【朱雀】皆で作る道
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/03 08:48



■オープニング本文

【これは朱雀寮三年、二年、予備生対象者優先シナリオです】

 山奥の、ある村でその不可解な事件は発生した。
 冬の終わりを祝う祭りの日。
 村中が備蓄の食料もあらかた料理して、楽しい宴を楽しんでいた筈のその宵。
 何かが発生したようだった。
 ようだった、と言うのは何が起きたか解らないからだ。
 翌日、旅の商人が村に立ち寄った時、村人達の多くが広場で、あるいは家で倒れているのを発見する。
「どうしたんだ! しっかりしろ!!」
 彼らは必死で村中の人々を集め、助け起こしたがまだ冷え込む三月。
 意識を失って一晩を過ごした人の多くが衰弱を起こして、身動きさえできない有様だった。
 中には数名、死亡してしまった者さえもいた程に。
「何があったんだ?」
 問われてもぼんやりとした村人は解らないと首を横に振る。
「ボロボロの服を着た奴が…いたんだ。そいつと目があったとたん…手足が震えて…目の前が真っ暗になって、動けなくなったんだ」
「みんな、バタバタ倒れて行った。腹が減って…どうしようも無くなったんだが…目の前の御馳走に手を伸ばす事さえできなかった…」
 何か、アヤカシの介入があったのだろう。と商人は五行国に報告の手紙を出す。
 村の救援と原因調査の依頼を含めて。
 そして、五行国はその報告を精査し、検討した結果、陰陽寮へと回したのだった。

「現在、東房国では皆さんご存知の通り、アヤカシとの合戦が繰り広げられています」
 朱雀寮の講義室。二年生、三年生、予備生が全員集まったその前で、朱雀寮長 各務 紫郎は説明をしていた。
「今回の合戦はアヤカシにとっても人間側にとっても一つの総力戦であり、人間側が各国の援軍を集めていると同様にアヤカシ側も様々なアヤカシを収集、投入していると思われます」
 確かに、と合戦や関連依頼に関わった者達は頷く。
 舞首、羊頭鬼、血祟鬼、キマイラ、暗き泥の塔、大烏賊、大蛸入道などこれだけの中級アヤカシが集まる戦は確かに珍しい。
「またこの合戦では、今まであまり見た事の無いアヤカシも数多く確認されています。ヒダラシと呼ばれるアヤカシもその一つです」
 寮長が直接上げたアヤカシの名を聞いて開拓者達は顔を見合わせる。
『ヒダラシ』
 それは存在するだけで周囲を飢餓状態に追い込むと言うアヤカシである。
 実体は無い。もしくは人型のもやのような形をしているとか、飢餓による餓死者の怨念から生まれたと言われているがその正体も定かでは無い。
「今回皆さんに課す課題は東房国に行け、というものではありません。
 場所は五行の山奥の小さな村。その村があわや全滅と言う危機に晒されました。
 村人全員が極度の衰弱により意識不明に陥り、数名死者も出たのです。原因は定かではありませんが、食べ物その他の外的要因は無いので、ほぼ間違いなくアヤカシの影響。
 おそらくヒダラシが原因ではないかと思われています」
 小さな村を丸々ひとつ全滅に追いやる能力に開拓者達も顔を見合わせる。
「村を襲ったと見られるヒダラシはまだ発見されておらず、退治もされていません。
 村が最初に襲われた時は祭りの最中でしたが、その後も村のあちらこちらで同様の意識不明事件が多発していることから、まだ村近くに存在するものと思われます。
 よって皆さんへの課題です。かの地へ赴き村を襲ったヒダラシを捜索、退治して下さい」
 アヤカシの退治。
 最初の合同課題としては比較的シンプルな課題だ。と寮生達は思う。
「アヤカシはその個体ごとに能力差もあります。現時点ではヒダラシには飢餓発生能力以外確認されていませんが、目撃者の話によると突然、姿がかき消すように消えた。
 目を見た途端動けなくなった。逃げようとしたら身体に衝撃が走った。という証言もあります。相手は単体のようですが油断は禁物です」
 あまり経験の無い相手と戦う事になるが相手が単体であるなら、対応の仕方は色々あるように思える。
 無論、本当に単体であるとは限らないのでそれこそ油断はできないが。
「アヤカシを発見、退治し村を脅威から解放できれば課題は成功です。そして…」
 寮長は一人の寮生の前に進み出た。目を見開く彼女の前に一本の縄を置く。
「寮長…これは…」
「封縛縄。実体のないアヤカシの能力を封じ、捕獲することができる陰陽寮の道具です。この縄でそのアヤカシを捕獲することが貴女への追試その一となります」
「ええっ?」
 他の二年生、三年生、予備生。各寮生達も目を見開く。
 陰陽寮の旧二年生。そのうちの一人が事情で休寮していたが復帰を望んでいると言う話は先の委員会で寮生達の知るところとなった。
 ほぼ全員が復帰を歓迎すると言う意思を表しており、寮長は通常であるなら留年、二年生へ戻すところを追試によって進級を許可し三年生への復帰も検討すると言っていた。
 その為の追試課題がアヤカシの捕獲、とは…。
「捕獲したアヤカシは能力研究の後、直ぐに滅しますが一度陰陽寮まで連れてくる事が追試合格必須条件です」
 つまり、この追試。彼女一人で為し得られるものでは無い。
 他の寮生達の協力が必要だということ。
「封縛縄は貴重かつ、扱いの難しい道具であるので慎重に扱って下さい。課題以外での持ち出しは許可しません。
 村人はともかく、他の者に対して陰陽寮がアヤカシを捕えていると大っぴらに知らせないように配慮することも言うまでも無い事ですね。
 では、以上。課題開始」
 寮長は村の場所とその地図など、必要な資料を置いて去って行った。
 残された寮生達の視線は自然と彼女と、その前の縄に行く。
 彼女は静かに、ただ静かに縄と、自分に与えられた課題を見つめていた。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827
16歳・男・陰
サラターシャ(ib0373
24歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
カミール リリス(ib7039
17歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964
17歳・男・陰
ユイス(ib9655
13歳・男・陰
ネメシス・イェーガー(ic1203
23歳・女・陰


■リプレイ本文

●帰ってきた仲間
「先輩や、先輩や、サラターシャ(ib0373)先輩や!」
 新年度初の合同授業の日。
 雅楽川 陽向(ib3352)は心から楽しそうに、嬉しそうに尻尾を振るとその頭をサラターシャに摺り寄せた。
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」
 サラターシャはそう静かに微笑むと陽向の頭を優しく撫でる。
 先の委員会で休学していたサラターシャの復帰は聞いていたが、改めて一緒に授業ができる。
 その実感がサラターシャを目の前にして、やっと出て来たのかもしれない。
「なんか、めっちゃ楽しいで。ほんで、ほんで…」
 止まらない長口上を
「陽向。再会を喜ぶのは後じゃ」
 比良坂 魅緒(ib7222)は柔らかく止めつつ、
「初の合同授業…失敗は許されぬの。それに…サラターシャの復学もかかっておるのでは尚更じゃ」
 真剣な眼差しで仲間達の方を見た。
「そうだね。相手はヒダラシか…飢餓を引き起こすアヤカシっていうのも珍しいね。
 珍しい上に…危険だね。実際に死者も出ている訳だから、その有り様を良く知っておく必要もある」
 冷静に告げるユイス(ib9655)に薬草の準備を整える蒼詠(ia0827)も頷いている。
「難しそうな課題ですが、頑張らなくては……」
 仲間達の言葉にサラターシャは陽向を抱き留めていた手をそっと放すと
「手伝って下さいますか? レオも」
 と微笑んだ。
 やがて陽向やからくりに手伝って貰って彼女が仲間達に配ったのは、詳細に調べられたヒダラシの既存能力と封縛縄の効果、仕様能力について書かれた紙。
「これは…相変わらず見事ですね」
 感嘆の声を上げるカミール リリス(ib7039)と共に芦屋 璃凛(ia0303)がどこか誇らしげに友を見る。
 入学して以来、仲間達を引っ張ってきた元学年主席の面目躍如というところだろうか?
「封縛縄は扱いが難しいって前委員長が言ってたのによくここまで扱い方の注意点、調べたなあ」
 用具委員長である清心の言葉に彼方も頷く。
「久しぶりなので…少し張り切ってしまいました。でも、未知の相手です。準備し過ぎて悪いことも、困ることもありませんから。それに…」
 照れたように微笑むサラターシャは、しかしその目に強い意思の光を宿していた。
 小さく音を立てて皆の前の机に置いたのは寮長から預かった封縛縄。
 全員の視線がサラターシャに集まった。
「この課題は、勿論大事な授業であり、課題ですがそれ以上に被害にあった村の方達にとって命を懸けた依頼であると思います。
 ですから、私は私の追試験の合格であるヒダラシ捕獲には拘りません。
 この縄も、現在は私が預かっていますが状況によっては他に最適な方が使って頂いていいと思うのです」
「…それで、いいんですか?」
 静かな目で問うネメシス・イェーガー(ic1203)にサラターシャは即答する。
「はい。優先順位を付けるなら、第一にヒダラシ退治、第二に皆さんの無事、第三にヒダラシの捕獲であると私は思っています」
 その目に迷いや躊躇いは欠片も無かった。
「ヒダラシは必ず退治します。そして皆さん、どうか力を貸して下さい」
 深く深く頭を下げたサラターシャは気が付かなかったかもしれない。
 彼女を見つめる仲間達の優しい眼差しを。誇らしげな瞳を。
「言われるまでも無い事じゃ。では疾く分担を決め、出発じゃ!」
 魅緒はそう言うとサラターシャを見つめる。
「サラターシャとはあまり交流がなかったからの。改めて二年の調理委員比良坂魅緒じゃ。
 合同授業に先輩後輩は無い。一人の同僚であり仲間じゃ。遠慮は無用」
「ありがとうございます。では、私の事もどうぞサラと呼んで下さい」
「サラターシャ…。いやサラ…か。よろしくの、サラ」
「はい。宜しくお願いします。魅緒さん」
 寮生達は感じていた。
 今まで欠けていた何かが戻り、ぴったりとあるべき場所に収まったのを。
 そして確信する。
 自分達は負けないと。絶対に課題をやり遂げられる…と。

●幸せということ
 山奥の村において、裕福とか豊かという形容詞が使われることは稀である。
 開墾や通商に不便が多く、常であれば自給自足の生活に不自由は無くてもちょっとしたトラブルでその流れが狂い苦難を強いられることは少なくないのだ。
 例えば病気であったり、水害、災害であったり、アヤカシの害などもその一つである。
「昨年は、野菜や米の収穫も例年に近いところまで戻りましたが、その前の年は冷害や流れアヤカシの襲来などでこの村も危うく餓死者を出すかと思う程の苦しい状況に陥りました」
 村長は寮生達の質問にそう答えていたという。
 生活には厳しい土地だが、故郷と大地を守って生きている強い人々だ。
「だからこそ、村の方達を、この地を…守りたいと思うのです」
「相変わらずやな。サラターシャは」
 胸の前で祈るように手を組むサラターシャに璃凛は静かに微笑んだ。
 そして
「遠雷! 仲良くするんやで!」
 後ろについて来るからくり達に声をかける。
『お前が、レオか…。俺は、遠雷だよろしく頼むな』
「こちらこそ……マスター、無茶はなしだからね!」
「もう…あの子ったら」
 どこか苦笑めいた笑みを浮かべるとサラターシャはふと目を伏せた。
「どうしたんや?」
 璃凜が顔を覗き込むように見つめる。真っ直ぐな瞳に気付いたのだろうサラターシャは顔を上げ微笑んだ。
「なんでありません。…ほら、どうやら向こうの方も準備ができてきたようですよ。行ってみましょうか?」
 微かに鼻を動かした璃凛は頷きを返す。
「…そやね。じゃあ、ちょっと様子見に行こか?」
 はい、と返事をしたサラターシャはふと、小さく何かを囁くように呟く。
 それは今はまだ、誰にも聞こえない言葉であったけれど。

「ほら、彼方。手が遅くなっているのではないか?」
「いくらおとり用とはいえ、料理なんだから手は抜けないよ」
 朱雀寮が誇る二人の調理委員はそんな軽口を叩きあいながらも仕事の手は止めていない。
「ほら、できた。運んでくれるか? ネメシス」
「はい。解りました」
 そう答えるとネメシスはまだ暑い湯気を上げているジャガイモの炒め焼きの皿をそっと外へ運んで行った。
 祭りの行われた広場にほど近い家の台所で、二人は炊き出しをしていたのだ。
「ヒダラシは人の気や食べ物に惹かれている可能性が高いからね。一般の人達を別の場所に避難させて、こちらで賑やかにやれば、サラターシャさんの言うとおり誘き寄せられるかも…」
「しかし…むう…」
 彼方の言葉に魅緒は明らかに不満そうだ。
「アヤカシに食わせるのは勿体ないというか…。
 まあ生贄の代わりに食料を使うのは昔からの慣習ともいうが…」
「確かに料理は喜んでくれる人に、美味しいって思って食べて欲しいよね。そして、それで元気になって貰えるならなお嬉しい」
 ゆっくりと煮込んだおでんの味見をしながら彼方は言った。魅緒も心からの思いで同意する。
「ヒダラシなどとっとと倒してゆっくりと皆で食事を楽しみたいものだ」
「うん。だから、その為にも頑張ろう?」
 彼方はそう言うと微笑み、竃から鍋を下ろすと次の料理に取り掛かっていた。

 村人達には理由を話し、一夜の間、村の奥のお堂のような場所に集まって貰う事にした。
 そして無人の村の厨房を借りて、広場を飾り付けたのだ。
 机の上に並べられた料理に飲み物。そして明るい光。
 それはあの日の祭りの再現であった。
「…美味しそうなのに、食べちゃダメなのかな」
 飲み物のカップを手にしながら桃音はちょっと恨めしそうに机の上の料理を見ている。
 その子供っぽい仕草にくすりと笑ってユイスは片目を閉じた。
「食べてもいいと思うよ。むしろ美味しく食べてた方がヒダラシが誘き寄せられて来るかもしれない」
「ホント! 少しお腹空いてたの! 頂きまーす!!」
 出来立ての饅頭に手を伸ばした。
「う〜ん、美味しい」
 満面の笑顔で頬張る少女の笑顔を尊いとユイスは思っていた。
 人にとって食べると言う事は絶対の幸福だ。
 飢餓は人からこの幸福を奪ってしまうのだ。
 彼女だけではない、みんなのこの笑顔を守りたい…と。
 その時だ。
「ユイスさん!」
 蒼詠が手に持った時計を持ったまま声を上げた。急激に瘴気の増加を告げる懐中時計『ド・マリニー』
 叫び声にも似たその声にユイスと桃音はとっさに振り返り飛びのいた。
「雫!」
 まったく警戒していなかった場所に突然ゆらりと現れた黒い影。
 ボロボロの服を纏ったそれは、にやりと笑ったように見えた。
「桃音ちゃん。前に出てきちゃダメだよ」
 自分と影の間に割り込んで守りを固めてくれるからくり雫の横に、剣を抜いて立ち塞がるのだった。


●皆は一人の為に
 ふわり、ふわり、アヤカシは踊るように繰り出される攻撃を交わしていく。
 まるで時間稼ぎのようにゆらゆらと攻撃を交わすアヤカシはユイスの剣が当たる瞬間、フッとかき消すように消えた。
「テレポート? どこに?」
「ユイス! 後ろや!!」
 大きな声と共に璃凛はユイスの背後に割り込んで、黒い影に向けて渾身の蹴りを入れた。
 手ごたえはあり!
 ぼろ布と、それを纏っていた身体は弾き飛ばされるように宙に舞って、そして浮かんだ。
「うっ!!」
 と、同時璃凛が目元と頭を押さえながら膝をつく。
「大丈夫ですか?」
 蒼詠が駆け寄ると
「大丈夫…や。ちょっと眩暈と言うか、立ちくらみがしただけやから」
 璃凛は蒼詠の治癒符をかけて貰うと立ち上がった。
 そして、手を見る。自分の拳がさっきあのアヤカシに当てた感触を思い出して手を握る。
「あいつは、多分、そんなに強くない。攻撃の仕方を考えないと次に強い攻撃したら倒してしまうで。サラの為にも捕えないとあかんのや、なんとか考えんと」
「あのヒダラシはテレポートを使うようですね。そのせいで捕えづらい。だったら、誘い込むのはどうでしょう? 以前、陽向さんがおっしゃっていたのですが…」
 三年生達が相談している間、からくり達が前衛、二年生が後衛となってヒダラシを逃がさないように引き付けてくれている。ネメシスもアーマーを起動させてヒダラシを追い立ててくれているし、桃音も呪縛符での足止めに協力してくれていた。
「チャンスは一回や。もしかしたらもう一回くらいあるかもしれんけど、それは最初からの計算には入れられん。それに、多分もう時間もあんまりないよってな」
「解っています。一気に決めましょう」
 頷きあった三年生達は戦いを繰り広げる下級生達の前に立ち、まず、リリスが進み出た。首元にはフォックステイル。
『ヒダラシか、俺様が、守ってやるぜ』
「頼もしいですね。ただ、ボクの練力で、存在していることをお忘れ無く」
 小さく笑顔を交わし合って下級生達を後退させるとリリスは一歩、前に進み出た。
 敵前に進み出て笑うリリスに黒い影はフードの下。その黒い目を輝かせた。
「くっ!!」
 抵抗も何もできない背中がぞわりと寒くなるような感覚がリリスを襲う。けれど、影がリリスに襲いかかろうとした瞬間、鈍い音を立てて影の周囲を壁が取り囲んだ。
 結界術符『白』と『黒』ほぼ隙間なく展開されたそれは影の左右、後方を完全に封じたのだ。
 ゆらりと影が揺れる。幾度となく戦いの中で見て感じたテレポートの気配かと寮生達は身構えた。
 しかし、影は移動することなく、そこに未だ、ある。
 結界術符がテレポートを封じたのか、それとも能力切れかどうかは解らない。
 けれど、明らかな怒りを露わにしてリリスに飛びかかろうとする影の前に、今まで気配を完全に消していたサラターシャは滑るようにその身を割り込ませると、手に持った縄を一閃、縛り上げた。
 影と縄の間にバチバチと火花が弾けてサラターシャは顔を顰めた。
 想像以上に反動が大きい。おそらくアヤカシの抵抗なのだろう。けれど…
「ここで、負けるわけにはいきません!」
 手に持った縄に再び強い力を込める。
(絶対に逃がしません。ここまで協力してくれた皆さんの恩に、報いる為にも!!)
 大丈夫だ。自分が失敗しても清心や仲間達がフォローしてくれる。
 一緒に縄の扱いを学び会得してくれた仲間が。
 影が手を伸ばした。
『サラ!』
「レオ!」
 飛び込んできたのはサラターシャのからくり。
 ヒダラシの電撃のような攻撃から正にその身を盾にして主を守ったのだ。
「レオ!」
『大丈夫だ。今はそちらに集中しろ!』
 崩れるように倒れたレオを遠雷が抱きおこし、後退させる。
 蒼詠の人妖翡翠が駆け寄ってくれたのも見た。次から次へと放たれる呪縛符は仲間からの援護。
 自分を守ってくれたレオの事は心配だ。
 でも、だからこそ、サラターシャは、今は、手に持った縄に力を込める。
 敵の抵抗を抑えつけるかのように。皆の思いに応えるように。
 そして縄は
 シュン!
 小さな音を立てるとサラターシャの意志に応えるように、蠢き…沈黙した。
 アヤカシを完全にその身に封じて…。
「やったな。サラ!」
 璃凛が微笑むと
「はい。皆さんのおかげです」
 とサラターシャは頷き、微笑み返す。疲労はあるが…それ以上のものを得たような充実感がサラターシャと仲間達の間に広がっていく。
 次の瞬間、頭上から呼子笛の声が聞こえて来るまで。
 寮生達が空を見上げると、声が降ってくる。
「もう一つ、アヤカシを見つけた! こっちを素通りして村の方に向かってる。奥の村人を狙ってるかもしれへん!」
 上空からの偵察に専念していた陽向はそう言うと愛龍 琴の首を人々が避難した方向へと向ける。
「今度は遠慮せんでよさそうじゃな」
 にやりと笑う魅緒に
「そうですね。思いっきり行きましょう!」
 リリスは笑い返す。
 まだ体力も練力も十分だ。それにヒダラシそのものの戦闘能力は低いと今の戦闘で解った。ならば、短期決戦あるのみ。
「よっしゃ。サラはそのアヤカシを改めて逃げられないように箱か何かに封じて。
 後の皆は村人の救出や」
 三年主席の指示に言葉で答えるより早く寮生達は駆け出していた。

 
●未来に繋げる希望
 最終的に発見されたアヤカシ、ヒダラシは三体、であった。
 最初の一体の捕獲に成功した寮生達は封縛縄に捕えたまま樽に入れて封じた。
 残りのヒダラシは寮生達の連携の前に多少の抵抗はあったものの全て沈んだ。
 飢餓の呪いが発動されるより前の短期集中決戦で勝負を決めたのが大きかったようだ。
「時折、音はしますが…逃亡の恐れは少ないでしょうね」
 蒼詠は横に立つ長身の後輩を見やりながら小さく苦笑と、安堵の息を吐き出す。
 無事課題を成功させた寮生達はそのまま直ぐに帰路に…はつかなかった。
「お兄ちゃん。飲み物をどうぞ」
 小さな手で湯呑を差し出してくれた少女にありがとう、とお礼を言って蒼詠はそれを受け取る。
 嬉しそうに微笑む少女は
「さあさあ、よってらっしゃい、見てらっしゃい。皆も一緒に歌って踊ろう!」
 ぺこりと頭を下げると村の中央から上がる声に向かって走って行く。
 今日はヒダラシを退治し終えた事を祝う冬越えの祭りの仕切り直しだ。
「村人さん、こわがっとるん? お祭りの最中に襲われるなんて、災難やもんな。
 そこで! 琴の出番やで。歌って踊れる駿龍ちゃんや♪」
 首に鮮やかなパートナースカーフを巻いた駿龍がリズムっぽいモノにノッて楽しげに踊る様子はあの日の悪夢に怯えて、家に籠りきりであった人々の心に久しぶりの笑顔を灯す。
「カブトも踊るか?」
 料理を両手に持った魅緒はからかう様に相棒にそんな声をかけた。
 こんな時に祭りという気分では無い者も確かにいただろうが、陽向を始めとする開拓者達の呼びかけに村人達も多くが好意的に応じてくれた。
 勿論、亡くなった人達を弔う意味も兼ねている。
 ヒダラシ誘き寄せに使った料理を無駄にしない意味も、炊き出しの意味も同じく。
 だが、それ以上に
「…お祭やろ? 賑やかにして、楽しまなあかん♪
 …琴、決めポーズ!
 笑う門には福来る、ビシッと景気良く行くで!」
 陽向の笑顔が暗く、淀んでいた村人達の心に灯りを灯す。
「悪夢は終わった。これから新しく始められるのだ」
 と村人達の気持ちを切り替えさせる意味でもこの宴の意味は大きいと寮生達は考えていた。
 朋友種を見たことがある者さえも少ない山奥の村。
 からくりや人妖も管狐もアーマーも、もちろん龍も子供達のみならず大人にも大人気、引っ張りだこだ。
『俺様の尻尾は襟巻じゃないぞ』
「まあ、いいんじゃないですか?」
「強も一緒に踊ろうよ!」
 硬派な皇龍さえも巻き込んで祭りは鮮やかに賑やかに、冬の終わりを彩っていた。

「最終的にはヒダラシ三体を退治いたしました。うち一体は捕獲に成功。既に提出した通りです」
「傷病者の手当てや後の心理的フォローもなるべくしてきました」
「周囲の探索も改めて行い、現時点でヒダラシ及び、他の脅威になり得るアヤカシもいないことも確認してあります」
 サラターシャ、蒼詠、ユイスと続いた報告を提出された報告書と共に朱雀寮寮長 各務 紫郎は頷きながら聞いていた。
「ヒダラシそのものは肉弾戦闘に持ち込めばそれほど強敵と言うわけではありませんでした。ただそれだけに身を隠して動くことに特化しており、皆様の協力とアイデアが無ければ課題成功は難しかったと思います」
 あくまで仲間達を立てるサラターシャに微笑んで、寮長は顔を上げる。
「解りました。難敵相手によく協力して対処したと言えるでしょう。今回の課題はサラターシャさんの一次試験と共に合格とします」
 わあっ、と寮生達の間に花が咲く様に笑顔が開いた。
「その後の事に関してはまた後で知らせましょう。ご苦労様」
 寮生達が嬉しそうに退室していったのを確認してから紫郎は提出された報告書を見る。
 それには今回の退治の顛末と共に、添えられていた提案があった。
『……上記のような理由から、ヒダラシ発生の根本的原因である飢餓の根絶が必要であると思われます。
 農地改革の指導や災害時の国の支援体勢などを整えることが重要なのではないでしょうか?』
 共に提出された今回の村を始めとする近隣の現状は五行の国として把握すべき事でありながらも今まで手が回らなかったところだ。
 アヤカシ退治という課題の枠を超えた大きな視点に紫郎は素直に感心していた。
 そして、彼女の言葉にも…
「やはり、彼女の帰還は良い影響を与えてくれているようですね。これからが楽しみです。頑張りなさい」
 寮生達には決して見せない優しい微笑みで、紫郎は心からの応援を贈るのだった。

 アヤカシに同情するつもりは一切ない。しかし…
「ヒダラシは飢餓が起きなければ発生しません。可哀想なアヤカシだと思います」
 寮長に告げた言葉をサラターシャは胸の中で反芻した。
 それはある意味自分への誓いの言葉でもある。
 ただ倒すだけではないその先を見つめたいとサラターシャは思っていた。
 そして、その為に全力を尽くしたいと決意する。
「行くで。サラ」
「はい。今、行きます」
 帰ってきた陰陽寮で、仲間達と共に…。