【朱雀】卒業後の道
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/28 09:33



■オープニング本文

 ある日、朱雀寮三年生達は朱雀寮長 各務 紫郎に召集を受けた。
 最近ではこれは珍しいことだった。
 卒業試験を終えた寮生達は猶予期間を卒業研究や、委員会の引継ぎなどに当てている。
 基本的に彼らに課題が科せられることは無く、ほぼ自由時間なのである。
「皆さんに、確認したいことがあって来て頂きました」
 寮生達の疑問を読み取ったのだろう。寮長は最初にそう告げた。
「確認、したいこと?」
「はい。はっきりと言ってしまえば、それは皆さんの卒業後の進路の事です」
 進路。
 寮生達はハッとする。
 残り、正味二カ月も無い陰陽寮生活。
 そこで道は終わりではない。
 そこから先も新しい道が続いていくのだ。
「今年度の始めに進路の希望を調査しました。しかし、一年を経て変更したい者もいるようなので再確認したいと思います。
 皆さんは卒業後もほぼ全員開拓者を継続するでしょうが、開拓者兼任という形で五行国の組織への就職が可能です。皆さんの希望を確認して、担当者に連絡、試験を実施して適性を確認の後、合格した者は各組織への就職という形になります。試験は毎年違いますので昨年の試験を参考には出来ません。
 具体的には封陣院と知望院の二か所。
 封陣院は分院も多いので合格後、身分上はそれらの分院所属、もしくは見習いとなり開拓者を続けるという形になるかと思います。但しこれは、有事には国を優先し、国家の為に尽力するという条件付きになります」
 基本的に五行就職後も開拓者の身分を保持し、依頼を受けることは開拓者ギルドとの調整により許可を得ており、有事の場合、というとおり有事で無い限り行動は妨げない、と寮長は言う。
 だが
「但し、誤解しないで欲しいのは五行国に所属したからと言って直ぐに何でもできたり、権力を発揮できたりするわけではない、ということです。
 就職しても開拓者を続ける限りは文字通りの見習いです。昇進はなく、高度研究開発にも携われません。
 これはいかに陰陽寮を卒業した逸材であろうと例外のないことです」
 そう厳しく釘も刺された。
 例えば封陣院に所属してもいきなり新しい術研究やアヤカシ研究など難しい分野の挑戦に携われるわけでもないし、新しいアイテムの開発ができるわけでもない。
 知望院に所属しても全ての本が読めるわけではないし、それらの知識を直ぐに他の場所で活用することが許されるわけでもない。
「五行国内であれば、国家の役人としての身分を得た皆さんにはそれなりのサポートが得られます。
 しかしそれは五行国内ほぼ限定であると思って下さい。特に他国では特別な任務などを与えられない限りは五行役人の立場で何かをする事は許されません。
 今回は皆さんの研究、卒業準備を進めながら、自分の進路を決定、提出して下さい。それによって各組織へ通達、就職試験の準備をして貰う予定です。
 無論、五行の組織に属さず自由な開拓者を続けるのも問題ありません。
 その場合は五行には就職しないと提出の事。
 なお、西家については『朱雀寮生は歓迎する。今年の三年生ならなおさらだ』と長次が言ってきていますので、正式な希望を出して貰えば軽い面接くらいで所属可能と思われます。
 彼は、五行国程厳しいことは言わないと思うので、ほぼ自由に動けると思います。
 一応、希望は改めて提出して下さい」

 はっきりと寮生達の前に「卒業後」が降りてきた。
 何が変わるのか、それもと何も変わらないのか。
 道の先は暗く、まだ何も解らない。
 けれど、進んでいくしかないのだろう。
 自分の選んだ道を…。


『追記 陰陽寮三年生の五行国における進路規定について』
 ※ これは朱雀寮生のみに限定されるものではない

【就職手順】希望調査→担当者に連絡→試験実施・適正確認→合格なら部門へ就職
【配布称号】「知望院研究員補」/「封陣院研究員補」
【対応】開拓者ギルドが譲歩する
【詳細】五行国からの申し入れにより、命令服従についての対立が発生した場合、五行国の側に立つ事を認めるという国家間の誓約書が存在する。

【規定1:召喚の義務】
所定の手続きに従って役所勤務が可能になった開拓者は、神楽の都において五行国が定める陰陽師宿舎『黄龍寮』へ居住するか、常時本国と連絡がつくよう備えなければならない。

【規定2:兼業者の義務】
開拓者業を継続する役人は本国(五行国)での常勤義務が免除されるが、アヤカシや各国護大に関する研究・論文・調査結果などの定期報告を行う事で、少額給与と身分保障が継続される。
ただし給与の支払いは開拓者業を終了してからとし、それまでは国で積み立てておくものとする。

【規定3:職権の制限】
開拓者の身分は万国共通だが、五行国役人の身分は特別な任務、或いは規定の手形を所有しない限り、原則国外では無効となる。また兼業者の条件を満たす限り、役人資格は五行国内で無期限保持される。

【規定4:国益の優先】
五行国公的機関役人の身分を持つ開拓者は、有事の際には『開拓者ギルド』ではなく『五行国』への帰還・協力を行わねばならない。

【規定5:権利と昇進】
五行国公的機関役人の身分を持つ開拓者は、開拓者業を営む間は『派遣陰陽師』として最低限の給与と身分が保証される。ただし本業の役人業務は一時転属の扱いとなる為、開拓業を継続する限り、本国で昇進の対象には選出されない。

【規定6:本職への復帰】
五行国役人の身分を持つ開拓者にとって、本職は『母国業務』であり『開拓者業』はあくまで副職である。よって所属部門における昇進、及び新たな研究への参加を希望する者は、開拓者業を休業後、本国へ帰国して本職に従事し、相応の実績を積む必要がある。

【他】これら規定は、開拓者ギルドと五行国が双方の合意を持って施行されているものである。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●それぞれの行く道
 朱雀寮長 各務 紫郎は提出された十一枚の調査用紙を捲る。
 間もなくこの寮を巣立っていく教え子達。
 その一人一人の顔を思い浮かべながら。

『俳沢折々(ia0401
 希望就職先は知望院。
 志望動機は、所蔵されているすべての文書、書簡の閲覧をする為。
 古今東西、情報という情報を片端から頭に叩き込み、博学多識の道を歩む。
 目指す道は変わらず、五行王、架茂天禅の片腕となること。
 知恵者、有識者の多い五行にて、あえて正面から、その道の第一人者となることを目指したい。
 その為に最も確実で、最も厳しい進路を望む』

『玉櫛・静音(ia0872
 知望院を希望します。
 朱雀寮の陰陽師として私はより多くの事を学んできました。
 それを少しでもこの国に残したい、知望院でよりいっそうの研鑽に励み、新たな知識を開拓し、五行の人達がより豊かに暮らせる事に貢献したいと、そう考えています。
 知望院の試験に受かれるかは解らないけれど、諦める事なく全力で挑む所存です。
 朱雀寮で得た知識、技術を生かしその卒業生としての誇りをもって研究機関の一員となろうと思います』


 アヤカシ牢の奥。
「足りないと、願うばかりが、おいらなり…っ!」
 一際、濃い瘴気の中、唸るような声をあげながら目を閉じる少年がいた。
(この術が陰陽師全体の力になれば多くの悲劇を回避できるのだ。…同時により多くの悲劇を生むことになるのだ)
「…分かる者だけで使われる…粋じゃないなりがっ! 答えなんて、知ったことじゃ、ないのだぁぁ!」
 荒い息の中、自分の中に瘴気を取り込もうとする…。急激に譲治の中で上昇する瘴気。
「止まって! 譲治くん。それ以上はちょっと危ない!」
 朦朧としかけた意識が声に応えるように覚醒し、集まった瘴気は風船が割れるように弾けて散った。
「あわわ! またやっちゃったなりか…」
 頭を掻く少年、平野 譲治(ia5226)の横で
「自分の体力と練力を把握して。その身を超えるような吸収は危険だよ」
 諌めるように折々が微笑んで見せる。
「瘴気のコントロールは難しいようですね。なかなか成功率が上がりません。
 集めた瘴気を別の形に転換するのに何か効率のいい方法が見つかるといいのですが…」
 静音が今までの実験の結果や考察をメモに纏めながら呟く。側では紙や筆を持って彼女を支える人妖霧音がいた。
「無理は禁物だよ。随分長い時間やってもいるし、少し外に出て休憩しようか?」
 折々の言葉に同じ研究に携わる二人は、顔を見合わせ、頷くのだった。

「今日は割と暖かいね。最近は冷え込むことが多くなってきたから嬉しいな」
 アヤカシ牢から外に出た折々が牢の外。太陽の光を浴びながら大きく伸びをする。
「折々。ありがとなのだ。手伝ってくれて」
「私の研究はもう大よそ纏まったしね」
 譲治に声をかけられた折々は、横に控えるカラクリ山頭火を見ながら照れたように笑う。
「私ができることはもう全部やった。からくりに新しい術を教える。その基礎理論は実証されたから。
 後はそれを一般化させる為の研究を続けて行くだけ…」
「瘴気回収は理論は解っても、安全に確実に利用するにはもう少し研究が必要でしょうか…」
「感覚的なものが大きいなりからね。今のままだと本当に使える人だけ使える様な術になってしまうのだ」
「あんまり時間も無いしね…」
 そんな呟きにふと誰ともなく言葉が詰まる。
「今年ももうあと少しなりね…」
 温かい中にも刺すような冬の気配と、短い太陽の日差しに否応の無い時の流れを感じるのも、それに切ない思いを感じるのもまた同じであろう。
「そういえば、進路希望調査、出さないといけないんだよね。もう決めたの?」
 だから、できる限り明るい、いつもの口調で折々は仲間達に問いかける。
「私は、当初の希望どおり知望院に行こうと思っています」
「じゃあ、私と一緒だね。よろしく」
 静音に折々は片目を閉じて笑って見せた。
「折々さんは最初からそうおっしゃっていましたね」
「ん。迷いはない、っていうか、迷っている時間すら惜しい。やりたいことはもう全部決まっているんだから、あとは歩いていくだけ、だね」
「私も…ここで学んだことをさらに研鑽し五行の為に役立て、次代に繋いで行きたいと思っています」
 真っ直ぐな目の折々に静音も深く頷く。
「そういえば譲治君は? 確か初期の希望では同じ知望院希望、じゃなかったっけ?」
 折々がふと問いかけると譲治は、にははと頭を掻きながら笑う。
「決めねばならぬなりね。うむ。一折に、覚悟は決めたのだ」
 どうやら、知望院を目指す、ではないようだと二人は顔を見合わせる。
「どうするか…聞いてもいい?」
 空を見つめる瞳には彼女らとはまた違う深い決意が浮かんでいた。

●目指す道
『青嵐
 変わらず封陣院を目指します。
 現場を知り、現実を理解して対策を作り、広めるのに「一番都合が良い」からです。
 立場だけで得られる知名度や権力や権限というものは私にとってどうでも良いものです。
 今までとなんら変わりません。
 他者の信用や信頼を得たければ自分で動きます。
 …陰陽寮の名を使わなければ信頼一つ得られないような、そんな未熟者ではないつもりですから』

『アッピン
 封陣院はアヤカシや陰陽術の研究機関であると同時に対アヤカシの最前線に立つ組織だと思います。
 アヤカシは人を喰らい未来を摘みます。
 先人の想いと知識を受け継ぎ未来へと想いと知識を繋ぎアヤカシを究明しその害をなくし人々の力になりたい。
 その志を実現していく為に封陣院を目指したいと思います』


 時間はややずれたアヤカシ牢。
 細く開いた扉から
「ちょっといいですか〜」
 という声が聞こえた。
「どうぞ」
 と青嵐(ia0508)声をかけると
「しつれいしますね〜」
 と声の主が入ってきた。
「アッピン(ib0840)さん」
 青嵐は実験と作業の手を止め迎えたのだった。
「ここは冷えますね〜。寒くないですか?」
 後ろに控える鬼火玉の相棒ほんわかさんに手をかざしながら問うアッピンに
「慣れればどうということは。それで、ご用件は?」
 青嵐は小さく肩を上げて見せた。
「はい。これです。寮長から預かってきました。部外秘。封陣院受験者以外には見せないようにと言われているので丁度いいかと思いまして〜」
 言いながらアッピンが差し出した文書を青嵐は見つめる。
「封陣院の適性試験について、ですか…。これは、日程は年末も年末ですね」
「特に用意していくモノもないようですね〜。身一つでその意思と能力を確認するということのようですよ〜。試験内容は口外禁止、だそうです〜」
「まあ、その辺は望む所です。私は私の目的の為に、というのもありますからね」
 彼は文書を置くと静かに告げた。
「私が封陣院を希望するの未来の為に「一番都合が良い」からです。最初から今まで、それに変わりはありません。地位や特権が欲しい訳でもない」
「まあ、その辺は私も同じですね〜。アヤカシを研究しつつその最前線に立つのには封陣院が一番いいように思いますからね〜」
 ほんわりとした口調はいつもと変わらないが、そこにある決意は固いもの。
「では、合格すれば再び同期ですね。その時は宜しくお願いします」
「はい。こちらこそ〜」
 アッピンは青嵐に頷くとふと、彼の手を見た。
 特殊な結び目で編まれた縄がそこにある。
「そういえば研究していた縄にめどが立ったとか〜?」
「ええ。とりあえず遮蔽縄と呼んでいます。こうして…」
 青嵐は手近にいたカラクリ、アルミナに向けて縄を投げる。
『某はアヤカシでありませぬ』
 アルミナはぺちりと縄を叩き落したが、アヤカシに投げつけ命中するとアヤカシを捕縛できるのだという。
「所詮縄ですので攻撃が耐久を上回れば簡単に切れてしまうのですが、実体の伴わない…知覚攻撃を主とするアヤカシにはかなり効果を発揮させることができそうです」
「術でも切れませんか?」
「それを目指しています」
 青嵐の答えにアッピンはふむと頷く。
「お手伝いしましょうか〜?」
「え?」
「私の研究のついで、ですけどね〜。人造アヤカシを作る、というのは難しいようなので長期型のアヤカシの能力を持った式を作れないか、と思っているのです〜。でも、それもとっても難しくて、西家や陰陽寮みたいな特別な設備を持ったところで専門の人が作らないと無理みたいなんですよね〜。
 だから、とりあえず人魂や戦闘用の陰陽術の形をアヤカシっぽく変えたりできないかなあと思ってまして。いろいろな人のお手伝いしながら手がかりを探ってみようかと〜」
「なるほど…では、お手伝い頂けますか?」
「はい〜」
 アッピンがサポートに入ってくれるなら、いろいろと別の実験もできるだろうか。
 青嵐は縄を見つめる。
 おそらくこれを見た人は言うだろう。
「こんなものはアヤカシに勝つ為の役には立たない」と。
 当たり前だ。
 戦える人間にこんなものは要らない。そういう人間は自慢の能力でアヤカシを打ち倒せばいいのだ。
 だが自分にとって勝利とは、「ティール(志体持ち)が勝つ」事ではない。
 只の人が、このアヤカシが存在する世の中で「正しく生を全う出来る」事、つまり「ヒトが生き残る」
 それが勝利なのだ。
 この縄もまだ理想通りではない。
 けれど、自分の目指す勝利へのきっと一助になる筈である。量産化の手配も進めていた。
「こっちの用意はいいですよ〜」
 アッピンが大きく手を振る。アルミナも位置についたのを確認した。
 様々な思いと共に青嵐は手に持った縄に再び力を込めるのだった。

●違う道、同じ道
「あ、紫乃。お帰りなさい」
 図書室で書き物をしていた真名(ib1222)は手を止め、外出していた親友の帰還に微笑んだ。
 お茶を入れていた真名の人妖 菖蒲も一緒に戻ってきた人妖 桜に手を振って見せる。
「ただ今戻りました。纏めをお願いしてしまい、申し訳ありません」
「気にしないで。二人で完成させた術だもの」
 お辞儀をした泉宮 紫乃(ia9951)は人妖 桜と共に真名の手元。
 二人で検討を続けた末に生まれた新しい術式を見つめる。
「とりあえず、名前は解毒符ね。今のところは解毒の為の術式だから」
「はい。今後さらに発展させていけるといいいのですが…」
 二人はそんな話をしながら愛しげに自分達が生み出した新しい術を見つめていた。

 新しい概念の治癒術。それが真名と紫乃。二人の研究課題であった。
 アプローチの仕方は違っていたが、今ある治癒符の可能性をより高めていけないかという思いは同じだった。
 無論、それは簡単なことではなく、失敗を幾度も繰り返した。
 そして、この卒業間際にやっと「患部を炎の式で焼切る」イメージで毒を除去する解毒符の開発に成功したのだった。
「長い研究の中で磨かれた術は偉大ですね。
 ほんの少し変えただけでたちまち失敗してしまう。この術も海人さんの残してくれた術が無かったら…難しかったですよね」
「ええ。理想とは違うけど、陰陽術の可能性を少し広げられた。これを一歩にしていけたらいいと思うわ」
 今はまだ、毒を消すのが精一杯であるがいつか、目指していた四肢切断や病気などの高度治療などもできるようになればいいと思う。
 その為に記録をしっかりと残しておこうと思うのであった。
「そういえば、どうだったの? 西家の方は?」
 ふと、思い出したように真名は紫乃を見て問いかけた。
 彼女は恋人である尾花朔(ib1268)と共に陰陽集団西家に属することを決めていた筈なのだ。
 早くに意思を表明していた二人は、西家の長に呼ばれて面接に出かけていた。
 二人の能力と西家長の性格からして不合格などありえないが…
「はい。朔さんは正式に西家に属することになりました」
「あれ? 朔だけ?」
 疑問符を浮かべる真名に紫乃は静かに微笑んだ。


『尾花朔
 西家への所属、を望みます。
 国には出来ぬことを。
 ですが、それと同時に国と共にではなければできないこともあります。
 その為の繋ぎとなりましょう。
 双方を知る、ということは強みになります。
 地に根を張り大樹の礎となりたいのですよ。

 名とは切札です。
 それに見合う力を持ってして初めて使えるものです、その為に私はどんな努力も厭いません』

『泉宮 紫乃
 西家近くの村に診療所を開く予定です。
 場所は変われど地域のお医者さんを目指す気持ちは変わりません
 一人でも多くの人を救えるよう、精進し続けます。
 
 …ただ、可能であれば西家に所属と言う形ではなく、と思っています。
 西家が嫌な訳では無いんですが…もし、いつか朔さんにとって集団に属することが枷となった場合、代わりに動ける存在でありたいと思っております』

 
「『別に西家に属するからと言って、何をしろと言うでもないから気にするな。
 お前はお前の信じる心で今まで通り、開拓者として人を救って行け。
 そして、中央と西域。五行と世界を繋ぐものであってくれ』
 長次様はそうおっしゃり、所属の許可を下さいました。近いうちに西家陰陽師の名と身分も賜る予定です」
「良かったな」
 面接試験の結果を報告する朔に劫光(ia9510)は心からの祝福を贈る。
「紫乃さんは西斗の一角に診療所を開くことになりそうです。
 と、言っても当面は今、診療所を開いておられる医術師様のお手伝い、ですね。
 西家の医療水準は五行でもかなり高いそうで、その医術師様が、望むなら薬学のみならず外科治療の指導して下さるとのこと。
 そこで学び…いずれお年の治療師様に代わり、診療所を継ぐことになるかも…」
「…そうか」
 朔の人妖槐夏が差し出す茶を受け取り劫光は小さく微笑んだ。
 横に立つ人妖 双樹の顔に、朔に寄り添おうとする紫乃の思いが重なって見える。
「にいや」
 今まで黙っていた瀬崎 静乃(ia4468)に名前を呼ばれ劫光はふと顔を向けた。
「どうした?」
「…もしかしたら、僕も西域に行く…かも」
「? そうなのか?」
 静乃は頷き寮長との相談を朔と劫光に語る。

『医学を支えている一つだろう薬から、病人の手助けをしたいです。
 患者さんだけじゃなくて、医者の手助けにもなると思うし』

 話を聞いた寮長は五行の医療機関は現在空きがなく、また開拓者との兼任が認められていないということを静乃に告げた。
 そして開拓者を続けながら医療、薬学の勉強をするなら研究に優れた治療師に師事しながら知識を高めていくのも方法もあるとアドバイスを受け、候補として示された治療師の候補の一人に西域の治療師の名があったとも話したらしい。
「まだ…考えるけど…」
 静乃は心に抱く夢があった。
(…いつか年月をかけ知識を蓄え人脈を増やして…薬に関係する研究が自由に出来る施設や資料、書物の巨大蔵書施設を…)
 その夢の為に今は人脈を作るのも手かも…。
 静乃の頭に手を置き
「…そうか」
 と劫光は笑った。
「俺は自由な開拓者の道を進む。どうやら、真名も封陣院希望を下げ、開拓者として生きるつもりらしい。でも、どこへ行こうと志は同じだからな」
「ええ、長次殿もおっしゃっていました。
『朱雀で学んだ陰陽師の心があれば、同じ空の下。道が分かれたように見えても同じ道を進んでいるのだ』…と」
「そうだな」
「ん」
 仲間達は頷き合う。
 それぞれ目指す進路は違っても同じ道を歩むのだと、確信しながら。

「…あ、皆さん。そうだ。雷閃の範囲術の実験に成功したんです! 氷龍と同じ放射線上の攻撃の方が安定し、副次的な効果も望めそうで…、術式の確認と実験に協力頂けませんか?」
「…いいよ。もし、あれなら…対象、食屍鬼にできない?」
「解りました。牢屋に行くか、野外に出るか考えましょうか。名前は…雷獣符、ですかね」
「静乃。無茶はするなよ。…俺は、あと一歩だと思うんだが…。寮長は素材から手を入れてみればとアドバイスをくれたんだが…」
「ああ、そう言えば忘れていた。劫光さん。西家からお客が来ていますよ」
「俺に?」
「はい。今、西浦先生の所に行っている筈です」
「? 解った」


『私は国に所属せず開拓者として生きたい。
 初めは封陣院に所属したいと思ってきました。
 その為に国に仕えるのは当然だってそう思ってたし疑う事もありませんでした。
 でも、朱雀寮で皆と学んできて、わかった事があります。
 何処かに縛られていては出来ない事がある。
 勿論国でなければ助けられない人も多いのだけれど、私は目の前の人にこそ手を差しのべたい。
 我が儘かもしれないけれど、外に出て五行の人達と協力して生きたいです。 真名』

『朱雀寮の卒業生という肩書きを背負って五行を出たいと思う。
 開拓者としての生き方を最優先としたい。
 確かに国に仕官し生きる方がより多くの人間の為になるだろう。
 だが、一方で国では救えない者がいる。
 国に仕える立場では、手を差しのべてはならない者達。
 俺は縛られる事なく、そういった人間の為に生きたい。
 その上で朱雀寮の陰陽師として恥ずかしくない行動をして、朱雀の陰陽師ここにあり、を他国に示す事が出来る様にしたい。 劫光』

●続く空と道の行く先
 朱雀寮の外れ。
「ああ! うまくねえなあっ!」
 相棒達の待機所で喪越(ia1670)は頭を掻きむしる。
 最終進路決定。その宣告にまだ喪越は自分自身の結論を出せずにいたのだ。
『珍しくお悩みのようですね』
 からくりの綾音も今日は過激なツッコミはしない。
『すまん、もう少しだけ時間をくれ。
 一応、アヤカシと直接接するであろう、魔の森近辺の砦とかに就職希望なんだが、どうにも気持ちが纏まらなくてな。
 開拓者として、朱雀寮卒業生として何ができるのか―もうあまり時間が無ぇが、ギリギリまで考えさせてくれ』
 頼み込んだ喪越に寮長は頷いてくれた。封陣院と知望院以外の兼任は許可が出ないと前おいた上で、だが。
「…もう二度と後悔はしたくねえからな」
 独り言のように呟いた喪越の視線の先で、キャッキャと楽しそうな声が見える。
 思わず喪越は身を隠す。側で静乃の鋼龍文幾重が不満そうに身を揺らしているが、手で謝ると彼は綾音と共に息を潜めた。
 見れば譲治と桃音が二人で遊んでいるらしい。側には譲治の相棒 鋼龍 小金沢 強が保護者のように見つめている。
 譲治は多分、桃音に言いたいことがあるのだろう。
「んとんとっ! ぷろぽーず、って知ってるなりかっ!?」
 小首を傾げる桃音に譲治は顔を真っ赤にしながら続ける。
(おーっと、それはいきなりじゃねえか?)
「婚約を申し込む時の言葉なりが、これ一つで善し悪しが決まるのだっ!」
 だが、当の桃音はプロポーズも、婚約もどうやらピンとは来ないようである。
「っと、そだっ!強と一緒に遊ばないなりかっ!? 皆で遊ぶのが良いのだよっ! ちょっと寒いけどいい天気なり。一緒に飛ぶのだ! 強!!」
 少女の手を引き相棒と一緒に空に舞う友を見送って喪越は空を見上げた。
 譲治は多分、国に属さず家に戻るつもりなのだと仲間達は感じている。
 少女との約束に命を捧げると誓い、それを守ろうとする一途な少年。
「俺もちったあ、見習わねえとな」
 空を飛ぶ龍を見送ると喪越は歩き出した。

 …開拓者に戻る。
 正確には実家に戻り、裕福でも貧乏でもなく平凡な生活を営む。
 譲治は卒業後の進路をそう定めていた。
「…強を預けるってできないなりかね?」
「? どうしたの?」
 思わず零れた呟きに腕の中で自分を見つめる少女に
「なんでもないなりよ」
 譲治はそう笑って見せた。
(卒業までが執行猶予と思えば、どれだけ幸せなことであっただろう。この一時も。
 一度失う筈の生を少しだけ伸ばせたのだから)
「空は、どこまでも続いてるのだ。今までも、これからも…ずっと」
 腕の中のぬくもりを感じながら譲治は空を見つめていた。

 間もなく迎える新しい年。
 その先に彼らの未来が待っている…。