【南部】真実の先
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 9人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2013/11/28 00:24



■オープニング本文

 リーガの城、騎士訓練場に鋼の音が響き渡る。
 戦う二人の騎士の戦いを、周囲を取り巻く騎士達は声も無く見つめていた。
 キーン!
 やがて、一際高く響いた音と共に落ちた剣の持ち主は
「参りました。辺境伯」
 静かに自分を倒した相手であり、主に膝をついたのであった。
「四年間の平和は、何よりの事ではありますが腕が鈍ってしまうのは問題ですね。私自身も思うように身体が動きません。本気で鍛え直さないと」
 剣を収めた南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの言葉に騎士達は、自分達の領主の今まで知らなかった一面に目を見開くのであった。

 南部辺境伯としてのグレイス・ミハウ・グレフスカスを考えると文官としての印象を持つ者がおそらく多いであろう。長く南部を治めていたヴァイツァウ家が廃嫡となり、その後グレイスが若くして赴任してきて後暫くは
「皇帝の威を借る若造が」
 と反感も多かったものだ。しかも、その後に発生したヴァイツァウの乱でも彼は指揮官としてリーガ城を守る立場にあった為、前線で戦うような場を見せることは多く無かったし、その後は戦乱で荒れ果てた南部辺境の復興に多忙な日々を過ごしていた上に、アヤカシの大規模な攻撃なども一時期よりは少なくなっていた為、グレイス本人が剣を握って戦うような場面は殆ど見られなかった。
 故に、リーガ城に属する騎士達ですらその多くがグレイス・ミハウ・グレフスカスの能力を知らなかったのだった。
 彼は皇帝ガラドルフの膝元で戦い軍功を上げた志体持ちの前線騎士であったのである。
「まあ、領主に剣の腕前などさして必要も無いし、領主自身が剣を握らなくてはならないような場面が来たらそれはよほどの危機ということ。そうならないようにするのが領主としての務めだと解ってはいますがね」
 肩を竦めて見せるグレイスにリーガ城の騎士達を束ねる騎士団長は頭を垂れた。
 戦闘訓練中、視察にやってきた辺境伯に手合わせをと求められ、適当に相手をするつもりがまさかの敗北を期したのだ。
 お飾り、とまでは言わずとも名家の貴族と甘く見ていた事を突き付けられたようで頭を上げられない。
「アヤカシの襲撃はいつ起きるとも知れません。現に秦国ではアヤカシの軍勢との大戦闘中です。気を引き締めて貰わなくて困りますよ」
 辺境伯の言葉に背筋を伸ばすのは騎士団長だけの事ではなかった。
 ヴァイツァウの乱以降、アヤカシとの戦闘は日常的にあるものの、大きな戦は無かったジルベリア。
 いつの間にか平和に気が緩んでいたのかもしれない。と意識を引き締める。
「街道の安全を確保し、先の事件のような悲劇が二度と起きないようにする。それは遺族や開拓者の方達との約束でもあります。騎士団の訓練と再編成も兼ねて街道沿いの警戒と、アヤカシの退治を行って下さい。周辺の領主には私から連絡をしておきます」
「はい!」
 鋭く返る返事に頷いて後、彼は執務室ではなく、別の場所へ歩を進めるのであった。

「開拓者の皆さんに、お願いがあります」
 そう言って開拓者ギルドにやってきたのは南部辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカスであった。
「今まで名代を勤めてくれていたオーシニィが騎士としての修業の為、南部を離れがちになってしまいましたからね。後は、気分転換です」
 と自身が足を運んだ理由を説明するグレイスは、小さく肩を竦めると依頼書を差し出した。
「南部辺境の町々の現状調査?」
「そうです」
 と頷いてグレイスは補足説明をする。
「間もなくジルベリアは冬を迎えます。本格的に雪が降る前に街道の安全確保の為、騎士団にアヤカシ退治を命じることにしました。
 今までになく本格的に。南部辺境の中心街道全体を行う予定です」
 南部辺境における現在の主要都市は大ケルニクス山脈の東に集まっている。
 海沿いで、南部辺境の心臓部と言えるリーガ。
 その北、南部辺境の入口であるラスカーニア。
 リーガから南西。今や劇場都市、芸術の街と名高いメーメル。
 そしてメーメルからネムナス川沿いに南東に下ったところにあるフェルアナ。
 まだ他にも小さな村や廃棄された城などは多く存在するが、この四つの街が南部辺境を支える柱でありこの四つの街に南部辺境の住人の約五割以上が住んでいるのだ。
「各街には南部辺境伯の名においてアヤカシ退治の作戦を行う事は通達済みです。街道の安全を確保して貰えるのは悪いことではありませんから反対も発生することはないと思います。…ただ」
 グレイスは地図を指し示す。
「リーガと関係が深く、劇場の運営の関係上、私自身がマメに通う事の多いメーメルはともかく、フェルアナとラスカーニアについては私自身細かい状況をしっかり理解しているとは言えません。
 他の村々についてはなおのこと。
 無論、領主から書類や報告書は回ってきますが、そんなものでは本当の姿は解りません。
 視察も可能な限り行っていますが、私が公式に行って見られるのは表の部分だけ。
 街の雰囲気はどうか。活気はあるか、領主と住民の関係はどうか…など、知りたい事は見られないのです」
 だから、代わりに開拓者にその調査を頼みたいと彼は言うのだ。
「アヤカシの大規模掃討作戦は、良くも悪くも注目を集めるでしょう。そちらに気をとられているうちなら情報収集もしやすいだろうという意図もあります。
 今までは戦乱からの復興を最優先に守りを固めてきましたが、それでは何かあった時に後手に回ってしまうというのが今回の件で解りました。
 情報を集め把握する、そして可能ならこちらから攻めに行くことも視野に入れていきたいと思っています。どうかお力をお貸し下さい」
 そうして、グレイスが出して行った依頼を係員は見ながら思う。
「攻めに行く…か」
 ハロウィンの祭り以降、グレイスはどこか変わったような気がする。
 何がどう変わったかとははっきり言えないのだが、今までとは何かが、どこかが違う気がするのだ。
 彼の変化が良い事なのか、悪い事なのかは解らない。
 しかし、彼の変化は南部辺境に少なくない影響を与えるだろう。
 この依頼はその第一歩かもしれない。
 そんなことを考えながら係員は依頼を貼り出した。


■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
クルーヴ・オークウッド(ib0860
15歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
マックス・ボードマン(ib5426
36歳・男・砲
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
トラヴィス(ic0800
40歳・男・武


■リプレイ本文

●豊かな南部辺境
 今年のジルベリア、特に南部辺境は天候にも恵まれて、豊作であったらしい。
 実りが多ければ人々の生活も豊かになり、生活が豊かになれば笑顔も生まれる。
「皆、幸せそうね」
 街を歩きながらフレイ(ia6688)は嬉しそうに微笑んだ。

 現在、南部辺境伯の指揮の元、大規模なアヤカシ討伐隊が街道を巡っている。
 今は雪こそ積もっていないがジルベリアで言えば11月はもう立派な冬である。
 あと数日、どころか今日雪が降り始めてもおかしくないくらいだ。
 頬にあたる寒さに身を震わせながらフレイはリーガの街を回る。
 今回、開拓者が辺境伯に依頼されたのは南部辺境地域の調査だった。
 主な指定場所はメーメル、ラスカーニア、フェルアナ、そしてこのリーガである。
「私はトラヴィス(ic0800)。通りすがりの旅行者ですが、路銀の足しとしては割の良い仕事と思いましてね。協力しましょう」  
 そう言って来た開拓者の一人はフェルアナに向かった。フェルアナには彼の他に二人が向かっている。
 ラスカーニアには三人、メーメルは二人、ここリーガは一人でその一人が彼女である。
 リーガ南部辺境伯の膝元。一番危険は少ないだろうが、同時に辺境伯に対して率直な評価が聞ける場所であろうと彼女はあたりをつけたのだ。
 今のところ、街は穏やかで平和そのもの。
 少し前までのような剣呑な気配もない。
「今回は、出番がないかもね」
 フレイは肩に担いだケースを軽く見やって手で叩く。
 アーマー『ハイルンスター』。
 持ってきてはみたがこれを使用すると言う事は戦いになるということ。
 出番がないのであればそれは、きっと良いことであるだろうとフレイは小さく微笑んだ。
「さあて、行きますか。まずは酒場と裏町。貴族や騎士の出入りするレストランとかあるかしらね。ついでに噂のその後もしっかり確かめたいわ」
 フレイは自分のやるべきことを纏めると街の中へ足を踏み入れるのだった。

 自分は多分、南部辺境にはこまめに足を運んでいる方だと龍牙・流陰(ia0556)は思う。
 メーメルの復興も陰ながらずっと見守り続けてきた。
 だからこそ、解る事がある。
「本当に…復興が進んでいますね」
 鋼龍 穿牙に跨った流陰は空から見るメーメルを愛しげに見つめていた。
 もうすぐ四年にもなるだろうか。
 ヴァイツァウの乱、南部辺境全てを巻き込んだ騒乱はこの街をがれきの山に変えた。
 領主を失い、街は崩壊し復興は簡単には叶わないと思われていたメーメルは、あの頃からは想像もできない美しい街並みを取り戻していた。
 街の中心部に輝く春花劇場はその名のように美しく咲き誇り、今も人々の笑顔を生み出している。
 周囲は開拓者に贈られた樹や、街の人々が手入れする花壇などが広がっていて春になればまたこの地を美しく彩るのであろう。
 清潔な街並みと人々の笑顔を守る様にそびえ立つメーメル城も、今は白亜の輝きを取り戻していた。
 流陰は城を見つめ微笑んだ。あの城に今も住むであろう姫領主。アリアズナ姫は元気だろうか?
「そろそろ待ち合わせの時間ですね。穿牙、町はずれの目立たない所に降りて下さい」
 龍に命じると流陰は眼下の街を驚かす事の無いように、そっと舞い降りた。
 仲間の一人は劇場などの方から調べると言う。だから流陰はまた別の視点で調べようと思ったのだ。
 そして
「お久しぶりです!」
 明るく向けられた懐かしい顔との再会に、彼は心からの笑顔を向けたのだった。

●ラスカーニアの領主
「お待たせ。夜空」
 愛馬に優しく声をかけた篠崎早矢(ic0072)は人参と水を与え、優しく背を撫でていた。こうして愛馬といる時間はどこかホッとする。
「今日は一日忙しかった…。本当に活気がある街だから。ここは」
 ラスカーニアの街は南部辺境の玄関口にあたる場所であると聞いていた。
 海沿いの街道とこの街を経由しない場合、小ケルニクス山脈の方に抜けなければならないので厄介なのだ。
 だから、殆どの旅人が通りここで宿をとる。特に冬が間近いので今のうちにと動く商人も多いらしく、町はなかなかに賑やかであった。
 人手も足りないという事で早矢もあっさり狙いどおりの宿屋に一時雇いとして潜り込むことが出来た。
 早矢は相棒を前に今日見てきた事を頭の中で整理する。
 厩という旅人と一番近い所にいるといろいろなものが見えてくるものなのである。
 まず、この南部辺境と言う土地の事。
 南部辺境は基本的に一つの街において領主家の勢力が圧倒的に強い。他の貴族などいないも同様なほどに。
 反面、貴族同士の情報に疎くなる。国の中枢からも切り離された存在だ。
 その為もあってか今の街を治めている新領主が領主家の養子となって赴任してくるまでは領主達は放って置いても税収が上がるこの町の事など気にも留めず、ジェレゾで中枢に近付く為の力を付けたいと必死であったらしい。
 以前を知る者は当時はかなり状況が悪かったと語る。
 税をごまかす役人がいたり、その役人とつるんで悪さをするゴロツキがいたり、だ。
 今は、そのころに比べればずっといいと、旅人達も街の者達も言う。
 特に下町のゴロツキ達が驚く程大人しくなっているらしい。
 またラスカーニアには騒乱の後保護された神教徒達もある程度の数がいるのだが、彼等も最近は街の住人達の手伝いなどをしているのだという。
『あれ? 姉ちゃん?』
「ルイ?」
 下働きをしていた少年に声をかけられた時には驚いた。
 彼は以前早矢達が山奥の隠れ里から救出した子供の一人であったのだ。
 だいぶ背が伸びた彼から神教徒の現在の様子を聞けたのは収穫であったと思う。
 聞けば彼らは最近近場の農園を預けられて作物を作ったり、それを加工して販売したりして生計を立てているのだそうだ。
 数名はラスカーニアの領主館で働いたりもしている。とも。
 話としては良いことであると思うが早矢は少し気になっていた。
 もしや神教徒達を取り込んで、何かを為そうとしているのではないか…と。
 城に流れる武器の流通が増えているのも気になる。それらは辺境伯の討伐軍に協力する為と説明されていた。
「杞憂であればいいのだが…」
 経済、流通は安定している。治安も悪くない。領主の評判も上々。辺境伯に対してもアヤカシ退治にも協力的。依頼人に戦争を吹っ掛ける様な事は無いだろう。
「後で情報を照らし合わせておかないといけないな…」
 後二人、この街での調査を行っている筈の人物達の顔を思い浮かべながら彼女は愛馬の横で調査報告を纏めるのであった。

 きょろきょろと狼 宵星は周囲を見回した。
「あれ? マックスさん、どこに行ったんでしょうか?」
 さっきまで一緒に調査をしていた筈のマックス・ボードマン(ib5426)を見失ってしまったのだ。
「お仕事を見ておきたかったのに…」
 まあ、夜には宿で合流できるだろう。それまでできる調査はしておくべきだ。
 少し肩を落しながらも自分のやるべきことに戻る宵星に
「悪く思わないでくれたまえ」
 マックスは物陰からそっと囁いたのだった。

 場末の酒場の一角で静かに酒を飲んでいたマックスは
「お久しぶりです。マックスさん。お変わりなく」
 自分を呼ぶ柔らかいアルトの声に顔を上げた。
「やあ、ユーリ。久しぶりだね。君も変わりないようだ」
「はい。私は変わりません。開拓者さんから教えて貰った夢も、願いも…この胸の中に…。諦めず今も努力しているつもりです」
 目の前にいる吟遊詩人静かに微笑み頷く。
 ユーリと彼が呼んだ人物がこの街の領主ユリアスであることを知る者は少なくないが、今ここに来ている中ではマックス一人。
 街に入った時からユーリの手の者の気配を感じていたからから、
「そういえば… 以前に来たとき店にいた吟遊詩人、名前はなんといったかな。
 そう随分と綺麗な顔をした?
 あいつの歌がまた聞きたいんだが、今でもこの店に顔をみせるのかね」
 マックスはユーリを「呼んだ」のだ。
 そしてうぬぼれてもいいなら、ユーリもマックスだからここに出て来たのだろう。
 周囲の見張りにからくりのレディ・アンを巡らせてマックスはユーリの盃に酒を注いだ。
「君の友人達は元気かね。下町などは物騒だが…」
「おかげさまで。下町の治安も最近は良くなっています。彼らも話せばわかる人達ですよ。今はリーガやメーメルにも仲間がいます。南部辺境は一つの街みたいなものですからね」
「なるほど」
 マックスは小さく唇の端を上げた。頭のいい子だ。
「今日は仕事で近くに来たので、ちょっと顔を見にね。ついでに聞いておきたいこともあった」
「お仕事…ですか?」
「ああ、今、辺境伯が街道のアヤカシ退治を行ってるだろう? その関係で周辺の治安関連を調べにね。君も気を付けた方が良い。最近、街道沿いなどは物騒だから」
「街道の安全を確保して貰えるのはありがたいことです。これから冬になり暫くは誰も何もできない時期が続きますからね。今は力を蓄えておきたいところですから」
「とはいえ、アヤカシ討伐というからには領主様も協力せざるを得ないだろうな。
 アヤカシが潜んでいそうな場所には遠慮なく立ち入れるだろうし、そういった場所に潜む悪漢を誘き出すこともできるかもな」
「そうですね。この街の治安維持や、今後の為にも積極的にお手伝いすることが有利になるかもしれません。領主様も常の備えはしていますし、新たにアヤカシ退治に協力する為に装備など揃えているようですよ」
 ユーリは現皇帝の非嫡出の娘である。
 皇家の打倒を目指していた彼女。その後いろいろあったが、今も現体制の打倒を目指している筈であった。
 彼女の意志は、マックスと彼の友とも近いところにある。
 …ユーリは今も願いは捨てていない事。
 この街の下町はユリアスが押さえている事。情報収集に力を入れている事。
 今後の為、今は力を蓄えている事をマックスに教えてくれた訳だ。
「いいのかね?」
 マックスはユーリに問う。
「はい。私達は辺境伯は嫌いではありませんし、開拓者の皆さんを信じていますから」
 とユーリは頷き、解った、とマックスは頷き返す。
 どの情報を知らせ、隠すかはマックスに任せてくれるということなのだろう。ユーリの信頼を裏切るつもりは勿論ない。
「それと隣り街…というには遠いな。フェルアナの領主だが、相当胡散臭い。伯爵様への敵愾心を隠さなくなってきてるよう…ん? どうかしたかね?」
 話を終え最後の忠告を贈ろうとしたマックスはふと、眉根を上げた。
 いつの間にかユーリが真っ直ぐに彼を見つめていたからだ。
「マックスさん。これは私の勘でしかないのですが…」
 そしてマックスはユーリの「意見」に息を呑み込んだのだった。

●光と影
「寒いと思ったら雪が降ってきたみたいだね」
 空を見上げたアルマ・ムリフェイン(ib3629)は振り向き後ろを走る友に声をかける。
「フェン? 大丈夫?」
 ずっと無言の自分に気遣ってくれたのだろう。
「大丈夫。ありがとう」
 フェンリエッタ(ib0018)は微笑えむと首を横に振った。
 実際、彼女は思い出していただけである。
 依頼に旅立つ前の辺境伯との会話を。

 出発前、打ち合わせを終えたフェンリエッタは一人辺境伯の部屋を訪れた。
 静かに迎え入れてくれたグレイスに
「これを…新たな道のお供に」
 フェンリエッタはダークコートを差し出した。
「ありがとう、向き合ってくれて」
 二人きりの部屋で彼女はグレイスに微笑んで告げた。
「騎士の私が憧れた、騎士…貴方と剣を交わすのが夢だったの。貴方の一歩に私のすべてが報われた気がする。
 私はね、好戦的な騎士も努力の辺境伯も、腹立たしいほど優しくて無礼な仮面も…。
 歩んだ歴史や弱さや過ち、取り巻く環境さえも、グレイス様のすべてを敬愛してる。
 真実と出会って、また恋をしてしまった私を笑いますか」
「フェンリエッタさん…」
 グレイスは何かを言おうとしたようだった。真面目な瞳であった。
 しかし、フェンリエッタは、はにかむとそっと後ろに下がる。
「…ごめんなさい。
 今だからこそ貴方の負担になりたくないの。
 繋いだ先から崩れる手で…心で、貴方を未来へ支えてゆく事はもう、できない。こ
れが私の現実だから」
「貴女は…」
 グレイスはフェンリエッタを見つめて後、目を閉じると、そっと膝をついた。
 そして渡されたコートを胸に、寂しげに微笑むと騎士の礼をとる。
「できるなら同じ未来へ、夢を追いかけて行きたかったですが…」
 開いた目で真っ直ぐに彼女を見つめて。
「私を解き放ってくれた言葉を、私からも貴女に伝えましょう。
 私の及びもつかぬ高き空を飛ぶ美しき白鳥。
 どうぞ自由に…、貴女の心のままに…」
 深い、深い思いが込められたそれがグレイスの返答であった。

 無言で愛馬パルフェを駆るフェンリエッタにアルマは小さく
「そっか、解った」
 と頷く。そして下に見えてきた目的地の一つに向かって指をさすと
「あそこだ。行こう。降りて。ファロ」
 そう言って龍の背を叩き促したのだった。
 
 その城は放棄された廃城であった。
 ヴァイツァウの戦いの出城の一つであったのだろう。
 崩れ荒廃した様子はかつてのメーメル城を思わせる。二人の表情は厳しいものになっていた。アヤカシの気配はないが…人の気配もない。
「ここにも人がいれば…メーメルみたいに復興できたのかな?」
 瘴索結界や超越聴覚を駆使し注意深く進みながらアルマはここに来る前に寄ったメーメルの様子を思い出す。
 一緒にまんじゅうを食べ、明るく笑いあえる場所。
 領主を誇りに、そして大事に思う人々、
 四年前の荒廃した面影などどこにも見えない美しい芸術都市はあの土地を愛する人達の努力で取り戻したものなのだから。
「! 見て、アル!」
 フェンリエッタはふと、立ち止まって指を指した。
 見れば奥まった一角に木箱がいくつも重ねられていたのだ。
「割と…新しい?」
 少なくともここが崩壊した数年前のものではない。
「リーガ…って書いてあるわ」「こっちは、クラフカウとメーメル? どういうことだろう?」
 二人は箱の一つを開いてみることにした。
「! これは!」
 それは武器だった。銃や宝珠などを中心としてかなりの数だ。
 他の箱は保存食、そして鎧など。
「ちょっと待って。こんなの隠してあったら戦の準備してるって思われない?」
「ええ。でも、どういうこと? リーガに、クラフカウ、メーメル、そんな都市の名前を書いて隠してあるなんて…、それぞれの街でこれらの品が必要なら辺境伯がちゃんと表のルートで手配するでしょう?」
「じゃあ、一体…誰が…」
 アルマは思いついたように目を閉じると歌を紡いだ。
 時の蜃気楼だ。
 時間指定がタイトな為なかなか上手くいかないが、何度目かにアルマはようやく捕まえた。
 黒いマントの一団がここに荷物を運びこむ様子を、だ。
 顔も見えない彼らは、何者かの指示を受け、ある方向から荷物を運び、ある方向へと戻って行った。
 二人は顔を見合わせ、走り出す。
 その方向、フェルアナに向かって。

「やはり、こちらは冷えるな。走龍大山祇神も辛そうだ」
 身を縮める北条氏祗(ia0573)にクルーヴ・オークウッド(ib0860)はそうですね。
 と頷いた。
「これからますます寒くなってきます。ジルベリアの冬は厳しいですから」
「なるほどな。本格的な冬が到来すれば、アヤカシへの対応も難しさを増すことだろう。火種は早めに摘み取りたいところだ」
「ええ。それで、どうでしたか?」
 情報収集の為に顔を合わせた氏祗にクルーヴは問いかける。
「基本的には平和で豊かな町だな。旅芸人や流れ者が多い割に荒れた所も少ない。税も少ないらしいな。人々の懐も豊作も手伝って暖かいようだ。アヤカシ退治の遠征も好意的に迎えている」
「そうですか」
 南部辺境に縁が薄い。だがそれ故に先入観の無い氏祗の調査は信用がおけるものだとクルーヴは考えていた。クルーヴの調査とも一致する。
「だが、気になることはある」
「? なんです?」
 氏祗の言葉にクルーヴは首を傾げる。
「ゴロツキがいなかった訳では無い。下町で少々絡まれそうになった。それを止めてくれた人物がいた」
「それは、まさか?」
「おそらく領主だ。ラスリールと呼ばれていたな。領主が下町をちょろちょろしている事に少々驚いた」
「どうやら、ラスリール卿は民との交流を重要視されている様子ですね」
「トラヴィスさん」
 二人の話にさりげなく加わったトラヴィスは足元の忍犬エステラの頭を撫でながら旅の貴族として調べた様子を語る。
『引越が趣味でして。旅行を兼ね移住先を探しているのですよ』
『良い街ですな。しかし若い時分の私では到底長閑な暮らしには耐えられなかった……御領主はずっと館に?』
『そんなことないぜ。あの人は気さくでいい人だからな』
 若い切れ者領主を自慢に思う民が語るには、彼は積極的に町に出て時に買いものをしたり、時に人々と交流したりしているそうなのだ。
 下町のゴロツキでさえも一目おいているとか。
「随分民にも慕われているようです。そして、驚くことに彼は辺境伯への支持を公にしている事。クルーヴさん、聞きましたか? 酒場で唄われていた歌を…」
「ええ」
 クルーヴは思い出す。以前と変わらず吟遊詩人や芸人を保護するこの町で一番耳にしたのは開拓者の作った辺境伯の兄の勇気を称える歌。そして、辺境伯自身も若き英雄と歌われていた事を。
「…解りません。ラスリールの最終的な望みが。辺境伯を怨み貶めたいのではないのか…」
「どうする?」
 悩むように頭を抱えたクルーヴに氏祗は声をかける。
 そしてクルーヴは側に控えるからくりグラニアを見ながら
「もう少し調べましょう。現状のフェルアナの様子をなるべく詳しく。それを踏まえて最終的な判断は辺境伯が行うでしょうから」
 仲間にそう告げる。トラヴィスと氏祗には勿論異論は無かった。
 
●辺境伯の決意
 全ての開拓者の報告を、依頼人である南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスはギルドの奥部屋。完全に人を払った貸切の部屋で受けた。
「そう言う訳で、リーガは特に問題なし。ただ、裏町とかにキナ臭い連中が顔を見せることもあるようなの。注意してね。この間の彼みたいなのが出てくると厄介だし」
「メーメルも同様に。メーメルの方達はリーガと辺境伯に恩義を持っています。それを維持し守って頂ければ関係悪化の可能性は無いでしょう」
 フレイと流陰の声は明るかったが、次いで報告した早矢はマックス達と合わせた情報を含めラスカーニアには注意が必要だと告げた。
「辺境伯、特にこれから必要なのは情報収集力の強化であると見るね。君が我々に情報収集を依頼したように他所の密偵が忍び込んでいても不思議はないよ」
 マックス自身はグレイスにそう忠告した。しかしその後の廃城に隠された武器のことや、フェルアナの報告がより注目された為、優先度は低く見られているかもしれない。集まった情報は盛りだくさんだ。それらに目を通す辺境伯に
「ねえ。辺境伯」
 フレイがそっと声をかけた。
「サフィーラさんやリィエータさんが言っていたわ。貴方は何かを望み、でもそれを胸に秘めていると。自分に正直になりなさいと伝えて、とも。
 …何を望んでいるのか、私達に教えては貰えない?」
「僕の気持ちは先に伝えた通り。自分の心に正直に。誰からも指示されるのではなく、…自分の本当に望む選択をして下さい。そうである限り僕はそれを支えたいと思います」
 フレイ、流陰と繋げられた思いに応えるようにグレイスは、立ち上がった。
 その時、マックスはユーリが言っていた事を思い出す。
『ラスリール卿は、辺境伯を味方につけたいのではないでしょうか? あのお二人は対極のようでその根は似ている。研ぎ澄まされた刃のような…そんな気がします』
「皆さんには告げておきましょう」
 何かを決意したようなグレイスの眼差しは正に刃であった。
「今はまだ、形にもならない計画ですが…、私はこの南部辺境をジルベリアでありながらジルベリアの法とは違う自由を持って生きることが出来る、自治区にしたいと願っています」
 静かに、でも鋼の決意で放たれた言葉を開拓者達はそれぞれの思いで受け止め聞いていた。