【朱雀】始まりと終わり
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/13 21:18



■オープニング本文

【これは陰陽寮朱雀 三年優先シナリオです】

 三年間と言う時は、決して短いものではなかった。
 友と共に天儀を駆け抜け、考え、悩み、、苦しみ行動してきた日々。
 その結果が今、少しずつではあるが成果となって結実しようとしていた。

 トントントン、シュッシュッ。
「聞いたよ〜。外套の見通しがついたんだって? …ってなに? これ?」
 仲間に話を聞こうと講堂の一角に集まってきた三年生達は、そこで多くが目を見開く。
 いつの間に現れたのか、朱雀寮では普段あまり見ることのない機械が組み立てられ動いていたのだ。
 一人がその機械を見つめ呟いた。
「これは…機織り機械…ですね」
「…あ、みんな。久しぶり」
 そんな寮生達の声に気付いたのだろう。機械の前に座り作業していた女性が手を止め、微笑んだ。
「伊織先輩?」
 その女性は源 伊織。
 かつて、朱雀寮の図書委員長であった現三年生にとって忘れられない先輩の一人であった。
 彼女は卒業後、開拓者になると言っていた…。
「伊織先輩、ここで一体何を?」
「先輩が西家を拠点にして依頼を受けていることは…聞いていましたけど」
「先日、我々が西家から戻る時、頼まれた事があるとおっしゃってご同行下さいましたよね。
 てっきり西浦先輩に用事があるのだと思っていましたが…」
 西域で働くことが決まっている寮生二人が顔を見合わせる。
 そういえば、ここに到着した伊織が最初に呼び出しを頼んだのは、西域の若長にして伊織の(多分)恋人 西浦 三郎では無く三年生の仲間にであったが…。
「彼女は…西家からの遣いでアドバイスに来てくれたんだ」
 頭を掻く仲間は、照れた様子で、それでもどこか嬉しそうであった。
「瘴気を込めた外套作りの研究をしていたんだが、既存の品に瘴気を付与することを中心に据えていた。それに寮長と西家がアドバイスをくれたんだ。
 素材から考えてみたらどうかって…。瘴気を貯めやすい材質や素材がある。それらを取り入れて…彼女の力を借りて布を織るところから手を入れてみた。そしたら…できたんだ。
 理想としていた能力にはまだ遠いけれど、瘴気を遮断する効力を持った呪術武器として使えるマントが…」
 彼が差し出したのは漆黒に朱い鳥が織り込まれた外套であった。
 丁寧に織られたマントは深く、暖かい手触りで、同時に不思議な力を感じさせる。
「…材料とか…加工の関係で…量産はまだちょっと…無理」
 織物の手を止めて伊織が言う。
「でも…長治さんが、朱雀寮生の…卒業記念に…作ってやってくれ…って、頼まれたから…」
「伊織は手芸とか、手作業が得意だからな。まあ、なんとか卒業式までには11人分、作ってやれるってさ」
 我が事のように自慢げに言うのは陰陽寮講師、西浦 三郎である。
「伊織が朱雀寮で正月を過ごすっていうんで、私も陰陽寮に残る」 
「…いつも、お正月も…帰ってこないくせに…」
 頬を膨らませる伊織に恥ずかしげに笑いながら、三郎は寮生達に言った。
「お前らも正月を朱雀寮で過ごさないか? できれば居場所を明らかにしておいてくれ、って言われた奴もいるだろ?」
 そう。
 実は寮生の何人かは、この年末年始、できれば連絡のとれるところにいてくれと言われている者がいる。
 卒業研究として術とアイテムの研究をし、それを完成させた者達だ。
 現在アイテム「遮蔽縄」。
 スキル「解毒符」「雷獣符」は完成、提出されたレポートを元に生産と、開拓者の習得に向けて上層部が検討に入っている。
 早ければ一月中に実験的に実装にこぎつけるかもしれない。と聞いている。
 おそらくはその調整の為だろう。
 また、この年末に知望院、封陣院の就職希望者は面談もある。
 就職試験はそう難しいモノではないと言われているが、それでも自分の職場への意気込みは伝えなくてはならないだろう。
 卒業研究について纏めたい者もいるだろうし…そうでなくてももうじき卒業。
 陰陽寮で過ごす、今年は最後の正月である。
 多分、それを気遣ったのだろう。
「一〜二年生もなんだか正月を陰陽寮で過ごさないかって声があるみたいだな。もし、良ければ陰陽寮に残って正月を過ごさないか?
 そんなに改まってじゃない。みんなでわいわいと準備して騒ぐだけのいつもの宴会みたいなもの、だけどな」
 三郎はそう寮生達に声をかけた。
 悪い提案ではないかな、と思う。

 一つの終りが近づいている。
 だから、最後に古い年の終わりと新しい年の始まりを仲間達と共に。
 寮生達は互いの顔を見合わせあい、そして微笑んだ。 


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●明日への準備
 トントン。カタカタ。
 暖かく、優しい湯気と甘い香りが広がり、立ちこめる台所。
 新年を間近に控えた大晦日、朱雀寮の学生食堂厨房は賑やかである。
「先輩。こんにゃくの結び方はこれでいいのでしょうか?」
「ええ、いいわ。こんにゃくはしっかり下茹でして臭みを抜いてね。黒豆の具合はどう? 紫乃?」
「はい。今のところ、いい感じのようです」
 親友、泉宮 紫乃(ia9951)の笑顔と鍋を見つめると、真名(ib1222)ふっくらつやつやとした豆を一つ、箸でとると口に摘まみ入れた。
「うん。ステキ。きっとみんな喜ぶわね。お餅はいいのを一、二年生が持ってきてくれたし…。私達は定番の料理を揃えて…っと。朔、そっちの方は、どう?」
「順調ですよ」
 ジルベリアの新年料理に挑戦する尾花朔(ib1268)は微笑んだ。
「仕上げの重箱詰めは桜と菖蒲に任せるわ。菖蒲! こっちお願い」
『はい』
「桜も一緒にお願いしますね。あ、双樹さん。こちらの竃、空きましたよ」
『ありがとうございます。新作のジルベリア菓子を…作ってもいいでしょうか?』
「勿論ですよ」
 遠慮がちに言う双樹を他の人妖の側にさりげなく押し出して紫乃は微笑む。
 先輩、後輩、一年、二年、三年生。入り乱れての台所。
 一生懸命に料理を作る一〜二年生達。人妖達にとっても一緒に料理を作り、同じ時を楽しむ今は忙しいけれど、きっとある意味一番楽しくて、大事な時間で有る筈だ。
「そうだ。試験が終って戻ってきた人用に暖かいものも用意しておきたいのですが…。今日ならやはりお蕎麦でしょうか?」
「せめて年越し蕎麦くらいは妾達が作ろう。それは任せてくれ」
「…解ったわ。お願いするわね」
 別の調理に入ろうとした紫乃はハッと気が付き声を上げる。
「真名さん! ブリが焦げます!」
 朔の言葉に真名は慌てて手を止めた。
「真名さん?」
「あ! ごめんごめん! 大丈夫。焦げてないわ。気にしないで? そう言えば彼女も後で黒豆と伊達巻もってきてくれるって言ってたの。洋風の味付けかしらね」
 紫乃や朔の心配そうな顔に気付いたのだろう。真名は笑顔で首を横に振って見せる。
「そうですか? では、私はあちらで鏡餅の用意をしています」
「私も料理に戻りましょう」
 強引な話題変換。二人はそれに乗ってくれたようだが、隠しきれてはいないだろうと真名は思う。
 気になるのは今日行われると言う試験とそれに挑む仲間の事。
「すっきり振り払ったつもりだけど、少し未練もある、かな…」
 小さく想いを吐き出して真名は顔を上げて新年間近の青い空を見た。
 雲はあるが冬晴れの空の下。
 皆は今頃、試験に臨んでいるのだろうか? と思いながら。

 年の瀬が迫ったこの日、二人の朱雀寮生は五行国のある場所にいた。
 場所は五行国の某施設。
 ここが封陣院の職員採用試験の会場で有る筈であった。
「採用試験、と言っても今日の受験者は我々だけでしょうか?」
 待合の部屋で服の襟元を整えた青嵐(ia0508)が周囲を見る。
 試験については試験が行われることはともかく場所も、試験内容も受験生以外に知らせてはいけない。と厳命されている。
 故にここにいるのは二人だけである。相棒達も置いてきた。
「そーですね〜。やっぱりちょっと緊張しますかね〜」
 ほんわりとしたいつもの口調ではあるが、アッピン(ib0840)も少し厳しい顔で頷いている。
「試験と言っても、ほぼ面談というか、意思確認であると。そんなに緊張する必要は無いと寮長はおっしゃってましたけど〜」
「もう少し難しい試験や実技があるのかと思っていましたが…」
「ま、陰陽寮を卒業する以上能力はそんなに見るまでも無いってことなんだろうさ。一応、信頼して貰ってるってことじゃねえの?」
「?」「喪越(ia1670)?」 
 突然背後から響いてきたノー天気な声に二人は振り返って目を瞬かせた。
 そこには何時の間にやってきたのだろうか。同じ朱雀寮三年生 喪越が立っていたのである。
「何故…あなたがここに? ここは受験生以外は…」
「そりゃー、俺も封陣院の就職試験を受けに来た受験生だからに決まってるだろ?」
「喪越さんも?」
 アッピンの問いかけに少し照れたように喪越は頭を掻いた。
「色々考えたが、対アヤカシの現場に関わるって意味じゃ、一番俺の夢に叶った道みてぇだと思ったからな」
 三年間を同じ委員会で過ごしてきた同輩に喪越は目を止める。
 普段、あまり表情を露わにしない彼の頬に浮かんだのが笑みに見えて
「何を笑って…」
 喪越は問おうとしたのだが、それは
「皆様、これより面談を始めます。お一人ずつ名前を呼ばれましたら、中にお入り下さいませ」
 職員の呼び声に止められた。
「まずは青嵐様。どうぞ」
 背筋を伸ばし真っ直ぐに、彼は目の前の扉を開いたのだった。

●力の行く先
 その昼過ぎ。
「終わった〜」
 大きく息を吐き脱力する俳沢折々(ia0401)に
「お疲れ様でした。…薬草茶を入れました。どうぞ」
 休憩に誘った保健室で玉櫛・静音(ia0872)はお茶を差し出した。側では人妖霧音が茶菓子を用意してくれている。
「ありがと。ふー、すこし緊張しちゃったよ」
 手の中の湯呑の暖かさを感じながら折々は息を吐き出す。今日は封陣院と共に知望院も就職試験が行われていたのだ。
「それについては同意です。陰陽寮の卒業生にとって落ちる様な試験では無いと言われても緊張しますよね」
 静音も心からの表情で頷く。
 知望院は封陣院と合わせて五行勤めの最高峰だ。
 口外禁止と言われているので仲間にしゃべる事はしないが…あの試験、あの面接。あれで良かったのだろうか、という思いは残る。
 ただ、思いだけは伝えてきた。迷いなく、間違いなく。

『朱雀寮での三年間を通して、私が最も感じたことは「知らないことが多過ぎる」ということでした。
 知識があれば、学習していれば、より良い方向へ導けただろうという事柄の、何と多かったことか。
 同時にこちらが学び終わるのを、時間は待ってはくれない、という事も深く理解致しました。
 無知故に大切な者を喪うという愚を、私は繰り返すつもりはありません。
 知望院にある情報すべてを自らの血肉とし、五行をアヤカシの脅威より守りたいと強く願っております』

『知望院を希望します。
 私は朱雀寮にて様々な事を学んできました。
 在学中、生成姫の一派からの襲撃も受け、戦って参りました。
 それは被害を考えれば決して幸福だったとは言い難いです。
 けれど、私達はそれを確かに乗り越えた、そう考えています。
 結果的に私は例年以上に密度の濃い時間を過ごせたと、そう確信しています。
 その経験を、得た知識を、私は五行国の為に役立てたい。
 知識を広げこの国と陰陽術の発展の為に役立てたいです』

「ま、でも、負けていられないからね」
 折々は顔を上げた。
 視線の先にある「負けられない相手」の一人に微笑みかけるように。
「折々さんが負けたくない相手って、試験官じゃないんですね」
 微笑みながら静音はお茶を入れ直す。
「ん。そうだよ。三年間一緒にがんばってきたみんなと、もうちょっとで離れ離れになっちゃうけど。
 寂しいって気持ち以上に、やってやるぞー、って気持ちの方が強いかなって。
 どの道を歩くことになったとしても、今、私の目の前にいる十人は、すごいことをするんだって分かってるから。
 だから、負けていられない…」
「はい。私も負けるつもりはありませんので。合格すれば同僚になりますが、お互い切磋琢磨して頑張りましょう」
 そうして二人は微笑み合った。同じ三年間を過ごし、同じ未来を見つめる者同士の笑顔で…。
「あ、これからどうするの?」
「譲治さんが瘴気吸収の実験をしているので、そのお手伝いに。バタバタしていますので…そのまま朱雀寮で年越しでしょうか?」
「そっか。私は伊織先輩のマント作りを見学して…後は謝恩会の準備をして…それからみんなで年越し、かな? お正月は朱雀寮で過ごすよ」
「寮で元日を過ごす、ですか…考えても見ませんでしたが楽しそうですね」
「うん」 
 そんな会話をする二人の後ろから
 トントントン。
「失礼します。先輩方。お力をお借りできないでしょうか?」
 控えめなノックと静かな声がした。

 晦日の昼間、人気のない図書館に
「解ったのだ!!!」
 ひときわ大きな声が響いた。
「どうしたんですか? いきなり?」
 図書委員長のアッピンが目を見開いて駆け寄りってきた。
 図書室は私語厳禁である。
「あ、ごめん、ごめんなり。でも、こうしちゃいられないのだ!」
 頭を掻いた平野 譲治(ia5226)は、だが興奮した様子を隠さないまま、外へ飛び出して行く。
 体育委員会が使用している広場、そこでは静音が瘴気吸収の実験を行っていた。
「ここは瘴気は多分、薄いなりけど…きっと好都合…」
「静音!」
「どうしたんですか? 譲治?」
 符や呪術媒体をいろいろ試していた静音は駆け寄って来た譲治に首を傾げる。
「…さっき、静音、言ってたなり…よね。集めた瘴気を別の形に転換…己が身で足りないならば補う物があれば…、って…」
「ええ、そうですね。だから呪術武器などから補えないかと…」
「もっと、単純な事なりよ。おいら、ちょっと試してみるから、見ててほしいのだ!」
「譲治?」
 息を整えた譲治は静音の返事を待たずに術の集中に入る。
 符を構えたあと、周囲の瘴気を静かに取り込んでいく。
(…己の中に取り込んだ瘴気を自分の練力で…力にする。瘴気をろ過して転換するイメージで…)
「はああっ!!!」
 そして譲治は地面にその拳を打ち付けた。
「わっ!!」
 砂埃と土埃が舞上がり、気が付けばそこには大きな穴が開いていた…。
「譲治! …これは…」
 駆け寄る静音に頷いて譲治は拳を握りしめる。
「瘴気回収みたいに瘴気をそのまま力にすることに拘ってたのだ。瘴気を自分の練力で補ってというか方向性を変えて自分の力にすれば…多分いけるのだ!」
「なるほど…。今は攻撃に力を転換したみたいですが、回避や術攻撃に能力を持って行くことも出来そうですか?」
「多分…」
「では、やってみましょう!」
 一気に実現の可能性が近づいてきた。
「必要ならお手伝いしますよ〜」
「アッピン?」「もしできれば頼むのだ」
「はい。ほんわかさんも手伝って下さいね〜」
 静音と譲治はアッピンの協力を得ながら、年の瀬。
 一気に実現の可能性が見えてきた瘴気回収の術の検討を繰り返し、繰り返し続けるのだった。

●朱雀寮での年越し
 薄い蝋燭とカンテラだけが照らす小さな部屋。
 陰陽寮のアヤカシ牢の中で瀬崎 静乃(ia4468)は二体のアヤカシを見つめていた。
 食べ物、布団、火鉢、机などを観察用の小部屋に持ち込んで生活を始めてもう数日になる。
「…屍人や食屍鬼の、環境は異なるのですが彼らの生きる様子も知っておきたいです。
 可能ならば屍人と食屍鬼の一体ずつを、一つの牢にて観察希望なのです。
 …それから、これは運が良ければだと思いますが、憑りつこうとする様子を一度みたいのも理由です。よろしくお願いします」
 そう願った静乃の希望が聞き入れられたからである。
 元「人」あったアヤカシの生態。その実態は彷徨い、恨みと空腹に声を上げるだけであったが、静乃はその中でも細かい差異や特徴を見つけようと観察を日々、続けていた。
 研究の合間食事に出たり、相棒である文幾重の世話をしたり、時折薬草園の肥料の様子を見に行ったりはしていたが、ほぼアヤカシ牢で研究を続けるマイペースで研究の日々を過ごしていただけに
「静乃!」
 アヤカシ牢に自分の名を呼び、人が入ってきた時には彼女は目を見開いた。
「にぃや?」
 やってきたのは劫光(ia9510)であった。
 部屋の中で研究データを書きとめていた静乃を見て、大きな息を彼は吐き出す。
「研究の邪魔をするつもりは無いけどな…でも、今日くらいは、ちょっと来い!」
「わっ!」
 手を引かれた静乃は小部屋と、さらにその先のアヤカシ牢の門から外に連れ出す。
 戸締りをする以外、逆らえずに外に出た静乃はそのまま食堂に引き入れられた。
「わっ!」
 そして急に明るく照らされた部屋に目を細めたのだった。
 いくつもの灯りに照らされ、新年の飾りつけを整えられた朱雀寮の食堂。
 南天の枝が飾られた部屋の中央には美しく装飾された縄が結び目にも注連縄風に工夫され、飾られている。
「一般化用の実験ですよ。装飾を施して持ちやすくと思っていますが…その辺は購入した人の工夫、ですかね」
 と笑っていたのは青嵐であった。
 そして、部屋の中にはいつも通り賑やかに年越しの食事を楽しむ朱雀寮生達がいた。
 一年生、二年生、職員なども朱雀寮にいる者はほぼ勢揃いだろう。
 見れば講師である西浦三郎も(多分)恋人源伊織と席を並べて笑いあっている。
「あ、お帰りさなさい。静乃さん。寒かったでしょう。暖かい年越しそばでもいかがですか?」
 紫乃が微笑みかけると
「毎度お馴染み喪越蕎麦だぜっ! 綾音。ドンドン配って行けよ」
「一年生が作った手打ち年越しそばも負けてはおらぬぞ。揚げたてエビ天を入れて食すがいい」
 明るい声も二人を出迎える。
「はい、どうぞ。一年生のそばは私も手伝ったよ」
 春霞の小袖を身に着けた桃音はくるくると、食堂中を回って給仕を手伝っている。
 料理の湯気と仲間達の笑い声、手渡された丼と、お茶のカップから、手の平に、そして身体全体にぬくもりが伝わり、冷え切った身体に温度を取り戻していくようだった。
「ここにいるのもあと少し。もうじき、新年。正月だ。新しい年を一緒に祝おう」
 横に寄ってきた劫光の言葉に静乃は頷いた。
 蕎麦をすすり気が付けば、遠く、遠くに除夜の鐘が聞こえる。
 寮生達も一時、会話を止め音に聞き入っているようであった。
 そして、
 ゴーン!
 一際大きな音が聞こえた気がした。と同時
「あけましておめでとう!!」
 二年生が大きな声を上げる。
 続いて桃音の澄んだ声が
「おめでとう!」
 と響く。
 それが合図になって皆が、互いに声を掛け合う。
「おめでとう」「今年もよろしくね」
 そんな中
「あけまして、おめでとう…今年、いや…これからも、よろしくな」
 湯呑を差し出した劫光に頷くと静乃は、自分のカップを彼と、そして仲間達のそれと打ちつけたのだった。

●誓いと思い
 早朝。
 初日の出が朱雀寮に降り注ぐ中、気が付けば機織りの音は再開されていた。
「防具としての…性能は、そんなに期待できないかも。…ごめんね」
「いや…それでも一人では厳しかった。それも三年分全員…伊織にそれに皆に感謝だ」
 正月返上で織物を続けてくれている先輩、源 伊織に劫光は心からの思いで礼を言った。
「これ、内布もちゃんとつけてあって、着心地も悪くないよ。少し重いけど…でもうん、悪くない」
 試着をして回って見せた折々に頷きながら劫光は外套を見つめた。
 黒地に織り込まれた紅い鳥。朱雀がそれぞれの道を行く仲間達を守ってくれるだろうか…。
「そう言えば、三郎はどこに行ったんだ? 話があったんだが…」
「さっき、来てたけど…多分、あそこ…」
「ああ、そっか。そうだね」
 それだけで、彼らには解る。
 静かに響く機織り機の音に耳を傾けながら
「悔いを残さないようにしたいもんだな」
「うん、そうだね」
 彼らはそう呟き頷きあった。
 
(…陰陽術、陰が精神なら陽は肉体。双方揃って陰陽と成す。
 陰に頼るでもなく、陽のみにもあらず…)
 精神を集中させ、正拳を正面に打ち出す。
 次は蹴り、足を引き重心を後ろに下げ、そして拳を再び前へ。
 流れるように一つ一つの所作を行っていく様子は美しく、そして時に激しいものであった。
『主上。誰か来たのであります』
 側で正座していたからくりアルミナに呼び掛けられるまで集中していた青嵐は、近づく下級生達に気付くと姿勢を常の形に戻して笑みを浮かべた。
「お帰りなさい。初詣は楽しかったですか?」
「うん。とっても! それに見て。綺麗な着物。また着せてもらったの。みんな、褒めてくれて嬉しい♪」
 振袖に身を包み、梅枝の簪を指した桃音が嬉しそうに回って見せる。
「先輩に着付けを頼みました」
「良かったですね」
「先輩。食堂に正月料理揃えてるさかい、後で来て下さい。美味しい雑煮もあるで」
「雑煮の食べ比べなどいかがですか?」
「解りました。後で伺わせて頂きますよ」
 その言葉に頷くと下級生達は楽しげにまた去っていく。
 彼らを見送ってまた青嵐は身体を動かし始めた。
 この新年をきっと、仲間達はそれぞれの思いで過ごしている。
 既に研究に戻った者。そして…さっき見かけた一人と二人のようにけじめをつける為に過去と向き合う者達も…。
(夜があれば朝が来る。万物に不変等なく、唯流れるのみ…)
 時は流れ立ち止まることなく流れていく。彼はそれを表すかのように一心に身体を動かし続けるのであった。

「…あ、朔さん、見て下さい」
 なんの目印も無い小さな土山の前に今日は菓子と、酒と一枚の絵が供えられている。
 紫乃の指先を見つめて頷いた朔は抱えた椿の枝を、そっと下すと静かに手を合わせた。
「透先輩。花が無くなる冬でも咲きく椿、落ちるのを嫌う方もいらっしゃいますが私は強い生命力に憧れますよ。どこか、貴方に似ているかもしれません」
 朔の後に続くように紫乃も手を合わせる。
 ここともう一か所ある小さな墓地に二人は新しい年、真っ先にやってきたのだ。
「ありがとうございました」
 二人は祈りを捧げた。
 朱雀寮に来たから、今の自分達がある。そして彼らと出会ったから、新しい道が開けた…。
「…透先輩が望んだ物とは違うかもしれませんが、あなたは西と朱雀を繋ぐ存在でした…私達の道を下さいました」
「私達は、西へ行きます。貴方達の存在を忘れることはありません。貴方達と同じ朱雀寮の卒業生である事を誇りに思い、その名に恥じないよう努力し続けます」
「「ありがとうございました」」
 もう一度二人は心と手を重ね合わせた。
 それは新しい年、最初の約束であり、そして誓いでもある。
「行ってきます」
「これからも、皆を見守っていて下さいね」
 返事は勿論、返りはしない。
 けれど捧げられた少女の絵は風に揺れて、美しく微笑んでいた。
 彼の代わりの様に。

 それからの朱雀寮はいつものように賑やかな新年を迎えた。
 数の子、田作り、紅白なます、お煮しめ、昆布巻き、鯛の焼物、梅花人参。
「これから頭をいっぱい使うことになりそうですし、甘いものでチャージしないといけませんね」
 伊達巻と黒豆、それに栗金団も重箱から溢れそうなほどだ。
 数種類の雑煮はそれぞれの故郷の味であるという。
「餡餅の雑煮なんて珍しいやろ」
 ドヤ顔の一年生へのお返しはジルベリア風正月料理でと朔は腕をまくった。
 水餃子風ペリメニは肉と魚で、スメタナと呼ばれるサワークリームとバターを添えて。
 ジャガイモのサラダ オリビエ。ニシンのサラダはコートを着ていと形容される手の込んだものだ。オープンサンドに発泡ワイン。
「槐夏、給仕をお願いします」
『イエス、マスター…皆と揃って会えなくなるのはさみしい限りですね』
「ええ…でも、まだ終わりではありません。残りの日々を大切に過ごしましょう」
『はい。菖蒲さん。ご安心を、マスターたちと共に私もいます』
「そうよ。桜。菖蒲。笑って! 新年を楽しみましょう!」
 涙ぐむ人妖達を励ますように真名は笑って料理を運ぶ。
「おなかすいたのだ!」
 寮生達も徐々に新年の食堂へと集まってくる。

「後悔はしてないよね?」
 自分に問いかけて、真名は頷いた。

 みんな、解っている。
 彼らの前に訪れた新しい年は、終わりのカウントダウン。
 だからこそ大事に、笑って残りの日々を迎えよう。
 誰もが思い願い、誓うのだった。
 仲間と、新しい太陽に…。