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■開拓者活動絵巻
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■オープニング本文 西域、魔の森の古き遺跡。 「…出来れば人である時に、教えを乞いたかったわ」 全ての戦いを終え、抜け殻となった身体を見下ろしながら彼女はそう呟いた。 死闘とも言えるアヤカシとの三連戦を終えた寮生達は、遺跡の探索と待ち受けていた首魁の退治と言う課題を成し遂げ、ここに卒業試験の成功を収めたのであった。 「…先達に感謝と眠りを与えん…」 長い、長い年月をアヤカシとして生きてきた二人の陰陽師『海人』と『龍』の身体はそれぞれ肉体に宿っていたアヤカシが消失して後、少しずつその姿を失いつつあった。 もう、身体そのものも人間ではなくアヤカシと化していたのであろう。瘴気に還って行くのだ。 『姫切』の刃を亡骸の上で軽く振って祈りをささげる寮生もいる。 「人も…捨てた者ではなかったでしょう?」 もう答える者もいない問いは、静かに亡骸と共に闇色の空間に溶けて消えて行く。 それを寮生達は黙って見つめていた。 遺跡の最奥には資料庫があった。 そこを調べ寮生達はいくつかの資料を持ち帰ることにする。 「ん?」 その中に会った古い一冊の書物を彼はふと手に取った。 それは、重要な術の秘伝書でもアイテムの作成方法でもなかった。 一冊の手記。 かつて見た弟のそれと対を為すような兄の手記であったのだ。 「●月×日 川人が封縛縄の改良に成功した。 これがあれば、かなり強力なアヤカシも封じることができる。 川人の才能には目を見張るものがある。 本人は実戦には役に立たないと言っていたがそんなものは経験を積めばいずれできるようになるものだ。 奴の才能を伸ばして行ってやらなくては」 「×月△日 アヤカシに襲撃されていた村を救出に向かった。 人語を理解するアヤカシと戦う時はいつも気が滅入る。 何故、奴らとは「会話」ができないのだろうか? 我々陰陽師は瘴気を扱う者。ある意味アヤカシに近しい存在でさえある。 彼等と共存することはできないのだろうか?」 「△月〇日 ずっと思っている。瘴気という存在はいったい何なのだろう? 我々は瘴気を自由に使う事ができる。道具に付与したり時に人妖や式を作ったり、まったく別の物に作りかえる事さえできる。 なのに何故、瘴気を消し去る事ができないのだろうか?今、我々にできるのは宝珠や壷に封じ移動させるのが精いっぱいだ。 このアヤカシの多い西域を、本当の意味で平和にする為には今の様に襲ってくるアヤカシを倒すだけでは足りない。 根本的に何かを変える必要があるだろう。 心の優しい弟が、戦場に行かなくていい様な平和を作りたい。その為にできることはなんだろうか?」 「〇月■日 旅のサムライである透徹氏は言った。 『毒には毒を持って制するべきだ』 『アヤカシの世は力が全てである。どんな傍若無人な上級アヤカシでも大アヤカシの前には膝をつき命令に従う。 力があれば、アヤカシに人を襲うなと命じることもできるだろう。と』 それは乱暴な犬を鎖に繋ぐようなもので根本的な解決にはなっていないだろうが、それでも人の世には無意味なモノではないだろう。 誠意をもって接すればいつか心が通じるかもしれない。 覚悟があるのなら力になろうと彼は言ってくれた。 …龍と相談して彼の話を聞いてみようと思っている。川人には…今はまだ言えない」 「―月=日 …俺は間違っていた。 大切なものを守りたいと思うあまり力を求めるあまり、一番大事な事を忘れてしまっていた。 どんなに謝っても許されない。龍にも、あいつの羽妖精にも…仲間たちにも。 俺の中のあいつは絶大な支配力でアヤカシを捕えていく。勢力を拡大させていく。 けれどそれは…俺の大事なものを奪い、嘲笑う為だ。 日に日に『俺』が食いつぶされていく。 もはや俺自身がこうして何かできるのは日にほんの僅かだけ。それもいずれ消え失せるだろう。 けれど、その前にやらなくてはならないことがある。 …川人には辛い思いをさせる。 悪役を演じて俺はあいつに封じられなければならないのだから。 川人は俺を殺せない。でも、あいつの封印の才能なら一か所に集めたアヤカシごと全てを封じることができる筈だ。 真実を知ればあいつならきっとやってくれるだろう。 俺はあいつを信じる。 俺は、あいつの兄なのだから…」 「…馬鹿野郎」 彼は手記を閉じると小さく、本当に小さく呟いた。 全てを終えた寮生達は魔の森を出ると彼らを待っていた陰陽集団西家の者達と共に彼らの本拠西斗で身体を癒し、朱雀寮へと帰還した。 「おかえりさない。卒業試験の課題達成。合格、おめでとう」 帰還した寮生達を出迎えてくれた寮長は全てを解っていると言う様に笑うと静かに、そう告げた。 「皆さんは、今、この時を持って陰陽寮朱雀を卒業する資格を得ました。 正式な式典は後日になりますが、もう私の教えを得る寮生ではなく、五行最高学府の課題を全て修めた陰陽師です」 その言葉は寮生達に喜びと共に、ほんの少しの切なさを与える。 卒業は陰陽寮 朱雀との、そしてこの仲間との別れを意味する事であるからだ。 そして、三年生達には二カ月の時間が与えられることとなった。 卒業までの猶予期間である。 「まずは心と身体を休めるといいでしょう。そして持ち帰った資料の精査や卒業研究への準備などを行って下さい。卒業研究の提出は卒業に必須ではありませんし、発表もありません。ただ、皆さんの三年間の集大成をできれば後に続く者に残して欲しいと思います」 寮長はそう言った。 最初寮生達は遺跡で発見された浦部 海人の資料を全て西家に提出したのだが、西家長 西浦 長次は報告を聞いて後、その資料の受け取りを拒否した。 いや、正確に言うなら 「お前達にやる」 と言ったのだ。 「必要だと思うなら、お前達が内容を精査した後、報告書にしてよこしてくれ。お前達が命がけで手にしたものだ。お前達がまず役立てるべきだ」 そう言ってくれた長次の好意を寮生達は相談の末受け取ることにした。 実際、浦部海人が残した研究の中身は寮生達にとって貴重なものであったからだ。 特に瘴気回収と雷の全体攻撃の術理論。 そして意外な事に治療の術式もあった。今までにない毒の消去の術である。 これらを今までの研究と合わせていけば新しい術を開発できるかもしれないと思った。 遺跡から持ち出した書物も、調べれば今後の五行や陰陽術の為に役立つ何かを見つけられる可能性は大きいだろう。 『龍』が持っていた槍、『海人』の装備していた服や手袋などもそのまま寮生達に預けられ朱雀寮に収められた。 残り二カ月。 何事も無ければ年明けに卒業の式を行うと寮長は告げた。 それまでに自分達ができることは何だろうか。 何をすればいいだろうか。 想いながら彼らは空を見上げる。 秋の空は、あの暗闇からは想像できない程に高く、青く、美しかった。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●預かった願い おだやかな秋の日。 「う〜ん、いい天気だねえ」 のんびりと空を見上げて歩く俳沢折々(ia0401)の横をからくり山頭火は無言で歩いている。 「11月にしては暖かくて何より何より。でもこれからどんどん寒くなって行くんだよね〜」 噛みしめるように呟く折々に山頭火は声をかけない。 「あ、静乃ちゃん。おはよう。重そうだね。その本」 向こうからやってくる瀬崎 静乃(ia4468)に気付いた折々が手を振って見せる。 駆け寄って抱える荷物運びを手伝おうとする折々の横から黙って山頭火が静乃の持つ本の半分以上を預かる。 「…ありがとう」 静かに告げた静乃に頷いて折々は 「どこに持っていくの?」 と聞いた。 「講堂…そこで皆でいろいろ調べたり…しているみたいだから…」 「あ、じゃあ私も少し顔を出してみようかな。一緒に行っていい?」 こくんと静乃が首を前に動かす。 ニッコリ笑った折々は彼女と肩を並べる。 そして少し後ろについて歩く山頭火と静乃の肩の宝狐禅 白房に笑いかけて一緒に歩いて行くのだった。 「…ったく、海人…馬鹿野郎が」 部屋の隅で壁に背を預けていた劫光(ia9510)は小さく呟くと手に持っていた本をぱたんと閉じた。 「劫光(ia9510)さん?」 真名(ib1222)と一緒に調べていた書物から顔を上げ自分を覗き込む泉宮 紫乃(ia9951)や側に控える人妖双樹の心配そうな顔に気付いたのだろう。 「ああ、すまない。なんてことはないんだ」 と慌てて彼は手を横に振った。 調査の後、遺跡から持ち帰った資料の積み重なる朱雀寮の講堂には三年生達が入れ替わり立ち代わりやってくる。 「劫光。少し良いですか?」 そのうちの一人が扉の外からトントンとノックをして声をかける。 「場所の確保ができました。そろそろ始めたいと思うのですが…」 「ああ、青嵐(ia0508)。すまない。今行く」 本を近くのテーブルに置き、劫光は歩き出した。 「私も後で手伝えるようなら手伝いに行きますので…」 「その時はお願いしますよ」 声をかけた尾花朔(ib1268)に手を振ると二人は連れだって歩き出す。 丁度そこに折々と静乃が入れ替わるようにやってきたのだった。 「みんな、やってるね。劫光くんと、青嵐くんはあれ? アイテムの実験、だっけ?」 「ええ、そのようです。封縛縄の改良と瘴気を込めたアイテムの実験。遺跡で入手した龍氏の槍と海人氏の装備を解析しようとしているみたいですね…」 説明するように朔が話す。彼の視線の先にはまだ手を付けていないものも含めて大量の資料がある。 「全部を調べるにはなかなか時間がかかりそうですから、できるところからはじめてみようということみたいですね」 朔の言葉に頷きながら同じように資料に埋もれていたアッピン(ib0840)が同じ図書委員である折々を見つけて顔を上げる。 「丁度いいところに〜。この資料を使えるところを探しながら分類整理しようと思うんです〜。手伝っては貰えませんか〜」 図書委員長の言葉に勿論と折々は腕まくりをした。 「凄い資料の数だもんね。う〜ん、後で凛ちゃんとかにも手伝って貰えないかな? 声かけてみよう」 「声をかけてみましょう。今は自分達にできることを一つずつ、ですね」 玉櫛・静音(ia0872)もそっと微笑む。 「みんな〜。お茶持ってきたなりよ〜〜!」 やかんと茶わんの乗った盆を持った平野 譲治(ia5226)が元気な声を上げて扉をがらりと開く。 「もう、大丈夫なの? 譲治くん?」 心配そうに問う折々に照れたような顔で譲治は頷いた。 「んっ! おいらは大丈夫なりよっ!」 先の戦いで折々を庇ってアヤカシに憑依されかけた譲治であったがもう完全に回復しているようだ。 「そっか。よかった」 そう言って頷いた折々は譲治から盆を受け取ると 「せっかくだからお茶飲んでからやろうか?」 仲間達に笑いかけるのであった。 ●過去と未来 暖かいお茶と朔の手作り栗の渋皮煮が昼下がりの部屋にのんびりとした時間を贈る。 「でも、世の中には本当にまた、私達の知らない術式があるんだね〜」 お茶を飲みながら積み重ねられた本を横目に折々は呟く。 真名と紫乃が研究しているのは新しく発見された解毒の陰陽術。 毒のある患部を焼切るようなイメージで既に何度かの実験には成功しているそうだ。 「まったく無茶するんだから…」 「…真名さん、それはもう言わないで下さい。反省しています。本当に反省してるんですから…」 泣き出しそうな紫乃の様子と少し怒りをはらんだような真名に折々は小首を傾げる。 彼らの背後で控える紫乃の人妖桜と朔の人妖槐夏が視線を合わせ、顔を竦めてみせる。その先には飄々とした様子で茶を飲む朔。 「解毒の実験にね、紫乃が弱い毒を飲もうとしたのよ。そしたらそれに気付いた朔が紫乃が飲む毒を取り上げて先に飲んじゃってね。まだ検討中の術だったし外傷系の毒に強い効果をはっきするみたいだから服毒には効果薄いみたいで、本当に大騒ぎだったんだから」 「…保健委員長としては看過できない事態でしたね。もうあんなことはやめて下さいね」 心配し、大切に思うからこその友人の言葉。 しゅんとする紫乃は朔をそっと見つめる。朔の笑顔はいつも通りに柔らかいものであった。 「雷の範囲術も少しずつ見通しが立ってきました。海人さんのように場全体は難しくても氷龍のように範囲を絞ることで威力を高めることができるかもしれません。後はイメージの確立と精度を上げる事でしょうか」 「それは凄いね!」 「今回得た資料と、何より実際に『見た』ことが大きいですね」 「そっか。それが分かっただけでも、今回の遺跡調査は大収穫かな? 根深い氏族間の対立構造で、五行にどれくらいの術が眠っているのか分からないけど…… 中にはそれさえあれば、別の誰かを助けられた、救えたってものもあると思うんだ」 「そうですね…。今は一般的ではないようですけど長期型の式を門番とかにすることは昔は普通にあったようですからね〜。アヤカシそのものの能力を付けて生み出すことや安定させることは至難のようですけど、こういう術も実用化できれば陰陽術にも新しい世界が広がるような気がするのです」 「アッピンちゃんの研究は人造アヤカシだったからね」 ええと、微笑むアッピンの横で鬼火玉のほんわかさんがゆらゆら揺れる。 「アヤカシを作り上げて場所の瘴気を減らしたり、鵺とか飛行アヤカシを使って移動を便利にできたらいいと思うんですけどね〜。なかなか難しいみたいです〜」 アッピンは古い資料を捲りながら肩を竦めた。 「瘴気を減らすということそのものがどうやら困難なようですね。でも、瘴気回収の術があったのは幸いでした」 静音も本に視線を落とす。瘴気回収の術はその名に反して周囲の瘴気を減らす力は無いとされているが今回の探索で発見された術はいわゆる「瘴気吸収」。瘴気を自分の力として取り込み己の力とする術だ。 「でも、実際に瘴気を減らせるかどうかは解らないなりよ」 実際にあの術を「体感」した譲治がお茶を飲みながら告げる。 「あの時はどっちも憑依されてたからはっきりしないなりけど、あれは瘴気を取り込むというか憑依させるような感じだったような気がするのだ。術として使って瘴気を減らせるかどうかは…正直解らないのだ。場所とか取り込む寮によっては瘴気感染おこしても不思議はないなりなりよ」 「そこが…多分、難しいとされている…瘴気のコントロール。あの時、羽妖精が平野さんにやったみたいな…」 呟く静乃の手には西家から預かった川人の手記があった。遺跡で発見された海人のそれと合わせてみると兄弟の対になった思いが浮かび上がってくるようだ。 「…基礎理論は解ってきた。これを平野さんの体験と共に検討し直せば…もしかしたら海人さん達が使ったほどの威力は無くても…術の再現はできるかもしれない」 「うん。それが今のおいらたちの目標なりね」 譲治の言葉に静音もそっと頷く。 「瘴気の浄化、コントロールは陰陽師にとって一朝一夕に叶えられる事ではないことだと解っています。でもその可能性が少しでも見えて来たのなら諦めずに頑張らないと…」 望む全てを一朝一夕に叶えることはできない。 一歩一歩、ゆっくりと時に悩み、後戻りをしながら自分の足で進んでいくしかないのだ。 一気に全て得ようとした者の末路を寮生達は…知っている。 「…仮初めでも、大切な方達の戦う事のない平和な世界を、と望んでしまった。 アヤカシとの共存を望み、力を…願ってしまった。同じ過ちを私達は繰り返してはいけないんです…」 噛みしめるように言う紫乃に寮生達は頷いた。 「私達にはまだ時間があるし、後に続いてくれる人もいる。うん、焦らずじっくりいこう」 折々の言葉に頷きながら、寮生達はお茶を飲み干すとまた、それぞれの研究へと戻って行く。 仲間達を顔を合わせ、知恵を出し合いながら、楽しそうに。 ●人とアヤカシ 「過ちは悪ではなく、過ちから教訓を得ようとしない事が悪なのですよ」 青嵐は作業の手を止めずそう呟いた。 「ああ、そうだな」 脈絡のないように突然発せられた言葉にも聞こえるが、劫光にはちゃんと意味が通じた。 今、彼らの前にあるのはその論議で言えば厳密な悪ではない者達の形見である。 「しかし、正直、良く解りませんね…」 青嵐は首を捻る。龍が使用していた槍はと言えば既存の武器で言えば陰陽槍「瘴鬼」に近いだろうか。 漆黒の槍の根元に宝珠が埋め込まれている。 あの陰陽術を使ったサムライはこれを大小二本、両刀で使っていた。 その使いこなしはともかく、能力そのものは特に目新しいものではない。 また海人の服と手袋。これが解らないのだ。 戦闘において彼は符を使用せず術を使っていた。 この手袋や服が呪術媒介の可能性は高いのだが、どのように瘴気を織り込んでいるのかは一朝一夕には分析不可能に思えた。 「実際に憑依されていたことを考えると憑依を阻止する能力は無さそうですしね。糸や織り方からじっくり解析していくとしましょう」 青嵐はそれらの分析を一時置くと、別のものを取りだした。 それは一本の縄。 あの遺跡で作った足止めの縄である。封縛縄を応用したものであり、まだ完全とは言えない。 だが、それは青嵐が望む 「一般人でも使用できるアヤカシ防御アイテム」への可能性を秘めていた。 「これが実体のないアヤカシを足止めする効果は確認できました。では、陰陽師が使う式はどうか。人間以外の攻撃は? いろいろ試す必要がありそうですね。…アルミナ!」 青嵐は自分のからくりを呼ぶ。 「これから実験を行います。お前の前に縄を展開して術を行使しますので逃げないように…」 『主上…、久々のドSでありますな』 攻撃術から身を躱すなと言っているのだ。ため息のようなモノをつくアルミナに劫光の人妖双樹が肩を叩く。 「…俺がやる」 今まで黙っていた劫光は静かに顔を上げた。気が付けば海人の手袋を見に付けて。 青嵐は小さく口の端を上げる。 「いいのですか? 加減はしませんよ。実験は本気でやらないと意味はありませんし」 「解ってる。ただ、今は出来る限りのことはやってみる。やれることは全部やってみる。可能な限り余すところなく奴らの技術を、遺産を収集できるように。 それが俺達の役割ってものだろう?」 (感情を殺す事は無い。代わりに押さえつける。 胸の奥で燃やし続けより強い力となして、それを制御する…。それがあの戦いで、これまでの経験で得た結論) 「…いいでしょう。アルミナ。劫光の援護を」 「強い力にはそれ以上の制御が必要。人の世でもそうだがせめぎあう事でより強くなる!」 そうして二人は顔を見合わせ、笑いあうと真っ直ぐに向かい合うのであった。 秋の空に浮かぶ太陽の日差しは決して強いわけではない。 けれどもどこまでも青い空とそれを見つめた喪越(ia1670)は目を細めてため息のようなものをついた。 「ヒトとアヤカシの共存を目指した男は魔に呑まれ、我が夢は果たしてふりだしに戻る……かぁ」 『主がまるで思春期の少年のようなアンニュイな表情で呆けていらっしゃいます。これは事件ですね』 その日喪越は朱雀寮のみならず陰陽寮をそぞろ歩いていた。 「一大決心で五行に戻り、陰陽寮に籍を置いてはみたものの、具体的な成果があったかどうかは微妙だな。 結局、ヒトとアヤカシは喰うか喰われるか。捕食、あるいは支配関係しか成り立っていねぇわけだからな。 ま、愉快な連中とお尻――じゃなかった。お知り合いになれたのは収穫だったがね」 『思わず下ネタが口をついて出てしまう辺り、平常運転と言えば平常運転ですが』 懐から何かを取り出した喪越はそれを強く握りしめる。 「お前が俺に近づいたのも、力だけが目的だったのか。それなら、どうして……くそっ。こんな歳になっても分かりゃしねぇよ。俺はもうすっかりオッサンだぜ」 失われたものは問いかけても何も答えてくれない。 それは解っている。ただ、思い出す。問いかける。それが、そのことが必要な時もあるのである。 『誰かのお名前でしょうか? 上手く聞き取れませんでしたが……』 「ま、ここでいつまでもうだうだしててもしょうがねえか。気分転換に街でもぶらつこうぜ、綾音」 振り返って自分の名を呼ぶ主に後ろを歩いていたからくり綾音が顔を上げる。 『お気づきでしたか』 「隠れてたようにも見えなかったんだが。 まぁいい。それより、俺の夢、今のお前ぇさんはどう思う?」 『そうですね。ヒトとアヤカシの関係。私の知る限り、共存共栄は無理だと感じますが…』 すっぱりときっぱりとただ事実のみを告げるからくりに喪越は沈黙する。 自らが問いかけた事であるが、彼女の答えは自分でも感じていた、でも認めたくない真実でもあったからだ。 『同時に、この街の人々の暮らしの中にもアヤカシの源である瘴気は存在しているはずです。この現実こそが答えなのではないでしょうか?』 例えどんな善人で有ろうと昏い思いと無縁ではいられないように、陰陽師に限らずこの世界に有る以上、人は瘴気やアヤカシと無縁ではいられない。 それを力でねじ伏せ、屈服させるのではなく、有るモノとして向かい合い生きて行くしかないのではないのかと、このからくりは言うのだろうか。 人はアヤカシを受け入れないだろう。アヤカシもまた人と真の意味で受け入れあう事は難しい。その先に不幸しかないことを生成姫が…透が証明してる。 しかし受け入れられないということを受け入れて一緒に生きて行くことはできるのではないか。と…。 「哲学だねえ…」 『お褒めにあずかり光栄です』 「別に褒めてるわけじゃねえと思うが…やっぱ褒めたのかな」 お辞儀をする綾音の頭をくしゃくしゃと撫でた喪越は街を指差す。 「よーし、遊ぶか。でも夕飯は朱雀で食おう。下手なとこよりあっちの方が安くて美味い」 『同意、お供致します』 そうして二人は歩き出した。 ●空に願う祈り 気が付けば夕暮れが近い。 昏くなった事に気付いた静音は周囲の片づけを始めた。 ここは医務室であり保健室。静音が三年間の朱雀寮生活で一番長い時間を過ごした場所である。多少暗くてもどこになにがあるのかはちゃんと解る。 委員会の残務整理を兼ねた活動の為、一度戻って来たのだが皆はまだ研究を続けているのだろうか? 手早く片づけをして静音は部屋を出た。 寮の外で待つ鷲獅鳥 真心に声をかけた静音は同じように相棒クリムゾンの顔を見に来たのであろう真名と顔を合わせた。 「お疲れ様」 明るく笑いかける真名に会釈をして静音はそっと空を見上げた。 「空が高いですね」 「ホント。もう夜の空気も寒くなってきて秋とは言えなくなってきたかも年が明ければ…私達も卒業…」 「ええ」 卒業試験を終えた今、残る時間は本当にあと僅かだ。 一分一秒が惜しい。研究に没頭していたい。 そう思う反面、こうして友と静かに空を見上げる時もまた貴重に思えるのだ。 「さっき、ね。朔も見たわ。寮の中をのんびり歩いてた。きっと皆、ね。同じなんだと思う」 「真名さんも、やっぱり寂しいのですか?」 「それはね…。勿論。三年間って短くないし…いろんなことがあったもの」 入って初日、寮長の見事な術に憧れて、ここまで来た。 たくさんの事があった。色々な人と出会った。 「悲しかった事、嬉しかった事…色々あった事すべてが、出会った人一人一人が私の宝物」 だからこそ、最後まで悔いは残したくないと真名は笑って見せた。 「思い通りにはいかないかもしれない。大切なここに何かを残して行きたいから。最後まで全力で駆け抜けるつもり」 「そう、ですね。私も…そうありたいと思います」 (せめて、その時が来るまで…寂しさを感じないで済む様に…皆と一緒に…) 「食堂で夜食を作るから。それを持って皆の所に戻りましょ」 「ええ」 二人は頷き微笑みあった。 「寮生は…自由か…」 一礼して寮長の部屋を出た譲治は呟きながらふと、気付いた。 「笛の音…?」 音色は時に強く、厳しく響く。優しく静かなだけの鎮魂歌ではない。その音色に深い思いを感じ、譲治は動くことも忘れ耳を傾けていた。 「譲治?」 曲を奏で終えたのだろう。観客に気付いた奏者がふと声をかけてきた。 「立ち聞きしてごめんなのだ」 「別に、構わないさ。聞かれて困るようなものでもない」 小さく笑った劫光が見つめるのは西。あの遺跡に向けて笛を奏でていたのだろうか。 「鎮魂というよりも誓い、みたいなものだな」 「誓い…なりか?」 「ああ」 劫光は頷いて顔を高く上げた。 胸の中に誓った言葉をもう一度思い出す。 (俺は、俺達はあんたの轍は踏まない。その上で、あんたの遺したモンは継承し伝えてく) 「ま、これからますます忙しくなってくるだろうからな。ちょっとしたけじめ、だ」 「…おいらも、色々考えなきゃいけないって思ってるのだ。これからの事、進路の事…。そして…桃音の事も」 「…そうか」 劫光は黙って譲治の言葉を聞くとぽんぽんとその背中を黙って叩いた。 これに関しては他人が口を挟めることではない。 自分自身で考え結論を出さなければならないことだからだ。 (でも、側にいてやることはできるからな) 微笑む劫光は譲治に気付かれないようにそっと片目を閉じた。 譲治の背後、走り寄ってくる影に少し早く気付いたからだ。 「譲治!」 「うわっ! 桃音!」 後ろからタックルで飛びついた桃音を振り返り譲治はなんとか抱き留める。 「お帰りなさい」 「…ただいま、なのだ」 そっと小さな頭を撫でると譲治は 「ご飯、一緒に食べるなりか? 真名が夜食の差し入れ作ってくれるって言ってたなりよ。その後、強の所に一緒に行くのだ」 「うん!」 桃音の手をつないで歩き出す。一年生とのことや授業の事、生活の事などを話しながら。 「もうじき、卒業しちゃうんだよね。少し…寂しいな」 「おいらは寂しくないなりよっ!」 兄妹のような二人の背中を見送りながら劫光はそっと思いを空に飛ばした。 「せめて、あの世とやらでは兄弟一緒に、な」 と。 その夜も朱雀寮の賑やかに更けていく。 「雷術式完成まで…あと少しなんですけど」 「この封縛縄ももう少し検討しないと。単価とか使い勝手とか…」 「主の無いからくりの覚醒は確認できた。でも陰陽師の主人が、自分のからくりに術式を伝え残す、ってプランは今のところ難しいのかな。手ごたえは、あった気がするんだけど…」 真面目な研究への会話から 「そういえば、寮長好き好き女の子のその後はどうなったんですかねえ?」 「三郎先生と伊織先輩の事も…ですね」 楽しい雑談まで。 真剣に、笑顔で語り合いながら。 残りあと2カ月足らず。 友と、仲間との時間を寮生達は大切に抱きしめながら。 |