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■オープニング本文 【このシナリオは陰陽寮朱雀 三年生優先シナリオです】 陰陽寮 朱雀寮長 各務 紫郎は三年生の一人が見せる集中を静かに見つめている。 「…はああっ!!!」 彼は、その小さな体に瘴気を集め、己の練力を使い『力』へと変換させる。 手のひらへと集めた力を握りしめ、叩きつけるように地面に打ち付けるとその拳は大きく大地を抉ったのだった。 「ふう、こんな感じなりかね」 「周囲から集めた瘴気を、自身の練力でコントロールし、力に変える。 時に攻撃力に、時に術の威力の底上げに、そして時に回避能力の向上に。自分の力をさまざまに底上げする能力。瘴気吸収…パワーアップ、とでも名付けるべきでしょうか?」 側で術のコントロールを手伝っていた少女が静かに微笑んだ。 「新しい術式の完成…ですね。おめでとう」 「おいら達だけの力じゃないなりよ」 寮長の賛辞に少年は照れたように言い、少女もまた頷く。 「この術の実験に仲間達がたくさん協力してくれました。彼らの協力なしでは完成はありえませんでしたし、何よりこれは新しい術式ではなく失われた術の再応用です」 「そうなりね。…古の術師が使っていたのはもっと強かったかもしれないのだ。これからもっと研究すればもっと力を上げたりできるかもしれないのだ!」 「瘴気を除去しコントロールするという最初の研究目的からはいささか外れてしまいましたが、場にある瘴気を操りそれを自身に蓄えて利用する。…瘴気という力の一つの可能性を見いだせたように思います」 二人の言葉に寮長は心の中で笑む。 三年前、駆け出しの開拓者、陰陽寮の一年生として入って来た彼らの成長を思うと零れる喜びを隠すのは難しいが、朱雀寮寮長としては最後まで甘い顔は見せられない。 いつもと同じ顔で眼鏡を指で直すと二人に告げる。 「では、この術式は他の術と同じように陰陽寮で預かります。実際の効果を確認実験したり術式としての安定化を行って後、修練場で習得可能にできるようにしましょう」 「解りました」「ありがとなのだ!」 紫郎の言葉に二人はぺこりとお辞儀をした。 「後は術の開発者として研究過程を纏め、自らの意見と共に提出して下さい。 今後、同じように術式研究をする者などにとって大きな参考になるでしょうから」 頷いて後、去っていく二人を見送り、自室へと歩き戻りながら紫郎は思う。 今期の朱雀寮生。特に三年生は、本当に優秀であった、と。 アヤカシの陰陽寮襲撃や、生成姫との決戦を始め、北戦、希儀、他多くの戦場で彼らは活躍してくれた。 彼らがいなければ、もしかしたら今、五行という国は無かったかもしれない。 さらにそれぞれの研究において瘴気吸収を含め、三つの新しい術式と二つの術具作成概論を完成させ、またカラクリの新しい可能性の発見にも寄与した。 瘴気やアヤカシという分野は長く研究が続けられているだけに新しい発見などは難しい傾向がある。 その中での彼らの成果は長い朱雀寮の歴史の中でも誇るべきものだろう。 彼らは間もなく卒業する。 寂しくないと言えば当然、嘘だ。 けれど、彼らはそれぞれの目指す道の先で、今後も活躍して行くことに間違いはない。 そして彼らの残した功績や研究は後に続く者達にとって、灯となり道を照らしてくれるだろう。 そう思えば彼らとの別れは、別れではないのだとと自分に言い聞かせる。 毎年、卒業生を送り出すたびに思う事なのだけれども…。 「今頃、彼らは卒業論文作成に取り組んでいる頃でしょうか?」 部屋に戻った紫朗は新しく届いた書架をそっと手で撫でる。 この書架にいずれ並ぶ筈の朱雀寮三年生の卒業論文は後に続く者達への道標、そして朱雀寮の宝になる事に間違いはない。 何より、彼らの三年間の経験の証でもある。 「楽しみにしていますよ」 小さな呟きを空に放つ紫郎。 卒業の日は、もう目の前まで迫っていた。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●卒業を前に 陰陽寮の一年生用書庫 いわゆる図書室。 望めば誰もが閲覧できるこの一角にそれは並べられている。 陰陽寮朱雀卒業論文。 過去の寮生から未来の後輩に贈られた、メッセージであった。 「ふう〜、いざ纏めるとなると難しいなあ」 テーブルに向かっていた俳沢折々(ia0401)は筆を置くとう〜ん、と身体を伸ばすと大きく息を吐き出した。 目の前にはまだ白い紙がかなり積まれている。 陰陽寮の卒業式まであと数日。 卒業論文はその名の通り、卒業までに提出していかなければならない、三年生に課せられた最後の課題である。 「あとちょっとなんだけど…、ちょっと息抜きしようかなかな?」 固まってしまっている頭と心を少し、解きほぐさないといけない。 きっと、みんなも今頃それぞれに卒業論文の纏め。その最後の追い込み中だろう。 肩をこりこりと回すと折々は立ち上がり、友の顔を思い浮かべながら歩き出したのだった。 かさかさと書類や資料を捲る音。筆がさらさらと進む音。 ほんの僅かな音を除く静寂の部屋の中でアッピン(ib0840)と瀬崎 静乃(ia4468)は卒業研究の纏めに勤しんでいた。 卒業研究と言うのはいままでの集大成。 今まで積み重ねてきたもの、調べてきたこと。一つ一つの言葉を束ね、文章へと紡いでいくのだ。 「ふむ」 書き進め、手を止め、考えて、また書き進める。その過程でアッピンはふと、顔を上げて前を見た。 そこには同じ作業を同じように真摯に進めていく静乃がいる。 周囲にたくさんの手帳や資料を並べ纏めなおしている様子を見ると論文を書くと言う孤独な作業をしていても、一人では無いのだとなんとなく感じることができて軽く笑みが浮かんでくる。 「さて、こっちも頑張らないと」 アッピンは彼女に声をかけることはせず、自分の論文に戻る。 「ちょっと、テーマとして難しかったですかねえ」 アッピンの研究テーマは人造アヤカシについて。 人妖のような存在をもっと手軽に、アヤカシの能力を付与するような形で作れないか。それが彼女の研究。 そこにはアヤカシを作ることによって周辺の瘴気を減らす事ができないか、などと言う意図も含まれている。 長く研究を重ねてきた…が結果だけ見れば彼女の研究はしっかりとした成果を出せずに終わったものの一つであった。 「でも、ま、希望が無いわけではないですからね」 そう呟きながらアッピンは思う。例えば玄武寮では瘴気の花という瘴気を形にして固定する術があると言う。他にも西家で見た特に強い能力を持たない犬や猫型のアヤカシ。それらを応用して行けたら…。 彼女は卒業後封陣院に所属することが決まっている。 封陣院はアヤカシや陰陽術の研究機関であると同時に、対アヤカシの最前線に立つ組織だ。 「アヤカシは人を喰らい人の未来を摘みます。 それなのに私たちはアヤカシが何故発生し人を襲うのかさえ、分かっていません。 先人の想いと知識を受け継ぎ未来へと想いと知識を繋ぎアヤカシを究明しその害をなくし人々の力になりたい。 その志を実現していく為に私は封陣院を志したいと思います」 彼女は試験の時のことを思いながらアッピンは自分の研究に向き合い、その思いを纏めて行く。 『人造アヤカシの可能性についての考察 まず、私がこのテーマを志したのには幾つか理由があります。 ひとつは現在の陰陽師の術体系は瞬間的な作用を齎す術が殆どでああり、有力な探知を行える人魂でさえ1分ともたないものであること。 もうひとつは人妖という極めて高度な術を用いて作られた人造アヤカシが完成している反面、人妖は極めて貴重な存在であり、長時間の偵察や警戒などで単純で用途に応じた能力を持つ人造アヤカシを完成させることで、危険な魔の森の探索やアヤカシの警戒などを行わせることが出来るのではないかと思い研究を始めました。 人造アヤカシ〜自然発生し人類を貪る所謂アヤカシに対して現在に於いては人妖のような存在がそうであるといえます。 五行西方にある西浦家に遺された資料によれば、古い時代には長時間にわたり門番などの守護に使われていた式神の存在が示されており、それらの式神の技術が高度に発達することで、人妖のような永久的な式神即ち人造アヤカシが完成するに至ったと推測されます。 私の研究は現在西浦家に残されていた長時間稼動できる式神の再現する段階ですが、此れが成功し、式に恨み姫ののような追跡能力を与えることで単純な能力をもちかつ長時間の稼動が出来る式神ができ、これを更に昇華・安定させていくことで人造アヤカシの完成が可能ではないかと考察しています。 時間は掛かりますが研鑽を重ねて達成したいと思います。 アッピン』 そう、これで研究は終わりでは無い。 ここからが新たな始まりなのだ。 一方で静乃もまた静かな空間と、研究。 「…ふう」 そして共にある仲間の存在に心を癒されていた。 彼女の研究テーマは術。しかし、調査対象は食屍鬼。 術で屍を操るアヤカシの能力を再現できないかというものであった。 アヤカシの能力が実際にどのようなものかの解析も完全には進んでいない今の状況で完成は困難であることは解っていた。 でも、その過程で静乃が見つめ調べ続けて来た屍鬼、食屍鬼の資料は膨大で、今まで解っていなかった新しい発見もいくつか見つかっていた。 それらを実例資料と共に解りやすく纏めていく。 『連鎖的に憑依する時、対象の数が屍人や食屍鬼の数と同じでないと憑依できない屍人や食屍鬼がでてくる。 この場合、どうやってこの問題を解決するのか。 端数が出た状況下で、屍人や食屍鬼達はどのような行動を起こすのか。 屍人や食屍鬼達の憑依と吸血鬼の憑依とは異なると思う。 しかし、この時の行動が憑依から救う足掛かりにならないだろうか。 調査不足なのかもしれないが、一つの身体に二種類のアヤカシによる憑依は無かったように思われる。 共食い(憑依の上書き)が起こっているとも考えられるが、共食いという行為も参考にならないだろうか。 この論文が少しでも参考になると幸いである』 この研究も一人ではきっと形にすらならなかった、と静乃は思う。 本当に色々な事があった三年間。仲間達がいたから、ここまでやってくることができた。 『この三年間で経験した事の中で、一番強く感じたのは人との繋がりと想い。 人は一人では…と言う事を、何度も体験した時間だったと…思う』 静乃は何度も読み返し、推敲を重ねた最後にそっと、自分の思いも付記したのだった。 ●モノと人と… 用具委員会の倉庫の一角。 歴代用具委員長の自室に近いここで青嵐(ia0508)はあるものを見つめていた。 片方が陰陽寮謹製 封縛縄。そしてもう一本が試作品が完成したばかりの遮蔽縄である。 陰陽寮の三年になってからずっと向かい合っていたこの二本の縄を前に彼は自分の研究を紡ぐ。 『序論 封縛縄という術具が存在する。 縄自身の縒り方と篭められた錬力によって瘴気(精霊力)を発生させ、反発力を生む事で双方を不干渉とさせるものであろう。 実体のないアヤカシでさえ捕えられるこの縄。 アヤカシ対策として有効であるにも係らず、五行国内でさえ流通はされていない。 何故か?この理由についてと、遮蔽縄の理論に至った経緯を述べる…。 本論 …このように封縛縄は質にも寄るが、物によっては遺跡一つ分の数のアヤカシを長期に渡り封じ続ける程の効果を確認した。 しかし問題として封縛縄は強力ではあるが、一定以上のアヤカシは弱らせないと使えない点、強力な縄の作成は手作業で行うなど、時間とコストが跳ね上がることが上げられる。 また現状を考えるに、封じて解決する物事とは何であろうか? 封じるとは問題の先送りに他ならない。 今現在、志体をもち対抗できる人間は増えている。過去のように志体もちが少ない時代ではない。 必要なのは年単位の封印ではなく、数時間・数日程度の時間稼ぎである事が殆どである。 これらの事から私はこう結論付けた。 結論 封縛縄は強力ではあるが、その作成コストから扱いは局地的であり、流通に載せるには絶対数が足りない。 故に効能を上げるのでは無くより簡素化・簡易化させて量産し、陰陽寮やギルドの手のものが来るまでの時間稼ぎをしやすくする事が求められる性能ではないか。 それが遮蔽縄の開発に至った経緯であり、理念である。 完成した遮蔽縄も強力ながらまだ問題は少なくなく、価格も高く一般人が護身用に持つにはまだ敷居が高い。 遮蔽縄の安定流通を目指しつつ、いずれは封縛縄も含め志体を持たない一般人が身を守る手段として陰陽寮の道具が活用されることを望む』 青嵐も卒業後、封陣院に所属する。 その試験の時に誓い、告げていた。 「自分が守りたいのは人々の生活です。 人が居る限り、瘴気と言うものは消えはしないし、無くなる事もない。 それは瘴気を源とするアヤカシも同様。 長年、人はアヤカシに対する「守り」を重視してきました。 自分は、それをもう一つ進めたい。 国家という単位ではない、人が個人で自衛できる程に知恵と手段を増やす事」 この縄が「人々を守る」その願いの為の一助になってくれる事を青嵐は心から願い、祈るのだった。 「認めなくてはならないな…」 劫光(ia9510)は完成した外套を手に取って思う。 陰陽外套「図南の翼」 呪術武器としても使用できるマント。 黒い生地に紅い鳥の紋様。丁寧に織られた厚手の布には瘴気が蓄えられており、内布は逆に瘴気を遮断する効果がある。 僅かではあるが瘴気感染などから身を守ることも出来る。 劫光が思い描いていた完成形にはまだ遠い試作品であるが、これさえも自分一人の力では決して作りえなかったものであるということを。 小柄な先輩が自分達の為に繰る、機織り機械の音を聞きながら劫光は静かに筆を握っていた。 『呪術武器。 符に代表される呪術武器は陰陽術を扱う上で欠かせぬ、恐らくは一番身近な武器であり研究対象である。 最も触れる事の多い瘴気であると言ってもいいだろう。 故に最も基本であるからこそ、ここでそのあり方について今一度検証しよう。 呪術武器には当然瘴気を込める必要がある。 用法・特性に応じた瘴気を込める必要があり何でも良い訳ではない。 この事より瘴気にも種類がある事がわかる。 アヤカシより得る手法もあれば、物品や素材に元々宿っている事もある。 魔の森やアヤカシの事もあり、瘴気というと祓うべきモノという考えになりがちだが、その中でも良し悪しがあるのではないかと考えてみたい。 瘴気を操る陰陽師はアヤカシに近しい存在。 それを卑下として語る者もおり、その一面は真実であると思う。 だが、力は力でしかなくその善悪は使い手に依存する』 劫光は思っていたことがある。 瘴気とは人間の想念より生まれでるものではないかと。 例えばいくつかの呪術武器は悲しみや憎しみなど強い感情を下地にする。 陰陽の理は、文字どおりの陰と陽。 陽を自然、世界だとするならば、対する陰は人の心にあるのではないか。 全は個、個は全、本来1つであったものが分かたれて別のものになったとするならば、それは心なのではないかと。 無論、それを証明する方法も確認するすべも今は無い。 だから… 『必要なのは、あるべき姿を認識する事。 危険を認識し、されど必要以上には忌避する事なく、用法を間違えない事。 それが陰陽師の在り方と考える。 武器作成も同じ。 用法にあった瘴気をみあった素材へと宿し、それを生かす工夫が大事だ。 それには知識がいる。 体系化された資料が必要だ。 瘴気と素材を管理し、その組み合わせを実験し成果を遺す事が発展に繋がるだろうと考える。 また、瘴気に種類があるならば、 俺が試みた様な一方で弾き一方で蓄えるという真逆の特性を1つに宿す手法は複数人でこそのモノではないだろうか?』 素材から手を入れ織にも工夫する。劫光にはできなかった発想がこの外套の完成を促したように。 『故に提言する。今後同じ様な事を志すならば、それは単独でやるのではなく、誰かと共に行ってはどうか。 友や知己、仲間の協力を得て。朱雀寮ならそれがきっとできる筈である』 筆を置き、顔を上げる。 優しき機織り機の音は今も静かに続いていた。 ●術の未来 三つの新しい陰陽術式を完成させた今年度の朱雀寮生の評価は五行全体でも決して低くない。 しかしそのうちの一つ、解毒符の開発者の一人泉宮 紫乃(ia9951)は考えながらこう綴っていた。 『…これは勿論、私個人が特別優れていた訳でも、自分一人の力で完成した訳でもない。 共に研究してくれた友人をはじめ多くの人の協力と、幸運に恵まれたために生まれた結果である』 顔を挙げれば側には同じ研究をしてきた真名(ib1222)が微笑んでいる。 解毒符は炎の式で患部を焼き切る形で毒を治療する新術式。 その元となる提案をしたのは真名なのだ。この術式は正しく二人の共同開発で生まれたものだった。 『かつてあった術を復刻した体内を犯す毒を癒やす術であり、今回は炎の刃にて患部を摘出するイメージを加えて完成としました。 炎のメスの使用は、私なりにわかりやすい治療手段として付加したもので、実際に過去にあった術はまた違ったものであったと思います』 真名はそう術式完成に際し告げ、論文にも記している。 確かに新術式を開発したとはいえ、それは彼女達が最初に望んでいた高度治療を可能とする治癒符の可能性の一つが形になっただけに過ぎないし 『二年に進級した際、私は研究対象に治癒符を選んだ。 二年生の間になした事は多くはなく、過去の文献を研究し、推論を重ね可能性の一つを示したにすぎなかった。 三年生となっても引き続き治癒符の研究を選択。 幾つかの仮説をたて、研究と実験を繰り返していた。 そんな折、私は一つの幸運に恵まれた。 新しく発見された遺跡を探索し、古き陰陽術に触れることができたのだ。 その術を多少の研究を元に再現したものの一つが解毒符である。 この幸運がなければ、術を作ることはできなかった可能性は高いだろう』 と、紫乃が卒業研究に記したように幸運が味方したとも言える。 しかし、そこで終わらなかったのが二人の努力である。 『けれど、二年間の研究が無駄だった訳では無い。 文献と研究から身につけた知識が無ければ、 術を見ても理解し、再現する事はできなかったであろう。 仲間達の協力が無ければ、遺跡から生きて帰る事はできなかったかもしれない。 そもそも遺跡の探索自体、積み重ねた信頼があったからできた事なのだ』 そう紫乃は思い、 『以上の事でもわかる通り、陰陽術とはとてもフレキシブルな術と言えます。 今ある陰陽術もわかりやすい形に纏まっただけで、古くはもっと細分化したものであったのではないかと考察いたします。 完成に際し、私達が検分したもともとあった術式は本当に精巧にして精密で、一部改変しただけで術として成り立たなくなるものでした。 それでも前述の通り、炎のメスの使用というアクセントを取り入れられたのは、イメージとして成功していれば改変改良は可能である事を意味します。 古代の術に比べて、私達の術が優れているか劣化しているかはわかりません。 変化は進化とイコールにはならないのですから。 けれど、変化が無くして進化もあり得ません』 真名はそう考える。 二人の共通する思いは一つ。 三年間の積み重ねてきた知識、経験、思い、その全てがあったからこそ、新しい術式の完成が可能であったのだ。と。 最後に紫乃は卒業論文の最後をこう纏めた 『解毒符の作成は、結果の一つにすぎない。 今後も治癒符に関する私の研究は続くだろう。 この論文が、私の研究が、少しでも後輩達の参考になることを願っている』 真名もこう決意と願いを記す。 『この術の意義は『解毒』という今まで四神寮の陰陽師でも不可能だった事ができる様になった事よりも、私達陰陽師の術が不変なものではなく、変える事が可能であり、進化する可能性が全ての術に残されている事が証明された事にあるのではないかと私は考えます。 例え劣化したとしても、何かを変えられたならそれは失敗ではありません。 恐れず進む事を誓い願います』 二人の論文は重ねられ、隣同士に並ぶだろう。そして、いつか同じ未来を目指す者を照らす光となるのであった。 炎と氷には上位術式があるのに、何故雷にはそれがないのだろう。 そんな素朴な疑問が尾花朔(ib1268)の術式研究の出発点だった。 『学んだこと、それは一言に集約することができると思います。 「絆」 共にあり進むこと、共にあり学ぶこと たとえ離れていようと、寄り添う絆があること、そして変らないことそれらを学びました』 と論文の最初に書いた朔。 雷範囲攻撃術『雷獣符』を完成させた彼もまた、その術式を0から開発させた訳では無かった。 太古の遺跡で失われた術式を改良させてのものだったのだ 文献の僅かな記述を見逃がさず、実際の体験をもとに術を練り直し、最終的に彼は式に形を与え、攻撃範囲を絞る事で制御を可能にした。 直線上の対象に対し、自身の知覚に効果値を加算した非物理攻撃を行い、対象は回避が効果時間の間、低下、動きが少し鈍くなる。 『雷獣符』 けれど、その効果に対しても彼は更に提言、提案を上げる。 『雷の術を身に幾度か受けたとことで、いくつか判明したことがあります。 痺れによる身体の麻痺 軽度の電撃による身体能力の向上 主にはこの二つになると思います ・術の威力を弱めることで、捕縛などに使える可能性 ・自身に術をかけることにより俊敏性などを上げれる可能性 その他にも流用できる可能性が出てきています』 物事に対し、疑問を持ち更なる改良を望む、その前向きな視点は術式のみならず陰陽寮のあり方にも進む。 『先の白虎寮襲撃において見られた瑕疵と対策について。 朱雀寮を有事の際に民間の避難場所へ、と考えます。 その為には飛行する敵への備え、迎撃精霊砲ならぬ呪術砲等の作成、保持。 教室その他の簡易住居化、食料の備蓄や炊き出し等の取り扱い説明書の作成、訓練等』 術はあくまでたくさんある可能性の形の一つ。 何かの完成は、何かの終わりと同意ではない。 『以上、学んだこと、及び次代への願いを込めて論文とさせていただきます。 私たちができなかったことを、いつかきっと…後輩たちが、と』 「ここから…誰かが、何かを学び取ってくれる人が出てくれると嬉しいですよね」 束ねた文献や資料と共に、彼は希望と願いを残すのだった。 「全力全開っ!さぁ、次、行くなりよーっ!」 「わわっ!」 陰陽寮をのんびりと、仲間達の様子を見ながら散歩していた折々は廊下を風のように駆け抜けていく平野 譲治(ia5226)を遠くに見やり 「相変わらず元気だねえ〜」 と微笑んだ。 「先生方や、他の皆さんにどうやらあいさつ回りをしているようですね」 横から柔らかく声をかけて来たのは玉櫛・静音(ia0872)。 「もう、研究の纏めは終わったの?」 卒業後も同じ知望院の同僚となることが決まった友の質問に静音ははいと静かに頷いていた。 「術式の基礎理論は二人で纏めましたので。 まあ、「術の詳しい仕組みとかそっちは任せるのだ〜」と言ってましたけどね」 小さく、肩を竦めるように静音は笑う。 彼らが発見、再構築した術式『瘴気吸収』は九字護法陣の延長線上にあるものと見られているが、その攻撃、知覚、回避を底上げする効果はそれらより、実戦的な使用が可能であると期待されている。 「かつての術式は、練力の消費が少なかったり効果を持続、重ねかけなどもできたようですが、安全かつ、誰もが使用できるようにするには今の私達ではこの辺が限界ですね」 瘴気のコントロールの難しさは並大抵ではないと苦笑しながら静音は少し遠くを見る。 「私は、ずっと陰陽師の力で瘴気をコントロールできないか、と思っていました。 瘴気をその場から除去、浄化する事ができれば…と」 調べれば調べる程、瘴気というものには謎が多く、完全なコントロールは手に余る。 「だからこそ、自分のできることをしっかりやっていくしかないのだと思います」 そう告げた、静音は自身の卒業研究をこう纏める。 『瘴気の操作について。 私達で研究・復旧させた自己強化術、『瘴気吸収』と名付けたそれは周囲から存在する瘴気を集め、己の練力でコントロール、力に変える術です。 その用途は、時に攻撃力、時に術の威力といった己の力を底上げさせる極めて応用力の高い術であると思います。 その用法の主たるは取り込んだ瘴気をそのままの力として扱うのではなく、自分の錬力でその方向性を変えて使用する事にあります。 この術の完成は、瘴気という力をそのまま使う事の危険性と難しさを如実に表した結果とも言えます。 陰陽術が瘴気を基礎としているにも関わらず、瘴気そのものを扱う術が少ない事もこれが関係しているのでしょう。 そもそも私達は陰陽術の行使に瘴気だけを扱っている訳ではなく、瘴気と相反する精霊力を用いて反発力を使って使用しています。 瘴気そのものを扱うという事は陰陽師ですらできていないというのが結論と言えるでしょう。 その意味でこの術は瘴気に方向性を与え力とする稀有な術のケースと言えるのではないでしょうか。 瘴気を操る事ができなくても、それを別の形に置き換える事ができる。 それが私達陰陽師ではないでしょうか。 これまで瘴気を除去する事を目的に考えてきましたが、それは精霊力と瘴気の反発を無くす方向で実現となり、その危険性は泰で起こった争いにて実証された事から進めるにしても留意が必要であり、今は今の形にある事で良いのではないかと考えます』 勿論、ここで留まるつもりはない。 知望院に進みいつか、その先へ。 静音の目は真っ直ぐに前を向いていた。 いつも全力疾走。 朱雀寮内を今日も元気に駆けまわり、世話になった職員たちへの挨拶を終えた譲治は仮眠室の机で自分の書いた論文を見つめる。 『空気と同等と言えるほど各儀それぞれに瘴気が存在している。 一側面から見れば人間にとって悪であり、それは非常に正しく、事実である。 だが、悪なのは瘴気ではなく、人を襲うアヤカシなのだ。仮に人を襲わぬアヤカシがいれば悪ではないのだろう。 今回その瘴気を操り、自ら均衡を保つ方法を模索した。 残念ながら直接その方法を知ることは出来なかった。 しかし、瘴気操作の一端として「瘴気吸収」を知ることとなり、皆の尽力の末に術式化することに成功した。 肝は瘴気そのものの捉え方と思っている。 一つの仮説として、アヤカシの発生と志体持ちの発生が同時期だった事から、双方の力の根源が同じなのではないか、と常に考えている。 要は、我々の使っている練力というのも、瘴気ではないのか、ということである。 陰陽師の術のほとんどがそれに近く、他の職であってもそう的外れではないと考えている。 些か拙い文ではあったものの、締めさせてもらう。 定説を信じる事、仮説を信じる事は止めないが、常に自分の直感を信じられるのが一番だと、筆者は考える』 術式の提示などは最小限。 その分、考察と可能性提示に重点を置いている。 瘴気という力をもっと深く突き詰めたかったが時間が足りなかった。 壷封術にも興味があったが手を伸ばしきれなかった。 手をぎゅっと握り締める。 けれど…ここで彼は一つの成果を残すことが出来た。 「さぶろーっ!寮での振る舞い、手本とさせてもらってたのだっ!」 「私なんか目標にするな。もっと、もっと高く羽ばたいて行け!」 どんなに困難でも、人は自分の力で、自分の信じる道を歩き続けるしかない。 空の幻想が消えたわけではないけれど… 「いつか、きっと…」 そう信じて…。 ●未来への可能性 仲間達の姿に元気を貰い、再び机に向かった折々が、論文を完成させたのはもう夕方に近い日暮れであった。 「できた〜〜!」 両腕を上げて大きく伸びをする。 テーマはからくり。 タイトルは『からくりと陰陽師の歩む道』 からくりに術を取得させる可能性について、である。 『「からくりに陰陽の術を習得させることができるか」 全ての発端となった問いであり、疑問がこれになる。 狙うところとしては、からくりの奥義書化。 後継者に悩む陰陽師のために、自身の秘術を残す器としてからくりを活用できないか。 未知の機構も多いからくりだからこそ、同時に可能性も秘めているのではないかと推測。 ブラックボックスの一端を垣間見るため、からくりとの共同研究を行った次第 契機となったのは、からくりと瘴封宝珠の接触。 従来からくりは、精霊力や瘴気といった不可視の存在に対して、感知を行うことができないと思われていた。 しかし実際には、瘴気を知覚したからくりが、そこから陰陽術、精霊術を体現する事例が発生。 開拓者ギルド、および修練場の尽力もあり、からくりの進化を促すことに成功した』 その報告事例から暫し、からくりの進化が確認される。 後に覚醒からくりと呼ばれる彼らは今までのからくりと違う形で能力を開花させていく。 『但し、厳密にはすべてのからくりというわけではなく、基本、非志体の主を持つからくりに限定。 またこれら進化型のからくりは、既存からくりが有していた技能を使用できない特性を持つ。 偏に機能の余力に依存する問題であり、無差別に全てのスキルを習得することはできないことが判明している』 しかし、覚醒からくりとその進化は彼女が、本来目指していた形では無い。 自分の横にいてくれる相棒や、陰陽寮で友となったからくりの為に折々は新しい可能性への道を示したかったのだ。 共に、並んで歩いて行く為に。 『依然として不明点も多く、当初の目的であった陰陽師の後継とするには、問題が山積みなのも確か。 ただそれらの課題もまた、いつの日にか超えて行けると確信している』 誤字脱字が無いか確認し、署名をし、最後に一言を書き添えようとしたその時! ガラガラ! 勢いよく扉が開き 「見つけた! 折々!」 という声と共に折々は手を強く引っ張られた。 「折々! ちょっと来い!!」 「わっ? 三郎先生? 一体なに、何?」 怪力の講師に引きずられるようにやってきた、訓練場の一角に佇んでいたのはからくりの少女 凛。 「凛ちゃん? どうしたの?」 薄暗がりの中ではにかむ様に笑った彼女は胸の前で手を重ね、小さく何かを呟くとゆっくりと開いた。 「うわああっ!」 折々は声を上げずにはいられなかった。 そこにあったのは小さな、でも確かな光。 正しく、陰陽術 夜光虫だったからである。 「お前の研究と発見を基にして、修練所と陰陽寮がついに凛に…相棒からくりに、陰陽術や精霊術を覚えさせることに成功したんだ」 「ほんとう? …本当に?」 「ああ、まだ、全てのスキルというわけにもいかないようだが、今後の研究次第で増える可能性もあるし、徐々に実装もされるだろう。 …からくりの未来に新しい可能性が生まれたんだ」 『折々様の…おかげです』 震える様に肩を揺らす折々の手を凛はそっと握る。 冷たいけれど、優しいその手の感触と浮かぶ光に、折々は目頭が熱くなるのを、止めることはできなかった。 折々は後に論文の数か所に修正を入れる。 それは相棒からくり進化への希望と提言が主であった。 そして、完成した論文を寮長に提出する。 題名の下には一つの文章が添えられていた。 『――――この論文を親愛なる友、凛に捧ぐ』 陰陽寮生達の三年半、その思いと願い達は綴られて、こうして書架へと並ぶ。 彼らの軌跡は、後に続く後輩、そして陰陽師達にとって見えない未来への道標となって輝くことだろう。 |