【南部】消えた辺境伯
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2014/01/07 02:15



■オープニング本文

 力の無い者が力のある者に対抗する為に一番重要なのは情報だと、彼は思っていた。
 情報を集め、操り、時に支配した者こそが戦いにおける真の勝者になり得ると。
 力で全てを支配などできない。
 ヴァイツァウが失敗したのは魔神機などという強大な力に頼り、情報や人間の心を軽視したからだ。
 …同じ轍は踏まない。
「…戦場で開拓者と。一体何を話していたのでしょうね…」
 密偵から辺境伯が開拓者とアヤカシ退治に出ていたという話を聞いて、フェルアナ領主ラスリールはそれでも楽しげに笑っていた。
 リーガに忍び込ませている者達も流石に真冬の山中に追ってはいけなかったようだ。
 それを見越して依頼を出したのだったらたいしたものだと…。
 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスという男を彼は自分と同種の人間だと認識している。
 表向き似ているところなど無いだろう。
 皇帝に忠誠を誓う騎士と、貴族の地位の上で遊び暮らしていた自分。
 だが…
 ラスリールは集められた様々な情報、その中の一つを手に取りにやりと笑った。
「今のところ、いい傾向ではありますが、もう一押しを。…彼にはもっと本気を出して貰わなければ」
 心から、楽しそうに…。

 その日、南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスは一人の従卒を伴に連れてリーガの町にやってきていた。
 新年の祭りの打ち合わせと、今後の計画に対する下見の為、である。
 グレイスはリーガに本格的な学校を作ろうと計画していた。
 ヴァイツァウの乱の後、一時期増えた孤児などは養育する施設が作られ、学問も教えている。
 また、簡単な読み書きを教える学び舎もあるが、それをさらに推し進めて勉学を志す者が学べる本格的な学校を作りたいと考えていた。
 同様に武術などを教える訓練校のようなものも。
 そこは貴族も一般人も関係なく、意欲と努力、そして実力で道を切り開ける場所にしたい。
 そうすれば人材確保にも繋がるだろうし、人々の意識改革にも繋がって行く筈である。
 彼の目標である南部自治区成立の為に絶対に必要な…。
「グレイス様、こんにちわ」
 悩む彼に人形を抱えた少女が挨拶をしてくれた。
 確か、あの子は施設で預かっていた戦乱の孤児の一人だと思い出し笑みを返すグレイス。
 ふと、冒険者の言葉が頭を過る。
『子供を作り教育をしな、自分だけじゃない辺境リーガ地域全てでだ。数代計画でな』
 彼女が言った言葉は自分の子、というだけ意味ではないだろうが、彼は自分が子供を作れる人間であるとは正直思っていなかった。
 長く、恋愛というものを遠ざけてきた。
 初恋の兄嫁 リィエータが今も好きなのかと言われるとそれは違うと断言できる。今の彼女は大事な家族だ。
 ただ自分が感情のまま突き進んだ結果を知って後、ずっと後悔していた。自分には人を愛する資格はないと、何も生み出すことは許されないと思っていた。だから、本当の思いを隠し皇帝に忠誠をつくし領民を大事にすることで未来を作りたいと思った。
 開拓者との関わりで自分の間違いと愚かさには気づけたが、本心を隠す為にかぶっていた仮面はいつの間にか多くの人を傷つけていたようだ。
 息を吐き出す。
 自分に心からの思いを寄せてくれる開拓者がいることをグレイスは勿論気付いている。
 その深い情愛にも、献身にも、優しさにもだ。
 けれど自分に人を愛することができるのか。支え守る事ができるのか…。
 長い年月、動かぬようにと封じてきた自分の心。
 変わりたいと思いながらも今のグレイスには自信が無かった。
 それでいて、人が心から好きな人と愛し合える姿は見たいと思う。
 つくづく自分は愚かで我侭で救いようがない、また、母に怒られるだろうか。
 そんな事を思い自嘲するように肩を竦めた彼はふと、足を止めた。

 自分の横の路地裏に幾人かの男が立っていたのだ。
 それだけなら横を通り過ぎるだけである。だが、男達が抱えている者を見た時グレイスの足は凍りついたように止まった。
 足元に落ちて踏まれているそれは手作りの人形。
 死んだ母が作ってくれたものだと最近、やっと笑えるようになった少女が教えてくれた…。
「…お前達は何をしているのです?」
 グレイスは路地裏を見つめ、静かに睨んだ。
「どうなさったのです? グレイス様」
 従卒の少年を手で制したグレイスの前で男の一人が進み出る。
 口の前で指を一本立てて。
「グレイス辺境伯。どうぞお静かに願います」
 マントの下に隠された染め抜かれた紋章がちらりと見えて、グレイスの顔色が変わる。
「…神教徒?」
「辺境伯にお話がございます。どうかご同行頂きたく」
「…嫌だと言ったら?」
「この少女が神の国に…」
 眠るように目を閉じた少女の首に銀の光が煌めく。
「解りました。…私が夜までに戻らなければ母に連絡を」
「グレイスさ…」
 当身を食らわされた従卒が再び目を覚ました時見たのは辺境伯が身に帯びていた剣と踏みつぶされた人形だけであった。

 少年が城に戻り、辺境伯の母、サフィーラに事情を知らせ、辺境伯捜索の依頼が極秘に開拓者ギルドに出されるより早く、実は同じ依頼がギルドには出されていた。
 依頼人は南部辺境ラスカーニア領主 ユリアス。
「我が領地には先の乱で傷ついた者や、老人、女子供などの神教徒が保護されています。実は彼らの元に先だって同じ乱で捕えられ収容所に送られた神教徒が脱獄してやってきていたようなのです」
 ユリアスは語る。
 厳しい強制労働を強いられていた彼らは冬に至りついに耐えかねたのか脱獄を試みた。
 当然追手がかかり、かなりの数が捕えられたがそのうちの数名が南部辺境まで逃げ延びたらしいというのだ。
 彼らは保護されていた神教徒達に極秘に接触してきたらしい。
「もう一度、共に戦おう!」「援助をしてくれる者もいる」「ヴァイツァウの時とは同じ轍は踏まない」
 そう言う仲間の誘いを保護されていた神教徒達の多くは断った。
「今の生活を壊せない」「開拓者との約束がある」
 けれども数名合流を果たしたものがいて彼らが手引きをし、どうやらグレイスの誘拐を企てたようなのである。
「仲間を売ることになると苦しみながらも、神教徒の一部が報告をしてくれました。
 そして手の者に調査をさせていたところ、その現場を目撃したのです」
 彼らは孤児である少女を人質に辺境伯を拉致した。
 実行犯は強制労働から逃げ出した神教徒6名。手引きをした神教徒2名。これはどちらも老人である。
 彼らは少女と辺境伯と共にメーメルとフェルアナの中間に位置する廃棄された村の廃教会に潜んでいる。
 場所まで記した地図を差し出してユリアスは言う。
「彼らを倒し辺境伯を救出して下さい」
 ユリアスには、おそらく色々と思惑があるのだろう。

 けれど、それを置いても捨て置くことはできない。
 年の瀬。
 南部辺境の未来を左右する依頼が密かにギルドに貼りだされた。


■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
クルーヴ・オークウッド(ib0860
15歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
エルシア・エルミナール(ib9187
26歳・女・騎
ヴァルトルーデ・レント(ib9488
18歳・女・騎
トラヴィス(ic0800
40歳・男・武
ミヒャエル・ラウ(ic0806
38歳・男・シ


■リプレイ本文

●作戦を見つめる者
 南部辺境伯が神教徒に拉致された。
「この年の瀬にグレイスさんも大変なことになってしもたな」
 その情報と救出の依頼が開拓者ギルドに届いて間もなく、必要な人員は集まった。
 素早く準備を整え彼らは目的の廃村を間近に見る森の中で、様子を伺っていた。
「相手は神教徒。人質をとって脅迫されれば辺境伯にとっては逆らう事はできなかったのでしょうね」
 ジルベール(ia9952)はクルーヴ・オークウッド(ib0860)の言葉に同意するように苦笑まじりの笑みを浮かべた。
(雪に閉ざされた隠れ里…あれからもう一年か…)
「詳細は知らぬが…少女一人の為に仮にも辺境伯ともあろう立場の者が自らを危険に曝すその行動、全く以て共感も理解もできぬ」
 冷酷なまでに冷静なヴァルトルーデ・レント(ib9488)の正論。
「まったく…ね。少女を人質にされて捕まるなんて。領主としてはどうなのかしら?」
 肩を竦めて笑ったのはフレイ(ia6688)である。
 けれど、その声には優しさと愛しみが溢れていた。
「…でも、あの人はそうじゃないとね…オッケー、必ず助けるわ」
「無論、依頼を請けた以上は責務として辺境伯も少女も救出せねばな」
「…理由はいかであれ、幼い子供を人質に取るなどという行動を容認するわけにはまいりませぬな…」
 自らに言い聞かせるように言うエルシア・エルミナール(ib9187)。
 かつて神教徒と肩を並べて戦ったこともある彼女にとって、彼らの行動に思うところは少なからずある。
 しかし、今はそれを封じると心に決めていた。
「決行は早い方がいいわよね。二人の体力が心配、特に女の子のね。情報収集が整い次第開始、でいいわね?」
 フレイの言葉にフェンリエッタ(ib0018)は同意した。
「ええ、少女と、辺境伯。どちらも必ず助け出しましょう。特に少女を無事に救えなければ辺境伯が捕えられた意味も無くなってしまう」
 強い、意思と思いの込められた言葉に開拓者達はそれぞれの思いで頷くのであった。

「あれが廃教会。ですね。神教徒達が潜むには最適な場所であるのかもしれませんが…」
 地形を確かめながら物陰から建物を見つめる龍牙・流陰(ia0556)にミヒャエル・ラウ(ic0806)はああ、と答える。
「外には隠し扉などが設けられている様子はないようだが、内部は解らないな。おそらく建物としては平屋だろう。二階はない。辺境伯はどこかの一室に閉じ込められているのか…、ふむ」
 ミヒャエルは自分が書いた地図と照らし合わせて何事か考えているようだった。
「一体何の為に誘拐なんて…。
 リーガ城の方には何も要求が届いていないとのこと。グレイス辺境伯本人に要求があるとみるべきでしょうか」
 二人が会話していると
『ただいまっ!』
 人魂で鳥に化身して周辺を探っていた流陰の人妖瑠々那が地面に降り立った。
「ご苦労様。それで、どうでしたか?」
『建物の裏手にね、大きな倉庫があるの。そこに食べ物とか薪とかいっぱい用意してあった。冬籠りできそうなくらい、たくさん。それから、倉庫にも誰かいるみたい。食事を運んでいく人がいたの』
 大きな手振りをしながら瑠々那が言う。
「なるほど、だから彼らは殆ど教会から出ないで過ごせるのですね」
「村の中央にある井戸からの水汲みと、倉庫への物資補給と見張り。それ以外に彼らは教会から出ていないからね。辺境伯はもしかしたら倉庫の方に閉じ込められているのかも」
 アルマ・ムリフェイン(ib3629)の言葉に頷くが、彼らには不思議に思う事があった。
「10人が潜伏するなら、それなりの広さ、飲食物の他に、寝具等も必要になる。
 成り行きで選んだのではなく、予め準備しておいた場所かと思ったのだが、それだけの備えがしてあるというのならやはり『手助けする者』がいるのだろう。脱獄者や老人に、そんな周到な準備ができるとも思えん」
 そう。誘拐犯はかつての仲間に言ったという。
『援助をしてくれる者もいる』
 と。
「誘拐そのものもだが、誰が一体…何の為に援助な…!」
 何かが気配を感じ、ミヒャエルはとっさに振り向いた。見れば遠くに走り去る人影のようなモノが見える。
「ルーケ! 追え!」
「カフチェ!」
 忍犬とからくりは主の命に弾けるように飛び出し、後を追ったが追い切ることはできなかったようだった。
「逃げられましたか。ウルシュテッドさんも痕跡を探って下さるそうですが…」
「気付かれたのかな?」
 アルマの心配そうな声に流陰は首を横に振る。
「いえ、それにしては教会の動きに変化がありません。今まで見ている限り中の人間が外に出た様子もありませんから」
「やはり誘拐犯以外の存在もある、ということか。援軍が来る可能性もある。皆に知らせて救出を急がねば」
「ええ、今は辺境伯と少女の救出が優先。…急ぎましょう」
 三人は頷きあい、その場を後にする。
 空は夕闇に染まろうとしていた。

●作戦開始
 幸い、風も無い。
 紫色に染まった空を見上げながらトラヴィス(ic0800)は目を閉じた。
 空の雲も殆ど見えない晴天。周囲の空気は湿り刺すように冷たいが作戦実行にはむしろ好都合だろう。
「用意はいいですね? ヴェリタ」
 相棒に声をかけるトラヴィス。森に潜み今まで息をひそめていた炎龍は応じるように首をもたげた。
 ここにいる開拓者は彼一人だが、自身の龍だけではなく預けられた朋友達が彼の命令を待っている。
「では、始めるとしましょう」
 トラヴィスは手の中に玩んでいた瓶を一軒の廃屋。
 その窓の空いた中へと投げ込んだ。
 壁に当たり割れた瓶は真下の藁に流れ、染みこんでいく。と、同時高く手が掲げられた。
 ヴェリタの口から放たれる火炎が家を焼き、藁に燃え移り、そして燃え上がった。
『ストラーフ。…好きに暴れて来い』
 主の命に従う様に炎龍ストラーフは翼を広げた。
 空に向けて火炎と雄叫びを高く轟かせる。
 その声は開拓者達に作戦の開始を、そして神教徒達に異変を告げる鐘の音となって響くのであった。

 教会の正門側に見張りは二人。剣を持った騎士風の男と魔術師だろうか、杖を持っている男が見張りをしていた。
 教会の裏口にも一人。こちらは弓術師かもしれない。手に弓を持っている。
 寒さの為であろうか、思ったより人員は少ないようだとエルシアは思った。
「な、なんだ一体?」
 剣を腰に帯び正門側で周辺を警戒していた男の一人が、突然響いた雄叫びと燃えあがる炎を横にいた仲間に指差して見せる。
「火事? それにあの声。…まさか、アヤカシでも攻め込んできたのか?!」
 中に声をかけ、駆け出す二人。さらに一人が同じように外に出てきた。
 彼らは皆慌てた様子で、周囲に注意を払う事もしていない。
「急げ! 早く火事を消すんだ! 騒ぎになると拙い!」
 そこに
「待ちなさい!」
 エルシアは己の騎士剣を構え切りかかっていった。
「なに!」
 意識を完全に別の方に向けていた騎士はそれでもギリギリで剣を抜き迎え撃つ。
「誰だ! 貴様らは!!」
 援護に入ろうとした魔術師らしい男が杖を掲げるが、
「ルーケ!」
 足元を駆け抜ける犬に気をとられている一瞬の隙を見逃さなかったヴァルトルーデのハーフムーンスマッシュで一閃される。
「我らは開拓者。貴公らが拉致した南部辺境伯と少女の救出に参った」
 地面に転がり立ち上がろうとする魔術師にヴァルトルーデはさらなる一撃を加え、杖を巻き落としていた。
 そのまま意識を刈り取る。
 奇襲成功だ。
「理由はいかであれ、幼い子供を人質に取るなどという行動を容認するわけにはまいりませぬな」
「くそっ! 中に早く知らせるんだ。辺境伯を…」
「元エヴノ・ヘギン旗下が一騎士、エルシア・エルミナール。参らせて頂きましょう…」
 エルシアの剣を受けながら、騎士の男がもう一人の男に声をかける。
 それぞれが騎士の誓約を己の身に纏い、準備と体勢を整えた二人の女性騎士の攻撃は本来であればレベルや能力で上を行っていたかもしれない男騎士を防戦一方にさせる。
 もう一人の男は一瞬、仲間を助けるか中に知らせるか迷った風を見せた後、指示に従い、中に入ろうとする。
 だが、
「ぐあっ!」
 その足は縫いとめられ、手に持っていた剣が弾かれた。
「ごめん! ちょっと邪魔されるわけにはいかないんだ」
 膝をついた男はそのまま意識を失い地面に突っ伏す。
「ここは任せて、中を!」
 意識を失った神教徒を手早く縛り上げるミヒャエルにクルーヴは礼を言うと
「降伏するならば五合刃を合わせるまでに結論を出せ」
 そんな言葉を背に駆け抜ける。
「お願いします! グラニア! 付いてきて下さい」
 扉の前ではフェンリエッタが既に中から閉じられている扉を
「フェラン! 力を貸して」
 相棒と破ろうとしているところであった。
「カフチェ!」
「グラニア!」
 二体のからくりの体当たりに木材の扉は破れ砕け散る。
「行きましょう!」
 一瞬の間も置かず飛び込もうとするフェンリエッタに追いついたジルベールが囁く。
「フェンリエッタさん。焦ったらあかんで。さっき言うたこと、わすれんといてな」
 軽く片目を閉じたジルベールの言葉にフェンリエッタは、足を止め…そして微笑んだ。
『女の子も辺境伯も大丈夫や』
「ええ。ありがとう」
 信頼する仲間と、相棒と共に彼女はまだ暗い教会の中へと飛び込んでいくのであった。
 
 同刻、教会の裏口。
 倉庫前を護っていた男も、突然の轟音と立ち上がる煙に驚きの顔を見せた。
「な、なんだ? 何が起こったんだ?」
 だが、それに対する答えを彼が得ることはできなかった。
「フレイさん! 流陰さん! 彼はおそらく弓術師です。一気に決めて下さい!」
 澄んだ声が聞こえたとほぼ同時
「何!」
 まったく予想もしていなかった場所から出てきた二人の開拓者が左右から、彼に攻撃を仕掛けて来たのだ。
「さあ! こっちよ!」
 フレイが上げた咆哮に男が意識を向けた瞬間、逆方向から迫っていた流陰が男の手元を焔陰で打つ。
「ぐあっ!!」
 武器を奪われた男はそのままフレイの剣の峰で意識を刈り取られた。
「フェルルさん。その男を縛っておいてくれる? 確か、倉庫の方よね。辺境伯が囚われている可能性が高いのは」
「おそらく。あ、…鍵を持っていたようです」
「じゃあ、行くわよ。ウィスプついてきて。貴方達はここで、中から敵が出てこないかか見ていて」
 エルシアとジルベールが裏手に差し向けてくれた霊騎フェルミオンと戦馬ヘルシアが嘶くのを確かめて、流陰とフレイ、そしてフェルルは暗い倉庫の扉をゆっくりと開けて中にと踏み込んでいった。

●奪還
「貴様ら…何者だ!!」
 教会内部に飛び込んだ開拓者達の前で、一人の騎士が剣と盾を構えて立っていた。
 その背後にはリュートを持ったおそらく吟遊詩人と、老人が一人立っている。
 そして老人は手に持ったナイフを、彼が抱きしめるように立つ少女の胸に当てていた。
 鎧こそ見つけていないが、騎士はかなりの使い手であろうことが見て取れる。
 フェンリエッタの手に汗が滲んだ。
「僕達は、開拓者だ。南部辺境伯と、少女の救出に来た」
 背後からアルマが静かに声をかける。
 相手に少女を人質に取られている以上仕掛けるにはタイミングを図る必要がある。
「開拓者? 何故…ここが?」
「…教えてくれた人が…いたんです」
 フェンリエッタの言葉に男が一瞬、老人を見る。目を伏せる老人を見て男は、ふん、と鼻を鳴らした。
「我々がここで倒れようとも、恨みと志は死なぬ…」
 その目が開拓者達にはヴァイツァウの乱の神教徒達、もしくは嵐の乱の時の信者たちと重なって見えた。
 諦めと狂信、そして恨みと憎しみを湛えた目に。
「我々は死なぬ! ここで神の名の元に命を落そうとだ!!」
 騎士は、まさしく狂信の目で開拓者達に突進してきた。
「フェンリエッタさん!」
 アヘッド・ブレイク。
 クルーヴは盾を構えてフェンリエッタと男の間に身を滑り込ませた。
 男の掲げられた盾はスィエーヴィル・シルト。
 ありとあらゆる攻撃を遮断するオーラの盾を展開させてクルーヴを吹き飛ばさんと襲う。
 しかし、開拓者達は彼に攻撃を仕掛けなかった。
「うっ!」
「フェンリエッタさん!」
 タイミングを合わせたウルシュテッドの影縛りが老人の動きを封じる。
 と同時に放たれるジルベールの一矢が正確に少女に向けられた老人の手、そのナイフを弾き飛ばした。
「夜!」
 フェンリエッタは駆け抜ける。
 たった3秒の静止。しかしその3秒でフェンリエッタは老人の懐に飛び込むと少女をもぎ取ったのだ。
「人質救出!」
「グラニア!」
 駆け込んだからくりはフェンリエッタから少女を受け取ると引き離す。
 その側にはウルシュテッドが控えていて、裏門から少女を外に逃がそうと扉を開けた。
 フェンリエッタに向けて術歌を向けようとする吟遊詩人。
 しかし、彼の歌が紡がれるより囚痺枷香でミヒャエルが吟遊詩人の楽器と腕を奪う方が早かった。
「ぐああっ!!」
「くそっ!!」
 崩れ落ちる仲間を横に見て、騎士は憎々しげに唇を噛みしめる。
 クルーヴとの戦いだけなら決して劣勢では無いが、アルマの夜の子守歌とジルベールの矢の援護。もう精いっぱいであった。
「負けない! 我々は決して負けることはできないのだ!!!」
 破れかぶれに近いフルスイングがクルーヴを弾き飛ばす。しかし攻撃を続けようとした騎士を
「そこまでよ!」
 フレイの声が貫いた。
 開拓者達と騎士は同じ方向を向き、歓喜と絶望。
 正反対の表情で裏口から入ってきた者達を見つめる。
「もう、終わりです…」
 そこには剣を帯び、真っ直ぐに立つ南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスが立っていた。

●変わらないもの、変わりゆくもの
 倉庫のさらに奥、地下に閉じ込められていた辺境伯の救出は、比較的容易であったと流陰は後に仲間達に語った。
 見張りの神教徒を倒して後、地下に降りた彼らを迎えたのは老人一人だけであり、彼は開拓者が下りて来たのを見ると
「申し訳…ございませんでした」
 と自ら鍵を彼らに差し出したのだという。
「なあ、あんたら。今の生活に不満でもあるんか? 理由…聞かせてもらえんかな」
 神教徒達を捕えた開拓者達は、陽動の為に放火した家の消火を終えて後、彼らと向かい言った。
 老人はジルベールの問いに言い淀むように俯くと…
「不満が…ないからこそ…でございます」
 膝を折り、頭を地面に擦りつけた。
「神の命に背を向け…宿敵である皇帝の保護を受けて生きる。その生活に不便なく、不自由がないからこそ…我々は神と志に殉じる同士を…見捨ててはおけなかったのです」
 ラスカーニアに保護されている神教徒達は多かれ少なかれ生き残った事に罪悪感を持っている。
 特に重傷によって強制収容所行きを免れた青年達にとっては命がけで脱出してきた仲間達の誘いを断ることは神と仲間への裏切りに等しく、神と仲間、平穏な生活と開拓者との約束の狭間で究極の選択を迫られていた。
「若者たちにはまだ未来がある…だから、我々が共に来たのです。
 せめてこの蜂起が失敗に終わったとしても、彼らに咎が及ばぬように…」
「蜂起?」
「彼らが私に要求していたのは、まさにそれだったのです。
 打倒皇帝に向けて叛旗を翻せ、と。南部辺境にはまだ皇帝に叛意を持つ者が少なからずいる。彼らを纏め蜂起せよ。と」
 幽閉による多少の衰弱はあったが、救出された辺境伯は開拓者の休息の誘いを断って取り調べに立ち会っていた。
 流陰から渡された自分の剣を携え立つ彼は開拓者と神教徒に告げる。
「私は皇帝陛下に反逆する意思は持っていません。今までも、これからも…どんなに脅されようとそれは…絶対です」
「やはり話が違うな。まあ…良いように我々も利用されたのだろうさ」
 リーダー格の男騎士が自嘲するように呟いた。
「利用…君達に「話」を教えて援助したのは誰なの?」
「強制労働には同情する。けど、必死で前を向こうとしてるあの子らを、また戦乱に引きずり込むつもりなんか?
 あそこで皆がどんな風に暮らしてたか見たやろ? 神教徒を守る為にも教えてほしい。あんたらを焚き付けたんは何者や」
 開拓者は問うが神教徒達は口を噤む。老人達は知らないと首を横に振った。
「殺すなら殺せ。我らは元より死に損ねた身。命など惜しまない」
 笑みさえ浮かべる神教徒達にアルマの思いが弾けた。
「ああ、くそ…っ!
 神も家族も知らない。教えてよ。
 神や家族は愛とかを教えてくれたんじゃないの?
 僕はそう聞いた。人を愛する教えだと。そして憎しみより何より暴力が怖いとも聴いた!
 貴方と彼らの為にも、誰かを貶めないでくれ。…お願いだ。
 互いに枷があっても、貴方達と王が人である限り確かな希望はあるんだ。
 …君達で、君達の同胞を守ってくれ。
 例えば彼らの手引きは少女の命と引換えで、脱獄は強制労働のせいで人道的な改善の要求だとか。
 教徒への風当り軽減、残る者の環境改善に繋げるのは無駄?」
「アルマ…」
「援助者とやらはこの結末を予想していた事でしょう。貴方達の行動を見れば事情に疎い私でも察せられます。それでも庇い立てますか」
 アルマ達を横目にトラヴィスは脱獄犯達に問う。
「…我々には、他に選べる道はないのだ。我らの命は神のもの。生まれた時より決まっている。違える自由は…無い」
 答える神教徒の声には惑いも迷いもない。
「だが…」
 俯くアルマは男達の声に顔を上げた。
「残された者達がもし、自由の道を選べると言うのなら行けば良いだろう。神の国での再会は叶わずとも…」
 開拓者達は男達の顔を見つめる。彼らは小さく、でも静かな笑みを浮かべていた。

「誰であれ子供を人質にするなど外道の行い。協力者を出した手落ちの始末に使われるのも面白くありませんね」
「だが…結局彼らもおそらく何者かに利用され、使い捨てられた。彼らに対し、彼らの信ずる神はどのような運命を与えるのか。彼らの祈りに神は応えてくれるのか…。我らに何を言う資格がないとしても…」
 連行される神教徒達を複雑な気持ちでトラヴィスとミヒャエルは見つめた。
 脱走犯達は全員ジェレゾに送られる。
 結果、極刑が与えられる事に間違いはないだろう。
 だが
「様子を見るに老人達はやむを得ぬ事情で従ったものと窺えた」
 というトラヴィス始め開拓者の口添えがあったことから手助けをした老人達については、当面観察処分となった。
 ラスカーニアの神教徒達の監視が強まり外部からの接触が制限される。
「…ごめん」
 結果をただ受けとめた神教徒達にそう告げるとアルマは彼等を見つめる領主ユリアスへの言葉を探した。
(小を捨て大を守る。誰かが命を選ぶ。
 僕もそう生きてる。
 信仰を抜きに罪人であるなら咎めるなとも言えない。でも声も聴かず? 立つ者が選ぶだけ? 何だか、重なって見えない?)
「…貴方もそれでいいの?」
 想いの果て、紡げた言葉はそれだけであったけれど。
「…鞭だけで人は従わぬものです。辺境でも、帝国でも」
 開拓者の手を離れた神教徒達の結末をもう彼らは見送る事しかできない。
 エルシアの囁きは開拓者の心に静かに、深く積もっていった。

 フェンリエッタとヴァルトルーデの手には紺の髪布が結ばれている。
「助けてくれて…ありがとう」
 それは救出した少女からの贈り物。潰れた人形を返し慰めた時に貰ったものであった。
「怯えられたかと…思ったのだがな」
 少女に贈ったのと同じ飴を弄ぶヴァルトルーデにフェンリエッタは小さく笑った。
 救出された辺境伯を見て思わず抱きつき、人目を憚らず泣いてしまった。
 でも、あの時のグレイスの表情は今まで見たことのないものだったと新年の空を見ながらフェンリエッタは思うのだった。

 変わろうとしている。辺境も神教徒達もグレイスも。
 その先にある未来はまだ誰にも解らないが…