【朱雀】最後の大掃除
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 16人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/04 10:50



■オープニング本文

「大掃除をしよう!」
 そう言ったのは誰であったか。
 恐らく、三年生の誰かであったかもしれない。
 寮長など上からの指示ではなく、寮生達から上がった自主的な話であったのは確かだ。
 朱雀寮そのものには寮生以外にもスタッフがいて、日常レベルの掃除や営繕は彼らが行っている。
 とはいえ
「今年一年、いろんなことがあったしね。
 色々、お世話になった陰陽寮に感謝の気持ちを込めて、大掃除をしようよ」
 集められた一年生、二年生。勿論三年生からもそんな意見に、反対の声が上がるわけも無かった。
 元より、年末の委員会活動は例年大掃除になるのが通例であるのだ。
 図書委員会は図書室の掃除と書庫の整理。
 貸し出しカードやその他書類などの分類、整頓になるだろうか。
 用具委員会は用具倉庫の掃除と整理だろう。
 近年、以前に比べて分類などが進みかなり使いやすくなっているが、陰陽寮の倉庫はとにかく数が多いし品数も多い。
 まだ手が付けられていない場所も多々ある筈だ。
 保健委員会は薬草園の手入れと保健室の掃除。
 寒さが本格的に厳しくなってきた。少しずつ進めてきた薬草園の樹木の冬越えの準備もそろそろ完了させた方が良いだろう。
 秋に採集し、乾燥させた薬草などもそろそろいい感じに乾いてきている。
 調理委員会は台所の大掃除。
 でも、毎日綺麗に整頓しているから、それほど焦って大掃除をする必要もないかもしれない。
 むしろ大掃除で身体が冷えた仲間の為に、暖かい何かを作ってあげた方がいいだろうか。
 体育委員会は担当の部署と言える場所はない。
 せいぜいがほとんど使っていない委員会室くらいなものだ。
 だから、逆に言えばどこの手伝いに行ってもいいわけだ。
 各委員会が担当しない場所もたくさんあるし。
 寮生達はそれぞれに、そんな事を考えていた。
 だから
「ま、掃除って考えると嫌な気持ちになる人もいるかもしれないけど、自分達の学び舎は綺麗にしておいた方がいいと思うんだ」
 と明るい声の影。
「それに…多分、これが皆でやる最後の委員会活動になると思うから…」
 小さく、囁くように呟かれた言葉を拾った者は少なくない。
 けれど、彼らの多くはそれを聞かないふりをした。

 新年を迎えればいよいよ三年生は卒業である。
 卒業試験の纏めに就職試験もあるという三年は前にも増して忙しくなるだろうし、三年生が主催して謝恩会を行うらしいという話も聞いている。
 つまり、これが本当の意味で三年生と最後に行う委員会活動になるということだろう。
 二年生や、一年生にしてみれば、聞いておきたいこと、教わっておきたいことは色々ある。
 三年生にとっても教えておきたいこと、残しておきたいことは山ほどあるだろう。
 それを、伝え、受け取るこれは最後のチャンスかもしれない。

 先輩から差し出された箒を、ハタキを、あるいは雑巾を
「はい」
 後輩達はしっかりと受け取るのであった。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●朱雀寮 大掃除
 春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。
 考えてみれば当たり前の事であるそれは、一日、一日を積み重ねた先にある。
 吹きすさぶ冬の風に作業の手を止めて空を見る。
 頭上に広がる空は、どこまでも青かった。

 今日は朱雀寮の大掃除の日。
「ふう、寒い寒い。今日はまた冷えるねえ」
 そう言いながら窓を開けた俳沢折々(ia0401)は入り込む冬の冷気に身を震わせた。
 まだ朝も早いから空気はまるで刺す様に張り詰めている。
「天気のいい日は余計に寒いですよね。むしろ雲があった方が暖かいかもしれません」
「リリス先輩はアル=カマルのご出身ですよね。天儀の寒さは大丈夫ですか?」
「大丈夫、と言うわけではありませんが…少しは慣れましたから。でも、マフラーは手放せませんね」
 首元を覆う白いマフラーを撫でながらカミール リリス(ib7039)は先輩と、後輩に向けて微笑む。
「まあ、寒くても掃除の時に窓を開けない訳にはいかないからね。大変だとは思うけど頼むよ」
 折々の言葉に一年生であるユイス(ib9655)は深く頭を下げ、お辞儀する。
「大掃除ですね。先輩、ご指導宜しくお願いします」
「ご指導って程じゃないけど、頑張ろうか。まずは本棚の埃とりと虫干し。それから、机やイスもぴかぴかに磨こう。
 …あと、ずいぶん本棚の中身が乱れてるよね」
「あ…それは、多分先月の図書館解放の時から、だと思います。図書館に余り慣れていない一般の方がたくさん来ていましたから」
「そっか。じゃあ、改めて整頓しよう。仕事は沢山あるから、手分けしてやろうね」
「「はい!」」
 明るく声をかける三年生に従って、後輩達は寒さに負けず、背筋を伸ばし大掃除を始めるのだった。

 朱雀寮の倉庫は一般的に思われているほど雑然とはしていない。
 それは、用具委員会が定期的に、整理、掃除を行っているからである。
「先輩! 掃除道具、各委員会に置いてきました!」
 明るく、元気よく用具倉庫に戻ってきた雅楽川 陽向(ib3352)がピッと背筋を伸ばして委員長に報告する。
「ご苦労様。では、本格的に用具委員会の大掃除を始めるとしましょうか。
 今回は特に不用品の確認と廃棄を中心に行いたいと思っています。いらないものなどは集めて焼却する予定です」
「廃棄…ですか?」
 用具委員会委員長である青嵐(ia0508)の言葉に副委員長である清心は少し寂しげな表情を見せる。
「確かに、廃棄と言うのはあまり楽しい事では無いかもしれません。でも、いつまでも使用しないものを貯めこんでいては片付きません。
 どこかで踏ん切りをつけないと。
 それに、これからは、貴方達が自分のスタイルで運営するのですからね。自分達が使いやすいように整えて行くと言う意味でも古いモノの処分は大事ですよ」
「…はい!」
 真っ直ぐに返ってきた返事に青嵐は頷くと、後輩達に指示を出す。
「まずは基本の清掃。その過程で出たごみは一か所に集めて。それから棚や品物の拭き掃除と在庫確認。
 使用していないものや不用品はこちらに。解らないものについては私に見せて確認して下さい」
「解りました」「了解!」
 掃除の基本は上から下。
「大掃除は上からする、ほんで下を片づけるんやったな〜。
 う〜ん、うちみたいに背の低いんが高い所の物を取る方法はどないしたらええんやろ。
 先輩はうちらのスタイルで言うてくれたけど…。
 あんまり使わんもんを季節ごとにまとめるんが、一番かいな?」
 まずはハタキで埃を払い、棚を拭き、床のごみを集めて…。
「先輩。この古い符とかはどうしましょう!」
 陽向と清心は一生懸命掃除に取り組むのであった。

 吐く息も白い一二月の朱雀寮。
 だが、五行市街や郊外を走り回ってきた体育委員会の周囲は、熱い吐息と汗に包まれていた。
「いいペースだったじゃないか。璃凛!」
 最後尾を走ってきた体育委員会委員長 劫光(ia9510)は楽しげに笑いながら、息を整えようとする芦屋 璃凛(ia0303)の背を叩いた。
 ごほん、と一回だけ咳を吐き出した璃凛であるが、直ぐに背を伸ばし
「はい! でも、先輩達と比べたらまだまだです」
「俺達と無理に比べようなんて思わなくていい」
「そうなりよ。おいら達なんか飛び越していくのだ!」
 小さな先輩。平野 譲治(ia5226)もそう言って笑うが璃凛の顔は、やや冴えがない。
 周りを見回して、そしてため息をつく。
「…やっぱ、来てくれんやろか…」
 ため息の意味を劫光も理解している。こればかりは手助けしてやれないことも含めて。
「さて、外の大掃除も一応終わった。これからは、中の掃除だぞ。
 委員会室掃除して、あとはあちこちの手伝いだ」
「あ、劫光。おいら、ちょっと相談があるなりよ。ちょっと手を貸してくれないなりか?」
「? 構わないが…璃凛?」
「はい。大丈夫です。先に進めておきます!」
「じゃあ、しっかり頼んだぞ。双樹、手伝ってやってくれ」
「解りました」
 連れだって行く先輩二人を見ながら、改めて璃凜は大きなため息を一つ、ついたのだった。

 朱雀寮の台所。
「ふっ…そうか。今日はあの黒アヤカシとの再戦の日か」
 ふっふっふ…と笑いながら腕組みし不敵に笑うのは比良坂 魅緒(ib7222)。
「見くびるなよ…そう何度も不覚を取る妾ではないわ」
 スチャッと懐から取出したのは陰陽符「玉藻御前」。それを構えてもはや完璧に戦闘態勢だ。
「この日の為に磨いた斬撃符、周囲を傷つけぬよう貴様のみを断ち切ってくれよ…」
「はいはい、そこまで。台所で術なんか使わない」
 悠然と歩み寄ってきた真名(ib1222)は魅緒の手からひょいと符を取り上げると机の上に置いた。
「真名? 彼方? な、何故止める!? 新年に向けてあの黒アヤカシを根絶せしめねば!」
「大丈夫ですよ。朱雀寮の台所に黒害虫なんていません。僕達がプライドにかけて毎日掃除しているんですから」
 ニッコリ笑った彼方が台所の一角に筵を敷く。
「さ、一年の締めくくり。きっちりやるわよ。菖蒲も手伝ってね」
『やれやれ。面倒だけど仕方ないか…』
「調理室、食堂、食材倉庫。調理は清潔さが命! 彼方。仕切りは任せるけど手抜きは許さないわよ?」
「解っています。魅緒さん。まずは台所を空っぽにすることから始めましょう。その筵の上に棚や台の上の調味料や鍋などを積み上げて下さい」
「むう…新技を披露出来ぬのなら道具と人力に頼るしかないか。解った。次期調理委員長の指示に従おう」
「今日は冷えるから、丁寧に、でも手早く終えて掃除で冷えた皆の身体が暖まる様なもの、作ってあげましょう」
 微笑む真名の言葉に頷いて、調理委員会は大きく腕まくりをした。

 この日、多分、どこよりも寒い中で作業をすることになったのは保健委員会であろう。
 保健室は患者を迎え入れる為、比較的暖かい。
 でも、そこで作業をしている者は、今は保健委員長である玉櫛・静音(ia0872)とその人妖 霧音。
 そして瀬崎 静乃(ia4468)だけである。
「大掃除。私にとってはここで行う最後の大掃除ですね。最後まで気は抜かずに行かないと…」
 そう言って彼女達は広い保健室の隅々までを丁寧に掃除している。
 薬草棚の上の埃、引き出しの中までひとつ残らず、だ。
 時間が取れなくて普段掃除していない場所を徹底的に綺麗にする。
「…静音。この瓶の蓋…、ちょっと緩んでいるみたい」
「あ、本当ですね。寒さなどで歪んだのでしょうか? 新しいのを手配しましょう」
「…ん。このままにしておくと、中の薬草油が痛んじゃうかも…」
 山のようにある薬の一つ一つを確認するのには手間がかかるが、手間を惜しんでは掃除の意味がない。
「…ボク、外に行って来る。…肥料の…塩梅を見て来たいから…」
「では、私も…」
「…静音は、こっちとあれと、あれ…お願い」
 一人、外に出て行った静乃を見送って静音は風が吹きすさぶ外を見る。
「外で作業していらっしゃる方達が戻られるまでに、引き継ぎの準備を済ませないと…。あと、お湯も沸かしておきましょう」
 視線を外から中へ戻した静音の視線の先には文机の上、一冊の帳面が開かれ、書きかけのまま乗っていた。

●受け継がれる心
 ふと、ため息が零れた。
「はあ〜」
「どうしたんだ。先輩。ため息つくと幸運が逃げるっていうぞ」
 両手いっぱいに木材を抱えた羅刹 祐里(ib7964)は筵や藁紐を抱えながらも肩を落とす蒼詠(ia0827)に冗談めかした声をかける。
「あ、すみません」
 だが、謝りながらも蒼詠は浮上しきれていないようで、まだどこか俯き気味だ。
「先輩方と一緒の委員会はこれで最終ですね……」
「ホントにどうしたんだ? しっかり…」
 言いかけたところで、向こうから凛々しい声が二人を呼ぶ。
「早くこちらに来て下さい。こちらの木は枝が折れないように囲いを作りますよ」
 梯子を持ち出し、余分な木の枝の剪定をしていた尾花朔(ib1268)の指示に二人は慌てて走り出した。
 薬草園の冬囲いは、雪や寒さから植物を守り木の寿命を延ばす為の大事な作業である。
「枇杷の木は雪が降ったら雪落しもこまめにしておかないと枝が裂けてしまうことがありますからね」
 朔は木の天頂部に添えた棒から藁縄を伸ばすと後輩達に引っ張って地面に貼る様にと指示した。
 数本の紐が木を取り囲む様に貼られると、まるで木が傘をさしているようである。
 他にもリンゴや桜、果樹にも同様に雪よけをしていく。
 けっこう力が必要で男手がないと辛い仕事だ。
(でも…これを先輩方は毎年やっていたんですよね)
 蒼詠はちらりと、横目で泉宮 紫乃(ia9951)を見つめる。
 低木を纏め、筵を巻いたり、屋根を付けたりとこの寒い中、手と頬を真っ赤にしながらも紫乃は手を休めることはしない。
 一つ一つの作業を丁寧に、そして愛しげに行っている。
「蒼詠さん…ちょっと来て頂けますか?」
「あ、はい!」
 蒼詠は朔に目で了承をとって、紫乃の元に走り寄る。
「あれを、見て下さい」
 と紫乃の隣で指差された先を見る蒼詠。そこには真っ赤に美しく咲いた椿の花があった。さらに彼女の腕の中には真っ赤な身を付けた南天の実のついた枝が籠に入っている。
「いくつかの草花を、お正月の飾りにしようと思います。持って下さいますか?」
「あ、はい」
 籠を預かり、蒼詠は紫乃の後に続いた。
 南天やその他、花や葉を一つ一つ選びながら紫乃はそっと呟く。
「春や、夏、ここは深い緑と様々な花に覆われます。秋は色づいた落ち葉や花が本当に美しかったです。
 そして、冬でさえここは、精一杯の色、華で…私達を迎えてくれました。
 …本当に、私はここが大好きでした」
 静かに薬草園を見つめる紫乃。その声も、視線も寂しげで蒼詠は返す言葉もなくただ、聞いている。
「冬支度もこれが最後ですね。今年の花は見られないと思うと少し寂しいですが…、来年の花は皆さんが見て下さいますよね?」
 優しく問う紫乃に対し、蒼詠の口から零れたのは肯定の言葉では無かった。
「…僕に、できるのでしょうか?」
「蒼詠さん…?」
 俯く蒼詠の顔を覗き込むように紫乃は見た。手を握り締め、唇を噛みしめる蒼詠は
「やはり最高学年になり委員長を引き継ぐ、と言う事に対する責任の重さを感じています。本当に僕に出来るのか……。なんだか…押しつぶされそうです…」
 震える肩で絞り出すように言う。
 自らの不安を、本心を。
 その肩を
「大丈夫ですよ」
 ふわりと紫乃は抱き寄せた。
「自信を持って。直ぐには難しいかもしれませんが…貴方は一人ではないんですから…。仲間も、後輩も…そして私達もついています」
「…先輩」
 泣き出しそうな顔で紫乃を見る蒼詠に紫乃は優しく微笑んだ。
「だから、来年は…お願いします」
「…はい!」
 蒼詠は滲む目元を拭ってそう答えた。今度ははっきりと答えることができた。
 自信などまだどこにも見つからない。けれど、受け継ぐ者、後輩として先輩に自分は応えなければならないと思いの全てを振り絞ったのだ。
「では、教えられる限りの事は教えますから、覚えて下さい。丁度、静乃さんがいらっしゃったみたいですから、肥料の作り方とかも見せて頂きましょう」
「はい!」
「さあ、あと少し気合を入れて行きましょう。終わったら、静音さんが部屋で飴湯を用意して下さっている筈ですから」
 朔の励ましに頷いて、祐里も蒼詠も背筋を伸ばし、先輩の後を追う様に駆け出したのだった。

「へえ、そんなこともあったんですか?」
 図書委員会の大掃除。
 本棚の本を整理分類し、虫干し。椅子や床を磨き…窓や棚も埃をとる。
 そんな大掃除の中、ユイスは興味深そうに折々の話を聞いていた。
「うん。最初にこの図書室でやったのは暗号解読ゲームだったんだ。
 当時の先輩が作ってくれてね。
 図書室の本の中に暗号が隠されていて、宝探しゲームをやった時もあるよ。
『水と二と仲良くなれないけれど、湯と九とは仲良しさん』ってなんだと思う?」
「なぞなぞですか? 難しいですね」
 仕事の手は止めないが、話を聞きながらユイスは思っていた。
 手慣れた様子で仕事を進めて行く三年生。
 与えられた仕事というだけではここまで熟達はできないだろう。
(ボクにとっては委員会としてだけでなくお世話になる場所。
 だけど、先輩達にとっても、委員会だけの場所じゃないんだな…)
 と。
「アヤカシ鼠が出て大騒ぎしたり。みんなで朗読会もしたっけ。
 少しずつ手を加えていって、本も増やして…思い出もちょっとずつ増えていって」
 色々な思い出を語る折々は本当に、何か、大切なものを抱きしめるようであった。
「先輩にとっても、ここは、大事な場所なんですね」
 ユイスの言葉に折々は素直に頷く。
「うん…。図書室に足を運ぶのも、後は数えるほどになっちゃうんだね。そう思うと、素直に寂しい。
 ここが…好きだったから」
(…自分も、いつか、こんな風に後輩に思い出を語るのかな…)
 そんな事を思いながら、ユイスは顔を上げた。そこには引き継ぎの書類を差し出すリリスがいる。
「ぼんやりしないで下さいね。ちゃんと引き継いで仕事を覚えて貰わないと先輩も安心できないでしょうからね」
「あ、はい!」
「大丈夫。信頼しているから」
 全幅の信頼を込めた眼差し。それに
「ありがとうございます」
 ユイスは深く頭を下げた。
「あ、そうだ。先輩、課題の方はどうですか?」
「まあ、ぼちぼち…かな。だいぶ見通しが立ってきたほうだと思う」
「頑張って下さいね」
「ありがと。さ、風が強くなってきたみたいだ。早く掃除済ませちゃお。そろそろ体育委員会の助っ人も来てくれると思うし」
「「はい!」」
「わわっ!遅くなったのだっ!?」
 その時、ガラッと扉が開いた。
「助っ人参上! おいらもやるのだっ!
 拭き掃除を中心に掃き掃除に整理整頓っ!何でもござれ、なのだっ!」
「噂をすれば、だね。じゃあ。棚の上の方とか細かい所お願い」
 掃除に励む寮生達の閉めた窓の向こうでは、細い煙が静かに立ち上っていた。

●続く思い
 集めた落ち葉はしけっていて、火の燃え上がりが悪い。
 古く、破けた術符に火をつけ、青嵐は静かに日が燃え上がるのを待った。
「彼がいたら、焼き芋でも焼きたがるところ、ですかね」
「なんや、もったいないなあ。術符や術道具で焚き火…なんて」
「同感。まあ、壊れたものはかえって危ない、とは思うんですけどね」
 体育委員会の劫光らの助けも借りて、一通りの片づけを終えた用具委員会は仕事の最後に不用品の焼却を行っていた。
「供養、というわけではありませんけどね」
 天儀には正月明け、正月飾りを集めて燃やす風習もある。
 寺院などではお守りや、納められた品を文字通り供養のように燃やす風習もあるから、なじみがないわけでは無いのだ。
「炎、火と言うのはある意味人にとってもっとも強く、まだ身近な精霊力の一つでしょう。その力を借りて瘴気や良くないものを浄化する、という考え方なのかもしれません」
 だんだん大きくなっていく炎を見つめながら青嵐は呟くと
「皆さん」
 後輩に身体を向けた。
「はい」「なんやろか?」
 委員長と同じように炎を見つめていた二年生と一年生は顔を声の方に向ける。
 そこには、穏やかで、でも何かを思いだし、噛みしめる様な用具委員長の顔があった。
「皆さんも知ってのように、陰陽術の式とは、瘴気に精霊力を加えて作ります。
 私はその「精霊力」とは、人の心だと思っています。
 繋がり助け合い協力し合う、孤独に在れない心」
 炎の爆ぜる音よりも大きく、はっきりと委員長の言葉が彼らの心に届き、染みこんでいく。
「術の基礎を、心の基礎を忘れないで下さい。
 礎があってこそ私達は技術を確立できますし、次に伝えることが出来るのですから」
 青嵐はそう言うと、静かに微笑む。
「はい」
「ありがとうございます!」
 後輩達の真っ直ぐな瞳が、彼の気持ちは、思いは届いたと、次に伝えて行くとはっきり答えている。
 それで、十分だと青嵐は満足していた。
「陽向。調理委員会の掃除は終わった。これから、皆に夜食を作るのだが手伝いに来ぬか?」
「あ、魅緒さん! 先輩。行ってきてもええやろか?」
 友人が誘いに来てくれたと躊躇いがちに問う一年生に勿論、と青嵐は頷く。
「掃除は一通り終わりましたからね。後で、皆で夕食に向かいます。暖かいモノを頼みますよ」
「おおきに! 了解や!」
 そうして楽しげに歩み行く二人を見送りながら用具委員長は副委員長と共に燃え上がる炎をいつまでもいつまでも見つめていた。


 陽向がやってきた時、台所はいつにも増して綺麗になっていた。
 歴史のある陰陽寮の厨房。決して新しいと言うわけでは無いのだが、使いこまれた鍋の一つ一つが丁寧に磨かれ、配膳台も棚も道具のどれを見ても埃一つ、錆一つ見えはしない。
「さっすが、調理委員会やね〜」
 感心したように声を上げる陽向に
「うん、これで美人さん。…あ? 陽向。いらっしゃい」
 鍋を磨いていた真名は手を止め微笑んだ。
「綺麗になったんやね〜。いつも汚い思ってた訳やないけど、ほんま、見違えるみたいや」
「ありがと。さて、キレイになった台所で何を作りましょうか? 掃除が終わったら、みんなここに夜食を食べに来るでしょうからね」
 委員長の言葉に一年生達はふむと考える。
「年越しそばやろ? それから年明けうどん♪
 お雑煮、おせち料理も外せんな。
 年末年始の食事は、これに尽きるで! って、年末年始にはまだちっと早いか…」
 拳握り&天を突く耳…がしゅんと少しだけ下がる。
 そんな陽向の背を励ます様に叩くと魅緒は真名の方を向く。
「うむ。だが、のう、下界には正月料理を年末に仕込む風習があるそうではないか。
 皆の分を作ってみぬか?
 それと陽向も言っておったが、年越しそばというのもやってみたいぞ」
「それは、やる予定だから大丈夫。今日のところはそうね…年明けうどんの練習に暖かい味噌風味の三平汁に手打ちうどんを入れた味噌煮込みうどんにしてみましょうか?
 実は彼方が、上等の新巻鮭を持ってきてくれてるの」
「味噌煮込み! ええね。美味しそう!!」
「よいな。では早速始めるとするか。まずはうどんの捏ね鉢と麺棒と…。陽向は粉を用意してくれぬか。場所は変わっておらぬ。向こうの棚じゃ」
「了解! 楽しみやね〜」
 楽しげな二人の背中を見送ると真名は、手に持った大鍋を愛しげに撫でる。鍋だけでは無い。ピカピカになった台所とその道具たちを見ながら真名は礼を言う様に告げた。
「どれもこれも思い出深くて…手にとる度にどん事があったか思い起こせるわ…、私は後少しだけど宜しくね…」
 道具たちへの感謝の言葉。もしかしたら、あそこで息を潜めている次期調理委員長は聞こえたかもしれないけれど、真名は気にしなかった。
「さあ、行きましょう。皆の分、うどん作るのは大変よ」
「はい!」
 そうして、明るく笑って、自分の居場所へと歩いて行くのだった。

 夕刻。
 日の落ちた朱雀寮の食堂ではいつものように、暖かい光と味噌の香りと、笑い声が溢れていた。
「は〜い。お代わりは何ぼでもあるからいっぱい食べてな〜」
「う〜、暖かい。そして美味しい。寒空で作業してきた身に沁みるなあ〜」
「…一生懸命、仕事してくれたからね。…いい子、いい子…」
 勢いよく味噌煮込みうどんをかきこむ祐里の頭を静乃が撫でる。驚きに赤くなる祐里の顔に、皆の笑顔も弾けた。
 味噌煮込みうどんにおにぎり、漬物と暖かいお茶。料理としてはシンプルだが掃除を頑張った後の料理としてはなかなか好評であった。
 だが、その料理を真横に置いたままの者もいる。
「どうした? 璃凛。食べないのか? うどんがのびるぞ」
 気遣う様にかけられた言葉に璃凛はぴょんと跳ねるように背筋を立ち上がり伸ばした。
「あ! なんでもないです。ごめんなさい!!」
 そう告げたが、勿論何でもないようには見えないし、劫光にはその理由もなんとなく解っている。自分も璃凛の前に座り、座れと指で合図する。
「これからの…ことか」
「…えっと……はい。今回も…話、できなかったんで…」
 すとんと腰を下ろしながら璃凛は頷いた。委員会は自由活動であるから参加は強制できない。でも体育委員会だけ、次年度の副委員長の引き継ぎが出来ていないことが彼女にとっては気がかりであるらしかった。
「委員会を変わるとか、止めるとかは言っていないんだろう? だったら、大丈夫だろうさ? 次に来たときにお願いと言っておけばいい」
「でも…うち、きっとガキに写ってたと思うし…関わろうとしなかったんや。自業自得なんやけど」
「大丈夫。きっと解ってるなりよ」
「面倒だ〜とか、言うかもしれないけどきっとやってくれると思うよ」
 明るく言う譲治の横で顔をぴょいと覗かせて桃音も頷く。
「せやろか…。なんか、うち…」
「他の予備生さんと相談してだけど、私も体育委員会入ろうかと思ってるし」
「ほんま!?」
 俯いていた璃凛の顔に驚きが浮かぶ。
「うん。譲治や劫光もいた委員会だし、身体動かすの、嫌いじゃないし。
 璃凛のこと好きだし、今日一日掃除したし、楽しかったし」
『そうですね。一緒に雑巾がけ競争、楽しかったですね』
 桃音や双樹の言葉を聞いて璃凛の胸に暖かい何かが溢れる。
「お前の努力を見ている奴もちゃんといるってことだ。焦らず、無理せず、自分の出来ることをしっかりやってけ。それで十分だ」
「何かしようとか、言おうと思う前に立ち止まって、深呼吸するといいなりよ。…っと、これおいらと劫光からのプレゼントなのだ」
 うどんを脇によけて譲治は一冊の帳面を璃凛に差し出す。
 それは、体育委員会の鍛錬項目を纏め直したものであった。
「演武とかはその時々の委員が考えて一番いいものを見せて欲しいから書いてないなりよ。でも、これはあくまで参考にして、璃凛がこれからいいと思うように委員会活動していくといいのだ!」
「そうだな。これからの朱雀寮と体育委員会を背負っていくのはお前なんだからな」
 立ち上がった劫光がぽんと、璃凛の頭を撫でた。
「璃凛、しっかり頼むぞ」
 その暖かい感触と、優しい眼差しに目元が熱くなるのを感じながら
「はい!」
 璃凛はその言葉通りしっかりと顔を上げて答えたのだった。

 託された思いは体育委員会だけのものではない。
 調理委員会の委員長は前々から色々なレシピや注意点を書きとめたノートを作っていたし、先輩達と一緒に入って来た保健委員会、蒼詠も大事そうにその胸に一冊の帳面を抱えていた。
「…これは…」
 掃除が終わってから、委員会の先輩に渡されたそれには四人の先輩達がそれぞれに、それぞれの視点から書いた保健委員としての心得や知識がびっちりと詰まっていたのだった。
 委員長の静音からは委員長としての仕事や治療の仕方などが事細かく、書かれてあった。懇切丁寧に、少し子供扱いする内容であったが彼女の思いやりが伝わってくる。
 静乃が書いていたのは薬草園の手入れの仕方。肥料の作り方など彼女が三年間に経験し、考えたことや改良した結果などが記されていた。
 それらには紫乃の手によるものだろう。細かな索引をついている。
 例えば寒さに弱い、長雨注意、かかりやすい病気など、後で調べやすいようになっているのだ。
 膨大な薬草園の解る限りの植物の手入れの仕方も詳細に書かかれている。
 この草にはどの手入れをするのか、逆にこの手入れをする草は、と双方から調べられるように工夫され、特に注意する点や間違えやすい事も赤で記されていた。
 朔は男手が必要な部分などを中心に監修している。
 薬草園の手入れには力仕事も必要だ。今日学んだ雪囲いの仕方や、外し方。木の植え替えの方法などが図解入りで載っている。
 所々には自分たちが苦労した事、知りたかった事、失敗した事なども記されていて、ただの手引書でくくれないほどのボリュームがあった。
「…ありがとうございます」
 祐里と一緒にそれを見た蒼詠は心からの思いで先輩達に頭を下げる。
 暖かい飴湯の湯気に包まれた彼らは
「後を頼みます」
 と、そう柔らかに微笑んでくれた。
「僕の最大の敵は僕自身の、この自信を持てない心の弱さ……強く、ならなくては」
 託された帳面を胸に抱いて蒼詠は自分自身に言い聞かせる。
 これは保健委員会の宝、自分や祐里のみならず、これから入寮するまだ見ぬ後輩達にも役立ち受け継がれる物になる筈だ。
 自分の役割は先輩達の思いを、しっかり受け継ぎ、時代に伝える事。
 自信というものは直ぐに沸いて出てくるものではないし、自分自身も簡単に変えられるものでもない。
 でも
(変えていこう。強くなろう。先輩達の期待に応えられるように…)
 蒼詠はもう俯いてはいなかった。

●感謝のことば
「喪越先輩の手打ちそば、もう食べれんようになるんやな。
 青嵐先輩の人形ツッコミ、もう見られんようになるんやな。
 先輩達から、そばと人形とったら、先輩ちゃうで!」
「陽向よ。そのボケはあまりに不敬ではないのか?」
「うん? うち、ボケとらんよ、めっちゃ真面目やねん」
 徐々に集まってくる寮生達に一年生二人は、そんな話をしながらうどんを給仕していた。
「なあ…陽向」
「なんや? 魅緒さん」
「我らはここで、三年生達に色々な事を学んだ。世話にもなった。それを…どう伝えたら良いのだろうな?」
 ふと呟くように発せられた魅緒の言葉に陽向は目を見開く。
(ここに来るまで自分は何も知らなかったと同じ…)
 そんな表情で真名や劫光を眩しそうに見つめる魅緒に
「うちから先輩達に言う言葉は「感謝」の一言だけや。
 それ以外、何が必要なん?」
 陽向は明るく、軽く、そう告げる。
「陽向…」
 軽く言ったように聞こえたその言葉は、陽向の目を見るとそうでないと思う。
「感謝」「ありがとう」
 確かにそれ以外の言葉、思いはいらないのかもしれない。
「陽向。そなたにも感謝するぞ」
 小さく、囁くように言って魅緒は
「ユイス! そなたも味噌煮込みうどん食べぬか? 我らの自信作じゃ」
 仲間達の元に戻って行く。
 それを陽向も見つめて後を追うのであった。

 一人、最後まで残っていた折々は図書室の灯りを落すと部屋を出た。
 もうリリスやユイスは食堂に行っているし、皆も集まっているだろう。
 ふと、闇に眠るような図書室を振り返る。
 月明かりのみが照らす静かな図書室に向かって、折々は深くお辞儀をひとつした。
 まだ、何度か来ることはあるかもしれない。
 けれど、言っておきたかった。

「今までほんとうにありがとう。
 この部屋があったから、わたしはもっと朱雀寮を好きになれたんだ」

 そうして、扉を閉めて仲間の元へ歩き出す折々を、窓から差し込む、月明かり、星明りが静かに照らす。
 図書室のみならず、美しく、静かに輝く朱雀寮全てが彼女を、彼らを静かに、優しく見守り、見送り、感謝の言葉を贈っているようだった。