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■オープニング本文 【これは朱雀寮一年生用シナリオです】 今年度における朱雀寮の進級、卒業試験は全て終了している。 本来であるならその後間を開けず、入寮試験が行われ、卒業式、そして現学年の進級が行われるのであるが、今年度はアヤカシの陰陽寮襲撃の関連から卒業試験が大幅に遅れたこと、そして入寮試験が行われなかった事を考慮し試験後、少し新学期まで間が置かれることになった。 とはいえ、進級試験は終わっているので課題その他が与えられる事は無い。 卒業に向けて忙しく研究などに励む三年生を見ながら、少し手持無沙汰のように日々を過ごしていた一年生はある日集められ、朱雀寮長 各務 紫朗に声をかけられた。 「暇なら、と言っては失礼なのですが少し、頼まれてくれる気はありませんか?」 「何を、でしょうか?」 「桃音と会いたいという者がいます。彼の元に桃音を連れていき、面会させて後、連れ戻って来て欲しいのです」 その持って回ったような言い方に一年生は少し不思議に思って首を傾げた、 「誰なん? その人物って」 「五行国には、国の機関に属する陰陽師が多いですが他ににいくつか辺境や町を守る陰陽集団があります。 その一つが、西域を守る陰陽集団 西家。桃音に会いたいと言っているのはその長、西浦 長次になります」 西浦 長次の名前を聞いて少し考えれば一年生達にも思い当たる顔があった。 アヤカシの白虎寮襲撃の時に顔を合わせ、その後鬻姫を追って共に魔の森に赴き、一緒に戦った事もある陰陽寮講師 西浦 三郎の兄のことだろう。 五行王 架茂天禅の事は嫌いと公言して憚らないが陰陽寮生、特に朱雀寮生には好意的で三年生などはかなり世話になった人物でもある。 各務とは同期の友人との話もあり、桃音を預ける事を躊躇う様な相手では無い筈なのだが…。 そこまで考えた時、一年生達はハタと思いあたった。 「ちょっ、ちょっと待て。確か、桃音の兄、透は西家に潜んでいた生成姫の密偵で有った筈では…?」 五行には『生成姫の子』と呼ばれる者達がいる。 彼らは幼いころに人の世から連れ去られた志体持ちの子供達で、魔の森の一角でアヤカシの教育を受けて育った密偵であり刺客でもある。 五行国にとっては正にアヤカシが生み出した恐るべき災厄の名でもあった。 朱雀寮預かりとなっている少女 桃音は陰陽寮生によって保護され、救われた元「生成姫の子」。 そして桃音の『兄』であった透は、陰陽集団 西家に潜み、その才能によって信頼を勝ち得、情報を流し、最悪の状況で裏切った五行と西家の裏切り者なのだ。 彼は戦乱の後、五行国に捕えられ、その命を断頭台に散らしている。 「そうです。透は西家で、七松 透の名を与えられて信頼を得ていました。 長の右腕、若頭とまで言われていただけに、その裏切りに西家は大きな打撃を受けた事は間違いありません。 その後、彼らは五行復興や、組織の立て直しに尽力し、三年生の卒業試験にも協力してくれました。 そしてそれら全てが一区切りついた今、桃音と会いたいと正式に面会を申し込んできたのです。 それも陰陽寮ではなく、西域で、と」 桃音は陰陽寮預かりの保護観察処分中なので、朱雀寮長か陰陽寮生が同行しない限りは外に出ることはできない。 三年生は卒業準備で忙しい。二年生は補習課題を持つ寮生がいて、その対応がある。 無論、この時期寮長が陰陽寮を離れる訳にはいかない。 だから、一年生達に白羽の矢が立ったのだろう。 「長次が桃音に危害を加える様な事は無いと信じています。 ですが、長次はともかく、西家は桃音を「生成姫の子」と見るでしょう。加え、透は裏切り者。 心から居心地よく過ごせるかと言えば難しいと思います。 さらに西家は透と兄弟雷太の残滓の残る場所。落ち着いてきた桃音に何らかの影響を及ぼす事も十分考えられます」 「なら、断ればいいのでは?」 「正式な手順を踏んだ要請ですし…桃音にとってもいつかは向かい合わなければならないことであると考えます。 自らの過去が他者から見れば忌まわしいことであるということは…」 世の中の人間、全てが陰陽寮生のように理解ある者ばかりではない。 アヤカシの子と呼ばれる者に対する偏見や、憎しみはこれから人の世で生きて行く以上覚悟しなければならないことであるし、それに向かい合うある意味良い機会であるかもしれないという寮長の言葉は、確かに解らなくもない。 「加えて、今後皆さんも、二年になれば西域に実習に行ったり、西家に世話になることがあるかもしれません。 挨拶をし、顔を繋いでおくのも無益では無いでしょう。成績に関わる事は無いので無理に、とはいいませんが、できれば宜しくお願いします」 頭を下げて行った寮長の言葉を噛みしめながら、彼らは自分達の後ろに続く少女の事を思い出していた。 彼女が小さな肩に背負う重荷と共に…。 |
■参加者一覧
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352)
15歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222)
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964)
17歳・男・陰
ユイス(ib9655)
13歳・男・陰
ネメシス・イェーガー(ic1203)
23歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●新たな旅立ち 「お前は今、幸せか?」 「はい」 寮生達の前で、少女ははっきりとそう答えていた。 「彼女は朱雀寮の予備生です。今年度、もしくは来年度新規の生徒がある程度集まるまで、皆さんと行動を共にして貰います」 出発前のある日。朱雀寮一年生達は朱雀寮長 各務 紫郎から一人の人物を紹介された。 正確には人物ではない。 「ネメシス・イェーガー(ic1203)と言います。よろしくお願いします」 女性型覚醒からくりである彼女は感情の見えない声でそう告げ頭を下げる。 「えっと、なんて呼んだらええ? 「イェーガーさん」? それとも「ネメシスさん」がええんやろか?」 心配そうに目で問う(多分?)年下の先輩。雅楽川 陽向(ib3352)にネメシスは小首を傾げながら答える。 「…? どう呼んでも構わないですよ」 「せやったら、ネメシスさんに決定や♪ よろしくな! ネメシスさん!」 ネメシスの手を取り、ブンブンと手をふる陽向を見ながら 「では、妾もネメシスと呼ぶかの。よろしくな。ネメシス」 横に立つ比良坂 魅緒(ib7222)も微笑んだ。 「はい、こちらこそ…」 重ねて深々と頭を下げたネメシスに 「よろしく」 「あまり気負わず…な」 ユイス(ib9655)や羅刹 祐里(ib7964)も微笑みながら新しい仲間を迎え入れたのだった。 少し離れた所から雲母(ia6295)も煙管を吹かしながら見つめていたが、彼女の視線はどちらかというと別の方を向いている。 「よろしくね! イェーガーさん! 同じ予備生の仲間♪ 嬉しいな!」 不思議なほどのハイテンションで笑って見せる少女 桃音の方にである。 「今日は一緒に来てくれてありがとう。凄く嬉しい。どうか、よろしくお願いします」 ぺっこりとお辞儀をし 「えっと、忘れ物はないかな。お弁当と、防寒具と…おやつは30文まで…っと」 荷物の確認をする桃音。彼女を西家まで連れて行き戻るまでが寮長に頼まれた仕事、である。 「魅緒、陽向、ネメシス、任せたぞ。同性の方が話し易いだろうからな」 祐里が頼むまでもなく、女性三人は桃音の荷造りを手伝ったり、話しかけ、笑いかけたりしているようだ。 「ん〜、緊張しているのかな?」 心配そうにユイスが呟いた。精一杯の笑顔に隠してはいるが肩に力が入っているのは見て取れる。 「まあ、無理もないさ。桃音にとっては、相当きついだろう。覚悟なんてぐらつくぐらい」 あの少女にはかなりの試練となるかもしれない。いつかは向き合わなければならない事だとしても。 「うん。そこをフォローするのが僕達の仕事、というわけだけど。西浦さん…いったい桃音ちゃんに何の用があるんだろうね…?」 「さあな。あっちは、正式な方法を取ったんだ。危害を加えたりしないだろう。とはいえ、安心出来るわけでは無いけどな…、桃音に遠慮無く話すだろうからな」 相談し合う二人は顔を見合わせ頷いた。 その点のフォローと根回しは自分達の役目だろうと。 ふと彼らの目の前で ポン。 風がすれ違う様に、桃音の肩が叩かれた。 「…雲母さん」 「気負うな」 彼女は、それ以上なにも告げず煙管を吹かす。 でも、その声と言葉に桃音の肩の力が少し抜けたのは事実のようで 「心配いらないよ。ボクも皆もついてるから、ね」 明るく片目を閉じたユイス。 「なに。気にする必要は無い。子供のつかいのようなものだ」 魅緒も気遣う様に声をかけた。寮生達の優しさに桃音は 「はい!」 と元気に答える。 「…ほな、行こうか! 遠足に出発や!」 かくして陰陽寮の一年生達と予備生達は楽しげに朱雀門を潜り、小さな旅に出発したのだった。 ●家族の思い出 徒歩だと結陣から西域まではそれなりに時間がかかる。 時に宿に泊まり時に野営などをしながら寮生達はゆっくりと進んで行った。 そして明日は西域に着くと言うある野宿の夜の事。 「ねえ、桃音さん。ちょっと聞いてもいいやろか?」 食事を終え、火を囲んだ仲間を前に陽向はそう、桃音に問いかけた。 「? なあに?」 小首をかしげる桃音に陽向は 「…あんな。桃音さんに聞いときたいことがあるねん、言いたくなかったら、言わんでもええで」 言葉を探し、選びながらゆっくりと見つめ、問う。 「桃音さんのお兄さんは、透さんだけ? 雷太さんはちゃうん? 一緒になんちゃらの里で育ったんやろ、兄弟やって。どないして区別しとったん?」 瞬きする桃音に陽向は続ける。 「里ではどないな生活で、どないな人たちやったか、知りたいで。あ、別に知ったからってどうするってわけやないんや。 うちの純粋な興味や。ほら兄弟って、ええひびきやんか! 憧れるねん♪」 明るく言ってみたが警戒される質問であろうことは陽向にも解っていた。 桃音は保護されてからの調査で、里を出て初めての「お役目」で透の手伝いに付けられた事が解っていた。 桃音自身も他の兄弟の居場所を知らないと語り、処刑前の透も桃音は情報を与えられていない下級の子供であると告げたことがあって、有益な情報は得られないと拷問や尋問はされずに済んでいるのだ。 「生成姫の子」は五行の災厄。 (でも、それは五行のお偉いさんや周りが何言うても、他人の評価や…。子供達にはきっと…いいや) 陽向は真っ直ぐ桃音を見る。 (…生成姫の子供にとって、里で一緒に育った兄弟や家族って、どないな存在なんやろ。 子供やのうて、桃音さんだけの評価持っとるやろから、うちはそれ聞きたいねん) 「…雷太は、一緒に育った兄弟。特別なお役目があるからっていろいろ私達とは違う勉強とかしてたけど…でも、一緒に育った兄弟なの」 陽向の思いをどこまで理解したか解らないが、桃音はゆっくりと語り始める。 「んで、透さんは? 兄さんとか、姉さんとかいうのは兄弟とどう違うん」 「自分達より先に進んでいて、いろいろと教え、助けてくれるのが兄様と姉様。 透兄様は私達より、ずーっと年上で、一緒に里で学んだ事は無いの。里を出て初めて出会って、私達を助けてくれた本当の意味での『兄様』 だから…私達にとっては、特別な人だったの…」 噛みしめるように桃音は言う。 「んじゃあ、里で雷太さんはどないな子やったん? 里以外で透さんはどんな事してくれたん? こんな話してくれたとか、こんなの一緒に食べたとかそんなこと、教えてくれへん?」 考えるように俯いた桃音。 その時 「私のマスターは、病弱でしたが気丈な方でした。ご家族には厄介者扱いされていましたが…、陰陽師になりたいとおっしゃっていました…、なので私共々旅の陰陽師の方に師事しました」 今まで沈黙を守っていたイェーガーがふと静かに言葉を発したのだった。 「えっ?」 「私自身の事です。皆さんにはお話しておきたいと思いました。話しておかなければ深く入り込めないでしょうし信頼もされないと思ったからです」 その後、彼女は静かに語り始めた。 不注意で人攫いに彼女を攫われ失ったことや家族の扱いが酷かったことと不甲斐なさで覚醒したこと、陰陽師に術を習い直したこと。 悲しく辛い経験を淡々と告げる彼女に寮生達はかける言葉がない。 「時に感じる、軋むような思いが辛いということなのかもしれません。でもどんな経験も、全てが今の私を作り上げたもの。否定することも、無かったことにすることもできません」 そう告げ、自分の過去を語る彼女は既にそれを乗り越え始めているのだろう。 「イェーガーさん…」 桃音はそっと同級生の名を呼んだ。 「はい」 と答えるイェーガー。 陽向、魅緒。祐里、ユイス。少し離れた所で、でもこちらを見ている雲母を見て桃音は静かに目を閉じた。 そして目を開いた桃音は 「里での事は言えないけど…辛くても…皆と一緒に頑張って来れたのは幸せだったと思う。里を出てから暫くは廃棄された村に住んでて…寂しかったけど、透兄様が、時々様子を見に来てくれて…」 大事に、噛みしめるように透や雷太の話を語り始めたのだった。 ●西家の問い 「やはり、お前か…」 数日後、西域に辿り着いた一行は陰陽寮の使者として正式な手順を踏み西域を守る陰陽集団、西家の長 西浦 長次と面会した。 「朱雀寮のユイスともうします。桃音と共に参りました」 丁寧に頭を下げるユイスに従って、桃音も一年生達も静かに頭を下げた。 …正直な話、西域に到着し、西家の本拠地。西都に足を踏み入れてからというもの、寮生達を取り巻く空気は一種独特のものだった。 憎悪と言う程あからさまなものではなく、奇異なものを見るという目つきでもない。 危害を加えようという意思…害意や敵意も、無いとは言い切らないがそれほど強くはなかった。あるのは惑い、迷い…。 「…ちっ!」 雲母は小さく舌を打った。 煮え切らない思い、絡みつくような視線は不快以外の何物でもない。 もし、誰かが桃音に対して危害を加えるようなら、雲母は誰に何を言われようと相手になるつもりだったのだ。 しかし、桃音を呼び寄せた優位者である筈の西家がここまで惑っているのは予想外だった。 西家の一角の小さな部屋に通され、ユイスと祐里が根回しと挨拶をしている間、女子は桃音の面会の準備をしていた。 「桃音」 雲母は静かに桃音の名を呼ぶ。 「本当にいいんだな?」 「身だしなみを整えましょうか、髪梳きは得意ですから」 イェーガーに髪を梳いてもらう桃音は雲母の問いに小さく、だがはっきりと頷いて見せた。 西域に入る前日、昨日の事。 雲母は桃音と二人だけになってこう問うたのだ。 「正式な手順だの過去の因縁だのよくある話だが…ここでその陰陽の連中に会うかどうかは自分で決めろ、拒否権はお前にあるんだ」 もし、嫌なら行かなくていいと、言外に、でもはっきりと雲母は告げていた。 真っ直ぐに桃音を見る。そして 「うだうだ過去ばかり見る奴は嫌いだな、今と先を見据えれない奴なんて二流だ」 煙管を吹かしながら彼女は自分の思いを告げたのだった。 どうしろと言ったり、命じたりすることはない。 その突き放したような優しさに一瞬目を伏せた桃音は次に顔を上げた時 「行く」 はっきりとそう答えていた。 「今、逃げたらきっとみんなと一緒にいられなくなるから…」 強い意思で自分の未来を見据えようとしている少女に雲母はそうか、と頷いたのだった。 桃音の最終的な意思を確認した後、雲母はもう何を言うでも無く、部屋の壁に背を預けていた。イェーガーが髪を、陽向と魅緒が服装を整え終った頃、それを待ち構えていたようにトントンと入り口がノックされる。 「もういいかな?」 「お、キレイにして貰ったじゃないか」 入って来たユイスと祐里は服装を整えられた桃音を見て微笑む。 陰陽師としての服装を整えた少女は歳相応に可愛らしく、そしてどこか凛々しく見える。 「大丈夫だ」 祐里はそれでも微かに震える肩にそっと手を置いて告げる。 「真実なんてのは、大体受け入れがたい物なんだ。もしかしたら、受け入れがたいことを言われるかもしれないし、問われるかもしれない。ただ、一人なんかじゃないし、あっちもそうならないで欲しいと期待している筈だ」 ユイスも彼女の震えを包み込むようにその手を握る。 「会って話をするだけだ。 もしかしたら嫌な事を言う人もいるかもしれない。人はいろんな人がいるからね。 君も知ってるだろう? だから約束だ。何があっても会話すること。 大丈夫、僕らがついてるから。必ず守るよ」 「…ありがとう。…信じてる」 優しい眼差しとぬくもりに少女は微笑んだ。 「そろそろ、ご案内します」 外からの声に頷いたユイスは握ったままの手で彼女をエスコートする。 他の一年生達も予備生も後に続いた。 彼らが案内されたのは広間のような場所であった。左右には老若男女を問わずたくさんの人が集まっている。一族全て集まったような陣屋。その最奥に長である西浦長次が座って待っていた。 開けた中央を進み彼らは長の前に進み出てお辞儀をする。 「御用はなんでしょうか? 彼女は僕らの…」 ユイスの挨拶と口上を手で制して長次は立ち上がると桃音の前に進み出た。 正面から向かい合う二人に驚き、桃音を庇おうとする寮生もいたが、それは西家の護衛に阻まれる。無論、本気で害意があるのなら、そんなものを気にするつもりは無かったが 「お前を呼んだのはどうしても聞きたいことがあったからだ」 そういうと長次は桃音をまっすぐに見据え問いかけた。 「俺はお前を知っている。透が時折お前を気にして会っていたことも。 透の妹。お前は…今、幸せか?」 「はい」 躊躇いなく桃音は答える。 「生成の…アヤカシの子よ。お前はその生涯に罪と呪いを背負って生きる。それを解っているか?」 「…はい。多分」 「自らの運命を呪うか? 生まれて来なければよかったと思っているか?」 「いいえ」 答えは即答であった。仲間達の視線と思いが彼女に翼を贈る。 「もし生きて来なかったら皆と出会えなかった」 「いずれ友や仲間と敵対することになったとしてもか?」 「はい。この幸せに嘘はありません」 「…雷太や、透もそうだったと思うか?」 「はい」 「そうか…。ならいい」 小さく微笑した長次は桃音に背を向けると再び椅子に腰を下ろした。 そして集う一族と、陰陽寮生に宣言する。 「透と雷太の妹である桃音を一族の一員として認め、後見する」 微かなざわめきはあったが、反対の声は上がらない。 驚く桃音と寮生達に長次はもう一度微笑んで見せたのだった。 ●家族に願う幸せ 「っちゅうわけで、長次さんは桃音さんを正式に朱雀寮に入寮させるその後見を行うと言うてました」 「一族に最終的に入るかどうかは本人に任せる。けれどここは透と雷太の故郷であるから、二人の妹であるなら桃音の故郷でもあると彼は言っていた」 「その後は、二人の部屋や、西家を案内してくれたり。桃音は思ったより落ち着いてたし、俺達にもいろいろ教えてくれました。皆、思うところが無いわけじゃないかもしれませんが、そこにもう敵意は無かったです」 「そうですか…」 寮生達の報告を朱雀寮長 各務紫郎は黙って聞いている。 「長治さんは、桃音ちゃんを通して確かめたかったのかもしれません。二人の気持ちを…。二人は決して不幸では無かったと…」 ユイスは会談に先立ち長次に告げていた。 「桃音ちゃんはぼくらの家族です。そのあり方の大事さはあなた方がとてもよくわかっている筈ですよね」 西家にとっても透と雷太は家族であったのだろう。おそらく、今も…。 「まあ、世の人間全てが西家のようにお人よしじゃない。本当の試練はこれからだ」 雲母は煙管を吹かしながら告げる。 「でも…貴方方が側にいてくれるでしょう?」 寮長は微笑みながら告げ、一年生達はそれぞれに心の中で頷いた。 「お前は…今、幸せか?」 「はい」 あの会話を胸に強く抱きしめて。 |