【朱雀】卒業の誓い
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/16 22:10



■開拓者活動絵巻

■オープニング本文

【このシナリオは陰陽寮朱雀 三年生優先シナリオです】

 陰陽寮に朝の眩しい光が降り注ぐ頃。

 昨日まで、何も無かった講堂は、今は紅白の布に飾られている。
 並べられた椅子と壇上の演台、完成した式場を見つめ…
「いよいよ…ですね」
 朱雀寮長 各務 紫郎は噛みしめるように呟いた。

 陰陽四寮は国営の教育施設である。
 五行国における陰陽師育成の最高学府であり、その就学期間は三年。
 三年の間に彼らはここで、陰陽師としての高度な知識と技術を身に着け、世に羽ばたいて行くのだ。
 陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多い。
 一方で厳しい規律と授業、難しい入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られており、卒業できる者はもっと限られていた。
 今から、三年半前の六月。
 この陰陽寮朱雀の入寮試験を受け、入寮を許されたものは一般生を含め30名前後いた。
 しかし、その殆どが様々な事情から学び舎を後にし、二年生に進級できたのは僅か十一人であった。
 残った彼らは一人残らず優秀であった。
 稀なる逸材揃いであったと紫郎は思う。
 日々の授業、毎月の課題実習に誠実に参加し、幾度となく与えられた難しい課題をこなして行った。
 陰陽師育成というその課題の中にはアヤカシと対することが多く、危険を伴うものも少なくは無い。
 しかし、彼らは一致団結してそれらの課題を乗り越えてきた。
 目を閉じる紫郎の前に思い出が走馬灯のように流れていく。

 色々な事が、あった。
 本当にいろいろな事があった三年半であった。
 入寮した直後に下級とはいえ吸血鬼と…それも陰陽師に憑依された相手と戦わせてしまった。
 未知の大陸が発見され、その調査を課題とした時もあった。
 戦乱に巻き込まれた他国の民を救出に向かった事もある。
 そして、五行国の存亡をかけた大アヤカシとの戦闘…。
(…あの時は彼等に辛い思いをさせてしまいましたね)
 だが、打ちのめされそうな現実にも彼等は常に前を向き、苦しみ、悩み、もがきながらも最善の道を探し、進んできたのだ。
 そして、今日、卒業の日を迎える。
 紫郎にとっても、感慨はひとしおである。

 あと、数刻もしないうちにこの講堂の左右には来賓が並ぶ。
 そして中央には卒業生達が入場する。
 そして壇上には五行王、架茂天禅が立ち、彼等に卒業の証書を手渡すだろう。
 証書を手にして後、一人一人が壇上で、胸に付けた朱花に手を置き、誓いの言葉を述べるのが朱雀寮の卒業式の習わしである。
 それは…己に対する約束の言葉であると言ってもいい。
 入寮試験の時、彼らに問うた質問がある。
「この陰陽寮で何を為したいか、何を得たいか」
 ここでの誓いはそれに繋がるもの。
 陰陽師として目指す道と志を、己と王と仲間の前で学び舎に誓うのだ。
 元、寮生としてもそして、朱雀寮長としても朱雀寮の卒業生の中でここで為された誓いを破った者を紫郎は知らない。

『…ここで学んで得た知識と力は自分の為に非ず。
 我が大事なものを守るためにその身命をかけて知識と力を行使し、行動する事を誓う』

 思えば、裏切り者と呼ばれた彼ですら、朱雀寮に残した誓いを穢し破ることはしなかった。
 彼等は、どんな思いで式に臨み、どんな思いで誓いを立てるのだろうか。
 それは紫郎にも解らない。昨日の予行練習でもそれは当日までの秘事として語らせることは無かったからだ。
 だが、確信はしていた。
 彼らの誓いも決して破られる事は無いと。


 式場に背を向け、紫郎は自分のあるべき場所に戻る。

 間もなく、年に数度しか鳴ることのない朱雀の鐘が鳴る。
 その時を最後に自分の生徒ではなくなる彼らが待っているのだから。

 そして、朱雀寮長 各務 紫郎は集まった朱雀寮三年生達に向けて手を伸ばす。
「用意はできましたか? さあ、行きましょう」
 と。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●今日という日
 その日は朝から雲一つない快晴の日となった。
 天が今日という日を祝福しているかのように眩しい光が降り注いでいる。
 真冬の晴天。空気は刺すように冷たいが…
「このぴりっと刺すような寒さが、身も心も引き締めてくれる気がする。
 うん、卒業にはもってこいの日、だね」
 空を見上げて俳沢折々(ia0401)は目を細めながら呟いた。
 あと、数刻もすれば卒業式が始まる。
 どうやら仲間達の多くは、もう既に寮に来ているようだ。
「いよいよ最後だから、ぐっとこみ上げるものがあるかと思ったけど……。
 特にそんなことはなかったなあ。…もうちょっとしたら気持ちも変わるのかな」
 そんな事を思いながら折々は、近くの椅子に腰を下ろし冴えた空気の中、そっと目を閉じた。

「さて、図書委員としての最後のお仕事をしましょうか?」
 アッピン(ib0840)は図書室をぐるり見回すと箒と雑巾を手に取った。
 卒業式前。
 服が汚れないように気を付けているが、最後にどうしてもここにきてやっておきたかったのだ。
 書架の整理と掃除。
 この部屋と朱雀寮への感謝の気持ちを込めて、アッピンは棚を、机を、丁寧に拭いて行く。
「沢山の想いと思い出が詰まっています。たくさんのありがとうがあふれてきます…ね」
 …ふと、アッピンの手が止まった。
「…いけませんね。本に湿気は禁物です」
 そして彼女は懐から封筒を取り出すと
「…楽しい事だけ残していきましょう。次に続く人達の為に…」
 小さく、優しく微笑むのだった。

 今日という日。
 朱雀寮での最後の日の思い出を委員会室に残して行きたいと思っているのはきっと自分だけではないだろうと玉櫛・静音(ia0872)は考える。
 さっき薬草園に人影を見かけた。食堂にも、用具倉庫にも図書室にも。
 それぞれが、それぞれにきっと同じ思いで大事な時を過ごしているのだろう。
 資料を整え、薬草を確認し、部屋の中を丁寧に掃除した静音は部屋を出る直前に振り返った。手の中には保健委員長として預けられていた鍵。この鍵を使うのもこれが最後だ。
「…ありがとうございました」
 深く、深く一礼をする。
 感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。ここで世話になったもの、時間、そして人。
 全てにお礼を言いたい気持ちである。
 こみ上げるものを押さえて静音は顔を上げると背筋を伸ばして部屋を出、廊下から鍵を閉める。
(…先輩もこんな気持ちだったのでしょうか…)
 そして言葉にならない思いを胸に、鍵を返す為、歩いていった。

 今日は肥料の様子と温度管理などを簡単にと最初から決めていた。
 余程の事がない限り手は加えない。けれど、気が付いてみればいろいろ目についた事があって、瀬崎 静乃(ia4468)は仕事に没頭していた。
 汚れたエプロンと手袋を外し温室の窓で髪の毛や衣服の乱れを一通り調べて身なりを整えて、ふと、空を見た。
(…まだ時間はありそうだから)
静乃は、園内をゆっくり廻る。
 薬草園は三年半の寮生活の中で、三本の指に入る位に長い時間を過ごした場所である。
(一年の頃は、どこに何の薬草が育てられているのか解らなかったっけ…。桜先輩と左近先輩が、丁寧に教えてくれて…あ、あれ枇杷の木。皆で宝探しした時…)
 園内をぐるりと回り、温室に戻ってきたと思った瞬間、足が止まってしまった。
 心は前に進もうとしているのに、足は一歩も動いてくれない。
 諦めて静乃は立ち止まる。
「…長い様で短かった、かな…」
 そのままで温室の天井を仰ぎ見るように上を向いて少しの時間を過ごす。
 見上げている天井が見え難いのは、窓から差し込む眩しい陽の光の所為だと言い聞かせて。
 式まであと僅か。
 それまでに身体は動いてくれるだろうか。

「もう卒業式か〜。早いもんだ。ほら、これ食ってけ」
 食堂のテーブルの一角で、ノートを広げていた真名(ib1222)は
「わあ、料理長!」
 差し出された美しい和菓子と茶に目を見開く。
 卒業式の日でも、食堂は平常営業らしい。
 野菜や豆の煮える甘い匂いがずっと厨房から漂い、真名の鼻を優しく擽っている。
「忙しいのにありがとう」
 嬉しくなって真名は微笑んで差し出された菓子を見た。
 桜の花を象った薄桃色の和菓子。
 薯蕷粉とこし餡を混ぜた柔らかいこなし。小さな黒文字でそっと切ると中から白餡が覗く。
「名付けて『春の唄』。卒業を迎える調理委員長への俺からの感謝の気持ちだ」
「お世話になったのはこっちなのにね。あ、美味しい。幸せ♪」
 頬を押さえながら真名は菓子を平らげると
「卒業式、かぁ…。ついにこの日が来たのね。色んな事があったなあ…」
 思い出すように視線を空に向けた。
「お前さんらは特に大変だったな。騒がしくて、元気で、そして…いつも前を向いてた」
「うん」
 料理長に頷きながら真名は思い返す。
「大変な事も、確かにあったんだけど…思い出すのは楽しい事ばかり。優しくて、厳しくて、強かった人達の事…」
 疼くような痛みもある。けれど、痛みを含めて全てが胸の中で柔らかな光を放っている。
「ごちそうさま。…そろそろ行くわ。このノートはここに置いて行かせてね」
「ああ…元気でな」
 料理長の言葉に微笑んで、真名はノートを閉じた。
 その最後に「ありがとう」そう記して。
「また新しく大事にしてくれる人がくるわよ。絶対。またね」
 顔を上げて真名は歩き出す。
「しんみりしてる場合じゃないわね。胸をはっていきましょう」
 料理長が言ってくれた通り、前を向いて。

 日課であった用具倉庫の掃除を終え、青嵐(ia0508)は朱雀寮の職員達の所を巡っていた。
 気持ちはいつになく穏やかだ。
「無事に今日という日を迎えた事が、何より幸いですね」
 職員達から祝福の言葉を受け、当たり前の雑談を楽しみ、ふと…青嵐は気が付いた。
 寮長も、講師である三郎もいないことに。
「もう式の準備をされているのでしょうか?」
 解らないと首を横に振る職員達に礼を言い、外に、廊下に出た青嵐はああ、と気付く。
「そういうことですか…」
 と。
 澄んだ空気の中、戦闘音が聞こえる。
 二か所から。
 どちらかがきっと…。
「まあ、邪魔するのも野暮ですね」
 小さく笑んで青嵐は静かにその場を後にした。

「こいつで最後だ。マジで勝ちにいくぜ!」
「おう! かかってきなさい!」
 陰陽服に身を包んだ三郎に劫光(ia9510)は向かい合った。
 目の前の男は自分より多分年下。
 けれど朱雀寮に入った時から劫光にとって高い壁で有り、目標だったのだ。
 合図無用。視線が合った瞬間に戦いは始まっていた。
 先手は劫光。
『蛇神』が三郎に向かって飛んでいく。
 自動必中のスキルだが彼にとっては僅かな足止めにしかならないだろう。
 一気に踏み込んでくる三郎の鋭い蹴りを躱すと、劫光はこちらから間合いを詰める。
 重く感じる身体。呪縛符の束縛を感じるが意思の力で降り払って劫光は三郎に正拳を打ちこむ。
 紙一重で躱した三郎の蹴りが今度は劫光の眉間を狙う。腕でガードして逆に蹴りを放つ。
 こうなると術勝負と言うより殴り合いだ。
 だが互いだけを見つめ、真剣に向き合う。
 その先に確かに言葉にできないけれど通じ合える何かが生まれる…。
「やるな!」
「あんたこそ!」
 今度は互いに間合いを取って笑いあう。相手もそうだが、自分も高度な術は使わない。
 仲間には使わない。
 甘いと言われても貫けないなら勝つ意味もない。
(そしてこの相手にだけは、逃げない)
『一番大事なものからは逃げてばかりだ。だから…それ以外のものからは逃げないって決めてるんだ』
 それを身をもって示してきた先輩に敬意を表し、劫光も逃げない意思をもって応える。
「ん?」
 三郎が力を貯めているのを感じた。勝負をかけてくるのだろう。
 おそらくは得意の爆式拳。
 ならば…
(勝っても負けても文句なし、これがケジメ、最後の勝負だ)
「いくぞ!」
 渾身の力を込めて放たれた爆式拳を防御度外視、急所だけ避けて受けた劫光は逆に自分の爆式拳を三郎の腹に打ちこむ。
「ぐああっ!」
 三郎はそのまま地面に倒れ込んだ。
「か、勝った…か」
 膝ががくんと落ちた劫光に三郎は答えた。
「ああ…私の…いや、俺の負けだ…」
 咳込みながら立ち上がろうとする三郎に劫光は近寄り、そして手を差し伸べる。
「まったく…これから式だってのに」
 苦笑しながら三郎はその手を取り、立ち上がる。
「ああ、だが…どうしても、最後にやっておきたかったんだ。…ありがとう」
「こちらこそ…ありがとな」
 二人の男は互いの手をしっかりと握りあい、心と共に重ねていた。

 聞えた戦闘音は二つ。
 こちらもまた真剣勝負であった。
「開拓者になってから、今まで、お世話になったのだ。
 もし出会えなければおいらは今、ここに居ないのだ。
 故に、全力でっ!行かせてもらうのだっ!」
 平野 譲治(ia5226)は持ち前の俊敏さ、思いきりの良さと気迫で目の前の相手に踏み込んでいく。
 一瞬の迷いも、躊躇いも無い。
 連続して放たれる呪縛符の足止めも気合で振り切る勢いだ。
 向かい合うは射手、武器は弓。
 間合いを開けようとする相手の足元で
「逃がさないなりよ!」「なに!」
 黒い影が唸り声を上げて立ち上がる。
「くっ!」
 纏わりつく闇、地縛霊を振り払いながら身を躱す射手。その攻撃は速く、鋭い。
 けれど足元を警戒しながらの動きはそれまでに比べると精彩を欠く。
 といっても時間にしてほんの僅かだ。放たれれば矢は正確に足や手を狙って来る。
 しかし一秒にも満たないその隙を見逃さず手に持った瓶を譲治は投げた。
「何だ、こんなもの!」
 いくつかを躱し、いくつかをレンチボーンで払う。だが、その一つが割れて、弓と顔にかかった。
「酒? まさか…?」
 一瞬の逡巡。その瞬間、彼女は見ることになる。攻撃に躊躇わず踏み込んでくる譲治の揺ぎ無い眼差しを…。
「でやあああっ!!」
 おそらく術を警戒し構えた彼女のその腹に、瘴気吸収を使い、神速で踏み込んだ譲治の、全力以上の力を込めた拳がめり込む。
「ぐっ!!」
 衝撃に膝をついた彼女の手元から譲治が弓を蹴り飛ばしたところで、勝負は決まった。
 譲治は…師とも母とも長とも言える相手を見下ろすと
「本当にありがとうなのだ!」
 両手を胸の前に組み膝をついた。視線が真っ直ぐに合う。
「…強い男になったな」
 小さく、だが嬉しそうに微笑んだ彼女はそう言うと右手の義手を一度だけ見て、左手で譲治の頭に手を乗せた。
「余計な事は言わない。ただ、お前は私が認める強い男だ…だから…解るな」
 彼女の両目を見据え、思いを受け止め
「うん! おいら、約束するのだ!」
 譲治は強い心で頷くのだった。

 卒業生控室。
 まだ時間が早い為か、人は殆どいない。
 そんな中
「……朔さん。なんだか……緊張します……」
 部屋の中でそわそわとする泉宮 紫乃(ia9951)は呟く。
 隣に佇む尾花朔(ib1268)に向けての言葉ではあるが、視線はどこか泳ぎ気味だ。
「大丈夫ですよ。紫乃さん。気楽に行きましょう」
 朔はニッコリとそう告げた後、
 くすっ。
 小さな笑みを零した。
「? どうしたんですか? 朔さん?」
 小首を傾げる紫乃に朔は、覚えていますか? と微笑む。
「あっ」
 と声を漏らす紫乃。どうやら彼女も覚えていたようだ。
 顔を見合わせ笑う。
「入寮式の時にも同じ会話をしましたね」
「ええ。あの時もこんな会話をしてここに入っていきましたよね」
 三年半前の初夏。過ぎてしまえば本当にアッという間であった。
「変わったこともありますが……」
 と手を差し出し繋ごうとする紫乃を悪戯っぽく笑った朔は
「そうですね」
 肩に触れて抱き寄せた。
 真っ赤になる紫乃。だが、幸い、今は人がいない。
 恥じらいながらそっと身を寄せる。
「同じ事も変わった事もありますが…」
「ええ、これからも…」
「「ずっと一緒に」」
 二人は手と触れ合った肩。そして重ね合った心のぬくもりをお互いに静かに感じていた。
 トントン。
 躊躇いがちなノックが聞こえて二人がパッと離れるまで。

 間もなく開式。
 卒業生達の前で静かに扉が開かれた。
「皆さん、用意はできましたか?」
 陰陽師としての完璧な正装。
 狩衣を身にまとった寮長 各務 紫郎が卒業生控室に入ってくる。
 座っていた者も全員、背筋を伸ばし立ち上がった。
 寮長の質問に代表として答えたのは折々。
「準備はできてます。ただ…」
 全員が一人分開いた席を心配そうに見つめる。
「…心配ではありますが…式の延期はできません。彼の事は本人が望めば必ず対応しましょう」
 少し寂しげに席を見つめた紫郎は、顔を上げると朱雀寮三年生達に向けて手を伸ばす。
「いよいよ卒業式です。…さあ、行きましょう!」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
 前に進む寮長の背中に続くのも今日が最後。
 彼らはそれぞれの思いを胸に歩き出した。

●卒業の誓い
 陰陽寮朱雀の卒業式は多くの来賓と、五行上層部の立会の中、厳粛に行われる。
「卒業生入場」
 高らかに告げる職員の声。
 朱雀寮寮長 各務 紫郎を先頭に三年生達が一人一人、入口でお辞儀をして後、入場してきた。
 先頭は主席 俳沢折々だが、その後はあいうえおの名簿順である。
 演台に向かって用意された椅子の前に全員が流れるように進んでいく。
 そして寮長に促され着席したのを確認して後
「開式の辞」
 朱雀寮職員にして講師、西浦三郎が壇上に上がり
「これより、陰陽寮朱雀 卒業証書授与式を執り行います」
 と静かに宣言した。
「卒業証書 授与。
 前に進み出た紫郎。
「卒業生 起立!」
 と号令をかける。全員が立ち上がり演台を見据えた。
 そこに悠然と五行王 架茂 天禅が登る。
「陰陽寮 朱雀 卒業生…俳沢折々」
「はい!」
 背筋を伸ばし、真っ直ぐに進んでいく折々は壇上に進み、証書を受け取った。
 アッピンは優雅な笑みと共に、紫乃は深く深呼吸をして周りを見回してからしっかりと前を向いて、朔は微笑みを浮かべ、頭を上げ壇上に進んでいく。
 劫光は臆することなく、青嵐は強き意思をその眼に浮かべ、静乃はいつもと変わらぬ様子で黙々と証書を手にする。
 静音、譲治と証書が手渡され、最後に真名が証書を両手で受け取り席に戻ると、壇上の天禅が大きく息を吸い込んだ。
「三年の過程を終え、今ここに陰陽寮を巣立つ者達を寿ごう。おめでとう」
 証書授与からそのまま続く五行王の祝辞を卒業生達は真剣に見つめ、聞く。
「祝辞と言われても、ここに至り我が、お前達に告げる事も語る事も何もない。
 我が余計な何を言わずともお前達の方がよく解っている筈。
 三年半の間にお前達がここで得たもの、身につけたもの、感じた事、思った事、それが全てである。
 今後はそれを五行の為に使え。
 五行に籍を置く者は勿論、置かぬ者もその生き様をもって誇り高き五行、陰陽師の志を常に世に示し知らせよ。
 それが五行国、陰陽寮を卒業した者、全ての使命である。
 卒業は終わりであり、また始まりだ。
 故に励め」
 王の祝辞はそれで終了。
 入寮式の時と同じく、威圧的、かつ一方的なものであったけれど…寮生達は深く頭を下げた。
 心からの感謝と共に。

「卒業の誓い」
 式の最後、その言葉を合図に寮生達は順に壇上へと登った。
「ここに誓う」
 胸に輝く小さな硬貨に手を触れながら折々は告げる。
「ここにいる皆の前に、常に胸を張って立っていられるような自分であり続けることを誓います」
 次代の五行を担う陰陽師達<みんな>に対して、負けないぞ、という想いを込めて。
 今まで導いてくれた寮長に対して、変わらず歩み続けます、という感謝を込めて。
 そして五行王、架茂天禅に対して、五行を変えてゆくのは自分だ、という意思を込めて決して破らない誓いを彼女は立てた。

「ここに誓いましょう」
 アッピンは静かに微笑んで告げる。
「この寮で学んだ知識と絆をこれからも大切に育てていきながら、陰陽道に専心していきたいと思います」
 授業の多さと皆で協力していく雰囲気。ここで得た多くの喜びと宝はアッピンの胸の中に輝いている。

「ここに誓います」
 人前に立つのが苦手。自信が無いから…そんな言い訳を今日はしないと心に決めていた。
(今日くらいは心配いらないという所をみせなくては…)
 決意と共に紫乃は誓う。
「三年間で学んだ知識と力を研鑽し続けること。大切な仲間達の為なら、いつどこへなりと駆けつけること。
 そして、朱雀の名に恥じぬ存在であるよう努力し続けることを。
 朱雀とお母様の名にかけて、誓います」

「ここに誓いましょう」
 穏やかに朔は告げる。
「名を背負うという重みと誇りを胸に生きること。
 作り上げた絆に恥じぬ生き方をすること。
 共に在り、共に生きるということを忘れないこと。
 そして、受け継いだ想いを胸にこれより先、歩み続けることを誓いましょう」
 周りの友に微笑んでみせながら。

「ここに誓おう」
 劫光は胸に手を当てて告げる。視線は寮長へ。3年前から今に続く誓いを再び…
「王たるにはまだ足りない。俺は歩みを止める事なく未来を歩む」
 と。

「…ここに…誓う」
 静かな、でもはっきりとした意思を込めて静乃は宣言する。
「…決して諦めずに目標に近づきたいと思ってます。仲間が困難に立ち向かう時、力になれる様に」
 それは誓いという名の自らへの約束でもあった。

「ここに誓います」
 静音は小さく目を閉じて思う。
 陰陽師の旧家、玉櫛に生まれ陰陽師である事を当然だと思っていた。
 しかし外に出て朱雀寮の門を叩き、仲間と学んでいるうちに気づいた。
(私はここにきて初めて陰陽師になれたのですね)
 知らない自分を見つけた様な不思議な気持ちを胸に感謝を込めて誓う。
「開拓者として、知望院の研究員の端に名を連ねる者として
 朱雀の卒業生に恥じない振舞いをしていくことを」

「え〜と、ここに誓うのだ!」
 真剣に真面目に告げようとはしたのだろうが…
「おいらは…んっ! 堅苦しいのは似合わぬのだっ!」
 軽く頭を掻いて譲治はいつもの口調と笑顔に戻って告げる。
「楽しくっ! 辛くっ! 嬉しくっ! 悲しい三年半だったのだっ!
 故、今ここに誓うのだっ! おいらは、おいらにしか歩めぬ道をっ!
 全力前進っ! 全力全開っ! 全身全霊でっ!
 歩み続ける事をっ! 語り続ける事をっ! 想い続ける事をっ!」
 あちこち汚れ破けた服も、彼にとっては宝物。
 真っ直ぐな意思をその眼に宿らせ彼は手を高く上げた。

「ここに誓うわ」
 真名は式の前、友に告げた決意を思い出す。
「私ね。旅に出るわ」
 準備ができたら色々回りたい。
 まずはアル=カマル。ジプシーに興味あった。
「まだみてないものを見て、触って、習得する。そしてその分だけ強くなってみせる。陰陽師として」
 それから陰陽師に限らずいろんな事にチャレンジしてみたい。
「私は朱雀寮の陰陽師、真名よ。どこへいっても必ず帰ってくるわ。陰陽師としてね。どこにいても、私達は友達よ。なにかあったら呼んで。どこにいても必ず駆けつけるから」
 親友との約束を胸に抱いて彼女は誓うのだった。

「ここに誓いましょう」
 最後を望んだ青嵐は席に戻った五行王を見つめ告げる。
「私は五行国・封陣院に属し、民の生活を守る術(すべ)を考え、作り続けます。
 物であれ者であれ、試行錯誤し利用して、想像から創造を生みましょう。
 そして行く行くは…五行王・架茂 天禅様。
 あなたの椅子を貰い受ける心算で五行国に尽くす事を此処に誓います」
 ざわめく会場の中不敵に笑って言い放つ。
 これは自身に対する誓いである。公言することで自らの退路を断ったのだ。
(全力を持って、『俺は五行王を目指す』
 架茂 天禅様が研究に全力尽くしたいというのなら、その責任を奪い取り実力を発揮できるようにしてみせよう。
 それが俺の、五行を作り上げた人物への恩返しだ…)
 青嵐の言葉を受け止めるように架茂は泰然と座したまま微笑んでいた。

「これにて卒業証書 授与式を終わります」
 閉式の辞と共に高らかに朱雀の鐘が鳴る。
 非常時と卒業の時にしか鳴ることのない鐘は、今日の空にどこまでも高く、美しく響いていた。


●旅立ちの空へ
 式を終え、建物から出てきた彼等を
「ほいほい、そこ行く先輩達。
 寮を旅立つ前に、ちょい一服して行かん?」
 後輩達が呼び止めた。
 設えられた床机に傘は茶店風。卒業生達の為に用意したのだろう。
 腰を降ろせば暖かい薬草茶と手作りの朱雀の絵を入れた紅白饅頭でもてなされる。
「うわっ、可愛いね。手描き?」
 一つ一つに込められた真心に思わず声があがる。
 空からはちらりちらと舞う雪吹雪。
 勿論紙で作ったものであろうが、本物よりも美しく思えた。

「卒業生の先輩方御卒業おめでとうございます。
 少しばかり長く様々な事があった今年度でしたが
 私が、2年間迷惑なことを掛けてきたことは、主席とは言え、消えはしません
 なのでこれからも、感情のままに動き後輩に迷惑を掛けてしまうかも知れません
 ですが、最上級生として朱雀寮の代表として
 自身の考えに偏らないよう仲間の声や、後輩の声を聞き責任有る行動を取れる様務めます
 私の主観ばかりでしたが来年度の朱雀寮を見ていて下さい
 在寮生を代表して言います。今まで、本当にありがとうございました」

 在寮生からの送辞を聞きながら寮生達は思い出す。
 三年半の色々な出来事、そして
 最後に贈られた寮長からの言葉を。

『皆さん。
 三年と半年前、緊張の面持ちで貴方達が私の前に立った入試の日の事を今も私ははっきりと覚えています。

 あの時、私は皆さんにこう問いました。
『貴方がここで何を為したいか、何を得たいか、それを教えて下さい』
 ある人はこう言いました。
『力を得る為だ』
 また別の人はこう言いました。
『世界の神秘を解き明かす為』
『誰かの役に立つ陰陽師を目指したい』『強くなりたい』『力を試したい』
 それぞれが、それぞれの思いを持って朱雀寮を選んでくれた事を嬉しく思いました。
 朱雀寮と、ここでの生活は皆さんの期待に応えられるものであったでしょうか?』

「寮で過ごし、一緒になって考えた日々は私にとっても宝物です」
 静音はそう寮長に答えた。
 仲間達もきっと同じ気持ちであると確信している。
 暖かい薬草茶がじんわりと涙を運ぶ。横で同じように目元を擦る静乃を静音は気付かないふりをして足湯を貰い、目を閉じた。

『三年半という時間は決して短い時間ではありませんでした。
 たくさんの事があり幾多の困難も皆さんの上に降り注ぎました。
 …勿論、その困難を与えたのは私であるという自覚はありますよ。
 けれど皆さんは、常に前向きに、諦めることなく、仲間と共に困難に立ち向かい、乗り越えてきました。
 そして今日の日を迎えたのです』

 温かい足湯が緊張を解きほぐしてくれる。
 目を閉じていた真名は
「ほら」
 目を開け反射的に後輩から差し出されたカップを受けとって…その香りにハッと顔を上げた。
 朝、食堂で感じた優しい香り。丁寧に煮込まれたこれは、彼女に教えたポトフだ。
 野菜や肉など目に見えるものは何もない。
 けれど、全てを注ぎ込まれたスープは言葉にならない味わいを湛えている。
「妾達よりの送辞じゃ。…お前にも…じゃ」
「ありがとう…本当に」
 涙を必死で堪える真名と自分がここに導いた娘を劫光は暖かなカップを手に静かに微笑み見守っていた。

『王ではありませんが、私が今日、告げるべき事は多くありません。
 大切な友、諦めない心、高みを目指す向上心、困難に立ち向かう勇気。
 皆さんは全て持っている。だから私はその未来に一片の不安もありません』

 桃音は我慢していたようだ。皆の手伝いを笑顔で頑張っていた。
 けれど…
「桃音っ! 強を連れて行くといいのだっ!」
 譲治から相棒である鋼龍を託された瞬間、堰を切ったように泣き出した。
「うわああーーん!!」
「桃音、泣いたらダメなのだ。おいらの代わりに強を可愛がってやって欲しいのだ」
 泣きじゃくる桃音を宥めると譲治は今まで自分を見守ってきた相棒の首をぎゅっと抱きしめる。
「本当に、世話になったのだっ! 桃音のこと…頼むのだ」
 桃音を慰める一年生と共に強は優しく微笑む様に肩を竦めて見せると桃音に頭を寄せる。
 彼は成長した。もう心配いらないと言う様に…。

『ただ、忘れないで下さい。
 今日と言う日、特別であっても当たり前に平和な一日がどれほどの困難の先に生まれた奇跡であるのかを。
 例えば、誰が二年半前の今日と同じ卒業式の時、戦乱のあの日を予測し得たでしょう。
 誰が戦乱の最中、今日の輝かしい日が来ることを思い浮かべることができたでしょうか?
 平和な今日は明日壊れるかもしれない儚いもの。
 それを守る為に多くの人が願い、祈り、行動したその先にあるのが奇跡のような宝が今日なのです。
 だから、私が皆さんに願うのは二つだけ。
 今、生きてここにある奇跡を忘れずに一日、一日を大切に生きていて欲しいと言う事。
 そして…自己を否定し、諦めて投げ出すと言う『死』を決して自ら選ばないで欲しいと言う事です』

「ええ、私から、今更言う事はありませんよ」
 青嵐は何か告げようとする二年主席にそう言うと言葉を手で制した。
 側で一年主席と語り合っていた朔も、じっと彼女を見る。
「伝えるべき事は伝えましたし、言うべき事は言ってあります。
 卒業も本日済ませた以上、先輩でも後輩でもありません。
 だからこそ、今ここに居るのは先輩でも後輩の間柄でもなく、唯の陰陽師です。
 言えるべき事があるとすればただ一つ。
 私達よりも気を遣うべき人のことを考え、周りを良く見なさい。それだけです」
「今日のこの日に、後ろ向きな言葉や言い訳はどうでしょう?」
 朔は一年主席や後輩達から受け取った言葉を抱きしめるように微笑む。

『ありがとうございました』
『叶うなら、先輩達と一緒に学びたかったですね。
 何を言っても言葉が足りなくなってしまうけど…ありがとうございました。
 皆さんの残してくれたものは、ボクらが引き継ぎます』

「欲しい言葉は十分に…。後は後輩や仲間の言葉を良く聞いて進んで下さい」

 暖かな時間が過ぎた。
「よし、そろそろ行くか」
「うん。ありがとう。じゃあね!」
 劫光の言葉に三年生達が立ち上がるとまた純白の紙吹雪が舞い散った。
 ゴーン!
 青い空にもう一度高い鐘の音が響き、鳴る。
「では、皆さん!」
 集まった全員で卒業証書を手に門を潜る。
 と、その瞬間、
「この術により朱雀寮の生徒として始まりました、ならば最後もまたこの術で締めくくりたいと。
 人魂、黒龍が敖炎、疾く、駆けよ」
 朔の合図と共に卒業生達の人魂が踊った。
「わああっ!」
 見送る寮生達の間に声が上がる。
「貴方を翔音(シヲン)と名付けましょう。羽ばたきなさい」
 燕が静音の指先に握られた図南の翼から空に羽ばたく。
 垂れ耳の子犬を創り自分の肩に乗せるのは静乃。入寮式の時と同じ人魂である。
「…便乗だけど、三年の集大成として、は大袈裟かな」
「さぶろーっ! りょうちょー! ここあー! りんー! しゅりー!
 …いいんちょーたちー! 皆、ありがとだったのだーっ!」
 深くお辞儀を捧げて後、大きく手を振る譲治の足元にはこれも入寮式と同じ兎が跳ねている。
 紫乃の腕からぴょんと跳ねて飛んでいくのも兎。兎と共に紫乃は深く一礼した。
 劫光は目を伏せ、手を指し伸ばす。現れるのは朱の竜に似た人魂だ。
「青竜をも従え朱に染めて、我は今こそ南へと羽ばたかん」
 そして一際高く、美しく朱雀が空に舞う。
「『朱の鳥高らかに啼き浅き春』
 よちよち歩きのかるがもちゃんだったわたしたちも、少しは朱雀を名乗るのに相応しくなったのかな」
「言葉にできない、感謝をこめて…」
 折々、アッピンと繋いだ思いを真名が高く空へと導いた。
「緋にして陰陽師たる我は今力を行使する。完成せよ、人魂。旅立ちを祝して高く舞いあがれ、朱雀!」
 三羽の朱雀が踊るように空に舞うのを
「どうですか、寮長…私、貴方に近づけた?」
 手を振る三年生達の旅立ちを、見送る後輩達を、寮長は高い朱雀の鐘楼から静かに見つめていた。

『朱雀は暁を飛ぶ紅の鳥。その身は不死であるとも伝えられています。
 陰陽寮で翼を鍛え、羽ばたいて行く皆さんは一人一人が高き空を行く朱雀です。
 私は皆さんを朱雀寮に迎えられた事と、こうして見送れる事を心から嬉しく、そして誇りに思いますよ。
 …これからの活躍に期待しています。
 卒業、おめでとう』

「ご、ごめんなさい
 今年こそ、泣かないようにしようと思ったのに 」
 臨界に達したのだろう。声をころしながらも大粒の涙を零す紫乃を朔はそっと抱きしめる。
「泣いてもいいんですよ? こんな時は」
 目をつぶり朔も静かに涙を流す。
 喜びもある、でも寂しく、悲しい思いは皆、同じだ。
「ああ、でもこれで終わりじゃない。最後って言ってもすぐ顔合わせる様な奴等ばかりだ。そうだろう?」
 啜り泣きの声の中、劫光は笑顔で言う。
「うん。じゃあ最後はさよならじゃなくて、別の言葉で締めくくろう!」
 目元を擦り外套の紐を解く折々に習い、寮生達も朱雀の外套を胸に抱きしめる。
 卒業の記念に証書と共に贈られた朱雀の外套『図南の翼』
 これも寮生の思いと、先輩や寮長、たくさんの人の思いの結晶。
 今、この言葉を託すには相応しいだろう。
 空に再び朱雀が舞う。
「三年間の素敵な時間を…
「「「「「「「「「ありがとう!!!」」」」」」」」」」

 天儀歴1014年 一月 吉日。
 陰陽寮朱雀、卒業。

「じゃ、な。最高だったぜ、お前ら!」
 たくさんの思いと笑顔を胸に卒業生達はそれぞれの空へ羽ばたいて行く。