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■オープニング本文 東房国におけるアヤカシとの戦乱はもはや、一国の命運を賭けただけのものでは無くなっている。 天儀のみならず、アル=カマルやジルベリアからも精鋭の援軍が派遣され、全ての国がこれ以上のアヤカシの横暴は決して許さぬとの意思を固めている。 その意思は士気となって襲い来るアヤカシに立ち向かう原動力になっているのだ。 …しかし、戦争と言うのは士気と意欲だけで行えるものでは無く、勝てるものでもない。 食を要せず戦い続けることができるアヤカシと違い、人は食料の補給なしでは戦う事どころか、生きることさえもできないのだ。 「積み荷を確認して。一つたりとも積み残しは無いように。その一つの荷が一つの部隊の命運を左右するかもしれないのですからね」 南部辺境リーガの都。 その港で南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスの指示により、重ねられた箱や荷物が飛空船に積み込まれていた。 これらは補給用の糧食である。 現在、天儀東房国で行われているアヤカシとの大合戦はジルベリアからも援軍を送り、各国の精鋭と開拓者が肩を並べて戦うという、今までにない戦いになっている。 どんな敵であろうとも彼らは決して屈しないだろう。 しかし…それは相手がアヤカシであるならば、だ。 強力な連合軍の最大の弱点ども言えるのは補給の問題であると言われている。 総数五千を優に超える軍隊の兵士に三食の食料を与えるなら一日で一万の糧食が必要だ。 怪我人がいるなら薬もいる。夜の寒さをしのぐ毛布や天幕もいる。 弓兵には矢を、砲術士には弾を与えなければ戦えない。 勿論、各国軍はそれぞれに必要物資を用意しているだろうが、戦場という予期できない事態が起きる戦場において物資はいくらあっても足りないものだ。 故にグレイスは皇帝の命を受け、物資補給の手配を行っていたのである。 南部辺境はジルベリアでも有数の穀倉地帯だ。長い冬もようやく終わりを感じさせつつある三月。 各地から備蓄をかき集め、纏まった数の糧食や物資を送る準備をようやく整えた。 積荷は商用中型船で五隻分。数万食の糧食と薬品、毛布、弾丸その他である。 これだけあっても十分とは言えないだろうが、少なくとも一助にはなる筈だ。 後は、これを迅速に運ぶ事…。 「大変です! 辺境伯!!」 そう考えた時、城からやってきた部下が声を張り上げて走ってきた。 「何事です?」 「偵察の小型船からの連絡です。ジルベリアから天儀に向かう航路に飛行アヤカシの群が現れたとの報告です。 総数は百余り。天狗や怪鳥などを確認。軍として、と言う程ではありませんが統率がとれていて指揮するものがいるのでは?という事です!」 「何!」 「それに安積寺近辺の空にもアヤカシが多数との報告が…」 グレイスはチッと舌を打った。彼にしては珍しい行動だ。 「この一刻を争うと言う時に…」 貨物船を護衛するのは装甲小型船二台。 通常の航海であるなら問題ないが百のアヤカシが待ち受けている中にこの戦力で飛び込んでいくのは自殺行為と思えた。 だが、時間は無い。積み荷が届くのが一日遅れればそれだけの人間が飢えるかもしれないのだ。 「開拓者に連絡を! 船の護衛を受けて貰えないか、と。場合によっては私も行きます」 「辺境伯!」 グレイスは空を見上げる。 まだここからではアヤカシの影は確認できない。 冬晴れの空は眩しく、美しく晴れ渡っていた。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 胡蝶(ia1199) / 倉城 紬(ia5229) / フレイ(ia6688) / 尾花 紫乃(ia9951) / レイラン(ia9966) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / ヘスティア・V・D(ib0161) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / ニクス・ソル(ib0444) / 不破 颯(ib0495) / 尾花 朔(ib1268) / ルース・エリコット(ic0005) |
■リプレイ本文 ●補給船を守れ! リーガの港で出航を待つのは物資を運ぶ為の五隻の補給船と二隻の護衛船。 そして依頼主。 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは集まった開拓者達を前に 「この度は急な依頼を受けて頂き、心から感謝申し上げます」 丁寧に頭を下げた。 「いやはや。補給路を狙うとか勘弁してほしいもんだわなぁ」 貴族からの深い礼に頭を掻きながら不破 颯(ib0495)が今はまだ見えない敵に肩を竦める。 「礼には及ばない。補給を軽視すれば、今は良くても、後が続かなくなるか。 明日の勝利のために、何としても届けなくてはな」 開拓者の中でも屈指の実力者とその名も高い羅喉丸(ia0347)が力強く笑って見せる。 自信と実力に裏打ちされた彼の笑顔と言葉には人を安心させる不思議な力があるようだ。 「ぎ、吟遊詩人…のルースです。よろ…しくお、願いしま…す。その…頑張り…ます」 それとはある意味真逆に位置するルース・エリコット(ic0005)。 こうして話していてもどこかおっかなびっくりの感が見えるが、それでも困っている人の為になんとか頑張ろうとする優しさと勇気をグレイスは尊いと感じていた。 「辺境伯にお会いするのは、凄く久しぶりな気が…。ご健勝…です?」 「はい、ありがとうございます。なんとか元気にやっていますよ。柚乃(ia0638)さんもお元気そうで何よりです。 気が向いたらまたもふらを見にいらして下さい」 柚乃はその返事ににっこりと可愛らしい笑顔を返した。 頼もしいメンバーが集まったとグレイスは心の中で安堵していた。 「よろしくお願いするわ。辺境伯」 目に強い意思と思いを湛える胡蝶(ia1199)。 「巫女の倉城です。よろしくお願いしますね」 その横で倉城 紬(ia5229)が緊張に手を握り締めながらも真っ直ぐな意思と決意を浮かべている。 そして 「グレイス!」 明るく、鮮やかな笑顔で手を振って近寄ってきたフレイ(ia6688)は 「大切な仲間達を紹介するわ。面識も全然ない訳じゃないわよね?」 そう言って、集合した友に胸を貼る。 フレイの声が聞こえたのだろう。 仲間達と打ち合わせをしていたユリア・ヴァル(ia9996)は声に相談を止め 「お久しぶり。辺境伯。元気そうで何よりね」 優雅にお秘儀をする。 背後には、小隊【幼馴染同盟】に属する精鋭達。 イリス(ib0247)とニクス(ib0444)は南部辺境にも縁が深い。 「よろしくなんだよ!」 明るく笑う騎士のレイラン(ia9966)にフラウ・ノート(ib0009)。 「皆と一緒の依頼は久しぶりで嬉しいです。大切な食料、絶対に届けましょうね」 泉宮 紫乃(ia9951)の素直で真摯な思いに尾花朔(ib1268)は 「ええ。食事はすべての基本ですから必ず届けませんと」 愛しげに微笑み頷いていた。 「さって、久々に暴れっか〜」 大きく伸びをしたヘスティア・ヴォルフ(ib0161)に笑いながらもそれぞれの目には深い信頼があった。 強い絆で結ばれた彼らは自分達のことを【幼馴染小隊】と呼ぶ。 「それで辺境伯はご助力頂けるのかしら?」 その実質的な小隊長ユリアはグレイスを見つめる。彼を見定めるように。 「皆さんが、お許し願えるのであれば…立場は解っておりますし飛空船団の運用、指揮その他でお役に立てることがあればと…」 「なんだか、来たそうね。まあ、人手があったほうがいいのは確かだから。でも…」 答えるグレイスを見てフレイはワザと肩を竦めて見せた。そして 「自分の意志で来るのよね? だから護衛なんてしないわよ。今は共に闘う仲間。いいわね?」 「無論。どうぞよろしくお願いします」 彼、彼女らの思いに応えられるように、その努力を無にさせることは決してしないと誓う様に彼らは頭を下げた。 「まあ、最前線に来る、なんて言ったら殴って、簀巻きにして放り投げるところだけど」 ハハハと小隊仲間だけでなく場にいる人間の殆どに明るい笑い声が浮かぶ。 程よく、肩の力も抜けたようだ。 「では、出立を輸送船と護衛船の他に、皆さんの休息用の船も一隻同行します。随時御利用下さい」 「解った。では、行こう。頼んだぞ!」 相棒の皇龍の背を叩き、まずは羅喉丸が空に舞う。 その後を輸送船が飛び立ち、 「…た、頼みます、ね。レグレット…」 「行くわよ。みんな!!」 幼馴染小隊や開拓者と共に護衛船も発つ。 「物資の到着を確認して後、直ぐに戻ります。不在の間は母上の指示を仰いで…」 休息用の船と、残る者達に指示を与えたグレイスの出立は最後だ。 部下達が散り、開拓者達が飛び立ち、ほぼ一人になった彼の前にスッと…一人の女性が立つ。今まで沈黙を守っていた開拓者。 立ち止まり、彼を見つめる。 「不穏なこの時期に領地を離れるべきではないと思うわ。南部の民の為に自重して欲しい…」 「! フェンリエッタ(ib0018)さん」 囁くように告げられた言葉にグレイスは動きを止めるが…彼の返事を待たぬまま、鷲獅鳥と共に彼女は飛び立っていく。 「フェンリエッタさん…」 彼女の背中に向け、目を閉じ深く頭を下げるグレイス。 けれど次の時、 「行きますよ!」 駿龍と共に飛び発った彼はその目をただ、前に向けていた。 ●高空での戦い ジルベリアを飛び立って幾日か。 「ん?」 まもなく天儀が見えようと言う頃、先頭を空龍で飛ぶ颯は雲海に過る影を見つけた。 「今のは…」 ユリアも同じように気付いたのだろう。望遠鏡を目に当てて 後方に向けて、手を大きく横に伸ばす颯。 飛空船とその護衛は彼の合図に気付いたらしく飛行スピードを緩やかに落していく。 「…あれは…天狗じゃないかしら?」 「…いよいよ、おいでなさったか」 にやりと笑うと颯は横を見た。横にはやはり彼の様子に気付いて集まって来た開拓者。 「休憩している連中に連絡頼む。…解るかい?」 「了解しました」 炎龍を反転させ、呼子笛を口にする紬。 「はい…」 颯の意図する意味を正確に理解してイリスは目を閉じた。自分の感覚の全てを耳に集中させる。 「確かに…前方、あの雲の向こうにアヤカシの羽音が聞こえます…。かなりの数です。でも…」 イリスは何かを考えるように口を淀ませた。 「でも…どうした?」 「最初の報告では…敵の数は百前後、ということでしたよね。でも…そこまでいるかどうか…」 その時、 「…あの、あの…」 二人の上空をくるりと回り飛んでルースが横つき、気付いた事を報告する。 「なるほど…そう言う事か…」 周囲の索敵の間に休息していた開拓者達も戦闘の準備を万端に整えて集まってきていた。 「どうする? あの前方に穴を開けないと天儀にはたどり着けないわよ」 その問いに船の護衛を辺境伯に預け、様子の把握に出て来た胡蝶は雲間、まだ見えない敵を睨み、告げた。 「目的は物資の運搬、全部を相手にすることはないわ。アヤカシの配置が薄い箇所を探して、突っ切りましょう」 「薄い場所がないのなら…、穴を開けるまでだ!」 「…それが一番ね。皆、美味しいご飯の為に一暴れしましょう♪」 視線を交わし合う開拓者達。 「解ったわ。私は後方の護衛に戻る。こっちは、頼んだわよ」 胡蝶が踵を返すように反転するのとほぼ同時、颯は矢を弓に番えた。 「はっはっは〜、歓迎するよぉ? …まずは矢の雨でもいかがかな?」 雲間に向けて正しく矢のように放たれた次の瞬間 『ぐああああっう!!』 空気を震わせる響きと共にアヤカシ達が突進してきた。 天狗、大首。そして…鵺も。 だが、そのアヤカシ達の直線の動きを、計算しきった 「行くわよ! 燃えつきなさい!!」 ユリアのメテオストライクが襲う。 『ぎゃああ!!』 三匹の下級天狗が黒こげになった。畳み掛けるように 「フーちゃん!」 「了解! 皆、下がって。行くわ! トルネード・キリク!!」 仲間の信頼と援護に応えるべく、迷いなき目でフラウが放ったトルネードとタイミングを合わせたユリアのブリザードが大首を数体、切り裂き吹き飛ばした。 「もう一撃! 雷獣招来……鬼妖魔駆逐急々如律令!!」 「朔さん!!」 朔と紫乃。息のあったという言葉だけでは形容できない程に互いのタイミングを把握した時間差雷獣の攻撃はさらに四体の天狗を落し、数体の天狗の武器を取り落させる。 しかし、先制攻撃はここまで。その飛行能力と身の軽さで天狗達は一気に開拓者の懐間近に飛び込んで来た。 「ボクは兄様じゃないけど、力を貸して「ドラグーン」」 答えるように嘶いて、レイランの炎龍は彼女と共に敵集団の中央に飛び込んでいく。 「ハーフムーン…スマッシュ!!!」 一刻前の静かさが嘘のように空は、一気に乱戦、戦場と変わったのだった。 敵の数は視認できる限りで60前後、とニクスは見ていた。 そしてその大よそが天狗と大首だ。 天狗も大首もその能力そのものはそれほど高い訳では無い。 上手く攻撃術が当たればユリアやフラウの大技で一度に数体を落せたくらいには。 だが、敵の数はそれでもこちらの数倍いるのだ。 しかも 「ニクス! 後ろ!!」 レイランの声にニクスは後ろを振り返るより先に 「シックザール! 旋回!!」 龍と自分の身を翻させた。 ほんの一瞬前まで自分のいた場所にシュシュッ! と音を立てて三本の矢が通り過ぎていく。 「すまない! レイラン!」 「気を付けて! 遠距離攻撃できる天狗もいるの!」 ニクスはレイランに礼を言い自分を狙った天狗を睨みつけた。 そう、天狗と言っても思った以上に能力バリエーションがあるようなのだ。 例えば、さっき弓を射てきた天狗は半身鎧に弓を装備しているが、向こうでレイランが相手をしている天狗は大きな薙刀を振り回している。 一体をオーラドライブで薙ぎ払い、返す刀でもう一撃。 紬が付与してくれた神楽舞「瞬」、イリスやルースの歌にも助けられて、身体は思う以上に軽いが、それでも数で押して来る敵には少しでも気を抜くと後手に回る。 まだまだ敵は迫ってくるというのに。 「後ろは…任せて!」 レイランの背中を狙って来た天狗の頭をフェンリエッタの槍が貫いた。 「ありがとうなの!」 「気を付けて。まだ、来るわ!!」 前線の最中央で敵を引き付ける二人。 この頃には敵も味方も入り乱れて、開拓者達も範囲攻撃魔法が使えずにいた。 「とにかく、敵を減らさないと…! 紫乃さん!」 銃で敵を狙い撃っていた朔が突然大声を上げた。 雲間から突然奔った落雷が紫乃を射抜いたのだ。 「キャアアア!」 「おのれ!!」 響く悲鳴。朔は怒り以上の意思を込めて雲の隙間。雷の方向。 微かに見えた影に向かって雷獣を放った。 金色の鵺は雲間を裂き、そこに潜んでいた鵺を捕え、縛る。 そこから間発を入れないマスケット銃での猛攻。 鵺は悲鳴をあげて瘴気に返って消えて行った。 「大丈夫ですか?」 既に紬が近寄り閃癒をかけてくれている。 「大丈夫です。ご心配を、おかけしました」 笑って答えた紫乃に少し安堵して後、朔は雲間を見る。 今、攻撃をかけてくる敵の多くはおそらく雑魚。 雲に身を隠してこちらの消耗を待っている連中が、おそらくは、本命なのだ。 だが、このまま敵の手数に押されていてはそちらに攻撃を仕掛けることもできない。 「…ユリアん。ちょっと…少し無茶するかもしれないけど…いい?」 フラウが小隊長を見つめる。迫る大首を槍で払ったイリスは一瞬の逡巡の後、小さく、頷いた。 「大丈夫です。必ず、お守りしますから!」 「護衛任せちゃってありがとね、イリスん♪ んじゃ、後はよろしく!」 明るく笑って駿龍の背を蹴ったフラウは 「二人とも、避けて! トルネード・キリク!!」 乱戦の中央に向けて竜巻を放つ。仲間を巻き込まないように細心の注意と共に放たれたその術そのものは多くの敵を巻き込んだ、訳ではない。 だが、二人の前衛に集中していた天狗達の注意をフラウに向けさせるには十分だったのだ。 飛行アヤカシ達の敵対心が、脅威が一瞬フラウに向かう。何匹かはフラウを狙って追ってくる。 「わわわっ! ヘイト! 高速飛翔!」 イリスが付与してくれた黒猫白猫の効果があっても十数体の攻撃から完全に逃れるのは容易い事では無い。 「わっ!」 フラウの肩を拳銃の弾が掠る。 けれど 「約束しました。守って見せます!! シルフィード!!」 敵とフラウの間に身を滑り込ませた空龍は龍旋嵐刃を敵に向かって放ち、牽制する。 一瞬の足止め。けれど、それで十分だった。 「紫ちゃん、朔君、行くわよ!!」 ブリザードストーム、時間差の雷獣攻撃。 ユリアの合図に合わせた三重の範囲攻撃に十数体いた敵がほぼ一瞬で黒焦げ。瘴気に帰す。 「やった!」 傷の痛みを顔に出さず、微笑むフラウに仲間達は笑顔で頷く。 まだ勝負は終わったわけではないけれど、この一手は戦場の流れを大きく変えることになる。 雑魚がほぼ一掃された瞬間。 「あれは!!」 雲間から鋼色の大天狗が姿を現した。 船の前方でグレイスと肩を並べていたフレイは高速飛翔。 「黒鋼天狗! いってくる! 船をお願い!」 、そのタイミングを見逃さず、グレイスに言葉を残すと敵に肉薄した。 「行くわよ。ヘスティア!」 「おう!!」 彼女の意図と狙いを正確に読み取ったヘスティアがピッタリと背後を守り飛ぶ。 その様はまるで一陣の紅い閃光のようだ。 「逃がさない! 船は守って見せるわ!! おおおおっ!!」 空に轟くフレイの猿叫! 一瞬動きを止めた黒鋼天狗はそれでも、意思と精神力でそれを振り切り大太刀をフレイに向けて振りぬこうとする。 一撃必殺を狙い、全てを賭けて飛ぶフレイの刃が届くのが早いか、黒鋼天狗の太刀がフレイを切り裂くのが早いか。 一対一の勝負であるのなら、もしかしたら黒鋼天狗の太刀の方が早かったのかもしれない。 けれどフレイは一人では無かった。 「行け! フレイ!」 その瞬間、閃光は二つに分かれヘスティアは黒鋼天狗の背後に回り込み手元の鎖を鞭のように放ち、その手を絡め取ろうとした。 同時にニクスも雲間の敵の居場所を正確に見抜き瞬風波を放つ。 ガチン! 鎖は太刀に弾き返されるが、仲間の作ってくれたほんの僅かな時間と隙がフレイを守る。 「うおおおっ!!」 渾身の払い抜けが黒鋼天狗の腹をほぼ、両断した。 『ガ…ッ、アアッ!!!』 破れ被れと言う様に黒鋼天狗は周囲に真空の刃をまき散らす。 「わあああっ!」 バランスを崩しかけたフレイをヘスティアが支えた。 「大丈夫か? フレイ」 「ありがと。大丈夫、もう一撃…!?」 あちらこちらを切り裂かれながらも剣を握り締めるフレイとヘスティアは敵を見つめ、そして気付く。 その額に一本の矢が刺さっていることを。 「漁夫の利。頂きっ!」 アヤカシと味方の陰から気を窺っていた颯の一矢が黒鋼天狗を貫いたのだ。 『グオオオオッ!!』 空気を震わせる叫びは正しく黒鋼天狗の断末魔であった。 『グオオオオッ!!』 その叫びがなんと告げていたのか開拓者達には知る由もない。 だが、意味は理解することができた。 『一斉攻撃だ。敵を殲滅させろ!』 きっと、そんなモノだったのだろう。 「敵、来ます。後ろ!!」 柚乃は言うと同時、ホーリーアローの一矢を放ち大首の眉間を貫いた。 「あんた達の攻撃なんて、予測済みよ! 故郷の吹雪には遠く及ばないけれど…凍てつきなさい!」 胡蝶は船団の背後、雲の中から攻撃を仕掛けてきた一団に向けて氷龍を放つ! パキパキと音を立てて翼が凍り、落下していく天狗達。 その間をなんとかすり抜けて船に肉薄しようとする天狗が攻撃を仕掛けてくる。 だがそれは 「近付けさせはしない!!」 「約束です。船は…守ります!」 強固な二枚の盾に阻まれる。 皇龍の背から矢継ぎ早に放たれる羅喉丸の矢は正確に天狗達を貫き、僅かな取り零しはグレイスのハーフムーンスマッシュで落される。 『グレイス卿は残って貨物船の人達の心を支えて欲しいの。恐怖や不安から、守ってあげて』 『グレイス卿、船の守りをお願いします、万が一入り込まれた時の対処をお任せします』 羅喉丸は開拓者との約束を守る為のグレイスの気迫の籠った戦いぶりに、グレイスは羅喉丸の勇猛かつ冷静な戦いぶりに 「…やるな」 「ありがとうございます」 視線で互いを認め合い、二人は船に近付く敵を打倒していく。 空を切り裂く声が開拓者の耳に届いたとほぼ同時、雲の間に身を隠していたアヤカシ達が船の後方から一斉攻撃を仕掛けてきたのだ。 とはいえ、それは既に開拓者にとっては予想の範疇である。 胡蝶も言った通り、初手の段階でルースによって背後に回りこむ彼等を発見していたからだ。 「さっきの声は、指揮官の声、でしょうか?」 「そうかもしれない。飛空船を背後から狙うつもりで戦力を分けた。けれど、攻撃を仕掛けて来たという事は…」 その時、二人の耳に呼子笛が高く響いた。 「この合図は…」 「こちら、お任せします!」 音と同時に龍を旋回させ、船団の最前方に飛んだグレイスの言葉に羅喉丸は頷いた。 そしてグレイスはその槍を真っ直ぐに前に向けて構える。 人の目視を集めずにはいられない士道の輝きを纏った彼は声なき声で告げる。 『全速、前進!!』 指揮官の意図を正確に察知して、船団は全速力で前に進んでいく。 「どうやら…理解してくれたようね」 船が自分達に追いついて来たのを見て、ユリアは小さく笑んだ。 前方の敵は開拓者によって半分強まで倒され、空には穴が穿たれた。 その穴を船団が進んでいく。 「私達の目的は敵の殲滅じゃないわ。船を守る事…。皆、船が航路を抜けたら背後を守りながら離脱よ!」 開拓者達は敵を払いながら、船に向かって集合した。 指揮官を失い、力量の差を思い知ったのだろうか。敵の攻撃は徐々に弱まって、やがて消えて行く。 そして、彼らの前には緑の大地。 天儀が緩やかにその姿を開拓者達の前に表していた。 ●安積寺へ かかった時間と飛距離で言うならジルベリアから天儀までたどり着くまでの方が圧倒的に長かった。 だが、戦闘の密度で言うならば、天儀に辿り着いてからの方が遥かに濃いと開拓者達は思った。 「右前方から大首! 数は10前後!」 理穴から陰殻上空を抜け、東房へ。 その過程で開拓者達は幾度となくアヤカシに襲われた。 特に東房に入ってからはアヤカシの小軍団や、それらから逸れたと見られる単体のアヤカシが幾度となく輸送船や、それを護衛する開拓者を狙ってきているのだ。 連戦に継ぐ連戦。アヤカシとしての能力は決して高くないし、指揮する者もいないので一戦一戦はそれほど脅威では無い。 けれど 「数で押されるのが一番怖いね」 「ええ、とにかく先に進むことを考えなければ!」 レイランと朔は頷き合って眼前の敵を睨みつけた。 「…皆さん…下がって!!」 引っ込み思案なルースの、決意を秘めた声に前線を支えていたヘスティアは大首の前で渾身のスマッシュ。敵を怯ませると一気に間合いを開けた。 その間に詠唱を終えたルースが 「重力の…爆音!!」 重低音を響かせた。まるで見えない手に押しつぶされるように大口はぐしゃりと音を立てながら地面に落下していく。 「やった!」 笑うヘスティアに笑顔を返して、ルースは共鳴の力場を奏でる。優しい思いの籠った守りがヘスティアを包む。 「ありがとな!」 もう一度ど笑顔で礼を言うとヘスティアはまた敵の前に飛び込んでいく。 その姿が見えなくなったのを確かめてからルースは押さえていた荒い息と咳を懸命に吐きだす。 大首がかけた呪声と恐慌。恐慌状態こそ免れたものの呪いの声は今も頭に響いているようだ。 「大丈夫ですか? ルースさん?」 心配そうに近寄って問いかける紬にルースは頷いた。閃癒で身体も少し軽くなる。 連戦で、練力の残りはもう少ない。けれども自分達よりも最前線で戦っている仲間達はもっと辛いはずだ。 「…あと…少しの…筈…だから」 「ええ、頑張りましょう」 紬は頷いて旋回。船の側に近付く。 「今度は、人面鳥か!!」 羅喉丸は素早く矢の攻撃を交わす敵に舌を打った。 ケタケタケタと笑う声は呪いの声。脳に直接食い込んでくる。 「くっ!」 苦痛に羅喉丸の顔が歪む。だが、更なる笑い声と共に迫ってくる鳥に向かって逆に皇龍と共に羅喉丸は体当たり。 怯んだ敵にそのまま渾身の攻撃を入れた。あっという間に瘴気とかして鳥は消えた。 にやりと笑う羅喉丸の 「俺の修めた技は得物を選ばなくてな」 そんな声をおそらく聴く間もなく。 近接戦闘こそが泰拳士の本領。できればそこまで敵を船に近付けたくは無かったが。 船を守る真実の壁となって羅喉丸は接近する敵を次々に屠って行った。 船団の最前には辺境伯グレイスがいる。 「グレイス! 本夛山脈が見えてきた。あと少しよ!」 フレイの声に辺境伯は頷くとその姿で、飛空船の操縦席を敵のなるべく少ない方へと誘導する。 襲い掛かって来る敵を 時折、体当たりしてくる敵に船体は揺れる。 けれども前を導く辺境伯の姿に船員達は躊躇わず、船を進めていく。 「…アウグスタ!!」 フェンリエッタはその姿を一瞥すると、船の向かう前方。 敵の包囲網の外壁に鷲獅鳥の暴嵐突を仕掛けた。 敵が弾き飛ばされるように散り、一陣の道が空にできる。 「行って!」 彼女の声に答えるように船団は前進する。その背後に迫る影にフェンリエッタは再びの暴嵐突で接近すると 「ゆけ、喰らいつけ!!」 ど真ん前へ。0距離に近い所で白狐を発動させた。 九尾の白狐は雄叫びと共に鵺に襲い掛かり、その身と精神を八つ裂きする。鵺は墜ちて瘴気に還った。 しかし、その後方から迫る幾陣もの風の刃がフェンリエッタを狙い、襲う。 「頑張って!」 主を必死に守ろうとする鷲獅鳥は地表への落下も不思議ではない状況から体勢を立て直す。 畳み掛けるように襲ってくるのは天狗。 術を紡ごうとするように羽ばたくそれを 「その翼、切り裂いてやるわ! 行きなさい! 白狐!!」 再び白狐が引き裂いて行く。 「しっかり…、大丈夫ですか?」 敵の一匹をホーリーアローで刺し貫いて、側に寄った柚乃にフェンリエッタは 「ありがとう」 頷いた。 「あと少し…、あと少しで船団は安積寺に到着するわ。追いながら、敵の追撃を防ぐわよ!」 胡蝶の声に二人は頷く。 見れば船団はいよいよ、着陸態勢に入っているようだ。 「行きましょう!!」 眼下に目的地。安積寺が見える。 船はいよいよ最後の着陸の準備に入る。 ここを邪魔されたら船そのものが危険になる。 「レーちゃん 、イーちゃん、紫ちゃん、スーちゃん、フーちゃん、朔君、ニクス。いよいよ、最後。派手に行くわよ!」 【幼馴染小隊】その全員が船団の後方へと集まった。 集まった敵が再びその物量で襲い掛かろうとしてくる。その大波から船を守る防波堤のように彼らは立ち塞がった。 「攻撃!!」 時間差の雷獣、トルネード・キリク、メテオストライク。 息もつかせぬ範囲攻撃の連発にまるで太陽が墜ちたかのように空間が弾けた。 アヤカシの多くがその衝撃に消え、僅かに残ったそれらも状況が解らぬまま慌てふためく。 前衛の友と追ってきた仲間によって、大群がその姿を消した頃。 「わああっ!!」 地表から揺れる様な声が響いてくるのを開拓者達は目撃した。 見れば、五隻の輸送船は無事地表への着陸に成功。 安積寺から人々が溢れ、船を取り巻いている。 遠い空を駆け抜けてきた支援への、それは感謝と歓迎の声であった。 「やったぞ!!」 空に向けて颯が手を振り、羅喉丸が拳を振り上げる。 そしてグレイスは胸に手を当て、空の開拓者達に深く、静かに頭を下げていた。 ●命の補給 届いた物資、食料数万食と薬品その他はすぐさま船から降ろされ配分された。 一部は不動寺や、物資の不足に苦しむ東房軍に贈られることになるかもしれないと開拓者達は後に聞く。 そしてその夜の夕食は届いたばかりの食材によるジルベリア料理となった。 戦場である為、たいして凝った料理はできないが、それでも身体を温めるボルシチに力を与えるピロシキ。そして甘く優しいプリャニキが供せられ、最終決戦に挑む安積寺軍の士気を大いに高めた。特にジルベリア軍は涙を流さんばかりの喜びようであったという。 「やっぱり、故郷の味っていいものよね」 「ええ、一仕事終えた後の紅茶の味も悪くないわ」 胡蝶はプリニャキを齧りながら微笑むフレイに、カップを持ち上げ静かに同意した。 美味しい料理と暖かいお茶。そして何より人々の笑顔が最高の報酬であるといえよう。 報酬はもう一つある。 「おすそ分けです」 そう言って辺境伯から依頼を受けた開拓者に配られたのは小さなジャムの小瓶だ。 「南部辺境の名産品なんです。良ければどうぞ」 蒼い宝石のようなブルーベリー。ルビーのように輝くコケモモのジャム。 「私は、状況が落ち着き次第、ジルベリアに、南部辺境に戻ります。このたびは本当にありがとうございました」 そこまで告げ、グレイスは目を微かに伏せた。 「正直な所、…我侭であるとは解っていましたが、私は最初に言われた通り、この地に来たかったのです。考えなしと言われても、遊山かと思われても仕方無いことですが、大アヤカシの脅威とアヤカシの大軍と向かい合う大戦闘を…、命がけで戦う同胞を、この目で確かめたかった…。じっと、してはいられなかったのです」 そしてグレイスはここに来るまでの戦闘を思い返しながら手を握りしめながら告げる。 「実際に東房に来てみて、アヤカシの猛攻を体験し、天儀の方々のご苦難を、私は改めて知りました。自分の甘さも。…共に戦い、その一助となりたい思いもありますが…それが許されない責任も理解しております。ですから…私などが言うべきことではないと承知しておりますが、皆様」 深く、深く頭を下げる。 「どうぞよろしくお願いします。 この地を、戦闘を、そして我らが同胞を。 …同胞というのはジルベリアの民だけを指しません。 同じ空の下に生きる天儀の民の事も、です。 大アヤカシを討伐し、この地を平和に導く。それは…皆様にならできると信じております。皆様の御武運を、心から、お祈り申し上げています」 ジルベリア貴族の真摯な願いと思い。 いや、それは一人の人間としての心からの願いであったのだろう。 彼らの手の中に残った小さな小瓶と兵士達の笑顔に、開拓者達は改めて戦いへの決意を新たにするのであった。 |