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■オープニング本文 【このシナリオは陰陽寮 朱雀新二年生+予備生シナリオです】 陰陽寮朱雀の新二年生達はある日、ある場所を二年生担当講師西浦 三郎の後について歩いていた。 予備生と桃音は置いてくるようにという指示。 だから、ここを歩いているのは二年生のみ、である。 朱雀寮の一年生にはけっこう立ち入り禁止の場所が多かった。 特に図書室なども一般閲覧可の場所しか入れなかったのだ。 二年生に進級して最初の授業の日。 彼らは自分達が朱雀寮のほんの一部しか知らなかったのだな、と思いながらどんどん先に進んでいく三郎を見失わないように追いかけていった。 主殿を通り過ぎ、倉庫などのさらに奥。 やがて三郎は一つの建物の前で足を止めた。 「蔵?」 それは石造りの割とよく見るタイプの蔵のようだ。 だが、注意してみればここが普通の蔵でないことは簡単に解る。 礎石は深く埋められ、石壁もかなり厚い。窓は一つもなく、扉は三重。鍵も一つや二つではなく備えられている。 鍵を慎重に開いた三郎は二年生達の方を振り向き 「中に入れ。全員が入ったら最後の者はすぐに扉を閉めろ。暗いから足元には気を付けろよ」 そう言うと重い鉄製の扉を手で押して中に入っていった。 三郎の後に続き、中に入った寮生達は 「!」 そこで言葉を失う。 中は真っ暗で、灯は三郎の持つランタンの灯りのみ。 だが、その薄暗がりでも解る。闇の中に浮かぶ影。 「ここは‥‥牢?」 固い格子戸、閉ざされた扉。時折漏れ聞こえる怨嗟の声。 無論、人のそれではない。 「そうだ。ここはアヤカシ牢。陰陽術の実験、訓練の為のアヤカシを捕えておく特別な場所だ」 静かに告げる三郎。 「ここは一年時は立ち入り禁止。場所を教えることも禁止されている。ここでの実験ができるのは二年生の中でも一部の者と三年生、教職員だけだ。 本来なら、二年生に教えるのももう少し先の話なんだが…、今年度はいろいろと事情があるからな。 勿論、ここの存在を基本的に陰陽寮以外の人間は知ることはない。教えることも禁止。 理由は解っているだろう?」 勿論解っている。しかし…聞えてくる怨嗟の声。漂う腐臭は頭で理解している事を素直に心に理解させてはくれなかった。 言葉も出ない彼らの返事も待たず三郎は続ける。 「ここにいるアヤカシは、寮生達や教職員が捕えてきたモノが殆どだ。 術の開発や瘴気の確保などに利用される。アヤカシの生態調査や相関図の把握などにも利用される。捕えていても餌を与える訳ではないから長くても数週間程度で瘴気に返す。要は処分するってことだがな」 見れば一体一体にそれほどレベルの高いモノはいない。 化け猫、剣狼、子鬼、豚鬼、いいところ火兎や幽霊、食屍鬼くらいまでだ。 彼らは人の気配を感じたのだろうか。 寮生達がここに入った時から同じ目で彼らを見つめている。 怨み、憎しみ…怒り、呪い…。 「目を逸らすなよ」 静かに、だがいつになく強く厳しい声で三郎は二年生たちに告げた。 「目を逸らしたり、酷いと思ったり、万が一にもアヤカシがかわいそうなんて思うなら朱雀寮だけじゃない、陰陽寮を出ろ。我々が今使っている術も、符も、道具も…全て、先達がアヤカシとの戦いの中、命がけで作りだし、会得し、残して行ったものだ。陰陽寮の寮生はそれを正しく学び、身に着け次代に繋いでいく義務がある。その為に、ここは必要な場所だ。アヤカシを使って研究が行われ、実験が行使され、いくつもの道具や、術が生まれ、知識が伝えられていく。 全ては大切な者の未来を守る為に。だから、覚悟のない奴は陰陽寮にはいられない」 二年生達は三郎の言葉をどこか遠くに聞きながら目の前に広がる闇を、陰陽師の闇を…ただ黙って見つめていた。 その後、二年生を外に促して後、三郎は牢にしっかり鍵をかける。 「さて、本来であるならこの牢を見せた後の二年生に与える課題は一つ。 この牢に入れるアヤカシの捕獲なんだが…さっきも言った通り、今回は少しばかり事情が違うからな」 「事情…てすか?」 少し困ったような顔をして肩を竦めた三郎は二年生の呟きにああ、と頷く。 「予備生達。特に…桃音だ」 二年生達はその瞬間、三郎の言う「事情」を理解した。 今年度は事情から新一年生の募集がなく、就学を希望した一名と保護された元生成姫の子 桃音が予備生として一年生としての待遇を受けている。 二人の予備生は二年生と授業を共にすることになっているのだが…。 「桃音は現在はっきりと居場所が確認されている数少ない『生成姫の子』だ。 そして唯一に近い形で全てを知った上でアヤカシと決別し、自ら人としての道を選んだ子でもある。 だが…それでも、彼女には全面的な自由は与えられない。 現時点でも陰陽寮から一人で外に出ることは禁止だし基本的に開拓者と関係者以外に生成姫の子が生き残っていると知られるのも拙い。勿論、外で保護されているという未洗脳の子供達との接触も厳禁だ」 最近、生成姫の子を取り巻く流れにも変化があると聞く。 万が一にも桃音が逃げた、他所で害を及ぼした等あればその責任は朱雀寮が追う事になる。 つまりは…。 息を呑みこむ寮生達に三郎は続ける。 「陰陽寮朱雀二年生の今回の実習はアヤカシの捕縛。期間は一週間。 場所は五行西域の魔の森近隣でアヤカシを捕獲すること。 数は自由。捕獲するアヤカシの選択も自由。だが数を多く捕えれば得点が上がる、という訳ではない。 また、中級以上のアヤカシの捕獲に挑むことは禁止。 捕獲の方法は自分達で考え実行すること。 通常の檻、箱、縄、袋の類であれば用具委員に届け出の上、持ち出し、使用は可だ。 注意点として捕えたアヤカシを陰陽寮に運ぶまでの間に一般人に不安や危害を与えることは許されない。 そして絶対事項として他者に陰陽寮が実験にアヤカシを捕獲していると知らせることは禁止だ。 ただ…桃音を含む予備生にアヤカシ牢の事を話すかどうかは、今年に限り二年生に一任する」 寮生達は顔を見合わせた。 「万が一の事など起きないと信じているし、起きたとしてもその責任をお前達になすりつけるような事はしない。だが、桃音と一番近くにいるのはお前達だ。 桃音を一番よく知っているのも卒業した連中を除けばお前達だからな。いつかは知らせなければならない事でもある。これから一緒に進んでいく者としてどうするべきか、考え決めてくれ」 実習そのものは予備生が同行しても 「アヤカシを捕える実習」 と理由付けることはできるだろう。 だが、その先。真実を、陰陽師の闇を…歩き始めたばかりの彼らに知らせるべきか否か。 二年生となり、初めての後輩を迎えた彼らは「先輩」としての最初の試練を迎えることになる。 |
■参加者一覧
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352)
15歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222)
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964)
17歳・男・陰
ユイス(ib9655)
13歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●実習前 振り返って鍵を閉めるとそこは普通の蔵に見える。 横や隣にある倉庫とまったく同じだ。おそらく意図してそう作ってあるのだと思う。 けれど、他の建物とはもう違って見えるのは何故だろう。 寮生達はそれぞれの思いを持って建物を振り返っていた。 「下らん」 吐き捨てるように言った雲母(ia6295)の言葉に沈黙していた朱雀寮二年寮生達はハッとした顔で視線を送る。 「敵を倒すのに敵を知るのは普通だろ、牢屋にぶちこんだところで空腹になるだけで死なないんだ、実験としちゃ捕まえるのが大変なだけだろ」 「まあ…確かにそうなんだけどね…」 肩を竦めてユイス(ib9655)は苦笑した。そして彼女と仲間達を見る。 「…あんなのに感情の一つも沸くわけ無いだろ、馬鹿か。下らんこと考えるのならあいつらの頭に銃弾でも食らわせておけ」 彼女の言葉は真実でもある。だがまったくぶれのない雲母と違い他の寮生達はそれぞれ考えるものがあるようだった。 「…うち、ちょっとセンセに聞きたいことがあるよって。出発までにはちゃんと準備して行くから後でな!」 「あ…」 駆け出していく雅楽川 陽向(ib3352)に微かに手を伸ばした比良坂 魅緒(ib7222)であったが、友を呼び止めることなくその手をぎゅっと握り込んだ。 (…なんだろう、この気持ちは…) もやもやと口にできない思いが暗雲のように魅緒の胸の中に広がって行く。 (アヤカシが可哀想などとは思わぬ。奴らは自然の生物でない事など幼少の頃より知っている。 …わかっている筈なのに…何故胸がざわつく…?) いくら悩んでも答えの出ないことであると勿論、魅緒は解っていた。 けれども、だからこそ考えてしまうのだ。何故、自分はこんな思いになっているのか。 何故、悩んでしまうのか…。 (きっとここに来る前にこれを見ていたらこんな気持ちにはならなんだろう…。ちゃんと割り切れていた筈じゃ。妾は…弱くなったのか?) 「ま、それは置いておくとして今回大事なのは桃音に伝えるか、だろう? 桃音の同行は必須、なんだからな」 惑い、悩む仲間達を見ながら羅刹 祐里(ib7964)が問う。 彼の表情も晴れ晴れとしている、という訳ではないが気持ちを切り替えているようだ。 「俺の思いを言っておくなら、二年生では無い桃音にアヤカシ牢の事は伝えない。 とはいえ、教えなければ成らなくなった場合は、教える」 はっきりとした祐里の答えに 「陽向の意見が解らぬがな…。 今回は桃音達には…これを話すのは保留にしておこう 桃音にはまだ早い…と思っているのではない。今これを話す事が妾にとって「楽になろうとしている」事ではないと胸を張っては言えぬからじゃ」 噛みしめるように魅緒が頷く。 「伝えるのはいつでもできる。まずは…妾達自身がこの件を受け止めよう。 そして桃音に話すべきか、彼女にも受け止める力があるかを妾達自身が判断する…。 その意味で今回は様子見とするということではどうじゃ?」 「うん、その方針でいいんじゃないかな。一人でも反対の人がいるなら話すべきじゃないと思うから」 「桃音の道だ。桃音に判断させるのが一番だろう?」 雲母から零れた言葉にユイスは小さく微笑む。 「そうだね。だから雲母君にはその辺の見極めを頼むよ。彼女がどうありたいと思うのか、聞き出して貰えると嬉しいかな。 ただ今回は伝えない。彼女が受け止められそうなら遠くないうちに話す。それは、徹底してほしい」 軽く視線を逸らした雲母の表情をとりあえず肯定と受け取ってユイスは顔を上げる。 「それじゃあ、準備をしよう。今回は用意しておく物も多いだろうからね」 明るく、いつものように仲間達に微笑みながら一度だけ、振り返る。 (…アヤカシ牢…か。僕はどこか壊れているのかな?) 仲間達には決して見せることのない、氷のような眼差しで牢を見つめながら。 ●二年生 初めての実戦 課題の実習場所に指定されたのは五行 西域のある森。 西域の顔役には朱雀寮の実習として話が通っているらしいが、普通の村や人はそうもいかないだろう。 用意してきた機材などを確認しながら慎重に寮生達は準備を整えた。 「雲母、嬉しそうだな…」 「何が言いたい?」 「いや、何を捕まえるのか興味を持っただけさ」 マスケット銃の手入れをする雲母に肩を軽く上げて祐里は陽向と魅緒、そしてそれを手伝う桃音を見た。 「今回はアヤカシを捕まえるの?」 「そうや。檻に入れて運んだり、樽に入れたりして連れて行く予定やねん」 「ふ〜ん」 「捕まえるのは皆でやるから桃音さんはうちと一緒に支援頼むな」 「解った」 思うところがあるのか、無いのか。 桃音は作業を黙って見つめ頷く。 そんな桃音を陽向はいつもと変わらぬ明るい笑顔で見つめると頭を撫でた。 「な、なあに?」 「なんでもない。ちょっとなでなでしとなっただけやで」 「…のっけから厳しい課題じゃ。しかし大口を叩いた以上、負けはせぬぞ」 魅緒も陽向にも迷いは見えない。 「ユイス。捕える敵は一般的な鬼系…でいいんだよな」 「うん。でも他に眼突鴉も捕えたいな。式とアヤカシの違いを研究するのにいいんじゃないかと思うんだ。いたら、でいいけど」 「了解。いないかどうか気にしとく」 互いに行動方針や、隊列、役割分担を確認する。 そして、用意が整ったと思った所で 「ユイスさん」 陽向がユイスを見て声をかけた。これが二年生にとって初めての課題。 号令をかけるのは二年生主席の役割ということだろう。 ユイスは頷くと大きく息を吸い、吐き出した。そして仲間に告げる。 「皆で成功させよう。作戦開始!」 そうして彼らは初めての課題に向かって行った。 ●アヤカシ捕獲作戦 西域は五行全体でもアヤカシの出現率が多い場所だと聞いている。 その通りに、彼らは作戦開始から時間をかけないうちに目標を発見することができた。 「右奥の方に小鬼の群れがいる。10匹に満たない群れだが赤小鬼が一匹いて指揮しているようだ」 「了解。回り込んで挟み撃ちにしよう」 「こっちから大龍符で脅しをかけて向こうに誘導しよう。雲母は敵を逃がさないように援護を頼む」 「桃音さんは零れた敵がいたら呪縛符かけてな。タイミングは任せるよって」 「解った」 声を掛けながら寮生達は慎重に敵に向かっていく。 本来なら小鬼程度の敵は一年間を過ごした陰陽寮生にとって強敵では無い。 しかし卒業した三年生より人数も少なく、また前線に立ち直接戦闘を行う積極的な壁役のいない現状のチームでは格下の相手だろうと慎重な作戦が必要だと彼らは認識していた。 (いざとなったら僕かな…) ユイスは剣を帯びているがあくまで副兵装だ。下手をしたら元シノビである桃音の方が高い威力を叩き出せる可能性もあるが、彼女に武器をとらせたくはなかった。 『キキーッ!』 甲高い声がそんなことを考えているうちに迫ってくる。ユイスは前に意識を向けた。 祐里が放った大龍符がバチバチと火花に似たものを放って小鬼達の背後に迫っている。 必死に逃げてくる彼等に向けて 「人間ってのは害のあるものは何でも排除したがる性質なんだよ」 バン! バンバンバン! 呟き声と共に銃声が響いた。狙い違わず表情も変えずに放たれた雲母のマスケット銃が最奥の赤小鬼の手と足に当たる。 『ギギャアア!!』 悲鳴をあげた指揮官を、助けに行こうと言う意識など小鬼達は当然持ち合わせてはいない。 余計に逃亡の足を速める小鬼達は、だから気が付かなかったのだろう。 自分達の足が思う様に動かないことも、身体が痺れるように鈍っていることも。 「蠱毒が効いてきてる。続けて呪縛符で動きを封じて捕獲!」 「了解や!」 陽向は桃音を後ろに残し前に出る。一匹が武器を構え仕掛けてくるが構えた符。死霊符「告死鳥」から放たれた錆壊符。 スライムのような式がその身体と武器に纏わりつく。 「悪いけど、逃がさへんで」 相手が武器の切れ味も動きも鈍い小鬼であれば、捕えるのは子供と相撲を取る様なもの。 足を払い、地面に倒すとロープで手足を縛りあげる。 「こっち、一匹捕まえたで! そっちはどうや?」 「こちらも二匹捕まえた」 「雲母君の赤小鬼と合わせて7匹か。小鬼はこれくらいでいいかもね…」 捕えた小鬼以外の敵を殲滅させて後、ユイスは、ふっと空を見た。 こちらを窺うように空の上、怪しく様子を見ている雀の群れがいる。 森の中の、しかも戦場にそう雀がいる訳は無い。 チッチ、チチチと鳴く様子はまるでリズムをとって舌を打っているようで… 「あれは、夜雀? もしかしたら敵を呼んでいるのかも!」 敵は空の上。 数匹は雲母が狙い撃つが、数が多い。 「逃がすのは拙いぞ!」 祐里が声を上げかけた時 「任せとき!」 陽向が片目を閉じた。 「先輩たちが残してくれた陰陽術の威力、見せたる」 「雷獣…発動や!」 地表から、空に向けて一直線に放たれた雷の鵺は夜雀の群れの間を奔る。 ボトボトボトと、声も無く、音もなく雀たちは落ちて麻痺した身体を揺らす。 「やった! 大成功。痺れて動けんうちにさっさと捕まえるで!」 「桃音君も、手伝ってくれるかな」 「…うん」 布袋の中に雀を拾って詰める寮生達はそれを手伝いながらも、考えるような桃音の視線を、強くしっかりと感じていた。 ●アヤカシ牢の意味 それからも捜索と戦闘を重ね、最終的に寮生達は小鬼と豚鬼などを10数匹。 夜雀数羽とそれらに呼び寄せられたらしい眼突鴉と怪鳥一羽ずつを捕えることに成功した。 夜雀は袋に入れて樽へ。鳥は網をかけて箱などに。鬼達も多くは樽に押し込められた。周囲に酒樽を置いてカモフラージュする。 棺桶も用意したが今回は使わなくてもいいかもしれないと荷物の片隅へと隠す。 「ねえ…このアヤカシ達、どうするの?」 戦闘を終えて運搬用のカモフラージュをしていた寮生達に桃音がふと、問う。 「桃音、ずるいかも知れないが教えられないんだ…」 その問いを予想していなかった訳では無い。 無いがやはり直ぐには答えられない。 暫くの沈黙が流れた後、祐里が静かにそう告げた。 「桃音。お前はどう思う?」 煙管を玩びながら雲母が逆に問う。 「お前はどうしたい? どうありたいんだ?」 アヤカシの事だけを問うている訳では無い、と理解できる桃音だからこその問いに、桃音は暫く考えて後、答える。 「あのね。私、今もアヤカシって嫌いじゃないの。おかあさまのことも、今も大切で大好きよ」 「そうか…」 「うん。でも、おかあさまも、透兄様もいないアヤカシの世よりも、こっちの世界の方が好き。 楽しいし、何より皆がいるから。皆が大事だから…」 そう言って微笑む桃音に雲母はもう一度、そうか。と答えた。 「だから、私は皆と一緒にいる為に陰陽師になるの。皆とこっちの世界にいる為に必要ならアヤカシと戦うし、捕えろって言うなら捕まえもするの」 積み込まれたアヤカシを見て桃音は静かに言う。 「皆がそうするなら、それは必要な事なのでしょう? だから、私は今はもう何も聞かない。聞いていい事なら、いつか教えて…」 「うん、桃音ちゃんにはいつか話す。必ず…だから今暫くは僕らを信じて欲しい」 ユイスの微笑みに桃音は頷く。 それを見て陽向は 「そんじゃ、帰ろうか。うちらの陰陽寮に」 仲間達に明るく笑って告げたのだった。 陰陽寮に帰還し、寮長に課題の報告に向かったユイスは 「全員で無事帰還。アヤカシも捕獲成功、ですか。カモフラージュと運搬も成功したようですね。ご苦労様でした。今回の課題は合格とします」 寮長のその言葉に 「ありがとうございます」 と頭を下げた。 そして…顔を上げて後、 「寮長、ご相談したいことがあります」 そう言って寮長の顔を見たのだった。 「なんでしょう?」 迷い顔で…ユイスは告げる。 「アヤカシ牢の事です。…牢を初めて見た時、正直、言う程の感慨はありませんでした…」 牢へと案内され捕えられたアヤカシを見た時、ユイスは心を動かされなかった自分自身に驚いた。 「アヤカシとはいえ意思があります。 そういったモノが捕らえられてああいう扱いを受けているなら何か思う所があるのが正しいと思います。 その上でそれを圧し殺せるのが陰陽師として正しい姿なのでしょう。でも…ボクは何も感じない」 ユイスは手を握り締める。 「故郷を追われる原因となったアヤカシに対しては憎悪しか覚えない。 ボクは歪んでいるでしょうか?」 「そうかもしれませんね。でも、歪んでいて何か悪いのですか?」 ふわりと、まるで毛布のように暖かい寮長の言葉がユイスを包む。 「アヤカシの根源たる瘴気を操り、術となす陰陽師。 故に正しい心と精神が必要であり、それを育てると言うのが陰陽寮朱雀の基本理念でもあります。 しかしこの朱雀寮という畑に撒かれ育つ種子は皆、同じではありません。 大きな粒、小さい粒、中には変わった粒もあるでしょう。 けれど種が育とうと言う強い意思を持ち、伸びようとするのなら種は必ず健やかに育ち、実をつけます。 多少歪んで形が悪かったとしても、健康に育った木である以上その味に私は何の変わりも無いと思うのですよ」 立ち上がり寮長はユイスの肩に優しく手を置く。 「自分を否定してはいけません。 自分が歪んでいると思ったとしても、その歪みも自分自身だと思って受け入れて、愛し育てて下さい。 大丈夫。貴方は健やかに育っています。それは私が保証しますよ」 柔らかい笑みと言葉にユイスは照れた様に笑い、そして 「はい!」 寮長を見つめ元気に返事をした。 「それに陰陽師は別に歪みなど気にする必要は無いですよ。むしろその方が大物になれるかもしれませんよ。現に五行など王自体がそうでしょう?」 「え? そんな事言っていいんですか?」 「いいのですよ。歪んでいようと変わっていようと、王は我らが敬愛する王なのですから」 「寮長も?」 「勿論です。知りませんでしたか?」 楽しげな話は潜められることなく笑い声と共に廊下まで響いていた。 「陽向」 「魅緒さん、こっちや」 友を探していた魅緒はアヤカシ牢の裏手から聞こえる声に足を向けた。 「ここはなんだ?」 小さな塚の前で祈るように目を閉じていた陽向は、何でもないと首を振る。 『アヤカシを処分して残った遺品を焼いた後奉る塚だ』 不死系アヤカシの処分後残るものはどうなるのか? 哀れな犠牲者である彼らの遺品を打ち捨てるようなら陰陽寮にはいられない。 詰め寄って問うた陽向に三郎は、ここを教えてくれた。 (人に色々な事を教え、考えさせてくれる。それがアヤカシ牢の意味なんやろな) 「まあよい。行くぞ。陽向。次回までに桃音への返答を決めようぞ。保留という結果が逃げにならぬようにな」 「そやね」 微笑んだ陽向は魅緒と歩き出す。 アヤカシ牢に背を向けて。 前へと進む道を…。 |