【朱雀】見送る者
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/16 21:37



■オープニング本文

【これは朱雀寮一年生、二年生、予備生合格者対象シナリオです】

 新年を迎えたと思ったのもつかの間。
 気が付けばもう一月も終わりを迎えようとしていた。
 そんなある日、一年生と二年生、そして予備生達は朱雀寮長 各務 紫郎より集合の号令をかけられていた。
 汚れてもいい、あるいは動きやすい服装で。
 そう指定されてきた寮生達は集まった講堂で箒を渡される。
「ほうき?」
「これから、皆さんには講堂の掃除と卒業式の準備をして貰います」
「卒業式の…ああ、そういうことか」
 朱雀寮の講堂で、三年生の卒業式が行われるのはもう明日の事である。
 隅には椅子や机が重ねられ、紅白の幕や床に敷く布、段などが用意されている。
「営繕や清掃の職員もいますし、手伝いますが卒業式の準備は毎年低学年が行っているので皆さんにもお願いしたく思います」
 低学年は朱雀寮においては卒業式への参列を許されてはいない。
 だから、謝恩会を含めた全ての委員会活動が終了した今、三年生の為にできる、これが最後のことであると思うと、まあこの程度の活動は仕方ないかなと思わなくもない。
 彼らは言われるままに箒を手に取った。
「それから、皆さんに相談しておきたいことがあります。
 新年度からの授業体勢について、です」
 直ぐに仕事を始めようとしていた寮生達は、寮長の言葉に首を傾げる。
「授業体勢ですか?」
「そうです。三年生が卒業して後、新しい年度が始まります。
 今は桃音を含む二名の予備生以外の新入生はいませんので、彼女達は基本的に二年生の依頼に同行することになるでしょう。
 だが次年度は今年度に比べ人数も少ない。なので、現時点では通常の学年ごとの授業と、二年、三年の合同授業を隔月ごとに行う事を検討しています」
 突然始まった説明に寮生達は目を見開く。
「それは、決定ですか?」
「いえ、まだ予定です。ただ…各国の情勢はそれぞれ予断ができないものも多い。
 大きな何かが…動く気配もあります。だから少人数で活動するよりも人数が多い方が安全度も上がるのではないかと言うこちらからの提案に過ぎません。
 まあ、多人数で行う分、課題としての難易度も上がるでしょうが…。
 ですので、皆さんからの意見も聞きたいと思うのです。
 せっかく、一年、二年が一堂に会する良い機会です。掃除や準備をしながらの雑談でも、終わってから場を設けるのでも構いません。
 それぞれ、相談して今まで通り学年ごとの授業を中心にするか、合同の授業を行うか話し合い、皆さんの意見を纏めて下さい。
 反対意見、賛成意見、提案意見を参考にし、基本的に皆さんの希望に沿う形で授業を行っていく予定です」
「…纏まらなかったり、物別れになった時は…」
「その時はそれまでの意見を元に私が決定します。でも、そんなことにならないようにして下さい。
 互いの意見を出し合い、引くべきところは引き、譲れるところは譲る。その人間関係を学ぶのも陰陽寮における陰陽師の大事な課題ですから」
 寮長の言葉に頷きながら、寮生達は気を引きしめる。
 ただの掃除と思って甘く見てはいられない。
 これも陰陽寮生達に課せられた「課題」だというのだから。
「それから、既に言ってある通り、卒業式に低学年の参列は認められていません。
 ただ、式の後、三年生に声をかけること、話をすること、見送ることは妨げていませんので、三年生に、本当に最後の話をしたい人がいればするのもよいでしょう」
 では、頼みましたよ。
 と、言って寮長は去って行く。

 いよいよ、明日は卒業式。
 三年生達は巣立って行く。
 それは同時に新学期の始まり。
 人数も減り、新体制となる朱雀寮を自分達が支えていくことになるのだ。
 後輩を教え、先輩と協力して。

 年に数度しか鳴らない朱雀寮の大鐘楼。
 その鐘が高らかに鳴り響く日は、もう明日である。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827
16歳・男・陰
雲母(ia6295
20歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039
17歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964
17歳・男・陰
ユイス(ib9655
13歳・男・陰
ネメシス・イェーガー(ic1203
23歳・女・陰


■リプレイ本文

●決意と思い
 式場を掃除する。
 塵一つないように綺麗に。
「黒翼、その幕をあと少し横に引っ張って…そう」
 僅かの乱れも無いように丁寧に。
「先輩、これで最後だ」
 白い布を運んで来た羅刹 祐里(ib7964)からそれを受け取って相棒と一緒に来賓席の机にかける。
 それで準備は終わり。式場は完成した。
 明日、ここで三年生達が卒業式を迎えるのだ。
「これで本当に終わり。お別れだね」
 噛みしめるように呟いてクラリッサ・ヴェルト(ib7001)は紅白の幕と華に囲まれた式場を静かに見つめていた。

 卒業式を翌日に控えた陰陽寮朱雀。
 講堂の掃除を終えた在寮生。
 一年と二年と予備生は食堂の席、その思い思いの場所に座っていた。
「とりあえず、みんな。お疲れさん。掃除も無事終わったな」
「そうじゃな。後は明日、式を終えた三年生を送り出すだけじゃ」
 労う様に告げた芦屋 璃凛(ia0303)の言葉頷くのは比良坂 魅緒(ib7222)。
 式場の設営が終った時に感じたあの切なさがまた場に広がって行く。
 噛みしめる様に言って目を伏せた魅緒の背中を
「まだ、終わりやあらへんで」
 ポーンと雅楽川 陽向(ib3352)が元気よく叩く。
「陽向?」
 首を傾げる魅緒に陽向はいつものように明るい、向日葵のような笑顔を向ける。
「まだ、最後のお見送りがあるやろ。その時に茶店でもやっておもてなしするのはどうやろか?
 長い旅路を行く先輩の為の雪見茶会やで」
「雪見? でも、この調子だと明日、雪は降りそうにないと思うが?」
 窓の外を見上げて祐里が呟く。
 雲一つない、とまではいかないが美しい青が広がる空。
「うん。本物は降らんやろね。だから…こしょこしょこしょ…」
 小声になり手招きする陽向の周りに寮生達が集まる。
 別に三年生が聞いている訳ではないが、なんとなく。
「はは、良い案だと思うよ。流石陽向君」
 陽向の提案にまずユイス(ib9655)が賛同の声を上げた。
「本当にまあ、よくもこういう事を思いつくのう、陽向よ。お主の騒がしいところ、割と助かるぞ」
 次に魅緒が陽向を見ながら頷く。その目はどこか誇らしげだ。
「俺も異論はない。できる限りの準備はしよう。薬草茶とかなら保健委員会の十八番だ」
 次期保健委員長と視線を合わせた祐里が言えば二年生達にも断る理由は無い。
「いいんじゃない? 手伝うよ」
「良いと思いますよ。私も、参加させて下さい。
 ついでですから足湯もしてみましょうか」
 クラリッサに続いてカミール リリス(ib7039)も楽しげに頷く。
『おい、リリス。俺様は何をすれば良いんだ』
 肩口から声をかけてくる管狐カームにリリスは軽く笑って指示を出す。
「そうですねぇ、茶席では紙吹雪を撒いて貰いましょうか」
『なんだか、地味過ぎるじゃねぇかよ。掃除では見回りばっかだったし…まあするけどよ』
「ボクは、もてなしの方法も知っていますから任せて下さい。ただ、できれば保健委員さんに薬草とかハーブとか分けて欲しい所ですが…」
 進んでいく打ち合わせを璃凛は苦笑交じりで見つめ、肩を竦めた。
「皆、やる気満々やな。けど、もう一つ相談せなあかんこともあるんやで」
 二年主席の言葉にぴたりとざわめきが止まるが
「いや、それは相談するまでもないやろと思ってん」
 陽向はあっけらかんと笑って答えた。
「?」
 璃凛は目を瞬かせる。
『合同授業…ですか?』
 寮長から話、一年生達にとっても思いがけない事であったと思ったのだが…。
「合同授業の話、ですよね。最初は確かに少し驚きましたが受け入れたいと思います。
 確かに授業のレベルは上がるだろうけど、状況が変わったならやることも変わるのは必然だしね」
「我も、合同授業は、賛成する。断る必要も無い話だな。今年は、いつもとは、違うような気がするからな」
「同じく。反対する理由がないぞ」
 ユイス、祐里、魅緒と繋がってきた思いを陽向が笑顔で纏める。
「うちは大賛成や。めっちゃ楽しそうやん! どないなるんやろ、ワクワクが止まらんで♪」
 それに…とユイスが再び引き継ぐ。
「偉そうな事を言うとね…望む所だって気持ちもあるんだ」
 少し落ちた声のトーン。けれど側にいる仲間達には聞こえるだろう。
「より高みへ。辛くても大変でも挑む事ができるのだから、ね。皆はどうかな?」
 くすっと笑って問うユイスへの一年生達の答えは
「むしろ先輩方よ、油断召されるな? これからは共に競う立場になる」
 真っ直ぐな志と瞳だ。
「雲母(ia6295)君もいいよね」
 向けられた視線にひょいと顔を背け、雲母は立ち上がる。
「勝手に決めとけ、私はそんなことより大事なことがこれからあるんだ」
 そのまま食堂を出てしまう雲母に軽くユイスは肩を竦めて見せるが、これが彼女なりの肯定であることが解るくらいには慣れてきた。
「まあ、新二年生達がいいなら私は構わないよ。世界情勢が変わってるし、前年通りの授業ができるとは思えない」
「どうやら、皆さんどうやら合同授業に賛成のようですね。むろん、一年生…いえ、二年生と予備生には難易度が上がるわけですけど。それは覚悟の上…と」
 ある意味、一番大変な事になるかもしれないのはネメシス・イェーガー(ic1203)と桃音であるが、彼女達もまた反対の意見を紡がなかった。
「与えられた中で、できることを…全力で。そう教わったから」
「まだ、何ができるのか。行われるのか解りません。故に皆さんの決定に従います」
 二人の予備生の前向きな思いに璃凛は決意を固めたように頷いた。
「解った。寮長にはそう報告しとく。後は、それぞれ明日に向けて準備しよ。うちは見送りの時、送辞を贈りたい思ってて、その準備したいからあんまり手伝えへんけどな」
『代わりに手伝うか』
 猫又冥夜が顔を上げる。
 後は皆、笑顔と行動で答えた。
「よっしゃー、頑張るで〜。先輩達に最後のサプライズや!」
「陽向。料理長が台所と食堂を自由に使っていいと言っておる。さっそく始めるか? 仕上げは明日にしても準備や下ごしらえは今のうちにしておこうぞ。あと、練習じゃな」
「おおきに! 正直ちょこっと自信なかったんや。うち絵は得意やないしな」
「じゃあ、僕が一つ見本を描いてみるよ。それを見て練習しよう」
「私も手伝うよ。絵心は、まあ……人並みだと思う。黒翼も手伝って」
「おい彼方、今度こそ妾達だけじゃぞ。気合を入れよ」
「じゃあ、材料の準備と買い出ししてくるな。何が必要か書き出してくれ」
「妾も相棒カブトを出すとしよう。なるべく良い物を手に入れたいからの。米粉と小豆は任せよ」
「必要道具は、用具委員会のうちに任しとき!」
「図書室で朱雀の絵を探して来るよ」
「皆さんのために、頑張りますよ」
 かくして見送る者達も動き出す。
 最後の一日を少しでも輝かしいものにする為に…。

●それぞれの送辞
 卒業式の朝、どうやら三年生達は皆、早めに来て寮と最後の別れをしているらしい。
 それに陽向が気付いたのは準備の為の荷物を取りに来たとき、自分の委員長が部屋で最後の整理をしていたのを見たからである。
 邪魔をしては悪い気がして、相棒の琴の所に隠れて暫し。
 戻った時には彼は、もう部屋にはいなかった。
 ホッとしたような寂しい様な不思議な気分を振り払う。
「え〜っと、必要な道具は紙吹雪用の白い紙と、床机と…あ、あと野点用の赤い敷き布、どこにあったかいな?」
 見回すとそれは思いの他、高い所にあった。
 ふと、涙が零れた。自分でも意識してなかった程にぽろり、と。
「三年生の委員達は、ほんまに背が高かった。
 『あれ、取って!』
 ちゅう、あのやり取りも、もう出来んのやな」
 しみじみと呟いて背伸びする陽向の背後から
「これでいいのか?」
 ひょいと長く逞しい手が伸びて毛氈を降ろす。
「祐里さん…」
 横には提灯南瓜のジャッカスもひらひらと浮いていた。
「ていうか、お前浮いてるんだから、高い所のものを取るなんて簡単だろう?」
『力仕事にはむいてないんだよ〜。掃除は一生懸命やったんだからいいだろう?』
 冗談か漫才のような会話をする二人を見ながら陽向は言葉を探すがそれより先に祐里がにっこりと笑って見せた。
「魅緒が呼んできてくれってさ。それに保健室にも薬草園にも先輩達がいて別れを告げてる。
 薬草の準備、早めにしておいてよかったよ」
 肩を竦めて荷物を持つ祐里の後を、陽向は小走りで追いかけていく。
 前を行く大きな背中に先輩達を思い出して、少し切なかったが…そんな感傷は今限りにしようと陽向は決意していた。
 彼らが安心して卒業できるように、笑顔で見送ろうと…。

「ごちそうさま。…そろそろ行くわ。…また新しく大事にしてくれる人がくるわよ。絶対。またね」
 声と足音が遠ざかって行くのを見送って後、
「良かったのか? 見送らなくて」
 調理委員長を送り出した朱雀寮料理長は厨房に向けて声をかけた。
 応えながら大切にノートを手に取るのは二人の調理委員。
「はい。まだ料理、完成していませんし」
「…顔を合わせるのは最後で良い」
 そうか。
 頷く料理長の後ろで扉が元気に開き、一年生と二年生達が入ってくる。
「お待たせや! 饅頭作りはじめよ」
「待っておったぞ。小豆は煮えておる。疾く始めよ」
 仲間達を手招きし、材料を整え、厨房を仕切る魅緒は仲間の準備を次期委員長に任せ、昨夜から仕込んでいた料理の仕上げに入る。
 野菜と塊肉のポトフだ。以前、調理委員長から教わった彼女の得意の品。このノートにもきっと書いてある。
 一昼夜丁寧に煮込んだトロトロの野菜も悪くないが、今回はスープに拘る。
「真似ではない。背中を見て学んだものを見せる。これが我らの送辞じゃ」
 徹底的に灰汁をとったスープには一点の曇りも無かった。
「…料理というのは良い。無心になれると共に色々な事を考えられる…。それに正しく行えば正しく成果が返ってくるからの」
 味見をしながら魅緒はふと目を閉じる。
 正式な送辞は璃凛に任せるが、心の中では色々な思いが浮かんでくるのだ。
(…奴に連れられて朱雀寮に来てもうすぐ二年…。
 無論後悔などない。
 なら来て良かったのか?)
 自分自身への問いの答えは直ぐに返ってくる。
(…そうじゃのう…正直ここに来ずとも陰陽師の腕は磨けたであろう。
 形は違えど今と同じくらいの技量を得られていたとは思う。
 …じゃが…『陰陽師になれて良かった』とは思わなんだろうな。
 友が、仲間がいて、誰かの為に、何かをできる幸せ…
 それが答えじゃ。
 …きっとお主もそうなのじゃろう?)
「魅緒さん。食紅は…、あれ? 何しとるん? ほっぺ赤いで」
 ピクン! 魅緒の背が伸びた。
「な、なんでもない。食紅じゃの? それならここじゃ」
 陽向の言葉を慌てて打ち消して小瓶を差した。
「〜♪♪〜。どうや、鳥らしゅうなったで! って…なんで、皆、耳塞いどるん?」
「…魅緒くん。こっちの手伝いお願い出来るかな?」
「解った。今行く」
 そして、思う。
(ま、これは秘めておくかの。
 今更照れくさいわ。これで終わりというわけでもない。
 口にするのは璃凛の送辞で充分じゃ)
 彼女は思いを心に書き留めるとノートを汚れない場所に大事に置いて仲間の所に戻って行った。

 雲母は式の直前、一人の卒業生と向き合っていた。
 …かつて一つの邂逅があった。そこで失ったものと得たもの。
 その結晶が彼だ。
「開拓者になってから、今まで、お世話になったのだ。
 もし出会えなければおいらは今、ここに居ないのだ。
 故に、全力でっ!行かせてもらうのだっ!」
 丁寧なお辞儀をする少年に、雲母は弓を構える。アーマー覇装は今日の所は出番はない。
「私は…どれだけ強くなったか知りたかった、私の右腕をくれた男がどれほどのものかずっと知りたかった、私の知らない所でどこまで強い男になったか知りたかった!」
 だから正面から戦う。
 雲母にとってこの戦いはどんな言葉を尽くしたそれより意味のある送辞なのだ。
 こちらの攻撃を恐れず、少年は真っ直ぐに攻め込んでくる。
 自分の得物が弓である以上接近戦は不利だと解っていても、終始押され気味でありながらも雲母の頬にははっきりとした笑みが浮かんでいた。
「私と会って、負けて、勝って、時には守って、守られて、自分で悩んで答えを出して、前に進もうとする、だから私は本気を出すんだ」
 間合いを開けようと一歩下がる。その瞬間
「逃がさないなりよ!」「なに!」
 黒い影が唸り声を上げて立ち上がる。地縛霊だ。
「くっ!」
 纏わりつく闇を振り払いながら身を躱して再び攻撃する。
 けれど設置された地縛霊。
 足元を警戒しながらの動きはそれまでに比べると微かに精彩を欠く。
 時間にしてほんの僅な隙。それを見逃さず瓶が投げつけられる。
「何だ、こんなもの!」
 いくつかを躱し、いくつかをレンチボーンで払う。だが、その一つが割れて、弓と顔にかかった。
「酒? まさか…?」
 一瞬の逡巡。その瞬間、彼女は見ることになる。攻撃に躊躇わず踏み込んでくる少年の揺ぎ無い眼差しを…。
「でやあああっ!!」
(酒を使ったということは、火輪か、それとも?)
 術を警戒し構えた雲母のその腹に、一気にスピードをあげた少年の飾り気のない攻撃が埋まる。
「ぐっ!!」
 衝撃に膝をついた雲母の手元から少年が弓を蹴り飛ばしたところで、勝負は決まった。
 膝をついた雲母と目線を合わせると
「本当にありがとうなのだ!」
 両手を胸の前に組み膝をついた。
「…強い男になったな」
 自然に口から思いが零れた。
 右手の義手を一度だけ見て、左手で少年の頭に手を乗せる。
 解っていた事だ。自分のあの時の決断は間違ってはいなかった、ということは。
 それを確かめられた。雲母の顔と心に晴れやかな何かが浮かぶ。
「余計な事は言わない。ただ、お前は私が認める強い男だ…だから…解るな」
 身体を起こした雲母に少年は
「うん! おいら、約束するのだ!」
 真っ直ぐな心と笑顔で頷くのだった。

 数刻の後、見送りの準備に励む寮生達の頭上で
 ゴーン、ゴーン。
 高らかに鐘の音が響き渡る。
 滅多に鳴らないこの朱雀の鐘は年に一度、卒業生を送り出す時に一際高らかに喜びを唄う。
 寮生達は知った。
 今、三年生達が卒業を迎えたのだと…。
 喜びと、少しの切なさを胸に彼らは間もなく現れるであろう寮生達を待っていた。

●託された思い
 揃いの黒い外套に身を包み、卒業生達が建物から出て来たのはその後、間もなくのことである。
「ほいほい、そこ行く先輩達。
 寮を旅立つ前に、ちょい一服して行かん?」
 ほぼ全員で彼らを出迎え、できるだけ明るい笑顔で陽向が設えた場へと導く。
 設えられた床机に傘に机は茶店風。
 腰を降ろした先輩を暖かいほうじ茶や根菜茶、干したミカンの皮を使ったミカン茶と手作りの朱雀の絵を入れた紅白饅頭でもてなすのだ。
 クラリッサや日向、ユイスらが一つ一つ丁寧に朱雀の絵を入れた手作り饅頭である。
「うわっ、可愛いね。手描き?」
 声を上げて微笑む卒業生達にホッと安堵の息が零れた。
 リリスが持ってきた桶での足湯楽しむものもいる。
 その前に、スッと進み出て璃凛は頭を下げた。
「先輩達、ご卒業、おめでとうございます。
 後輩を代表して…送辞を送らせて下さい」
 静まった空気が肯定の意。大きく深呼吸して璃凛は原稿を読み上げた。

「卒業生の先輩方御卒業おめでとうございます。
 少しばかり長く様々な事があった今年度でしたが
 私が、2年間迷惑なことを掛けてきたことは、主席とは言え、消えはしません
 なのでこれからも、感情のままに動き後輩に迷惑を掛けてしまうかも知れません
ですが、最上級生として朱雀寮の代表として
 自身の考えに偏らないよう仲間の声や、後輩の声を聞き責任有る行動を取れる様務めます
 私の主観ばかりでしたが来年度の朱雀寮を見ていて下さい
 在寮生を代表して言います。今まで、本当にありがとうございました

 二年生主席 芦屋 璃凛」

 拍手が上がる。だが、その中に微かな嘆息が混じっていたのも感じて、璃凛は送辞を折りたたむと二人の先輩の方へと向かった。
「なかなか、可愛くできたのではないですか?」
「それ、クラリッサ先輩の作や。うちのはこっち…。そんな生暖かい目せんで下さい」
「先輩達、ありがとうございました」
「叶うなら、先輩達と一緒に学びたかったですね。
 何を言っても言葉が足りなくなってしまうけど…ありがとうございました。
 皆さんの残してくれたものは、ボクらが引き継ぎます」
「私もです。でも、貴方なら大丈夫ですよ。頑張って下さい」
「今更、うちに言うことも無いでしょうけど…」
 陽向やユイス、クラリッサが挨拶にと取り囲む彼らに紡ごうとした言葉を
「ええ、私から、今更言う事はありませんよ」
 用具委員長であった人はそう言うと手で制した。
 そしてじっと璃凛を見る。
「伝えるべき事は伝えましたし、言うべき事は言ってあります。
 卒業も本日済ませた以上、先輩でも後輩でもありません。
 だからこそ、今ここに居るのは先輩でも後輩の間柄でもなく、唯の陰陽師です。
 言えるべき事があるとすればただ一つ。
 私達よりも気を遣うべき人のことを考え、周りを良く見なさい。それだけです」
「今日のこの日に、後ろ向きな言葉や言い訳はどうでしょう」
 後輩や、仲間を見つめ、もう一人の彼も抱きしめるように微笑む。
「欲しい言葉は、もう十分に…。後は後輩や仲間の言葉を良く聞いて進んで下さい」
 璃凛はその思いと言葉を噛みしめるように受け止めた。

 魅緒はポトフを二つ、カップに入れて運んだ。
 そして、足湯を受ける彼女に差し出す。
「ほら」
 調理委員長はそれを少し瞬きして見つめると飲んでくれた。
「!」
 感想の言葉は必要なかった。感動の涙と入り混じった喜びの顔、それだけで十分だった。
「妾達よりの送辞じゃ。…お前にも…じゃ」
「ありがとう…本当に」
 魅緒は後ろを向いた。
 …自分の…きっと泣き出しそうな顔を、大切な二人に見られたくなかったから。
 彼方や陽向達には見られてしまったろうけど…。

「うわああーーん!!」
 突然泣き出した桃音にユイスは駆け寄る。随分我慢をしていた彼女であったが先輩から相棒を譲られて、感情の堰が切れてしまったのだろう。
「せっかくの門出だよ。顔を上げて。これが今生の別れなんかじゃないんだからさ。会おうと思えばいつでも会えるんだから。ね?」
 慰めながら少し嬉しくも思う。桃音が大声で泣いてくれた事を。ネメシスが気遣う様に寄り添い、譲られた相棒も顔を寄せる。
(大丈夫です。安心して下さい)
 ユイスはそう告げる気持ちで先輩に微笑み、頷いて見せたのだった。

「よし、そろそろ行くか」
「うん。ありがとう。じゃあね!」
 その言葉を合図に卒業生達は立ち上がった。
「みんな!」
 陽向の号令に後輩達がさらに紙吹雪を舞い散らす。ネメシスは相棒のアーマー、ワーウルフを踏み台にさらに高くから飛ばす。
 本当の雪のようだ。
 祝福の雪の中進んで行った彼らが門を潜った瞬間
 ゴーン。
 もう一度高く、鐘の音が響く。
「では、皆さん!」
 そして『それが』生まれた。
 きっと卒業生それぞれが発動させた人魂。
 紙吹雪の中、高く舞う燕。黒と朱の龍。兎達や子犬、そして三羽の朱雀が絡み合う様に飛ぶ姿は正に夢を見ているようで…。
「キレイやな…」
 陽向は呟いた。啜り泣く声があちらこちらで聞こえる中、ユイスはもう一度深く、先輩達に頭を下げたのだった。
「本当に…ありがとうございました」
「卒業、おめでとう」
 クラリッサもリリスも璃凛も…みんなその姿が見えなくなるまで、見えなくなっても見送っていた。
 眩しく輝いていた先輩達をいつまでも…。

 天儀歴1014年 一月 吉日。
 陰陽寮卒業式 終了。

 そしてこの日から新しい朱雀寮の年度が始まる。