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■オープニング本文 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスは自身の適性は戦場にあると理解していた。 最下級に近い底辺貴族からほぼ剣一本で皇帝の側近にまで上り詰めた父に厳しく仕込まれた、と言う以前に剣士として戦う事が好きであり、前衛に立って後衛を守る。 誰の手も借りず、自分の手で道を切り開く。 そんな感覚が彼は好きだったのだ。 もし、兄が失踪する事無くグレフスカス家を継いでいたら、グレイス自身はもしかしたら開拓者になっていかもしれない。 世界を自由に飛び回り、強敵と戦う。十代の頃は本気でそんな生活も悪くないと思っていた事もあったのだ。 あの頃は子供であったと、グレイスは想い懐かしむ。 自分の犯した罪をただ恥じ入り、悔いるばかりであった当時を懐かしめるようになったのは開拓者達との出会いと関わりのおかげである。 机の上に山為す書類を見ながらそう思い、開拓者達に心から感謝をしていた。 現在、グレイスは中央に知らせず、あることを計画していた。 それは南部辺境を、ジルベリアでありながらその法から解放された特殊な自治区にすることである。 グレイスは騎士としてジルベリア皇帝ガラドルフを心から尊敬し、忠誠を誓っているが、それとは別に疑問に思うこともいくつかあった。 その一つが貴族制度であり、もう一つが帝国民は全て国の所有であるという考え方である。 皇帝自身は常に戦場にあり、華美な生活を好んではしていない。 しかし、それを取り巻く貴族の中には己の地位に安穏とし、戦場に立つこともせずに民から当然のように行った搾取で豪奢な生活を行う者が少なくないのである。 噂話以外にすることもなく、己の手で何かを勝ち得ようと努力することもしない役立たず。 そういう人物達を見る度、若い頃のグレイスは不快な思いを味わっていたものだった。 南部辺境伯の地位は彼にとって望んで得たものではなかったが、それを奇禍として中央の煩わしい人間関係から彼は意図して距離をとっていたのだった。 そして、もう一つは帝国民の自由の無さ、である。 きっかけは兄の出奔であった。貴族の後継者が留学先の天儀で失踪。 その醜聞がもたらした騒ぎは恐ろしい程のものであった。 もし、兄が家督を相続した上で失踪していたらグレフスカス家そのものが取り潰されていたかもしれない位の大騒動の後、当時の当主であった父が引退。 グレイスが家督を継ぎ、家名格下げ、軍での地位も降格となって決着するまでかなりの時間がかかった。 兄の失踪の原因が自分であると解っていたからグレイスはその騒動にも、降る様な嘲笑にも耐えていたが、心の奥底ではずっと思っていたのだ。 (国を離れ、自由に生きると言う事がここまで非難されなければならないことなのか!) と。 兄の名誉を回復し、その魂を故郷で安らがせてあげたい。 甥をジルベリアに縛られることなく自由にしてやりたい。 それがグレイスの自治区構想の始点であった。 誰もが誰の所有物でもなく、自分自身として地位や志体の区別なく望む夢への道を自由に目指し、旅立てるように…。 無論、それが簡単な事ではない事は承知している。 南部辺境伯として租税や政治にかなりの地位と権限は与えられているが南部辺境全てがグレイスのものというわけではないし、貴族達の反発もあるだろう。 何より陛下の威光に逆らうのかと見られる可能性があることがグレイスにとっては一番の悩みの種である。 そんな誤解の無いようにする為には時間をかけて、じっくりと準備、根回し、説得を続けていくしかない。 自分にとって一番苦手な分野であるが、やると決めた以上はグレイスには引くつもりはなかったのである。 とはいえ、積み重なる書類仕事に埋もれていると気分が滅入る。 簡単に終わる見通しのない仕事であるだけに尚更である。 今は名代として動いてくれていたオーシニィはいないし、事が事であるだけに下手な人物に手伝わせる訳にもいかない。 今日、明日で仕上がる仕事ではない為、急ぐ必要も無いのだが…逃げても仕事が片付くわけでもない。 グレイスが諦めて仕事に戻ろうとした時、 「大変です! 辺境伯!」 部屋に部下が駆け込んできた。 「どうしました?」 「クラフカウ城近くの山で、巨大なスケイルドラゴンが目撃されたという情報が入りました。 普通のスケイルドラゴンよりもさらに巨大で体長は10mにも及ぶと。 かつてヴァイツァウの乱で倒されたヴォルケイドラゴンの骨ではないかとクラフカウ城は大騒ぎであるそうです! それに吸い寄せられるように飛行アヤカシも何体か集まりつつあるようで…」 「スケイルドラゴン、ですか。またやっかいな…」 グレイスはやれやれと息を吐き出す。 「いつクラフカウ城や、山を降りて近隣の村々を襲うかも解りません! リーガの騎士の大半は街道沿いのアヤカシ討伐に当たっていて動けませんし、どうしたら…」 「私が行きます」 「えっ?」 目を丸くする部下にグレイスは静かな声で告げた。 「私が行きます。スケイルドラゴンとなれば飛行相棒か龍に乗っての空中戦が必要となるでしょう。 クラフカウ城には空中戦力はごく僅かですし、アヤカシ討伐班を無理に動かすのも民に不安を与えます。 雪が降る前に、一刻も早く退治する為に私が開拓者に協力を仰いで退治に向かいます。急いで手配を」 「は、はい!」 手早く依頼書をかいたグレイスの言葉に、飛ぶように部下は走って行った。 「これは、良い機会かもしれませんね」 一人、残ったグレイスは小さく微笑する。 勿論、書類仕事から逃れられる、という意味ではあまりない。 開拓者に、改めて自分の決意を告げ、協力を仰ぐ為の話をする、その為の良い機会であると思ったのだ。 グレイスにとって開拓者は自由な心と翼で空を飛ぶ鳥、いや、龍である。 彼らを鎖につなぐことはできないし、するつもりも無い。 けれど、騎龍達が相棒としてその力を貸してくれるように、彼らの中には自分の志に同意し、協力してくれる者がいるかもしれない。その為に頭を下げてみようかと彼は思っていたのである。 それは期待にも似た祈りであったけれど…。 『依頼内容 ケルニクス山脈に現れたスケイルドラゴンと飛行アヤカシの討伐。 飛行相棒、もしくはアーマーの同行推奨。 数日間、山での野営の可能性あり。 同行 グレイス・ミハウ・グレフスカス 南部辺境の未来の為に、皆さんの協力を願います』 こんな依頼が開拓者ギルドに貼り出されたのは、南部辺境リーガに今年最初の初雪が降った日の事であった。 |
■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
和奏(ia8807)
17歳・男・志
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
スチール(ic0202)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●アヤカシ龍との戦い その戦闘は思う以上に厳しい戦いとなった。 「ちっ。想像はしていたが、やっぱり固いな」 戻ってきた雷槌「ミョルニル」を掴んでヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は舌を打つ。 彼らの完全に羽ばたくのは体長10mに及ぼうかという屍に宿ったアヤカシ龍。スケルトンドラゴン、スケイル、スカルドラゴンと呼ぶ者もいるが、巨大な骸骨龍である。 取り立て、強力な特技を持つわけでは無い。 攻撃で言うならその爪の強劇。そして体当たりに近い突進と時折放たれる強烈な瘴気ブレスくらいのものである。 だがそれだけの攻撃があの巨体から、この空で、極寒の空中で放たれるとやっかい極まりないものになるのだ。 しかもゾンビ、スケルトン系の例に漏れず、しぶとく、固い。 痛覚も、おそらく知性もさして無いから滅びるまで引くことを知らない強力な戦闘力を保ち続ける。 さらにやっかいなのは、 「ヘスティア! 後ろ! 気を付けて!!」 ユリア・ヴァル(ia9996)の声に龍の背でヘスティアはハッと振り返る。 『キシャ―!』 迫る鬼面鳥が甲高い声を上げる。 この周囲に溢れる飛行アヤカシ達なのだ。一匹一匹は雑魚と呼べる程度の能力しか持っていないがとにかく数が多い。 「ネメシス! 回避」 駿龍にヘスティアが指示を送るとほぼ同時、戦闘範囲に届かんとする、少し前。 『ギ・ギギャアア!』 叫び声と共に鬼面鳥はかき消す様に消失した。 その向こうから見えるのは龍の背で剣を構える騎士の顔。 「すみません。打ち漏らしました。お許しを」 小さく苦笑交じりの笑みを浮かべてヘスティアは前を向きなおす。 「まだ、こっちが手いっぱいだ。雑魚は任せたぜ」 「はい。お任せを」 もう彼は戦場に戻っているだろう。 「とりあえず、あっちは任せておけるかしらね」 側に近付いてきたユリアは小さく笑った。 「そうだな。なんとか、引き付けて地上との挟撃に持っていきたい…ユリア! 援護を頼む」 「解ったわ!」 返事とほぼ同時、放たれたメテオストライクがドラゴンの眼前で弾ける。 『ゴオオッ!』 「今回は私らしさがまったくない闘いだが…まあ場に必要な応対力も修行の一環か。モットアンドベリー 全力接近!」 それにタイミングを合わせたスチール(ic0202)の爆連銃による攻撃が文字通り、ドラゴンの怒りに火をつけた。 「ネメ無理頼むがよろしくだ。火炎! ソニックブーム! 奴をこの戦場から引き離す!」 主の思いに応えるように駿龍はその首をもたげると、渾身の炎を放ち、翼をはためかせた。 咆哮にも似た叫びと共にドラゴンは目の前の敵に怒りを込めて襲い掛かる。 敵の敵愾心を一気に引き付けたヘスティアは愛龍と共にその戦場を駆け抜けるのであった。 「そろそろ…来るな」 竜哉(ia8037)は空を見上げながら呟いた。 既に上空では戦闘が始まっている筈だ。 今回開拓者が南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスに依頼されたのはアヤカシドラゴンの退治。 だが、その前にドラゴンに惹かれるように集まってきた雑魚の相手もしなければならないのがやっかいなところであった。 敵を発見して後、開拓者達はなるべく民家の被害の及ばない場所にするべくドラゴンとアヤカシの誘導を行った。 そして、クラフカウ城からそう遠くない小岳の山頂付近に戦場をとったのだ。 空中戦の開始から間もなく、まず上空に集まる飛行アヤカシの殲滅攻撃が開始された。 担当するのは龍牙・流陰(ia0556)とフェンリエッタ(ib0018)。そして依頼人であるグレイスである。 時折翼を奪われ、地上に落ちてくるアヤカシ、戦闘に惹かれるように集まってくる地上の雑魚もいるが、それらは現在アーマーハイルンスターで巡回中のフレイ(ia6688)やアーマーエスポワールを効率稼働させたニクス(ib0444)が掃討中だ。 「大丈夫か?」 気遣う様に竜哉は後ろに立つヴァルトルーデ・レント(ib9488)に声をかけた。 「出撃前に重傷を蒙るは我が身の不覚だが、敵は其れを考慮はしてくれぬからな」 重傷を受けてこの依頼に参加した彼女。 依頼開始時から治療や配置に気を使ってくれている仲間に対し、ヴァルトルーデは冷静に自己を見つめた答えを返す。 「皆の手当ても受けた。フェンリエッタがかけてくれた術もある。己の役割は全うする」 「そうか」 竜哉は頷くとアーマーNeueSchwertに乗り込みを起動させた。後に続く様にヴァルトルーデもヴァイナーに乗り込む。 「…征くぞ。我が騎士道は――殺すこと」 彼らの頭上にドラゴンの怒りに満ちた雄叫びが轟いていた。 ●空と地上と 開拓者達がドラゴンを発見した頃には、ドラゴンの周囲に集まる飛行アヤカシは2〜30匹以上。 十分に群れと呼べる程になっていた。 「この数の中で空中戦のみでドラゴンを倒すのは困難かもね。空と地で同時にしかけるか」 「空で地上に叩き落とし、地上で空に追い返す の繰り返しみたいなのも手かもしれない」 「なるほど、上空と地上で上手く連携を取ってお手玉できれば勝機もあがるでしょうか。なら、私は両方を手の届く範囲で。 主に地上と空中の連携に雑魚を挟まないように努力しましょう」 作戦を立てる仲間達の案に和奏(ia8807)は頷いていた。 「では、僕は空戦で雑魚の対応に回っておこうと思います」 「私も雑魚対応を。火炎獣などで数を減らして行きますから」 次いで流陰とフェンリエッタがまず名乗りを上げ 「じゃあ、俺がドラゴンを引き付けて攻撃しつつ、地上に追い立てる」 「私は爆連銃で攻撃しながら必要な方に行くつもり。範囲攻撃ができないからメインはドラゴン狙いで行こうと思うけどあの巨体で突撃されて落ちたらそれだけで最後だから、距離を開けて回避重視かな」 ヘスティア、スチールが己の役割を確かめる。 「私も、ヘスティアを援護しながら雑魚とドラゴン両方を見るわ…グレイス卿には雑魚の掃討の方をお願いできるかしら?」 ユリアの言葉にグレイスは騎士の礼をとって頷いた。 「解りました。全力を持って…」 そして開拓者を見て彼は告げた。 「戦いが終わりましたら、皆さんに聞いて頂きたいことがあります。私にとってはある意味そちらこそが皆さんをお招きした本題です」 「えっ?」 開拓者達は一瞬目を見開き、依頼人を見た。 「私は皆さんとの戦いに敗北の可能性など欠片も見ておりません。 勝利の後、ゆっくりと」 小さく笑って空に舞った辺境伯の顔を竜哉は思い出した。 「勝手な男だな。だが…」 アーマーのコクピットから戦場を見つめる。 戦況は開拓者のほぼ予定通り、計画通り進んでいた。 雑魚を相手どる流陰とフェンリエッタ。 咆哮で敵の集中を集めた流陰を援護するようにフェンリエッタが火炎獣の範囲攻撃で敵の翼を奪う。 範囲から零れた敵はグレイスがクレイヴソード、あるいはソニックブームなどの連携で沈めていく。その範囲からも逃れた敵は流陰が弓で射抜き、和奏が鷲獅鳥との攻撃で追い打ち、ドラゴンの周囲には残っていない。 結果、スチールの爆連銃はほぼ、ドラゴンを狙い撃つことができ、計画以上のダメージを与えることに成功しているようだ。 「言うだけの事はある…か」 そして、ヘスティアがドラゴンをギリギリで引き付けながら地上へと誘導してくる。ここまでの空中班の仕事は完璧だ。 「ヘスティア! 空中に戻ってフェンリエッタさんに回復を。ニクス! 皆、任せたわよ!! エアリアル!」 頭上に回ったユリアが再びのメテオストライクを、彼女の轟龍 エアリエルの爆炎砲と共にドラゴンに叩きつける。 『グ…アアッ!』 地面近くまで落とされたドラゴンの眼前にはオーラダッシュで接近したニクスのエスポワールがいる。 ユリアの言葉は爆炎に掻き消され、地上の仲間にどこまで届いたかは解らない。 けれど彼女の意思と願いをニクスははっきりと受け取ったのだ。 怒りに満ちたドラゴンの強烈な瘴気のブレスがエスポワールに吹きかけられる。 だが、それはニクスには予測された事。ガードでダメージを最小限に食い止め、戦闘の意思を仲間と敵に見せつける。 「もう、空には逃がさない。…ここで決める!」 アーマーマスケットの一撃を竜哉はドラゴンの胴に向けて放った。 周囲に瘴気と共に肉や骨に見えるものが飛び散る。翼も一部が砕けたようだった。 「ヴァルトルーデ! 援護を頼む!」 マスケットのリロードに下がった竜哉を護る様にヴァルトルーデもまたマスケットでの照射を続ける。 前面に立つニクスとフレイが敵を引き付けつつ、攻撃を続けている。 彼らに余分な攻撃が行かないように、雑魚アヤカシなどが近づかないように「殺し」続けるのだ。 「巻き込まれるなよ。ニクス! フレイ!!」 竜哉は二度目のマスケット銃を今度は左の胴に向けて放つ。 左の翼が砕け、これでもう簡単には空には逃げられない筈だ。 明らかに鈍った敵の動きにニクスは突撃を決意する。一気にオーラダッシュで間合いを詰めたのだ。 「質量による攻撃と防御こそが、アーマーの手段だ、耐えるぞ。エスポワール! 決める!」 ドラゴンが首を掲げた。瘴気のブレス。 けれども、それを躱さず強引にニクスは踏み込んで行った。 ハッチを開けたフレイの猿叫! そして 「下手な鉄砲数うちゃあたる!」 空中のスチール、そしてユリアのタイミングを合わせた二陣の攻撃がニクスに直撃する筈だったブレスの衝撃を殺し、攻撃を助けた。 「ヴォルフストラーク!!!」 青白く輝いたアーマーソードケニヒスが唸りと共に振り下ろされたとほぼ同時、竜哉とヴァルトルーデのマスケットも同じ攻撃箇所。 その頭蓋を打ち砕いた。 断末魔の叫びは響かない。 ただ、ガラガラと崩れ、瘴気に還って行く骨の音だけが彼らの勝利を告げる。 ドラゴンの消滅と共に集まっていた雑魚アヤカシの、生き残った一部は散り、クラフカウの山には再び雪と風の舞う音だけが響く静寂が戻って来たのだった。 ●辺境伯の決意 「巫山戯るな!」 クラフカウの山中に怒りの声が響いた。 相手の胸ぐらを掴み、今、正に殴り掛からんとする彼を 「落ち着け!」 ニクスは無抵抗の相手からとりあえず引き離した。 「気持ちは解るが、相手は依頼人でしかも領主だ」 「構いませんよ。皆さんのそんな意見も聞きたくて、私は話したのですから」 泰然と立つグレイスを開拓者はそれぞれの思いで見つめる。 「ユーリがそういうことを考えてるんじゃないかと思っていたんだが、まさか辺境伯が、とはな…」 野営のぱちぱちと爆ぜる焚火の音が、妙に大きく響いて聞こえていた。 ドラゴンとアヤカシの殲滅に成功した開拓者達はその後、山中で野営をとった。 練力、気力の消耗が激しかった事。 アーマーの所有者は下山に時間がかかる事。 加え依頼人であるグレイスが聞いて欲しい事があると言ってきた為であった。 そして食事を終え一息ついたところで 「聞いて欲しい事とはなんですか?」 そう問うた流陰に 「協力を願いたいですがそれは強制はしません」 そう前置いてグレイスが答え、告げたのが「南部辺境の自治区構想」であったのだ。 南部辺境をジルベリアでありながら、その法や身分から放たれ、自由に行動できる区域にしたいというもの…。 話を聞き、誰より早く先の反応したのは竜哉であった。 「自由と言うのはそれほど大事な物か! 力なきものも貧しきものも、毎日をアヤカシに怯える事なく暮らせる日々の安寧を壊してまで尊ばなければならないものか!?」 「大事であると私は考えます。それに今のジルベリアでは力なき者や貧しい者には自分の望む場所で暮らす自由さえ無いのですよ。運よく良い領主に恵まれれば幸せに暮らす事もできます。しかし、悪い領主や貴族に当たれば生涯を昏い思いで生きなければなりません」 「貴族社会に暮らしながら、貴族である貴方が同じ貴族に対し、そこまでいうのですか?」 和奏は呟く様にいう。 彼の発言に深い思いはあるが、口には出さない。出せない。 ただ、今まで知り合って来た貴族の顔と人柄を思うとそれを否定するような言い分は簡単に肯定できないものであったのだ。 「貴族にも良い人、悪い人がいる。どこの世も同じことです。貴族社会全てが悪いと言うつもりもありません。ただ「悪い貴族」は民の生死に直結する。そしてそれを止める手段が今の人々…我々貴族を含めて無い以上、彼らを救う受け皿を作り現状に変化をもたらしたいと思うのです」 「その悪い貴族に自分が含まれるかもしれねえっては考えてはいないのかい?」 冷徹な目と声でヘスティアが言う。 「…なぁ、あんたは何かを、勘違いしてないか? 今一度貴族の権利と義務と責任についてきっちり、きっちり考えな あんたのその服は、家は、どうやって手に入れた? あんたが否定する貴族社会があんたに与えたものじゃないのか?」 問いかけるように言うヘスティアにグレイスは答える。コートのその下、シルクの服に手を触れる。 「これは民の血と汗が与えてくれたもの。それは父母の教え。忘れた事はありません」 「それが解っているならやるべき事は違うだろう! お前がその理想を語るなら作るのは自治区ではなく、民が国に頼らなくても「強くなれる」土台を作るべきだろ! 無知であるが故に、無能であるが故に庇護されなければならないというのなら。 民が己で学び、強くなる事を選べる場所を作るべきなんだよ! 違うと言うなら答えてみろ。 自治区を誰が望んだ? 誰が欲した? 皇帝の所有物は嫌だと、お前の民は声高に叫んでいたのか? それを欲したのは、あんた自身だ! 民ではない!」 竜哉の叫びにも似た問いに 「そうです。誰でもない。自治区構想は私個人の願い。もっとはっきり言えば私の我が儘です」 グレイスは驚く程はっきり、そう答えた。 「帝国において良き臣民とは皇帝陛下の意思に従い、忠実にそれを為す者の事。 でも、私の胸の中にある思いは違う道を目指したいと主張した。 私自身が見たいのです。人々が自分の意思で目指す道を選べる世界を。 例えば、貴族の血を引く甥が故郷で愛する人と結ばれる姿を。故郷を捨て、それでも故郷を愛した兄がジルベリアに戻り安らかに眠れる世を。 無論甥と兄は象徴です。 私は…私を支えてくれる民が自分の意思で自分の生きる場所を選べるような、誰もが好きな人と結ばれ、開拓者のように強い心で生きられる世界を…見てみたいのです」 「…貴方が、皆が、自由だと言う開拓者をどう思いますか? 規範なき雲海をゆく鳥の、止まり木なき心許なさ…それが私の自由に伴う影。誰もが立場相応の責任を負い自由で不自由なのにね。ただただ他人を羨むの」 「フェンリエッタさん…」 噛みしめるように問うフェンリエッタにグレイスは答える。 「…それでも、私にとっては皆さんは、一つの憧れ。自由を体現する者です。私にはできない事を為す人。翼を持つ者。だから告げておきたかったのです。私の決意を…」 「人は己の領分を知る事で真に自由を得、自ら超えてゆくもの。領主とはその剣で民を守り、民を耕し可能性を切り拓く者の事よ。 種を蒔くにはまだ土壌ができてない。民も、貴方も。その思想は危険だと…私は思います」 「そうね。貴方に翻意は無くても、帝国はそうは思わないわ。 ヴァイツァウがどうなったか知ってるでしょう? もし自治区を作るなら帝国に対抗できる力を付けなくてはいけないわ。 …自由の代償は高いわよ。 自らを治めるという事は、帝国の庇護を失うという事。 貴方だけではなく自治区民全員が同じ意志を持って結束しなければ成り立たないわ」 ユリアは自らの過去を噛みしめながら告げる。そっと彼女を支えるニクス。 フェンリエッタや彼等だけではない。開拓者全てに告げるようにグレイスは続ける。 「理想に酔っていると言われても仕方ない事。 ですが一朝一夕で為せる事ではないと解っていますし、武力で事を成すつもりも私はありません。 民の自由を題目に民を犠牲にしては意味がありませんから」 「…無条件で賛同していい話じゃないわ。だから聞かせて…。貴方が見つめる未来を…。その計画を」 フレイの問いに頷いたグレイスは、静かに、だが強い意思で彼の目指す未来を語り始めたのだった。 ●決意の先 依頼を終え、リーガで物資の補給を受けた帰路。 「どう、思いますか? 流陰さん?」 フェンリエッタの問いに流陰は考え…答えた。 「…最初に思ったほど、実現不可能な話では無かったと感じました」 グレイスが開拓者に語った自治区構想は戦乱を起こし強引に独立、自治を成立させる、というものではなかった。 民の教育を推進し、思想の変革を目指す。と同時に新技術の開発研究なども行う。 他の儀との人材交換、情報交換なども行い、各地の儀の技術や特色を取り入れた文化を作りだしていく。 中央を納得させるだけの税収を上げ、中央に頼らないでアヤカシなどの脅威に対抗できるだけの武力を手に入れる。 その上で周辺貴族を納得させるだけの税の納入、もしくは技術などを武器にして徐々に自由貿易、さらには自治を勝ち取っていく。 10年、20年先を見据えた計画はまだ机上の論でしかないが、開拓者のいくつかの問いに対しても答えを持ち…不可能ではないように思えた。 「ただ…理想に走りすぎている感はありますし、フェンリエッタさんの言うように危険な思想であるとも思います」 『一部が特別の自由を得れば国の箍が外れ、民を巻き込み争いを生むわ』 辺境が力を付けること、他儀と接触することなどを中央が「反乱の火種」と思い込む可能性は高い。 「…扱い方次第でいくらでも争いの種になる危険も秘めている。もし帝国を潰したいと願う者が居れば、最悪の事態もあり得ます」 『水面下で動くのは『彼等』と同じ…。皇帝陛下のお墨付きを貰うところから始めて見てはいかがでしょうか?』 フェンリエッタの提案にはいくつかの計画…例えば庶民の教育の充実や騎士の教導機関の設立などが実現可能になって後、皇帝に計画を明かす用意はあるとグレイスは言っていた。 「変えようとすることは簡単なことではないでしょう。 様々な反発の声が出るのは目に見えています。 今あるものを変えようとすれば、新たに涙を流す人々を増やしてしまう結果になるかもしれません。 …ですが、変えようとしなければ、今泣いている人々はずっと泣き続けなければいけないでしょう」 グレイスは、今回開拓者に自らの思想と決意を語っただけ。 最終的に協力を願いもしなかった。開拓者の言葉を聞き、自分の思いを告げただけだ。 おそらく彼はもう十分に決意している。 開拓者の意見も反論も忠告も全て飲み込んで、考慮して、取り入れて、迷い、悩み、考え、でも彼は実行するだろう。 グレイスの戦いは始まった。 ドラゴンとのそれのように敵を倒して終わりではない長い、永い戦い。 ここから先、協力するか、敵対するかは開拓者次第ということだ。 「盲目に従う程に恋する乙女はしてないつもり…でも…」 フレイは呟き、空を見上げ静かに目を閉じた。 ヘスティアは告げた。 「無辜の民を巻き込み、反乱を企てたとして始末されるようなことにはしてくれるなよ 無法地帯、犯罪の温床にしてぇのなら止めねぇがな」 帝国の忠臣ヴァルトルーデの言葉も重い。 「その奇妙な、偉大なる皇帝陛下に反逆する意志を明確にする妄言には付き合えぬし議論する価値はない。 だが…ただ、ただ一つだけ言うのならば…南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカス。 貴様はたった今、皇帝陛下の信を裏切った」 …痛みを噛みしめそれでも、グレイスの決意は揺るがない。 願いの先にある未来を思い目指す事。 それが彼の今の唯一の望む夢であり、自由であったから…。 |