【震嵐】希望の光【朱雀】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 24人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/26 09:18



■オープニング本文

 東房国における戦乱は天儀のみならず全世界の国家の協力を経た決戦となった。
 結果、大アヤカシ黄泉は討伐され、二つの護大が人の手に残る。
 アヤカシ軍は崩れ、残党の多くは魔の森に逃げ込み、ある者は散り散りになって海や空に潜んだ。
 人の勝利と言ってもいいだろう。
 けれど、戦乱はまだ終わってはいなかった。

 最初は朱雀寮生に依頼された一つの提案であった。
 四月の始め、委員会活動を行う寮生達に朱雀寮長 各務 紫郎はこう告げたのだ。
「東房国に向かっている五行派遣軍より一つの依頼がありました。
 不動寺とその周辺地域において不穏な空気がある。と。
 現在も不動寺及び、その門前町にはかなりの数の一般人がいます。
 半数は戦闘の後方支援の為に残った職人達とその家族、そして半数は近隣の町や村から襲撃を逃れてやってきた避難民達です。
 特に避難民は不動寺の隅で不自由な生活を余儀なくされていました」
 不動寺は合戦において戦術的な中心点にあった。多国軍も多く滞在していたので戦の最中彼らが優先されてしまうのは仕方のないことだろう。
「戦いに一つの区切りがつき、ジルベリア軍などが帰国、東房軍の主力は残党勢力の討伐と魔の森焼却の為に各地に散り、武天軍、朱藩軍、理穴軍、石鏡軍などもそちらに動いています。
 現在不動寺に残っているのは五行軍200前後と僅かの東房軍なのですが、彼らだけでは広い不動寺と門前町を担当しきれず、また避難民の支援なども不得意という事から、援軍を送って貰えないかという連絡があったようなのです。
 とはいえ、五行国もそれほどの余剰戦力があるわけではありませんから、皆さんの中で手が空いている者がいたら協力しては頂けないでしょうか? 委員会活動の校外実習として認めます」
 一昨年の北戦でも朱雀寮生は避難所支援に向かい、大きな成果を上げた。
 その実績を見込まれてということのようであった。
 食料その他、必要な物資などは五行国から支援物資として支給する。
 また朱雀寮生のみならず、開拓者ギルド、五行の施設、各地の氏族にも広く支援を呼びかけて人手を募る、という話であり、実際に開拓者ギルドにも同様の依頼が張り出された。
 そして、参加者達はそれぞれに思いを持って、不動寺に向かって活動を開始する。
 焼け焦げたお堂など戦いの爪痕もあちらこちらに残っている。
 合戦ではここも戦場になったからだ。
 でも、戦いは終わった筈。
 今、必要なのは、避難民への炊き出し、それから怪我人の治療に心のケアだろうか…。

 だがそんなことを思い、活動を始めた開拓者達に向けて、海を警戒していた見張りの兵士から声が上がった。
「う、海からアヤカシの群れがこちらに向かってきます!
 その数は…視認100以上! 大蛸や大烏賊入道、舞首や…指揮を執っているのか飛行アヤカシの影も見えます!」
 不運にも報告を耳にしてしまった避難民達の顔が恐怖に歪んだ。
 現在、不動寺を守る東房兵士は殆どいない。
 その多くが魔の森の対策や、事後処理に当たっており、僅かに残った者達も寺町周辺の警戒に当たっているからだ。
 時は夕刻。これから落ちていく一方の日の光。
 紫に染まる空を見ながら開拓者達は決意する。
 怯え、震える避難民達を守れるのは今、ここにいる者達しかいないのだ、と。
「大丈夫。安心して。必ず…守るから」
 絶望が広がる暗がりに、希望という灯を灯して彼らは武器をとり、人々を守る為立ち上がるのだった。



■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 奈々月纏(ia0456) / 青嵐(ia0508) / 柚乃(ia0638) / 蒼詠(ia0827) / 胡蝶(ia1199) / 平野 譲治(ia5226) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / リエット・ネーヴ(ia8814) / ルエラ・ファールバルト(ia9645) / コルリス・フェネストラ(ia9657) / メグレズ・ファウンテン(ia9696) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / 尾花 朔(ib1268) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / 比良坂 魅緒(ib7222) / カルフ(ib9316) / ユイス(ib9655) / 雁久良 霧依(ib9706) / ネメシス・イェーガー(ic1203


■リプレイ本文

●闇を照らす
 紫紺の中に、時折鈍く光るものがある。
 光の無くなりつつある空と海に輝くさまはまるで星のようにも見えるが、その輝きに人を安心させる美しさは微塵もない。
「あれは…舞首の炎かしら、やっかいね。まったく…こんな大事になるなら全寮生で来るんだったわ」
 胡蝶(ia1199)は海岸で空龍の背に手を当てながらぎりりと唇を噛む。
 朱雀寮の東房支援活動の噂を聞き、青龍寮から手伝いに来た筈なのに何故このようなことになったのだろうか?
 海に見えるのは胡蝶の言う通りアヤカシの光。
 アヤカシの軍団が今にもここ、不動寺に攻め入ろうと集まっているのだ。
「なぜこんなに……」
 蒼詠(ia0827)の呟きに勿論答えを、返せるものはいない。
「空に舞首。あとは天狗が何羽か。あとは…黒鋼天狗、かな? 数は…いっぱい。本当に100以上いるみたいだね」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)がその青い目で暗闇を見つめる。
「はい、姉さん」
「ありがと。ファム」
 そうして、妹ファムニス・ピサレット(ib5896)から差し出された松明を受け取って礼を言うとリィムナは滑空艇に結びつけた。
「ありがとね。ファムちゃん、神楽舞期待してるわね」
 同じようにファムに片目を閉じる雁久良 霧依(ib9706)。
 奇襲ではあったけれど、幸い、今はまだこんなやり取りをしている余裕があった。
 敵の進軍速度は飛び抜けて早い訳では無いからだ。
 闇に乗じようとしているのだろうか。
 そして、開拓者達がここにいる。
「なれば、むしろ幸い。敵が不動寺に至る前に殲滅します」
 矢に古布を結ぶ手に力を入れてコルリス・フェネストラ(ia9657)が告げると頭上から羽ばたきの音がした。
「もうじき来るよ。指揮を執っているのはやっぱり黒鋼天狗みたい。ただ、一匹だけじゃないみたいだし、報告よりも敵の数は多いみたいだから…気を付けないと」
「お疲れ様です」
 偵察に出ていた俳沢折々(ia0401)を労う様にサラターシャ(ib0373)は冷たい水を先輩に差し出した。
「襲撃の目的が不明なことが引っかかっています。重要人物や物が今の不動寺に有るわけではありませんのに…」
「ありがと。…まったくこんなことになるとは予想外だね…大丈夫?」
 少し青い顔を心配されたのだろうか。
 水を飲みほした折々に平野 譲治(ia5226)は胸の、心臓の上で手をぎゅっと握りしめて
「ありがとなり。大丈夫なのだ」
 笑い返す。
「灯りの用意でけたで。そっちはどないや?」
「こっちもなんとか。本当に間に合わせだけど…贅沢は言えないね」
 奈々月纏(ia0456)はリエット・ネーヴ(ia8814)の言葉に頷きながら、ろうそくに灯りを灯した。
 これから夜。闇の中での戦いになる。
 アヤカシに先手を取られない為にも灯りの確保は必須であった。
 ぼうっと海の光とは違う、暖かで柔らかい光が集まった開拓者達を照らし、包み込む。
「敵は何方向に別れて展開する可能性が高いです。分担は必須ですね」
 サラターシャの言葉に仲間達は頷く。
「主には空と、海。
 後は一般の避難民を一カ所、本堂に集め、とにかく敵を近づけないようにする。避難民は絶対に…守るよ!」
 折々の激に開拓者達はもう一度、頷いた。
「空龍で迎撃に出るわ。空で抑えないと避難所が火の海にされる。こっちは、お願いよ」
 胡蝶が空を見上げる。
 灯りに気付いたのだろうか。アヤカシの影がこちらに近付いて来るように見えた。
 ここからが、勝負だ。
「行こう!」
 闇空に仲間と朋友が羽ばたいて行くのを確認して、譲治は海に向けて一直線の火輪を放った。
 低レベルの陰陽術とは思えない程鋭く、真っ直ぐに闇を照らして炎が奔る。
「地上はおいらが、おいら達が引き受けるのだっ! 皆っ! 成すべきを成すのだっ!」
 仲間達はその言葉を胸に灯し眼前の敵に向かって飛び込んで行った。

 ここに到着したのはまだ数時間前の事である。
「ようやく一息と思ったら…!」
 本当に急な話だったと敵を見つめながらクラリッサ・ヴェルト(ib7001)は思う。
 以前、北面での戦があったとき、委員会皆で行った支援活動の続きのような気持ちでいたのだ。
 実際、求められていたのはそれであった筈だ。
 彼らがここに辿り着いた時、疲れ切った表情をしていた避難民は本当に嬉しそうな顔をしていたからだ。
 避難民の多くは不動寺や安積寺近辺から戦火を逃れて来た小さな集落の者達であるらしかった。
 そのうちの何か所かは既に戦に巻き込まれ壊滅状態にあると聞く。
 故郷から追われ、帰れず、しかも失った彼らの焦燥は見ている方が気の毒に思える程であった。
 しかも戦乱の最中はどうしても戦いが中心であり、彼らの居場所も限られていた。
 恐怖の中、寺の隅で身を縮こまらせるしかなかったのだ。
 ようやく戦いが終わり、これでやっと少し、足を延ばすことができる。
 崩壊しているかもしれないが故郷に帰る事ができるかもしれないと、ほんの少し希望が生まれた矢先の襲撃である。
 サラターシャが仲間と共に夕飯を配り、暗い部屋にランプを灯した時に、それは起きた。
(あれは、忘れられそうにないなあ〜)
 クラリッサは思った。
 喜びに輝いていた避難民の顔が一瞬で、恐怖と絶望に打ちひしがれる様子を
 今、彼らの為にできるのは
「なんとか間に合って良かった。
 大丈夫、もう心配いらないよ。後はわたし達に任せておいて」
 そう約束した折々のように笑う事と、敵を倒す事。それだけだ。
「とにかく、迎え撃つよ!」
 自分と愛龍に言い聞かせるように言う横に芦屋 璃凛(ia0303)の鋼龍が寄り添う様に飛ぶ。
「クラリッサ! あっち! 海の中央に大蛸入道がいるんや」
 璃凛の指差す先には確かに触手が水を弾くさまが見て取れる。
「海に潜られるとやっかいや。とにかく、あれを先に倒そう!」
「了解! ちょっと飛びにくいかもしれないけど…頑張って。ナハト」
 メグレズ・ファウンテン(ia9696)の作ってくれた手製の龕灯はナハトリートの首もとに括り付けてある。
 一方向に向かう様に導かれた灯りは海をまっすぐに照らす。
 灯りに海のアヤカシ達が引き寄せられることはいくつかの戦闘で実証済だ。
「来た!」
 海から立ち上がる巨大な触手に真横から雷が落ちる。霧依のアークブラスト。
 一瞬の硬直を見逃さず璃凛が陰陽刀でその先端を切り捨てた。
 それが開始の合図であったかのように、アヤカシ達と開拓者達の戦いの幕は切って落とされたのである。

●海からの敵
 不動寺に一番近い海岸線。
 二人の男が背を合わせて立っていた。
 いや、勿論周囲には開拓者もいるし、相棒もいる。
 けれど、今、この時二人の間に割って入れる者は誰もいなかっただろう。
 それほどに強い空気を二人は放っていた。
 視線を海に向けたまま
「ああ、俺はお前が嫌いだよ、『竜哉(ia8037)(ディモス)』」
 静かに、銀の髪を海風に流しながら青嵐(ia0508)が弟の名を呼ぶ。
「そう、俺もお前が嫌いだよ、『青嵐(ラムダ)』」
 その横で同じように黒髪が流れる中、竜哉が答える。
(そう、自分が選べなかった(選んだ)可能性を見ているようで気に入らない。
 心の奥底を覗かれている(覗いている)ようで気に入らない)
(ああ、自分が選べなかった(選んだ)可能性を見ているようで気に入らない。
 己の奥底を覗かれている(覗いている)ようで気に入らない)
 二人は互いの心と思いが鏡に映したように同じであることに勿論気付いている。
 自分達は近しいのだ。笑えるほどに。
「だが…」「しかし…」
「「それ以上に逃げ惑う民を狙うこいつら(アヤカシ共)が気に入らない!」」
 二人の声は僅かのずれも迷いもなく重なった。
 その眼前で海からの波が大きく沸き立ち始めた。
『主上! 敵接近! 大口も迫って来るのであります!』
 青嵐のからくりアルミナが二人の眼前に迫る敵を獣爪で掻き裂きながら叫ぶように告げた。
 既に戦端は開かれている。ここには海から来た敵の約半分が迫っているだろう。
 大蛸や大烏賊入道がいないのは、空から戦いを挑んでいる仲間が止めてくれているからかもしれない。
 これが最後の『時間』
「故に、手を貸せ」
「ああ、力を貸せ」
「「奴らを滅す」」
 二人は弾けるように敵に向かっていく。
 初撃は竜哉の魔槍砲。海に向かって一直線に放たれた攻撃は何匹かの大口を巻き込みながら漆黒の海の上を突きぬけて行く。
「敵が見えました。羊頭鬼の姿もありましたね。来ますよ!」
 尾花朔(ib1268)の横で纏と泉宮 紫乃(ia9951)が頷いた。
 指揮を執る飛行アヤカシへの攻撃を狙いたかったが、偵察によれば飛行部隊は不動寺上空で海上部隊と分かれ、空からの不動寺攻撃を目指しているようだ。
 海岸周辺は松明やリネットらが作った簡易灯台、さらには竜哉の相棒、提灯南瓜のナエギさんのおかげである程度の灯りは確保しているが闇に紛れた敵は地上からの狙い撃ちは困難。
 故に彼らはここで、海上からのアヤカシ上陸を防ぐことになったのだ。
「敵の数は…おそらく80強。大体は大口やと思うけど…大蛸入道や羊頭鬼がけっこうおるみたいや」
「そのようですね」
 心眼「集」で纏が確認した数と種類を裏付けるように、既に前線では竜哉と青嵐が海から上陸してくる敵との近接戦闘に入っている。
『一人を多数で取り囲め! 奴らはしょせん人間。数で押して潰すのだ!』
 海からトビウオのように飛び上がった羊頭鬼の一匹が地面に、足で降り立つと同時にそう声を上げた。
 指示に従う様に青嵐に向かって大口の群れがその名の通り大口をあげている。
「竜哉さん! 伏せて!!」
 背後から聞こえてきた声に振り向く事も確認することもせず、竜哉はしゃがんだ。
 ほんの少し前まで青嵐の頭があった場所を白銀の鵺が二頭。駆け抜けて行く。
『ぐぎゃあああ!!』
 大口たちが口々に悲鳴をあげて落ちていった。
 紫乃と朔の雷獣が海の上に火花を弾けさせながら飛んでいくのだ。
 本当なら大口の攻撃にタイミングを合わせる予定だったのだろう。
 武器を持った羊頭鬼の剣先が揺れるが
『なに!』
 逆に竜哉は、その懐に飛び込んできた。羊頭鬼は一瞬怯むように硬直したが
『こしゃくな!!』
 そのままの攻撃を竜哉に放つ。喰らえば竜哉の腹に穴が開いていてもおかしくない強力な幽瞬撃だ。
 しかし
『な…!』
 羊頭鬼の攻撃は通らなかった。微かなダメージを与えただけで竜哉は止まらない。
「フォルセティ・オフコルト! 人間、なめんな!」
 むしろ肉薄してくる。
『おのれ!!』
 闘牛の角のように怒りと共に角を竜哉に向ける羊頭鬼。
 だが、気が付けば真後ろから羊頭鬼に衝撃というには生易しい攻撃が当たってくる。
 研ぎ澄まされた刃のような蛇神の攻撃。
『な、なんだと? ! …がはあっ』
 一瞬意識を奪われた羊頭鬼が次に気が付いたのは、自分の身体がソードウィップでずたずたに引き裂かれてから、であった。
 唯一残った頭は
 シュッ!
 空気を切り裂く音と共に放たれた纏の一矢で、断末魔も最期の言葉も残さずに完全に瘴気に還り、消失する。
 竜哉と青嵐の視線が交差した。だが
「青嵐さん! 次の羊頭鬼がこっちに! 援護をお願いします」
「海上から大蛸入道が来るよ〜。竜哉にー!」
 それは、一瞬。直ぐに離れる。
 互いに指示をしあう必要も二人には無かった。
 青嵐は羊頭鬼に
「思いのままには、させない!」
 蛇神を放ち
「上陸は、させない!! リネットもタイミングを合わせてくれ」
 竜哉は纏とタイミングを合わせて大蛸入道の目を狙って魔槍砲を打ち放ったのだった。
「レオ! 舞首がいたら最優先で倒して下さい!」
『解った』
 青嵐と彼のからくりと共に剣と銃を手に敵に飛び込んで行くサラターシャのからくりレオ。
「竜哉にー、次は?」
「あのでかぶつ退治だ。リネット。あの目を狙って螺旋、行けるか?」
「りょーかい!! おとーさんはみんなの援護お願い」
『解った』
 海からの敵はまだ多数。
 しかし、その戦況は次第に開拓者に向けて傾きつつあった。

●連携
「しまった! 一匹、陸の方に抜けられた!」
「解った。今、追う!」
 不動寺沖、上空から海の大蛸入道の相手をしていたクラリッサは思わず声を上げた。
「待って!」
 璃凛の声を聞きつけた折々が、追いかけんばかりの後輩を留めるように声をかける。
「深追いはしなくていい! 一匹や二匹なら向こうでなんとかしてくれるから。今は、こっちを集中!」
「あ…はい!」
 璃凛は頷き、クラリッサの横に戻った。
 折々はと言えば指揮官クラスと思われる黒鋼天狗との戦闘中だ。
 こちらに手を貸すのは難しいだろう。
「あと、もう一匹は潰さんと…」
「頑張ろう!」
 璃凛の言葉にクラリッサも頷いた。
 二人は連携で五匹以上はいた大蛸、大烏賊入道のうち二匹を退治し、二匹の足止めに成功していた。
 的確に放たれた氷龍や雷獣の行動阻害効果をクラリッサが蛇神で援護。
 またはその逆で使用し敵を沈めて行く。ただ、勿論二人だけの仕事でもない。
「人々を守る為に…私も尽力しますね。今回参じることができなかった兄様の分も…」
 柚乃のサンダーヘヴンレイや
「砕!」
 コルリスの一矢が援護してくれていたからこその成果、である。
 一方で
「ったく! 数が多いんだから!!」
 上空では乱戦が続いていた。
 十体あまりの舞首と開拓者が入り混じって戦う。
『ギャアア!!』
 舞首の呪声が空にまた響く。続いて火炎放射。畳み掛ける様な攻撃が続く。
 顔をしかめながらも胡蝶は必死で避けると鞭と斬撃符の連携攻撃でなんとか一体を瘴気に還す。
 だが、また次が来る。まだ体勢が崩れたままの胡蝶は
「くっ!! ポチ!」
 胡蝶は必死で手綱を引いて空龍の敏捷性で初撃を躱すが、次は喰らってしまう! 身を固くした。
 しかし、その衝撃はいつまで待っても来なかった。
「砕!」
 響く声と共に炎が舞い上がり、目の前を一瞬明るくする。
「大丈夫ですか?」
 心配するかのように近付いて来るコルリスに大丈夫、と胡蝶は笑って見せた。
 本当は頭を割る様な頭痛が続いているが、それを気にしている余裕はない。
「…これぐらい、なんてことないわ。舞首だけでも…倒しきらないと」
「そうですね。私は彼女…折々さんの援護を」
 コルリスと胡蝶は頷き合うとまた戦いに戻って行く。
 向こうでは小隊【光翼天舞】が目覚ましい活躍を見せている。
「攻められる前に落とす! 舞首は全部片付けるよ」
「はい! 姉さん」
「打って出るのね、了解♪」
 ファムニスはリィムナと霧依に神楽舞「心」を贈る。
 ファムニスの優しい心がそのまま二人に力を与えてくれていた。
「よしっ! みんな、いくよ!」
 巧みに操った滑空艇でリィムナは舞首の群れ、その外壁に向けて「魂よ原初に還れ」を連発した。
 反撃の火炎放射は高機動で躱して間を開ける。
 そしてまた攻撃するの繰り返し。三人の滑空艇操作は見事というしかなかった。
 呪声でのダメージはファムニスが癒す。
 そしてリィムナと霧依が攻撃を仕掛けて行く。
 美しいまでのヒット&アウェイ。連携攻撃だ。
 壁を侵食するように、穴をうがつように舞首の群れは徐々にバラバラに離れて行った。
「おっと!!」
 リィムナは攻撃の手を緩めた。
 舞首をあまり追い詰めるのは危険だ。
 道連れ覚悟でツッコんで来られたら、こちらの方が危険になる。
 ギリギリのタイミングに合わせて
「一気に行くわよ!!」
 霧依のメテオストライクが爆発した。一気に数体の舞首が弾けるように消失する。
「バラバラにならない様注意して飛ばないとね♪ 味方と連携よ♪」
 そう軽やかに笑う霧依の言葉を聞きながら、
「連携…?」
 折々は目の前の敵を見つめた。にやりと笑う黒鋼天狗。
 その時柚乃のサンダーヘヴンレイが一瞬場を照らし…そして、気付いた。
 黒鋼天狗が微かに、だが確かに唸るような声を上げた事を。
「しまった!」
 折々は声を上げた。
 同時に仕掛けてくる黒鋼天狗はすれ違いざま巨大な剣で攻撃してくる。
 折々は渾身の黄泉より這い出る者を仕掛け、天狗は足を止めるが、まだ仕留めきるには至らない。
「援護します! 砕!!」
 しかし、動きの鈍った腕を月涙と無月の合わせ技。
 コルリスの攻撃が狙い違わず敵を射抜いた。
『ぐっ!!』
 唸る黒鋼天狗にもう一度折々の黄泉より這い出る者が落ちる。
『ぎゃあああ!!』
 断末魔の声を上げて消失した天狗に安堵する間もなく、折々は龍の頭を不動寺に向けた。
「どうしました?」
「舞首とか、海を指揮する天狗に気を取られている隙に、何匹かの空の敵に散られた! もしかしたら海の敵は囮だったのかも!」
「ということは、不動寺に向かったのでしょうか?」
「その可能性はあるよ…やられた」
 開拓者や他の戦力を陽動で引き付け、その間に少数精鋭の本体が急所を叩く。
 今まで開拓者がしてきたことを裏返されたのかもしれないと、折々は唇を噛む。
「どうします? 直ぐに急行しますか?」
 コルリスの問いに折々は一瞬の逡巡の後、首を横に振る。
「不動寺にも仲間がいる。彼らを信じよう。今は一刻も早くここの敵を殲滅して援護に向かう!」
「解りました!」
 敵に向かいながら折々は、ふと思うことがあった。
 でも、今はそれを頭から降り払う。
「今は、目の前の敵に集中! 援護、行くよ!!」
 自分に言い聞かせるようにそう言って、折々は大烏賊入道に今日何度目かも解らない黄泉より這い出る者を打ち当てるのだった。

●切り開く者
 人々は空から聞こえてきた羽ばたきに悲鳴をあげた。
「ア、アヤカシが来た!?」
 バサバサと羽音を立ててやってきたのは数匹の妖天狗、そして一匹の黒鋼天狗であったらしい。
「皆、下がって。本堂の中に隠れて下さい」
 帽子をかぶったユイス(ib9655)は
「雫。皆を誘導するよ」
 からくりに声をかけてからニッコリと微笑みかける。
「慌てないで。皆さんは五行陰陽寮の僕らが必ずお守りします」
 自信の籠った強い笑顔に、人々は少し冷静さを取り戻したのか指示に従って避難を開始する。
 珍しい、と言う目で自分を見る相棒にユイスは肩を竦めて見せた。
「身分をひけらかすのは好きじゃないけど、てっとりばやく安心を勝ち得るには良い方法だからね。ここはあえてつかっていくよ」
 廊下を歩き、奥へ。その最中
『ぐおおおっ!!』
 突然暗闇から、唸り声が響いて影が廊下の人々に向けて飛びかかって行った。
「危ない!」
「させないっ!のだぁっ!」
 駆け寄って来たのは譲治。急に立ち上がった結界術符『黒』に
『ぎゃうん!!』
 正面衝突したそれは地べたを転がりまわる。
「これは…狼天狗!?」
 ユイスはとっさに剣を抜いて止めを刺すと
「大丈夫です。さあ、早く!!」
 人々を奥へと誘導していった。全員の点呼を確認し扉を閉める。
「海の敵を陽動にして、不動寺を落す作戦でしょうか…」
 助けてくれた譲治に礼を言ってユイスは消えていく敵を見る。
「解らないなり。サラターシャも言ってたなりけど、襲撃の目的は解らないのだ。
 前と違ってここにはもう王様も誰もいないなりからね」
 ぎゅっと、ユイスは手を握り締める。
 そう、前はここに転輪王がいた。
 彼を守って羅刹童子と戦い、重傷をおった場所…栄誉な事ではあるが、ユイスにとっては痛い記憶だ。
「この本堂も、修理はされていますが安全とは言い切れません。一刻も早く敵を退かせないと…」
 告げるユイスの後ろでカシャカシャと音が響いた。
「先輩。ここはお任せ下さい」
 そこにはアーマーを起動させたネメシス・イェーガー(ic1203)がいる。
「寺町の兵士達も直に戻るでしょう。不動寺にやってきた敵はそう多くは無い様子。
 それよりも襲いかかって来た天狗どもを早く倒さないと」
「うん。そうだね。先輩、行きましょう」
「解った。ここは任せるのだ」
 軽く頭を下げたように見えたネメシスに頷いてユイスと譲治は駆け出して行く。
 不動寺の中庭には灯りが灯っている。
 そう、そこではすでに戦いが始まっていた。
 最前線にいるのはメグレズ。
 咆哮を上げて数匹の妖天狗に向けて剣を奮う彼女の背を守る様にルエラ・ファールバルト(ia9645)も戦っている。
 敵に囲まれる形だが、その傷は蒼詠の治癒符によってまだそれほどでは無いようだ。
「東房のアヤカシはよほど夜戦が得意なんでしょうね。しかし、そう何度も不覚はとりませんよ」
 彼女の言うとおり、開拓者達は包囲網を抜けてきたアヤカシを探知する為に何重にも手を取っていた。
 特にカルフ(ib9316)は襲撃予測地点にアイアンウォールを貼り、さらに懐中時計「ド・マリニー」で周囲の瘴気を計測していた。
 だからこそ、少数の襲撃に先手を取ることも、人々を素早く避難させる事もできたのだ。
「敵の数は、そう多くありません。別行動をする狼天狗もおそらくはもういない筈です」
 心眼「集」で周囲を感じたルエラの声に同意するようにカルフも頷いた。
 それを聞きメグレズはユイス達を見る。
「避難民の誘導は?」
「完了しました。入口にも護衛が付いています」
「解った。ここを、任せていいだろうか?」
 答えに満足そうに頷くとメグレズはカルフとルエラに視線を送った。
「我々は…」
 そして空を仰ぐ。見ればそこには…
「解りました」「行きましょう」
 それだけで彼らはメグレズの意図を理解した。
 一瞬遅れて陰陽寮の者達も。
「解りました。ここはお任せ下さい」
「僕もサムライの子、多少の弓の心得はあります。出来る限りの援護はしますね」
 眼前の妖天狗の刀から真空の刃が放たれる。
 とっさに躱した開拓者達。蒼詠は言葉通り弓を引き矢を放った。
 天狗の手から剣が落ちる。
 その隙をついて、三人は横で共に戦っていた相棒を呼ぶと、一気に空へと駆け上がった。
 目指す敵は上空からこちらを伺う黒鋼天狗。
 三人を追おうと天狗が地面を蹴りかけるが、その眼前に炎の輪が奔り、移動を妨げる。
「みんな。ここのアヤカシは絶対に空には逃がさないのだ!」
 決意と共に手を握り締める譲治に
「妖天狗は幻影を使うと聞きます。気を付けて!」
「絶対に、守って見せます」
 蒼詠とユイスは仲間と相棒と共に大きな声で答えるのだった。

 地面を蹴り空を舞い、彼女らは一瞬で敵の前に辿りつく。
「お前達は…何の為に不動寺を襲撃して来た!」
 戦馬に跨ったメグレズの問いに天狗は答えず、ただニヤリと笑うだけだった。
 代わりに返った返事は頭上に湧き上がる雲と落ちる雷。
 そのまま真っ直ぐ空の三人を襲う。
「うわああっ!」
 脳を貫くような衝撃に三人は悲鳴をあげるが、それでも、見据えた敵から目を離すような事はしない。
 それどころか逆に決意を込めて敵へと切り込んでいく。
「避難民に近づかせない。 絶対に、守って見せる! うおおっ!!」
 咆哮を上げるメグレズに天狗の意識が引き付けられる。
 その隙にルエラは隼を駆り、後へと回り込んだ。
 武器に白梅香を纏わせて一気に切りつける。
 名前の通り、鋼のように固い身体はルエラの渾身の攻撃にも僅かな傷がつく程度。
 しかし、畳み掛けるようにルエラは攻撃を重ねた。同じようにメグレズも敵の攻撃を山岳陣で躱しながら渾身の鬼切で切りかかって行く。
 前後からの攻撃に苛立ったのだろう。
『この…雑魚めらがあ!!!』
 明らかな怒りの表情を露わにして襲い掛かって来る。
 この黒鋼天狗の使うのは巨大なシャムシールにも似た曲刀だ。
 天狗が軽く刀を振るうだけで、風が渦を巻き刃となってメグレズを襲う。
「くっ!」
 メグレズは少し唸りながらアイギスシールドを構える。
 それでも、手や顔、首元を風の刃が切り裂いていく。
 山岳陣を駆使しても息をつかせぬスピードの攻撃に減らせるダメージは僅かだが、敵の注意を少しでも多く、自分に向けさせなければ奴の攻撃がルエラと…に向かってしまうかもしれない。メグレズは一歩も引かなかった。
 彼女の決意を、傷により動きが鈍ったと見たのだろうか。黒鋼天狗はメグレズに背を向け次はルエラに攻撃をと動き出す。そこに
「うおおおっ!!」
 もう一度メグレズは咆哮を上げた。
 彼女の渾身の雄叫びに天狗はメグレズを無視できなくなる。
 苦々しげに、でもルエラに向けたその背に向けて…
「今です!!」
「アイシスケイラル!!!」
 今まで攻撃を控え、気配を隠し、タイミングを計っていたカルフが矢継ぎ早に氷の刃を放ったのだ。
『ぐあああっ!』
 死角から撃ち込まれた氷の刃は、黒鋼天狗の服や手甲を裂き、その守りを下げていく。
『お、おのれえ!!』
 視線で人が殺せるなら殺したいくらいの怒りの籠った眼差しで黒鋼天狗はカルフを見る。けれども、まだメグレズから意識を離せない。
 黒鋼天狗はもう一度、風雷術を唱えた。三人全てを巻き込む衝撃の稲妻が轟くが、それでも彼らは怯むことをしない。
『もう一度!』
 天狗が手を上げかけたその時
 シュッ!
 微かな音を立ててその手を狙った蒼詠の一矢が地上から放たれたのだ。
 簡単に振り払われてしまったけれども、それとほぼ同時。
「砕!」
 同じ空の上から今度は炎を纏った一矢が放たれる。
 必死で受ける天狗にとっては忌々しい声、だが開拓者達にとって頼もしい声が空に響き渡る。
「大丈夫? 助けに来たわ!」
「遅れてごめん!!」
 それは海の上空で舞首殲滅にあたっていた開拓者達であった。
『チッ!』
 黒鋼天狗がそれらに気を取られたのはほんの一瞬の事。
 しかし、その一瞬を三人は無駄にはしなかった。
 仲間達が生み出してくれた黄金にも等しい一瞬に、全てを賭ける勢いで、黒鋼天狗に三方向から鬼切、白梅香、アイシスケイラルの連携攻撃を仕掛けたのだ。
 重なるアイシスケイラルの防御力低下で裸同然だった黒鋼天狗は
『ぎゃあああ!!』
 悲鳴を上げて刀を取り落した。それは断末魔の悲鳴にも似た大きな、大きなものであった。
『く、くそっ…戦が終わって…勝利に油断している今なら…この地を奪えると…思った…の…に』
 悔しげに言うとメグレズに渾身の、そして最後の突撃をしてきた。
「くっ!!」
 重い衝撃に盾を持つ手が痺れるほど、けれどそれで終わりだった。
 天狗は瘴気となって散っていく。
「か、勝ったのか…」
「うん、とりあえずもう、指揮官クラスはいないと思う。ありがとう…ご苦労様」
 折々の労いにメグレズはホッと肩の力を落した。
 カルフのレ・リカルがそっと彼女を包む。
「でも、まだ終わりじゃないよ。地上の妖天狗と、海にも、まだいるみたい」
「さっきの天狗の声が届けば徐々に退却していくかもしれないけど、潰せる限りは潰しておきましょう。今後の為にも!」
 胡蝶の声に頷いて彼らは二手に分かれて今もなお戦う仲間達の援護に向かう。
「ファム、霧依。行くよ!」
「了解です」「全部、片付けましょう!」
 高速旋回、急降下。
 空からの援軍の到着は柚乃のサンダーヘヴンレイのごとく闇を切り裂き、照らして開拓者とアヤカシに戦いの終りと、開拓者の勝利を知らせたのだった。

●今までとこれから
 朝やけの中、不動寺には人々の笑顔と活気が戻っていた。
「はーい、豚汁できましたよ〜。おにぎりも運んで下さい〜」
「こっちはお粥とぜんざいです。順番に並んで下さいね。皆さんの分はたくさんありますから」
 紫乃と朔の明るい声が響くと中庭に広げられた人々は、それぞれ食器を持って炊き出しに嬉しそうに並んでいる。
「おしあいへしあいはしちゃだめなりよーっ!」
「はーい、おしんことお茶。欲しい人はどうぞ〜。ほらほら、竜哉にーも手伝って?」
「俺も?」
「あら、リィムナちゃん。つまみ食いしなかった?」
「!? ど、どうして!!」
「姉さん。口元におべんとうついてますよ」
「メグレズさん。包帯の具合と傷の方は大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。カルフにも手当てして貰ったし。もう痛みも消えた。感謝する」
「僕は、朱雀寮の保健委員ですから。良かった。でも、無理はしないで下さいね」
 楽しげに笑う人々と、開拓者達の頭上に微かな羽ばたきが聞こえる。
 青嵐はふと空を見上げた。焦りは無い。
 アヤカシの暗い羽ばたきではなく、聞きなれた龍の穏やかな音であったからだ。
「お帰りなさい。お疲れ様」
「ただいまっ! 敵はどうやら退却したみたい。周辺を結構見て回ったけど、もういなかったからね」
 出迎えた青嵐に偵察に行っていた折々は笑顔で告げると目の前の光景を見つめた。
 昨夜の戦いが終わったのは朝に近い頃だった。
 きっと不安で眠れない夜を過ごした彼ら、ネメシスが開けた扉からおそるおそる本堂から出て来た避難民たちは、最初は本当に怯えた顔をしていた。
 だが、今は笑顔さえ見える。
「もう、大丈夫なりよ!」
 向日葵のような明るい譲治の笑顔が彼等の心を変えたのだろう。
「笑顔はお金がかからないのだよ」
 そう照れたように彼は笑っていたけれど。
 そして、暖かい炊き出しと治療所の開設と彼らはてきぱきと動き始めた。
 ほぼ徹夜。休めていないのは皆同じ筈だが
「温かいものや甘いものは心を落ち着けますからね」
「お腹が空いていると元気が出ません。いっぱい食べて元気出しましょう!」
「怪我人はこちらに来て下さい。治療しますからね」
 弱った人の心と身体を癒すのは元、でも今、でも朱雀寮生の得手とするところである。
「委員長。これはどちらに運べば…」
「ああ、それは向こうに。食欲が無いご老人がいるんだって。食べさせてあげて。ネメシスさん」
「解りました」
「紫乃先輩。お代わりだそうです」
「解りました。今、よそいますので運んで下さいますか?」
「ウチも手伝うよ」
「ありがとうございます。纏さん。運び終わったら皆さんも食事して下さいね」
 仲間として彼らの事を誇りに思いながら、折々はある考えから頭を離す事が出来なかった。
「あら? なんだか難しい顔してるわね」
 人々の輪の中から胡蝶がふと折々達の方に近付いてくる。
「うん、ちょっと、考え事してた」
 折々は肩を竦めながら頷いて見せた。
「今回、私達は間に合った。協力してくれた人達もたくさんいて、なんとか敵を倒す事もできた。でも…」
 昨夜の事を思い出しながら噛みしめるように彼女は続ける。
「アヤカシ達は今まで軍として戦いはしても基本的にはそれぞれバラバラで、だから付け込む隙もあった。
 でも、もし今回みたいに囮と本隊とかで本気の連携をかけられたり、手を組まれたり、軍を有機的に動かす指揮官とかがいたらやっかいになるなあって。
 それに単体でも危険な大アヤカシ達がもし手を組んだりしたら…って」
 胡蝶も青嵐も、彼らの話を耳にしたリィムナやファム、霧依の【光翼天舞】隊、メグレズ達もその心配には頷かずにはいられなかった。
 今回の合戦も、そして今回の戦いも開拓者の勝利と言える。
 東房、いや天儀全体の計画として、勝利の勢いを嘗て魔の森を焼く計画も、冥越への進行もあると聞く。
 この避難民達の中には戦乱で里を焼かれた者も少なくない。
 故郷に戻るか、新天地を探すか。
 戦乱が本当の意味で終わり、魔の森の焼却が成功すれば、彼らにも新しい道が開かれるかもしれないのは確かだ。
 だが、アヤカシ達もこのままではいないだろう。と感じる。
 もし今後、アヤカシ達が今回のように今までとは違う連携をとって来たとしたら、仮に今まで互いに干渉し合う事の無かった大アヤカシ同士が手を組んだとしたら。
 どうなるだろうか。自分達は勝てるだろうか。
 そんな思いは開拓者の誰しも持っていた。
 しかし…
「考えてもしかたありませんよ」
 青嵐はそう静かに笑った。微かに上げた視線の先にいた者を軽く見やって。
「そうなったらその時はその時、です。私達は私達にできることをやるしかないのです。決して忘れてはならない事。それ一つを持って」
 忘れてはならない事とは何か。
 それを今更問う必要がある開拓者は、ここにはいないだろう。
 
 目の前に輝く人々の笑顔。人々の明日を守る事。
 自分達の背後には守るべき人がいるのだという事。を。
 彼らの笑顔が、感謝が灯となって開拓者自身を照らしてくれる。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん。一緒にご飯食べようよ」
 手を引く子供達がいる。
「そうだね。行こうか」
 微笑んで彼らは頷きあい、人々の輪の中に入っていった。

 かくして不動寺は守られ、避難民達は心に光を灯す。
 開拓者が与えてくれた希望という名の光を…。