【朱雀】終わりと始まり
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/13 21:40



■オープニング本文

【これは陰陽寮朱雀 一〜二年生、予備生優先シナリオです】

「お正月? なにそれ? おいしいの?」
 寮生のさりげない質問に、その少女は真顔でそう答え、瞬きをしながら首を捻っていた。

 事の始まりは年の瀬も迫り、新年の準備に慌ただしくなる頃、買い物に出かけた二年生の一人が町の子供に声をかけられたことに始まる。

「大晦日にね、みんなでもちつきするんだよ〜」
「おんみょうりょうのおにいさん、おねえさんたちもこない? いっしょにおもちたべようよ」

「と、誘われたんですけどいかがでしょう? お正月の鏡餅を作るのに丁度いいかと思うんですけど」
 声をかけられた調理委員会副委員長は、仲間達にそう声をかけた。
 間もなく新年。
 新しい年を陰陽寮で皆でわいわい過ごすのも悪くないだろうというそれは誘いでもあった。
 一年生、二年生、予備生。
 余裕があれば三年生も誘ってワイワイ過ごそうかとの話が始まりかけた時、それは判明する。
「大晦日ってなんか特別なの? お正月? なにそれ? おいしいの?」
 話を聞いてきた陰陽寮預かり次期一年。予備生扱いの桃音がそう首を傾げたのだ。
 寮生達のざわめきが止まりハッとした顔になる。
「桃音さん。新年のお祝いってしたことないん?」
 一年生の問いに桃音は考え、頷いた。
「新年? って確か人の世の暦の区切り? ああ、そう言えばそういう行事があるってことは教えて貰った気がするけど、やったことはない…と思う。
 私達こっちに出て来たの去年の秋か冬くらいで、落ち着くまで忙しかったし、暫くは目立たないように隠れ暮らしていたし…」
「里では?」
「里ではそんなのやらないもの」
 寮生達は顔を見合わせる。
 桃音は今は滅んだ大アヤカシ、生成姫によって育てられていた「生成姫の子」
 考えてみればアヤカシが人の世の暦で、正月だ、祝い事だとする筈もないか…。
 改めて聞いてみれば寮長は正月を実家に戻って過ごすと言う。
 朱雀寮の人妖や講師、職員も残る者はいるのでまるっきり一人と言うわけではないが、新年を桃音と共に祝う者はいるのだろうか…。

 そして寮生の一人が口にする。
「それじゃあ、みんなで、大晦日と、お正月を朱雀寮で迎えようか?」
 街の子供達を餅つきをし、大晦日を朱雀寮の皆で過ごし、初日の出を見る。
 特別な何かをするわけではないけれど、一人の少女にとってそれは、本当の意味での新しい年の始まりになるのかもしれない。

 授業でも、課題でもないけれど皆で楽しい一時を。
 そうして、仲間同士誘いあい、彼らは準備を始めるのだった。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827
16歳・男・陰
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
カミール リリス(ib7039
17歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964
17歳・男・陰
ユイス(ib9655
13歳・男・陰


■リプレイ本文

●新年の準備
 ぺったん、ぺったん。ワハハ、キャハハ。
 リズミカルな音と明るい笑い声が響く下町。
 杵を持ち上げる羅刹 祐里(ib7964)の横で南瓜提灯、ジャッカスがゆらゆらと笑みを浮かべて揺れている。
「みんな、揃ったか? そろそろ餅つきを始めるぞ」
『間に合わなかったら、俺が食べちまうからな』
 小さな広場は次々に集まってくる人の熱気と蒸し器の湯気で暑い程。
「ほら、桃音ちゃん。もっと腰を入れて手首で返す。力よりタイミングだよ。雫。合いの手を入れてあげて」
「は、はい!」
『そこで、はい。そうそう…』
 側で声をかけながら励ますユイス(ib9655)にそれでもどこか力が入った様子で桃音は熱い餅をひっくり返す。
『大丈夫かいお嬢ちゃん、手伝おうか?背中を押すぐらいだけどな』
「こら、ジャッカス。変な茶々をいれるなよ」
「手伝うで。あんこを餅の中にくるんでちぎるって、結構めんどい作業やもん
 子供が多いから、小餅の大きさでええな? あんこ多いて皮が薄い、ちっこい餅やねん。せやから、餅を喉につめる心配少ないんよ」
「頑張って。美味しいあんこもちが待ってますよ!」
「はい!」
 返事はしたが餅を丸める雅楽川 陽向(ib3352)や蒼詠(ia0827)の声を聴いているのかいないのか。
 必死に餅つきに挑む桃音の姿を寮生は優しい笑顔で見守っていた。

「『お正月っておいしいの?』…じゃと…。
 まさかウケ狙いでなくそのようなセリフが出てくるような者がいようとは…不憫な…!」
 桃音の話を聞いて驚きに比良坂 魅緒(ib7222)は目を見開いた。
 自分も昨年似たようなことを思ったのはとりあえず棚の上に置いてがしっと桃音の肩を抱きしめる。
「こうしてはおれん! 初の正月、思い出に残る様にしなくては。
 そして正月料理の素晴らしさを知り、調理委員の門戸を叩くようにしなくては!」
「ちょっと、苦しいってば!」
「まあ、調理委員会はともかく皆で祭りを楽しむのは賛成だ。手伝うのに異論はないぞ」
「僕も右に同じ。元旦は朱雀寮で、だね。楽しくなりそうだ」
 祐里の言葉にユイスも微笑んで頷く。
 さっそく年末年始のスケジュールを組もうという話になった時
「人間さんや修羅さんのお正月って、なにするんや? 同じ天儀でも、えらいちゃうやろ」
 ふと陽向が問いかけた。
 素朴な疑問、というやつだ。
「あ、修羅さんやったら、陽州ちゅう選択肢もあるな。…祐里さんはお酒呑める年齢や、お屠蘇のむん?
 カミール先輩みたいなエルフさんはアル=カマルやろから、まったくちゃうやろ?」
「そうですね。天儀の新年のお祝いですか…、アル=カマルの暦では、もう終わっているのですよね。確か」
『へぇ、そうなのか俺様は、まだ知らないんだよな。アル=カマルもよぉ』
 陽向の言葉にカミール リリス(ib7039)は考えるように頷く。肩から好奇心旺盛に覗く管狐カームと合わせて彼女も天儀の新年についてそう詳しいわけではない。
「と言うことで、桃音さん同様教えて下さいね」
『リリスに、天儀の新年の過ごし方を教えてやってくれ』
 先輩に頭を下げられ照れたように祐里は頭を掻いた。
「陽州の年越しは、凄いぞ。酒蔵が空になることもざらだ。我は、潰されるほど飲まされて二日酔いになるわ、酒以上に水をがぶ飲みするものだから水飲み祐理なんて言われてたな」
「やっぱりそうなんだね。獣人のはどうなのかな?」
 肩を竦める祐里に微笑んでユイスが陽向に問いかける。
「うち? 獣人は、お月さんを崇めるねん。月見団子が正月の食べもんや」
「ほう…そうなのか。やはりその土地ごとで違うものだ」
「興味深いですね」
 耳をピンと立て明るく尻尾を振って言った陽向であるが、あまりにも真剣に魅緒とリリスが頷いているので微かに顔が引きつっている。
「…ホント?」
 それに気づいたユイスが悪戯っぽくツッコミを入れた。
「…うそ、うそ、冗談や♪〜〜」
「…陽向!」
 騙されたと魅緒が気付くまで約半瞬、桃音はまだ気が付いていない。
 逃げ出す陽向と追う魅緒のおっかけっこを仲間達は
「じゃあ、餅つき大会の手順を決めようか」
「用具委員会に臼と杵、あるかな。聞いて来よう」
 生暖かく見守りつつ知恵と笑顔を寄せ合っていた。

 そうして始まった餅つき大会は次から次へと人の集まる大盛況の祭りとなった。
 入口で出迎えるのは陽向の龍 琴と魅緒の龍 カブト。
「出来上がったのはどんどん持ってきて下さい。あんこに、きなこ。ずんだに、大根おろし。納豆も用意しましたよ。翡翠。これを運んで下さい」
「雫も手伝ってあげて。あ、でも、納豆餅の方がまだできてませんね」
「こっちでは持ち帰り用の鏡餅やのし餅を作っておる。まだまだ餅は足りぬぞ。ドンドンつけ」
「そんなに簡単に言うな。結構大変なんだぞ」
 ユイスや魅緒の言葉に祐里が杵を持ち上げながら振り返った。
「最初の準備が手間やさかいな。ほれ、次は君がやってみな」
 祐里が餅つきの第一段階。炊きあがった餅米を押しつぶすところまでを終えると芦屋 璃凛(ia0303)が少し体の大きな子供に杵を渡した。
「わっ! 重い」
「無理そうなら、遠雷が手伝ってくれるからな。ほら危ないから他の子は下がってるんやで」
 安全に気を付けながら子供達にもどんどん体験させる。
 それが朱雀寮生達が今回の餅つき大会に提案した方針だった。子供達は皆、目を輝かせて見入っている。
「そうそう、腰に力を入れてそーれ!!」
 ぺたん、ぺたんと勢いはないが、それでも糯米は叩かれ、つかれて餅になっていく。
「餅つきできへん子はこっちで丸めるの手伝どうてな」
「はい。こっちのきなこ餅ももう食べられますよ。味見して下さい」
 餅に子供達が集まり、次々に皿を手に取って行く。
「おいしい!」「やわらかい!!」
 溢れる歓声と笑顔の中、
「はい。桃音ちゃんもどうぞ」
 蒼詠は捏ねとり役を交代した桃音に皿を差し出した。
 こぶりにちぎってあんこときなこをまぶした餅が乗っている。
「つき立てだから美味しいよ」
 ニッコリと笑顔で差し出された皿と箸を受け取って、桃音はあんこ餅を口にする。
「おいしい!!」
 思わず零れた声と桃音の笑顔に寮生達も破顔した。
「ほら、あんこ粒ついとるで」
 陽向が口元についているあんこを指でとるまで気が付かない程に桃音はつきたて餅に夢中になっていた。
「こんなに楽しくて、美味しい餅つき初めて!」
「そうじゃな。…食べ物は誰と、どんなところで食べるかによって味が変わるものよ」
 一瞬、止めた手をまた動かしながら魅緒は餅をちぎって大根おろしの中に入れる。
 餅そのものを食べたことが無いわけでは無かろうが、こうしてたくさんの人と一緒に過ごし、食べることが幸せだと知ってくれれば、それだけでもこうして皆で集まったかいもあるというものである。
「本当のお正月はまだまだこれからやからね!」
 陽向が桃音の背をポンと叩いて笑った。集まった人々と、そして仲間を見ながら桃音の手を握る。
「せやけどな、桃音さん。これだけ違う種族が集まるんも、珍しい場面やと思うで。
 アヤカシも多種多様やけど、ヒトちゅうんも多種多様なんよ。うちは常々思う。
 しっぽが無い種族の人は、どうやってバランス取りながら歩いとるんか。
 音のする方へ耳が動かんのに、聞くことに不便は無いんか…。皆違うから面白いんやしな。だから、来年も色んな人にいっぱい会おうな。心の準備、しっかり頼むで」
「うん」
 手をしっかり握りあった二人。だがその瞬間、陽向の耳がぴこんと動いた。
「あ! おいぬのおねえちゃんみっけ〜」
「うち、もう一つ不思議な事、あったんや。どうして獣耳としっぽ持っとらん子供は、獣人の耳としっぽを弄くりたおすんか…逃げるで!」
「一通り食べ終わったら、鏡餅を作るからこっちにおいで」
 手招きする璃凛の方へ手を繋いで走って行く。逃げるとも言うが。
「鏡餅ってのはな。古い習わしで神様へのお供え物なんや。鏡っていうとおり鏡を真似てるんやって。丁寧に優しく丸めるんやで…って、陽向。何餅の中に入れとるん? それに鏡餅にしては小さすぎるやろ?」
「あ、まだ皆には内緒で頼むわ。ここにおることもな」
「ほら、次、上がったぞ!」
 賑やかで楽しい餅つきはまだまだ続く。

●知るという事
 餅つきの翌日、大晦日。
「ふむふむ、なるほど。海老は腰が曲がるまでの長寿。数の子は子だくさん、子孫繁栄、栗きんとんは金運商売繁盛…っと。綺麗でよく考えられているのですね」
「黒豆はマメに元気よく。昆布はよろこんぶ。レンコンは先を見通せるように。まるで冗談のようじゃな」
「冗談と言うよりごろ合わせなのよ」
「先輩。こんにゃくの結び方はこれでいいでしょうか?」
「ええ、いいわ。こんにゃくはしっかり下茹でして臭みを抜いてね。桃音、人参と大根は千六本…薄切りにして細く棒状に切ってね」
「はい」
「可愛らしい小袖ですね。汚さないように上から割烹着を切るといいですよ」
「璃凛…先輩が着せてくれたの♪」
「ちょい早い、お年玉やね。新年は…おっと〜」
 口を押える璃凛にユイスと陽向がくすりと笑う。
 一〜二年の有志と桃音は朱雀寮の厨房に入れて貰い、一緒に新年のおせち料理作りをしていた。
 事の始まりはアル=カマル出身リリスのそんな問いからだった。
「魅緒さん。天儀では新年にはおせち料理というものを作り、雑煮というものを作るそうです。それはどういうものでどう作るか教えて頂けますか?」
「…雑煮? おせち?
 …いや…じゃから…妾去年しか正月やったことなくての…?
 いや、うん、作れるんじゃよ?去年教えて貰ったものくらいは…」
 背中をぽんと、叩いた彼方が三年生達と一緒におせちを作りに行こうと誘うまで魅緒のしどろもどろは続いたらしい。
「お、おのれっ! 雑煮を知ってるくらいでいい気になるなよ貴様らっ!」
 悔しいの半分、真面目半分で魅緒は調理委員長を始めとする三年生や、同級生、二年生や職員にも各地のおせち料理や、雑煮の作り方を聞いて回っていた。
「ね、料理作ってみる?」
 そんな魅緒の誘いに桃音も厨房に入る。
 料理そのものは出来るらしいが、その調理はあまりにダイナミックというか大雑把であったので委員長は丁寧に繊細な飾り切りなど丁寧な包丁遣いを教えていた。
「雑煮や、雑煮や! 雑煮はうちに任せてな!」
 しっぽブンブンと振りながら陽向はだしをとっている。それを覗き込む璃凛もまた楽しそうだ。
「陰殻と北面じゃ、雑煮の出汁やら具材ちゃうしな。そう言えばここの雑煮は、初めてなんや…楽しみや」  
「雑煮の作り方も本当に、土地ごとにイロイロあるのじゃな。中に入れる餅も焼きだ、そののままだ、軽く湯同士する。出しも昆布だ、カツオだ、あごだ、味噌だ、と皆違っておったわ。
 …地方によって色々あるんじゃのう…」
「雑煮っていうのはその名の通り色んなモノを煮合わせて作ったってことですからね」
 蒼詠も自分の手鍋の味見をしながら告げる。
「へー、澄まし汁やったり、具入れん所もあるんか…。うちんところ? 白みそで味付けして丸餅や」
「それだけ、正月と言うものが天儀で大事にされていると言う事なのではないでしょうか?」
 そう微笑みながらリリスは煮しめのあくを丁寧にとっていた。
「それに、一つ一つの料理に様々な願いが込められている。凄いですね」
「お正月って、本当にいいものなのね。私、何にも知らなかったんだ…」
 人参の皮をむきながら噛みしめるように桃音は言う。
「知らないことは知って行けばいいんですよ。私だって天儀の正月についての知識は桃音さんと似たようなものでしたからね。知らないことを知れるのは面白い事だと思いますよ」
「そのとおりじゃ。一つ一つ知って行けば良い」
「うん。色んなことを知るのはとっても楽しいもの!」
 素直に頷いた桃音の頭を魅緒はぽんぽんと撫でるように叩いた。
「陽向も言うたであろう。来年も色々な人と出会い、色々な体験をし、色々な事をしよう。…共にな」
「ありがとう」
 心から幸せそうに笑い、礼を言う桃音を一年生も二年生も、三年生も優しい笑顔で見つめていた。
「そうだ。試験が終わって戻ってきた人や餅つきを終えた一、二年生さん用に暖かいものも用意しておきたいのですが…。今日ならやはりお蕎麦でしょうか?」
「せめて年越し蕎麦くらいは妾達が作ろう。それは任せてくれ」
「…解ったわ。お願いするわね」
「おーい、そこの一年! 商売をしない正月は暇なもんでな。年越し蕎麦に噛ませてくれんかね?」
 賑やかな厨房に楽しい笑顔と笑い声が、また増えたようである。

●太陽に捧ぐ祈り
 ゴーン!
 一際大きな鐘の音が響いた時、璃凜は大きく深呼吸をして声をあげた。
「あけましておめでとう!」
 それを真似るように、桃音が
「おめでとう!」
 と声を上げる。後は木霊するように
「おめでとう!」「今年もよろしく」
 の声が食堂に響いていく。飲み物のカップを合わせる音もだ。
 …正直、桃音は最初、かなり説明しても
「新年」というものの概念や「それを祝う」意味が解らないようであった。
「昨日と今日、何か違うの?」
 と言うのはある意味正しいが、しかしそういうものなのだ、と理解してからは楽しむ、と決めたらしい。
「うちが実践して見せたるさかい、解らない事は真似してみるとええよ」
 そういう璃凛に頷いて彼女は二番に「おめでとう」を言ったのだろう。
「あけまして おめでとう」
 というのは不思議な言葉だ。言っているうちになんだか心も温かくなってくる。
「さあて、今度は皆で初詣行こうな! 神様にお祈りしに行くんや」
「初詣? お参り? …うん、いいけど」
 小首を傾げながらも桃音は頷いた。
「でも…まだちょい早いかな。どうせ外に出るんなら初日の出が出るころがええもんな」
「初日の出? …って?」
「まあ、それは後で。ユイス!」
「はい…桃音ちゃん。ちょっとこっち来て。先輩、お願いします!」
 ユイスは桃音の手を引くとある一室に荷物と一緒に押し込んだ。
 中で、どんなことがあったのか、外で待っていた寮生達は解らない。
 時折
「ほいほい、振袖着るんやったら、忘れちゃあかんで」
 妙に楽しそうな笑い声や桃音の悲鳴交じりの声が聞こえたくらいしか、中の様子はうかがい知れなかったからだ。
 でも、
「じゃじゃーん、完成や!」
 出てきた桃音を見た寮生達は目を見開く。
「ほお〜、なかなか可愛いじゃないか」
 いつの間に来たのか、陰陽寮講師西浦三郎が告げた言葉が寮生達の思いを代弁していた。
 薄く化粧した桃音が正月の晴れ着を着てそこに立っていたのだ。
 ユイスが用意した振袖蘭。美しい青と白の振袖は大きく描かれた蘭の花が清楚さを醸し出して
「晴れ着姿似合っとるやない」
 本当に桃音に良く似合っていた。
 髪には簪「早春」。銀の手鏡には華やかな自分がそこに写っていて、桃音にとってはどうやら初めての、驚きの体験であったらしい。
 お洒落な着物を着たらきっと喜んでくれる。
 そんな予想はずばり的中したようだ。
「こんな…綺麗な服、着たの…初めて。さっきの小袖だって…すごく綺麗だったのに、いいのかな?」
 照れた様にもじもじと下を向く桃音に
「いいに決まってる。なあ? そう思うだろ?」
 悪戯っぽく笑った講師の後ろで
「あ、うん。綺麗なり…よ」「似合ってる」「ステキよ」
 三年生達も微笑んでいた。
「その着物は良ければプレゼントするよ。先輩と同じく僕からのお年玉っていうか、寮の一員になった事へのお祝いっていうかで…」
 ユイスは軽く片目を閉じた。皆に褒められて真っ赤になった桃音は歳相応の少女で、愛らしい。ふと、いたずら心と絵心が浮かび上がってきた。
「あ、せっかくだからその服のままモデルになってもらおうかな」
 寮生達と新年の挨拶を交わす様子をユイスはさらさらとスケッチする。
 幾枚も書いたそれは、本当は桃音に自分の晴れ着姿を見せてあげる為のものであったのだけど
「それ、一枚…貰えないか」
 ふと、降りてきた真剣な声に
「はい」
 とユイスはその一枚を差し出した。
「さあて、皆。これから初詣行くで」
「先輩や皆さんは…」
「今日の所は遠慮しとくね」
「…ありがとうな。行って来い」
 寮の仲間達に見送られ、彼らは寮を出た。

 そして…彼らは初詣を終え、全員で初日の出を見る。
 普段、朝日が上るのを見ることも多くは無い。
 まして初日の出など、見ようと意識しなければ見ることは無いだろう。
「桃音。あれは、新年最初の太陽。特別なお日様、なんやで」
 璃凛の言葉にうん、と桃音は頷いた。
「神様に願いをかけるとかぴんときいへんかったら、あのお日様に願いをかけるとええよ。きっと願いを聞いてくれる」
 うんともう一度言って桃音は目を閉じ、手を胸の前に合わせた。
「どんな事、お願いしたんや」
 璃凛の問いに桃音は
「ないしょ」
 と首を横に振った。無理に聞き出すつもりはないから璃凛も追及はしない。
 ただ
「うちはな…、人同士が争うことに成らんようにやな」
 誓う様に璃凛は口にした。
(流石に桃音と生成姫の子供達の兄弟や姉妹が、争わんようにとは言えへんけど、それこそ傲慢でしかないやろうけど、あの子らも桃音と同様に幸せに成って欲しい)
 そう、心からの願いを込めて。
「さあ、帰るで。陰陽寮へ」
 微かな迷い、想い。それを振り切るように璃凛は仲間達へ振り返り、声をかけたのだった。

●小さな願い
 それから寮生達は正月を遊び倒した。
 初もうでの後は、食堂で正月料理を食べまくる。
 おせち料理だけではなく、ジルベリア風新年料理や、人妖が作ったお菓子も大好評であったが、なんといっても寮生達がそれぞれ作った雑煮の食べ比べに大きな声が上がった。
「うわっ! 陽向。これは餡餅ではないか!」
「そうや。面白いやろ」
「ああ、まあ、食べてみれば悪くない。甘塩辛い味噌と餡はなかなか合うな。……ここを卒業したら実家にも持って帰ってみようか…。皆、なんというかのう…」
「先輩のは合わせみそに昆布か」
「祐里君のは餅を入れないのですね…。酒粕で、温まりますね」
 お腹がいっぱいになってからはカルタ取りにコマ回し。
 三年生も合流しての凧揚げや羽根つきに振袖を着ていることを忘れる程に桃音は大はしゃぎで遊びまわっていた。
 こんな普通の遊びも、考えてみれば彼女にとっては始めてだったのかもしれない。
 初売りの買い物も覗きに行ったりして、充実した正月を過ごしたと言えるだろう。
 朱雀寮での正月は下級生達にとっては新しい年の始まり。
 本当に楽しいものになった。
 だがそんな日々も、三が日が過ぎた頃には終わりを迎え日常に戻る。
 そして外の暖かい木の下で本を読んでいたユイスは
「えっ?」
「はい。ありがとう」
 桃音から振袖を返されたのだった。聞けば小袖を貸してくれた璃凛にも簪をつけてくれた陽向にも彼女はそれを返したと言う。
「あれ? あげるって言ったのに気に入らなかった?」
 少し寂しげに言うユイスにぶんぶんと大きく桃音は首を横にふる。
「違うの。…貰っちゃうとそれで終わり…みたいだから。
 お正月、本当に本当に、本当に楽しかったから。だから…来年も、皆と一緒にお正月をしたいの」
 真っ直ぐな目で桃音はそう言って、ユイスを見つめた。
「だから、約束…。来年も、またこの服を貸して。そして、来年も一緒に…お正月をしよう」
「うん。解った。約束だね」
 ユイスは振袖を受け取り、そっと手を重ね「約束」した。
 桃音を見送った後、側で控えるように本を読む雫にユイスは独り言のように呟く。
「今年はどんな年になるんだろうね、雫」
 先輩が卒業し、自分達も進級し、新しく迎える一年。
 まだ先は見えないけれど
「ともあれよい年になります様に、だね」
 祈るように見上げる空は、眩しい程に蒼く澄み切っていた。