【朱雀】日常【新人歓迎】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/17 10:29



■オープニング本文

 陰陽寮朱雀の新学期が始まって一月。
 最初の学年別授業が終わったある日、予備生である桃音ともう一人は朱雀寮長に呼ばれ、声をかけられていた。
「委員会活動、ですか?」
「ああ、そういうのがあるって聞いてた! 寮の仕事とかを寮生がみんなでやるんだって」
 小首を傾げた予備生に説明する桃音。
 寮長も静かに頷いてさらに正しく説明する。
「陰陽寮朱雀独自の活動なのですが、寮生が寮内の仕事を分担し担当するというものです。
 勿論、朱雀寮にはそれぞれ営繕や清掃、調理などの担当職員がいますが、自分の寮に誇りを持ち、様々な事を学ぶと言う観点から寮生が一部の作業を受け持つことになっているのです。
 例えば図書委員会なら書庫の整理や貸し出し作業、調理委員会なら食堂での調理、保健委員会なら薬草園の管理と怪我人病人の手当て、用具委員会は道具の管理、などですね」
「あと、体育委員会もあるんでしょう?」
「ええ、彼らの仕事は陰陽寮や結陣周辺の見回り警護、全体のサポートなどですがね」
「それに我々も参加せよ、と」
「別に参加しなくても減点されるわけではありませんが、委員会活動は出席すると成績に加点されます。
 それに縦割りで他の学年の寮生とも仲良くなれますし、それぞれ専門的な知識も学べます。
 色々勉強になりますから…できれば参加して欲しいと思っています。良ければ見てみませんか?」
 寮長はそう言うと二人に告げる。
「例年だと委員会の見学会などを開催するのですが、今年は二人だけですからね。各委員会には通常活動を行っているでしょうから、自由に自分の好きな委員会を見て回って、どこに所属するかを決めて下さい。
 いつもの賑やかな委員会勧誘祭りもいいですが、飾らない姿を見て選ぶのも悪くない事だと思います。
 もし、誰か誘いたい人や知人がいたら誘ってもいいですよ。
 二年、三年生にも陰陽寮に興味がある人がいればこの時期は見学に呼んでいいと言ってあります。
 本格的な授業が始まると、なかなか敷居が高いですからね。
 同様に開拓者ギルドにも陰陽寮に興味のある人の来訪を歓迎するとして告知を出してあります。
 と、いう訳でこれが、朱雀寮の地図と各委員会の活動場所です」
 差し出された地図を見ると、確かに用具委員会は倉庫、図書委員会は図書室というように場所が書き込まれていた。
「各委員会の活動を経験して、どの委員会に所属するかを決めたら私に知らせて下さい」
 話し終った寮長が戻ると、残った桃音はもう一人の予備生に
「ねえねえ。私、行ってみようと思うの。貴方はどこに行ってみたい?」
 楽しげに笑いかけたのだった。


 朱雀寮の新体制になって始めての委員会。
 それぞれがそれぞれに、先輩の後を追いながら新しい何かを始めて行く。
 今年はここで、どんな物語が紡がれていくのか。
 朱雀寮に響く各委員会の作業や準備の楽しげな声を聴きながら、寮長はそれを楽しみに思うのだった。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 蒼詠(ia0827) / サラターシャ(ib0373) / 雅楽川 陽向(ib3352) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655) / ネメシス・イェーガー(ic1203


■リプレイ本文

●委員会見学会 体育委員会
 彼女は緊張の面持ちでその門を潜った。
 始めてでは無いのに、まるで始めてこの門を潜った時の記憶と思いが蘇ってくるようだった。
「再びこの門を潜る事が出来て…嬉しいです」
「久しぶりですね」
 出迎えてくれた寮長 各務 紫郎の前に立ち、彼女は深くお辞儀をする。
「長らくお休みを頂きました。
 もう一度、朱雀寮で学ばせて下さい」
「解りました。進級に対する追試などは後で考えましょう。ですが、復寮そのものに問題はありません」
 紫郎は頷くと、微笑み告げた。
「お帰りなさい」
 そうして、彼女サラターシャ(ib0373)は戻って来た。
 愛すべき学び舎に…。

 少し、春の気配が感じられるようになった3月。
「ねえねえ、最初はどこに行く?」
 ニコニコと楽しげに笑いながら先を行く桃音に腕を引っ張られる形で
「ちょっと…待って下さい」
 ネメシス・イェーガー(ic1203)は広い朱雀寮を歩いていた。
 今日は委員会見学の日。一年生待遇の予備生である二人は今日、委員会をそれぞれ巡り、自分の所属する委員会を決定するように言われていた。
 委員会活動と言うのは陰陽寮の中でも朱雀寮独自のもので寮生が学校の業務を手伝いながら、様々な知識を覚えていくという活動だ。
 強制ではないがなるべく参加するように言われていて、二人も今年度、参加するつもりでいた。
「調理委員会はね、最後においでって言われているの。美味しい夕ご飯用意してくれるからって。だから、順番に回って行こう! どこから行く?」
 桃音にそう問われ、ネメシスは考える。実は一番興味があったのは調理委員会なのだ。
 それが最後と言う事は…
「桃音は、どこに行きたいんですか?」
 逆に問うてみる。
「うんとね、一番興味があるのは体育委員会。全部見てみようとは思ってるけど」
 桃音の答えにネメシスは静かに頷いて
「では、順番に回って行きましょう。一緒に」
「うん!」
 桃音の手を自分から握り直し歩き出した。
 陰陽寮を巡る二人の一日が始まる。

「よう来たな。待っとったで」
 体育委員会を訪れた予備生二人を体育委員会 委員長。芦屋 璃凛(ia0303)は笑顔で出迎えた。
「んじゃ、ちょっと行こか?」
「えっ? どこへ?」
「ランニングっていうか、フィールドワークっていうか…、とりあえずは鍛錬兼ねた周辺地域の見回りやな」
 そう言って璃凛は二人を野外に連れ出す。
 暑くもなく、寒くもなく、走るにはいい陽気だ。
「実はな、体育委員会の仕事っちゅうのはあんまりないんや」
 予備生二人のペースに合わせて走りながら璃凛は苦笑する。
「勿論な、こうして野外を走るのも見回りとアヤカシ調査、っちゅう大事な仕事や。でも、他の委員会みたいにいつもやらなきゃならないこの仕事がある、いうわけやない。
 だから、その時間、身体を鍛えたり、演武を練習したりする。頼まれれば他の委員会の手伝いもするけどな」
「…それで、いいのですか?」
 ネメシスの問いに小さく笑いながら璃凛は頷いた。
「体育委員会の一番の仕事。それは仲間を、皆を助け守る事やと思うてる。課題とか実習でな。前に立って皆を危険から守る。
 うちは先輩の背中にそう教わってきた。だから、その為に身体を鍛えるのも大事な仕事なんや。…たぶんな」
 璃凛の話を二人の予備生は真剣な目で見つめ、聞いている。
 その眼差しに少し照れたのか璃凛は顔を逸らすと
「さあ、ラストスパート! 一気に行くで!」
 スピードを上げて、二人の前を走るのだった。

 一人きりの中庭は思うより広い。
 実戦戦闘の訓練場も兼ねているので数名が暴れて回り、それを観客が見れるくらいの広さはあるからだ。
 その中に一人残された委員長は小さく息を吐き出す。
「桃音も、行ってしまうと静かなもんや…けど信じるしかないな」
 フィールドワークと委員会の簡単な説明をし終えて後、璃凛は
「二人とも。他の委員会も見てき。それぞれ皆、いい仕事してるから勉強になると思うで」
 と予備生達を送り出したのだ。
「ふう。やっぱり逃げられたか」
 小さく肩を落とす璃凛は二人とは違う顔を思い出しながらも顔を上げる。
「また機会を待とう。諦めず待つのが委員長の仕事やからな」
 そう自分に言い聞かせるように呟いて演武の型をさらっていた璃凛に
「こんにちわ」
 静かな、でも優しい声がかけられたのはそれからすぐの事であった。
「ご無沙汰してしまい、申し訳ありませんでした。お元気でしたか?」
 璃凛は型を止めて声の方を見た。肩が、身体が震えているのが自分でも解るが止められない。
「帰って…来てくれたんか?」
「はい、戻って来ました。此処に」
 柔らかい笑みを前にもう気持ちが止まらなかった。
「サラターシャ!」
 抱きついて感涙の涙を流す璃凛をサラターシャは微笑みそっと、抱きしめた。

●用具委員会の仕事
 予備生達が次にやってきたのは用具委員会であった。
 薄暗い倉庫の中で用具委員会委員長である清心と副委員長雅楽川 陽向(ib3352)が出迎えてくれた。
「用具委員会のやること? 家で普通に生活する事と、なんも変わらんで?」
 用具委員会の仕事は何か? そう問うたネメシスに陽向はカラッと笑って答える。
「掃除に整理整頓やな。最近は少しずつ物品の置き場所を変えよる途中やから、分類がうまいこと行ってへんけど」
 へにょっと尻尾を下げる陽向にくすっと清心は肩を竦めて見せる。
「用具委員会の管理する道具は術具、武具から日用品までたくさんあるからね。
 それを必要な時、必要なだけ出せるように日々の整理整頓が大事なんだ」
 そう言って、色々な道具を彼は見せてくれた。
 倉庫の棚いっぱいに並べられた様々な品。
 紙、壷、縄。
 ありふれたものに見えるが、これらも陰陽師の術道具なのかもしれない。
 それらは皆、暗い影の中で静かに眠り、必要とされる時を待っているように見えた。
 少し感傷的な気持ちになるが
「…なんちゅうても身長差がな!」
 拳を握りしめて言う陽向のお日様のような微笑みと声が、場の空気を変えるように明るく照らした。
「身長差?」
「そうや。卒業した先輩達が、ごっつおっきかったねん! ほら、倉庫の棚、高いやろ。
 たくさんの品物、置かないとあかんから仕方ないんやろけど、簡単に取れへんこと多いんや」
 陽向は膨れたように言うが声は明るい。
「男の子の清心先輩は、まだええで。あないな高い所でも、ちょっと背伸びしたら届くからな。問題はうちや…」
「でも、先輩達がだいぶ入れ替えしてくれて使用頻度の高いものは取りやすくなったろ?」
「そやけど、まだまだ分類の余地ありや」
「…朱雀寮の皆さんは本当に仲がいいですね」
 まるで兄弟のような清心と陽向のかけあいにネメシスの感想がぽろりと零れた。
「…まあね。学年だけでやってたら解らない事も確かにあるな、と思うよ」
「どの委員会に入ってもきっと、楽しいとおもうで」
 顔を見合わせて笑いあう二人に、予備生二人は朱雀寮の委員会活動。
 その本当の意味を知ったような気がしたのだった。

 予備生達が次の委員会に向かうのを見送って後
「あの子らも、委員会活動楽しんでくれたらええな」
 陽向はぽつりと呟いた。
「大丈夫だよ」
 肩を叩く清心に陽向は
「…そやね」
 そっと頷く。
「せやせや、清心先輩はどんな食べもんが好きなん?」
「食べ物? そんなに好き嫌いは無いけど…」
 唐突な話題変換。清心は少し目を丸くする。
「うちは今の時期やったら、苺大福やな。
 あとは桜餅♪
 桜餅ってな、地域に寄って大きく二つに分かれるんよ。
 おはぎみたいに包む所と、ジルベリアの「くれーぷ」みたに包む所やな
 うちの家では、おはぎみたいに包むんや。ああ、思い出したら食べとうなってきた」
 うっとりと頬を緩める陽向を暫く見ていた清心だったがふと、何かを思い出すように瞬きすると
「ちょっと出てくる。すぐ戻るから留守番頼むよ」
 そっと倉庫を出たのだった。
 小首を傾げる陽向を残して。

●保健委員会とお茶
 朱雀寮は思ったより広く、慣れないと迷う事は少なくない。というか迷う。
「えっと…保健委員会の薬草園って、どこだっけ?」
「…どこでしょう?」
 地図を見ながら頭を寄せ合う二人の予備生に
「どうしました? 何か困りごとですか?」
 優しく、柔らかい声がかかる。
「あれ?」
 その声に微かな聞き覚えを感じて桃音は振り返った。
 優雅に微笑む女性に桃音は目を瞬かせた。
「え〜っと、サラターシャ…さん?」
「覚えていて下さいましたか? 桃音さん。ありがとうございます」
「知り合いですか?」
 問いかけるネメシスにうん、と桃音は頷いた。
「去年まで二年生…今の三年生にいた先輩。事情があるって陰陽寮を休んでいたの」
「そうです。この度復帰の許可を頂き、戻って参りました。新一年生の方とは擦れ違いでしたか…。仲良くして頂けると嬉しいです」
「あ…こちらこそ宜しくお願いします」
 丁寧なあいさつと物腰に少し戸惑いながらもネメシスは挨拶を返す。
「それで、どちらに向かわれる予定だったのですか?」
「保健委員会の薬草園です。保健室に伺ったら薬草園で作業中という札がかかっていたので…」
「ああ、そうですか。なら、ご案内します。どうぞ」
 そう言うとサラターシャは二人の前を進んでいく。二人は頷き合ってその後に続いた。
 程なく薬草園に辿り着くとその気配に気づいたのだろう。
「サラターシャさん!」
 作業の手を止めて保健委員長 蒼詠(ia0827)が駆け寄ってきた。
「ただ今戻りました。また皆さんにお会い出来て、嬉しいです」
「先輩…おかえりなさい」
 彼の声に気付いて副委員長 羅刹 祐里(ib7964)も頭を下げる。
「予備生さん達が迷っていたのでお連れしました。お願いできますか?」
「はい、勿論。丁度休憩しようと思っていた所です。良ければお茶でもいかがですか?」
 そして蒼詠は近くの休憩用の椅子に三人を促すと井戸の水を沸かしお茶を入れた。
「もうすぐ春なので、木々の確認と草むしりをしていました。戦闘が予想される依頼の時には色々持ち出していますからね。薬草も減っているものが多いので補充できるように…と」
 三人に香草茶を差し出しながら蒼詠は微笑む。
「薬…自作しているの?」
 桃音の問いにそうですよ。と頷く蒼詠。
「全て、では勿論無いですが。植物の殆どにはそれぞれ薬効があって正しい知識を持って使う必要があります。保健委員会はその知識を学び身につけるところなんです」
「まあ実際には薬草園の手入れとかが多いけれど、なかなか楽しいぞ」
 様々な植物が植えられている薬草園に興味があるのだろう。
 茶を飲み終えた予備生達は園内の散策に向かっていった。祐里が案内や解説をしてくれている。
「私が休寮している間にも皆さんは成長されているのですね」
 静かなサラターシャの言葉に蒼詠は振り返る。抱きしめるような、慈しむような眼差しで陰陽寮を見ているサラターシャ。
 蒼詠は彼女から目を離せなかった。
「私も皆さんに負けないように研鑽を積みます。これからもどうそ宜しくお願いします」
「こちらこそ。改めて、お帰りなさい。サラターシャさん。貴女が戻ってきてくれてとても嬉しいですし心強いです」
 二人はそっと笑顔と心を交差させた。

 三人が次の委員会に向かうのを見送りながら蒼詠は水筒の薬草茶をカップに注ぐ。
「予備生の加入は…今年は二人だけですから難しいでしょうね…」
 祐里が用意したお茶を飲みながら呟く蒼詠に、自身は水を飲む祐里も頷く。
「そうですね。でも、興味は持ってくれたようですから」
「後は、自分達のやるべきことをやるだけ…ですね。サラターシャさんが言ってくれたように、僕も成長しないと」
 委員長として背筋を伸ばす蒼詠を祐里は頼もしげに見る。
 そして
「祐里くん。お使いを頼まれてくれませんか? 調理委員会へ」
「勿論」
 胸を張って答えるのだった。

●三人の図書委員長
 二人の予備生を連れてサラターシャが図書室にやってくると、カウンターに座っていたクラリッサ・ヴェルト(ib7001)の笑顔がまず出迎えてくれた。
「いらっしゃい。一年生達。それに、おかえり、サラさん。サラさんが戻ってきてくれて嬉しいよ」
 次いで
「待っていましたよ」
「おかえりなさい、サラターシャ先輩」
 本の整理作業をしていたカミール リリス(ib7039)とユイス(ib9655)も嬉しそうに出てくる。
 どうやら璃凛から皆へサラターシャ帰還は伝達が回っていたようだ。
「ありがとうございます。いろいろお世話をおかけしました」
 サラターシャは一人一人にお辞儀をし、微笑んで手を握り締めた。
「今年ね、図書委員長ははっきりとは決めなかったんです。私がやってもいいかな、とは思ったんですけど…」
「サラさんも戻ってきてくれたから、三人で図書委員会を盛り上げていく、でいいよね」
 リリスとクラリッサ、二人にサラターシャは静かに頷く。
「三人の図書委員長というのも贅沢ですね」
 ユイスは楽しげに笑うと、二人の予備生の方を見た。
「そう言うわけで、ここは図書室。見ての通りいろんな本を集め、整理して、見るところだよ。桃音ちゃんやネメシスさんはどんな本が好き? 言ってくれれば用意するよ」
「但し、とりあえずはここにある本だけですけどね」
「ここにあるのはまだマシだけど、色々な本があるから管理はしっかりしないといけないんだよね」
 陰陽寮の図書室にはランクというか、閲覧資格があって上級生しか見られない本もあるのだとクラリッサは説明する。
「あ、でも何か調べものがあるときは許可取ってもらえれば自由に利用して大丈夫だよ。ユイス君も言ったけど、さっそく何か借りて行ってみる?」
「これは朱雀寮の図書室にどんな本があるかの纏め。まだ未完成だけど良かったら使って」
 その言葉とサラターシャに促され、ユイスの手引書を元に二人は書架の林を見て回る。
 塵一つない程綺麗に掃除された部屋いっぱいの本は、術関連の本の身ながらず、料理の作り方や、画集、錦絵、小説など種々様々に揃っていた。
 いくつかの本に興味を示し、抱えてきた二人に図書委員は委員会の仕事の説明をしながら貸し出しの手続きを行う。
「委員会は決めたみたいだけど、見学や図書室の利用はいつでも歓迎するからね」
 そう微笑んだユイスに本を抱えた二人は嬉しそうに頷いてた。

 最後に調理委員会に行くと言って図書室を出た二人を見送って後、
「そういえばユイス君、あそこに行ったんですね」
 リリスはさらりとそんな言葉を口にした。主語もなく問いにも聞こえない呟きの意味を
「はい。行ってきました」
 ユイスは正確に捕えて返す。クラリッサもサラターシャも、そして勿論リリスも。
 あれを見つめ、乗り越えて来たのだと思い、ユイスは心からの敬意を視線に乗せた。
「ここと、あそこは、同じなんですよ。本という知識が囚われている牢獄とも言えますし」
「だから管理はしっかりと…。知識もアヤカシも捕えているだけじゃ意味は無い。自分自身で考え糧にしないとね」
「はい」
 深く頷くユイスを三人の委員長達は頼もしげに見つめ微笑んだ。
「あ、そうだ。サラターシャ。夕飯は久しぶりにみんなで食堂で食べましょう」
「はい。それも楽しみにしていました。朱雀寮の料理は久しぶりですから」
「まあ、いつものとは少し違うかもしれないけどね」
「はい?」
 小首を傾げるサラターシャに三年生とユイスは顔を見合わせ、片目を閉じる。
 悪戯っぽく。心から楽しそうに。

●調理委員会 幸せの時間
 夕方。まだ外は薄白いが太陽の姿は見えなくなった。
「ううむ…。遅いのではないか?」
「まだ夕食にはちょっと早いよ。夕食ご馳走するから調理委員会の見学は最後においでと言ったのは僕らなんだから」
 いらいらと窓の外を見つめる比良坂 魅緒(ib7222)と反対に彼方はいつものとおり、のんびりと料理をしていた。
 スープの味見に灰汁とり。
「そんなにのんびりしていていいのか! 今日は委員会見学会なのだぞ!」
 バンと机を叩く魅緒は明らかに解る焦りを身体と顔全体に浮かべている。
「見学会か、妾達も去年は色々見て回ったものよ…。しかし此度の予備生は二人。
 委員会は五つ。どうしたところで全部の委員会に入ることはできぬ。
 そう、…奪い合いになる事を覚悟せねばならんのだ。解っておるのか? 調理委員長!」
 拳を音が出る程に握りしめる魅緒は彼方の首根っこを掴みかねない勢いである。
「彼方、ゆくぞ。予備生を迎えに! 前委員長の遺した調理委員、廃れさせてなるものか…!」
「遺したって…先輩。死んでないから…。……できた。はい」
「なんじゃ? これは??」
 差し出された小皿に瞬きする魅緒に彼方は星形、花形に切った人参と大根を浮かべる。
「味見して? 野菜のスープ。ポトフはちょっと時間がかかるから、代わりにいろんな野菜を細かく切って味を出してみた。
 今日、サラターシャさんの歓迎会も頼まれてるんだろう? その一品にしようと思って」
「確かにそうじゃが…」
 膨れた顔のまま小皿を受け取り、魅緒は一口啜る。
「!」
 別に強く、刺激的な味がしたわけでは無い。
 むしろ逆に塩の味も最小限。野菜の旨みだけの味わい。丁寧に切られた一センチ角の野菜がこれだけの旨みを出すとは思えず魅緒は声が出なかった。
 大根、ニンジン、白菜、ネギ、カブ、ほうれんそう、じゃがいも。
 特別な材料は何も入っていないというのに。
「そんなに焦らなくて良いって。例え、今年、新入生が入らなくったって気持ちは受け継がれていくものなんだからさ。
 自分のできることをして、出迎えればいい。皆で力を合わせればきっといい味が出るよ」
 自分より年下の先輩。
 でも、やはり『先輩』なのだとこういう時に思い知らされる。
「童の分際で…」
 くいとスープを飲み干して魅緒はふんと鼻を鳴らした。
「童って…。そりゃあ君より年下でまだ身長も低いけど…一応先輩なんだからね」
 今度は彼方が頬を膨らませるが、その頃には魅緒は腕を捲り、エプロンを身に着けていた。
「解っておる。それで、後何を作るのじゃ? 委員長。歓迎会とやらには」
「ああ。そんな特別な料理でなくてもいいと思うんだ。季節の野菜や食材を使って春らしくお寿司とかかな。
 清心に頼まれているから桜餅も作るつもりだけど。
 後は先輩直伝の麻婆豆腐と…魅緒さんだったら何を作る?」
「ふむ…妾に出来る事…そういえば妾の得意料理とかなかったな。ポトフなどは作ったが…。
 鍋などはどうだろう? とりあえず鍋でも作ってみようかの。皆で食べるのに鍋は良い」
「了解。じゃあ、メインは鍋で。後、僕が天ぷらを作る。鍋は任せるから」
 楽しげに仕事に向かう二人。
「そう言えば彼方。前三年生に対する態度と妾に対する口調。随分と違うのではないか?」
「僕はこっちが素。…同じ委員会の後輩に敬語使うのもどうかと思ってさ。…それとも敬語を使った方がいいですか?」
「止めい。背筋が寒くなるわ」
 その背中をそっと見つめる二つの頭。
「忙しそうだねえ。美味しそうな匂いもするけど…後にす…る?」
 横を見た桃音は目をぱちくりとさせた。気が付けばさっきまでそこにいた筈のネメシスがいない。
 彼女は迷いのない足で厨房に進むと
「先輩方。ネメシス・イェーガーと申します」
 料理に励む二人に声をかけたのだ。
「私、元メイドをしておりまして家事全般を得意としております…」
 配膳台に並ぶ料理や鍋から漂う香り。厨房を見回してネメシスは、二人の委員達をまっすぐに見つめる。
「あなた…、いえ、先輩達の料理の腕前を見込んで、私と戦って頂けませんか」
「「ええっ?!」」
 驚きの声が厨房に大きく響き…そして…。

「うっわーー! すっごいご馳走やね〜〜」
 委員会活動を終えた夜。朱雀寮の学生食堂にはそんな歓声が響いていた。
 人参と大根のサラダに、野菜スープ。
 ふきのとうの天ぷらと、ユリ根とタラの白子のかきあげ。
 メインは地鶏とたっぷりの大根おろしの雪見鍋。
 それに定番の麻婆豆腐が並ぶ。
「今日はサラターシャさんと一年生の歓迎会ということでちょっと豪華にしてみました。暖まる生姜湯と薬草茶は保健委員会特製です」
「こっちは始めて見る料理だね。パンケーキ?」
「それはネメシスさんの作ですよ。じゃがいものガレット。生地はそば粉と卵で作ってそれに細く切ったじゃがいもを混ぜてあります。
 こっちがコトリアード。ポトフの親せきみたいなものでしょうか? 野菜の他に冬タラと牡蠣が入ってます。あとはリンゴのクラフティ」
「わあっ! 桜餅もある。しかも二種類? あ、もしかして清心先輩?」
「食べたかったんだろ?」
「作ってくれたん? おおきに!」
「作ったのは彼方! それにサラターシャへの歓迎用だよ」
 祐里によって焚かれた香は料理の香りを邪魔せず、静かに優しく薫る。
「じゃあ、いよいよ新年度も始まる。サラターシャも帰って来たし、新しい一年生も来た。皆でまた頑張って行こう」
 璃凛が高く杯を掲げると合図をしたわけではないが
「乾杯!」「これからもよろしく!」
 の明るい声が響いた。
 それからは、いつものように賑やかな朱雀寮の大宴会となる。
「うわっ! この野菜甘い!」
「ふきのとうの天ぷらはこの苦みが良いですね。春の味です」
「タラの白子はとろり、ユリ根はざっくり。これは絶品です」
「雪見鍋はお肉がさっぱり食べられますね。いくらでもいけそうです」
「このガレットも美味しいです」
「う〜ん、この宝石みたいに輝く道明寺粉の桜餅も美味しいんやけど、こっちの長命寺風も捨てがたい!!」
 先輩達が卒業して、人数は減ったがそれを吹き飛ばすかのような明るい宴だ。
「ふうう〜」
 それらを少し離れた所から見つめながらネメシスは冷水を一杯。口に運ぶ。目の前には麻婆豆腐の皿。
「どうした? 麻婆豆腐、辛かったか?」
 ネメシスの様子に気付いたのだろう。魅緒が声をかけるが
「いえ、この料理は、面白いですね。飲み込んだ水に山椒の風味が付くとは」
 彼女の答えは独特のものであった。
「はあ?」
 意味が解らず呆ける魅緒に小さく笑みに似た表情を作ってネメシスは告げる。
「今日の料理、なかなか楽しませて頂きました。途中から、勝負というより料理を楽しんでしまったのですが」
「対決となれば妾の負けやもしれん。まだ自分の得意料理というものを持っておらぬゆえ。だが、それは今日の事。明日は解らぬぞ」
「そうですね。それに…」
 笑い顔の堪えない食堂と、笑顔の寮生を見ながらネメシスは言った。
「そして何より…作ったものを喜んで食べて頂けるというのは良いものですね」
「…ああ、そうじゃな」
 ネメシスの言葉を自らにも噛みしめるように魅緒は答える。
「調理委員会に入れて頂きたい、とお願いしたら許可して頂けますか?」
「無論、大歓迎じゃ」
「ネメシスさんも一緒にこっちでごちそう食べようよ!」
 呼びに来た桃音に手を引かれて、宴会の輪に入って行くネメシス。
 彼女に、誰にも見えないように魅緒は小さく嬉しげに拳を握りしめていた。

 宴会の最中、ユイスはサラターシャの側に寄ると湯飲みにそっと薬草茶を注いだ。
 サラターシャは歓迎会の間、ずっと、一人一人の手を握り復帰の挨拶をして回っていた。
 それが一区切りついた頃、逆に彼女に挨拶に来たのだ。
「…ユイス、さん」
「先輩が戻って来てくれて、素直に嬉しいです。また宜しくお願いしますサラターシャ先輩」
「ありがとうございます」
 薬草茶のぬくもりを手の中に感じながらサラターシャは
「ユイスさん」
 そう囁いた。
「はい」
「…迎えて下さる方がいるというのは幸せなことですね…。本当に、私は幸せです…」
 囁くように零れた小さなサラターシャの思いにユイスは返事をしなかった。
 ただ、彼女の零れた涙に気付かないふりをして、そっと側に佇んでいた。

 桃音は体育委員会希望。
 ネメシスは調理委員会への加入を希望したようだ。
 今年は一年生が二人なのでどうしても空きが出る委員会はあるが、それでもこれで本格的に新体制がスタートする。
 正式に復帰を表明したサラターシャには次の合同授業と委員会、そして学年別授業で補習を与えた上で三年生への復帰を検討することとした。
 留年として二年生に入れるならすぐであるが、おそらく三年生も二年生も彼女の三年への復帰を望んでいるだろうから。
 寮長である紫郎は今年の寮生達、一人一人の顔を思い浮かべながら自分の机から立ち上がり背筋を伸ばす。
「彼らのこの一年が実り多いものとなるように…」
 それは、寮生達には決して告げる事のない、けれど寮長が思わない日は無い願いであり、そして祈りであった。

 かくして朱雀寮委員会の新しい年度が始まった。
 新しい仲間と共に…。