞い、軽やかな足取りで舞い踊る柚乃。その足元でもふらもぽわんぽわんとリズムにのって跳ねていた。 「踊ろうか? リスティア」 「ええ、イリア」 楽しげに手を取り合い、踊る恋人達。 「お手をどうぞ。奥方」 「ありがとう。旦那様」 風に舞う花びらと一緒に踊るユリアはまるで天使の羽根のようだとニクスは思った。 「知ってる? 天使の羽を持ってると幸運があるんですって 天使そのものを捕まえたニクスにはどんな幸運があったのかしら?」 「今実感してる通りだよ。誰にもまして幸せだ」 幸せな恋人達の踊る中、妻に目くばせをしたエドアルドは、宴の一角に立つ二人連れに近付いた。 「付き合わせて悪いな、フェン。 サフィーラが言う庭を見たいと思ってさ。向こうには流陰やアルマも来ているようだ」 「いいえ。本当にキレイな庭ですから…。アルには後で伴奏をお願いしたいのですけれど…?」 そんな会話と共に持参した桜のタルトや酒を並べるフェンリエッタの前に立ったエドアルドは、優美な紳士の礼でお辞儀をし告げる。 「私と踊って頂けませんでしょうか? 姫君?」 目を見開くフェンリエッタにエドアルドは、娘を見守る父のような優しい眼差しで微笑んでいた。 ●決意と思い 明るい舞踏曲が何度か続き、お礼にとフェンリエッタが披露した静かな歌がアルマの伴奏を共に喝采の中終わると宴はまた賑やかな宴会に戻った。 「はい、あーん♪」 「ユ・ユリア……! あーん」 「いつも以上に美味しいでしょう??」 「ああ…おいしい」 「ごちそうさま」 フレイは式から間もなく一年。まだアツアツの新婚夫婦に小さく笑って見せる。 ユリアはニクスが照れるから、わざとやっているのだろうし、ニクスはニクスで恥ずかしそうにしながらも拒否していないのは、幸せのほうが勝るからなのだろう。 本当に熱いことだ。 温かい桜茶が柔らかい香りを立てる。 「おや、皆さん。楽しそうですね」 そんなことを考えていたフレイの後ろから静かで、聞きなれた声がした。 フレイはとっさに振り返る。 「グレイス!」 そこにはグレイスが立っていた。 「辺境伯…」 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカス。 「おかえりなさい。グレイス。今日は庭で花見をすると言っていたでしょう?」 笑顔で手を差し伸べる母サフィーラにグレイスは手を取り、キスをする。 「開拓者の皆さんをお呼びするとは聞いていませんでした。…父上の差し金ですか?」 肩を竦めるグレイスにエドアルドが泰然と近づいて行く。 「人聞きの悪い。私が開拓者の皆さんと会いたかったからお招きした。 何か、文句があるのか?」 「そうよ。私だって会いたかったんだから。貴方ばっかりずるいわ!」 子供のように頬を膨らませる母親に、グレイスはため息交じりの息を吐き出した。 「お二人には叶いませんね。…それに私も、皆さんにお伝えしなければならないことがあったので、丁度良かったと言ってもいいかもしれません」 「親の花見のついでに「辺境伯の仕事」の報告か。報告の為に自ら場を設け招いたならいざ知らず」 冷たく、斬るように告げるウルシュテッドの言葉にグレイスは真っ直ぐな視線を返す。 「無論。後で皆さんに報告をするつもりでしたし、民にも告げます。 ですが、私は皆さんに隠し事をしないと決めたし、皇帝陛下の決定は誰よりも早く皆さんに知らせたかった」 「陛下の…決定?」 「何が決まったの?」 心配そうな流陰とフレイに小さく微笑んでグレイスは続けた。 「…この場は両親のおせっかいでしょうが…機会ができたのならそれは伝えるべきだと思ったのです。聞く必要がないと思われたのでしたらどうぞ宴を楽しんで下さい。 お邪魔は致しません」 気が付けばフェンリエッタは会場を辞していたようだ。 残ったウルシュテッドは壁に背を預けている。その側には竪琴を持ったままのアルマがいた。 「決意を聴かれると、身が締まるよね」 (彼の覚悟の仕方が僕と同じとは限らないから、何も言えないけどせめてそれの手伝いになると良いかな) そう静かに微笑んで。 逆にイリスとリスティアはその場から離れた。それを追う様にサフィーラとエドアルドも場を離れる。 柚乃はもふらを抱きながら近づ、離れずの距離だ。ユリアとニクスは二人ならんで、そう遠くない場所でグレイスを見ていた。 「聞くわ。話して。 考えはしっかり形にしないとね。 不言実行よりも難しいのよ? 逃げ場を無くすのだから」 「ええ、その為に皆さんに告げるのです。南部辺境に課せられた決定と、私の決意を」 側で見つめる流陰やフレイの眼差しを受けながら、グレイスは一度だけ唾を呑み込むと 「私は、先ほど皇帝陛下と面会をして参りました。私の計画と思い。その全てを伝え御裁可を仰いだのです。 そして皇帝陛下はこう仰せられました」 開拓者達に皇帝の決定を静かに語って聞かせたのだった。 「…他の儀との通商に特化した新しい港街…。 それが上手く行けば自治区が認められるかもしれない、ということですか」 「驚いたわね。皇帝陛下がある意味自分の政策を否定するようなグレイスの計画を、受け入れるなんて」 目を見開く流陰とフレイ。 「はい、私も少し、驚きました。最悪、反逆者として無礼討ちにされても文句は言えないと思っていたのですが…」 グレイスもどちらかというのなら笑顔だ。 自分の、無理かもしれないと思っていた計画が、条件付きとはいえ許されたのだ。 確かに嬉しいだろうとユリアはその様子を見て思う。 ただ… (考えてやろう、ね。…都合のいい言葉。本当に受け入れたとはまだ言えないような気がするけど) 心の中でそう思いもするが口には出さず軽く肩を上げるのみに留める。 「それで、どうするの?」 問うフレイに、開拓者にグレイスは静かに、だがはっきりと答えた。 胸の前に手を当てて、何かに誓う様に…。 「無理かもしれないと思っていた私の夢、願い。それを叶える為の機会を与えて頂けると言うのなら、それに応えるしかありません。 これから私は皇帝陛下より与えられた命令。新港の開設に全力を尽くすつもりです」 「実際問題として実現の見込みはありそうですか?」 今度、問うたのは流陰。その質問に答えるグレイスの笑みさっきまでとは違い苦笑いに近いものだった。 「事が予算の問題だけであるのならなんとか。幸い、南部辺境はここ数年でかなり復興し、税収も安定してきています。 細かくは領地に戻って試算してみないとはっきりとしたことは言えませんが今後、大きな戦乱が起きる等が無ければ不可能では無いと思っています。 しかし、事はお金だけの問題ではありませんから」 「そうだね。いくらお金だけあっても港はできない。港を作り、街を作る。その為に一番必要なのは…」 「…人…」 アルマの言葉を柚乃が受け継いだ。 開拓者達も殆どが頷き、納得する。 「そうです。陛下によって与えられた課題を成し遂げる為に一番必要なのは「人」の力です。 私の計画の全てを民に話し、協力を仰ぎます。他の領主達にも協力を仰がなくてはならないでしょう。 南部の半島の東側は既に十分に開拓が進んでいます。 新しい、特に特別な機能を持つ街は作りにくい。 おそらく新しい街を作るなら、それは半島の西側に作ることになるでしょう。 父が調べに言ったと言う半島の西の平野。そこならスムーズに開拓できる可能性が高い。 しかし、そこに道を作り、物資を運び、人を運ぶにはどれ程の時間と労力がかかるか…。 新しい町に移住を望む住人がいるかどうかも含めて、リーガだけではない、南部辺境全ての人が団結しなければ解決することはできない課題なのです」 「グレイス…」 「…お前に、それができるのか?」 勝手を言うグレイスの言葉を切り裂く様にウルシュテッドは問うた。 「できるのか、ではなくやるだけです。できないと諦めては何もできないと教えて下さったのは皆さんですから。 でも、その為には私一人ではできない。民と皆さんの協力が必要です。 お力をお借りすることはできないでしょうか?」 問い、でも無かったのかもしれない。ウルシュテッドはグレイスの答えに何の感情も示さず、壁から背を離した。 「口先の決意など俺は信用しない。 中身の伴わぬ言動に散々振り回された。 その気があるなら己の全てで示せ」 それだけを言って、歩き出す。招待主に丁寧な礼だけを残して。 微かに手を伸ばしかけたアルマも彼を引きとめることはしなかった。 「簡単ではありませんが、これで一つの目標は見えました。 これまで以上に忙しくなりそうですね」 明るく答えたのは流陰だ。彼は南部辺境の深き守護者の一人。 力になってくれるのだろうとグレイスは信じる。彼との約束を違えぬ限り。 小さくため息をついたのはアルマ。少し考えて告げる。 「そう、だね。ええと――頑張って、応援してる」 協力する、と彼は答えなかった。今後を確約はできないからである。 正直、今も天儀で色々あって、気がじりじり落ち着かない。 けれどその中だろうと、ジルべリアの彼らの今後を思う気持ちがあるのは真実だから。 「…良い話を聴けるよう、待ってるよ」 彼はそう微笑みかけた。グレイスは深い礼で感謝を伝える。 「貴方の決定と決意に祝福を」 そう告げたのはニクスであった。己の女神に小さく笑いかけ、彼は続ける。 「それが民の為となる限り、俺はいつでも貴方の下に駆けつけよう」 「そう! そこが問題なのよ。グレイス!」 陽光のように鮮やかな声にグレイスも、開拓者達も目を見開く。 「照れは無しよ。 自分の夢の為と言ってたけど、そこには民の事も含まれるのでしょう? ならそれを綺麗ごととしてや照れで言わないのは駄目!」 フレイはグレイスの前にずずいと、近づき指を立ててそう告げた。そして 「領主なのだから民の為というのは明言しなきゃ、何時でもね。 私はまだ自治という事について疑問を持ってる。 「本当にできるの?」「皆を納得させられるの?」って …その上で私は貴方を信じるから。だから…」 スッと手を差し伸べたのだ。グレイスの前に… ●咲く者 お開きの夕。一際強い風が庭を吹き抜けた。 風に薄紅色の花びらが踊るように舞っている。 「キレイな庭だったわね。桜もアーモンドも、とっても綺麗だった。素敵なお花見だったわよね。 お土産も貰ってしまったし」 花びらと合わせて踊るようにリスティアは笑う。愛しい婚約者をイリアも眩しげに見つめていた。 花よりも美しく咲く者。 「ああ、綺麗だったな。俺達の家も花を沢山植えようか。春になったら毎年こうして君と花が見たい」 愛しい人の手をイリアは取って見つめた。 「ええ。ずっと一緒に見ましょうね」 リスティアもそれに応える。 美しい二人を花々は静かに包み込んでいた。 「もふちゃん。またね♪」 「また会おうもふ!」 柚乃はもふらにあいさつすると、見送る夫妻に頭を下げた。 宴を終え帰路に就く開拓者達。その道すがら 「昔、師匠から聞いた話です」 流陰はひとり言のように呟いた。 「ある人は、決して主を裏切らず従うことが忠義だと言いました。 しかしある人は、主が道を誤ろうとした時それを正すことが忠義の在り方だと言いました。 どちらが正しいのか、師匠は教えてくれませんでした。 代わりにこんな言葉をもらいました…「もし選択しなければいけない時が来たらその時は自分の心に正直に動け」、と」 「もしかしたら、だけど皇帝陛下もこのままではいけないって思ってるのかもしれないね。だから…」 振り返りアルマは館を見た。 小さく、祈るように目を閉じて。 「ニクス、私も信じているから」 「ああ、ユリア…」 歩き行く開拓者達の行く先を薄紅色の花びらが風に踊りながら照らしていた。 一人、辺境伯の館を先に辞したフェンリエッタは薄紫に染まりかけた空を見る。 ふと、どこからともなく飛んできた白い花びらが目の前を過った。 『貴方は…エメラーナとよく似ている』 そう踊りながら告げた辺境伯の父親の顔と共に。 「私は、ご不興をかっているのだと思っていました」 そう問うたフェンリエッタに 「何故?」 ダンスに誘ったエドアルドは巧みなエスコートで彼女を躍らせながら微笑む。 「初めてお会いしたとき、苦笑されてましたから。悪い印象でも持たれていたのかと…」 「私は君を嫌った覚えなどない」 苦笑して見せたことを覚えていたようだ。自身に対する苦笑だったのだが、間違った印象を与えてしまったらしい。そのことを訂正するエドアルドは、こう続ける。 「それは…グレイスも同じだろう。 あれは、呆れる程に私に似ている」 「そんな事はありません!」 自嘲するような笑みを浮かべるエドアルドに、フェンリエッタは首を振る。 「お話は伺いました。 弱さを隠し無理をして支えよと仰る。 でも一人が潰れたら共倒れです。 それが愛なら私は要らない、愛とは呼ばない。 同時に辺境伯の辛さも理解できた。 だからこそ望まれる何かを演じ己を殺す事が、彼の求める自由と言えるのかと。 私は強い人間じゃない。 太陽にも誰かと同じにもなりません。 でもその分、数多の敗北と痛みを、人を思い遣り支え合う事の意義を知っている。 心の飢えがあるから真に求め得た充足の幸福を知る。 偽らざる姿で精一杯戦い続けた私を、友を、誇りに思う。 犠牲から得た力で人を導いて 新たな未来は拓けますか? 親子だってどんなに似ていても違う人間なんです」 また不興を買うかもしれないと思いながらフェンリエッタはエドアルドの顔を見た。 だが、彼は静かな顔をしていた。 「…そうだな。人は、誰も同じではない。 皆、自分の選んだ道を進んでいく。決して同じ道を歩みはしない。子が親と同じ道を歩むならどれほど楽な事か…。 自分の過ちを繰り返さないように導いてやれるのに…」 小さく、笑ったエドアルド。 けれどその目にかつての辺境伯と同じものを見た気がして、フェンリエッタは、ふと、思った。 (この方も、何か後悔を胸に抱いておられるのでしょうか) 「あれはひまわりのような男だ。肥を与え、水を捧げ、どんなに愛して育てても遠い光を追い求める。あちらを向いて考え、こちらを向いて迷い。けれど最後には太陽と共に花開く。そういう男だと、私が思っているだけかもしれないがな」 彼はそれを語ることはせずただ、踊り終えると静かにフェンリエッタの手を取って貴婦人にするようにキスをした。 「俺には、君が縛られているように、いや、自ら縛っているように見える。 君は家族や、周囲や友を思う様に自分自身を、信じ、愛しているかい? もし…君がサフィーラとの時にしたようにあれに愛を告げ、彼の手を躊躇いなく引き、共に歩んでいれば…あれはおそらく君を愛しただろう…。私がそうであったように」 そして微笑んだ。 「君の未来に幸あらんことを。どうか自由に、幸せに生きられる事を願っている。 君と、君を愛する人達の為に。 もし、グレイスと貴女の道が重なる時があるのなら力を貸してやって欲しい」 ふと手に微かに今も残る暖かさを思いながらフェンリエッタは目を閉じる。 エドアルドの言葉が彼の言う様にグレイスの意志と重なるのなら…。 けれど、目を開け風に踊る花びらを見ながら静かに決意する。 「花はただそのままで美しい。その命を散らしても遺した種子はいずれどこかで花開く。私は種を蒔き続けよう」 「フェン」 後ろに立つ気配に微笑み彼女は歩き出した。 己の道に向けて。 フレイの手の中には温もりがある。 「とって、くれるかしら?」 差し出した手にグレイスがしたキスの感触が今も消えない。 「あと少し…待って頂けますか?」 彼はそう言った。 自身の気持ちはもう決まっている。 彼の鏡になるのだ。 そして、対として貴方の道を示す。共に歩く。 彼が望んでくれるなら…。 答えはそう遠くないうちに出るだろう。 それをフレイは待とうと思った。 約束の夏まであと僅か。 もう心の中で多分、結論は出ている。 グレイスは己に問いかけていた。 『私は、ありのままの貴方と一緒に歳を重ねて、生きていきたい。 急ぐ貴方の重石となり、背を守り、翼になって…グレイス様を愛しながら、ずっと』 『私は貴方の鏡になってあげる。 常に「それはどうか?」と問いかけ、自問となる鏡に。 対として貴方の道を示してあげる。 グレイス…私は貴方に惹かれてる。今まで以上に貴方を愛したい』 自分にとって必要な人は誰か。 横に立ち、同じものを見て、同じ世界を歩いて欲しい人は誰か。 あとは、彼女にふさわしい自分になること。 求婚を請う彼女にも、断る彼女にも…。 決意する。 民に、計画を、自らの願いを伝え、語りかける。協力を仰ごう。 そして、結果が出た時、告白する。 一人に愛を、一人に許しを。 自らの全てを賭けて。偽らざる思いで…。 彼は、そう決めていた…。 花は散り、運命の時は近づく。 南部辺境の命運を大きく変えるその時が、もうすぐ側まで近づいてきていた。 |