【南方】滅びた城と民
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2010/07/23 04:53



■オープニング本文

 ジルベリアを揺るがすと言われた戦乱が、首謀者の死と言う形で終って数ヶ月。
 南方辺境地域は、文字通りの輝かしい春と夏を迎えていた。
 戦乱で大きな被害を受けたクラフカウ城の復興は順調に進み、間もなく壊された城壁の修理なども完了しようとしている。
 リーガ城も雪と氷が完全に消え海と平原、両方からの交易で賑わっている。
 今回の戦乱において最大殊勲者の一人である南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスとその直轄領であるリーガ、クラフカウはその功績により暫くの減税を許された。
 今までヴァイツァウ家の伝説にのみ囚われていた者達も、新しい領主を受け入れつつある。
 努力と行動で示した誠実は民に己が領主への尊敬と誇りを芽生えさせたのだ。
 かくして民の顔には笑顔の花が咲き、もっとも美しいと言われるジルベリアの夏を彼らは楽しむことができるようになっていたのだ。
 そう。彼らは‥‥。

「メーメル城の民達の様子はどうです?」
 領主の問いかけに、文官達は顔を合わせ、躊躇うように答えた。
「芳しくはありません。およそ千を超える数の避難民達は一時期リーガ城内に収容しましたが、様々な条件からトラブルが多く発生した為現在リーガ城の外に仮設住宅を作ってそこで暮らしています。彼らは早くメーメル城に戻りたいと言いますが崩壊した城にはアヤカシが多く住み着いており、城の修理もままなりません」
「その上、彼らの多くは前の領主を慕っており、我々に従いこそするものの反感を隠そうともしないのです」
「ウロンスキィ伯は私の事を嫌っていましたからね」
 辺境伯と呼ばれるリーガ城城主グレイスは、やれやれと肩を竦めながら彼は大きく息を吐き出した。
 メーメル城は今回の戦乱において最後の激戦区となった城である。
 本来であるならメーメル城はネムナス川の恩恵を受けジルベリアでも比較的温暖肥沃な地域である。
 作物も多く、よく実り豊かであるが故に北や、ひいては中央を軽んじる傾向がある。
『ふん、若造が‥‥』
 グレイスは先代領主であるアレクセイ・ウロンスキィ伯が最初に挨拶に出向いた時、そう毒づいたのを今でも覚えていた。
 それもあってだろう。
 コンラート・ヴァイツァウの挙兵に当たりアレクセイは呼応し、城を自ら明け渡した。
 グレイスに、いや、帝国に反旗を翻したのだ。
 戦乱の最中、反乱軍の最後の拠点となった城で既に彼とその息子は落命している事が確認されている。
 コンラートに最後まで忠誠を通したと言えば聞えはいいが、結果として彼らは己の城と民への責任を放棄したのだ。
 主を無くし、家にも戻れない民達の疲労と怒りはじきに限界を超えるだろう。
 そうなる前に彼らに何とか故郷と、生きる希望を取り戻してやりたい。
「私が彼らを指揮しようとしても、反感を買うだけですしね。せめてウロンスキィ伯の血縁がどなたかでも残っていればいいのですが‥‥」
 呟きながらグレイスはとりあえず、直ぐにできる事をする。
「メーメル城のアヤカシの方はどうです? 数や種類は把握できていますか?」
「最初は実体の無いゴーストや骸骨など不死系のものが多かったようですが、最近は一つ目の犬や蛇のような獣系のアヤカシも増えているようです。体長2mはあろうかという猫が彼らを率いていたという噂もあります。その数は約30‥‥」
 放っておけばやがてさらに数が増える。グレイスは頷いてペンをさらさらと走らせた。
「とりあえず、できることからやっていきましょう。まずは開拓者ギルドに依頼を。頼みましたよ」
 受け取った羊皮紙を握り、去っていく部下を見ながらグレイスは、戦争と言うものが残していく爪あとの深さを今更のように感じていた。
 戦争は終っても戦災復興はこれからである。
 真の平和が訪れるまで、開拓者の力はまだまだ必要とされていた。

 開拓者に出された依頼はメインがメーメル城のアヤカシ退治である。
 そしてもし、叶うならメーメル城からの避難民の慰問をとグレイス辺境伯からの書には記されていた。

『開拓者の説得に応じた民達です。我々より皆さんの方が、心を開いて話をしてくれるでしょう。
 終りましたら直接報告に。よろしくお願いします。
                           グレイス・ミハウ・グレフスカス』
 
 




■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
ライオーネ・ハイアット(ib0245
21歳・女・魔
アルベール(ib2061
18歳・男・魔


■リプレイ本文

●実りの夏
 後の歴史においてヴァイツァウの乱と呼ばれる戦いが終って数ヶ月。
「うわあ!」
 フェルル=グライフ(ia4572)は久しぶりに足を踏み入れたジルベリアの光景に思わず感動の声を上げた。
 少し前、彼女はジルベリアに来たのだが、その時は正直、周囲を見る余裕は無かった。
 仕事の面でも、何より心の面でも。
「ジルベリアという国はこれほどまでに美しい国だったのですね」
 だから、今、この光景は素直に彼女の心に染みる。
 エメラルドのように輝く木々の若葉。足元に咲く花々に何よりも高く、青い空。
「もっとも美しいジルベリアの夏、というのは噂ばかりでもないようですね」
 秋桜(ia2482)もその光景を噛み締めるように見つめている。
「リーガ城は、本当に活気がありました。野菜も、魚も山のように積まれていて。実りの夏という言葉があるそうですがその通りですね」
 頷くフェンリエッタ(ib0018)の言葉には少しの憂いがあった。
「ええ。それ故にメーメル城の皆様との差が感じられてなりませんでした。決してリーガ城の方々がメーメル城の避難民に冷たい、というのではないですけれども」
 ライオーネ・ハイアット(ib0245)も先ほど見てきたばかりの、人々の様子を思い出しながら言葉にした。
『メーメル城奪還を依頼されております。城の構造に詳しい方でもいらっしゃれば教えて頂ければ幸いです』
 そう言ったライオーネに人々は、泣き縋らんばかりに求め請うたのだ。
『お願いです。私達を早く故郷に戻して下さい』
『家に帰りたいのです。どうか‥‥どうか‥‥』
『ウロンスキィ家の皆様は御領主様もお坊ちゃまもお嬢様も奥様も、お優しかった。それなのに‥‥。ああ、いっそ最後までお供すれば良かった』
「あからさまに、開拓者の説得を受けたせいで、ってまで言う人はいなかったけど、そう、言いたげな人はいた。まだ、彼らは過去に囚われている」
 唇を噛み締めながら滝月 玲(ia1409)は手と一緒に決意を握り締めている。そんな彼を見て浅井 灰音(ia7439)は吐き出すように呟いた。
「人の心も城も……やっぱりそう簡単には傷跡は癒えないと言う事かな」
「でも! このままで良い筈がありません」
 アルベール(ib2061)は声を荒げる。
「領主たる者、領民が自ら死にたいと思わせることなどさせてはいけないと思います。生きて希望を失わなければ、終わりからまた新たな始まりにつなげられるんです‥‥」
 己に言い聞かせるようなアルベールの言葉に雪切・透夜(ib0135)は頷いた。
「戦災復興‥‥まだ戦争は終わってない、か。苦い思いは消えないけど‥‥終らせる為にも頑張らないとね」
「うん‥‥メーメルの避難民の人達が早く戻れるといいと、思う‥‥。だからお手伝いよろしくね。八曜丸」
 もふらを撫でながら言う柚乃(ia0638)。彼女の思いはここにいる皆の願いでもある。
 これからするのは、その為の第一歩だ。
「では‥‥参りましょうか」
 朝比奈 空(ia0086)の言葉は優しげだが強い決意が込められていた。
 それに後押しされるように開拓者達はそれぞれが、武器を取り立ち上がる。
 彼らの行く先には、廃墟となりアヤカシの城となったメーメル城。
 かの城を人間の手に取り戻す為に‥‥。

●アヤカシの城
 メーメル城とその城下は元は、繊細で美しい自慢の故郷であったと避難民の多くは口にしていた。
 その面影は今も残った建物に感じられる。
 ただ、ヴォルケイドラゴンの強襲、内外での激しい戦闘の数々は面影以上のものを、メーメルに残してはくれなかった。
「これは‥‥酷い。予想以上ですね」
 己の龍に跨り空からの状況を確認していた空は思わず呟いた。
 崩壊した町並みや家々、埋葬しきれず放置された死者の躯、それを食む獣達の匂いに上空からでも眼がくらみそうだ。
 そして‥‥城と裏門は特に巨神機の戦闘の跡が色濃く残る。
 共に龍を駆る灰音と秋桜は相棒の頭を城に向けさせる。
 ‥‥あの日、巨神機『ケヒネス』が立ち回り、龍と開拓者が死闘を繰り広げたそこは、血の匂いが残り、崩れたバリスタの残骸がうず高く重なり、数ヶ月の時が経てもまだ消えぬ惨状を残していた。
「! おいでなさったか‥‥。ロート!」
 城の上空に漂っていた黒い影が、開拓者達の龍を見止めてかこちらに近寄ってくる。
 また、何匹かの何かが、まるで弾けるように城の庭から空に飛び上がり、その影達と合流する。
「鬼面鳥‥‥にあれは、‥‥骨?」
 カラカラ、カタ、カタタ‥‥。頭蓋骨そのものが、布と骨を纏ったようなそのアヤカシは骨を鳴らし近づいてくる。
 まるで、笑うように。
「チェーリプ‥‥」
 ライオーネは頭蓋骨の名を持つアヤカシの名を呼んだ。
 あれは生者を憎む幽霊のアヤカシだ。
「鬼面鳥が五羽に‥‥チェーリプが沢山。これは‥‥ちょっとてこずりそうですね」
 偵察が目的であったが‥‥これは、相手が逃がしてくれそうに無い。
 透夜はハルバートを構える。
「援軍を呼ぶのは、最後の手段としよう。まずは空の敵を殲滅する!」
 呼子笛を取り出した灰音の言葉にライオーネも頷いた。
「空を抑えておかないと地上の援護もままならないですからね。準備は‥‥いいですよ」
 空も秋桜もそれぞれに頷く。
 灰音は笛を取り出すと
『ピーーーー』
 高い一音で合図を鳴らした。
 それを待っていたかのように襲い掛かるアヤカシと、向かい合う開拓者達。
 彼らの戦闘は地上よりも一足早く、始まったのだった。

『ピーーーー』
 上空からの合図に、地上の開拓者達は顔を見合わせた。
「どうやら、先に空での戦いの方が始まってしまったようですね」
 フェルルが心配そうに空を見上げる。
 彼らの偵察の情報を待って動きたかったが、こうなってはのんびりしている時間は無い。
「だったら、一気に行きましょうか? どちらにしても全て叩き潰さないといけないんですし」
 既に仲間達の覚悟は決まっている。
「ボサネオの偵察によりますと、町を突っ切り、かつてケヒネスが城内から出たときに打ち壊していった所から入るのが良さそうです」
 援護に来ていたヘラルディアが仲間達にそう告げる。
 敵の数はまだかなり残っているようだ、とも。
「まずは、城内を殲滅しましょう。街に残っているアヤカシはそれほど多くは無いようですから、後ほど兵を入れて頂く事にして」
「それは可能な限りやっておく。フェンは自分の役割をしっかり果たせば良い」
 背後と彼女の意思を守るようにファリルローゼは告げる。
 フェンリエッタははい、と頷いて仲間達に目配せした。
「行こう。八曜丸‥‥」
「エイレーネー。頼みましたよ」
「エイン、入り口までよろしくね。後は、一緒に戦えるようなら呼ぶから。では、まずはアヤカシ退治、参りますっ!」  
 上空から遅れることほんの少し、地上部隊も作戦を開始する。
 龍達に守られながら、開拓者達は死の街に飛び込んでいった。

●死闘 取り戻す為の戦い
『キキキ‥‥、ガガガガガ‥‥』
 周囲を取り巻く気味の悪い骨の鳴るような音に秋桜は顔を顰めた。
『死ね‥‥死ね‥‥』
 気色の悪い音は時に脳を掻き乱すように彼女の頭に響いてくる。
「うっ‥‥」
「秋桜さん! 危ない!!」
 透夜はそう声を上げると秋桜の真横を上から、落下するように飛んだ。
 ぐしゃり。ハルバードの先で頭骨が突き刺さって砕けた。
 動きを止めたチェーリプを反す爪で甲龍鶫が打ち砕く。
「あ、ありがとうございます」
「あいつらは、呪いの言葉で敵の動きを止めて、そこを攻撃してくるようです。意識を強く持って下さい」
 透夜は身体に纏ったオーラで少しはマシだが、仲間達には辛いものもあるだろう。
 現に灰音の肩には取り付いた骸骨が歯を立てている。
「く! やってくれるじゃないか? だが‥‥残念、これ以上はやらせないよ!」
 引き剥がした骨を手で砕いて、灰音は眼前の敵に流し切りを放った。
「灰音さん!」
 直前にライオーネがかけたホーリーコートで威力を増した彼女の一刀は目の前の頭蓋骨を打ち砕いた。
「チェーリプは危うくなると道づれをしかけてくるかもしれません! 気をつけて!」
 そしてライオーネはホーリーアローの呪文を紡ごうとする。だが‥‥
「えっ?」
 悪意が彼女の周りを包む。詠唱が言葉にならない。
 ライオーネは振り返った。そこには恐ろしげな鬼の顔で彼女に笑いかける鬼面鳥がいる。
「キャアア!」
 鬼面鳥の爪がライオーネの腕をかする。
「アリスター!」
 とっさに彼女の龍が回避をしなければ腕を持っていかれたかもしれない。
「さがって下さい!」
 空の言葉にライオーネは炎龍を後退させる。
 去りざまの炎龍が爪の一撃を残す。
 体勢を崩した鬼面鳥は空が放つ精霊砲にその頭を奪われ、やがて身体も消えていった。
 昼過ぎに始まった戦いは、もう空に日が沈みつつあるこの頃、ようやく終わりの気配を見せ始める。やっと敵の数は目に見えて減りつつあった。
「闇に紛れられる前に片付ける。‥‥大丈夫かい?」
 問われてライオーネは自分自身に問いかける。
「大丈夫です。力は戻っています」
「下は、大丈夫でしょうか?」
 心配そうに秋桜は紫色に染まりつつある城を見つめた。
 仲間達も突入してかなりになるようだ。
「今は、自分達のできることをやるしかありませんよ。地上の敵を増やさないように。何かあったら、すぐ駆けつけられるように‥‥」
「‥‥そうですね。秋水さん。もう少し頑張って下さい」
 秋桜は自分の龍を労わるように声をかけると、拳を握り締めた。
 空の戦いは終幕間際。
 だが地上の戦いは、これからが本番であった。

 城の中を突入した敵たちは注意深く進んでいく。
 やがて、彼らは城の中央、一際豪奢な部屋にたどり着く。
「ここは、城主の謁見室、でしょうか?」
 倒れた柱、傷ついた幕などがここでの激戦を物語っている。
「気をつけて‥‥、そっちの柱の影に‥‥アヤカシの気配が二つ、じゃない‥‥三つ」
 柚乃の言葉に身構えたフェルルは大きく深呼吸すると、その影の真ん中に飛び込んでいった。
 影の中に隠れていたのは蛇が二匹。
 羽根の生えたそれは、どう見ても普通の蛇とは違う。
 威嚇するようにその身を立てる蛇にフェルルはその外見に似合わない咆哮を上げた。
 一瞬動きを止め、フェルルの方に向かおうとする、その蛇を
「蛇さん、こちら、だ!」
 背後から玲が真っ二つにする。またフェルルも一匹を袈裟懸けにする。
「あれ? 敵の気配は三つ、でしたよね?」
 確認するように問うフェルルにうん、と、頷き柚乃は眼を閉じる。
「でも、一つ、逃げちゃった‥‥のかな?」
 背後を守っていたフェンリエッタは、薄暗くなってきた周囲を確認しながら最後の、目的地を口にする。
「今まで‥‥出てきたアヤカシ、動物系が多かった‥‥。ゴースト‥‥不死系には、夜‥‥暗いところに出現したりするのもいるのかな」
 松明に火をつける柚乃にアルベールは頷く。
「夜用の装備はあまりしていません。その前になんとか猫のアヤカシというのだけでも見つけだし倒さないと‥‥」
「! あれは!!」
 その時、開拓者達は会話する二人の背後に黒い、大きな影を見る。
 赤い、血が滴るようなそれは‥‥。
「危ない!」
 柚乃をフェルルが、アルベールを玲が庇って、開拓者達は飛び下がる。
 飛んだ柚乃の松明をフェンリエッタが掲げる。
 それは漆黒の毛皮を身に纏った、巨大な猫であった。
 身の丈は二mはあろうか。猫と言うより豹を思わせる。
「これが‥‥例の?」
「ねこのては欲しいけどコレは‥‥大きすぎますね」
 冗談のようにフェンリエッタは言うが、その声は震えている。
『グルル‥‥、ガルルル‥‥』
 地を這うような吠える声は聞く者を不安にさせる力があるようだった。
 だが、その不安を振り払うようにして開拓者達は剣を構える。
「柚乃さん、アルベールさん。後ろからフォロー、お願いします」
「フェルルさん!」
 いち早く長巻を構えたフェルルは、敵の懐に飛び込んでいった。
 猫の前方で咆哮を上げると、大上段から一気に長巻を振り下ろす。
 だが
「えっ!?」
 想像を遙かに超える固さの毛皮は、長巻の攻撃を跳ね返すかのように通さなかった。
 逆に今度はフェルルの懐に入り込み、その0距離で瞳を一際赤く輝かせた。
「危ない!!」
 フェンリエッタと玲が体当りに近い形で猫の身体にぶつかり、その顔をフェルルから逸らす。
 彼女の顔のほんの僅か横を猫の口から放たれた火炎放射が通り抜けていく。
「キャアア!」
 肩と髪に熱とダメージが残るがそれは駆け寄った柚乃が閃癒で治癒する。
 だがその時にも猫と開拓者の戦いは続いていた。
「フェラン! 無理はしないで!」
 主を守るように唸りを上げていた忍犬は恐れず、猫の足へと攻撃を仕掛ける。
 僅かに歯は足首に突き刺さるが痛みに上げられた悲鳴と共にフェランは壁に叩きつけられた。
「フェラン!!」
 玲が微かに舌打ちしながら後ろに下がって来る。幾度も放った炎魂縛武の攻撃も、致命的な傷にならない。
「奴の皮は固い。狙うとしたら目か口、急所の一点攻撃しか、もうないと思う」
「でも、猫の身軽さです。簡単にはいきませんよ」
 薄暗がりに支配された闇の中。照らすのは松明一つ。
 闇に紛れられたら、相手の思う壺だ。
「私が、行きます」
 その時、後方から揺ぎ無い声が戻ってきた。
「フェルルさん!」
 長巻を構えた彼女が、再び二人の前に仁王立つ。
「後ろ‥‥お願いします」
 微笑んだ彼女は深呼吸し、一際高い咆哮を上げた。
 猫は、その動きを止め彼女に向けて襲い掛かる。
「今です!!」
 フェンリエッタの合図に、開拓者達は渾身の攻撃を、その赤い瞳めがけて放った。
 アルベールのホーリーアロー。
 柚乃の白霊弾。
 玲は眼、ただ一点を目指して桔梗を放ち、フェンリエッタもまたポイントアタックを狙う。
『ギャアアアア!!』
 悲鳴を上げて開拓者達を振り払おうとする猫。その痛みに振るう首に、三人の剣士は顔を合わせ同時の攻撃を放った。
 死に際の爪が高く掲げられてフェルルを狙う。だが、その手が降りおろされることは無かった。
「メーメル城は決してアヤカシの為の城では無い。そこで新たに暮らす人々の為に、返して頂きますよ」
 ホーリーアローが猫アヤカシの手を貫いた時、開拓者達はその首も地面に落とす。
『ギギャアアアア!!』
 もう一度地を這うような、天を貫くような絶叫を残し、猫アヤカシはその真紅の目を永遠に閉じて、瘴気へと帰っていった。
「はああ〜〜」
 地面にへたり込む開拓者達。
「おーい!」「大丈夫ですか??」
 遠くから仲間達の声が聞える。
「勝った、のでしょうか?」
「多分、なんとか‥‥」
 開拓者達はそう顔を見合わせながら、満足そうに微笑んだのだった。

 後日、数日をかけて城と街の周囲が開拓者とリーガ城の兵士によって確認され、アヤカシの残存は無くなったと確認された。
 同時にメーメル城とその城下町に残されていた遺体の埋葬なども行われ、メーメル城はようやく静けさを取り戻した。
 かの城は人の手に取り戻されたのである。

●取り戻した故郷
 その日、メーメル城の避難民達に久しぶりの歓声が響いた。
 開拓者達が彼らの前でこう告げたからだ。
「皆様が帰還出来るようにして参りました。これもグレイス辺境伯の計らいで御座います」
 ライオーネの言葉に大地が震えるような喜びと涙を顕にする人々。その光景を目の当たりにした開拓者達は、自分達の行動の結果に微かならぬ喜びを感じていた。
 人々の多くは、その足で城に帰る為の荷造りや準備を始める。
 開拓者達はその手伝いをすることにしたのだった。
「‥‥ここの井戸は残念ながら潰れてしまっていた。だが、この木は生き残っていたようだ」
「城壁も壊れていたし、城の外壁もかなり崩れていた。死者の埋葬などはしたが、正直なところちゃんと住めるようになるまではかなり大変だと思う」
 灰音と玲は人々に調査をしてきたメーメル城の現状を報告する。
 思い出の場所、思いいれのある場所の惨状は人々の心に傷を作ったようではあるが、逆に街に戻りたいという意欲にも繋がったようだった。
「どんな場所でも、生まれ育ったところが一番と言うところか‥‥」
「そうだね」
 二人は顔を見合わせて微笑したという。
「はーい。美味しいシチューができましたよ〜」
「故郷に戻る為には力をつけないと。どんどん食べて下さいね〜」
 秋桜とヘラルディアは炊き出しを行い、空やフェンリエッタ、ファリルローゼもその配膳を手伝う。 
 暖かい料理とアルベールが用意した美しい水、そして
「この子はね‥‥、もふら。八曜丸っていうのよ」
「へえ〜。初めて見た。天儀ってこういう珍しい動物いっぱいいるんの?」
「僕見たことあるよ。お城で〜」
「天儀にはいろいろな動物がいますよ。描いてみましょう。知っているのはいますか?」
 柚乃や、透夜、遊ぶ子供達の無邪気な笑顔に、忙しい彼らの心も和んだようだ。
「昔はお坊ちゃまも、お嬢様もこんな風に街で遊んだりしてたんだけどねえ〜」
「旦那様もヴァイツァウのご領主様と仲がよろしくて‥‥、なんでこんな事になってしまったんだか‥‥」
 寂しげな人々同情の言葉はかけない。
 静かに彼らの思いを受け止め、開拓者は話を聞いていた。
「メーメルに帰れるのは嬉しいけど、御領主様もいない街でどうしたらいいんだろうねえ」
「ねえ、あんた達。また助けてくれるかい?」
 縋るような人々にフェルルは
「はい。お手伝いさせて下さい」
 そう人々の手を取って答えたのだった。
 
 さらに数日を経て開拓者達の仕事が終る日。
 フェルルはそう町の人達にこう告げた。
「種をお渡ししても‥‥いいでしょうか?」
 彼女は桜の種や接木を持ってきたのだ。
「私の大好きな木で、春を告げる花を咲かせます。
 皆さんと一緒に育って、きっと復興を成し遂げる頃にとっても綺麗な花が咲く筈です。木の成長が皆さんの和みや支えになれば、と‥‥」
 フェンリエッタもまた花の苗と、種を差し出す。
「これは向日葵と言います。いつも太陽に向かうと言う夏の花です。来年の春。もしよろしければ蒔いて下さい。荒廃した地にも花は咲くもの。復興の為に皆で出来る事‥‥一緒に頑張りましょ?」
「ありがとう‥‥」
 人々は開拓者達の真心を笑顔で受け取った。
「この地は実り豊かな土地と伺っています。特に果実が良く採れるとか。この地の果実が無い為、今年、多くの人々はきっと寂しい思いをしておられます。来年はどうか沢山の果実が実りますように‥‥」
 心からの励ましに人々は頷き、懐かしい故郷へと帰っていった。

 そして、リーガ城主、グレイス・ミハウ・グレフスカウは開拓者が淹れてくれた紅茶のカップを手に取った。
 仕事と報告を終えた開拓者達はそれぞれに、彼に励ましの言葉を残してくれていった。
『事務に次ぐ事務。まだまだ大変でしょうが、辺境伯が体を壊されては本末転倒。どうか、頑張り過ぎませぬ様御自愛を‥‥』
『民の為に心を砕くその姿勢、見習わせて下さい』
『貴殿を一人の騎士として慕う妹の為にも、決して無茶はしないで欲しい』
 そして
『お誕生日、おめでとうございます。どうか、貴方の上に幸せがありますように』
 紅茶に込められた暖かい思いを彼は飲み干す。
 メーメルがアヤカシより開放されたとはいえ、問題は山済み。
 本当の平和を取り戻すのはまだ先の話だろう。
 けれど‥‥、乱の前には彼に無かったものがいくつかある。
 それはかけがえのないもので、彼はそれを得られた事に、あの戦乱にほんの少し感謝していた。
 決して人には言えないことであるけれど。

 ヴァイツァウの乱は終った。
 けれど人々の物語はこれから始まるのである。