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■オープニング本文 南部辺境、リーガの街。 その下町の診療所で小さな、しかし元気な産声が上がった。 「良く頑張ったね。奥さん…元気な男の子だよ」 診療所を心配そうに取り巻き、見つめていた大人や子供はその声を聞きつけ歓声を上げた。 「やった!」「良かったな。先生!」「おめでとう!!」 まるで祭りのように喜ぶ人々の中、出産に立ち会った「父親」は妻であり「母親」となった女性にそっと近づき、礼を告げる。 「ありがとう。ティアラ…」 「あなた…。知らなかったわ。自分の子が…こんなに可愛いなんて…」 手縫いの産着に包まれた赤ん坊は、顔も真っ赤でくしゃくしゃで、解りやすい可愛さはまだない。 それでも二人にとっては世界一可愛い我が子であった。 「この子には…幸せになって欲しいわ」 「ああ、私もそう思うよ」 賑やかな喜びと両親の愛の中、その子は静かに小さな手を握りしめ、眠っていた。 「ティアラなんぞ、どうでもいい! 子供だ! 子供を連れて来い!」 ヒステリックな声でそう言うと男は部下を怒鳴りつけた。 手の中の手紙を握り潰し 「早く行け!」 と部下を部屋から追い出す。 「わしの顔に泥を塗ったティアラなどどうでもいいが、志体持ちの可能性を持つ者が生まれたのなら、なんとしても手に入れなくては…。これまで役に立たなかったのならそれくらい役に立ってもらわんと…。 わしは諦めんぞ。何としても、またのし上がってやるのだ!」 男は身分に釣り合わぬ下卑た笑いをその顔に浮かべていた。 「あのさ。誰か力を貸してくれないかな?」 その日、開拓者ギルドにやってきたのは母親らしい女性と子供の二人連れだった。 「そりゃあ、ここは開拓者ギルドだからな。依頼があるなら受けるが…どんな仕事なんだ?」 「ティアラ姉ちゃん達を狙う悪い奴らをやっつけんの!」 「姉ちゃん達? 悪い奴?」 「すみません。この子ったらちゃんと説明しないといけないでしょう?」 母親はたしなめるように言うと静かに話し出した。 「リーガの下町に若いご夫婦が住んでいます。ご主人は医者で、奥さんと二人暮らし。 その奥さんはつい先日、お子さんを出産しました。元気な男の子で、町の皆も大喜びしています。 ですがそれ以後、怪しい連中が下町をうろつくようになりました」 怪しいと言っても身なりは立派な男性達。彼らは下町で夫婦を捜しているらしかった。 「実は奥さんはかなりいいおうちの娘さんで、旦那さんとの結婚を反対されて駆け落ち同然に逃げて来たのだそうです。そして、その実家のお父さんが娘と生まれた孫を探しているのだとか…。奥さんとお子さんは今、私達下町の住人皆で匿っているのです」 「町中、みんな姉ちゃん達の味方だから、探している奴らには知らねえって口裏合わせてる。 でも、それでも諦めなくてさ。ウザいんだ。そいつら!」 「駆け落ちした娘を心配してその父親は探しているんじゃないのか?」 「その可能性もあるのでしょうが…、奥さんは『父親は自分の事なんて心配しない。ただ、自分の目的を果たす為の跡取りが、志体持ちの子供が欲しいだけだ』と…。 息子が見つかったら奪い取られると…怯えていらっしゃいます。 産後で安静にしていないといけないのに、今すぐにでも町から逃げ出しそうな気配で…。 彼らは高圧的で、私達の事は最初から見下してまともに話をしてくれません。 実は役人も味方なので注意を促してくれたのですが、身分を盾に強きに出られて、諦める気配もありません。 それで奥さんを探そうとする人達の話を聞き、本当に子供を狙うようなら諦めさせ、奥さんたちが安心して暮らせるようにする為にお知恵とお力をお借りしたいのです。 奥さんの言う通り、逃げ出せば彼らも諦めるのかもしれませんが、お二人は私達にとって大事な方達なんです。 できるなら、この町でお守りしたい。 どうか…お願いします」 依頼書と町の住人達が少しずつ出しあったという報酬を受け取って後、ギルドの係員は思い出した。 以前、聞いた南部辺境伯のかつての見合い相手。 亡き皇妃の姪 ティアラ姫の事を。 志体嫌いを公言していたティアラ姫は辺境伯との見合いが壊れた後、志体持ちの青年と愛し合い、家族の反対を押し切って駆け落ち結婚。 今はリーガの下町でひっそりと暮らしていた。 話の内容と子供から零れた言葉から察するに、住人達が言う「奥さん」が彼女であることに間違いは無いだろう。 彼女の父は志体持ちに執着する貴族であったらしい。 今はまだ解らないが、父親が志体持ちであるなら、子供がそうである可能性も確かにある。 見つかったら強引に奪っていかれるという可能性は確かに、十分にある。 だが、子供の言う様に彼らをやっつけ追い払えば事態が解決するかと言えば…難しいように彼には思えた。 開拓者がいるうちは良いだろうが、彼らも下町にずっといる事はできない。 いつまでも隠れ住んでいる訳にもいかないが今後の事も問題になる。 彼女の事を南部辺境伯 グレイスは知っているのでリーガではある程度不自由なく過ごせるようになった。 しかし移動となると今なお、制限がかかるのだ。 南部辺境は関所などが比較的しっかりしていて治安が良い。 だが逆に旅券や身分のない…もしくは偽る者は移動に苦労を強いられることになるだろう。 そして、何より身分というのはやはり大きい。 『貴族の血を引く子供に正しい教育を与える為に保護する』 と言われれば理はあちらにあるとさえ見られてしまうだろう。 彼らの願いを叶える為には…何か、策が必要な気がする。 でも、その良い策は彼には思い付けなくて…係員は依頼書をそのまま貼り出した。 人々の希望と願いの詰まった小さな願いを…。 |
■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●小さなぬくもり ふわり、と。 小さな身体は手の中に収まった。 「うわっ。ちっさいなあ〜。それに軽っ」 生まれて10日と経たない新生児。 「抱っこする?」 母親から渡された赤ん坊を祝福に訪れた開拓者は大事に受けとった。 「うんうん。よぉ生まれてきたなぁ。パパとママどっち似や?」 ジルベール(ia9952)はあやしながら優しく問いかける。 薄く開かれた目蓋から空色の瞳が覗く。 『目開けた。可愛い♪』 龍牙・流陰(ia0556)の人妖瑠々那が声を上げるが周囲からシーッと立てられた指に慌てて口元を押さえた。 「金髪に蒼い瞳。外見はパパ似かしら?」 『でも目元、鼻筋はお母さん似のような気がするね。凛々しい感じ』 「…ちょっと、それ褒めてるの?」 『褒めてるの』 膨れたような顔の「母親」にフレイ(ia6688)と瑠々那は顔を見合わせ笑う。 「ありがとな」 母親の横にそっと赤ん坊を返すジルベール。 「この状況で言うのもなんだが…ご出産おめでとうございます」 祝福を贈る宮坂 玄人(ib9942)に 「ありがとう」 と彼女は花のように微笑んだ。 「幸せそうだな。ティアラ」 その顔を見つめるニクス(ib0444)は呟く。 答えは聞くまでも無い。彼女の笑顔と子供が全てだ。 「これ、プレゼント。まだぬいぐるみで遊ぶにはちょっと早いだろうけど…仲良くしてくれるかな?」 クロウ・カルガギラ(ib6817)も楽しそうに笑う。 「気に入ると思うわ。ありがとう」 クロウからの贈り物「にゃんすたー」ともふらのぬいぐるみ、そしてウルシュテッド(ib5445)から贈られた縁起物の馬の置物に囲まれた赤ん坊は本当に幸せそうだ。 「おめでとう、ティアラさん…。私にも…抱かせて頂けないかしら…」 心からの祝福と共に告げたフェンリエッタ(ib0018)にティアラは 「どうぞ」 と我が子を託す。 緩やかな眠りに向かう赤ん坊はジルベールの言うとおり、本当に小さく軽い。 けれど紛れもない人。全ての原点そのものだ。 「…あっ」 目元から涙が零れる。 「どうしたの?」 心配そうに問うティアラや仲間になんでもない、と首を横に振ってフェンリエッタは 「ああ…そう、ね。ようやく解った…」 決意を胸に小さな命を見つめていた。 「…数が増えているかもしれない」 翔馬を駆って空を飛ぶ篠崎早矢(ic0072)は眼下の町を見下ろし、そう感じた。 「報告に戻ろう。夜空」 愛馬に声をかけ、降下。早矢は下町の外れで待つ仲間達と合流する。 「お疲れさま。どうだった?」 迎えた玄人に早矢は地図を示し見てきた事を伝える。 「視認できた数は十以上。路地をうろついていた連中だけから、多分もっといると思う」 「ああ、こちらの情報とも一致する。中には武器を帯びた騎士風の連中もいるらしい。住民や夫婦に手荒な真似をされないように細心の注意は払わなければ」 ウルシュテッドは情報を統合させ、そして考えた。 今回の依頼の第一は夫婦と子供、そして住人達を守る事だ。 「流石に訳の分からないうちに手荒な事はしてこないと思うけど、見つかったら遠慮はしてこないか。…親の顔を覚える前に子供を引き離すなんて真似、絶対にさせない」 手を握りしめる玄人に小さく頷いてウルシュテッドは言った。 「ティアラの父親に対して働きかけるべくニクスと流陰が動いている。搦め手やコネ手配の方もクロウが中心に進行中だ。 どちらも成功すれば親子に手を出しにくくなるだろう」 だから。 そこまで告げウルシュテッドは早矢を見た。 「今はここで親子を守ることを第一に考えてくれ。彼女も言ったが親や故郷から子供を引き離すのは最後の手段だ」 「…解っている。家族を守ることに全力を尽くす」 早矢の頷きを確認してウルシュテッドは戦馬ミーティアを見る。 「色々働かせてしまうと思うが、頼むぞ」 ミーティアは答えるように高く嘶いた。 リーガ港の飛空船の前。 「グレイス様」 忙しそうに動く南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは客人の来訪に仕事の手を止める。 「フェンリエッタさん。先ほどマックスやクロウさんもいらっしゃいましたよ。何か、御用ですか?」 笑顔で問う彼の前でフェンリエッタは 「申し訳ありません。お願いと…それからお聞きしたいことがあって参りました」 お辞儀をし、静かに微笑んだ。 ●襲撃者 生後間もない赤ん坊には夜も昼も無い。 数時間おきに目覚め、泣き、乳を吸い、寝る。 その繰り返しだ。 「本当に大変ね」 フレイは息を吐き出した。 おしめの交換に沐浴、授乳。子育ては皆で手伝ってもなお大変な作業だ。 普通の家の婦人であるなら、その合間に家事もしなくてはならない訳で 「ええ。一人だったら絶対パニックになってたと思うもの」 乳を飲み終え満腹になったのか。とろとろと眠り始めた赤子を布団に寝かせてティアラは頷いた。 「…本当に昔の私はバカだったわ。志体を持たずに生まれたんだから、着飾ってお金持ちか地位のある貴族に嫁げばいい。そう教えられて、自分でもそう思っていた…」 「ふん。女子供は政治の道具。よくある話ね」 (色んな問題がでてくるわねー。 ま、私も貴族の生まれだしこういうのは経験ないわけじゃないんだけど…) フレイはティアラと直接の面識は無かったが大凡の話は聞いていた。 彼女が南部辺境伯グレイスの元婚約者であり皇帝の姪であること。そして『相当』な女性であったということも。 しかし目の前のティアラは少し気は強そうだが普通の、優しい妻であり母親に見える。 『でも、本当に可愛いよね〜』 「可愛いわね」 欠伸のまま手を伸ばし眠ってしまった赤ん坊。 小さな手の平は何かを掴む様に軽く握られている。 フレイは自分の指でつん、と手の平を突いた。 「あっ」 ぎゅっと、指が小さな手に握られる。 驚くほどに強い力で。 (妹もこんな時があったのよね…) 「お金も地位も、ドレスも今はもういらない。私が願い、望むのはイヴァンとこの子と一緒に作りだす幸せな未来だけ。その為なら…」 ティアラが我が子の頭を撫でながら呟く。 と、ノックが聞こえた。 注意深くフェンリエッタの人妖ウィナフレッドがドアを開ける。 入って来たのはマックス・ボードマン(ib5426)のからくりレディ・アン。 見張りの彼女は優雅にお辞儀をし告げる。 『敵が動き出したわ。どうやらアタリをつけたこの辺とご主人の診療所に攻め込んでくるつもりのようよ』 「ありがとう。私は、外の警戒に出るから彼女と子供の護衛、お願い」 レディ・アンとウィナフレッド。そして玄人の人妖輝々は力強く頷く。 そして、フレイは明るくティアラに笑って見せた。 「それは後で考えましょ。 まずはあいつらを蹴散らしてくる。新しく生まれた命は誰のものでもないわ。それを好き勝手に利用しようなんて許せない。この子の未来は、この子が決めるんですものね」 だから… 「私達を信じて…がんばって」 そうティアラに告げるとフレイは 「さあて、行くわよ」 強く拳を握りしめ、走り出した。 敵は二手に分かれたらしい。 父親である医師イヴァンの診療所を攻める者と、彼の帰路に当たりをつける者とに。 「医師イヴァンだな?」 「…それで、どなたの具合が悪いのでしょうか?」 診療所に踏み込んだ騎士と配下数名が威圧するように問うがイヴァンは逆にそう問い返した。 「我々は主の命により姫とそのお子を迎えに参った。誘拐犯として事を荒立てられたくなければ早々にお二人を引き渡せ」 「お断りします」 一瞬の躊躇も無い返事に騎士は怒りを顕にする。 「この! 身分もない医師風情が!」 拳に握り締められた手がイヴァンに向けて放たれる。 しかしそれは 「手荒な真似は止めて頂こう」 パシンと掌に吸い込まれた。 マックスとウルシュテッド。二人がイヴァンを庇うように立ち塞がったのである。 「な、なんだ? 貴様らは!」 「見ての通りの開拓者だ」 「あんまり物騒なんで開拓者が呼ばれたんだ。事情を伺いたい」 「開拓者? …ならば手出しは無用。我々は名家より姫君を誘惑し連れ去った男から姫君と子息を連れ戻す命を賜っているのだ」 「ほう…子息」 マックスが小さく笑みを作る。二人は騎士の言葉に慄く様子は無い様だった。 ドオン! 「わあっ!」 突然背後から響いた大音量に騎士は振り返る。 気が付けば背後にいた部下がある者は気絶し、ある者は驚く様に震えていた。 「イヴァンさんとティアラさんは正式に結婚の登記を済ませています。辺境伯もご存じの事。誘拐犯という名目は成り立ちませんよ」 彼らの横を静かに歩いてくるフェンリエッタ。 彼女が使用した陰陽術 大龍符が男達を黙らせたのだと、騎士は知らない。 「この青年は町医者であるが、同時に領主付きの医師の一人でもある。そして、その子息は南部辺境伯が後見しているのだよ」 「辺境伯は名づけ親となり、才覚があるのなら城に迎え入れ養子にすることさえ検討すると言っています。貴方方は南部辺境伯を敵に回す覚悟がおありなのですか?」 マックス、フェンリエッタと続く言葉にぐっ…と騎士は淀む。 力を頼む者はそれ以上の力に太刀打ちできないのだ。 「ここは退きたまえ。それとも力に訴えるかね? 姪の式が今度は君を喰らうかもしれないが?」 「式?」 配下の部下達が今も震えて首を横に振る。 騎士はぎりりと歯噛みをすると 「行くぞ!」 侘びも挨拶も何一つ残さず去って行った。 「ふう〜」 四つのため息のみが零れ残る。 「これでとりあえず力では押せないと知っただろう。後は直接交渉の結果次第か?」 「間に合うかどうか解らんがジェレゾに行って来る」 「私はティアラさんの方に」 「私は彼の警護に残るとしよう」 やがて二人が部屋を出て行き、マックスとイヴァンが部屋に残った。 「ありがとうございました」 礼を言うイヴァンにマックスは手を軽く横に降る。 「いや、前にも言った通りこの件は一度片付けて終わりにはならない。 甚だバカバカしい話ではあるが、お子さんと共に暮らすためには代価を支払わねばならないらしく、無論代価を受け取るのは私たちではない、あなた達の親父さんだ。 今後も覚悟は必要だよ」 「はい」 『父親』の揺ぎ無い意思と返答にマックスは満足そうに頷くのであった。 診療所を狙ったのは貴族直属の者であったのだがこちらに来た連中はゴロツキに近い者であるようだ。 婦人や子供達を突き飛ばすように町を進んでくる男達は声を荒げている。 「この辺にいるのは解ってるんだ! 子供を出せ!」 その眼前、通路を塞ぐように 「まったく、薄汚れた連中だ」 「同感ね」 玄人とフレイが肩を竦め立ち塞がった。 「邪魔をする気か?」 「俺らの後ろには貴族がついてるんだぜ!」 とっておきの脅し文句にも 「それがどうしたの?」 二人は怯む様子を見せない。 「この!」 力に任せ殴りかかる男の眼前で シュン! 風を切る音がした。と同時に響く呼子笛の音。 「な、何!?!」 足元を見ると地面に矢で靴が縫い付けられている。 「うわっ! 一体どこから!?」 上空から見守る早矢の一矢であることを男達は知らない。 けれど自分達が狙われている、という恐怖に一瞬止まった動きをフレイと玄人は見逃したりしなかった。素手で二人の男の腕を掴み、足を払い地面に叩きつける。 加減されたと解る攻撃。倒れた男は身を震わせた。 「お、お前達!」 「志体持ちかもまだ分からない子供を連れて行って何か得する事はあるのか?」 男を見下ろしながら玄人が告げる。その姿に自分達よりも格上の何かを感じて男達は押し黙った。 「志体持ちじゃなかったとしても教育の為に連れて行く以上、独り立ちする日まで教育する義務があるはず。 身内とはいえ、産みの親から引き離しておいて途中で放り出すなんて許されると思うか? もし、許されると思うなら家の評判を自分で窄める結果になっても文句は言えないぞ」 「そう。それに覚えておきなさい。あたし達がいる限り何度来たって同じだよ」 「そうやな」 フレイの言葉にうんうんと頷いたのはジルベールである。 「皆もそう思うやろ?」 ジルベールは二人が正面で敵を引き付け、早矢が攻撃をする間に男達の退路を完全に絶っていた。 その言葉に応じるようにいくつもの声が重なる。 「赤ん坊を攫うなんて不可能やって分かったやろ? 一日中皆が監視してるんやからな」 「えっ?」 男達は周囲を見回し気が付いた。 既に多くの住民達に取り囲まれている事を。 「配下を追い払うので協力を」とジルベールが頼み、集めた住人達だ。 「迫力たっぷりで頼むな」の言葉通り全員が男達を強い眼差しで睨みつけている。 ピン! 「わっ!」 男の手元に矢が飛び抜かれた剣を弾く。 「下町全部を敵に回して、それでもまだやる?」 フレイの言葉に男達は顔を背けると、 「くそっ!」 後ろも見ずに逃げていく。 「おとといきやがれ!」「貴族なんか怖くねえからな!」 「奥さん達は渡さねえぞ!」 その時、人々の声にティアラは声を殺し、泣いていた。 彼女の素直な涙を見たのは部屋に残った相棒達だけ、だったけれど。 ●交渉 「取引をしませんか?」 ジェレゾのとある貴族の館。 流陰は館の主にそう告げる。 「取引!? 皇家と縁続きの我が一族に向かって偉そうな口を!」 彼は怒鳴るが悠然と佇む開拓者達は気にする様子も無い。 「皇家と縁続きと言っても皇妃であった貴方の姉君は既にお亡くなりになって残された皇女様は身体がお弱く静かな暮しをお望み。 皇妃輩出の家系と言う名だけではもう栄達は望めぬと、貴方自身お判りの筈では?」 「このっ…!」 男の声がくぐもる。騎士の証アーマー 人狼「改」エスポワールを所持し加え辺境伯の紹介を受けてきた開拓者に彼は反論できない。 「息子の成功だけでは満足いきませんか? いっそ本音を話しては?」 「本音、だと?」 ニクスは真っ直ぐ男を見る。 「貴方の望みはなんですか? 志体持ちの子供が欲しい。それは手段にしか過ぎない。願うのはその先…。姉君のように皆に敬われ愛されるご自分。違いますか?」 「黙れ!」 怒鳴る男をニクスは哀れだと思った。 姉の威光以外に寄るべきもののない哀れな貴族。 「あの家族は多くの人に守られています。町の住民、辺境伯の庇護も受けていますし、勿論、我々も。その手をかいくぐり子供を連れてくるのは一筋縄ではいきません。 そして苦労して連れてきても志体があるとは限らない。むしろ無い可能性の方が高い」 「無理をすれば風評が広がる。その風評が都に伝われば…どうなるかはわかるはずだ」 「それは…脅迫か?」 「いや、単なる世間話だ」 ニクスは肩を竦め流陰を見た。頷いて流陰は告げる。 「だから、取引、です。 これ以上ティアラさん達に手を出さずそっとして頂けるなら、生まれた子供が望む時、出世する機会を用意する、という。 辺境伯の言質も得ています。 志体の有無に関わらず、ある年齢になったら辺境伯の元で働かせる。優秀であれば重用し、さらには中央への推挙もする。中央へ行くならば、この家の家名を名乗らせる用意があると。 これはあくまで本人が望むなら、ですが。 ティアラさんの子供ですから本人の望まぬ道を強要してもまた彼女のように離れてしまいますよ」 流陰は静かに続けた。 「そちらは何もしないだけで良い。その子が優秀なら家名を上げられ、そうでないなら何も影響されない。 それとも『賭け』を続けますか? 住民と辺境伯と開拓者を相手にし、二度と手の届かない所へ行くかもしれないリスクを冒してまで」 「最悪の時は後ろ盾を放棄し一家で天儀へ渡る覚悟もある。と彼女は言っていた。そうなったらそれこそ家名の危機だな」 これこそ脅しだがウルシュテッドの提案にそうしてでも子供を守るとティアラが答えたのは事実だ。 「ここは穏便に行こう。彼の成長を待ち、後見し大人になった時貴方を頼るようにね。 それこそ腕の見せ所だろう?」 「最終的に決断するのは貴方ですが、一家を望まない未来に巻き込む事は誰も許しはしないとだけは言っておきます。それから…」 やがて二人は一礼し退室した。男は引き留めなかった。 それは 「最後に、これは個人的な質問ですが… 貴方も娘も孫も、皆で心から笑って生きられたらって…そう思ったことはないですか? もし少しでも夢見たことがあるなら、なぜ今それが叶わないのか、考えてみて下さい」 (流陰の言葉を噛みしめていたからかもな…) 振り返りニクスは思ったという。 ●未来へ その後、ジルベリア各地でこんな噂が人々の話題となった。 『とある領主家に思う所ある者が、その領主付きの医者の子供を誘拐しようと企んでるらしい。子供を盾に取って医者を脅し、誤った診断をさせて領主を害そうとしている』 「うん、いい感じで広がってるみたいだ。ご苦労さん。プラティン。これで親子にはうかつに手を出せない筈」 相棒の翔馬と共にジルベリア各地を回り噂を広めたクロウはジルベリア風の装束を脱ぐと労う様にその背を撫でた。 噂はリーガで人々の裏付けを得てさらに広がる。 『犯人は貴族らしい。有能さに嫉妬して足を引っ張ってるんだ』 『貴族の娘と平民の身分違いの恋。それを邪魔する父親』 下町の人々の目と、開拓者の護衛。辺境伯の後見に加え噂にも守られた親子に手を出すのは、流石に貴族の威光あっても不利だと悟ったのか。 男達は下町から姿を消し、ティアラ達は家に戻れるようになった。 「ありがとう。貴方達のおかげよ」 そう言うとティアラは開拓者達を茶と菓子で労ってくれた。 礼は手作りのプリャニキで、形はともかく味は悪くなかった。 一日ごとに変わる赤ん坊を見ながらの茶は、本当に悪くないと思えたのである。 リーガの港で忙しく指示を与えるグレイスはふと、空を見上げ飛ぶ鳥に気付いた。 そして自嘲するような笑みを浮かべる。 「私は、本当にどうしようもありませんね」 『もう一度聞かせて。自治区の『象徴』を』 フェンリエッタの『問い』にグレイスはほぼ同じ言葉で答えた。 自由と、冒険者。そして自分の我が儘…。 すると彼女から帰って来たのは一発の拳骨であったのだ。 「遅くなってごめんなさい。後悔してるの、もっと早くこうするべきだった」 微笑して彼女は言った。 「ティアラさんの赤ちゃんが気付かせてくれたわ。 私達の過ち…身勝手さを。 私は嫌われるのが怖くて遠慮してた。貴方は人を愛する資格がないのではない、己だけを愛してる。 昔も今もこの先も…そんな貴方ならこちらから願い下げ」 結局、今も昔も自分の事しか考えていなかったと自分の愚かさをまた思い知らされた。 「幼稚な自己愛」 そうも言われたが事実だから反論もできない。 けれど自分を恥じて逃げているばかりでは先に進めない。 決意と共に空を見る。 これからを生きる子らの未来の為の計画だと心から言えるように。 彼らを真に導けるように、まずは自分が変わらなければならないと。 報告に来たウルシュテッドにも告げた通り。 「私は南部辺境伯。その名に恥じない者としてこの地のみならず、未来に続く人々を守り導ける者を目指します」 と心に誓って。 「ルーウェン?」 問い返す流陰にうん、と人妖瑠々那は頷く。 『赤ちゃんの名前。そうしたいって彼女が』 辺境伯が名付け子として後見をすると決まったティアラの息子。だがグレイスは、両親の選んだ名が一番だと名づけそのものは両親に託したのだと聞いた。 『考えてたの。女ならリエッタ。男ならルーウェンかなって』 『もし嫌だったら考えるけどできれば、って。…皆に本当に感謝してる。いつかるーくんにも赤ちゃん、だっこして欲しいってこれも伝言』 「そうですか…」 彼はそう静かに答え目を閉じた。 小さな子供の大きな未来。 それは今、多くの人に守られ本人の手の中へと戻ってきた。 |